【ネタ】もしISの篠ノ之箒が〝文学少女〟を読んだら 作:Mr.OTK
素直で可愛い篠ノ之箒をお楽しみ下さい。
IS――インフィニット・ストラトス
稀代の天才、篠ノ之束博士によって開発されたソレは、世界を変革させる程のものであった。
――まあ、そんな大局的な見方はともかくとして。
この物語に死して生を得た『転生者』という者や、本来存在しないはずの者は存在しない。正体不明の新たな敵も、突然現れた新たな力も存在しない。
本来の、正史の通りの世界。過不足のない世界。そんな世界に落とされた、注意しなければ見逃してしまいそうな、一冊の本というほんの小さな一つの差異。
少女は――『恋』『愛』を
◆◇◆◇
IS学園に入学し、私が一夏と別々の部屋になってしばらく経ったある日の事。私――篠ノ之箒は、夜空に出ていた満月に魅せられ、夜の散歩を楽しんでいた。
「いい月夜だ」
星空は遥か、月は遠く、途切れ途切れの雲が、時々月影を遮る。風は穏やかに流れ、私の肌を癒すように撫でる。
気付いたら、何となく外に出ていた。特に理由などない。それ程に、今日の夜は美しかった。
「……そろそろ時間だな」
消灯時間が近付き、名残惜しく感じながらも寮の玄関をくぐる。織斑先生が居たが、予め散歩に行くとは言ってあったので、特に咎められる事もなかった。
「お休みなさい、織斑先生」
「ああ、お休み。しっかり休めよ、篠ノ之」
そうして織斑先生と言葉を交わして少し。寮の自室に向かう途中で、私は落し物を見つけた。
「む、何だ、これは……『〝文学少女〟と死にたがりの
手にとってみると、それは表紙に三つ編みの少女がパイプ椅子に体育座りしている絵の描かれた、一冊の文庫本だった。二、三ページ捲ってみると透明感のある絵が描かれてあり、おそらくこの物語の登場人物たちであろう事を容易に想起させられる。
恐らくは、私のような学生が主人公の物語なのだろうが、タイトルだけではそれが一体どういうジャンルの物語なのかは皆目見当もつかない。
「ふむ……」
本来であれば織斑先生に届けるべきなのだろうが、正直先生の所へもう一度行き、また戻ってくるというのは少し億劫だ。貴重品というわけでもなさそうだし、一晩預かっておいて明日の朝に渡しても遅くはないだろう、という考えに落ち着き、私はその本を持って部屋へと向かった。
◆◇◆◇
私に宛がわれた寮部屋は1025室。ルームメイトの名前は
「お帰りなさい、箒さん。夜のお散歩はどうだったのかしら?」
「ああ、清々しい気分になれた。偶にはこういうのもいいものだな」
「そう。それは良かったわね。今度は私も同伴させてもらおうかしら。……あら、箒さん、それ……」
静寐の視線は私の右手――先ほどの本が握られている手に注がれていた。私は普段本を読まないから、珍しく思っているのだろう。
「ああ、これか。この本はついさっき拾ったものなのだ。しかし、もう消灯時間だから、明日の朝先生に渡そうと思い、こうして持ち帰って来たのだ」
「あ、違うの。それ、多分私が落とした本だと思うのだけど……」
「何? そうなのか」
静寐がそういうので持っていた本を手渡した所、やっぱり、という声が安堵の吐息と共に漏れていた。
「教室に忘れてきたものだとばかり思っていたのだけど、まさか廊下に落としていたなんてね。探しに行けばよかったわ。ともかく、ありがとう、箒さん。おかげで助かったわ」
「いや、私は当然の事をしたまでだ。気にしなくていい」
しっとりとした笑みを浮かべて礼を言ってくれる静寐に、私自身も微笑みながら返す。と、静寐が唐突に私に尋ねた。
「ねえ箒さん。箒さんはこの『〝文学少女〟シリーズ』を読んだこと、ある?」
「む、ないな。生憎と、私はあまり読書というものをした事がない。せいぜいが小学校の頃の読書感想文のために読んだ位だが……それも何を読んだかよく覚えていないくらいだからな」
静寐が私に何を期待していたのかは分からないが、おそらく応える事は出来ていないであろう返答をする。しかし、私の予想に反して、静寐は落胆の色を見せることなく言葉を続ける。
「そうなの。じゃあどうかしら、この本、一度読んでみない? 絶対に気に入ると思うわ」
「む……」
そもそも、彼女がこんな風に私に本を薦めてくるのは珍しい――いや、今までなかったことだ。それがどうして今回に限って、こんなにも熱く推すのだろうか。
そうして少し戸惑いながら逡巡していると、静寐は唐突に――
「箒さん、あなた、織斑くんに恋してるでしょう」
――特大の爆弾を、投下したのだ。
「なっ?! な、ななっ、ななななななな――!?!?!?!?!?!?」
「『何故それを知っている!?』かしら? そんなの、ちょっと注意して見ていれば誰でも分かると思うわ。箒さんが織斑くんに恋していることも、織斑くんが全くそれに気付いてない事もね」
静音の『一夏が気付いていない』発言に、ふと我に返ってうろたえていた姿勢を正す……内心はまだまだ動揺していたが。
「そ、それがどうしたというのだ! その文学少女とやらに関係があるとでも?!」
内心の動揺を隠し切れず、ついつい怒鳴るように言ってしまった。今の私の顔は、きっと達磨のように真っ赤であろう。
しかし静音は私の怒鳴り声に臆した様子もなく、むしろ自信満々に胸を張って私に告げる。
「ええ、大有りよ。箒さん、この本は、きっとあなたの恋を良い方向に導いてくれるわ」
◆◇◆◇
「……むぅ」
翌日、1025室の勉強机で、昨晩静音から半ば強引に貸し与えられた『〝文学少女〟と死にたがりの道化』の表紙を睨む。
――騙されたと思って読んでみて。本当に詰まらないと感じたら返してもらってもいいから、とにかくそれだけでも読み切ってみて。
そこまで言われてしまっては、断る物も断れない。見ればそんなに分厚いわけでもなさそうだし、これぐらいなら私でも読み切れるだろう。
まあ、静寐が普段愛読している本が『軍人たる者かくあるべし』という、全編アメリカンテイストのいい意味で下らないジョークが満載のコメディを読んでいるのだ。であれば、この文学少女もそういったコメディ調の恋愛物なのだろ――
『恥の多い生涯を送ってきました』
「…………」
これは……予想以上の難物かもしれない。
内容はこうだ。中学三年生の頃、文芸雑誌の新人賞に応募し、何の因果か大賞を受賞した謎の美少女覆面作家、ペンネーム井上ミウこと
次に現れた登場人物は心葉曰く『妖怪』、本人曰く『文学少女』である、井上心葉が所属する文芸部の部長、本を食べる
『「失礼しまぁぁぁす! きゃうんっ!」』
そしてもう一人。この文芸部に恋愛相談に来た一年生の
『はじめてズレを感じたのは、自分を可愛がってくれた祖母が亡くなった時でした。』
竹田千愛の想い人である、
『成長するにつれ、自分と他人の感じ方に、大きなズレがあるという思いは、ますます大きくなってゆきました。』
『そうして、自分は今も、仮面をかぶり、道化を演じ続けています。』
そうして何事もなく平穏に流れていく井上心葉の学園生活。しかし、本文中には
『自分はお化けです。』
『あの日、やわらかな肉が押しつぶされ、甘いような酸っぱいような香りのする赤い血が、黒いアスファルトの上に広がってゆくのを、空っぽの心で眺めていました。
……しかし、所々に太文字で書かれている、この懺悔といっても遜色のない文章は、一体誰の気持ちを綴ったものなのだろうか? これが今のところ一番気になる。
――そして発覚する、片岡愁二という人物が、十年前に既に自殺して亡くなっているという事実。
どうしているはずのない人物に竹田千愛がラブレターを出しているのか。その謎を調べるために駆け回る心葉と遠子先輩。
「なるほど……この太文字は愁二先輩の手紙、というわけか」
一人で納得をして読み進める。片岡愁二先輩と心葉が酷く似ているという弓道部のOB達。徐々に徐々に明らかになっていく、片岡愁二先輩の自殺の真相。
『Sのことを語りましょう。
Sは自分の一番の理解者で、不倶戴天の敵で、親友で、半身で、相容れぬ者でありました。』
『この世は地獄です。
自分はSの奴隷でありました。』
『もうすぐです。
準備は整いました。』
『屋上で待っています。
本当のことを、話しましょう。』
そうして明かされた、片岡愁二先輩を取り巻く人間関係。そこには友情があって、恋があって、嫉妬や憎悪があって……。
『おれがこんなにおまえのことを、憎くて憎くてたまらなくて、それを表に出さないように必死に平静を装って耐えているのを、薄笑いを浮かべて眺めているんだ。
お前のその優しげな顔も、笑いかたも、大嫌いだった!」』
『「……片岡くんは、ズルくて、どうしようもなくて、子供みたいな人よ。けれど、優しくて、繊細な人なの。好きにならずにいられないような人なのよ」』
そして、たった一人の愛があった。
『「『瀬名さん。きみだけが、ぼくを殺すことができる。この期に及んでも、ぼくは人の心というものがわからない。…………こんなぼくに生きている価値はあるのだろうか。瀬名さん、きみなら答えられるだろう。どうか教えてくれ』」』
『「もう、わたしには片岡くん救えない。片岡くんを愛しているなら、彼の最後の望みを叶えてあげるしかない。
だからわたしは言ってあげたの。
『ええ、
「……っ!!」
息を呑む。胸の内になんとも言えないわだかまりが溜まっていくのを感じながら、それでも私はページをめくる手を止めることはなかった。
まるで地獄だと嘆く者、それが贖罪だと、共に生きてゆこうと愛する者。各々の結末を迎えて、物語は終わった――かのように思われた。
「……え?」
『
『愁二先輩は、答えてくれました。
さぁ、屋上へ行きましょう。』
物語は終わっていなかった……いや、そもそも始まってすらいなかったのだ! 今までの物語は、全て竹田千愛という少女を語るためのものでしかなかった!
『「ダメだ、竹田さん死のうなんてしちゃダメだ。それで終わりにしちゃダメだ! きみは愁二先輩じゃない! 竹田千愛だ! 愁二先輩とは別の人間なんだ! 愁二先輩が自殺したからって、きみも死のうなんてしちゃいけない!」』
はっきりと言えば、私は井上心葉という登場人物を好ましく思っていなかった。
過去に何があったのかは未だ明確に明かされていないがなよなよとした、精神的に頼りない男子だと見て、少し冷めた目で見ていた。
それが、事ここに至って、こうして竹田千愛を引きとめようとしている彼の姿は、純粋に強いと思えた。
竹田千愛の苦悩が――片岡愁二先輩と同じ心を持った少女の慟哭が綴られる。
『違うんです!
あたし、悲しくなかったんです!
いくら心の中を捜しても、しいちゃんのことを思い返して泣こうとしても、これっぽっちも、悲しいという気持ちが見つからなかったんです。しいちゃんが死んだのに、悲しいと思えなかったんです。
そんなの――そんなのおかしいですよね! 人が死んだのに! 親友だったのに! なのに悲しくないなんて、そんなの、異常ですよね!」』
『「……ねぇ、心葉先輩。それでもあたしは生きていかなきゃならないんですか? あたしに生きろって言うんですか? 死ぬのは間違ってるって言うんですか? あたしは楽になっちゃいけないんですか?」』
誰にも、誰にも、誰にも、誰にも、この世の誰にも理解してもらえない自分の感覚。他人とは違う、心の在り方が違う、それを恥じて、恥じて、恥じて、生きることが辛いと叫んだ少女。そんな彼女を、少年と〝文学少女〟は生きなければならないと、落とそうとした命を掬い上げた。
それは間違っても『救い』ではない。ただ命を『掬い』上げ、死を先延ばしにしただけ。彼女の心は変わらないし、これからも恥じて生きていくのだ。
『「あの日、死ななかったことを自分は必ず後悔するでしょう。
けれど、死ななくてよかったと、文芸部の先輩たちに感謝することもあるでしょう。
それはきっと、必ず。」』
そう、『救い』は、彼女が――竹田千愛が自分で見つけ出すのだ。
◆◇◆◇
「はぁ……」
パタンと本を閉じる。後に残ったのは読み切ったという充足感と、なんとも形容しがたい胸の奥に溜まりこんだわだかまり。そして――
「姉さん……」
自身の姉。ISを生み出した篠ノ之束への不明瞭な感情だった。
人の心が、当たり前の感情が生まれながらにして理解することが出来ず、道化を演じ続けて苦しみ続け、これからも苦しんでいくであろう竹田千愛。
生まれながらにして天才的な頭脳と身体能力を持ち、一握りの人間しか人間とみなさず、他人をそこらの路傍の石と同位に扱い、世界すらも自分の思い通りに変革した姉。
そんな姉さんに私が抱く感情は、何故という懐疑と、少しばかりの恨み。
どうしてISなんかを作ったのか。姉さんがISを作らなければ、こんなに生活が一変することもなかった。姉さんがISを作らなければ……一夏と離れ離れになることもなかった。そんな思いがあった。
けれど――けれど姉さんは、もしかしたら苦しんでいたのかもしれない。
誰よりもかしこかった。誰よりも強かった。誰よりも未来を見ていた。だから誰にも理解してもらえず、共感されず、だから――
――誰かを理解することを、あきらめてしまったのではないのだろうか。
だから他人は路傍の石同然で、父も母も『生みの親』程度の認識しか持っていない。だって、『理解することが出来ない』のだから。
だから、『理解してもらおう』とした。ISという、目に見えるものを見せ付けることで、自身を世界に適合させることで。
「…………」
こんなのはただの想像だ。それ以上でもなければそれ以下でもない。真実とはまったく違うのかもしれない。
けれど私は、姉さんへ想いを馳せるのを、やめることは出来なかった。
如何でしたでしょうか? 今回は文学少女分が多かったと思います。ですが、次回からはISの比率も多くなりますので、どうか次回もお目をお通し頂ければ幸いです。