頭の悪い敵を倒した後、立ち向かって来るチンピラどもを文字通りバタバタと倒し終われば、そこそこ時間が経っていることに気付く。この体じゃまだ、力が弱いのか体術一本だけでこの人数を相手にするのはやはり時間がかかるな…久しぶりに出会った敵なのに、ただただ頑丈なだけで拍子抜けした。ノびている敵どもを近くに捨てられていたゴミなどを万象儀で結合させロープのように変形すればそのままコイツらに巻き付け捕縛しておく。
警察に通報しようと公安から貰ったケータイを取り出し、110番を打ったところでとある懸念が頭の中をよぎった。
…通報したらしたで更に面倒ごとになりそうだと。(国家機密)
打ち込んだ110番を消し、警察よりも都合の良い先輩に連絡する。事の本末を話すと既に俺を探して近くにいるとのこと、その間に名前と出来るだけのことを書き出せと言われた。そういや、まだコイツから名前を聞いていなかった。
一度、電話を切り少し離れていたところで呆然としているアイツに近づき目線を合わせる。
「お前、名前は?」
「…………し、
「…そうか。俺の名は黒籍項羽。天上天下最上のまわ…人間だ」
「……?」
「なんでもねぇよ…」
久しぶりに自己紹介をするから昔の癖でつい廻り者と言いかけたことを恥ずかしくなって小首を傾げた倖季の気を紛らわせるために出来る限りコイツの触れてはいけないダメなことに気を配らせ、それを悟らさないように会話し始めた。
…この三年で俺は公安から多くのことを叩き込まれた。
他人と関わっていくコミュニケーション能力、それに追従するように交渉術を、敵を欺くための仮初の仮面を。まぁ、前半以外は殆どは使わないと思ってる。人はいつだって自然体が一番その人の魅力がでると俺は思っているからな。
それより、自分を守るように無表情の虚勢を張り続けながら俺の質問に答える倖季を見て、コイツの話してくれたことを思い出すと無性に胸の奥が痒くなって腹が立つ。そんなこんなで悶々としていれば翼の羽ばたく音が上空から聞こえ少し悪態をついて上を見上げた。
「よぉ、先輩。遅かったな」
「その言い草はないだろ。君がふら〜っとどっか行くたび探すのは俺なんだからな」
大きな紅色の翼を広げ着地したのは綺麗な黄土色の髪を後ろに流し、髪色に合わせるかのようなジャケットを身につけ、水色がかったゴーグルを装着した。あまり一般人とは思えない格好をしている…要するに……。
「あと、外では『ホークス』と呼びなさいよ。バカ後輩君」
ヒーローだ。
「それで、その子が君が保護した子か。こんにちはお嬢さん。お名前は?」
膝をつき目線を合わせながら質問するホークスに驚いた倖季は肩をビクッと震わすと隠れるようとシュバッと、効果音がつくならこんな音なんだろうなとう思うほど素早く俺の背中に隠れていった。
その反応を見て少しガッカリし少し悩むように頭を掻いたホークスは何か閃いた顔をすると自身の翼を広げた。大きくなった翼を見て更に怯え始めたコイツはギュッと俺の服を握りしめ強く目を瞑った。
しかし、いつまで経っても何も起こらず不思議がった様子の倖季は恐る恐ると言ったように目を開いた。ホークスの翼は、俺ごと倖季を優しく包み込むかのように翼を閉じていた。閉じ込められているのに不思議と恐怖を感じさせない翼の壁は何もしないという事を伝えるかのようだった。閉ざされていた視界がゆっくり開かれると俺たちの周りに羽が散りばめられるとコイツの周りに円になるように数枚の羽が集まった。
羽は目を輝かせている倖季の周りを踊るようにクルクル回ると連結するかのように円になって重なり合い始めた。まるで天使の輪っかのような、花冠を模したそれはゆっくりと倖季の頭に乗せられた。
自身の頭に乗せられた代物を恐る恐る触り、手に取ると一気に倖季の顔が明るくなり年相応にピョンピョン飛び跳ねていた。
「なかなか、粋なことしてくれるな。先輩」
「ホークスと言いなさい。それで…もう警察には通報したのか?」
「いやしてない。俺がしたら、立場的に何かと面倒なことになりそうだからな。ヒーローであるあんたの方が都合がいいだろ?」
「相変わらずヒーロー使いの荒い後輩だな…。だけど賢明な判断だ、分かった任せなさいよ!」
「…すまん。コイツの情報送っておくから後で見てくれ、俺は先に公安に戻る。帰ったら焼き鳥奢ってやるよ」
「タレは甘めでね」
「…はいはい」
頬に傷をつけ万象儀を広げ、公安に繋ぐ。律儀にタレの甘さ加減を要求してくるホークスに少しため息を漏らしそうになるが飲み込んで重瞳が渦巻いている慣れ親しんだ万象儀の中に入る。
「待って、ください…!」
片足と手が入りかけたところで後ろから声がした。振り返ると羽の冠を握りしめ、声は震えているのに怯えとは違った表情をした倖季が何か言いたそうにこちらを見ていた。倖季は羽の冠をホークスに預けるとなにやら手を隠しながら此方に近づいてきた。
別に警戒する必要はこれっぽっちもないのだが、それでも何故か、何事だと身構えてしまう。
「……どうした倖季?」
「…助けてくれて、ありがとう!」
深々とお辞儀をしながら差し出されたのは白くて小さな花束だった。
あぁ、そうだ。…コイツを見つけた瞬間、俺は既視感を覚えたんだ。意識したつもりはなかった、それなのに、アイツらと今の倖季の姿を重ねてた。唯、そんだけだ。
「…そういう時は笑っとけ。『同じ』なんだ、何回でも助けてやるよ。それにまだお前は救われちゃいないしな。……だから、またどっかでな」
勝手にまた会う約束をするような言い方になったが倖季は分かりやすくらいに慣れてない笑顔を浮かべた。頬が引きつってて、歪で、不器用な笑みだったがそれでもコイツの気持ちが分かると頬が緩む。
礼を言い、今度こそ万象儀の中に入ると、いつも俺が暮らしている部屋へと出た。どうやら、窓を開けたまま散歩していたのか、はたまた俺を探しにきたホークスが開けたのかは知らないが小さな窓からは気持ちのいい風を運んでカーテンを揺らしていた。
手に持っている花をまじまじと見てみると細かく分かれた枝の先についた花は白く小さい。けれど、花としては少し歪な形をしていて、この花が出来損ないなんだと普段、花に触れない俺でも分かった。けれどもこれは、アイツの今できる精一杯の感謝の気持ちなんだと簡単に理解することが出来た。
この花はなんて名前なんだ?……まぁ、いいか。その辺りは会長や花を育ててる婆さんに聞いてみるとしよう。…その前にこれに見合った花瓶を探しに行くとするか…。
貰った花を丁寧に机の上におき手ごろな花瓶を探すために再び外へ出た。
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「行っちゃった……」
項羽が帰った直後、倖季ちゃんが少し寂しそうにボソリと呟いた。
背の低い、手の置きやすい位置にある頭にポンと手を乗せると、なに?と言うふうに顔を上げて、分かりやすい子だと少し笑ってしまう。そのまま優しく撫でると、どうしていいのか分からないと今度は固まってしまった。
その様子に今度は吹き出して笑ってしまうと不思議そうにこちらを見つめた。
「大丈夫だよ。あの子は暇だからね、君が望めば、直ぐにでも来てくれるよ」
「……ホント?」
「ほんとほんと、だから今はお兄さんと歩こうか」
「……………うん」
手を差し出すと恐る恐るといった具合に手を乗せくれた。
もうじき、警察も来てくるだろう。その証拠に遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。その間に項羽が捕まえたチンピラどもをいかにも俺がやりました風に羽で捕縛し直しておこう。何故彼は自分の身バレをそんなに怖がっているのだろう?理由が分かっていてもいつかは世に出る羽目になるのに不思議でならない。
通りに出ると、通行人たちが俺たち…というか主に倖季ちゃんに奇異の視線を向ける。怖いのだろう。明らかに倖季ちゃんの顔が強張った。強く握られた手を優しく握り直すと、視線から翼で覆い守る。
この子はきっと、人に向けられる負の感情に鋭いんだ。今の今まで何をされていたのかは知らないけど、こんな姿を見せられたら何をされていたかなんて容易に想像がつく。
パトカーが来てすぐさま野次ハケが始まるがそれでもコッチを見てくる人間が、今は憎く思えた。一緒にパトカーの中に入り倖季ちゃんを翼で周りから見えないようにする。頭に布をかけ、少しでも顔を隠す。布上から頭を撫でると、安心して緊張が解けたのか、ウトウトと眠たそうにしたと思えば、遂には寝息をたてて寝てしまっていた。
…その点、好意に鈍い。
いや、好意に対してどうしたらいいのか分からないんだ。さっき項羽に花をあげたのはこの子にとっての精一杯なんだと思った。頭を撫でられたのも、手を握られたのも、恐らく初めてなんだ。
そう思うと、柄にでもなく目がカッと熱くなって、堪えようと目頭を抑えた。
隣で眠る少女が少しでも幸せで、笑って過ごせるように努力しよう。俺の羽が届かなくなっても、この子が笑っていられる世界を作れるよう翼を広げよう。