「あ~。アウトレットで買ったんだね~」
「そうだが、なにか問題でもあるのか」
「いや、無いよ~? 倫也くんらしいよ」
「あー、その言い方こそお前らしいね。フラットに辛辣というか、ダーク加藤恵だよね」
「倫也くん……?」
「申し訳ございませんでしたぁー!!」
いつものごとくジャンピング土下座をかます俺。いつもなのかよ。
それにしてもエンゲージリングを渡したときまでフラットなのはメインヒロインとしてどうかと思う。
とりあえず土下座はしたものの、現状は腑に落ちない。なぜ不満そうな態度を取られなければならないのか?
俺はすっくと立ち上がって、断固として抗議する所存。
「あのさぁ。一応、給料の三ヶ月分なんだよ?」
「それって、一ヶ月の給料がものすごく少ないってことだよね~」
「ぐふうっ!? いや、サラリーマンじゃないからそもそも給料っていうわけじゃ」
「それにしたって、三ヶ月の給料がアウトレットじゃ、今後の生活が不安っていうか~」
「だからそれに関してはなんとかするって言ったじゃんかよう!?」
少ない収入の中から出来うる限りいいものを買った男に対してあんまりじゃない?
「そもそもその収入だって、私と一緒に作ったゲームのだよね」
「そうだけど! そうだけどさあ! お金はいらないって言ったの嘘だったの?」
「嘘じゃないよ~嘘じゃないけどさぁ~」
なんだよ、なんなんだよ。
なんでこんなに持って回った言い方するの?
「倫也くんって、ギャルゲーを作るプロだよね?」
「ぐっ!? その呼ばれ方! 嬉しいような恥ずかしいような!?」
「要するに嬉しいんだね」
「まぁそう」
「よかったね~」
「まぁ、な」
「喜んでるところ悪いんだどけさあ、それにしては婚約指輪がお買い得品っていうのはどうかと思うんだよ」
指にはめることをせず、掲げてみたり、凝視してみたりと、指輪をためつすがめつする恵。
相変わらずのフラットさで、喜んでいるのか不満なのかもよくわからない。
それにしたってだ、男が頑張って働いて得た収入の三ヶ月分を投じてなるべく良いものを選んで買ってプレゼントしたというのに、このリアクションはあまりにもあまりだろう。
メインヒロインっていうのはね、拾ったナットでも婚約指輪であるということなら喜んで涙を流す。そういうものなんだよ!
今更だが、恵にはメインヒロインとしての説教をせねばならぬ。
「恵さんや、そこに座りなさい」
「はいはい」
浴衣の裾を折りたたみながら、おとなしく布団の上に座る。
あのー、俺は布団を指差したわけではないんだけど。
まぁ、いいや。
こほんと、一旦咳払いをして調子を整える。
「そもそもね、メインヒロインが婚約指輪を貰ったのに、そのリアクションはおかしい」
「うーん、主人公の渡した指輪のほうが悪いんじゃないかなあ~」
「中古だって言うならわかるよ!? 別にお買い得なだけだろ!?」
「中古は無いっていうのは、倫也くんでもわかるんだね」
「感心するなよ!? それはわかるよ!?」
「まぁアウトレットは中古よりはいいけど」
「新品なのに20万円で30万円の指輪を買ったんだぞ!? 普通に20万円のやつ買うよりいいだろ!?」
「う~ん。定価が高ければいいと思ってるわけじゃあないんだよね~」
「じゃあ気持ちってことだろ!? よりよいものを渡したいという気持ちを理解してよ!?」
「そもそも喜んでないわけじゃないよ。倫也くんらしいなあと思うだけで」
「微妙なんだよね!? 見ればわかるけど、微妙なんだよね!?」
「まぁ、なんというか、倫也くんらしいなあって感じ」
「それって最悪ってことじゃん!?」
「自分で言っちゃうんだね」
ぐううううう!!
こんな屈辱的なことになるとは、思っても見なかった!
勇気を振り絞ってプロポーズして、結婚前の旅行に誘って、初めて二人で宿泊先で眠ることになって。
そういう状況で、用意した婚約指輪にケチがつくなんて思わないよなあ!?
「大体、指輪がなんであれ喜ぶのがメインヒロインだろ!?」
「なんていうか、倫也くんってほんとに乙女心がわからないよね~」
乙女心がわからない。それは当然のようでもあるが、ギャルゲーを作るプロとしては致命的とも言える。これは加藤恵の宣戦布告と判断する!
であれば、俺はクリエイターとして、彼女にメインヒロインとしての振る舞いというものを教えてやらねばなりませんな。
「あのさあ。普通さあ、そういうアウトレットがどうたらとかアイテムの話じゃなくて、婚約指輪を貰ったことについてのリアクションになるんじゃないの? ギャルゲーだったらさ、本当に結婚するんだぁとか言いながら、目をキラキラさせるのが正しい反応なんだよ」
俺はそう言いながら、布団の上に座る彼女の温泉旅館の浴衣のはだけ方が少し気になります。
「いや~、実際すでに婚前旅行に来ている時点で、それほど驚きがないっていうか……」
「婚前旅行なんて言い方をするな!?」
なんかえっちだろ!?
あと、もうちょっと脚を閉じたほうがいいぞ。
「じゃあなんて言うの?」
「結婚前の……旅行とか」
「同じだと思うけど」
同じだ。どう言い換えようが、何も変わらない。
「そもそもさ、指輪を渡すタイミングもどうかと思うんだよね」
「うん?」
「プロポーズするときに渡すよね。ギャルゲー的にもその方がイベントCGが映えるし」
「おま、おまえ、言っちゃう? それ、言っちゃう?」
ギャルゲーの常識で考えろ、というのは俺が言うことであり、言われることになるとは思わなかった。
しかし、ギャルゲーのお約束というか、そういうものを恵が理解していることが嬉しい。
「あとさあ、ここって温泉旅館だよね」
「そうだ」
「なんで別れて入ってるの」
「え!?」
「二人で来てるんだから、二人で入るのが当たり前だよねえ」
「ええ!?」
「ギャルゲーだったら、神の視点でイベントCG回収出来るかもしれないけど、リアルだと一緒に入るしか無いんだよ、倫也くん」
「お、おう……」
どこまで本気で言っているんだ……
「あとさ」
「うん」
なんだかドキドキしすぎて、こちらからは何も言えなくなってきた。
「婚約指輪を買って貰ったのに、ごちゃごちゃうるさい女の子の口なんて、塞いじゃえばいいんだよ」
「……っ」
そう発言した恵は、布団の上で、さっきよりも浴衣をはだけさせ、風呂上がりのときよりも肌をほてらせて、初めてお酒を飲んだときよりも頬を赤らめていた。
恵がここまでのメインヒロインになったなら、俺も主人公にならないとな。
うーん、書いてて楽しかった。
この二人の会話は永遠に書ける気がしてくるほど、楽しい。
冴えカノの二次創作は初めて書きました。
きっかけは朝の情報番組で話題になってたアウトレットで買った婚約指輪は嫌だという話。
加藤だったら嫌がらないよな、という話になったけど、嫌がらないだけでフラットな感じになるんじゃ……と妄想してたら書いてしまったのです。
ただ単純に書きたくて書いたのは久しぶりかも。
それでは。