海賊らしからぬ海賊   作:やがみ0821

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将来に向けて

「ふーん……マリージョア、復興遅れる……ルナシアの置き土産ね」

 

 ルナシアは朝食を食べながら、新聞を読んでいた。

 マリージョア襲撃から既に1年程が経過している。

 

 お祭りの熱は収まったが、襲撃前と襲撃後では海賊達の数が明らかに増加しており、一方で海軍も除隊した元海兵達がまた戻ってきたり、海兵の志願者も激増している。

 天竜人をルナシア達が――より正確にはルナシア個人が処理したこともあり、海軍は甚大な被害を受けたにも関わらず、予想よりも士気が高くまた再建も早い。

 

 しかし、マリージョアの方は新聞にある通り、ルナシアが置いてきたお土産に手こずっていた。

 

「ベトコン仕込みというわけじゃないけど、こっちの世界で似たようなことを色々学んだので」

 

 ルナシアは霧で覆った範囲に無数の分身を生み出せる。

 それは直接的な戦闘では勿論のこと、罠を仕掛けるだとか土木工事をするだとか戦闘以外のことであっても人手が必要なことならば大きな利点だ。

 

 かつて能力を鍛えたとき、あれこれ考えた戦術の一つであり、敵地にこっそり侵入して罠をばら撒いて帰ってくるということを実践したというわけである。

 

「持っていくだけじゃ可哀相だから、爆弾をたくさん置いてきたし、ささやかな悪戯をしたりもしたけど……ま、いいわよね」

 

 ルナシアはそう呟いてコーヒーを啜る。

 

 爆弾をそのまま置いてきたというわけではなく、ブービートラップを仕掛けていた。

 古典的な紐に引っかかったら爆発するタイプから、死体を触ったり動かそうとした瞬間に爆発するなど色々だ。

 

 またルナシアが言うところの『ささやかな悪戯』とは死体をいくつか現地で調達し、顔が分からない程度に損壊させて横たえて布を被せておく。

 その近くに『疫病患者遺体安置所』と書いた看板を立てて完了である。

 

 ルナシアは最初、ペストにしようと思ったが、この世界でその単語が通じるか分からないので疫病ということにしていた。

 

 情報によると海軍はブービートラップとささやかな悪戯で大苦戦しながらも、頑張っているらしい。

 

「今日の予定は特に無し……じゃあ、鍛えよう。バレットもそろそろ襲撃しに来るだろうし」

 

 襲撃事件後、ルナシアは勢力拡大に努めつつも自らの鍛錬も怠っていない。

 能力を鍛えるのは勿論だが、どちらかというと覇気に重点を置いている。

 昔に教えてもらった鍛え方をずっと彼女は継続していた。

 

「そういえばオハラのクローバー博士が研究成果を報告したいって言ってたから、今度行こう」

 

 今日は鍛錬だとルナシアは思いつつ、手元に置いてあったスケジュール帳を確認する。

 オハラへの移動時間も考えて――半月後くらいになりそうだと思いながら、とりあえず朝食を食べることにした。

 

  

  

 

 

 

 

 

 そして半月後、ルナシアは予定通りオハラにて研究成果の報告を聞いていた。

 クローバー博士が代表して、これまでの成果と仮説を発表したのだが、それを全て聞き終えた彼女は告げる。

 

「たぶんだけど、この報告を外に漏らしたら政府が形振り構わず殺しに来るわよ?」

 

 真剣な顔で告げるルナシアに、クローバー博士を筆頭にオハラの考古学者達は厳しい顔となる。

 

 あまりこの世界の歴史には詳しくはないが、そんなルナシアでも世界政府にとってその仮説ですらも非常に都合が悪いことが分かってしまう。

 

 彼女の膝に座っているニコ・ロビンも幼いながらも事の重大性を理解していた。

 いくら何でも幼すぎるということから、ロビンは基本的にこの禁じられている研究に参加していなかったのだが――ルナシアがお願いした形だ。

 

 遅かれ早かれ、この子なら辿り着きそうだから、先に教えておいたほうがいい――

 

 クローバー博士や母親のオルビアはあまりいい顔をしなかったが、ルナシアの機嫌を損ねると問題しかない。

 その為、ロビンはルナシアと一緒に今回の報告を聞いた上で、研究に参加するかどうかを自分で決めてもらうということに落ち着いた。

 

「やっぱりラフテルかしら」

 

 ラフテルという単語にクローバー博士達は首を傾げる。

 

「ああ、あんまり知られていないのよね。ロジャーが死ぬ間際に言った言葉は知っているわね?」

「それは知っている……だが、それがどうしてこの話に繋がる?」

 

 クローバーの問いにルナシアは微笑む。

 

「ロジャーは偉大なる航路の最終地点であるこの島をラフテル、笑い話って名付けた。この世の全てをそこに置いてきたって彼は言った……この世の全てって世界の真実とやらじゃないかしら?」

「そうとは限らないが、可能性としてはゼロではない」

 

 彼の言葉を聞き、ルナシアはさらに続ける。

 

「彼は言ったわ。ただ進むだけじゃダメ、歴史の本文(ポーネグリフ)を辿っていけばいいって」

 

 ルナシアから明かされる情報にクローバー達は息を呑む。

 

「さて、あなた達の研究とラフテルが繋がったわ。こっからは私の想像なんだけど……ラフテルにあったのは先程の発表にあった王国の都市とかじゃないのかしら?」

 

 ルナシアの言葉をクローバー達には否定する材料がない。

 彼女は更に言葉を続ける。

 

「私は聞いたのよ。ラフテルなんて遠いところじゃなくて、手近なところに財宝はないのかって。そうしたら、そんなものはない、解散の時に全部使っちまったって」

 

 そこで言葉を切り、数秒の間をおいて告げる。

 

「ラフテルにとんでもない財宝……金とか銀とかそういう意味での財宝があれば、彼らは持ち帰ってきたはずよ。そして、そういうものを換金したりすれば表だろうが裏だろうが市場はすぐに反応する……でも」

 

 ルナシアは肩を竦めてみせる。

 

「ここ最近は暇だったから色々と伝手を使って表も裏も調べてみたけど、それらしいものはなかったわ。記録が抹消されたという形跡もない」

「……財宝は持ち帰ることができないものだった?」

 

 そう問いかけたのはロビンだ。

 ルナシアは彼女の頭を撫でながら告げる。

 

「たぶんね。海賊はいっぱいいるけれど、それを見て財宝だと思えるのは一握りなんじゃないのかしら……世界の真実が書かれた超巨大な歴史の本文(ポーネグリフ)とか、歴史的な価値はあるけれど船に載りそうにないか、持って帰っても換金できないものだと思う」

 

 ルナシアの予想にクローバーは告げる。

 

「……色々と援助をして貰っている上で図々しいお願いになるが……」

 

 彼の言わんとすることをルナシアは正確に察知して、にっこりと笑ってみせる。

 

「ラフテル、行きたいんでしょ? 考古学者として」

「ああ……!」

 

 明るい顔になるクローバーにルナシアは軽く溜息を吐く。

 

「今はダメなのよ。他の4人が元気過ぎるから。儲け話として彼らを集めるにはラフテルの宝が何なのか、不確定過ぎる……彼らにとって財宝ではなかったら、その場で戦争が始まるわ」

 

 4人が誰なのかはクローバー達とて分かる。

 クローバーは問いかける。

 

「そうすると、いつに……?」

「たぶん20年くらい後かな……そのくらいになれば彼らは今より弱体化する筈……ここにいるロビンに託すっていうのはどう?」

「私!?」

 

 突然の指名にロビンはびっくりする。

 そんな彼女にルナシアは問いかける。

 

「嫌かしら?」

「ううん! 行く! 私、ラフテルに行く!」

「だ、そうよ。博士、あなたの意志を彼女に託すっていうのはどう?」

 

 ルナシアの問いにクローバーは深く溜息を吐いた。

 

「できれば私がこの目で見たかったが……」

「まあ、私が他の4人を片手で潰せるくらいに強くなったら、もっと縮まるから……というか、あなたは結構な歳よね? 航海に耐えられないんじゃ……」

 

 ルナシアの冷静な指摘にクローバーは毅然と告げる。

 

「仮説が正しいかどうか、それが分かるならば航海くらいどうってことない!」

「この間、ギックリ腰をやったって聞いているわよ」

「……どうしてそれを……!」

「ロビンに聞いた」

 

 クローバーは渋い顔になり、それを見てルナシアはけらけら笑う。

 そして、彼女は再度念を押す。

 

「私の庇護下だから大丈夫って思って、うっかり口にしてはダメよ。バレれば確実に戦争覚悟でCP0を政府が送り込んでくるから」

 

 ルナシアの言葉にクローバー達は勿論、ロビンもまた重々しく頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 オハラでの研究成果と仮説を聞いたルナシアは勢力拡大の方針を維持しつつ、より自身の鍛錬に比重を置く。

 およそ20年後を目処にラフテル探索へ本格的に動くならば、自らが他の4人や頭角を現してくるルーキー達に対して優位を保っていなければならない。

 それは彼女個人の戦闘力だけでなく、傘下の海賊達の質・量の向上、経済力・技術力の向上、支配領域の維持・拡大といった色々な面において優位であることが必要だ。

 

 勿論、戦争前提ではないが、ラフテルを目指すとなればいくら何でも他の連中は目の色を変える可能性は高い。

 ルナシア的には考古学者達を同行させてくれれば、誰がラフテルに行ってもいいと思っている。

 とはいえ、もしもラフテルにある宝とやらがトンデモナイ兵器の類であったなら他の連中に渡すわけにはいかない。

 ニューゲートあたりは興味は無いだろうが、他の3人は怪しい。

 

 手っ取り早くお宝が何なのか知る為にルナシアはレイリーを探して、彼に尋ねてみたものの、自分の目で確かめてこい、と言われてしまう。

 

 教えてもらえなかったので、ラフテル探索は不可避として自らの鍛錬・勢力拡大・組織の強靭化に励むルナシアであったが、彼女はちょっとした戦いに巻き込まれることになる。

 

 それはオハラでの報告会からおよそ3年後のことであり、その日彼女は東の海にある勢力下の島々を視察の為に飛び回っていた。

 

 

 島から島への移動の途中、ルナシアはとある島を偶然発見した。

 その島は彼女の勢力下にはない島だ。

 

「戦争かしら? 海軍と……海賊?」

 

 東の海で海軍と海賊が戦っているところを、ルナシアが目撃したのは久しぶりだ。

 この海における海賊は基本的に懸賞金の額が低い輩ばかりだが、ルナシアは東の海で最強の海賊と最強の海兵を知っている。

 

「黄泉を持ってきて良かった……ロジャーみたいな海賊とかガープみたいな海兵がいるかも!」

 

 ルナシアはワクワクしながら、電伝虫で少し遅れるということを次の視察先へ伝え、島へ向かっていった。 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、なんか凄く微笑ましい……」

 

 ルナシアは戦場となっている市街地から少し離れたところに降り立って、こっそりと近づいて適当な建物の屋上から戦闘を見ていた。

 海軍も海賊も覇気を使っておらず、街が双方の攻撃に耐えられずに吹き飛んだりとか、そういうこともない。

 

 とても平和的な戦闘にルナシアはほっこりしてしまった。

 

 そうよね、こういうのが普通の戦闘なのよね、と頷きながらも彼女は自分達の戦闘を思い出してしまう。

 覇気同士のぶつかり合いでとんでもない衝撃波が巻き起こり、周囲のものを木っ端微塵にしたりだとかはよくある光景だ。

 

 そのとき、ルナシアの耳は赤ん坊の声を聞いた。

 彼女が周囲を見回すと、近くの路地裏にその赤ん坊はいた。

 

 拾わないという選択はルナシアにはない。

 孤児を集めるのはもはやライフワークである。

 

 彼女は屋上から降りて赤ん坊に近づき、拾い上げる。

 手慣れた様子であやしてみれば、その子は元気良く笑う。

 そのとき近づいてくる気配を感じ、視線を向ければそこにはまた別の女の子が歩いてきていた。

 

「一緒に来る?」

 

 にこやかな笑顔でルナシアが問いかけると、その子は小さく頷いた。

 

「じゃ、とりあえず……戦いを終わらせるからついてきて」

 

 ルナシアは赤ん坊を抱いたまま、歩き出した。

 その後を女の子もついていく。

 

 

 

 

 

 

 ベルメールは重傷であった。

 生き残っている海兵は僅かで、敵の海賊はまだ残っている。

 

 オイコット王国からの通報を受け、急いで向かったがこの有様だ。

 そのとき刀を腰に帯びた少女が赤ん坊を抱いて、幼女を後ろに従えて路地から通りに出てきた。

 

 

 三姉妹だろうか――?

 ともかく危険だ――!

 

 ベルメールは身体を無理矢理動かそうとしたが、あまりの激痛にそれは叶わない。

 海賊達が少女を見つけたのか、彼女に斬りかかってきたのだが――彼らは少女の前で急に倒れてしまった。

 

 ベルメールは信じられず、瞬きを数回してみたが現実であった。

 少女の前に倒れる海賊達はピクリとも動かない。

 

 赤ん坊の笑い声が聞こえてくる。

 

 仲間がやられたことを見ていたのか、海賊達があちこちから通りに出てきた。

 

 いくら何でも多勢に無勢、自分が囮になって逃さなければ――!

 

 ベルメールは決死の覚悟で、身体を動かしながら声を張り上げる。

 

「逃げろ!」

「あ、大丈夫なんで」

 

 あまりにも呑気な返事にベルメールは呆気に取られてしまう。

 命の危機だと分からないのだろうか、という怒りがすぐに込み上げてくる。

 しかし、そんな彼女の気持ちなんぞ知ったことではないと、少女は迫りくる海賊達に告げる。

 

「申し訳ないけど、1人1人相手にしていると面倒くさいから……許して頂戴」

 

 少女は赤ん坊を幼女に預け、腰の刀を鞘から片手で抜き放つ。

 その刀身は黒い。

 そして、彼女は――いつの間にか刀を振り抜いていた。

 

 ベルメールは息を呑む。

 あまりにも速すぎて振ったのが見えなかった。

 だが、それよりももっと驚愕すべきことが数秒後に起こった。

 

 巨人が横薙ぎに剣を振るったのではないか、と思うほどに見事に真っ二つだ。

 彼女から扇状に全てが斬られていた。

 海賊達どころか、建物や瓦礫といったものまで全て一切の例外なく。

 

「あなた、海兵?」

 

 すると彼女は振り返って問いかけてきた。

 ベルメールはよろよろと立ち上がりながら肯定する。

 彼女のコートはどこかにいってしまっており、近くには見当たらない。

 相手はどうやら自分のことを将校ではなく、普通の海兵と思ったらしい。

 

 しかし、そこでベルメールは気がついた。

 初対面である筈なのに、少女の顔を見た記憶があることに。

 

「うーん……根性はありそうね。海兵なら縁があったらまたどこかで会えるかも……あ、この子達は貰っていくわ。孤児を育てるのは得意なの」

 

 待て、とベルメールが言う前に少女は赤ん坊と幼女を抱いて、あっという間に走り去ってしまった。

 

 残されたベルメールは何だか怒りが湧いてくる。

 故郷の村では不良娘であることは有名で、元々温厚な性格ではない。

 

「好き放題、やってくれて……!」

 

 場を引っ掻き回して――海賊達を一網打尽にしてくれたことは感謝するが――言いたいことを言ってさっさと逃げていった。

 

 ベルメールは頭にきた。

 少女が現れるまでは生きることを諦めていた彼女だったが、今では死ぬつもりは毛頭なかった。

 

 もう一回会ったら、あのガキに拳骨を食らわせてやる――

 

 彼女の頭にあったのはそれであった。

 

 

 


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