もしも八幡と雪乃が幼馴染だったら。   作:ヒロ9673

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鶴見留美の苦悩

 木立の間を抜けていくと、開けた場所に出た。山の中腹に位置するこの地点がゴールらしい。

 広場、なのだろうか。俺たちはこれから児童たちを出迎える準備をしなければならない。

 

「遅かったな。さっそくだが、これを下ろして配膳の準備を頼めるか」

 

 平塚先生が乗っていたワンボックスカーのトランクを開けると、弁当とドリンク類が折り込みコンテナに入って山のように積まれている。

 

「それと、デザートに梨が冷やしてある」

 

 そう言って平塚先生が後方をくいと親指で指し示した。

 小川のせせらぎが聞こえてくる。どうやら流水に浸かっているらしい。

 隼人たちリア充グループが配膳の準備を行い、俺たちは川へと出向き、梨を持ってきて皮をむく。

 

「……お前、配膳のほうじゃなくていいのか?」

 

 由比ヶ浜はほへっ?と間抜けな顔を一瞬した。

 

「えー、なんで?……あ、料理下手って言いたいんでしょ!あたしだって梨むくくらいできるから!」

「や、そういう意味じゃ……」

 

 三浦たちと仲良いし、そっちじゃなくていいのかって意味だったんだが……、まあいい。皮むきは雪乃と由比ヶ浜に任せるか。

 雪乃からナイフを受け取り、嬉嬉として梨をむきはじめる由比ヶ浜。ふんふん♪と鼻歌を歌っていたのだが、それを見ていた雪乃と俺の顔は次第に曇っていく。

 ボトボトと音が鳴り、由比ヶ浜の手に残ったのは、それはそれはもうボン・キュッ・ボンとしたセクシーダイナマイトにグラマラスなスタイルの梨。なんだこの一刀彫りの仏像みたいなのは。

 

「うっそだろお前……」

「由比ヶ浜さん……」

「あ、あれー!?ママがやってるところ見てたのに!」

 

 見てただけかよ。

 ハァとため息を吐いて雪乃は由比ヶ浜に包丁の使い方をレクチャーするのだが、生憎ながら時間があまりない。

 

「お料理教室はまた今度な。とりあえず俺たちに代われ」

「むう……」

 

 由比ヶ浜はとても不服そうな顔をしているが、仕方なしに俺に包丁を手渡す。

 交代する以上、俺もあまり下手なところは見せられない。専業主夫志望の力、見せてやるぜ。

 しゅるしゅると綺麗に皮がむけていく。よしよし、腕は鈍っていないな。働かないためならどんな努力だって惜しまない。

 戸塚が俺の包丁捌きを見て、きらきらした瞳を向けてくる。

 

「八幡すごい!上手だね」

「げ、ほんとだ!ヒッキー意外と上手い…」

「八幡は昔からこういうの、得意だったものね」

 

 あーね。雪乃が寝込んだ時とかに、家行って梨とか林檎とかよくむいてたもんね。懐かしいなぁ。

 ちなみにそんなことを言う雪乃もそそくさと梨のうさぎさんの群れを作っていく。

 梨は皮固いから皮付きじゃない方が絶対食べやすいんだけどな……。

 

「小町ちゃんは受験生よね。では問題。梨の生産量一位の県は?」

「山梨県ですね!」

「おい、バカなのに即答するのやめろ。せめて悩め」

 

 本当に受験生なのだろうか、この子。こんな調子じゃ総武絶対受からないだろ……。

 雪乃は苦笑の混じった微笑みで小町のことを見てから、由比ヶ浜へ顔を向ける。

 

「……由比ヶ浜さん、正解は?」

 

 問われることは予想していたのだろうか、由比ヶ浜が自信満々に答える。

 

「ふふん、……鳥取県!」

「中学からやり直しなさい」

「なんか冷たくない!?」

 

 そりゃ高校生にもなってアホな解答すりゃ誰だってそうなる。俺だってそうする。けど、鳥取は割と惜しい。十年ちょっと前なら一位だったはずだ。今は三位とかそのへん。

 由比ヶ浜の解答を聞いていた小町が急に不穏な笑い声を立てた。

 

「ふっふっふ、小町、今ので答えが分かっちゃいましたよ。鳥取がはずれ、ということは、……つまり、正解は島根県!」

「不正解。つまり、の意味がちょっと分からないわ……」

 

 千葉県民は関東以外の地理に弱いからなぁ。

 

「八幡は、答え分かるの?」

 

 戸塚に問われ、俺は由比ヶ浜以上に自信満々に答える。

 

「千葉県だ。梨をとったら停学って校則の高校があるくらいだからな。ちなみに食べたら退学らしい」

「その千葉知識は受験に絶対出ないわね……」

 

 さすがの雪乃さんも知らなかったらしい。

 どうやら千葉知識統一王座決定戦は俺の勝利で決まりのようだ。

 喋りながらもつったかつったか仕事をしていたおかげで、作業はサクサク終わる。見れば、小学生たちがぞろぞろと到着していた。

 

 

 

 ********

 

 

 

 キャンプといえばカレー。カレーといったらキャンプといっても過言だわ。後半は過言です。

 もちろんだが飯盒炊爨に野外調理。小学生だけでなく俺たちも作る。

 まずは、小学生たちにお手本として火をつけるところから始める。デモンストレーションとして平塚先生が教師たち用の火をつけることになっているらしい。

 

「まずは手本を見せよう。よく見ていたまえ」

 

 平塚先生はそういって炭を積み上げ、着火剤とくしゃくしゃにした新聞紙を置く。

 着火剤に火がつき、新聞紙が燃え上がる。その炎を炭に移そうと団扇でパタパタしていたと思うと、何を思ったのかいきなりサラダ油をぶっかけた。

 たちまち火柱が上がる。良い子の皆さんは決して真似しないでください。本当に危険です。ていうか小学生に見せちゃダメでしょ。怖っ。

 歓声にも悲鳴にも聞こえる声が沸き起こる。だが、平塚先生は動じることなく、それどころか口に煙草をくわえ、ニヒルな笑みを浮かべた。

 

「なんか、随分手馴れてますね」

「なに、大学時代はよくサークルでバーベキューをしたものさ。私が一生懸命火をつけている間、カップルたちはイチャイチャ………。なあ比企谷、私はなんでモテないんだろうな……」

「さ、さあ……」

 

 そんな遠い目で見るなよ。マジで可哀想だから。俺的にはあの脅迫じみたメールを送ってこなければわりとすぐに結婚出来ると思うのですが。……あ、趣味か。平塚先生は確かに美人だけど中身がね。よく顔よりも性格とか言うけど、この人の場合鉄拳制裁が定石だからな。そりゃ無理なわけだ。

 そんなことを口に出すわけにもいかず。次に女子は食材を取りに、男子は火をつけろとの司令が。

 ここで男女別れさせたのは過去の恨みかなんかですか。やっぱ怖いよ。

 

 パタパタと団扇を仰ぐわけだが、結構熱い。そりゃ涼しい山とはいえ夏だし、火の前だから当たり前ではあるが。それにしても汗をかく。

 

「熱そうだね……。あ、何か飲み物持ってくるよ。皆の分も」

 

 戸塚は熱そうな俺を気遣うように声をかけ、その場を離れた。それに便乗して「俺も手伝うわー」といって戸部がついていく。良い奴だな。

 あとは俺と隼人だけが残される。

 

「…………」

 

 パタパタパタパタ

 

「…………」

 

 パタパタパタパタ

 特に話すこともないのでただただ無言で扇ぎ続ける。真っ黒だった炭が徐々に赤みを帯びていくのを見ているとだんだたん楽しい気分になってきた。

 ふと、顔を上げる。すると隼人と目が合った。目が合ったということはつまり俺を見ていたということであり、ここに海老名さんがいたら危なかった。

 

「……どうした?」

「いや、そんな楽しそうな八幡を見るのは久しぶりだと思ってさ」

「そんなに楽しそうに見えるか?」

「理由は察せるけどね」

 

 なんだこいつ、エスパーかよ。俺何も言ってないのに。

 

「……順調かい?」

 

 何が、とは聞かない。聞く必要もない。俺たちの間でする話題はごく限られたものだ。この場合何が言いたいのかは、付き合いの長い俺には分かるのだ。

 ただの幼馴染ならそうはいかない。そんな海老名さんが喜びそうな要素は普通は有り得ないだろう。

 けれど、環境がそうだった。俺たちの関係を深いものへと変えた。それこそ、どんなに引っ張っても壊れない鎖のように。

 

「……まぁ、明日になりゃ分かるだろ」

 

 だからこそ、この程度の会話でも相互に理解出来る。何が順調なのか、明日になれば分かるというのはどういう意味か。

『皆仲良く』を掲げる葉山隼人は、『皆の葉山隼人』であり続けるだろう。これまでも、これからも。

 けれど、それが不可能なのは俺と雪乃を見てきたことで知っている。知っているからこそ、俺に対してだけは、また違った感情を隼人は見せる。小学生の頃のチェーンメールの件からもそれが窺える。

 隼人は平塚先生のようなニヒルな笑みを浮かべる。

 

「楽しみだな」

「おい、笑い話にするのはやめてくれ」

 

 つられて俺も少し笑ってしまう。隼人は若干汗をかきながらも爽やかそうにしている。やっぱり様になってやがるなこんちくしょう!

 

 

 

 ********

 

 

 

 女子たちも戻ってきて、カレーの下ごしらえも米とぎも終えた。これで俺たちの分の準備が整った。

 周囲を見渡せば、炊ぎの煙があたりに散見できる。

 小学生たちにとっては初めての野外炊飯だ。苦戦しているグループもいくつか見受けられる。

 その中には、一人だけ弾かれている、ぽつんと、一人きりで存在を薄くしているあの少女がいる。

 やはり一人でいるのは目立つ。彼女が一人でいるのは小学生たちにとっては日常的な光景なのだろう。だが、やはり外部の人間から見れば気にかかる。

 ぼっちに話しかける時はあくまで秘密裏に、密やかにやるべきだ。例えば隼人のような奴が彼女に話しかければ、孤立を助長してしまう恐れがある。あいつだけ特別扱いされてる、みたいな。

 その隼人といえば、他の小学生たちに混じって和気藹々と話していた。さすがのコミュニケーション能力といえる。俺と雪乃が彼女へ近づいているのを見たのか、聞いた者を引きつけ、自分へと注目を向けさせる明るい声を上げた。

 

「じゃあ、せっかくだし隠し味入れるか、隠し味!何か入れたいものある人ー?」

 

 小学生たちは勢いよく挙手してはコーヒーだの唐辛子だのチョコレートだのといろいろなアイデアを披露する。

 

「はいっ!あたし、フルーツがいい!桃とか!」

 

 ……小学生に混ざってアホなことを抜かす高校生が若干一名いるが、放っておこう。さすがの隼人も表情を強ばらせてるし。

 すぐに穏やかな顔に戻ると、隼人は何事か言う。すると、由比ヶ浜が肩を落としてこちらに向かってとぼとぼ歩いてきた。どうやら邪魔者扱いされたらしい。そりゃそうだ。

 

「あいつ、バカか……」

 

 思わず零れ出た言葉に、そっと囁くような言葉が続いた。

 

「ほんと、バカばっか」

 

 いつの間に来ていたのか、件の女の子が隣に座ってきた。

 

「世の中大概バカばっかだ。早めに気づいてよかったな」

 

 俺が言うと、少女は返事が来るとは思わなかったのか、驚いた目をしている。値踏みでもするかのような視線は少し居心地が悪い。

 

「名前」

「あ?名前がなんだよ」

 

 名前という単語では何を言いたいのか伝わらない。聞き返すと、彼女は若干不機嫌になって言い直す。

 

「名前聞いてんの。普通さっきので伝わるでしょ」

「名前を尋ねる時はまず自分から名乗りなさい」

 

 普段より冷たい声色で話、少女を睨む雪乃。子供相手といえど手心を加えるつもりはないらしい。その雪乃に少し怯えた様子で気まずげに視線を逸らした。

 

「……鶴見留美」

 

 留美か。雰囲気も相まってあだ名はルミルミで決定だな。ナデシコかよ。

 雪乃は留美の名前を聞いてこくっと頷いた。

 

「私は雪ノ下雪乃」

「比企谷八幡だ。で、これが由比ヶ浜結衣な」

「なに?どったの?」

 

 近くまで来ていた由比ヶ浜を指さす。由比ヶ浜は俺たち三人の様子を見て、それとなく察したようだ。

 

「えっと、鶴見、留美ちゃんだよね?よろしくね」

 

 だが留美は由比ヶ浜の声に対して返事をせず、直視すらしない。足元のあたりを見ながら途切れ途切れに口を開く。

 

「なんか、この二人は違う気がする。あの辺の人たちと。私も違うの」

 

 主語がないので分かりづらいが、言いたいことは分かる。

 あの辺、とは隼人たちリア充のことを指しているのだろう。そして俺と雪乃、そして自分自身はそういう奴らとは違うと、そう宣言した。

 

「違うって、何が?」

「周りはみんなガキなんだもん。だから、もう一人でも別にいっかなって」

「で、でも、小学校のときの思い出って結構大事だと思うなぁ」

「別に思い出なんていらない。中学に入れば、余所から来た人と仲良くなればいいし」

 

 すっと顔を上げる。その視線の先にあるのは空だ。

 留美の遠い目はもの悲しかったが、同時に希望も宿っていた。

 鶴見留美はまだ信じている、期待している。環境が変われば楽しくやれると希望を持っている。

 そんな希望なんてないのに。この先にあるのは希望でもなんでもない。何もかもに裏切られるのが世の理だと絶望に打ちひしがれるのだ。

 

「そうはならないわ」

 

 雪乃ははっきりと断言した。

 

「自分が変わらなければ、中学に上がっても同じことが起こるだけよ。今度はその『余所から来た人』と一緒になって」

 

 公立の小学校から公立中学校に上がる場合、それまでの人間関係も継続する形になる。それはつまり、小学校卒業時のマイナスを抱えたままスタートすることになる。

 雪乃は海外へ行ってしまったことで人間関係はリセットされた。俺は卒業と同時に学区が違う場所へ引っ越したので、新しい人間関係を構築することが出来た。

 だが、留美は違う。過去の負債がどこかから必ず入り込む。自分の過去が勝手に共有化され、彼らが彼女らにとっての便利なコミュニケーションとして楽しく活用されて終わりだ。

 

「やっぱり、そうなんだ……。ほんと、バカみたいなことしてた」

 

 諦めたような声が小さく漏れた。

 

「何が、あったの?」

 

 恐る恐る由比ヶ浜が尋ねた。

 

「誰かがハブられるのは何回かあって……。けど、そのうち終わるし、そのあとはまた話したりする、マイブームみたいなもんだったの。それで、仲良くて結構話する子がハブにされてね、私もちょっと距離置いたけど……。けど、いつの間にか私がそうなってた。別に、なにかした訳じゃないのに」

 

 やはり小学生は怖い。

 理由なんてどうでもいい。みんながそうしているから、みんながそう言ってるから、そんな言い訳を自分自身にして、そうしなければならないという妙な義務感に襲われる。

 昨日まで友人だったはずの人間に、次の日には嫌われている。

 それは、雪ノ下雪乃の経験したこと。そして俺が経験したこと。一度自身が経験しているからこそ、その恐ろしさが身に染みるのだ。

 秘密をネタにし、自分を攻撃する要素になる。

 だからこそ、俺と雪乃は相互に依存する関係性になった。信頼できる人がいないから、そうなるのが自然の理だったのだ。

 

 

 ──鋳型に入れたような悪人は、世の中にあるはずがありませんよ。

 平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。

 それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです

 

 ふと、夏目漱石の一節が頭をよぎった。

 自分を含めて、自分が善人であると疑わない。だが、自分の利益が犯されそうな時、人は容易く牙をむく。

 次は自分の番なのではないか、自分が周りに牙をむかれないか。そういった不安に震える。だから、そうなる前に次なる生贄を探すのだ。

 それが連鎖する。終わりなんて存在しないのだ。

 留美は、そんな負の連鎖の渦へと引き込まれた。簡単に引き上げることは難しいだろう。

 

「中学校でも、……こういう風になっちゃうのかなぁ」

 

 嗚咽の入り混じった震える声音。それを皆黙って聞いている。

 そんな中、俺はポツリと呟いた。

 

「……変わりたいか?」

「……え?」

「惨めなのは嫌か?自分だけ嫌われて、誰も救ってくれなくて。……そんな現状を変えたいと思うか?」

「…………うん」

 

 涙を堪えるように空を見上げる留美。

 小学校の教師による食事前の号令を聞き届け、俺は頷く。

 

「また明日にでも話そうぜ。……変われるといいな」

 

 俺に考えがない訳では無い。けれど、もう少し現状確認が必要だ。

 留美が本気で変わりたいと願うのなら、俺は奉仕部の部員として、責務を全うするまでだ。

 俺たちの時の教師とは違う、本当の大人というのを見せてやりたい。

 それに雪乃も由比ヶ浜も異議は無いようだ。

 

 隼人たちがいる所から歓声が響く。たかだか十メートルも離れていないのに、ここからは遥か異郷の出来事のように俺には見えた。




やっと一文字空ける方法分かったー!

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