もしも八幡と雪乃が幼馴染だったら。   作:ヒロ9673

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お待たせしました。またぼちぼち投稿していきます。


比企谷八幡の覚悟

 笛付きケトルがカタカタ言い出し、さほど大きいともいえないサイズながらけたたましい警笛を鳴らす。

 小町がすっと立つと、ティーバッグで紅茶を淹れ始めた。

 高原の夜は少し冷えるものだが、小学生たちか撤退を始めて静かになってくると、なお涼しげだ。

 もうじき、小学生たちは就寝時間のはずだ。もちろん、友人たちと過ごす夜を大人しく眠るはずもない。定番の枕投げだったりをして楽しんでいるだろう。

 けれど、一部は早々に眠ってしまう子だっている。友人がいない、その輪に加われない子は少しでも早く寝ようと心がける。他のみんなが自分の存在を気にせず、楽しめるように。

 俺もかつてはそうだったと思う。あの事件以降、俺は誰から見ても浮いている存在になった。みんなが俺に近づかないようにし、俺も気を遣って自ら離れていった。誰もそんなこと気づきはしないけど。

 俺は望んで一人になったが、あの子は違う。

 

「大丈夫、かな……」

 

 由比ヶ浜が少し心配そうな声で俺に聞いてきた。

 何が、と問うまでもない。鶴見留美のことだ。彼女が孤立しているのはここにいる全員が気づいている。あんなもの見た人なら誰もが分かる事だ。

 その言葉に、少し席を離れて紫煙を燻らせていた平塚先生が反応した。

 

「ふむ、何か心配事かね?」

 

 その問いに答えたのは珍しく三浦だった。

 

「なんかー、孤立しちゃってる子がいてー。可哀想だよねー」

 

 三浦は同意を求めるように隼人の方へと顔を向ける。『小学生を心配してる自分いいでしょ!』と主張しているのだろうか。本質を正確に把握していない三浦を思わず鼻で笑ってしまった。

 もちろん、キッと睨みつけられる。

 

「何笑ってるわけ?」

「いんや別に。問題の本質を理解していないと思ってな。孤立すること、一人でいること自体は別にいいんだ。問題なのは、悪意によって孤立させられていることだ」

「はあ?意味分かんないんだけど」

 

 これでも分かりやすく伝えたつもりだったのだが。

 

「好きで一人でいるのと、そうじゃない人がいるってことだ。あの子の場合は後者なんだよ。俺や雪乃は似たような境遇に遭ったことあるからよく分かる」

「……へぇ、似たもの同士ってこと。雪ノ下さん見る目ないかと思ったけど、ふたりぼっちだからそりゃそんなのに惹かれるよね」

 

 ちょっと待て。なんでいきなり俺と雪乃の話にシフトチェンジしたんだ?それに、そんなのとかすごいディスられた気がするんですけど。

 いや、俺は別にいい。何言われようと気にしないようにしてるし、言われ慣れてる。だからまぁ、雪乃さん?その殺気を抑えて?

 だが、これで分かったことがある。結局、他人から見れば俺たちの関係は歪んで見えるのだ。

 だからこそ、今この瞬間、三浦は勝ち誇ったような顔をしているのだ。自分の方がいい思いをしていると。好きになる相手を間違えたなと。

 俺と隼人を比べられては何も言い返せない。勉強は同程度だが、イケメンだし、サッカー部のエースだし。俺なんか材木座から半端イケメンとか残念美少年とか言われるんだぞ。半端と残念は余計だっつーの。

 そんな三浦を見て、由比ヶ浜はおろおろとする。そりゃそうだ、友人二人がバチバチしてたらそうなる。

 さて、どう言い負かそうか……

 

「優美子」

 

 そう考える間もなく、冷たい声が響く。カレーを食べている時は和気藹々とした雰囲気だったのに、今はここら一帯の空気が一気に変わった。

 こんな隼人を見るのは初めてかもしれない。もちろん、三浦も驚きの表情を見せる。

 

「八幡たちの気持ちも考えずに軽率な発言はやめてくれ」

「…………」

「……すまない、空気を悪くしちゃったね」

 

 ……まぁ、そもそも俺と三浦が言い合いを始めた時点でちょっとまずい雰囲気ではあったが。

 それも相まって今最高に居心地が悪い。

 っべー、俺間違ったこと言ってないけど原因俺みたいなもんだよな……。っべー……。

 とりあえずいつもの戸部の真似をして心を落ち着かせよう。

 

「まったく、喧嘩は後にしてくれ。話を戻すぞ。孤立している子がいるんだったか。それで、君たちはどうしたい?」

 

 平塚先生に問われ、みなが一様に黙る。分かっているのだ、誰もがあの子の問題を完璧に解決することなんてできない。そもそもいじめを受けたことのないやつがあの子に寄り添う事なんてできるわけが無い。

 

「……俺は、無理に他の子たちと関係を繋げないほうがいいと思う」

 

 俺と雪乃以外の全員が、隼人の言葉に耳を疑う。

 それが普通の反応だろう。だが、俺のような経験者からすればそれが正しい。何とかする、なんて身も蓋もないことを言えば、それはつまり集団から悪意を持って孤立させられた子を、その悪意の渦へを引きずり落とすということ他ならないのだ。

 皆仲良く。それを掲げていたのだから、普段のグループの奴らから見れば異様なのだと言える。

 本当なら、隼人だって助けたいと思ってるに決まってる。けれど、その方法が分からない、無闇に首を突っ込んではいけない問題だということも理解している。恐らく、今この場で一番葛藤しているのは隼人だ。

 それに対し、平塚先生はふむ、と顎に手をやった。

 

「確かに、友人を作らないのは一つの選択肢だろう。俺はぼっちだと言いながら何人も友人がいる者もいるがね」

 

 そういいながら平塚先生は俺の方へ顔を向ける。

 おっと、俺のことですか?ある意味正しいでしょ?クラスじゃ基本喋らないからさ。

 

「だが、人との関わりを絶つのはいただけないな。人は誰しも、一人では生きていけない。一人じゃどうしようもできない大きな壁にぶち当たった時、頼れる人がいた方がいいだろう?」

 

 それは一理、いや百里くらいあるんじゃなかろうか。

 もし小学生の時、俺が雪乃とも関わらずに一人でい続けたら今頃どうなってただろうか。退廃的な生活を送り、何事にもやる気が出ず、流されるままに生きていただろう。それほど小さい頃の経験は重要なのだ。

 留美はまだやり直せる範囲内だ。きっと何かきっかけがあれば、変われるはずだ。

 惨めなのは嫌だと言った。現状を変えたいと願った。そんな留美を、俺は放っておくつもりは到底ない。

 

「どうすればいいか、あとは自分たちで考えてみたまえ。私は寝る」

 

 ふあ、と欠伸を噛み殺すようにしてから平塚先生は席を立った。

 

 

 

 ********

 

 

 

「……八幡は、どうするべきだと思う?」

 

 隼人の言葉に、全員の視線が俺に集中する。

 なぜ俺に問うたか、それは単純明快。

 隼人は俺に託したのだ。そもそも根底からモットーが違う。今回の件について、『皆仲良く』は絶対に叶わない。だからこそ、俺に答えを求めた。今この場において、問題の本質を完璧に理解し、最適解を導き出せるのは、俺と雪乃くらいだ。

 

「吊り橋効果って知ってるか?」

 

 ものすっごいあほ面。

 まぁ、ちゃんとした答えを期待していれば皆そんな顔になるよな。

 もちろん、ふざけて言ったつもりはない。というか、めちゃくちゃ真面目だ。

 

「一般的には不安や恐怖を感じる場所を異性と渡れば、恋愛感情を抱きやすくなるって理論。厳密に言えば違うかもしれんが、それを留美たちに当てはめるんだ」

「えっと、よく分からないんだけど……」

 

 戸塚が言ってきた。うーん、やっぱ難しいのかなぁ。

 

「あえて留美の周りに不安を抱かせるようなことをして、一体感を図ろうって事だ。さっき先生が言ってたろ?どうしようもできない大きな壁に直面した時、頼れる人がいればいいって。その頼れる人が留美だけになるように仕向ければいい。つまり、留美自身が行動する必要がある」

「うーん、留美ちゃんのためにどうするかじゃなくて、留美ちゃん自身がどうすればいいか、ってこと?」

「お、今回は賢いな、由比ヶ浜」

「今回ってどういうこと!?」

 

 お前は俺の中じゃアホの子だ。ちゃんと俺の言ったことが理解出来たから褒めたんだけどな。

 隼人が考え込み、やがて答えを出したのか頷いた。

 

「この件は八幡たちに任せよう。頼めるか?」

「まぁ、それが仕事だからな」

 

 俺たち奉仕部は、魚を捕ってそれを与えるのではなく、捕り方を教えるのが理念だ。丁度いいっちゃ丁度いい。

 俺たち大人が深く介入する必要は無い。ほんの少し、道筋を教えてやればいい。

 俺や雪乃だって変われたのだ。きっと留美も……。

 

 結局話し合いはそれで落ち着いた。

 俺の目的だってある。後味をよくする為にも、全力で問題に取り掛かろうか。

 

 

 

 ********

 

 

 

 風呂から上がり、バンガローの部屋へと戻る。

 既に入り終えた隼人と戸部は、各々暇を潰していた。

 隼人はタブレット端末を弄り、戸部は何やら携帯ゲームでもしているのか、なんかこう、指をしゃっしゃってしてる。音ゲーか?

 だがそれも飽きたようで、携帯を枕元に置き、隼人のタブレットを覗いた。

 

「ちょちょ、隼人くん何見てんの?エロ動画?」

「いや、参考書だよ。PDFだけど」

「ちょ、なんか今超頭いい単語聞こえたわー」

 

 今の会話で頭のいい単語は皆無だったと思う。

 だが、参考書類をPDFで持ち歩くのは楽でいいな。俺も近いうちにタブレット買おうかな。

 

「隼人くん頭いいのにここでも勉強とかマジパないわー」

「そんなことないよ。上には上がいる。なぁ、八幡?」

「……あぁ」

「え、ヒキタニくんって頭いいの?」

「これでも学年一位と二点差だ」

「パネェ!頭良すぎっしょ!」

 

 うぜぇ……。なんでパリピってパネェとか語尾にっしょとかつけるの?お前のハイテンションっぷりにパネェだよ、ホント。

 

「ふぅ……、お風呂上がったよ」

 

 戻ってきた戸塚が後ろ手でドアを閉めた。まだ少し濡れた髪をタオルで拭きながら俺の傍を通るのだが、え、なんでこんないい匂いするの?マジで戸塚何者?

 これはもう男性・女性・戸塚と性別を三つに分けるべきではないだろうか。

 バッグから取り出したドライヤーで髪を乾かす姿もなんだか扇情的だ。

 最後に確かめるように髪を掻き上げ、戸塚は満足そうにため息を吐いた。

 

「そろそろ寝るか」

 

 隼人がそう言うと、戸部も戸塚もそれぞれ寝る支度を始めた。俺?俺は既にごろごろしていたからすることがない。なんという先見の明。

 布団を敷き終えると、隼人が照明のスイッチに手を伸ばす。パチっと音を立てて、吊るされていた裸電球の灯りが消えた。

 

「ちょ、隼人くん、なんかこれ修学旅行の夜みてぇじゃね」

「ああ。そんな感じだなー」

 

 結構適当な返しだ。案外隼人も眠いのか。

 

「……好きな人の話しようぜ」

「嫌だよ……」

 

 戸部の提案に、隼人ははっきりと拒絶した。

 ……あれ?そういえば隼人の好きな人って誰だ?

 

「あはは……、ちょっと、恥ずかしいよね」

 

 戸塚が困ったように小さく笑う。

 

「いいじゃん、語ろうぜ!俺、実はさ……」

 

 こいつ絶対自分が言いたいから話振ったんだろ……。

 隼人も戸塚も似たような感想らしく、苦笑めいたため息が聞こえた。

 

「海老名さん、ちょっといいなって思ってんだ……」

「……マジで?」

「んだよ、ヒキタニくんもわりとノリノリじゃん!」

「でも意外だね。戸部くんは三浦さんのこと好きなんだと思ってた」

「いやー、優美子は怖いし……」

 

 お前も怖いと思ってたんだな。実はさっきのい言い合いも内心結構ビクビクしてたんだよね、俺。

 

「結衣も結構いいけど、あいつアホじゃん?それに、地味に人気あるから競争率高ぇし」

 

 ……まぁ、そうだろうな。ああいう優しい女子はモテる。顔だっていいしな。勘違いした男子がよく引っかかりそう。

 

「海老名さんは逆に狙い目っつーか?」

 

 確かに海老名さんも顔は可愛い。ただ、あのレベルの趣味ゆえに男子から敬遠されがちだ。けれども、そういった趣味をわざわざ喧伝し、オープンにするのは彼女なりの防衛策なんじゃなかろうか。ちょっと穿った見方かもしれないけど。

 自分だけが喋っていることに気づいたのだろう。戸部が俺たちに問いかけてきた。

 

「お前らどうなんだよー」

「うーん、好きな女の子は特にいないかなぁ」

 

 戸塚に好きな女の子はいない。じゃ、じゃあ好きな男の子は……何考えてんだ俺。

 

「ヒキタニくんは?ヒキタニくんはどうなんよ?雪ノ下さんと仲良いらしいけどさ」

「戸部、その辺に……」

「ああ。雪乃が好きだけど。これでいいか?」

「……マジで?」

 

 戸部が明らかに驚いた声になった。隼人も戸塚も驚きを隠せないでいるようだ。まぁ、別の理由だろうけど。

 

「い、意外だね……。認めた……」

「もう他人の目を伺うのは止めたんだ。吹っ切れた」

 

 その足がかりを作ってくれたのは平塚先生な訳だが。

 

「そっか……」

 

 隼人が安堵したような、そんな声を出す。戸部だけついていけてなかったが、お構い無しに俺は布団に潜り込む。

 ……やっぱ自覚するのめっちゃ恥ずかしい。

 

 

 

 ********

 

 

 

 高原の夜。静謐な涼しさに俺の心も徐々に落ち着いてくる。

 かと思ったが、それどころじゃなく普通に怖い。なんかほーほー言ってるし、ざざざっと葉が鳴っただけでビクッとなってしまう。

 内心ビクビクしながら周囲を見渡す。

 すると、林立する木々の間に長い髪を下ろした女の子が立っていた。

 それこそ、精霊や妖精の類いと幻視するような、どこか現実離れした光景だった。

 彼女は月光を浴びながら小さな、とても小さな声で歌っている。寒気すらする闇の森の中で、囁くような歌声は不思議と耳に心地よかった。

 

「……八幡?」

 

 俺の姿を確認したのか、雪ノ下雪乃は歌うのをやめ、こちらを見た。

 

「星でも見てたのか?」

 

 雪乃の隣に立ち、問う。

 都会に比べ、ここら一帯は星がよく見える。周囲に明かりがないほど星は輝きを放つのだ。

 しかし、雪乃は陰鬱なため息を吐いた。

 

「ちょっと三浦さんが突っかかってきてね……」

 

 雪乃はしゅんと落ち込んだように顔を下に向ける。またなんか言い合いでもしたのだろうか。それにしても珍しいな、こいつが誰かにやり込められるなんて。さすが三浦、炎の女王は伊達じゃない。

 

「八幡や私のことをこれでもかと見下すものだから、三十分ほどかけて完全論破して泣かせてしまったわ、大人げないことをしてしまった……」

 

 いや氷の女王強すぎるだろ。

 

「さすがに気まずくなって出てきたのか」

「ええ。まさか泣いてしまうと思ってなかったから……」

 

 さしもの雪乃も涙には弱い。

 

 夜の森に、弱めの風が吹いた。雪乃は髪を撫でつけると、それを合図にするかのように話を変えた。

 

「明日はあなたの誕生日ね」

「……そうだな」

 

 小学生の頃は、家族以外から祝われることなんて一生ないものだと思っていた。

 けれど、雪乃はそんな俺の誕生日を忘れず、必ずプレゼントをくれる。俺にとっての大切な人から貰うプレゼントほど、嬉しいものはない。

 

「欲しいもの、ある?できる限りなら用意するわ」

 

 気持ちだけでも充分すぎるくらい、こいつからは色々なものを貰った。物として残るプレゼントだけじゃない。形にできない、大切なものだってある。

 ──俺が求めるものは、とっくのとうに決まってる。

 

「ああ。明日、改めてちゃんと言うよ。だから身構えなくていい」

「あまりにも高いのは要相談ね」

 

 ある意味高いのかもしれない。

 けれど、俺が欲しいのは、金じゃ買えない。

 今俺の欲しいものを知ってるのは、俺自身だけだ。

 

「そろそろ戻るわね」

「……あぁ、おやすみ、雪乃」

「ええ、おやすみなさい、八幡」

 

 街灯のない道を雪乃は危なげない足取りで歩く。俺は、次第に闇の中へと消えていく雪乃を見送った。

 一人残された俺はふと、夜空を見上げる。

 本当にこれでいいのか。最終確認かのように提示されたその問いは、答えを得ぬまま夜の風によってかき消される。

 きっと答えなんて必要ない。この問いに答えなんてない。平塚先生の助言が無ければ、今も尚そんな単純なことに悩み続けていたことだろう。

 俺の欲しいものはとっくのとうに決まっていた。いつからか、なんて聞くまでもない。

 過去も未来も、周りの目も、全てを気にせずに突き進む覚悟ができた。あとは、結果を出すだけだ。

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