「麦茶でいいか?」
「…あぁ」
意地悪な婆さんにせめて茶と菓子ぐらいは出せと命令され、婆さんとガキどもと別れ、今は冷蔵庫の中を漁りながら何か食えそうなものを探している。
背後では食堂の真ん中付近に轟が律儀にちょこんと座って待っている。
お、ちょうどいい具合に饅頭を見つけた。
「にしても、急だな。さっきまで帰らせろを連呼していた奴が今度は帰りたくないか…」
「…うるせぇ、なんだっていいだろ」
「そうだな…」
テーブルの上に置いた饅頭を手にとり、その店の印がついた包装紙を取り外すと中から桜色をした饅頭が姿を現す。一口、含んでみれば口の中に甘い匂いが広がっていく。うん、結構美味い。
目の前を見てみれば、何も考えていないのか、遠慮しているのか分からないが、ぼーっと座っている轟にも一つ差し出してやるとパチクリと目を瞬かせて意外そうな顔をして饅頭を受け取った。
「なんだよ、その意外そうな顔」
「いや…お前がこんな気遣い出来るんだと…少し驚いた」
「遠回しに無神経って言ってんのか?…まぁそうだな」
思い当たる節は…まぁ少なくはなかった。
「…確かに不躾だった。いろいろ聞きすぎちまったことを詫びる、すまなかった」
「…その事に関しては別にもういい。しつこく聞いて来た時はムカついたが、今じゃどうでも良くなっちまってる」
「そうか……」
「それよりも此処のことを教えてくれないか?」
学校にいた時はあんなに苛立っていたのが、今は本当にそんな事気にしていないと言うふうに饅頭をかじりながらそんなことを聞く轟の中で何らかの変化が起きたことに俺はなんとなく気付いた。
「…ここの事?なんだ、お前意外と子供好きだったのか?」
「いや、そういう訳じゃねぇ。具体的に言うなら…あの子供達が気になっているだけなんだ」
「……ガキどものことか…悪いが、そんな聞いてて気持ちのいいことじゃ…」
「あら、貴方帰らなかったの?」
間がいいのか悪いのか……先程、玄関で別れた皐月さんが慣れた教室に入り、女子高生さながらの軽い雰囲気で俺たちに声をかけてきた。
これでもこの人三十路は軽く超えているのになんでこんな若く見えるんだよ。
「さっきの…」
「なんだ、もう掃除は終わったのか?」
「掃除どころか花壇の手入れまでしてきたわよ。それよりも、君さっきは帰らせろばっかり言っていたのにどう言う風の吹き回しかしら」
目線だけをこちらに向けながら食器類の入っている棚の中から透明なガラスカップをニ杯取り出し氷を入れるとテーブルの上に置いてあった麦茶を慣れた手つきで注いでいく。
「そうなんだよ。ガキどもと手ェ繋いだだけでコロっと墜ちやがった」
「そんな言い方はやめろ、俺が変態みたいじゃねぇか!」
「違うのか?」
「違う!」
「……すっかり仲良しね。若いっていいわ〜」
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「そう言えば、八戒くんと倖季ちゃんがもうすぐ帰って来るわよ」
「あぁ、だからお茶なんか用意してんのか」
「さっき電話で轟くんのこと話したら八戒くんがすぐに帰るから項羽を逃さないでおいてくれって」
「…………口調はどんなんだった?」
「すごくドスが効いてた。ついでに言うなら走ってる地鳴りみたいな足音も聞こえた」
「轟、今すぐにでも帰ろうぜ」
いつの間にか俺たちの会話に混ざって美味しそうに饅頭を食べていた皐月さんが、とてもおこな凶豚がこちらに向かって来ていることを、なんともない風にすごくいい笑顔で言い放つので急いで帰ることを轟に勧める。
奴は、俗に言う配慮深い人間だ。それも重度の。
…故に、他人に迷惑をかけることを嫌と言うほど嫌っている。身内が他所に迷惑をかけたのならまるで自分の責任かのように頭を下げ、やらかした人間には鉄拳制裁を食らわす。
まだ、それが悪意によるものではない、もしくは子供の誤ちと理解すれば許してくれる。
しかし……俺に対しては容赦というものが八戒の中には存在しない。
今回の場合は、断片的な情報を得た八戒は『項羽が嫌がるクラスメイトを無理矢理連れてきて相手は心底、迷惑している』と解釈しているに違いない。
とすれば、奴は確実に俺のことを草の根を分けるどころか食い潰して更地にしてから丸裸の俺を容赦なく追い詰めて肉塊に果てるまで逃すつもりはないだろう…。
なんだそれ怖すぎだろ。なんで半生を共にした仲間に血祭りにあげられなきゃならんのだ。
という訳で今すぐ逃げよう轟。
「…やだ」
この野郎。なに、ガキみてぇに言ってやがる!ことの重大さを理解してないらしいな…!!
「どうせなら、お前が苦しむ姿を見てみたい」
…その時俺は目にした。いつもなら絶対にしないであろうとても悪い笑顔を浮かべながら、そんなことを宣う轟に…俺は不覚にも戦慄を覚えた。
もしかしなくても轟は俺を八戒に売り付け、俺の苦しむ姿を見て嘲笑ったあげく今まで自分が受けた屈辱と鬱憤を晴らすつもりだ!綺麗なツラしてやがる癖に、なんつーど汚ねぇことしやがる。
「見つけた」
…俺はいつ、
気づけばオールマイトをも超える巨体をしている筈の八戒がその気配を感じさせないように後ろにすっと立ち、その形相はまさしく激怒した鬼を思い浮かばされた。そして、発せられる声はいつもの優しい雰囲気ではなく数段低く、尖った声をするものだから、気づけば俺は必死に弁明をしていた。
「まて!話せば分かるっ!!」
「御託はあとで聞くから一発殴らせろブ…!」
「まっっ…!!」
「はじめまして、ヒーロー科1年B組の猪八戒だブ。さっきは見苦しいところを見して申し訳ないブ」
「はは、初めまして。普通科1年の花成倖季です…。よ、よろしくお願いします…」
「…黒籍のクラスメイトの轟焦凍だ。よろしく頼む」
「いやしかし、轟くんにはウチの項羽がとんだご無礼を働いたようで本当に申し訳ない。…アイツには後でちゃんと灸を据えておくから安心してくれブ」
「…いや、もう充分に据えられてると思うぞ」
若干、困惑した轟の視線の先には八戒による容赦のない全力パンチをモロに受けてしまった項羽が、腰から下半身のみが見えるような状態で壁から突き出ている姿があった。
因みに項羽が突き刺さっている壁の外側は屋外となっている。外から見れば人間の上半身を突き出ているシュールな光景が見えることだろう。
項羽のあられもない姿にこれ以上の灸を据えられれば最後には一体どんなことになってしまうのかという興味と恐怖が同時に轟の中に湧いたが決して、項羽の心配など砂粒の一つも彼の中には存在していなかった。
項羽を一発殴ったことで落ち着いた八戒が轟に謝り倒したことで一悶着あり、その間に追いついて来た倖季が体力切れで倒れたことでもう一悶着あり、と言うところから落ち着き今は、お互いの自己紹介をしているところだ。
轟は目の前に座る二人の姿を見て、どこか俺と似てるな…と思っていた。
自分より身長が2倍以上高く、薄ピンク色の肌のブタに筋肉をつけまくったような姿でヴィラン顔負けの凶悪な顔に反し、堂々としていて丁寧な口調で話す八戒。もう一人は女子にしては高身長な部類に入るのだろうか…自分と差して背丈の変わらず、緑がかった綺麗な黒髪を真っ直ぐ背中まで伸ばした典型的な人見知りのような話し方をする倖季。
どちらも自分とは似てもいないのに何処か自分と似ていると思ってしまう。
「…アイツは、いつもああなのか?」
「いつも…と言うわけじゃないブ。と言うか、項羽がこの場所に誰かを招き入れること自体が初めてブね。いつもはもっと落ち着いているブよ。でも、なにかとイベントとかお祝い事になると突拍子もない行動に移るけどね」
「…例えば、どんなだ?」
「前にやったバカ行動と言えば…そうブね。去年はそんなにこの辺には雪が降らなくて、雪が積もらないって子供達が嘆いてたら雪降らせたりしてたブね」
「…うん。南極の氷山をちょっと削ってきたとか言って一階が埋まるぐらいまで降らせて、お婆ちゃんにすごく怒られたやつだよね?」
「その前はハロウィンの日に何処からか持ってきた仮装用の衣装とお菓子を全員分持って来て院内がパティー状態になってご近所さんも巻き込んだったけかブ?」
「誰かがパイ投げしたいって言いだしたら悪ノリして本当にパイ持ってきて、またお婆ちゃんに怒られたりしたこともあったね」
「あぁ!パイの中に激辛ソースを自分で混ぜて、間違えて自分で食った時は爆笑ものだったブな!」
「私たち基本外出なんて出来ないから、子供達のためにいろんなことしてたよね。勝手に穴掘ってそこに水流してプール作ったりして」
「終いにはウォータースライダーとか作ってたよなブ。結局、怒られたけど」
「広場の隅に、山がないから作ってやったぞ、とか言ってちょっと大きめの丘に満開の桜の木を植えたりしてた」
「その時ばっかりは先生も元に戻すべきか悩んでたブ。そのくらい綺麗だったブからね。最終的に先生がその桜の世話することを決めてたブ」
「…子供達を売り捌こうと忍び込んだ輩には本気で怒ってボコボコにしてたブね。あの時のアイツは怖かったブよ」
「八戒も十分怖かったよ。あれじゃどっちが悪者なのか身内の私でさえもわかんなくなっちゃったもん。しばかれた後の犯人の姿は子供達に見られなくてよかったな〜」
「…その後は夜が怖くて寝付けなくなった子供達みんな集めて大広間でみんなが眠くなるまで楽しい話をいっぱいして、みんなで寝たよね」
「その時、倖季もちゃっかり項羽の近くで寝てたブね」
「…八戒は一番外側で寝てたよね。みんなを守るみたいに」
「………あれは、トイレに行くときにみんなを踏まないようにする為ブ」
「フフ、そうなの?」
「……あとは普段、人の話なんかそんなに聞かないくせに私たちの誕生日の日なんか、いつもとは打って変わってプレゼント手渡して、おめでとう、なんて優しく頭を撫でてくるもんだからびっくりしたよ」
「オデのときは笑いながら腹パンしてきたけどなブ!」
二人は項羽がしでかしたバカ話するのを忘れ、いつの間にか彼の良い所の話を目の前にいる轟のことなど忘れてしまったかのようについ最近のことを楽しんで話していた。
二人はただ喋っているだけと思っているのかも知れないが轟から見れば二人の話している姿は項羽への感謝を述べているようだった。轟は二人の話を聞き、楽しそうに話している姿をぼんやり眺めているとなんだか羨ましくなっていた。
「……なんか色々、すげぇな」
「あぁ、ごめんブ!こっちばっかり話しちゃって、つまらなかったブよね」
「いいや…もっと聞きたいぐらいだ」
「…そう言えば、学校での項羽はどうなの?」
「え、どうって…」
「…確かにアイツから学校の様子を聞いたこと無かったブな。オデらどっちとも登下校ぐらいしか項羽と一緒にいないしなブ」
「……できたら、教えてくれないかな?」
「…分かった」
それから三人は色んな話をした。轟は個性把握テストの時に本気を出さずに項羽が一位になったことや、戦闘訓練でクラス対項羽の圧倒的不利の状態でたった一人で彼が圧倒的な勝利を収め、腹がたったことなどを話し、その話から色んなことを思い出した二人から項羽のあれやこれやを沢山聞いた。
そんなことをしていればいつの間にか夕食の時間になっており、二人に食べていくかと提案されれば轟は喜んで賛成したそうな。
(なんかいい雰囲気になっていて入りづらいな…)
いつのまにか起きていた項羽は様子を見にきた院長に尻を叩かれるまで出るに出られなかったと後に話していた。気絶している間、子供達に落書きされた厚化粧のようなひどい顔には自分で鏡を見るまで誰にも指摘さえされなかったらしい。
しんどい…