原作から大きく外れないと言ったな。あれは嘘だ。
深夜テンションで書いたので変なところがあるかもです。よろしくお願いします。
家庭科室はバニラエッセンスの匂いに包まれていた。
雪乃は勝手知ったる様子で冷蔵庫を開け、卵やら牛乳やらを持ってくる。他にも秤やらボウルを取り出し、俺もよく分からん謎の調理器具をかちゃかちゃと準備を始めた。
手早く準備を終えると、ここからが本番とばかりにエプロンを着けた。
……シュシュで髪を纏めた雪乃が、今目の前にいる。見え隠れするうなじが何とも扇情的である。
そんな下心を必死に隠しつつ、由比ヶ浜の方を見やる。
由比ヶ浜も雪乃と同じようにエプロンを着けるが、着慣れていないのか、結び目が出鱈目だ。
ここから分かるように、由比ヶ浜は料理をほとんどしないのだろう。
こんな所でつまづかれてもしょうがない。
俺はため息を吐きつつ、由比ヶ浜の後ろに回りきちんと結び直してやる。
「え!?ち、ちょっと…」
「なんだ、きつかったか?それとも俺に近づかれるのが嫌だったか?」
後者だったら軽く凹んで小町に慰めてもらおうそうしよう。
「あ、いや、その、ありがと…」
単に恥ずかしかっただけのようだ。
(ほぼ)初対面で嫌われたら鋼のメンタルをもつ俺でも引きこもる自信がある。あ、だからヒッキーなのかな?
とりあえずエプロンくらい自分で着けられるようになって欲しい。
どうやらやる気スイッチが入ったようで、ブラウスの袖をまくる。
「よーし、やるぞー!」
まず卵を割って、かき混ぜる。小麦粉を入れ、さらに砂糖、バター、バニラエッセンスなどの材料も加えていく。
…俺ですらはっきりと分かるくらい、由比ヶ浜の料理の腕前は尋常離れしていた。もちろん悪い方で、だ。
まず溶き卵。殻が入っている。
小麦粉。ダマになっている。
バターは固形のまま。
砂糖は当たり前のように塩にすり変わっているし、計量カップを知らないのか、牛乳を投入する量も適当だ。
ふと雪乃の方を見やると、彼女は青い顔をして額を押さえている。
普段菓子を作らない俺ですら背筋に寒いものが走っているのだ。料理の得意な雪乃にしてみれば戦慄ものだろう。
「さて、と…」
そう言って由比ヶ浜はどこからかインスタントコーヒーを取り出した。
「コーヒーか。まあ、飲み物があった方が食が進むもんな。気が利くじゃん」
「はぁ?違うんですけど。隠し味だから」
ちょっと待て。まずレシピ通りに出来ない奴が隠し味なんか入れても確実に失敗するだろ。
ほら、入れすぎて黒い山が出来上がってるし、調整と言って砂糖もありえん量をドバドバ入れた。
出来上がった黒い山と白い山を溶き卵の大津波が飲み込み、地獄が作り上げられていく。
やがて完成したのは、真っ黒な物体X。
あの雪乃が恐怖している。
「どうやったらあれだけのミスを重ねられるのかしら…。……八幡、お願いできるかしら。私も食べるから」
「マジかよ。これただの毒味だろ…。だってこれアレだぞ?ジョイフル本田に売ってる木炭みたいなもんだぞ?」
「そこまで言う!?……毒、うーん、やっぱ毒かなぁ」
いや、食べてみないと分からない事だってある。あれだけ酷いことになっておきながら、その実奇跡的相性《マリアージュ》が起きている可能性がある。
というわけで、覚悟を決めて比企谷八幡、いざ!
「………」
「………」
「ひ、ヒッキー?雪ノ下さん?」
「ごめんちょっと待って」
うん、不味い。
秋刀魚の腸なんて食ってましたっけ?と言えるほどの出来栄えだ。むしろ気絶しなかっただけすごいと思われる。
長期的な目で見て、これを摂取した事により発癌リスクが高まり数年後に発症したとしてもおかしくはない。
隣にいる雪乃なんて俺の飲みかけのマッカンを……っておいいい!?
「そ、想像以上ね……」
「おい…おいちょっと待て。勝手に俺のマッカン飲むなよ……。俺も飲みたかったのに」
「ちょ、ちょっと、私の料理どうやったら上手くなるのかちゃんと教えてよね!」
そういやそうだった。間接キス云々も忘れてはならないが、元々こいつの依頼という体で俺はここにいる訳だ。調理実習?後で適当にやる。
まあ、この依頼に関する答えは一つしかあるまい。
「由比ヶ浜が二度と料理しない」
「八幡、それは最終手段というものよ」
「それは解決とは言わなくない!?」
確かに解決とは言わない。問題をなかったことにするわけで解消と言った方が正しい。
だったらどうするか。由比ヶ浜の料理が上手くなる方法………。少しの間熟考していると、由比ヶ浜はポツリと。
「あはは、やっぱり私って才能、ないのかな……」
……あ。こいつ、雪乃が嫌う言葉を口にしやがった。ほら、めちゃくちゃ厳しい目をしている。それを俺に向けられたことは一度もないが、それでも怖い。
「そういうの、やめてもらえるかしら。最低限の努力もせずに才能がある人を羨む資格なんて無いわ。たった一度の失敗で才能うんぬん言うようなら、これ以上は時間の無駄よ」
わーお…。鋭すぎる言葉の刃。これには由比ヶ浜も下を向いて黙る他ない。
何分、雪乃の言葉はどこまでも正しいのだ。だからこそこうやってスカートの裾をギュッと握りしめることしか出来ないわけで。
こういった正論を嫌う人もいる。正しさというのは、時に残酷さまで余分に与えてしまうのだから。
由比ヶ浜の場合はどうだろうか。彼女もきっと、この場から逃げ出したいに違いない。
「か………」
帰る、とでも言うのだろうか。今にも泣き出しそうなか細い声が漏れた。肩が小刻みに震えているせいで、その声もゆらゆらと頼りなげだ。
「かっこいい………」
「「は?」」
だからこそ、かっこいいという言葉を聞いた瞬間、二人とも素っ頓狂な声しか出ないわけで。思わず二人して顔を見合わせてしまう。
由比ヶ浜は気を落とすどころか、目をキラキラさせながら雪乃の事を見る。
「建前とか全然言わないの、かっこいい……」
「は、話を聞いていなかったの?私、これでも結構キツいこと言ったつもりだったのだけれど…」
「うん。正直引いたけど……でも、本音って感じがするの。あたし、人に合わせてばかりだからこういうの初めてで……」
由比ヶ浜は、逃げなかった。正論という言葉の刃を受け、それでも尚向き合ったのだ。
そこまで真摯な姿勢を向けられて黙っている雪乃ではない。
「ごめん、次からはちゃんとやる!」
「…そう。それじゃあ頑張ってみましょうか」
雪ノ下雪乃は、本当に困っている人を見捨てない。突き放すような言葉ではあったが、それでも頼ってきた奴を蔑ろにすることは決してない。
俺は見守ることしか出来ないが、次こそは由比ヶ浜のクッキーが木炭にならない事を祈ろう。
由比ヶ浜はきちんと雪乃の教え通りに作り、後は焼き上がるのを待つだけとなった。
その間、特にやることの無い俺は、本を読みながら二人の話を聞いていた。
「雪ノ下さんとヒッキーって幼馴染なんだよね」
おっと、その話をぶり返すか。まあ、由比ヶ浜の目を見る限り純粋に気になっているだけのようだが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。他人の目を伺ってしまう性格だから尚更だ。
若干居た堪れなくなった俺は、一言だけ告げ、逃げるようにトイレへと向かった。普通に尿意も催していたからね!
「昔のヒッキーって、どんな感じだったの?教室だと誰とも喋ってないからよく分からないんだよね」
廊下に出たところでピタリ、と足が止まった。
由比ヶ浜さん?なぜあなたがそれを気にするのでしょう…?やだ、気づいたら聞き耳たてちゃってる!
家庭科室の扉に耳をつけ、静かに話を聞く。やば、周りから見たらただの不審者じゃん。こんなの見られたら雪乃でさえドン引くだろうな…。
だが、雪乃の俺に対する感情やら気持ちやらが気にならない訳では無い。こういう事をしてしまうのも不可抗力というわけで!
「昔も何も、彼は何も変わってないわ。人と必要以上に関わろうとせず、自分の世界を作り上げている。……それでも、八幡は私にとってのヒーローだったわ」
「ヒーロー?」
「ええ。私ってこんな容姿や性格だから、昔は相当女子に恨まれてたの。毎日のように上履きを隠され、罵詈雑言の嵐。親にも相談できず、本当に辛かった。その時よ、彼が助けてくれたのは」
…………。
「彼は誰もが驚くような方法で私を助けてくれた。小学三年生とは思えない考え方をしていたのよ」
……まあ、確かに普通は思いつかんよな、あんなの。俺たちを囲うイジメの集団の仲をこれでもかというほどぶち壊した。
元々学級崩壊しかけていたが、決定打となったのは俺の行動だろうか。
「…例え全人類が彼の敵に回ったとしても、私は………、私だけはずっと傍に寄り添ってあげていたい」
「そ、そうなんだ………。あ、愛が重い……」
「ふふ、もし由比ヶ浜さんが恋敵になろうものなら、容赦はしないわよ?」
「な、ならないよ!そっかぁ、クラスじゃ空気なヒッキーの事をこんなに想ってくれてる人がいるなんてねぇ…」
なんかバカにされてない?
言っとくけど俺は望んで一人になってるのだ。由比ヶ浜のようにコミュ力がある訳では無い。そもそも必要としない。
結果的に空気となってるだけで。……あれ、なんだろ。目から汗が……。
とりあえずトイレ行こ。遅くなったら怪しまれるだろうし。
トイレから戻ると、まだまだ女子二人のさは楽しくお話をしているようで。
「ヒッキーは覚えてないんだろうけど、入学式の日に、車に轢かれそうになったあたしの飼い犬を助けてくれたんだ。……このクッキーも、そのお礼のつもりで」
静かな廊下にまで響く声に、俺は思わず耳を疑った。
……あの時の?由比ヶ浜が?
あの時は足の痛みでそれどころではなく、朧気にしか飼い主の顔を覚えていなかった。
だが、何となく合点がいく。化粧しているとはいえ、顔というのは中々変わらない。見た事がある気がしたのも、そういうことなら納得がいく。
まあ、由比ヶ浜にはある意味感謝するべきか。学校が同じとはいえ、雪乃と再会する足がかりとなってくれたわけだしな。
……でも、とりあえず一つだけ言いたいことがある。
「一年越しの感謝なんて反応に困るんだが」
「どわあっ!?ヒ、ヒッキー!?い、いつから!?」
「ついさっき。お前があの時の犬の飼い主だったってところから」
それ以前の話も聞いていたとはいえ、それをわざわざ話す必要も無い。
てんわやんわと慌てる由比ヶ浜に対して、既に出来上がっていたクッキーを口に含み、今の思いをそのまま言葉にした。
「まあでも、謝意は受け取っとく。あの時はバカ飼い主が、とか思っていたが、今こうやって木炭じゃないクッキーを食えてるんだ。そこら辺はまあ、俺も感謝してる」
「なんかバカにされた気が……」
「ふふ、素直じゃないわね」
「うっせ」
俺が素直になるなんてただただ薄ら寒いだけだ。
素直になれるのは、少なくとも今は二人だけ。二人きりの時だけだ。
素直な感情は、時に誤解を招く。残酷さを与える。
小学生や中学生の頃、一体どれだけ誤解を与えてしまったのだろうか。自ら人と関わりを持たなかった俺には、よく分からない。
由比ヶ浜の依頼を終え、その翌日。
今日も奉仕部は平常運転である。つまり人が来ない、という事だ。
そもそも悩みを相談するというのは、自分のコンプレックス、人に知られたくないことを晒すという事だ。
思春期真っ只中の俺たち高校生にとって、それを同年代の同じ学校の生徒に話すのはとてもハードルが高い。
あの由比ヶ浜でさえ平塚先生の紹介が無ければ、俺のようにそもそも奉仕部の存在なんて知らなかっただろうし、依頼を終えた今はわざわざここへ足を運ぶ理由も必要性もない。
昨日の喧騒は止み、部室は静寂に包まれている。
そんな静かな空間ならば、廊下を走る音も、扉を二回ノックする音もよく響き、耳に残るわけで。
「やっはろー!」
頭の悪そうな気の抜けた挨拶と共に入ってきたのは、昨日の依頼主である由比ヶ浜結衣。
こいつはまたここをトイレと間違えたのか。
雪乃はため息を吐き、由比ヶ浜を見やる。
「……何か?」
「え、なに。あんまり歓迎されてない……?もしかして雪ノ下さんってあたしのこと……嫌い?」
「…ちょっと苦手、かしら」
「それ嫌いと同義語だからね!?」
あたふたする由比ヶ浜を見てフッと笑みがこぼれる。さすがに嫌われるのだけは嫌なようだ。
こいつ見た目はギャルなのに、中身は普通の女の子なんだよな。
「で、何か用かしら」
「や、あたし最近料理ハマってるじゃん?」
「初耳なのだけれど」
「で、昨日のお礼ってーの?クッキー作ってきたからどうかなーって」
さぁーっと雪乃の血の気が引いた。多分俺も。
由比ヶ浜の料理といえば、あの見るも無惨なジョイフル本田の木炭だ。あれをクッキーと呼んででいいのか分からないが。俺もアレを思い出しただけで喉と心が乾いてくる。
「あ、あまり食欲が湧かないから結構よ。気持ちだけ頂いておくわ」
遠回しに固辞する雪乃をよそに、由比ヶ浜は鼻歌交じりで鞄からセロハンの包みを取り出す。見え隠れするのはやはり黒々としたクッキーもどき。
「いやーやってみると楽しいよねー。今度はお弁当作っちゃおうかなー、とか。あ、でさ、ゆきのんっていつもどこでお昼食べてるの?一緒に食べない?」
「部室で八幡と食べてるけど……。というか、ゆきのんって何?」
「雪ノ下だからゆきのん!…ダメ?」
「別にそういう訳じゃ…」
「あ、それでさ、あたし放課後とか暇だし、部活手伝うね!ヒッキーと二人きりだと色々心配だし!」
由比ヶ浜の怒涛のマシンガン攻撃に雪乃は明らかに戸惑いながら、俺の方を救いを求めるかののような目で見てくる。どうにかして、という事らしい。
……無理だな。
「ご愁傷さま、ゆきのん」
「あ、あなたって人は…!」
涙目になりながらプルプル震えてこちらを睨みつけるゆきのん。逆に可愛いし癒される。
まあ、いいんじゃねえの?
初めて雪乃に友達らしい友達ができたんだ。このくらいは許容範囲だ。許してやってやれ。
八雪に優しい世界。結衣は二人の気の許せる友人枠になります。恋心は抱きません、多分。
あと話には関係ないのですが、見やすさのために改行ごとに1マス空けたいのに空けられません。なぜ……。