材木座登場。
翌日の事である。図書館へ向かった後、部室へ向かうと珍しいことに、雪乃と由比ヶ浜が扉の前で立ち尽くしていた。
何してるんだと思って見ていると、どうやら扉をちょっとだけ開けて中を覗いていた。
「…何してんの」
「ひゃうっ!」
可愛らしい悲鳴とともに、びくびく!と二人の身体が跳ねる。
「うひゃあ!!…ってなんだヒッキーか。脅かさないでよ……」
恨みがましくこちらを睨む由比ヶ浜。いや、確かにいきなり声をかけた俺が悪いかもしれないけど。
「悪かったよ。で、何してんの」
「不審者がいてね……。コートを着て、穴あきグローブを着けた太った男子生徒が」
不審者なのに男子生徒とはこれ一体。
だが雪乃の言った変質者の特徴と、俺の記憶に嫌々ながらいる男の特徴とが一致したため、遠慮なく扉を開ける。
俺たちの目の前にいたのは、夏直前のくせに厚いコートを着てダラダラと汗を垂れ流しにし、眼鏡をかけた男。
あまりの不審者っぷりにあの雪乃ですら恐怖を抱くらしく、ギュッと力強く俺のブレザーの裾を握ってくる。いいぞもっとやれ。
「ク、クク、クハハハハ!!ようやく来たか、我が相棒、比企谷八幡よ!!」
「帰れ。お前のおかげでうちの女子二人がリアルに恐怖を覚えてるんだぞ。警察のお世話になりたくなければすぐさま立ち去れ」
「そこまで言わないで……グスン」
相変わらずというか何と言うか、メンタルカスすぎんだろこいつ。
「ったく……で、何か用か、材木座」
「ク、クク、我が魂に刻まれた真名を読んだな?そう!我が名は剣豪将軍、材木座義輝なりぃぃ!!!」
バサッとコートを靡かせてクックックと笑う材木座。剣豪将軍という設定にかなり入り込んでるらしい。
…おい、雪乃と由比ヶ浜は既にスマホを取り出しているぞ。お前を危険人物と判断して通報する気だぞ、こいつら。
「ね、ねぇ、アレなんなの…?」
由比ヶ浜からは既にアレ扱いされてるな。二人とも冷ややかな視線を送っている。
まあこいつに限って人と扱わなくてもバチは当たるまい。
「中二病だよ」
「ちゅうにびょう?」
……今のイントネーション、絶対ひらがなだ。スマホがあるのにそういった知識は知らんのな、こいつ。
雪乃は首を傾げて俺を見た。クソ、可愛い!
「病気なの?」
「マジな病気ってわけじゃない。なんというか、スラングみたいなもんだと思ってくれればいい。自分は神に選ばれし者だ、とか、世界は俺を必要としている、みたいな感じ」
「意味わかんない……」
中二病の何たるかを手短に説明するが、雪乃はすぐに理解したらしい。頭の回転が早くて助かる。
逆に由比ヶ浜はうえっと嫌悪感を顕にしている。まあ、今の説明じゃ普通分からんよな。
「つまり、自分で作った設定に基づいてお芝居をしているようなものなのね」
「そういう事だ。あいつの場合、室町幕府の第十三代将軍、足利義輝を下敷きにしているみたいだな。名前が一緒だからベースにしやすかったんだろ」
「あなたを相棒と呼んでいるのはなんで?」
「八幡っつー名前から八幡大菩薩を引っ張ってきてるんじゃないか。清和源氏が武神として厚く信奉してたんだ。鶴岡八幡宮とか知ってるだろ」
「なるほど……」
雪乃は納得したようだが、由比ヶ浜はまだ頭にハテナを浮かべている。
仕方ないのでスマホを取り出し、中二病 例で検索し、由比ヶ浜に投げ渡す。数十秒すると、心底気持ち悪いというような顔になった。
そりゃあ健全な奴から見たらただただ頭おかしい連中みたいなもんだからな。 というか、目の前にいる材木座がその代表みたいなもんだし。
とりあえず各々座り、嫌々ながらも話を聞く姿勢にはいる。
「……で、ここに来たということは、依頼ということかしら」
何とか落ち着きを取り戻した雪乃がスマホを仕舞いながら問う。いやそれでも俺の傍からずっと離れようとしないな。というか腕をガッチリホールドされてるし。……あの、控えめな二つ丘が当たってるから。悪い気はしないけどちょっと八幡のはちまんがやっはろーしちゃうから。
そんな苦闘を心の中でしていると、材木座がおもむろに紙の束を取り出し俺に渡してきた。
「これは………ラノベの原稿か?それもこんなに」
「うむ。我、実は作家を目指していてな。新人賞に応募しようと思うのだが、まずはその前に感想を聞かせてほしいのだ。我、友達いないから中々そういった機会が無くてな。読んでくれ」
「依頼する理由が悲しすぎる!?」
材木座のような中二病がラノベ作家を目指すのは当然の帰結とも言える。自分の憧れを形にしたいと思うのは当たり前の感情だし、何一つおかしなことはない。加えて言うなら、好きなことをして食っていけるならそれは幸せなことだろう。ユーチューバーだったりもそれと似たような感じだ。
だが不思議なのは、わざわざ俺たちに見せてこようとすることだ。
「……今の時代、なろうとか5chとかに載せれば誰かしら評価してくれるだろ、多分」
「いや、奴らはなりふり構わず酷評するだけだからなぁ……。また泣いちゃうぞ、我」
またって…。
投稿したことあるんですね…。酷評されて泣いたことあるんですね………。
「要するに、私たちはこの作品を評価すれば良いのかしら」
「左様。新人賞に応募しようにも、評価が帰ってくるのは数ヶ月後なのでな」
なるほど、まずは俺たちに評価をしてもらい、その後応募する、ということかね。
……でも大丈夫かなあ、材木座。
俺はため息混じりにチラッと横を見た。
すぐ隣にいる雪乃と目を合わせると、キョトンとしている。
多分、ネットに載せるより酷い結果になるだろうなからなぁ。
ハッキリ言おう。材木座の小説は全くと言っていいほどつまらなかった。
無駄に長いし、意味の分からん話の内容だ。フラグも回収しきらずに完結もしていないし、何故数行にも渡ってヒロインが服を脱ぐのだろうか。必要性の感じない話が多すぎる。
お陰で徹夜してしまい、読み終えた頃には空が白く霞んでいた。今日の午前は睡眠学習ですね。
「やっはろー!」
昇降口で後ろから声がかけられた。この声は由比ヶ浜だ。やけに元気だな……。
「ああ、おはよう。……なんでそんなに元気なん?あれ読んだら寝れないだろ…」
「え!?あ、い、いや、眠いから!私超眠いよ!」
こいつ絶対読んでないな。
とはいえ、今回の依頼は俺たちの出番はほぼないだろう。何故なら雪乃がいるからだ。
あいつ、ルビの振り方とか、改行の仕方とか、そういうのに一切妥協を許さないからな。
多分、ネットに晒すよりも酷い結果になるだろうな。その時の材木座の顔を見るのが楽しみ。
放課後、部室へ向かう。午前中は平塚先生の授業以外は寝て過ごしたものだが、未だに眠気はとれない。
平塚先生、俺が寝てたら平気でとんでもないことをするからなあ。恐怖政治かって。
盛大に欠伸をしながら部室のドアを開けた。
「うす」
いつもなら返事をくれるところだが、今日に限って何も反応がない。
妙だと思って雪乃がいる方へ視線を向けると。
「…………」
正に女神様と言っても過言ではない雪乃の姿が。
雪乃は静かな寝息を立てて寝ていた。絵画の一部分だと言われても信じてしまうくらい、神々しい姿だった。
待て待て落ち着け。昔はよく一緒に寝て寝顔だってよく見たものだ。今更見たところで動揺は……、動揺、は………。
俺の心の中でよく分からん葛藤と戦っていると、いつの間にか雪乃は目を覚ましていた。
「…どうやら寝てしまったみたいね」
「お、おう。やっぱり寝不足か」
「ええ。八幡も?」
「まあな」
小言を交わし、定位置の椅子に座る。いつ材木座が来て意気消沈するのかワクワクしていると、部室の扉が勢い良く開かれた。
「やっはろー!」
「え、ええ。こんにちは、由比ヶ浜さん。その、扉を思い切り開けるのはやめてもらえるかしら…」
「あ、ごめんごめん!」
こいつバンって音が鳴った瞬間、ビクッと肩を震わせたからな。完璧超人に見える雪ノ下雪乃にも怖いものはあるという証拠だな。
昔もお化け屋敷とか行った時泣きじゃくっていたことを思い出す。……懐かし。
そんな昔の記憶に思いを馳せていたのだが……。
「さて、感想を聞かせてもらおうか!」
来ちゃったよ。俺と雪乃が寝不足である要因。おかげで少しイライラしていたが、雪乃の寝顔が見れたことだけは心の中で感謝しておく。
「そうね、私こういうのはよく分からないのだけど…」
「構わぬ!」
「そう。……まず、絶望的につまらなかったわ。読むのが苦痛ですらあったわ。想像を絶するつまらなさ」
「ゲフッ!!」
わーお。いきなりどストレートできたな。気持ち悪い叫び声を上げて椅子から転がり落ちやがった。
「文法がむちゃくちゃ。『てにをは』の使い方、小学校で習わなかったのかしら。誤字脱字も多い。酷すぎるわ」
由比ヶ浜はおろか俺ですら軽く引くような事をバンバン言い出した雪乃。ルビの振り方、ヒロインが脱ぐシーンの必要性。すかさず材木座がファンサービスだと主張すれば、
「ファンの一人もいない状況でサービスなんて片腹痛いわ。文章力の前に先ずは常識というものを学びなさい」
と、完全論破。材木座は既に過呼吸に陥っている。
一人目でこれなのだ。…多分、死ぬんじゃない?
「次、由比ヶ浜さん」
「え!?え、えーっと……」
いそいそと鞄の中に入っていた原稿をパラパラと読む。やっぱり読んでねえじゃねえか。
「えっと、難しい言葉沢山知ってるね!」
「ヒデブッ!!」
わーお…。考え方によっちゃ雪乃よりも酷い一言だぞ。悪意がないから余計にタチが悪い。
難しい言葉を知っている=他に評価するところがないって事だからな。とんでもない大ダメージを受けたことだろう。
「は、八幡……お、お前なら、分かってくれるよな?我の相棒なら、これの良さに気づいてくれるよな…?」
誰が相棒だ、誰が。
でもま、ここまで期待されてんなら応えない訳にもいかないだろ。
大丈夫だ、材木座。お前に対して何を言えばいいか、俺も充分に理解している。
材木座の肩にそっと手を置き、縋るような目で見てくるこいつに一言。
「で、あれなんのパクリ?」
「………」
あ、こいつ泡吹いて気絶しやがった。と思ったらピギャーーみたいな気持ち悪い奇声を上げて壁に激突し、消沈。
……芸人になったら意外と売れるんじゃないだろうか。
「私よりもキツい一撃じゃない……」
「ヒッキー……」
おい、引くなよ。お前ら二人も同じような事言ったんだから。
まあ、ただ少し言いすぎたか。
「ま、ラノベなんて大切なのはイラストだ。中身なんて気にすんな」
「……また、読んでくれるか?」
思わず耳を疑った。
材木座は熱い眼差しを俺たち三人に向けてくる。お前……。
「ドMなの?」
さすがの由比ヶ浜も蔑んだ目で材木座を見下してるな、ただただ死ねみたいな……。あのね由比ヶ浜、材木座がめちゃくちゃビビってるからやめたげて?
いや、そうじゃない。
「あれだけ言われてまだ懲りないのかよ…」
「無論だ。確かに酷い言われようだった。もう死んじゃおっかなーどうせ生きててもモテないし、と思った。むしろ、我以外みんなくたばれと思った。……だが、だがそれでも嬉しかったのだ。自分の書いたものを誰かに読んでもらえて、感想を言ってもらえるということは!」
そう言って材木座は笑った。剣豪将軍なんてふざけたものじゃなく、材木座義輝の笑顔。
ーーなるほど、こいつは立派な作家病だ。
「また新作が書けたら持ってこよう。さらばだ!」
そうして材木座は去っていった。たとえ酷評されようとも、自分の作品を読んで感想を貰えるのは嬉しいもの。そう材木座は言った。
だったら俺が出来ることはただ一つ。
……次は徹夜しない程度のやつがいいなあ。
「……なんか、すごかったね。ヒッキーの友達」
「友達言うな。知り合いだ知り合い。知り合いにすらなりたくないけどな」
あいつが友達なんて拷問にしかならないからな。