五十嵐響子は旦那さんに尽くすお嫁さんになることを憧れているアイドルである。
意中の相手はプロデューサーなのだが、彼は素っ気なく鈍感である。
そんな、ある日、彼女のプロデューサーがギックリ腰で倒れてしまう。
それを聞いた響子はとある行動に出る。

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押して駄目なら退路を断つ

 

「あぁ、初めて有給を使った」

 

俺は平日の真昼間に自宅のベッドで横になっている。社畜根性上等のこの俺がこのような状況になったのは、ある理由がある。

あれは昨日の話だ。夕方、事務所の書類整理をしていた。俺の悪い癖で、自分で作った書類や貰った書類を俺のデスクに平積みにしていた。おかげで、1mほどの書類の平積みを見たちひろさんから注意され、書類の整理となった。これから使う書類はファイルに閉じてデスクの上に並べ、あまり使わない書類をファイルに閉じて段ボールに入れることにした。その結果、段ボールの重さは結構な重さとなった。

そして、そのダンボールを書庫に持って行こうとした時だった。

屈み、ダンボールの底と床との間に両手の指を持ち上げようとした。その時、背中特に腰ぐらいの高さの所を嫌な感覚が襲った。効果音をつけるなら、「ピキーーン」だろう。そして、その効果音と共に腰に激痛が走り、あまりの痛さで全身から力が抜けて、その場で倒れ込み、あまりの腰の痛みで俺は動けなくなった。不自然な体勢で無茶苦茶腰が痛かったが、動こうとするとそれ以上の痛みが俺の腰を襲う。起き上がるとか不可能。俺は助けを求めるために、ポケットから携帯電話を取り出し、今西部長に電話をした。

すると、数分後、今西部長がやってきて、俺をゆっくりと起こしてくれた。

そして、今西部長に支えられながら、俺は近くの整形外科に行った。

レントゲンを撮って、診断した結果…

 

「ギックリ腰ですね。3日間家で安静にしていてください」

 

医者からと言われた。普段通りの生活+仕事は無理か?と聞いたら、安静にしとかないとギックリ腰が癖になると脅されたため、医者の言うことを素直に聞くことにした。

その後、今西部長に報告し、タクシーで家に帰り、ゆっくり休むことになった。今西部長は俺の空いた穴を埋めるためにいろいろしてくれるらしい。本当にありがたい。

そして、3日の有給を手に入れた俺は現在に至る。

ギックリ腰というのは結構ヤバイ。

何がヤバイって、まず、動けない。歩くと痛い。お辞儀すると痛い。立つと痛い。座ると痛い。横になっていても痛い。横になっているのが一番マシだが、痛くて寝返りがうてない。コルセットのおかげで痛みは多少マシだが、それでもやっぱり痛い。ベッドにノートパソコンを置いて仕事をやろうと思ってもうつ伏せは無理、無茶苦茶痛い。背骨に入った亀裂がピキピキいって広がるような痛さだと聞いたことがあったが、まさにその通りだと思う。

そして、次に暇を持て余している。普段の休日なら、温泉に行ったり、居酒屋に行ったり、部屋の掃除をしたり、料理の作り置きを作ったり、TSUTAYAでDVDを見たりするのだが、全部できない。なんせ動けないから。頭は冴えているので、暇で仕方がない。youtubeを見るか、寝るかの二択だ。

そして、最後に腹が減る。痛いため、立って炊事場で長時間料理することは出来ない。更に、痛くて歩けないから、外食もできないし、コンビニに飯を買いに行くこともできない。幸いにも備蓄のカップ麺などがあるから、数日は大丈夫だ。まあ、お湯を沸かす時に立ち上がると滅茶苦茶痛いのだが…。

 

「暇やな」

 

思わず、関西弁が出てしまう。

そんな時だった。

枕元にあった携帯電話が鳴り出した。

 

「もしもし」

『プロデューサーさん、ギックリ腰だった聞いたんですけど、大丈夫ですか?」

「響子か、悪い。仕事で迷惑かけちゃって。月曜日には復帰するつもりだから」

『そうじゃなくて、プロデューサーさんのことです』

「俺?痛み止め飲んでるから、ちょっとは痛いけど大丈夫」

『そうですか。良かった〜』

「心配かけたな」

『もう本当ですよ!体には気をつけてください!…それで、今西部長から聞いたんですけど、ギックリ腰になると、3日間は立てなくなるって』

「あぁ、立つのも辛いよ」

『ご飯はどうするつもりですか?』

「非常食用の乾パンとカップ麺で」

『ダメです!』

「え?」

『そんなんじゃダメです!体が弱っている時はちゃんとしたものを食べないとダメです!今すぐプロデューサーさんの家に行って、ご飯作りますから』

「ちょ!」

『待っててくださいねっ♪』

 

ヤバイ!こんなごちゃごちゃな半分ゴミ屋敷に響子を入れるわけにはいかない。

俺は慌てて起き上がろうとするが、ピキピキピキーーンという激痛が腰を襲う。嫌な汗をかいてしまう。視界にトトロに出てきたマックロクロスケのような物が飛んでいる。そして、力が抜けてしまい、仰向けにベッドに倒れる。そして、その衝撃で背中に更に激痛が走る。

あー、こんな状況の部屋見られたら、響子に幻滅されるだろうな。普段から部屋の片付けぐらいしとけば良かったと自己嫌悪に陥る。

十数分後、また電話がかかってきた。ディスプレイを見ると、響子だった。

 

『プロデューサーさん、今家に着きましたので、ちひろさんから買った合鍵で入りますね』

 

何やってんの!あの守銭奴!こんな非常時に他人の家の合鍵売るとか、さすが、ちひろ!おれたちにできない事を平然とやってのけるッ!そこにシビれない!憧れないィ!

 

「おじゃまします!」

 

玄関の方から、響子の声が聞こえてきた。そして、数秒後、スーパーの買い物袋を持った響子が俺の部屋に入ってきた。そして、俺の枕元に来ると

 

「プロデューサーさん、私が来たからにはもう大丈夫です!何か辛いことがあったら、なんでも言ってくださいねっ♪」

 

と宣言した。

 

「響子、気持ちは嬉しいが、響子はアイドルだ。男の部屋に入る所を誰かに見られたら、どうするんだ?最悪、アイドル続けられなくなるぞ」

 

ウチの会社はアイドルたちに恋愛禁止とか制限はかけない。むしろ、恋愛によって人間的に成長する場合があるので、恋愛推奨としている。

だが、ファンはそうもいかない。特に、今時のアイドルのファンというのは怖い。アイドルは清廉潔白な空想上の不老不死の女神じゃなくて普通の女の子だ。だというのに、勝手に彼女たちが女神であるかのような価値観を押し付ける。そして、その価値観にそぐわない事をすれば、アンチに変わって、罵倒し始める。それこそ異性と付き合ったり、異性の部屋に行っただけで、過激な奴らはSNSなどを使ってアイドルを精神的に追い込もうとしてくる。

他所のプロダクションだが、一晩男友達の家に遊びに行ったことで、無茶苦茶ファンに責められて、丸坊主にするまで追い込まれたアイドルは見ていて痛々しかった。

俺は響子にそんな目にあって欲しくなかったから、強く言った。

 

「今西部長は大丈夫って。気にしなくて良いからって言われてます。それにちひろさんもなんとかしてあげるからって」

 

すみません。ちひろさん。やっぱり貴方天使だわ

 

「1パパラッチウメルノユキチ1センチでって言ってましたよ」

 

前言撤回。ちひろさん。やっぱりアンタ、悪魔だわ。そんな事だから、大欲界守銭道なんて言われるんですよ。

 

「はぁー、分かった。もう好きにしてくれ」

 

腰が痛くて強く出れない俺は社内で協力者を得た響子に強く言えることができなかった。

それからというもの、響子は俺の部屋を掃除し、夕食のために数品料理を作ってくれた。

夕食が出来上がると、俺はゆっくりと起き上がり、食卓の方へと行こうとする。しかし、老人ホームの入居者のようにヨボヨボと歩く俺を見た響子は、俺を支えながら食卓に誘導してくれた。

椅子に座った俺はテーブルに両腕の肘をつける。そして、腕の力で上半身を持ち上げて、腰への負担を減らす。後は、肘から先を動かして、箸を取り、ゆっくり食べるだけ。俺は箸を取ろうとするが、その前に響子が俺の箸を手にして、料理を摘むと、俺の口元へと運んできた。

 

「あーん」

 

響子は俺から少し視線をずらしながら、そう言った。

響子と目を合わせづらくなり、俺は目を閉じて、口を開けた。

すると、数秒後、俺の口の中に何かが入ってきた。俺は目を閉じたまま口を閉じて、何度もそれを噛んだのちに、飲み込んだ。

そして、目を開けると、響子は俺から慌てて、視線を逸らす。

俺は響子に何か言おうとするが、それができずにいた。それは、向こうも同じみたいで、俺の方を何度か見てくるんだけどすぐに目を逸らしたり、「えぇっと」とか「あの」とか言った直後に無言になったりする。そんな感じで、何とも言い難い微妙な空気が十数秒ほど流れる。そして、再び、響子は箸で料理を摘むと、俺のほうに向けてこう言うのだ。

 

「あーん」

 

そこからは、さっきの繰り返し。

数十回、繰り返したところで、俺たちの夕食は終わった。

夕食を終えると、痛み止めと胃薬を飲んだ俺はベッドに戻った。なんというか、空気的にあの場にいられなかったからだ。響子も俺と同じらしく、食器をキッチンに持って行き、無言で洗い始めた。

ベッドからはキッチンで洗い物をする響子が見える。洗い物をしている彼女を見ていると、先日会った地元の友人を思い出した。友人の家に酒を飲みに行った。その時、友人の嫁さんが今の響子みたいに、無言なんだけどどこか嬉しそうに洗い物をしていた。そして、友人はそんな嫁さんを見ながら、結婚は良いぞと笑顔で言っていた。

俺の年齢を考えたら、結婚していてもおかしくないし、響子のような娘がいてもおかしくない。

俺を虚しさのようなものが襲った。

勿論仕事には文句がない。やりたいことをやれているし、満足感も充実感もある。上司にも恵まれている。ただし、私生活に満足感や充実感はあまりない。朝起きて、仕事して、家帰って、寝る。残業はそれなりにあって、休日は2週に1日で掃除や洗濯などをやっていたら、1日が終わる。趣味の自転車なんて盆休みの振替の時で、半年以上乗った覚えがない。

でも、結婚できる気がしない。そもそも出会いの場がないというのもあるが、激務すぎて結婚したとしても家族のための時間が持てないから迷惑をかけるのは分かりきっている。

結婚したいのに、結婚できないという現状に思わず、ため息が出る。

 

「はぁ〜〜」

「どうしたんですか?」

「嫌、なんでもないよ」

「嘘です。プロデューサーさん、なんか泣きそうでしたよ」

「そうか?だったら、気のせいだ」

 

俺がそう言うと、響子は俺の手を握った。

 

「プロデューサーさん、私じゃプロデューサーさんの相談相手にもなれませんか?」

「その聞き方、卑怯だぞ」

 

俺は響子に結婚願望があるのだが、相手がいなくて寂しいと思ったことを伝えた。

勿論。さっきの響子の姿を見て、結婚を意識したのは言っていない。俺と響子の年齢差は干支一周以上で、響子は未成年者で高校生だ。そんな状況で俺が響子を意識しているとも取れるようなこと言えば、響子からロリコン認定されてしまう恐れがあった。プロデューサーとアイドルとの関係悪化は今後の仕事に影響するため、気を使っての発言だった。まあ、実際、この時の俺は響子を異性として見ていなかったしな。

あえて言うなら、出来の良い娘だろうか。

 

「ふーん、じゃあ、私がプロデューサーさんのお嫁さんになります!」

「えぇーっと、響子さんや。どうして、そんな結論に至ったのでしょうか」

「まず、質問に答えてください。プロデューサーさんはお嫁さんが欲しい?」

「はい」

「でも、お嫁さんのための時間が作れないから、迷惑がかかると考えていますか?」

「はい」

「今付き合っている女性はいますか?」

「いない」

「じゃあ、私と結婚しましょう!」

「いや、せやから、なんで、その結論にたどり着いたん!?」

 

俺は仰向けになったまま、ツッコミを入れる。

響子の言い分はこうだ。俺の仕事が忙しくてプライベートでお嫁さんのための時間を作れないのなら、俺とお嫁さんの仕事場で一緒にいられたら問題ないのじゃないのかと。さらに、たまにの休日も家事で忙しいのなら、家事のできるお嫁さんなら休日ゆっくりできるんじゃないのかと

だから、仕事場が同じで、俺に対して好意を持っていて、家事ができる響子は俺にとって理想のお嫁さんだ!というのが、響子の言い分らしい。

 

「ちょっと待って、今、爆弾発言あったよね?え?響子、俺のこと、好きなん?」

「そうですよ」

 

まあ、心当たりはあった。

響子はなにかあると俺に声をかけたり、俺の周りの掃除をしようとしたり、俺の家に行きたいとか、料理を食べさせようとしていた。響子だけじゃない。担当のアイドルほぼ全員から色々アプローチのようなものを受けていた。

だが、年上の男に憧れているのと同じ、JKがちょっとイケメンな学校の先生に構ってもらおうとしているのと一緒だと思っていた。いや、そう思うように心がけていた。生まれてこの方女性と交際したことのない俺が変に勘違いして、取り返しのつかないことにならないようにしていた。

 

「響子のそれは大人の男への憧れのようなもので、恋愛感情じゃないかもしれない。すぐに、飽きるはずだ。だから、忘れなさい」

「……わかりました」

「そうか」

 

良かった。これで良いんだ。俺みたいな奴に惚れてもろくなことにならない。

俺にとっても、響子にとっても。だから、これで良かったんだ。

と思ったのだが、響子は俺のベッドに入り、添い寝を始めた。

 

「あの〜、響子さん、何をなさっているのでしょうか?」

「添い寝です!」

「せやから、何で添い寝してはるん?」

「私がプロデューサーさんのこと好きになって私からプロポーズするのが駄目なら、プロデューサーさんが私のこと好きになっちゃってプロデューサーさんから私にプロポーズすれば問題ないですよねっ♪」

「20歳年下のJKに惚れるとか問題以外の何物でもないんだけど」

「だから、プロデューサーさんが私のこと好きになってもらえるように、一緒にいます。そして、私のこと好きになったプロデューサーさんにプロポーズしてもらえたら大丈夫です」

「響子さんや、俺の話聞いてはります?」

「好きになーれっ♪好きになーれっ♪」

 

響子は俺の胸に「の」の字を書きながら、不思議な歌を歌い始めた。

止めてくれと言って、「何で止めないと駄目なんですか?」って聞いてくる。右手で止めようかと考えたが、右手を下手に動かせば響子の色んな所に触れてしまう。逃げようとしても、腰が痛くて動けない。

つまり、俺にはなす術がなかった。

後で知ったのだが、五十嵐家の家訓は「押して駄目なら退路を断て」だそうだ。

そんな感じで、ギックリ腰で動けない3日間、響子は俺の世話をするために、俺の部屋に居ついた。追い返そうとしても腰が痛くて強硬手段に出れない。それをいいことに響子は俺を餌付けし、洗濯機を回し、掃除をして、俺の背中を流して、毎晩俺と同じベッドで寝ていた。3日目夕方になると、腰の痛みはほとんど消えていた。屈むのは辛いし、重い物は持てないし、走れないが、大分楽になった。

おかげで、自活できるようになったのだが…

 

「というわけで、合鍵返してくれ」

「嫌です」

「いや、俺の家の鍵やねんけど?」

「そうですけど、これはちひろさんから買ったので、もう私のものです!」

 

俺は響子から鍵を取り上げようとするが、腰に激痛が走ったので、諦めた。

もう、アレだな。全部ちひろが悪いな。

スキャンダルになったらちひろの責任という念書でも書いて、今西部長に社印を押してもらおうか。社員の私物で私服を肥やしたという証拠があるし、会社としてもことを荒立てたくないだろうから、取締役は印を押すのは目に見えている。

そんなわけで、全部ちひろが悪いから、アイツには責任を取ってもらおう。

響子から合鍵を取り戻せなかった俺は響子の猛アプローチにされるがままだった。

朝起きたら、ご飯はできてるし。

家に帰ったら、風呂は湧いているし。

んで、寝ようとしたら、添い寝してくるし。

そんで添い寝の度に、俺の胸に「の」の字を書きながら、謎の歌を歌うし。

そして、1週間が経ち、響子のいる生活に慣れ、俺は半分響子に依存していた。

響子の飯が美味すぎてカップ麺は食えなくなったし、掃除されすぎていて自分の物がどこにあるのか半分分からなくなっていた。ヤバイ。このままじゃ、響子に依存してしまう。もし、響子が俺に愛想を尽かしたら、俺は自活できずに死んでしまうかもしれない。

俺は響子に説得を試みたが、結婚しちゃえば大丈夫だよねっ♪とこっちの言い分をまるで聞いてくれない。何度か無視を試みたが、抱きついてきたり、キスしようとするもんだから、無視できなかった。押し倒して脅かしてみたら、不束物ですがお願いしますとなんて言う。

 

ギックリ腰になってから一ヶ月が経った頃にはもう色々諦めた。

五十嵐家の家訓は怖いわ。完全に一人暮らしに戻るという選択肢が選べなくなったのだから。仕方がないだろう!響子の料理の味付け、完全に実家のオカンの料理と全く同じなってるんやで!おかげで、コンビニ飯が飯と認識できなくなってきたよ。コンビニ飯食うことを今じゃ給油なんて言ってる。しかも、響子は完全近所付き合いも完全にこなしている。俺の住んでいるマンションの周りの掃除をしたり、商店街数店の店長たちと完全に顔見知りになってるし。家計簿もつけて、財布も握られてる。そんなわけで完全に家のことは響子のなすがままだ。

こんな感じで、俺は尻に敷かれているが、響子の言いなりになったわけではない。響子はある程度俺の意見を聞いてくれるし、俺を褒めたり、俺を立ててくれたりする。俺は響子に愛想を尽かされないように仕事を今まで以上に頑張ることにした。仕事の効率を上げるためにどうしたらいいのか試行錯誤し、残業時間を減らすことに成功した。また、俺からの告発が効いたのか、ちひろの売っているスタドリの値段が1,000円から100円に値下げし、スタージュエルも5,000個50,000円から5,000円に値下げされた。また、キャッシュバックがあり、俺の懐事情がよくなり、仕事はますます上手くいくようになった。

と、まあ、こんな感じで、ギックリ腰から一ヶ月で俺の身も心も完全に掌握された。だが、まだ、恋愛感情はないので、まだ大丈夫。そう思っていた。

 

人生初のギックリ腰から一年、響子のスキンシップが過激になってきた。

朝起きると、響子は俺の頬や顎を触っている。なんでも、ジョリジョリという感覚が良いのだとか。でも、こっちとしては顔が近くて困惑する。どれぐらい近いのかって?お互いの瞳の奥を覗き込めそうな距離といえば大体わかるだろう。

アイドルの仕事が上手くいくと、ハグをせがむようになった。断ると、マジで泣きそうになったり、拗ねたり、晩ご飯にナスを大量に入れようとする。んで、仕方無く、ハグをすると、良い匂いするし、柔らかいし、響子が「プロデューサーさんの匂いだぁ♪」なんて言うもんだから、ドキドキする。ムラムラする。

夜のお店に行こうとしたが、毎回店前で何故か響子から電話がかかってくる。そして、「私じゃ駄目ですか?」と聞いてくる。発信器でもつけられているのだろうか。

 

そして、ギックリ腰から五年が経った。俺は40代、響子は20歳になっていた。

その日、俺は仕事の付き合いで酒を飲んで帰ってきた。家に帰ると、響子が怒っていた。晩ご飯いらないと伝えるのが遅すぎたことが原因だった。怒っている響子を見て酔いが覚めた俺は必死に謝り、ひとつだけなんでも言うことを聞くから機嫌を治してくれと言ってしまった。

すると、響子は俺をソファーの上で押し倒した。

 

「プロデューサーさん、ゲームをしましょう」

「ゲーム?」

「はい。ルールは簡単。この飴ちゃんが溶け切った時、口の中にあった方の負けです。そして、負けた方は相手の言うこと聞かないと駄目です」

 

響子はそう言うと、自分の口の中に飴玉を入れて、俺に覆い被さり、俺の口の中に自分の口の中の飴玉を押し込んできた。そして、俺はこの行為で理性が飛んだ。

 

そして、

 

 

 

キングクリムゾン !

 

時間を9時間だけ吹っ飛ばした

 

時間内のこの世のものは全て消し飛び

 

残るのは9時間後の「結果」だけだ

 

プロデューサーと響子がイチャコラし終わったという「結果」だけが残る

 

途中は全て消し飛んだのだ

 

 

 

朝起きると、俺と響子は全裸で布団の中で抱き合っていた。

あーあ、ついに手を出しちゃったよ。後悔はないといえば嘘になる。俺からちゃんと段階を踏んでというのが普通なんだろうけどなぁ……。え?手を出す気があったのかって?あったよ。もう色々骨抜きにされていたから、いつかは手を出そうと思っていた。童貞だったのに、そんな根性あったのかって?たぶんあったと思……すみません。嘘つきました。ありませんでした。小指の逆剥けほどもありませんでした。ヘタレでごめんなさい。

 

「プロデューサーさん」

 

俺の腕を枕にしていた響子が上目遣いで俺をみてくる。

 

「プロデューサーさんは獣物です」

「け!けだもの!?」

「いんじゅーです」

「淫獣!?」

「女の敵です。あんな大きなので、激しくて……私をあんな無茶苦茶にしたんだから……だから、責任………取ってください」

「あ、えぇーっと。その。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

この後、めちゃくちゃ早かった。

翌月のライブで婚約を発表し、2ヶ月後の6月に入籍&結婚式をあげました。

エライ早いなと思ったら、ギックリ腰になった日から響子は着々と結婚に向けて周りの人間の退路を絶って協力させていたそうです。具体的には…社長の不倫の証拠写真や、ちひろの違法薬物の入ったスタドリの処方などを握っているそうです。今西部長は恋する女の子を応援したいとかで普通に響子を応援していたそうです。

ファンは怒らなかったのかって?うん。アンチも確かにいたけど、それ以上に響子のファンが俺と響子の結婚を祝福し、アンチブチ殺し活動なる物が行われました。非公式だったので、響子の責任問題にはならずにすみました。彼らの活動のおかげで、アイドルが恋愛してはならないというルールが芸能界から失くなりました。

現在の響子はアイドルを引退し、主婦をやりながら346プロの裏代表取締役という謎なポジションについています。

俺は相変わらずプロデューサーをやっています。



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