誤字脱字はお許しください。
「君はあれか、調理実習にでもトラウマがあるのか?」
調理実習をバックれ、代わりに補習のレポートを提出したら、現国の教師であるはずの平塚先生に呼び出された。何故。
「なんで平塚先生が……」
「私は生徒指導の主任でもある。鶴見先生から丸投げされてな」
平塚先生が視線を動かしたので俺もその後を追う。
紫がかった髪をもつ鶴見先生は、職員室の隅で観葉植物に水やりをしている。いいのかそれで。
「…さて、まずは何故調理実習をサボったか理由を聞かせてもらおうか。アレか?そんなに班を組むのが辛かったのか?」
「よく分かってるじゃないですか。班決めで結局最後まで残って、最終的に余った所に入ると「あ、えと…よろしく」みたいな苦い反応を受けるんですよ。まるでお通夜ムード。だから皆の迷惑になるくらいならこうした方がいいかと思いまして」
「そ、そうか…。君も大変なんだな……」
「まあそれ以外にも、というよりそっちがメインなんですけど」
「なんだ?」
「昔、火で髪を焼かれたことがありましてね。余り他の奴と料理するってのが……」
いつだったか。雪乃の肩代わりとしてそんな事をされた覚えがある。おかげで暫くは台所に近づきたくもなかった。
「…すまない。本当にトラウマがあるとは」
「別に気にしてませんよ。知らなかったんですし」
今はもうトラウマという程でもない。普通に家事はこなせるしな。
小町からは『まだまだだねお兄ちゃん。小学六年生レベルだよ』とか言われたりするが。結構凹む。
「……それでも悪いが、きちんと調理実習を受けてもらわないと困る。分かるか?君のために言っているんだ」
「そんな事言われましても。ぶっちゃけ料理は一人で大抵のものはこなせますし、わざわざ仲良くもない人を集めてやらせるのもどうかと…」
そう言うと平塚先生は少し感心したような表情をする。
「ほう。君は料理ができるのか」
「ええ、まあ一応。昔から雪乃と頻繁に料理を作ってましたし、中学時代の悪友とも偶に作って…作らされてましたから。今やそこら辺の女子よりは上手い自信はありますよ」
「大した自信だな。では、何か作って私に振舞ってもらおうか。そうすれば今回の件は不問にしてやる」
「ええ……。マジでやるんですか?気乗りしないんですけど……」
「雪ノ下と一緒ならどうだ?君が来る前に説明したら喜んで一緒にやると言っていたが」
「先生何してるんですか早く部活に行かせてください!」
雪ノ下という名前を聞いた途端躍起になった俺を若干引いた目で見てくる先生。
だがこれ以上は何を言っても無駄だと分かったのか、呆れた様子ながらも行ってこい、と手を振った。
俺が職員室を出る直前、平塚先生が一言。
「比企谷、今日は依頼人が来るぞ」
依頼人か。部活に入って一週間程度だが、初めて部活らしい活動をすることになるのか。
それにしても、雪乃と料理か。また小学生の頃を思い出すな。俺の家に泊まりに来た時に一緒に作ってたりしたっけ。思えばあの時からめちゃくちゃ料理が上手かった。今だったら店出せば儲かるんじゃないか?
「うーす」
「あら八幡、先生の説教は終わったの?」
「説教て…。まあ終わったよ。……あー、その、先生から聞いただろ?」
「ええ、何を作るかは決められていないから、依頼人が来た時にでも決めましょうか」
「そうだな」
よし、そう考えると久々に雪乃の手料理が食いたくなってきた。
この前雪乃の家で久々にご馳走になった時は、雪乃のお母さんが作ってくれた料理だったからな。たらふく食わされた記憶がある。いや、絶品だったが。その後の帰宅がヤバいくらいは食わされた。
そんな思いを馳せていると、ドアが二回ノックされた。ちなみにノックを二回するのはトイレに入る時だ。こういった場合は四回が正しい。
「し、失礼しまーす…」
さて、この教室をトイレと間違えた奴は誰かな?
入ってきたのは今時の女子高生らしい……つまるところギャルのような容貌の女子。短めのスカートに、ボタンが三つほど開けられたブラウス、覗いた胸元に光るネックレス、ハートのチャーム、明るめに脱色された茶髪、そのどれもが校則を完全に無視した出で立ちだった。
確かうちのクラスの上位カースト(俺調べ)に属するやつだった気がする。名前は知らん。
女子は部屋を見回し、俺と目が合うと、ヒッ!と小さな悲鳴をあげた。
……俺、そこまで女子に嫌われるようなことしたっけ。軽く泣きそう。
「な、なんでヒッキーがここにいるの!?」
「なんでって……俺ここの部員だし」
あれ、今自然に会話したけどヒッキーって俺の事?誰が引きこもりだ、誰が。確かに将来的に専業主夫となって養ってもらうという人生設計は持ち合わせているが、引きこもりになる気はさらさらないぞ。
「F組の由比ヶ浜結衣さんね?とりあえず座って」
「え?あ、うん、ありがと…。雪ノ下さん、あたしの事知ってるんだ…」
名前を呼ばれてパッと表情を明るくする由比ヶ浜結衣。
雪乃に知られているのは一種のステータスみたいなものなのだろうか。
「お前、小学生の時みたいに全校生徒の名前覚えてんのか?」
「流石に全校生徒は覚えてないわ。由比ヶ浜さんのことは平塚先生から聞いたの」
ああ、さっきの依頼人どうこうってやつね。ということはこの由比ヶ浜が初の依頼人という事になる。
その由比ヶ浜は、「えと…その…」みたいな感じでオロオロしていたが、やがて決心したのか口を開いた。
「…あのさ、平塚先生から聞いたんだけど、ここって生徒のお願いを叶えてくれるんだよね?」
「少し違うわね。あくまで奉仕部は手助けをするだけ。例えば何かを欲しいという依頼の場合、その何かを直接与えるのではなく、手に入れる方法を教え、それからどうするかは依頼人次第。簡単に言えば、自立を促す、ということよ」
「…な、なんかすごいね!」
……この子ホントに分かってらっしゃる?目からウロコみたいな感じでキラキラした視線を雪乃に送っている訳だが、たぶん理解しきれてないんだろうなぁ。こういうアホの子は将来宗教勧誘とか詐欺に簡単に引っかかると思う。今のうちに矯正しといてほしい。
「それで、依頼というのは?」
「あ、うん、えっとね…」
由比ヶ浜は何か口ごもりながら俺の方をチラチラと見てくる。……あれか、女子同士で話したいって事か?となると男の俺は邪魔になるな。
「じゃ、マッカン買ってくるわ。話し終わったら連絡くれ」
「分かったわ。あ、野菜生活もお願いね」
ナチュラルに人をパシらせる雪乃さん。ま、これくらいは別にいいか。
特別棟の三階にある奉仕部の部室。そこから一階にある自動販売機までは往復で十分もかからない。それくらいあれば話も纏まるだろうし、ダラダラ歩くのもいいかもしれない。
ウォンウォン鳴る不気味な自販機に小銭を投入する。我が愛するマッカンのボタンを押し、雪乃の分の野菜生活のボタンも押す。ガタガタと落下してきた二つの飲み物を手にし、一考。
そういや由比ヶ浜もいるんだよな。二人だけ飲み物があるのも申し訳ないし、何か買っておこう。
好みは全く分からんが、とりあえず無難にカフェオレにしておくか。
しめて三百円。俺の所持金の半分が失われた。俺金持ってなさすぎだろ。
「ほれ、野菜生活」
「ありがとう、八幡」
「あとこれ、カフェオレな。金は要らん」
そういって由比ヶ浜に差し出すと、手を上げてブンブンと首を横に振った。
…もしかしてカフェオレ飲めない奴だったか。失敗したか。と思ったがどうやら違うようで。
「い、いや、流石にお金は…」
「いいよ別に、このくらい」
「……ありがと」
小さな声でお礼をするとえへへー、と由比ヶ浜ははにかんだ。…クソ、無駄に可愛いな。
「で、何すんの?」
「クッキー……。クッキーを焼くの」
なるほど、クッキーか。聞くところによると、由比ヶ浜は昔とあることでお世話になった人にお礼をしたいのだとか。そのお世話になった人が誰なのか気になるところではあるが、あまりプライベートな事を詮索するわけにも行かない。
「それ、俺の出る幕無くないか?」
「調理実習の補習もあるでしょう?それに、久しぶりに私の作ったものを食べてみない?」
ふむ。確かに、雪乃の手料理(クッキーを料理と言っていいのか分からんが)は絶品である。頂かない訳にはいくまい。
久しぶり、という言葉が引っかかったのか、由比ヶ浜が雪乃に聞いた。
「二人って昔からの知り合いなの?」
「ええ。小学生の頃からの、所謂幼馴染よ」
「はえ〜、仲がいいんだね」
「…もういいだろ。早く行こうぜ」
これ以上は知られるのは少し気恥しい。
それに、別に知られるのは構わないが、それを広められるのは流石に困る。主に雪乃の名声的に。
後で由比ヶ浜には広めないように釘を刺しておくか。
俺は仲良く話に花を咲かせている女子二人の後を追うように、家庭科室へ向かった。
……それにしても、化粧してるから分かりづらいが、どっかで見た事ある顔なんだよな。
この話に出てきた昔の話は、いずれするかもです。