使徒ってそっちの使徒ですか!?   作:かます

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ないと不自然になるから書くべきだけど私が一番苦手なタイプ、それが説明回
難産!


第拾参話 教え導く者、その葛藤

 清水幸利はごく普通の男子高校生である。オタク趣味があったりするが、現代ではそれもさほど珍しいものではないし、成績も高くも低くもないし、運動が特別不得意というわけでもない。

 

 異世界転移なんてものを経験したこともあり、かつて抱いていた英雄願望(厨二病)がチラリと顔を出したりはしたが、それも勇者天之河光輝の残念な様子を目の当たりにしてからは引っ込んでしまった。

 

 要するに普通なのである。転移者の中でも特殊な闇魔術の才は持っているし、それを使いこなして魔物の使役なんてものに手を出してからは、その特別感で十分満足してしまっていた。

 これ以上の面倒ごとは望んでいないし、比較的平穏に過ごして誰かが開いた帰還への道に便乗したい。それくらいの考えをしていた。

 

 だからこそ、清水幸利は今困り果てていた。

 

「はぁ……勧誘に見せかけたただの一択押し付けじゃねぇかよ……」

 

 湖畔の町ウル、その近くにある森の一角にて、幸利はここら一帯固有の魔物を使役する練習に励んでいた。

 強力な天職を与えられた転移者なだけあって、彼の才能は凄まじい。強いとされる魔物も、弱めの魔物をぶつけて隙を作ってやればしっかりと使役できるレベルまで闇魔法が研鑽されていた。

 

 そんな風に暗闇の中、使役の練習を繰り返す幸利の背後に突然現れた者があった。一体何だと振り返ってみると、そこにいたのは……魔人族。

 突然の遭遇に慌てていると、なんとその魔人族は優しげに彼へと話しかけてきたのだ。

 

「君の闇魔法は素晴らしい。こんなにも簡単に魔物を使役するだなんて……どうだ君、魔人族側につかないかね?」

 

 なんのこっちゃと話を聞くと、彼曰く、今ウルを訪れ人間族の食糧事情を続々と解決している愛子先生を殺したいのだそうだ。

 他の生徒や騎士にしっかりと守られている以上、自分だけでは戦力不足。そこで、魔物というリソースはこちらで出すから大編隊をもってして町ごと先生を叩き潰そう!という計画らしい。

 さもそれが素晴らしいことだと言うように、成功報酬は魔人族幹部の席だと吹き込んでくるそいつはどうにも胡散臭かった。

 

 なんで自分に声をかけたのかを聞いてみると、孤立しているように見えたからだそうだ。要するにボッチ判定。

 幸利は喉元まで出掛かっていた『余計なお世話だ』という言葉をなんとか飲み込んだ。

 

 さて、この提案だが、実質幸利には拒否権がないのにお気づきだろうか?

 まず前提として、幸利は魔物を使役することを得意としている……すなわち、魔物がいないと最高のパフォーマンスを発揮できない。

 そして目の前の魔人族は明らかに個として今の彼より優れている。

 

 断ったら当然、数匹の魔物を使役している程度の幸利では殺されてしまうだろう。

 受け入れたら当然、幸利はクラスメイトに反逆した大戦犯だ。

 

「どーすりゃいいんだよぉ……」

 

 口からこぼれたため息混じりの悲観の言葉が、夜の森に響き渡った。

 

 

※※※※※

 

 

「そういえば、雪華さんはこのまま私たちと合流するのですか?」

 

 雪華の生存発覚とそれに伴う大騒ぎの翌朝。眠そうな顔をしながらおにぎりを齧っている雪華に愛子が問うた。

 

「へ?いや、このままミレディとまた旅に出ますよ。一回王都には戻るけど」

 

 この解答には、愛子はどうしても難しい顔をすることになった。

 

「どうかもう一度考えてはもらえませんか?異世界で子供二人で旅をするなんて危険ですよ!この世界の人たちは根本から私たちと倫理観も違うのですから、どんなことに巻き込まれてしまうか分かりません」

 

 愛子の言っていることはもっともだ。事実雪華もミレディとの旅の中で日本の常識では考えられない行動に出る者たちを多く見てきた。危険があることなど、重々承知している。

 だが、それと同時に受け入れられない理由もあった。

 

「先生。どんなに外が危険で、一緒にいるクラスメイトが強かったとしても、ボクには旅して回る理由があるんだ。手紙にも書いてあったでしょう?」

 

 言外に"今近くにいるクラスメイトには伝えられない理由がある"ことを知らせる雪華。そう、雪華は一部のクラスメイトすら疑っている。

 それを目線で伝えてきた雪華。愛子は彼女の言いたいことを的確に読み取ることができてしまい……そうなると、もはや止めてもどうにもならないことを理解した。

 

「はぁ、分かりました……。でもまだ私は雪華さんがどのくらい腕が立つのか分かりません。素人なので見てわかるかも微妙ですが……一度あなたの戦いを見せてもらえませんか?」

「それくらいでしたら。少しの期間、護衛として一緒に行動すればいいですか?」

「ええ。皆さんもそれでいいですよね?」

 

 愛子の提案に護衛のクラスメイト達も問題ないと頷く。彼らにも、自分達とは違い訓練も受けていないはずの彼女が言うほど強くなれているのかには興味があった。

 

「では……話もまとまりましたし、食事が終わったら早速今日の仕事に取り掛かりますよ!」

 

 愛子が号令をかけると、ざわついていたクラスメイト達「はい!」と一斉に返事をする。

 ちっちゃいだとか、かわいいだとか色々言われている先生だが、こういう時はしっかり決めてくれる頼もしさがある。

 

 ここにいる彼らは、先生が付いてる彼らは。きっと、大丈夫かな。

 護衛につく同級生を見てそう思う雪華であった。

 

 

※※※※※

 

 

 失踪事件。平和な町に似合わぬ単語である。しかし治安や未発達な捜査網もあってトータスではさほど珍しい案件でもない。捜索されることこそあれど、一般人は怖いわねぇで流してしまうことだって多い。

 しかし、ハイリヒ王国で最大の力を持つ教会が"神の使い"とも称するような人物の失踪だったらどうだろうか?

 とんでもない重大案件である。ウルでは一時蜂の巣をつついたような騒ぎが起こった。

 

 失踪したのは、今や"豊穣の女神"として名高い転移者、愛子の護衛として町を訪れていた彼女の生徒の一人、清水幸利だ。

 事が起こってから既に時間が経っており、町に来てから普段以上に元気だったはずの愛子は、また日を追うごとに消沈してしまっていた。

 生徒たちやお付きの騎士たちがなんとか宥めようとする様子が散見されたが、流石にショックが大きかったようだ。あまり効いている様子はない。

 

 しかし今彼女に求められているのは農地改革。外から勝手に呼び出しておいて中々に不誠実だが、ハイリヒ王国的には国内農業の安定が一番の重要事項。

 捜索隊を出すから、ひとまず仕事に集中してほしい。それが国からの通達だった。

 彼女の心情を外部が配慮してくれるはずもなく、ましてや捜索に自ら赴くことも許されず。愛子はやきもきしながら仕事に注力することとなってしまった。

 

 そんな状況に陥っても、時間は容赦無く流れて行く。既に失踪日から二週間が経過していた。

 

 彼の失踪は自発的なものだろうというのが現在の見解だった。

 理由としては、まず部屋が荒らされていなかったこと。次に闇魔術に優れた転移者だったため、そこらのゴロツキ程度に負けるとは到底思えない事が挙げられる。

 ならば何故自らどこかへ行ってしまったのか、など疑問は残るが、状況からして大半の者たちはこれに納得していた。

 

 今日の仕事を終え、宿へと向かう愛子とその生徒たち一行。先頭を歩く愛子はいかにも意気消沈と言った様子だったが、こんな姿を生徒たちに見せていられないとばかりに自分の頬を叩く。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です!お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

 誰から見ても、それが空元気だということが丸わかりだった。雪華と再開したあの時の、本当に嬉しそうな姿と比べても明白だ。

 だが自分達を不安にさせまいという彼女の気持ちは痛いほどに分かる。それを指摘するような無粋な者はそこにはいない。

 生徒たちは「は〜い」と素直に返事をした。騎士たちもそれを微笑ましげに眺めている。

 

 彼女が言った通り、今は夕食どきだ。愛子の宣言の勢いのまま宿の食堂に雪崩れ込んだ彼らは1日の疲れを癒すべく、思い思いの料理を注文してはそれを口に運ぶ。

 稲作が盛んで自然も豊かなウルの食文化は、現代日本に近いところもある。動き続けて腹ペコなところに運ばれてくる思い出の味は、まるで身体に染み渡るかのようだった。

 

 食事の時間ともなれば、会話だってよく弾む。食事中の彼らの元にやって来た宿のオーナー、フォス・セルオと愛子は近頃の情勢について語らっていた。

 

「えっ!? それって、もうこのニルシッシル(異世界版カレー)食べれないってことですか?」

 

 そう驚くのは、元来のカレー好きもあり特にこのニルシッシルを気に入っていた生徒の一人、園部優花だ。

 オーナーと愛子の会話の中でもたらされた、北山脈の不穏な様子と魔物の活発化の情報。危険な状態に、スパイス採取に赴く者がいなくなってしまい、その影響がとうとう宿の調味料棚にまで波及してしまったのだ。

 

「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」

 

 状況とは裏腹に、嬉しそうな顔で続けるオーナーに愛子は首を傾げた。何か解決の糸口でも見つかったのだろうか?

 

「どういうことですか?」

「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」

 

 それには護衛の騎士たちが感心するような声を上げた。フューレンの支部長といえばギルド職員の中でも相当な高位である。なんなら最上級の幹部と言っても差し支えないだろう。

 そんな人物から指名で依頼を受ける者ということは、相当な強者……。武芸で身を立てている者たちとして、興味が沸いたのだ。

 だが愛子たち一行はこの世界のそんな事情なぞ知らないので、どうもピンときていない様子。ただ騎士たちの態度で"なんかすごいんだな"というのは理解した。

 

 そんな風に会話をしていると、宿の二階へと向かう階段部分からガヤガヤと人の声が聞こえてきた。男と少女二人のグループのようで、何やら少女の一人が男に文句を垂れているらしい。

 

「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」

 

 フォスに促される騎士たちだったが、どうも疑問がありそうな顔をしている。何故なら、彼らの予想していた腕利きの冒険者に、こんな若い声の男女がいなかったからである。

 

 そして、そんな騎士たちの顔に輪をかけてすごい顔をしているのが愛子である。

 男の声に、聞き覚えがあったからだ。

 

「もうっ、何度言えばわかるんですか。私を放置してユエさんと二人の世界を作るのは止めて下さいよぉ。ホント凄く虚しいんですよ、あれ。聞いてます?"ハジメ"さん」

「聞いてる、聞いてる。見るのが嫌なら別室にしたらいいじゃねぇか」

「んまっ! 聞きました?ユエさん。"ハジメ"さんが冷たいこと言いますぅ」

「……"ハジメ"……メッ!」

「へいへい」

 

 どこかで聞き覚えのある声に、聞き覚えがある、どころか最近聞いた気すらする名前。

 愛子は視線だけで人払い用のカーテンに穴を空けられそうな眼力で声のする方を見つめていた。

 生徒たちも同じだ。彼らの脳裏に浮かんでいるのは、あの日奈落に落ちていき、つい先日生存だけが知らされたクラスメイトの少年の姿。

 

「……南雲くん?」

 

 硬直していた体が、自分の声をトリガーに動き出す。椅子を倒し、そのまま声の方へと駆け寄った愛子は、その勢いでカーテンを思いっきり開いた。

 カーテンの向こうにいた少年少女は、突然響き渡った『シャーッ!』という音と、明らかにこちらをガン見している女性にギョッとしている。

 

「南雲君!」

「あぁ?……………………………………………先生?」

 

 白色に染まった髪に、片目を隠す眼帯。以前の穏やかな雰囲気からは想像できないほどの鋭い視線に、堂々たる立ち姿。外見的特徴はそのほとんどが異なっている。

 だが声音や面影までは変わっていない。故に愛子は確信する。目の前の少年は生きて帰ってきた自分の教え子、南雲ハジメなのだと。

 

「南雲君……やっぱり南雲君なんですね? 生きて……本当に生きて…」

「いえ、人違いです。では」

 

 感動の再会シーンと思いきや、帰って来た返事はガッツリ否定の言葉であった。台無しである。愛子や生徒たちは揃って「へ?」と間抜けな声を出してしまっている。

 

「せ、雪華さん!この人は南雲くんで合ってますよね!?私の見間違いじゃないですよね!?」

 

 目の前の少年は自分のことを"先生"と呼んだ。これはどう誤魔化しても変わらない事実。聞きたいことはたくさんあるのに、うまく煙に巻いて逃げようとしている彼を引き止めるべく、愛子は確実に彼を彼と断定できるはずの少女を呼んだ……のだが。

 

「あー、雪華ちゃんは仲良くなった町の子と遊んであげてくるって、おにぎりだけ受け取ってさっさと行っちゃいました……」

「えぇ!?こんな大事な時に!?」

 

 不在。どんなに能力があってもその場に居なければなんの意味もない。

 項垂れる愛子だったが……思わぬ方向から、助け舟が入った。

 

「あー、そうか。セツがもう色々言ってんだな、ならしょうがねぇか……」

「へ?」

「誤魔化そうとして悪かった。確かに俺は南雲ハジメだ。心配かけて悪かったな、先生」

 

 

※※※※※

 

 

 ハジメの二股疑惑に、亜人族であるシアを見下す騎士とのいざこざ。円滑に、とは到底言えなかったが、ハジメと愛子以下クラスメイト達との情報共有は概ね順調に進んだ。

 大雑把な今までの経緯と、こうやって旅をしている理由。雪華同様、本当に大事なところは隠していそうだったが、大凡の知りたいことが聞けたこと、そしてハジメが無事に元気な顔を見せてくれたことに愛子はいたく安心していた。

 

 しかし元の明るい性格のまま現れた雪華と違い今のハジメは……なんというか、刺々しい。こうして戻ってくるまでに途轍もない苦労があったことは容易く想像できるが、一体何が彼をここまで変えてしまったのだろう。彼らの疑問は尽きることはない。

 更に言うなら銃器を持っていることも驚きだし、その技術提供の希望をバッサリ切ってしまったのにも彼らは驚かされた。以前の彼では考えられない態度だ。

 

「まあ、色々あったんだ」

 

 そうハジメは言っていたが、それで納得できるはずもなく。

 自室に戻ってベッドに腰掛けた愛子は一人悩み続けていた。

 

 あのあと、戻ってきた雪華が会話に合流したりもしたが、彼女もまたハジメ同様口を割る気配はなかった。明らかに何かは知っていそうだったのに。

 二人は、自分達には言えないような事情を何か抱えているのでは……?愛子の心配は尽きない。

 

「せーんせっ」

 

 自分以外は誰もいないはずの部屋に、少女の声が響く。

 驚いて声の方を見ると、そこにいたのは今一番心配していた二人の生徒。柚希雪華と南雲ハジメがいた。

 雪華はニコニコとこちらにやって来て愛子の隣に腰掛け、ハジメはドアの近くの壁にもたれかかりながら軽く手を振っている。

 

「えっと、雪華さんにハジメくん?どど、どうやってここに、というか鍵……」

 

 えへへ、と苦笑いしながら雪華がハジメの方を指差す。目線を向けてみると、彼は手のひらの上に鍵を出したり消したりして見せた。

 

「流石に地球の鍵ほど複雑でもねーし、簡単だったな」

 

 明らかな不法侵入である。愛子は二人の所業にため息をついた。

 

「ごめんね、愛子先生?でもボク達、ちょっと話したいことがあったんです」

 

 そうして雪華から語られ始めたことは、非常に身勝手で、許され難い話だった。

 

 自分達は、この世界の神が楽しむために召喚された。神は世界を遊戯盤として見ており、人族と魔人族の戦争も、確執も、その何もかもが神の差金である。異世界からやってきた救世主といえば聞こえは良いが、自分達は神の遊戯を彩る駒の一つにすぎない……。

 教え子達から語られた、この世界の真実に愛子は文字通り絶句していた。

 

「クラスメイトでも教会でもなく、先生だったら、ボクらが見たものを聞いてもちゃんと受け止めてくれると思って」

「ああ。馬鹿正直にあいつらに話しても全員が納得するとは思わねぇ。勇者に決闘を挑まれるのがオチだろうな」

 

 確かに、と愛子は納得する。神を心酔する教会の人々がこんなこと信じるはずもないし、生徒達も全員が事実を受け入れられるほど大人ではない。

 

「……ありがとうございます、わざわざ話に来てくれて。お二人はその、狂った神を倒すために旅をしているんですか?」

「俺はただ帰りたいからその方法を探してるだけだ」

「ボクは……うーん、後々邪魔になりそうだし成り行きで神に立ち向かうことはあるかもしれない。でもそれが理由ではないかな」

 

 相変わらず全部を教えてくれる気がない二人に、愛子は苦笑する。が、これも二人の在り方なのだろう。とりあえずはそう言うこととして受け入れることにした。

 

「じゃ、ボク達もそろそろ寝よっかな」

「そうだな」

 

 そう言って部屋を後にしようとする二人、特にハジメに、愛子はあることを思い出して声をかけた。

 

「白崎さんは諦めていませんでしたよ」

「……」

 

 ハジメの足が止まる。予想外の一言に硬直したようで、その少し先で雪華が大丈夫?とでも言いたげな顔でハジメを見ていた。

 

「皆が君は死んだと言っても、彼女だけは諦めていませんでした。自分の目で確認するまで、君の生存を信じると。今も、オルクス大迷宮で戦っています。天之河君達は純粋に実戦訓練として潜っているようですが、彼女だけは君を探すことが目的のようです」

「…………白崎は無事か?」

 

 愛子からもたらされた、未だに彼を信じ、もがき続けている少女の話。それに対してハジメの口からやっと出て来たのは、彼女の安否を心配する言葉。

 

「は、はい。オルクス大迷宮は危険な場所ではありますが、順調に実力を伸ばして、攻略を進めているようです。時々届く手紙にはそうありますよ。やっぱり気になりますか?南雲君と白崎さんは仲がよかったですもんね」

 

 変わってしまった彼でも、まだ仲の良かった人物を想いやる心が残っていた。その事実に喜びを感じながら、嬉しそうに愛子は返答した。

 

「あー、ハジメが言いたかったのは多分そう言うことじゃないんだよね」

 

 突然割り込んできた雪華に、一体何だと愛子は問いかけるように彼女を見つめる。

 これ言っていいの?とハジメに訊く彼女に代わって愛子の疑問に答えたのはハジメ本人だった。

 

「今日会ったクラスメイトの態度から大凡察した。俺が奈落に落ちた原因は、ベヒモスと戦闘した時に起こった事故、とでもなっているんだろう?」

「ええ、その通りですが……まさか!」

「そのまさかだ。実際に魔法を受けた俺だから分かるが、あれは故意に俺を狙って放たれた物だ。だからあれは事故じゃない、俺はクラスメイトの誰かに殺されかけたんだ」

 

 ハジメの言葉に、愛子は目を白黒させる。

 うちの生徒にそんな子が?一体誰?そもそも何で南雲くんを?

 

「動機はおそらく白崎とよく話す俺への嫉妬だろう。誰かは知らんが、そのくらいで行動に出ちまう奴なんだ。やり取りがあるなら『敵は味方にもいる』、と警告してやっといてくれ」

 

 卑劣な手法によってクラスメイトを殺そうとした人物がいた。これは生徒達が何より大切な愛子にとって信じたくない事実だった。だがこれを否定するのは、同じく生徒の一人であるハジメを否定することにもなる。

 目の前に立ちはだかる事実と心の内の矛盾に、彼女は悶々としながら夜を過ごすことになったのだった。




主人公が割と空気
反省

拙作、日間総合のだいぶ上の方にいてビビりました……
おかげさまでアクセスとお気に入りがかつてないスピードで伸びています
ありがとうございます

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