ある日のこと、世界経済新聞社の記者であるモルガンズは街を練り歩いていた。
彼はスクープを何よりも求める男として、若いながらも社内では有名だ。
ロジャーに金獅子、白ひげにビッグ・マム――錚々たる面々が鎬を削る新世界の海。
最近ではカイドウという名もちらほら聞くようになり、モルガンズもまた注目している。
他の記者達が彼らの動向に釘付けとなるのは当然のことであったが、彼は別の海賊に着目していた。
その海賊は世間に報道されていないゴッドバレー事件で大きく名を上げたが、それ以後は消息が途絶え、今に至るまで表舞台に現れていない。
色々な噂が当時は流れたものだが、今ではそういうものは一切なく、世間は彼女のことを忘れている。
ゴッドバレー事件から5年も経てば、忘れられるには十分だ。
しかし、モルガンズは確信している。
彼が追っている海賊――ルナシアは必ずどこかで何かを企んでいると。
そんな彼が今、訪れている島は新世界にある。
何故ここに来たかというと、ルナシアらしき人物がこの島にいたという情報を掴んだ為だ。
ゴッドバレー事件直後に彼女の懸賞金は4億5000万ベリーにまで跳ね上がった。
もしも事件後も海賊として活動していれば、今頃は10億の大台に乗っていてもおかしくはない。
そんな相手と接触し、近況を聞くというのがモルガンズの目的だ。
実現できれば大スクープであり、世界中が仰天するニュースだ。
「まあ、そんな簡単に見つかるわけが……」
モルガンズはそう言いながら、何気なく視線を巡らせ――あんぐりと口を開けた。
その人物はレストランからちょうど出てきた。
金髪を長く伸ばし、ルビーのように紅い瞳が特徴的だ。
彼は慌てて手配書を取り出して、数回確認する。
紛れもなく本人だった。
彼女は1人であり、手下とかそういうのは見当たらない。
千載一遇の好機とばかりにモルガンズは慌てて彼女へ駆け寄った。
向こうも彼に気づいたのか、足を止める。
「す、すいません! 世経新聞のモルガンズです! 少しお話いいですか!?」
息を切らしながらも彼が伝えると彼女――ルナシアは微笑みながら頷く。
そして2人は手近なところにあるカフェへと入り、そこで話をすることになった。
「運が良かったわ」
2時間後、ルナシアはモルガンズを見送り、そう呟いた。
彼女自身が世界経済新聞社に対して、自分はここにいるなどというタレコミをしたわけではなく、本当に偶然である。
できるだけ早い段階で極めて大きな影響力を持つこの新聞社とは接触したかったのだが、まさか記者の方から自分を見つけてくるとは思わなかった。
世間は自分のことなどすっかり忘れているみたいで、海兵に見つからない限りは街中を歩いても大丈夫であった。
ルナシアがモルガンズと話した内容は多岐に渡る。
この5年間は何をしていたのか、ということから最近の海賊達についてといったものまで様々だ。
時期がくるまでは記事に載せないで欲しいという部分もあり、そういうところをルナシアはモルガンズにお願いし、彼は快諾した。
「さて、開拓民集めを頑張りましょう。やっぱり非加盟国のほうが良いかしら……」
世界政府加盟国は世界政府の庇護や支援が受けられるので、治安が良く、民の暮らしも安定している。
一方で非加盟国はそういったものがない為、ある程度の国力がなければ無法地帯になりやすい。
ルナシアの生まれた島がまさにそうであった。
開拓の為に移住となれば生まれ育った土地での暮らしを捨てることになり、勇気のいる決断が必要だ。
ましてやそこの生活が安定しているならば尚更。
しかし元々の生活がドン底ならば、それを捨てるのに躊躇いがない可能性は高い。
「うーん……10年以内には小さな村でも作りたいところだわ」
海の覇権争いみたいなことをやっている見知った連中――ロジャーはただ冒険をしているだけだろうが――とは違ったことをルナシアは楽しんでいた。
そしてモルガンズによるルナシアへの取材から1週間後、世界は驚愕した。
本紙独占!
あのルナシアは生きていた!
彼女が語る、この5年間と最近の海賊達などなど盛りだくさん――!
ルナシア大特集!
世界経済新聞の一面にはルナシアのドヤ顔がでかでかと載っていた。
この記事にルナシアを知る海賊達は大爆笑したり、苦笑したり、溜息を吐いたりと様々であった。
世間はルナシアのことを思い出し、暗躍している彼女に怯えることになるのだが――当の本人は自分の記事を読んでドヤ顔でバッキンやアマンド達、あるいはワノ国まで遥々出向いておでんに自慢したくらいだ。
色んな反応がある中で、一番頭を抱えたのは世界政府と海軍である。
両者ともこの記事に対して問い詰めたが、新聞社側は突っぱねて、ならばと乗り込んだ役人達は記者達が叩き出した。
なお、このとき一番活躍したのはモルガンズであったのは言うまでもない。
世界の禁忌に触れすぎたロックス。
その海賊団のNo2であったルナシア。
彼女がどこまで知っているかは分からないが、世界政府や海軍にとって非常に危険な人物である。
ある意味ではロジャーよりも危険だろう。
少なくとも彼は世界政府の転覆を考え、あちこちでテロ活動をしたりしていない。
すぐにでも処理したいところだが下手に手を出せば甚大な被害が出るのは明白。
かといって放置することもできない為、世界政府はルナシアの懸賞金の額を上げ、5億ベリーとすることでお茶を濁した。
何はともあれ、世界経済新聞という世界最多の購読者数を誇り、世界中の島で広く読まれている新聞の一面に載ったことでルナシアの名と顔は世界中に広まった。
これこそが彼女の狙いであった。
「マスコミとは仲良くやるに限るわ、やっぱり」
ルナシアの言葉にアマンドが長い首を傾げてみせる。
その視線に気づいて、ルナシアは告げる。
「世経新聞は誰もが読んで、多くの者は内容を信じている。記者と仲良く付き合えば、いい具合に民衆を操ることができるのよ。勿論、そういうことは露骨にはやってくれないけど、それでも嫌い合うよりよっぽど良い」
彼女はアマンドに教えつつ、心の中で言葉を続ける。
マスコミによる情報操作は地球で抜群の実績があるのよ、と。
アマンドは納得したように頷きながら、問いかける。
「でも、ルナシア様は海賊らしい野望というのは無さそうだ」
「そんなことはないけど……5000兆ベリー欲しいって常に思っているし……急がば回れってことわざの通り、回り道をしているだけよ」
「回り道し過ぎじゃないの? あなた程の力があるなら、真正面から国とぶつかっても……」
アマンドの言葉ももっともであった。
というか、ルナシアのやり方は明らかに海賊のやり方ではない。
ロックスは世界の王になるという野望であったが、やり方は海賊であった。
その違いは、良くも悪くも前世の記憶や知識、価値観といったものが彼女の思考に影響を与えている為だろう。
「それだと、いつか世界政府や海軍に潰されると思う。そいつらが簡単に手を出すことができない確固とした勢力基盤を築いてから、好き放題やったほうがいい」
ルナシアの言葉にも一理あるとアマンドは思う。
でも彼女としては歯がゆい。
「もったいないと思う。もっと力で物事を押し通してもいいんじゃない?」
「例えば?」
「そこらの海賊を襲って手下にして、それを繰り返して勢力を大きくするとか……開拓の人集めもそいつらにやらせればどう?」
「真面目に働くかしら?」
「あなたがやれって言って、やらないのってロジャーとか金獅子とかそういう連中だけじゃないの……?」
アマンドの言葉に思わずルナシアは納得してしまう。
基本的には懸賞金の額が高いと恐れられるのが海賊である。
たとえロックス海賊団の副船長という経歴を知らなくても、そこらの海賊にヤバさは伝わるのだ。
「そうだ、副船長という立場を利用してニューゲートあたりを手下にすれば……」
「何度も断られているのに、まだやるつもり?」
「三顧の礼ということわざがあるので……」
ルナシアはそう言いながら、副船長としてやったことを思い出す。
ロックスからのおつかいであちこちへ行く。
ロックスから頼まれたものを調達する。
船内にある物品の管理や調達をする。
「……あれ? 私、副船長らしいことやってない……?」
ルナシアは愕然とした。
物品の管理や調達がそれっぽいことかもしれないが、あれはシキやニューゲート、リンリンにうまくのせられただけだ。
副船長なんだからそれくらいはやれよ――
おう、俺達の副船長様だからな――
さすがは副船長だ――
そういうところだけは押し付けてくるズルい連中である。
「私ってもしかして空気だった……? もっとはっちゃけてニューゲートあたりを海に叩き落とした方が良かった……?」
「何で白ひげを?」
「シキは飛んで回避するし、リンリンはアマンド達のママだし、カイドウは面白がりそうだし……一番常識的な反応をしてくれそうなのがニューゲートだけだから」
第三者がいれば耳を疑うような話だった。
白ひげが一番常識的というのはあの船に乗っていなければ意味が分からないだろう。
アマンドも言葉に詰まってしまうが、どうにか自分の言いたいことをルナシアへ伝える。
「ま、まあ、それはともかく……ルナシア様は力があるんだから、もっと積極的にやってもいいと思う」
「海賊を狩るっていうお手軽金策が終わってしまうわね」
「……ルナシア様に従わない海賊を狩ればいい」
それもそうだ、とルナシアは納得して、助言をしてくれたアマンドに感謝するのだった。