第八話 谷底に在るモノは
少し、いやかなり遡って。ハジメが奈落に落ち、雪華が勇者パーティーを離れて数日経った頃。
勇者達一行は迷宮で起こった死闘、及び喪失、離反などを鑑みて一度王宮へと戻ることになっていた。
今彼らは、訓練、休息などといったそれぞれの時間を過ごしている。
あれだけショッキングな出来事を目の当たりにしたのだ。おまけにクラスメイト一人もいなくなったときた。
奮い立たされる者だけが全てではない。動けなくなってしまう者がいることも当然である。
「これで、良かったんだろうか……」
与えられている兵舎の一室にて、メルドは思索に耽る。
場違いな大技、檜山たちの浅はかな行動、その結果の転移、命を賭して我々を守り奈落に消えたハジメ。一連の出来事を脚色なく彼は王宮と教会に報告した。
そして、雪華の離反についても。
どう説明したものかギリギリまで迷った彼ではあったが、結局手紙で言われたように、彼女を下げるような言い振りに少なからずなってしまった。
柚希雪華は勇者パーティーから自らの意思で離れて行った。強大な力を理由に慢心もあったのだろう、一人で旅に出て問題ないと判断したようだ。現在の行き先は分かっていない。
……これが限界だった。下げたと言っても、彼女の慢心を示唆したのみ。悪事なぞ一切働いていない彼女を本当の悪人のように語るなぞ、短い期間とはいえ彼女の師を務めた者として己を許せなかったのだ。
一連の出来事に対し、教会は大いに焦った。エヒト神との繋がりを示唆するような天職の者が離反したなど市井に知られてみては、どうあっても教会の権威に傷が付く。
地下での出来事も馬鹿正直に公開すれば勇者パーティーの権威に罅が入ることは間違いない。
そこで彼らが取ったのは、悪意の第三者によって彼女が攫われたかもしれないという宣言だった。
手紙を残されたごく一部を除き、雪華が自らの意思でパーティーを離れたと知る者はいない。
いいとこ『いつの間にかいなくなっていた』くらいの認識だ。
クラスメイトも、その他のトータスに住まう人々も、教会の発表を疑うことはしなかった。
勇者天之河光輝のそれを受けての発言も、教会にとって良い方向に働いた。
「俺が不甲斐ないばっかりに……。決めました。死んだ南雲のためにも、連れ去られた雪華のためにも!俺はもっと強くなって、彼の死に報いて、そして彼女を連れ戻します!」
教会は市民に美談のようにこの発言を喧伝する。これにより、ハジメは未熟故に死んだ不幸な少年、雪華は誰かに連れ去られた不幸のヒロインとなってしまった。
事実を知る者は複雑そうな顔をどうしてもすることにはなったが、最低限これで皆が納得し本当のことが表沙汰にならないのなら、とこれを飲み込むことになった。
これ以外のハジメの扱いもまた、散々なものだった。
彼が恐らくは死んだだろうというのは当然メルドにとっても許容し難い出来事ではあったが、一部貴族連中が死体に鞭打つかのように彼を「無能」と罵ったのだ。
光輝がその態度に強く怒ったことでそういった風潮こそ落ち着きはしたが、結局それも「心優しい勇者」として光輝の評価が上がっただけだった。あの場で一番活躍した彼が報われるようなことは一切ない。
メルドはあそこで起こった事実をはっきりさせたかった。
ミスでもしないことには、あの場面でハジメに魔法が直撃することなぞあり得ない。ここで誰がそれを為したかをはっきりさせておかないと、疑心暗鬼から不和が生まれる心配だってある。
あるいは、彼を良く思わない者の私怨による反抗だったら……。考えたくもないが、もしそうだった場合あまりに危険すぎる。同様の事故がまた起きたらたまったものではない。
しかしこれについての詮索も教会から禁じられてしまった。八方塞がりだ。
生徒の不安を拭ってやることも、危険を減らしてやることもできない。
「……だぁ、わからん!」
戦闘に長け、生徒たちの武術に関して教鞭を取るくらいなら問題なくできるメルドだが、彼も頭を使うのが専門というわけではない。
もやもやを振り払うべく、そして同じような事故を起こさないべく、今の自分にできることは強くなるための訓練。それ以外は、思いつかなかった。
時間こそ遅かったが、愛用の剣を腰に下げると、彼は訓練場へと繰り出して行った。
訓練場には先客がいた。
真剣な顔付きで剣を振る少女の名は八重樫雫。ハジメ、雪華にまつわる一連の出来事を最も重く受け止めていた一人で、それでいて今自分にできることを考え、訓練に打ち込むことを選択できる……そんな強い少女であった。
「雫、精が出るな……と言ってもこんな時間だ、無理はしてないか?」
「……メルドさん。ええ、大丈夫です。あの子のことを考えていたら、目が冴えちゃって」
あの子。おそらく雪華のことだろう。
ハジメと雪華の仲の良さはメルドも知るところだったが、彼女が次に長時間接していたのは間違いなく雫だった。
「まあ、何というか……。雪華は強い。騎士団長の俺が保証する。こんなこと気軽に言うべきじゃないとは思うんだが……あいつなら本当にもっと強くなって、無事な顔をまた見せてくれると思うぜ」
それはメルドができる精一杯の励ましだった。彼も軍に所属して剣を振るう一端の兵士。友を失うなぞ戦場で幾度も経験しており、今回はまだ失踪止まりとはいえ、雫が辛い気持ちだろうということは容易に想像できた。
しかし、雫の返事に彼は少々ばかり驚くことになる。
「ええ、そこは私もあまり心配してないです」
「……ほう。いや、俺もお前らの友情を疑ってるとかそういう訳じゃないんだがな。そうやって断言できるほど……二人はお互いを信頼し合ってるんだな」
メルドの言葉に、雫は少し恥ずかしそうにはにかむ。
「はい。あの子は本当に、いつも優しくて、とっても強いですから。……でも、優しすぎる。だからたまに、全部を自分で抱え込もうとしちゃうんですよ」
「確かにな。行き過ぎた責任感……じゃないが。離れる理由に納得は行くが、それにしてももっと俺たちを頼ったっていいよなぁ」
「ですよね」
感情表現豊かで、小柄が故によく動き、ちょっぴり隠し事がへたくそ。そんないつもの雪華を想像して、二人は苦笑いを浮かべた。
「俺たちがもっと強くなっておかないとな。戻ってきたあいつに、『ちったぁ俺らを頼れ!』って説教してやるためにもよ」
「そうですね……そのためにも、ちょっと今から動きを見てもらってもいいですか?」
「もちろんだ」
星空の元、深夜の特訓が繰り広げられる。
彼らの剣と剣のぶつかり合いには、目の良いものがよくよく見ても分からないほどではあるが、ある物が展開されていた。
───────A.T.フィールド。
雪華を最も信頼し、最も心配する二人は。
まだその事実に気がついていない。
※※※※※
ライセン大峡谷にも七大迷宮は存在する。
オスカー・オルクスの隠れ家で仕入れた情報だ。
言い換えるならば、ハジメたちから伝え聞いた情報、とも言えるだろう。
深い渓谷の底、恐竜を思わせる魔物が闊歩するそこを、雪華はふわふわと浮かびながら進んでいた。
速度は大して出ていない。普通の歩みよりは多少速いか、と言う程度だ。
熟練の冒険者もまず降りたがらない魔境とは思えないのんびりとした空気がそこには漂っていた。
「迷宮、迷宮、どこにあるんですか〜?」
キョロキョロとあたりを見回して、思いっきり声を出しながら、呑気にふわふわ浮いている。
舐めプとしか言いようがないが、しょうがない。彼女にはそれが許される実力があるのだから。
事実、彼女の進んだ背後には魔物の死体が散乱している。
外見から彼女の強さを認識し、警戒しろと言うのはちょっと無理がある。雪華はちょっと浮いてる弱そうな獲物にしか見えない。
かわいそうな数多くの恐竜たちの突撃は、A.T.フィールドによってしっかりと受け止められた後、シャムシエルの鞭によって絡み取られ、そのまま綺麗に解体された。
雪華のリュックサックは、止まらない突撃によってかなり膨らんでいた。魔石だけしか回収していなくてこれである。
「にしても……いやまあ当然ではあるけど、深層の魔物に比べて弱いなぁ、ここの魔物は」
そりゃそうだ、と普通だったら言われるだろうし、実際にそうだ。ライセン大峡谷の魔物は深層のそれと比べても弱い。
だがライセン大峡谷を魔境たらしめているのは魔物の強さではない。
魔力分解作用。魔法が戦いと密接なところにあるトータスにおいて、戦闘時に致命的となりうるデバフだ。
だが、それが雪華に何か関係あるのだろうか。
そもそも彼女の動力源は文字通り『永久機関』だし、魔法なんてものは一切使っていない。
要するに、現在の彼女の強さは「オルクス深層の魔物を簡単に葬り去った柚希雪華」から全く弱体化されていないのだ。
「見つからん……」
だが、彼女の力と隠された迷宮が見つかるかどうかは特に関係ない。観察眼に、その時の運。必要なのはそれだけだ。
見つからない迷宮を求め難しい顔をする雪華は、むむむ、と唸りながら進み続けるのであった。
※※※※※
所変わってこちらはハジメとユエの二人組。バイクを軽快に駆り、迫る魔物の脳天をブチ抜きながら彼らは順調に進んでいた。
進んでいた、のだが。
残念なことに全てが順調に進んでくれる事はなく。無慈悲にも新たなトラブルが彼らの前に舞い込むのだった。
二人の前に現れたのは、大量にモンスターを引き連れた一人の少女。助けを求めて叫びながら走る彼女だったが、ハジメもユエも特に興味なしといった様子で一旦はそれをスルーした。
だが可哀想なモンスターたちはハジメらにも漏れなく殺意を向けてしまう。売られた喧嘩は買うと言わんばかりに、彼は丁寧に弾丸でお返事。哀れ恐竜たちは地面の染みへと姿を変えることとなった。
ウサギの耳をぴょこんと生やした、青みがかった銀髪の美しい彼女の名はシア。
理由はよく分からないが一族皆でこのライセン大峡谷に降り立ち、今現在魔物によって窮地に立たされているらしい。
それを助けて欲しいと彼女に懇願するシア。
当然、ハジメたちには受ける理由もないので断ろうとするのだが……このウサギ、とんでもなくしつこかった。いや、自らの命が懸かっていればその粘着も当然かもしれないが。
あの手この手でハジメたちを引き止めようとするシア。断るハジメとユエ。無理やりしがみついてなんとかついて来ようとするシア。ガン無視するハジメとユエ。
幾度となくやり取り(と言うにはだいぶ一方的だったが)が繰り返されたが、状況は変わらない。
埒が明かない上、自らの美貌にもハジメは全く靡かないときた。そんな状況を変えるべく更に口を開くシアだったが、彼女はこの場における『禁句』を知らず知らずのうちに口にしてしまう。
「で、でも!胸なら私が勝ってます!そっちの女の子はペッタンコじゃないですか!」
"ペッタンコじゃないですか"
それは、多くの状況下において最も口にしてはならないワードである。
少なくともハジメは、これを直接言ったらまずこちらを許さないであろう人物を二人知っていた。
今、その一人は隣に。もう一人は少しばかり遠くにいる。
殺気を振り撒きながらバイクから降車するユエを見て、ハジメはため息をついた。
ユエが魔法を撃つべく腕を振り上げ……るが、それが発動することは叶わない。
まさにそのタイミングで、何処かから一筋の光線が飛来しシアの頭上の岩を直撃。バラバラと周囲に岩の破片が落下し始める。
そのうちちょうどいいサイズの一つがシアの頭頂を直撃し、彼女は痛みに悶え苦しむことになった。
「………………」
「………………」
「頭ぁ!頭がぁ〜!!!」
こさえた立派なたんこぶを抑えながらひょうきんな姿で跳ね回るシア。
おおよそ何が起こったかを察して呆れた顔のハジメ。
シアの無遠慮な発言に制裁を加えようとしたものの、なんか別な誰かから彼女が勝手に罰を受けたが故に不完全燃焼なユエ。
ギャグなど存在しない超危険地帯なはずのライセン大峡谷に、カオスが顕現した。
「ハジメ。これって、雪華だよね?」
「……ああ。セツはよく胸のこと気にしt『キィィィィン!!!』……ひぇっ」
ハジメの頭の真横をレーザー光線が通過し、熱風が彼を襲う。
もちろんこんなので倒れるような彼ではないが、もう遠くにいるはずの彼女の正確な一撃に背筋を冷やした。
「ハジメ。雪華の犯行かは聞いたけど、そこまで言うのはデリカシーがない」
「……ああ。身をもって実感したよ」
「ぐぐぐぅ〜!!!!!」
ウサギは未だ頭を押さえ唸っている。
ハジメとユエはため息をつき、目の前のカオスをどう処理すべくか思案し始めた。
※※※※※
「コード06、ラミエル」
底冷えするような恐ろしい声が谷底に響き、雪華の翳した手から荷電粒子砲が発射される。
不快感を感じた方角へ正確に放たれたそれは、どこかにぶつかり岩が崩れる音が遅れて彼女に届いた。
「今、誰かにすっごい馬鹿にされた気がする……」
正解だ。同時刻、峡谷のどこかでウサミミ少女が禁忌に触れた。
本人こそ『気にしてないよ!』といつもハジメやら雫やらに豪語しているが、実のところそうでないことは雪華のクラスメイトなら誰でも知っていた。
なんの話かって?そりゃ胸の大きさの話である。
「………もう一発。また誰かに馬鹿にされた気がする」
ダメ押しの二発目。雪華自身は知る由もないが、今度の砲撃はハジメの左手50cmを正確に通過した。
「………こんなことしてる場合じゃないんだった!迷宮探さないと!」
もやもやするが切り替えねば目的を達する事はできない。頬を叩くと、雪華は改めて迷宮捜索を再開した。
「っと、今さっき一瞬構造物が見えたんだよね」
突然沸いた殺意に対応した際、雪華は大きく後ろを振り返った。
その時に一瞬だったが何か……洞窟のようなものが見えたのだ。
「あっちの方に……おっ、本当にあった」
谷の壁面に、もたれかかるように存在する岩。そこに人が通れるくらいの隙間があったのだ。
恐る恐る踏み込んでみると、そこには……壁を削って作られた一枚の看板があった。
"おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪"
「………………」
誰かのおふざけだろうか。そう思ってしまう雪華だったが悲しいかな、これは本物。
一般人は知る由もない解放者ライセンのファーストネームである『ミレディ』。これが記されていた時点で、少なくとも迷宮と関わりがあるものだと言うのは確定してしまったのである。
「【オルクス大迷宮】とはまた随分と違う雰囲気なんだね、これは……」
そう言いたくなるのもしょうがない。あんないかにも迷宮然としていた【オルクス大迷宮】に対するこの落差。雪華じゃなくても、これを見ればため息をついていただろう。
目の前の看板から見てわかる通り、おそらく迷宮の内容はそれぞれの製作者のセンスに委ねられている。一つ一つに差があるのも当然だ。
……そう言えばまあ片付きはするのだが。迷宮そのものとは違った、また別なシステムによる戦いではあるものの、86418回もの死闘を潜り抜け、一回りも二回りも成長することができたかの【オルクス大迷宮】とこの女の子らしい丸字がかわいらしく出迎えてくれる
さて、迷宮っぽい何かを示唆する場所にこそたどり着きはしたが、目の前にあるのは看板を除けば岩壁のみである。
お約束通りならば、ここいらの壁なんかに仕掛けがあるはず……。そう思って、雪華は慎重に剥き出しの岩壁に触れた。
ガコンッ!
「わっ!?」
峡谷に似つかわしくない音が響き、雪華は壁と共に強制的に回転させられる。
「っ、A.T.フィールドっ!」
風切り音に咄嗟に反応して、なんとか展開されるフィールド。
フィールドと物質が激突した際の特徴的な音が響き、辺りに黒い金属の矢が散らばった。
「はぁ、びっくりしたぁ……。今度の迷宮はからくり屋敷……?」
そんな雪華の問いかけに呼応するかのように、近くの壁がにわかに輝き出す。光はどうやら文字の形をしているようで、看板と同じ筆跡が彼女にメッセージを表示した。
"ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ"
"それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ"
「………………」
こちらを煽る部分だけが何故かやたら強調された文章に、小馬鹿にするような内容。
可愛らしい筆跡も相まって、不快指数はとてつもなく高い。
「ふぅん……ほぉん……そういう方向性で来るんだぁ……」
入口、入ってすぐの攻撃から予想するに、恐らくこの迷宮は大量のトラップが設置され、攻略者の対応力を問うような内容をしているのだろう。
現に、奥へと廊下が続いているのに魔物の気配は感じられない。トラップがメインと断じても良さそうだ。
さて、雪華は若干キレていた。
先刻の馬鹿にされた感も相まって、沸点が下がっていた。
力を問われるはずの七大迷宮で、何故か製作者にプギャーと煽られたのだ。
「ならこっちも、やることは一つ……」
哀れミレディ・ライセン。雪華は常時浮遊できる。要するに物理トラップは一切通用しない。
「メスガキは……」
哀れミレディ・ライセン。ラミエルモードの雪華は自らへの攻撃を察知する能力に長けている。A.T.フィールドも合わせればおおよその攻撃は無効化されるだろう。
「
哀れミレディ・ライセン。デバフどころか迷宮のコンセプトすら能力で上から全て否定されてしまった。
久々の来訪者を感じ取るも呑気に構えた舐めプ迷宮主の前に、間も無く理不尽が顕現する。
次回
メスガキ、わからせられる……!
ちなみにいつも18時投稿なのは原作Web版リスペクトです