もしも八幡と雪乃が幼馴染だったら。   作:ヒロ9673

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また間が空きました。


二人の目に映るものは。

車を降りると、濃密な草の匂いがした。心なしか酸素が多そうだ。緑深い森がそう感じさせるのだろう。

やや開けた場所にはバスが数台止まっている。千葉村の駐車場と思われる場所に平塚先生は車を停めた。

 

「んーっ!きっもちいいーっ!」

 

由比ヶ浜は車から降りると、思いっきり伸びをする。

 

「……人の肩を枕にしてあれだけ寝ていればそれは気持ちいいでしょうね」

「ご、ごめんってゆきのーん!」

 

雪乃にちくりと言われ、由比ヶ浜が両手を合わせて謝った。……雪乃自身も寝ていたのによく分かったな。朝の俺みたいな感じか?

 

「わあ…、本当に山だなぁ」

戸塚は一足遅れて山に感動している。やはり千葉人だな。小町もそれなりに楽しんでいるようだ。

全員が車から降りたことを確認して、平塚先生はトランクを開ける。どうやら積んである荷物を下ろすらしく、こいこいと俺に手招きをする。

まあ、今いるこのメンバー唯一の男手だし、あいつら女子に手伝わせる訳にもいかないだろう。……あ、戸塚はノーカン!

各々が持ってきた荷物の他にも、合宿用なのか、たくさん飲み物が入った大きなクーラーボックスだったりがある。それらをせっせと下ろしていると、もう一台のワンボックスカーが俺たちの近くに停止した。

はて、キャンプ場もあるし一般のお客も来るんかね。それとも千葉村の職員の方々かなと思っていると、車は人を降ろすと来た道を引き返していく。どうやらただの送迎らしい。

中から現れたのは、見覚えのある男子。そして後ろには金髪縦ロールだったりテンション高いウェイウェイ野郎だったりメガネかけた女子だったりがぞろぞろと出てきた。

……なんでこいつらがここに?

 

「やあ、八幡」

「お、おう…」

 

こんな時でも忘れない隼人スマイル。ちくしょう、やっぱり様になってやがるぅ!

 

「どーしてここに?バーベキューか?」

「いや、違うよ。バーベキューだったらここまで親に車出してもらわないさ」

 

それもそうか。一人納得していると、ウェイウェイ野郎の戸部が話に割り込んできた。

 

「え、なになに?隼人くんとヒキタニくんって仲良い感じ?」

「ああ、幼馴染だよ。小学生の頃からの付き合いだ」

「……まぁ、腐れ縁とも言うが」

「は、ハヤハチですと!?しかも幼馴染で腐れ縁!!ぐ、ぐ腐腐腐……」

「あーもう、海老名擬態しろし」

 

鼻血を噴き出している海老名さんをまるでおかんのように介抱する三浦。

……とりあえず海老名さんは俺の危険人物リストに加えておこう。ちなみに一位は平塚先生。

あと戸部、名前間違えんな。確かに言いにくいけど。ヒキタニって呼んじゃうのもなんとなく分かるけど。

隼人たちがこの場にいる理由だが、恐らく平塚先生が呼んだのだろう。戸塚が人手が足りないからお声がかかったのだし、なんら不思議ではない。ボランティア活動ということで、元々の部員である三人だけでは手が回らないこともあるのだろう。……めんどくせぇ。

 

「よし、全員揃ったな。君たちには小学生の林間学校サポートスタッフとして働いてもらう。千葉村の職員、及び教師陣、児童のサポート。簡単に言うと雑用ということだな。……端的に言うと奴隷だ」

 

端的に言い過ぎだよこの人。もうちょっとオブラートに包む努力しましょうよ…。これがもし俺たちじゃなかったら先生としての真性を疑うよ?あダメだ、皆苦笑いしてる。

 

「自由時間はちゃんと設けてある。その時は好きに過ごしたまえ。働き次第によっては内申点を加点するのも吝かではない。もちろん、私の独断と偏見での判断だがな」

 

この人絶対加点する気ないだろ。なんというか、ただの働き手の社畜ゲットだぜ!みたいな笑み浮かべてるもん。

 

「では早速行こうか」

 

そう言って平塚先生が先導する。

先生のすぐ後ろに俺と雪乃、その後ろに小町、由比ヶ浜、戸塚と続き、最後にリア充グループ。やはりウェイウェイしてるな、後ろの方。

雪乃がなぜ隼人たちまでいるのか先生に聞いていたが、先程の通り内申点の話や、人手云々の説明をしていた。

というか隼人は普通に内申点高いだろ。別にわざわざ合宿なんてしなくても…。他の奴らは知らんけど。付き添いみたいな感じ?

 

「しっかし、葉山とも幼馴染だったとはな。割と交友関係を持ってるくせに、なんでぼっちを謳ったりそんな捻くれた性格になるんだ?」

「俺はあいつらみたいにつるんで騒ぎたくないんですよ。それに、性格は元々です。なるようになったんです」

「そうかしら?捻くれた性格の持ち主は私と一緒にいるはずないでしょう?」

 

シャラップ雪乃さん!ド直球をぶち込まないで!平塚先生が遠いところ見始めちゃったから!

 

「いいよなぁ比企谷は……。前世でどれだけ徳を積んだらそんな巡り合わせができるのか……。私も幼馴染が欲しかったなぁ……」

「とうとう前世まで呪い始めたよこの人……」

 

もう本当に誰か貰ってあげて!これ以上は心が痛む!

 

 

 

********

 

 

 

本館に荷物を置き、「集いの広場」なる所へ向かう。そこに待ち受けていたのは百人近い小学生の群れ。

みな六年生なのだろうが、体格にもばらつきがあり、雑然としていた。制服姿の高校生やスーツ姿のサラリーマンだあれば大量にいても統一性を見いだせるのだが、みなが思い思いの服装をしている小学生の集団はそのカラフルさも相まってかなり混沌としていた。

きゃいきゃいすっげえうるせえ。恐らく林間学校という行事にはしゃいでいるのは想像に難くない。

こういった行事ではしゃぐのはいつまで経っても同じだ。高校生だろうが大人だろうが変わらない。

……いや、うるさすぎね?よく見るといつもはしゃいでる(個人の感想)あの由比ヶ浜ですらどん引いている。雪乃に至っては何やらおぞましい物を見る目をしている。いやおぞましい物て。

いつまで経っても小学校の教師陣は何も言わず、ただ腕時計をじっと見つめている。

数分経過する頃には児童たちも異変に気づき、喧騒は徐々に止んでいく。

………まさか。

 

「はい、みんなが静かになるまで三分かかりました」

 

で、で、で、でたー!!説教前の決まり文句!まさかこの歳になってもう一度あの伝説の台詞を聞くことができるとは……。

暫く説教をかました後、先生は今日やるオリエンテーションについての説明を始めた。

 

「最後に、今日から三日間皆さんをサポートしてくれるお兄さんお姉さんたちです。挨拶をしましょう。よろしくお願いします」

「よろしくおねがいします」

 

あ、給食だったり号令だったりで言わされる妙に間延びした挨拶だ。「心に残った」「しゅうがくりょこおー」みたいなやつだ。俺も言わされたが、あながち心に残ってるから間違いではない。

小学生たちの好奇の視線が一斉に注がれる。

すると、隼人が一歩前に出た。

 

「三日間、皆さんのお手伝いをします。素敵な思い出をたくさん作りましょう。よろしくお願いします」

 

きゃー!と沸き起こる歓声と拍手。

さすがは隼人。一発で小学生の心を鷲掴みしたな。やっぱ超慣れてるな。俺だったら固まるか頭の中真っ白になってあたふたすると思う。

 

「では、オリエンテーリング。スタート!」

 

あらかじめ班を決めていたらしく、教師のかけ声で児童たちはぞろぞろと五、六人のグループに別れて小学生たちは森の中へ入っていった。

すげえはしゃぎよう。とりあえず俺らは何をすればいいのか分からないので、一箇所に集まっていた。

 

「いやー、小学生マジ若いわー。俺らとかもうおっさんじゃね?」

「ちょ、戸部やめてくんない?あーしがババアみたいじゃん」

「んな事言ってないってー!」

 

戸部うるせぇ…。女王のご機嫌取りも大変だな。あと一瞬平塚先生の視線を感じたが、多分気のせいだろう。気のせいだと信じたい。

と、そこで小町が何やら俺のところへやってくる。

 

「やっぱり小学生って可愛いよね、お兄ちゃん。純粋って感じがして」

「そうか?俺にはただ煩いガキにしか見えんぞ」

「うわー……。それ、雪乃さんとの子供にもそうやって言っちゃうの?」

「ゴハァッ!?」

 

こいつなんて事いいやがる!他の奴らには聞こえていなかったから良かったものの……。気が早すぎんよ。

というか、手持ち無沙汰になった俺たちは何をすれば良いのだろうか。

 

「それじゃ、平塚先生にどうすればいいか聞いてくるよ」

 

そう言って隼人は平塚先生の元へ向かっていった。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん!」

「え、何」

「あのイケメンさんとお兄ちゃんじゃ比べ物にならないよ!お兄ちゃんもあのくらいのイケメンにメタモルフォーゼしないと!」

「うっせ、ほっとけ。俺はこの容姿に誇りを持っている」

「そうよ小町さん、八幡は今のままで充分よ」

 

こいつもこいつで人前で堂々と言うなよ…。その鋼のメンタル、俺も欲しい。

ていうか、うん。三浦がなぜか勝ち誇ったような顔をしてるよ。

 

「へー、雪ノ下さんってそんなのが好きなんだー」

 

はい、そんなのです。別に言われ慣れてるから気にしないんだが……、我らが氷の女王の怒りには触れてしまったようだ。

 

「そんなの、ですって……?」

 

久しぶりに見る、底冷えするような目を三浦へ向ける。敵意を丸出ししているのがよく分かる。好きってところ否定しないのは嬉しいんだけど、怖いです……。

由比ヶ浜とかもオロオロしてるし、これ以上の喧嘩に発展するのもよろしくない。

 

「雪乃、いいから」

「……八幡」

 

不服そうな目で俺を睨んでくる雪乃。や、俺のためにそんなに怒ってくれるのは嬉しいんだけどね?そういうのは後でしてもらいたいの。というかして欲しくないの!二人ともめちゃくちゃ怖いから!

 

 

 

********

 

 

 

隼人が平塚先生から受けた指示は、ゴール地点での飲み物と弁当の配膳。それに加えて、道中小学生たちと交流しながら、小学生よりも早くゴール地点に到着しろ、との事。

さっきあんな事があったので少し空気が悪い。……どうしよ、雪乃さんはまだ怒っていらっしゃる。

小学生たちはチェックポイントを巡りながら駆け回っていた。よく体力持つなあと感心していると、そんな中一つだけ異様な雰囲気の班を見つけた。

五人班のはずが、一人の女子だけが二歩ほど遅れて歩いている。

すらりと健康的に伸びた手足、紫がかったストレートの黒髪、他の子たちに比べて幾分大人びた印象を受ける子だ。フェミニンな服装も周囲より垢抜けている。有り体に言って、十二分に可愛いと呼べる。分かりやすい感じで言えば、今の雪乃をそのまま小さくしたような雰囲気だ。つまり、わりと目立つ。

なのに、誰もその一人が遅れていることなど気にかけていなかった。

ーーいや、気づいてはいるのだ。他の四人は時折その子をチラ見しては、クスクスと笑う。

彼女たちの距離は一メートルも離れていない。傍目には同じグループと映っても不自然ではない。

だが、そこには目に見えない皮膜が、不可視の壁が、れっきとした断絶があった。

その異様と言える光景を見ていると、ズキリと胸が痛む。

あれは………昔の雪乃と同じだ。自分から一人を望んだ俺とは違う、明らかに悪意ある孤立。

他と違うから、気まぐれだから。そんな理由で酷く排他的になる。それを体現したような光景だ。

雪乃もこの異質さに気づいたのか、小さくため息を吐く。

 

「……昔の俺たちみたい、だな」

「……そうね」

 

何が理由でああなってるのかは分からない。だが、少なくとも俺たちが積極的に関わるべきではない。

俺たちの時と同じだ。先生と高校生、立場は違えど、小学生から見れば等しく大人。大人に頼っても、根本的な解決なんてできやしない。それは俺たちの経験則。身をもって学んだことだ。

だから、自ら関わるようなことはしないと決めた。あの子がどうしたいか、仮に俺たちを頼ってきたとして俺たちに何を求めるのか。

そこがはっきりしなければ結局、あの子自身が苦しむことになるのだから。


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