【ネタ】もしISの篠ノ之箒が〝文学少女〟を読んだら   作:Mr.OTK

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今回は文学少女とISが半々かなぁ、と思います。

ラストで箒さんが積極的に……?


侍少女と追憶の己《マイセルフ》

 俺、織斑一夏は高校一年生の日本男児である。性同一性障害というわけでもなければ、男性の象徴たるアレもしっかりある。

 

 で、あるというのに、どこかにいるのかいないのか分からない神様という存在は、どうやら俺を女子だと勘違いしているらしい。

 

 IS――正式名称インフィニット・ストラトス。

 

 現行兵器の最先端を行くソレは、最大の欠陥として『女性にしか扱えない』というある種の致命的な欠陥を持つ……はずなのだが、俺は何故か運命の分かれ道とも言える高校受験の日にISを動かしてしまった。理由は今でも不明である。

 

 世界から見ればただ一人だけ、男性でありながらISを動かせることの出来る異端児。あれよあれよという間に、自分は女の子だらけのIS学園に押し込まれてしまった。

 

 まあ不満がないといったら嘘になるが、それでもそれなりに楽しくやってきている。

 

 ファースト幼馴染の篠ノ之箒とは六年ぶりに再会できたし、同じクラスのイギリス代表候補生であるセシリア・オルコットとも、まあ最初は色々あったけど仲良くなれた。中学の頃に知り合ったセカンド幼馴染であり、中国の代表候補生である鳳鈴音とも再会して、色々としがらみのあるフランスの代表候補生、シャルロット・デュノアとも友誼(ゆうぎ)を結び、同時期に少々厳しく対立していたドイツの代表候補生、ラウラ・ボーディヴィッヒとも紆余曲折の末仲間になれた。

 

 クラスの他のみんなとも仲良く出来てるし、比較的順風満帆な高校生活を送れていると思う。のだが……。

 

「うーむ……」

 

 一人で勝手に唸りながら、教室の真ん中の列の一番前の自分の席に座る俺は、窓際に座る箒の方に視線を向ける。

 

 視線を向けられている当の本人は、頬杖をつきながら窓の外の空をぼんやりと見上げていた。その表情はなんというか……深い、と感じさせる表情だった。

 

 喜怒哀楽のどれでもない。空虚というわけでもない。かといって、悩みに彩られたものでもない。本当に、なんと形容したらいいのかわからない、ともかく窺い知れない深さを感じさせる表情をしていた。

 

 ここ最近、箒の様子がおかしい。なんだか妙に物静かというか、箒らしくないというか、具合が悪いわけではなさそうなのがまだ幸いだが、一体どうしたんだ?

 

 

◆◇◆◇

 

 

 私が文学少女という作品に出会ってから暫く。私はあっという間にこの作品に囚われていた。

 

 ――私に足りない何かが、この作品の中にある。

 

 ただの直感だ。確証はない。けれど、間違っているとも思えなかった。

 

 今日も今日とて夕食を早急に済ませ、予習と復習を終わらせて、残りの時間のすべてを文学少女を熟読するために費やす。「流石にここまでのめりこむとは予想外だったわ」とは静寐の言葉だ。

 

 私の――正確には一夏の周りにも変化があった。簡単に言えば、恋敵(ライバル)が短期間で一気に増加した。まあその……一夏はああいう人間なので、予想していなかったといえば嘘になるが、それにしても増えすぎだと思う。

 

 以前の私ならば危機感を持っていただろう……いや、実際今も危機感を持っていないわけではないが、変に一夏に突っかかっていただろうとは思う。

 

 私自身、驚くほど冷静になっている気がする。一夏が他の女子と仲良くしていると、以前の私なら嫉妬の絡んだ怒りでぐつぐつと胸の内が沸き立ち、「へらへらしているな!」とかそんな辺りの言葉を一夏に投げつけ、鬱憤を晴らしていただろうと思う。

 

 けれど、今は違う。悲しくて、辛くなって、ひどい喪失感や飢餓感を覚えてしまう。

 

 どうして怒りをあらわにすることが出来よう。一夏はただ日常を過ごしているだけであり、そもそも彼は誰にも分け隔てなく接する優しい男で、彼に落ち度はどこにもない。そんな彼に対して怒りをあらわにするのはあまりにも自分勝手であるし、そんな態度をこれまでの自分が取ってきていたということを、酷く浅ましく、恥ずかしいと思うようになった。

 

 それもこれも、私が文学少女を読破してきたせいであるのは明らかだった。

 

『〝文学少女〟と飢え渇く幽霊(ゴースト)』

(ゴースト)

『〝文学少女〟と繋がれた愚者(フール)』

(フール)

『〝文学少女〟と穢名の天使(アンジュ)』

(アンジュ)

 

 そのどれもが、私の胸を打つには十分過ぎるほどの内容であったのは疑いようもない。

 

 たった一人以外の誰も彼もに母の面影を重ねられ、自身を見られることはなく、不治の病に冒されながら、父と娘という恋心を抱くには禁忌の関係でありながら、少し後戻りすれば自分だけを見てくれる別の男がいながら、それでも一途に想い続けて、最期の最期で自分を刻み付けた気高く強い少女の物語。

 

 誠実に生きようと努めながらも過去に縛られ、自身を見失い、事態を好転させようと空回りして、誰も彼もを傷つけている事実に苦悩しながら、立ち上がり、乗り越え、かけがえのない友情を手に入れた少年の物語。

 

 愛し愛された関係であったのに、その才覚を妬んだ男に手を掛けられ、それでも最期まで男を想い続け、愛し抜いた少女と、その才覚を見抜き、伸ばし、そして殺されてしまった事を十字架にして背負い込み、少女の無念を晴らすために少女に扮して男を裁こうとし、文学少女に救われた天使の物語。

 

 どれもこれも私の知らない愛情の形で、愛するが故の憎悪の塊があった。

 

 どれもこれも崇高で、気高くて、醜悪で、馬鹿馬鹿しくて……純粋だった。

 

 読み進めていく度に、私の心の中に何かが溜まっていく。それは混濁した汚泥のようにも感じられたし、透明な蜜のようにも思えた。

 

 そして今日、私が読む文学少女の次の物語――

 

『〝文学少女〟と慟哭の巡礼者(バルミューレ)』

(バルミューレ)

 

 遂に、井上心葉の過去が、明かされる。

 

 

◆◇◆◇

 

 

『今日も電話がかかってきた。

…………電話はいつも、醜い言葉、汚い言葉、呪われた言葉しか吐き出さない。

粘り着くような、恨めしげな、無遠慮な、卑小な、腐臭漂うあの声が、美しくあるべき世界を、ゴミで一杯にしてゆく。

 

電話のベルを、しつこく鳴らすやつら、みんな死ねばいい!』

 

 始まりの一ページは、そんな誰かを堕とそうとする呪詛のような、助けを求める慟哭のような文章だった。

 

 これが一体誰の心情を表した文章なのか、おおよその見当は付いているが、今はただ、愚直に読み進めてゆこう。

 

 ……と、思って身構えていたら。

 

『「ラヴクラフトの『インスマウスの影』は、魚の生き血を啜るような味わいね」』

 

「え……?」

 

 唖然とした。作中の主人公である心葉も、三題噺を書く手を止めてしまったほどだ。

 

 遠子先輩という人物は美本家(グルメ)である。本を食べる彼女はその書かれている内容によって感じる味覚が違うらしい。

(グルメ)である。本を食べる彼女はその書かれている内容によって感じる味覚が違うらしい。

 

 彼女が特に好きな味は、甘い恋愛模様が描かれた物語。私たちが言わんとするところのスイーツに相当するらしい。

 

 逆に苦手なものは、ホラーだったり、血が流れ出すスプラッタな物語だったりで、本人も幽霊嫌いであるようだ。

 

 そんな遠子先輩が『魚の生き血を啜るような味わい』と評するなど、まさに彼女が苦手な部類に相当するはずなのに、読み進めて行くほど先輩の恍惚とした表情が目に浮かぶようだ。

 

『「ああ、なんて美味しいの。この、鼻を突き刺す生臭さ。冷たくて、ぐにゃぐにゃした食感。さすがは怪奇幻想文学の巨匠にして、クトゥルフ神話の生みの親、ラヴクラフトの代表作ねっ! 舌にまとわりつく、どろりとした血の酸味がたまらないわ」』

 

 何かがおかしい。こんなの遠子先輩じゃない。一体何があったというのだ?

 

『今日のお題は“マーガレット”“三味線”“水上バス”だ。バラバラすぎて、まとめるのに苦労したけど、遠子先輩好みの甘いラブストーリーに仕上がっているはずだ。』

 

 どうやらこの日、いつもおかしな話を書き綴って先輩を涙させている心葉が殊勝なことにまともな話を書いたようだ。

 

『「ダメ」』

 

『へ?』「へ?」

 

 心葉と私の心がシンクロした。え、ダメって……?

 

『「水上バスで三味線をしている青年に、女の子が胸からマーガレットをはずして、恥ずかしそうに渡すなんて甘ったるいお話、全然ダメっ。もっと、血がどばっと吹き上がって、真っ赤にそまった海に肉塊が浮かんでダゴン様が登場するような展開じゃなきゃ。こんなの、フルーツのサンドイッチみたいで、爽やかすぎて胸焼けを起こしそうよ」』

 

『「って、遠子先輩、いつも甘い話を書いてって――」』

 

『「いいえ、わたしの好物は、生のお魚から滴る赤い血よ!」』

 

 ええええええええええええええええ!?!?!?!?!?!?!?

 

 な、なにがあったというのだ! 本当に! ええ?!

 

 私はことの真相を解明するために急いで読み進め――

 

『「ゆ、夢か……」』

 

「ほっ……」

 

 そっと、胸をなでおろした。

 

 まったく、驚いたではないか。何を以ってこんな夢をみたのだろうか? ……まあいい。夢ならよかった。次へ進もう。

 

 穏やかに流れる日常。心葉はななせと初詣へと行く。

 

 ……そういえば、ななせは随分と心葉との距離が近くなった。元々ななせは心葉の事が好きだったようだし、なかなかに微笑ましい。片思いが叶っていく様は見ていて胸が温かくなる。私はななせを応援するぞ。

 

『「あのっ……あたし頑張るからっ。その、今年もよろしくお願いします!」』

 

 ……同性なのにななせを可愛いと思ってしまう私はおかしいのだろうか? なんというか、応援したくなるような人物なのだ。

 

 そんなななせが怪我をして入院したようだ。そして、この作品にいつも綴られている誰かの太文字。

 

『きみはとても危険で傲慢で自分勝手で、僕はきみが大嫌いで憎んでいた。

どうしてきみは、あんな風に残酷に振舞って、僕を傷つけることができたんだ。』

 

『だから、ねぇ、僕がきみに復讐をしても、許されるだろう?』

 

 日が経って、心葉は入院しているななせのお見舞いへ行くことにする。そうしてななせの病室へと訪れた心葉だが、当のななせは検査で居ないと言われる。後でやってきた遠子先輩と待って居ることにした心葉だったが、一時間経っても帰ってくる気配がない。仕方がないので、この日は二人とも病院を後にする。

 

 翌日、再びお見舞いに訪れた心葉。そして、彼は再会する――

 

『「井上に近づかないでっ!」』

 

 怒りを露にするように叫ぶ声は、ななせのものだと思った心葉。それを確かめるため、声のするほうに向かうと。

 

『「やっと、会いに来てくれたのね、コノハ」』

 

 朝倉(あさくら)美羽(みう)。心葉の過去に最も関連しているであろう少女。心葉が言うには随分と容姿が変わっているようだが、間違いないようだ。

 

『「ゴメン、琴吹さん」』

 

 どうやら言い争っていた様子の朝倉美羽とななせ。どちらも杖なしでは歩行が困難な様子なのだが、心葉は朝倉美羽を助け、ななせを置き去りにしてしまう。

 

『「……あたしのこと、怒ってるでしょう。コノハの前で、あんなことして……」』

 

 あんなこと――この朝倉美羽という少女は、かつて心葉の目の前で飛び降り自殺を試み、そのせいで心葉は自分のせいではないかと心に深い傷を負った。

 

 それも当然だろう。私だって、一夏が私のせいで自殺するほどにまで追い込まれ、それが目の前で行われたのならば、心葉と同じように傷を負うだろう。

 

 しかしそれとは別に、私には一つ気になることがあった。

 

「『あたし』……だと?」

 

 朝倉美羽は自分のことを『あたし』と称した。それ自体は別におかしなことではない。ないのだが――

 

「太文字は……やはり『ぼく』だな……」

 

 いつもは誰の心情か分からないこの太文字も、今回に限って言えば私は朝倉美羽のことについて綴られたものだと思っていた。

 

 しかし、朝倉美羽は『少女』なのだ。『少年』ではない。故に『ぼく』という一人称は普通は使わない。現に『あたし』と称しているのだから、これは当然だ。

 

 ではこの太文字は誰の事なのだろう……ともかく、読み進めていこう。

 

 そうして朝倉美羽から提示される疑惑の数々。曰く、ななせが自分に酷い事を言った。曰く、心葉のお母さんが自分の送った手紙を捨てていたのではないか。曰く、友人の芥川一詩に心葉に手紙を渡すように、会わせてもらうように頼んでいた。

 

 そうして美羽を病室へと連れて行った心葉は――

 

『「……井上」』

 

 その話題の当人である芥川一詩と遭遇した。

 

 途端、嘘をついたと、どうしてこんなひどいことをするのと、金切り声を上げて一詩を糾弾する美羽。

 

 苦痛に顔を歪める一詩を美羽はさらに糾弾し、出て行けと、あたしとコノハの邪魔をしないで、と追い出してしまう。めまぐるしく変わる状況に、心葉は動くことができなかった。

 

『ぼくは――芥川くんを、追いかけるべきだったのかもしれない。

彼を引き止めて、事情を聞くべきだったのかもしれない。

けれど、あんまりいろんなことが一度に起こりすぎて、どうしたらいいのかわからなかった。』

 

『「コノハ……中へ、入ろう。連れていって」』

 

『「……コノハに会えて、よかった」』

 

 こうして、朝倉美羽と井上心葉は再会したのだ。

 

 やがて、心葉はかつて美羽が飛び降り自殺を試みる直前で言った『「カムパネルラの望みは、なんだったと思う?」』という問いの答えを、遠子先輩と探すようになる。

 

 カムパネルラ――宮沢賢治の作品『銀河鉄道の夜』の登場人物らしい。最後の最後で、共に旅をしていたジョバンニを置いて一人旅立ってしまう人物なのだとか。

 

 しかし、結果は芳しくない。心葉は宮沢賢治の作品の薀蓄(うんちく)や作品解説を遠子先輩から聞いている途中で気を失ってしまう。遠子先輩の話によれば、一年生の頃にも一度、こういうことがあったようだ。

 

 そんな過程で、心葉は一詩やななせと距離を置くようになってしまう。誰が悪いわけでもない。誰もが苦しんでいる。そんな状況。

 

 そうして心葉はまた、美羽のお見舞いに行く。

 

『「花、綺麗だね……誰か来たの」』

 

『「親戚。うるさいから嫌いなの。二度と来なきゃいいのに」』

 

 そして、心葉はななせを擁護するような発言をしてしまい、美羽の機嫌を損ねてしまう。

 

『「あたしのことを本当に好きなら、琴吹さんとも、一詩とも、もう口をきかないで」

 

『「そんな約束は……」』

 

『「できない?」』

 

 言いよどむ心葉に、美羽は足の爪を切るように所望する。

 

『爪を切るたび響く音が、ぼくの心まで切り取っているようだった。』

 

 そうして全ての足の爪を切り終えた心葉に、美羽はまた右足を差し出して、こういったのだ。

 

『「キスして。コノハ」』

 

『「!」』

 

「なっ!?」

 

 絶句。美羽の言わんとするところはつまり、心葉に自分の足にキスをしろ、ということだ。一体何様のつもりなのだ、この女は――!!

 

『「できるでしょう?」』

 

『「だって(・・・)()()()()

()()()()()()()()」』

(・・・・・・・・)」』

 

美羽の言葉は(・・・・・・)絶対なのだから(・・・・・・・)――。』

 

 気づいている。自分が飛び降り自殺をしたことに心葉が負い目を感じていることを、この女は絶対に気づいている。でなければ、こんな奴隷のように、自分の所有物かとでもいうようにのたまうことなど出来るはずがない!!

 

『「やめてっっっ!」』

 

 そんな二人の病室に入ってきたのはななせだ。心葉のそんな様子にいてもたってもいられない、泣き出しそうな表情で。

 

『「そんなことしないで、井上っ! そんな子の言うこと、きかないでっっっ! 嫌っ、嫌ぁっ!」』

 

 ななせの絶望感が、読み手である私にどうしようもなく流れ込んでくる。目の前で好きな男の子が、他の女に奴隷のように扱われている様を見て、耐えられるはずがないっっ!!

 

『「あんたって……あんたって、本当に最低っ! 井上を、犬だなんて……っ! あたしのこと、わざわざ呼びつけて、井上にこんなことさせるなんてっ。井上は――井上は、あんたの犬なんかじゃないよ!」』

 

 そんなななせの言葉を皮切りに始まる、ななせと美羽の言葉の応酬。そして……。

 

『「はなしてっ! コノハに信じてもらえないなら、死んだほうがいい!」』

 

『「信じるっ! 信じるから、やめてくれ!」』

 

 そうして、心葉は決定的な言葉をななせに叩き付ける。

 

『「お願いっ。帰って、帰ってくれ、琴吹さん。美羽はぼくに嘘をついたりしない。ぼくは美羽を信じるっ」』

 

 その時にななせを襲った衝撃は、計り知れないものだっただろう。絶望と、喪失感と、色んな悲しみの感情がない交ぜになって、言いようのない感情だっただろう。

 

 茫然と心葉を見つめ、ぽろぽろと涙を流して、ななせはかすれた声でささやく。

 

『「……あたし、やっと……ちょっとだけ、井上に近づけたつもりで……いたのに。勘違いだったんだね……」』

 

 そうして病室を逃げるように出て行くななせ。

 

 違う。勘違いなんかじゃない。確かに心葉の心はななせに寄っていた。それは確かだ。

 

 けれど……けれどあまりにも、朝倉美羽という存在は、井上心葉に深く根付いていたのだ。それは愛情なんかじゃない。罪悪感や、絶望や、そういった暗いものが。

 

『「……信じてくれて、ありがとう。これからも、コノハはあたしの味方よね。あたしの言うことならなんでも信じるし、なぁんでも聞いてくれるんだよね」』

 

 まるで呪いだと、私は思った。ななせの絶望も理解できる。でも、心葉の怖れも理解できる。大切に思っていた人物に、目の前で見せ付けるように死なれることを許容できる人間が、はたしてこの世にいるのだろうか?

 

『本当に、本当に……このままでいいのだろうか?

けど、どうしてジョバンニが、カムパネルラを突き放したり、疑ったりすることができるだろう。

カムパネルラは、ジョバンニの理想そのものなのに。』

 

 そんな時、心葉は一詩とも衝突することになってしまう。

 

『「琴吹の前で、朝倉を信じると言ったそうだな!」』

 

『ぼくだって、琴吹さんをあんな風に傷つけたくなかった! 泣かせたくなかった!

けど、美羽と琴吹さんの両方の手をとることなんて、不可能だ。琴吹さんの手をつかんで引き止めた瞬間、美羽は二年前のように、身を躍らせていたかもしれないのに!』

 

 殴り合いの喧嘩に発展する二人。一詩は、最後の忠告とでも言うように、悲痛な表情で告げる。

 

『「……オレの言葉を信じなくてもいい。けど、頼む……っ、おまえの中にいる理想の朝倉ではなくて、本当の朝倉美羽を知ってくれ。朝倉は、天使でも女神でもない。弱さも醜さも持っている普通の女だ」』

 

 どうしようもなくて、誰も彼もが傷ついていて、心葉の心はボロボロになっていって……そんな彼に待っていたのは、残酷な真実、本音だった。

 

『「気づかなかった? あたしがコノハを大嫌いだったってこと(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。コノハの顔を見たくなかったから、あたしはパパのところへ行ったのよ。コノハに話したことは、みんな嘘よ」』

 

『「コノハの大事なものを、全部とりあげてやろうと思ったの。あたしの嘘にダマされて、友達も彼女もなくして、バカみたい」』

 

 わかっていた。わかりきっていたことだ。美羽が心葉のことを憎んでいるなんて、誰にも予測がついて、誰の目にも明らかだったことだ。

 

 だけど、何故ここまで酷いことができる!? 深く傷つけることができる!? どうして……どうしてっ!!

 

 どうしようもない絶望に殴り倒されて、どうすれば許してもらえるのかと光を求めるように尋ねる心葉。そんな彼に対する美羽の返答は『「カムパネルラの望みを叶えて!」』というものだった。

 

 友達も、彼女も切り捨てて、そうして信じていた最後の人にすら裏切られて、どうしようもなくなった心葉を受け止めたのは――

 

『「電話、かけてねって、言ったのに」』

 

 遠子先輩だった……。

 

 ひとしきり心の傷をほんの少しだけ癒した後。心葉は遠子先輩を家に帰す。なぜなら先輩にはセンター試験が迫っていたからだ。

 

 日が経って、心葉は自分の母親から、美羽が万引きをしていたと聞かされる。自分の妹に酷いことをしようとしていたことも。

 

 そうして思い浮かぶ、幼いころに自分に訪れた悲しい出来事。その影には、いつも美羽がいたのだと悟ってしまった。

 

 そんな折、“hatori”という人物から意味深なメールが届いていた。その内容は、心葉が書いた小説の裏の物語。

 

 かつて心葉が書き綴った小説は、心葉を羽鳥という女の子に、美羽を樹という男の子に置き換えて、心葉と美羽をモデルにした物語だった。

 

 その小説――『青空(ソラ)に似ている』は羽鳥の視点で書かれているが、そのメールの内容は今まで太文字で書かれていたもの。樹視点の――美羽が見て、感じていたものが書き綴られていたのだ。

 

 そうして美羽が自分のことをどれだけ憎んでいたのか理解する心葉。そんな彼に、ななせから連絡が入る。美羽が、『宇宙へ行く』という書置きを残して病院から姿をくらませたことを。

 

 『宇宙へ行く』。その意味を、心葉は理解できる。だから一直線にその場所へ向かった。その途中で、心葉はまたも別の真実を悟る。

 

美羽は(・・・)盗作をしていた(・・・・・・・)!』

 

 かつて自分の世界を自由に心葉に語っていた美羽。けれど、いつしか彼女は自分で物語を想像することが出来なくなってしまった。そんな彼女がそれでも心葉に物語を聞かせるために取った行動が、盗作だった。

 

『何故? 何故そうまでして、きみは語り続けなければならなかったんだ?』

 

 心葉はここにいない美羽に尋ねるように問う。されど、その答えは既に心葉には想像がついていた。

 

『ぼくが、望んだからだ――!』

 

『それが、ぼくと美羽とを繋ぐ、なにより強い絆だったから。』

 

 心葉は、かつて自分が――自分と美羽が通っていた中学にたどり着く。目指す先は屋上。そこに、美羽はいた。

 

 空そして全てを知った心葉は美羽に対して言うのだ。傷つけて、苦しんでいることに気づいてあげられなくて、ごめん、と。

 

 だけど美羽の返答は更なる叱責。どうして謝るの、そんなものは心葉が楽になるだけじゃない、あたしはずっと苦しいままだと。

 

 訴えられるのは、幼い頃の美羽の、辛い日々。誰も彼もが彼女に父親の、母親の、祖母の悪口を叩き付けていた日々。

 

『「あたしは、あの人たちが、自分たちの汚い感情を投げ捨てる、ゴミ箱だったのよっ!」』

 

 そうしていつしか物語が〝想像〟出来なくなったのだと言った。万引きをしたら少しは〝想像〟が出来た。でもそれすらも出来なくなってしまったのだと。

 

『「けど、物語を作るのをやめたら、あたしの世界は醜く汚れて崩れていってしまう。コノハだって、あたしが物語を作れなくなったら、他の女の子を好きになっちゃうわ。…………あたしにはコノハしかいなかったけど、コノハを好きな人はたくさんいたんだものっ!

嫌っ! 嫌よっ! そんなの許せないっっ! コノハはあたしの犬なんだからっ。あたしのそばにいなきゃいけないのっ!」』

 

 ああ……ああ……!! 分かった、分かってしまった。私は、美羽の心を理解出来てしまった。かつての私も、美羽と似たような状況にあったのだ。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 幼い頃の私は、それは無愛想な子供だった。そのせいで友達もいなくて、学校が終わったらすぐに家へ帰り、いつも実家の剣術の鍛錬をしていたのだ。

 

 そんな時、一夏が現れたのだ。私を助けてくれた、大好きな男の子が。

 

 一夏の成長は目を見張るものだった。けれど、私は必死に追いつかれないように頑張った。

 

 ――だって、私が一夏に勝っているのは、剣術だけだったから。

 

 だから、剣術で一夏に負けてしまえば、もう相手にしてもらえないかもしれない。そう考えると、一夏と手合わせをすることが嬉しくもあったし、恐ろしくもあった。一夏に勝った時は「まだ、大丈夫なのだ」と、そっと胸を撫で下ろしたものだ。

 

 それでもある日、一夏に負けてしまった。私はその場で崩れ落ちて、嗚咽をもらしながら泣いてしまった。

 

 ――お、おい、どうしたんだよ箒! ど、どっか痛かったのか?!

 

 突然泣き出した私にうろたえる一夏。そんな彼に私は言ったのだ。

 

 ――だって……一夏はもうここにはこないのだろう? 私に勝ちたかったから、ここに来ていたのだろう?

 

 一瞬呆気に取られた様子を見せながらも、幼いながらに私が言いたいことを感じ取ったのか、一夏は崩れ落ちた私に目線を合わせて、安心させるように言ってくれたのだ。

 

 ――なんでそうなるんだよ。まだまだ師範に教わらなきゃいけないことは一杯あるし、今日は箒に勝ったけど、だからってサボってたらあっという間に箒に追い抜かれちまう。だから……

 

 

 ――これからも、一緒に頑張ろうぜ。

 

 

◆◇◆◇

 

 

「…………」

 

 その言葉に、いったいどれほど救われたか。どれほど安堵したか。

 

 それに、私の両親は厳しくも優しかったし、姉さんだって私を気にかけてくれた。一夏を介して友達だって出来た。

 

 けれど美羽は、その何もかもがなくて、最後の一つ――心葉を繋ぎとめる物語を生み出すことすら、失くしてしまった。

 

『「どうして、あたしに内緒で、小説なんか書いたのっ! …………コノハが、そんな風に離れていっちゃったら、あたしにできることはもう、…………コノハを傷つけて、苦しめて、あたしのこと、一生忘れられないようにするしかないじゃないっっっ!

そんな気持ち、コノハにはわからない! わからないっ! わからないわっ!」』

 

 美羽が、どれだけ心葉を想って、憎んで、愛して、求めて、寄り添いたかったか。カムパネルラの――美羽の望みは……。

 

『「あたしと一緒に、どこまでも、どこまでも……宇宙の果てまでも、行ってくれる? それが……カムパネルラの本当の望みよ」』

 

 そうして心葉は過去を――幼い頃の二人の約束を思い返し。

 

『「いいよ。どこまでも、一緒に行こう」』

 

 そう、答えた。

 

 屋上の鉄柵を乗り越えて、二人の手を離れないようにマフラーで結び付けて、そうして、二人で宇宙へ向かうための列車に飛び乗ろうとした時、心葉の胸元から、オルゴールの音が聞こえた。

 

『琴吹さんが、ぼくを呼んでいた』

 

 『美女と野獣』のテーマ。いつかの初詣の日、ななせが相手によって着メロを変えていると聞いた心葉が、それにならおうという事でななせにどんな曲がいいかと聞いた時にななせが即答した曲。二人の距離感を表したような、優しい曲。

 

『「ダメぇぇぇ! 死んじゃダメぇぇぇ! 死なないでっ! 死なないでっ! 死なないで、心葉先輩! 心葉せんぱーーーーーい!」』

 

『「心葉くんっ!」』

 

 竹田千愛が、遠子先輩が、心葉を引き止めるために駆けてくる。そうして心葉は――

 

『「……ゴメン」』

 

『「ぼくは、行けない」』

 

 美羽の体をしっかりと押さえつけながら、そう言った。

 

 竹田千愛と遠子先輩に助け出される心葉と美羽。病院に戻るためのタクシーを待っている間に。

 

 ――朝倉美羽は、その体を向かってくるトラックの前へと飛び込んだ。

 

『「ねぇ、どうしてきみは、僕のあとについてきたの。

僕はきみが大嫌いで、きみにひどいことばかりしていたのに。

どうして、そんなにいつも、にこにこと笑っていたの。

きみがいなくなったとき、僕はようやく気づいたんだよ。

僕の世界を、優しく、美しく輝かせていたのはきみだったと。

きみのいない世界は、冷たくて、真っ暗で、僕はもう一度きみに会いたくてたまらなかった。

 

 本当は、ずっときみの隣にいたかった。

 

 二人で描いた地図を眺めながら、どこまでもどこまでも一緒に行きたかった。

 

 もし、二人で宇宙の果てに辿り着くことができたら、僕らは〝ほんとうのさいわい〟を見つけることができたのかな。

 

 そうしたらきみは、僕の――あたしの目を見つめて、好きだと言ってくれたのかな。」』

 

「っ……!」

 

 胸が締め付けられる思いを感じながら、私は読み進める。

 

 十日が過ぎたようだ。トラックに身を躍らせた美羽は、様々な要因によって命を落とすことだけは免れた。四肢が動かなくなってしまい、要リハビリの状態になるという後遺症は残ってしまったものの、だ。

 

 だが、それよりも問題だったのは、美羽の記憶が――心が壊れてしまったことだった。

 

 具体的には、今の美羽は自分のことを小学校三年生だと思っている。心葉のことも同様に。自分が一番幸福だった記憶に、閉じこもっているのだ。

 

 あれだけ振り回したななせのことも、一詩のことも覚えていない。

 

『「ぼくは、美羽が望むかぎり、何年でもそばにいるよ」』

 

それが償いだと。覚悟を決めていた心葉。このままかと思われていたのだが……。

 

『琴吹さんが病院に現れたのは、翌日だった。』

 

『琴吹さんは険しい表情を浮かべ、何故か鞄の代わりにバケツを提げていた。

…………止めようとしたときには、バケツの中身を、美羽に向かってぶちまけていた』

 

 途端、一人では動けないはずの美羽がななせと取っ組み合いの喧嘩を始めた。

 

 ななせは美羽の幼児退行が演技であることを見抜き、こうして美羽の怒りを引き出し、嘘を露呈させようとしてけしかけたのだ。

 

 そんな現状に唖然とする心葉だったが、二人を止めようと割って入ろうとする。しかし、その腕をいつの間にかやってきていた一詩に止められる。

 

 心葉に嫌われるのを覚悟して、美羽から解放するために、自分から憎まれ役を買って出たんだと。

 

 どうして傷つけるの、どうして苦しめるのと叫びながら責めるななせに、美羽はぼろぼろと涙を流しながら言うのだ。あなたにわかるはずがないと、家族や友達に囲まれるあなたにわかるはずがないと。

 

『「本当の幸いなんて、どこにもない。この世界も、あたしも、真っ暗で醜いっ。…………大人になったら、コノハはあたしから離れていっちゃうから……。あたしと一緒には行ってくれないから。

だから、ずっとずっと子供のままでいるのっ。お願い、邪魔をしないでっ! あたしからコノハをとらないでっ! とらないでっ!」』

 

 泣きじゃくりながらそう訴える美羽に何もいえなくなる三人。だけどそこに、光となる人物が現れる。

 

『「わたしが、幸いの見える場所を、教えてあげる」』

 

『「はじめまして、美羽ちゃん。

わたしが天野遠子――心葉くんの先輩で、ご覧のとおりの〝文学少女〟よ」』

 

 そうして遠子先輩が友人である姫倉麻貴先輩に頼んで、心葉、美羽、ななせ、一詩の四人を案内したのは、郊外にある天文台だった。そこには既に、遠子先輩の居候先の息子であり、弟分である櫻井(さくらい)流人(りゅうと)と、竹田千愛がいた。

 

 竹田千愛は美羽がトラックに身を躍らせた時、かつての親友が轢かれたときを幻視して心を閉ざしていた。

 

 遠子先輩から語られるのは、宮沢賢治のこと、彼の作品である『銀河鉄道の夜』のこと、ホントウの『青空に似ている』のこと。ゆっくりと、心葉と美羽の物語を紐解いてゆく。

 

『「…………いつの日か、自分が心に描いたような、そんな自分になりたいって。

美羽ちゃん、あなたがなりたかったのは、どんな人?」』

 

 そんな遠子先輩の問いかけに、なかなか答えることの出来ない美羽。そんな彼女に先んじて答えたのは、虚ろな瞳でいる竹田千愛だった。

 

『「……あたしは……フツウのヒトに、なりたい」』

 

 小さな体で、弱弱しく、震えながら、必死に……。

 

 それを皮切りに、各々が自分の心に描いた自分を、語っていく。

 

 惚れた女を最後まで守れる男になりたい。自分の気持ちを、素直に伝えられるようになりたい。どんなときでも誠実な人間でありたい。なにものにも縛られない、自由な自分でありたい。真実と向き合える人間になりたい。

 

 そして、朝倉美羽が出した答えは――

 

『「……あたしは、誰かを、幸せにできる人になりたかった」』

 

 すすり泣きながら、そう答える。けれど、もう自分は汚れてしまったのだと、物語を想像することがもう出来ないのだと、慟哭する。

 

 でも、遠子先輩はだったら会いにいけばいいと、誰かの心に――物語に触れて、自分の心に想像を蓄えていけばいい、物語は星の数ほどあるのだからと、優しく微笑みかける。

 

『「今日は、わたしから美羽ちゃんに、あの空の星を一つ、プレゼントするわ」』

 

『「井上ミウの失われたラストシーン。それが、〝文学少女〟であるわたしからの、スペシャルなプレゼントよ」』

 

 失われたラストシーン――出版する上で蛇足だと切られたそのシーンを遠子先輩が知っていることに動揺する心葉。けれど、今は余計な感情。

 

 そこに綴られていたのは、心葉から美羽への告白の言葉。ずっと恥ずかしがって言えなかった、一番伝えたかった言葉。そして――

 

『「美羽、ぼくは美羽が大好きだった。美羽は、ぼくにたくさんの星をくれた。美羽がぼくの世界を、美しくしてくれたんだよ。ぼくを幸せにしてくれてありがとう」』

 

『「……うれしい……ずっと……誰かに、そう言ってもらいたかったの……幸せだって……あたしがいて、幸せだって……」』

 

「っ――!!」

 

 私の瞳から溢れ出す、暖かな雫。これは静寐から借りた本だから、汚さないように咄嗟に本を閉じて、濡れてしまわないようにする。涙をながしているのに、私の気持ちは、晴れやかなもので一杯だった。

 

『ああ、何もかももうみんな透明だ』

 

 

◆◇◆◇

 

 

 立ち上がる。今すぐ一夏に会いたかった。会って、伝えたいことが出来た。

 

「静寐、少し、一夏の所に行ってくる」

 

「……そう、行ってらっしゃい。箒さん」

 

 私はそう静寐に一声かけて、一夏の部屋へと向かった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

「うーむ……」

 

「ほら、早く取りなさいよ。悩んだって結果は変わらないんだから」

 

 俺は、朝と同じような悩ましげな声を上げていた。何を悩んでいるのかというと、鈴の手にある二枚のカードの内、右を取るか、左を取るかでだ。

 

 今、俺の部屋にいるのは、俺、セシリア、鈴、シャル、ラウラの五人だ。で、何をやっているのかというと、ババ抜きである。

 

 最近はよくこうして四人が遊びにくる。ちょっと前までは箒も一緒に来ていたのだが、最近はあまり来ていない。

 

 無論、遊ぶのは俺の勉強が終わってからだ。四人が手伝ってくれることも多いけど。

 

 ただいまの戦況は一位セシリア、二位ラウラ、三位シャルである。

 

 というか、これで三回目になるのだが、俺は今まで全部ビリ。何故だ、俺の日ごろの行いは清く正しいもののはず。

 

 俺の手にはスペードの3がある。鈴の手にはジョーカーとハートの3があるはずだ。

 

「……よし、こっちだ!」

 

 バッと俺が勢いよく引いたのは……右――ジョーカーだった。

 

「ぐあっ……!!」

 

「はーい、ざーんねーん。さ、早く混ぜなさい」

 

 ……結果、鈴にスペードの3を引かれて、俺はまたビリっ尻になった。

 

「なんでだ……」

 

「本当にどうしてでしょうか……三回連続でビリだなんて、不思議ですわね」

 

 セシリアは一点の邪念もなく心底不思議そうに言う。まったく以って同意です。これが以心伝心ってやつか? 違うか。

 

「あっはっは! 一夏、アンタ弱すぎでしょ!」

 

 鈴は見下したように俺をあざ笑う。ちくしょう。今にぎゃふんと言わせてやるからな。

 

「だ、大丈夫だよ一夏! 次は勝てるよ!」

 

 シャルは俺を慰めてくれる……ええ子や……ほんまにええ子や……。

 

「ふむ、嫁は洞察力が足りなさすぎるな。そんなことでは奇襲されたときにすぐにやられてしまうぞ」

 

 ラウラさん、トランプってそう、気を張り詰めてするものではないと一夏さんは思うのです。お分かり? 分からないですか、そうですか。

 

「さて、これで大体の実力が分かったでしょ」

 

 鈴はなんだか怖い雰囲気を出しながら全員を見回し。

 

「今までのは前哨戦。次に負けた人は勝った人の言うことを一つだけ聞く、いいわね?」

 

 おう……ってちょっと待て。

 

「なんでいきなりそんなルール設けるんだよ」

 

「べ、別にいいじゃない! 男ならどっしり構えてなさいよ!」

 

「いや、そんなこといきなり言われたって皆が――」

 

 困るだろ、と言おうとしたところで、三つの声が。

 

「構いませんわ。……絶対に負けませんわよ」

 

「べ、別にいいんじゃないかな! ねっ! ラウラ!」

 

「ふむ、生殺与奪を握れるのか。受けて立とうではないか」

 

 ……あるぇー? 皆さん反対意見なしですか? むしろ乗り気? なんだか全員の目がギラギラしているように思えるのは俺の気のせい? 

 

「……ま、いっか」

 

 鈴からカードの山を受け取り、適当にシャッフルする。その間に、俺はふと最近気になっていた事を口にした。

 

「なーんか最近、箒の付き合い悪いよな? 食事もとっとと済ませちまうし」

 

「そうですわね。どこか具合でも悪いのでしょうか? (まぁ、ライバルが少なくなってラッキーですが)」

 

 ん? 最後のほうが聞こえなかったけど……大したことじゃないか。

 

「勉強してるんじゃないの? 箒ってあたしたちみたいに専用機持ちじゃないし。(まあセシリアの意見には同意だけど)」

 

「鷹月さんから借りてる本を読んでるんだって。あんなにハマるだなんて思わなかったって言ってたぐらいだから、その本に夢中になってるんじゃないかな」

 

「まあ、別に気にしなくともいいだろう。箒には箒の事情があるのだろうしな。そ、その分嫁に近づけるのは嬉しいが……」

 

「んー、まぁそんなもんかー」

 

 と、俺がそんな気の抜けた返事をしながら全員に手札を配ろうとした時。

 

――コンコン

 

「ん? 誰だろ……悪い、鈴。代わりに配っといてくれるか」

 

「はいはい、分かったから早く行ってきなさい」

 

「サンキュ」

 

 どうやら来客のようだ。鈴に代わりに配ってもらうように頼んでから、対応に向かう。

 

 扉を開けると――

 

「こ、こんばんは……」

 

 借りてきた猫みたいに縮こまった様子の箒がいた。ていうか、何でこんばんはなんて他人行儀なんだよ。間違っちゃいないけどさ。

 

「どうしたんだよ。箒も遊びに来たのか?」

 

「い、いや、遊びに来たわけではないのだ……ただ、今夜は人肌によい程度に涼しくて月も綺麗だから、散歩でもどうかとお前を誘いに来たのだ。少し、話したいこともあるしな」

 

 ほう、夜の散歩とな。それは魅力的なお誘いだ。しかし――

 

「一夏ぁ! 何してんのー! 先に始めちゃうわよー!」

 

「もうちょっと待っててくれ! ……悪いな、今、鈴達が遊びに来てるんだ。なんだか知らないけど、『負けた人は勝った人の言うことを一つだけ聞く』ってことになっててな」

 

「む、そうか……」

 

 箒は少しだけ残念そうな表情を浮かべた後、一つ頷いて意を決したように俺に言った。

 

「一夏、それは私が今から参戦しても問題ないか?」

 

「え? まぁ、大丈夫だと思うけど……。じゃあ、上がるか?」

 

「うむ、そうさせてもらおう」

 

 と、言うわけで。

 

「箒も参戦することになった」

 

「突然で済まないが、よろしく頼む」

 

「相手が誰であろうと、負けませんわ。(五十三枚を六人で分けるのですから、一人当たり約九枚。とすれば……)」

 

「ま、まあ、大勢の方が楽しいしね、別にいいわよ(くぅっ、なんてタイミングで来るのよ!)」

 

「よろしくね、箒。でも、負けないよ」

 

「む……(いつもと雰囲気が違う……侮れんな)」

 

 反応はそれぞれだが、まあ楽しく出来ればいいだろ。言うこと聞くっていうのも、そんなに無茶言わないだろうし。……よし、今度は勝つぞ。

 

 

 で、始めたんだが……。

 

 

「上がりだ」

 

「「「「はやっ!?」」」」

 

 配られた当初はセシリアが五枚、箒が六枚、俺、シャル、ラウラが七枚で、鈴が九枚だった。順番はじゃんけんで決めて、俺、ラウラ、シャル、セシリア、鈴、箒の順番だったのだが、なんと三巡目で箒はもう残り一枚になり、俺の手札を一枚引いて上がっていたのだ。

 

 つまりノーミス。箒は一枚もはずすことなくペアを作り続けたということだ。強運どころの騒ぎではない、もはや豪運だ。実を言えば俺はジョーカーを持っていたのだが、尽く回避されてしまった。

 

「悪いが、この勝負は私がもらった」

 

 すごく毅然とした様子で勝利宣言をした箒は、いやにかっこよかった。本当にどうしたんだろう。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 というわけで、俺は箒と夜の散歩だ。箒の言う通りちょうどよい涼しさ。空にはいくつかの途切れ途切れの雲と、淡く輝く三日月。

 

「それで、話ってなんだよ?」

 

 箒のお願いは『俺と二人きりで話がしたい』というものだった。まあ誘いに乗れってことだよな。他の四人には部屋に帰るように言っていた。曰く、尾行するからだ、とか言ってたけど、そんなことするだろうか? 俺にはよく分からん。

 

「う、うむ……一夏、お前は、私に初めて勝った時のことを覚えているか?」

 

 俺が箒に初めて勝った時? ……ああ、あれか。

 

「箒が急に泣き出した時の事か」

 

「うっ……間違ってはいないが、その覚えられ方は癪に障るな……」

 

 少々恥ずかしげに言う箒だが、そこはしょうがない。だって、小学校でクラスの馬鹿な奴に何されても泣かなかった箒が、俺に負けた途端に泣き出したんだから。

 

 あの時は箒に初めて勝った時でもあるが、同時に箒の泣くところを初めて見た時でもあるのだ。俺にとっては後者のほうが衝撃だったんだから、目を瞑ってほしい。

 

「それで、一夏が私になんと言葉を掛けてくれたかも、覚えているか?」

 

「へ? えーっと……」

 

 ……あれ? 俺、なんて声かけたっけ?

 

「な、泣くな?」

 

「違う」

 

「笑え!」

 

「違う」

 

「うむむ……」

 

 即行で切り伏せられる俺の答えたち。やばい、マジで覚えてないぞ。

 

「はぁ……覚えていないか。ごく自然に出た言葉だから、覚えていないのだろうな。そう考えれば美点、と言えるのかもしれないが……」

 

 どこか呆れたように何かしら呟く箒。俺はずっと思い出そうと頭を捻っていたので、残念ながら耳に入らなかったが。

 

「一夏」

 

 名前を呼ばれて箒の方を見てみると、いつの間にか俺の両手は箒の両手に包み込まれていた。

 

 上目遣いで俺を見る箒は優しい微笑を浮かべていて、その目には星が瞬いていた。

 

「っ!!」

 

 途端に、胸が一際大きく鐘を打つ。

 

「ありがとう、一夏。私は一夏に救われた。一夏に会えて、本当によかった。そう、伝えたかった」

 

「あ、う……」

 

 え、えっと、俺が何をしたのかいまいち理解できていないのだが……ていうか、そもそもこの状況がよく分からない! な、なんだこれ。こんな箒、見たことないぞ!

 

「は、話はそれだけだ! そ、そろそろ、戻るとしよう。織斑先生に何を言われるか分からないからな」

 

「お、おう」

 

 箒の顔が真っ赤だ。俺の顔も熱い。け、結局どういう話かわかんなかったけど、ま、まあいいよな! うん!

 

 寮の出入り口で、千冬姉が感心した様子とニヤニヤした表情を浮かべるという奇妙な顔の両立をしながら、いつの間にか繋がれていた俺と箒の手に視線を注いでいた。

 




次回は福音戦に突入です。しかし、大幅に原作とは乖離しますけどね。ふふふ……

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