その日、モンキー・D・ルフィは見た。
溺れないように必死に藻掻いていた彼に迫りくる近海の主。
しかし、それは突然何かに怯えたように逃げていった。
そして、ルフィの後ろから聞こえてきた声。
「おい、ルフィ。大丈夫か?」
その声に彼は振り向きながらも、沈まぬよう藻掻く。
するとすぐに彼は抱えられた。
他ならぬシャンクスの
「シャンクス……! あ、あれは……!」
「近海の主のことか?」
「ああ……! どうやって追い払ったんだ……?」
「覇気ってヤツだ」
「覇気……?」
ルフィの問いにシャンクスは頷き、にこりと笑ってみせる。
「海にはああいう海王類は山程いるし、さっきの山賊よりも怖いヤツは多い……それでもお前の気が変わらないなら、詳しいことを教えてもいいぞ」
ルフィの答えは決まっていた。
そして、彼は知ることになる。
5人の海の皇帝達を。
「実は五皇の1人は東の海にもよく来ているから、もしかしたらどっかで会うかもな」
「すげぇ……!」
「見た目は若いが、中身はおばさんだ。これを本人に言うと死んだ方がマシな目に遭わされるという噂だから気をつけろ。
「こえぇ……!」
シャンクスがルフィを驚かしたり脅かしたりしていたが、事実であったので仕方がなかった。
そして、これより6年後。
ルフィが13歳のときだ。
彼はマキノからシャンクスが6番目の海の皇帝と呼ばれ始めていることを知った。
シャンクス達を超える――!
海賊王に、俺はなるっ!
彼は改めて決意をし、修行に励むのだった。
「私は思うわけよ。六皇って呼びにくくない?」
「いや、俺に言うなよ……」
赤髪海賊団の船であるレッド・フォース号にいつも通り空を飛んで図々しく乗り込んできたルナシア。
数年前、彼女が初めて船にやってきたときは誰もが皆、警戒したものだが、すっかりと色んな意味で打ち解けている。
それはシャンクスの大らかな性格もあるし、初めて来たときのルナシアが放った一言が原因でもある。
ウチの剣術バカがお世話になっています、と彼女は頭を下げてきたのである。
剣術バカの一言でシャンクス達はそれが誰か、すぐに思い至ってしまう。
そして、ルナシアとその剣術バカ――ミホークがどういう関係にあるのか、非常に興味を持ち酒を交えながら色々と聞いてしまったのである。
さて、六皇という名称に関してアレコレ述べるルナシアの話を聞き、シャンクスは適当に相槌を打つ。
その話が一段落したところで、彼女は切り出す。
「で、シャンクス。あなたが6年くらい前に麦わら帽子を渡したっていう子には悪いけど……もう勝負はついているから」
何の勝負か、と言わなくともシャンクスには分かる。
海賊王にもっとも近い海賊は誰か、と問われれば誰もがルナシアと答えるだろう。
海賊王というよりも海賊女王であるが、それはさておき彼女の勢力・兵力は抜きん出ている。
彼女の勢力下にある島は世界の至るところにあり、補給の受けやすさは他の海賊とは段違いだ。
兵力に関しては言うまでもない。
シャンクスとライバル関係にあるミホークを筆頭に多数の実力者達がその配下にいる。
何よりもシャンクスはこれまでの旅で集めた情報を統合すると、ルナシアがロード
1つは魚人島にあったもの、もう1つは保有しているというよりかルナシアと協力関係にあるワノ国に置かれているものだ。
そして、それらをオハラの研究チームが研究していることも。
もしかしたら、ワノ国と関係が深いゾウのモコモ公国にあるものも押さえているかもしれない。
そんなルナシアが唯一手を出せないのは同盟関係にあるリンリンが保有しているものだ。
しかし、彼女が本気を出して戦争を仕掛ければリンリンは敗れる。
彼女とルナシアでは動員できる兵力が違う。
長期戦になればなるほどルナシアの有利であり、リンリンが勝利するには短期決戦をするしかないが、それすらも可能性は薄い。
現状では嫁達の母親ということもあってルナシアはそういう素振りはみせていないが――将来、リンリンが老いによって倒れたら一気に襲い掛かることは想像に容易い。
だが――シャンクスはルフィが何かをやってくれそうだという予感があった。
「アイツはロジャー船長みたいなヤツだ。このくらいじゃ諦めない」
シャンクスの言葉にルナシアは獰猛な笑みを浮かべてみせる。
それに応じ、シャンクスは愛剣であるグリフォンのグリップに手をかけた。
瞬間、ルナシアから覇王色の覇気が放たれ、それに呼応しシャンクスもまた覇気を放つ。
同時に彼女は黄泉を抜き放ち、シャンクスもまたグリフォンを抜き放った。
互いにその刀身と覇気がぶつかり合い、雲が切り裂かれ天が割れる。
しかし、そこまでだった。
ルナシアにやる気はなく、シャンクスにも自分から仕掛ける気はない。
覇気と黄泉を収めて彼女は告げる。
「まあ、私としては別に敵対する気はないから」
「それはどうしてだ?」
「あなたが目をかけるくらいにヤバい潜在能力があるんでしょう? 敵対するより味方にしたほうが絶対にお得じゃない」
その言葉にシャンクスは苦笑する。
ルナシアの強いところはまさにこれだ。
そして、彼女は必要ならば自分の頭を下げることを厭わない人物だ。
海賊らしからぬ海賊とは彼女のことを示す異名の一つであるが、言い得て妙だとシャンクスは改めて思う。
「それはさておきシャンクス、そろそろ教えなさいよ。ラフテルには何があるの?」
ルナシアの問いにシャンクスは朗らかに笑って答える。
「実は俺も知らねぇんだ。あの時はバギーが……あ、俺と一緒に乗り組んでいた見習いでな。そいつが高熱を出したから、看病していてラフテルには上陸していない」
「え? 本当に?」
「本当に」
「よし、とりあえずバギーとかいうの、今すぐ探して殺してくるわ。罪を教えてやる」
「俺に免じて許してやってくれ。そいつだってラフテルに行きたかったんだ」
そこで彼は言葉を切り、少しの間をおいて告げる。
「俺の故郷の酒が今、船にはあるんだ。それを飲んで機嫌を直してくれ」
「ツマミも出しなさいよ」
「ああ、分かった」
そんなこんなでいつもの通りにルナシアはシャンクス達と酒を飲むのであった。
ナミは忙しい。
だが、彼女本人は楽しんでいた。
彼女は13歳で航海士養成学校を卒業し、1年間幾つかの交易船や海賊船の航海士として勤務し、抜群の成績を収めている。
彼女が航海士を務めた船の船長や船員からは例外なくウチの船にずっといて欲しいと言われる程だ。
航海士として並外れた才能があることは勿論、戦闘におけるセンスも抜群だ。
ルナシアの傘下である海賊船や交易船を襲う海賊や海軍はまずいないが、海王類にとってはどこの傘下だとかは関係ない。
ナミは見聞色の覇気を駆使していち早く海王類の接近を察知し、襲撃されたならば武装色の覇気を纏った拳で一撃で倒す。
船の安全を物理的にも守る航海士にナミはなっていた。
そんな彼女は今ではルナシア海賊団の本船であるブラッディプリンセス号の航海士に任命されている。
船長たるルナシアにも船の航海に関して直接意見ができる立場だ。
といっても、ブラッディプリンセス号はあまり航海に出ない。
訓練航海はよくあるのだが、基本的に勢力圏内を出ることはない。
訓練といえども得られるものは非常に多く、また航海に出ていないときでもやることは色々ある。
他船の航海士との意見交換会や勉強会は勿論のこと、本船航海士ともなると本拠地にある航海局に許可証一つで自由に出入りできる。
航海局にはルナシアの傘下にある全ての船の航海士が地道に蓄積した膨大かつ様々なデータの数々が集められており、項目毎に纏められて保管されている。
ナミにとっては何よりの財宝であり、暇さえあればここに入り浸って色んな資料を読み漁っていた。
ただそれでも彼女の夢には足りない。
自分の目で世界の海を見るということができていないからだ。
「本格的に航海をしたいんだけど……この船が出るときって戦争なのよね」
ブラッディプリンセスの自室にて、彼女は呟いた。
本船は海軍の軍艦に引けを取らない性能であり、また巨大かつ武装も多いことから船員の数も多い。
船員の実力は皆、並外れており億超えの賞金首がゴロゴロいる。
というよりも、そのくらいの実力がなければこの船には乗船できない。
そもそもの足切りラインがルナシアの覇王色の覇気に耐えることができるかどうかである。
ブラッディプリンセスが出るような戦いは他の皇帝達や海軍の大将か、あるいはそれに匹敵するような輩が敵となる。
ルナシアの覇王色は味方を避けてくれるが、敵はルナシアだけを狙うわけもなく、こちらの戦力を少しでも減らそうと覇王色の覇気を満遍なくぶつけてくることは間違いない。
その為、覇王色に耐えて戦闘行動が充分に行えなければ本船には乗れないのだ。
過酷な試験ではあるが、ナミは航海局に入り浸る為、カリーナは本船所属であるならば財宝にお目にかかれる機会が多いと考えてどうにか合格したが、ノジコはそもそも試験を受けなかった。
彼女は航海にも財宝にもあまり興味がないとのことで、ナミもカリーナも付き合って欲しいとは言えなかった。
だからといって関係が途切れるわけもない。
相変わらず仲の良い三姉妹だ。
そんなとき、ナミは近づいてくる気配を察し――その持ち主が誰だか分かって扉に顔を向けて待つ。
やがて扉が開いた。
「ナミ、儲け話があるんだけど……どう?」
「カリーナ、何回言ったか分からないけど……部屋に入る時はドアをノックしなさい」
「いいじゃない、どうせ気配で分かるでしょ? アンタも私も」
「マナーの問題よ。で、儲け話って?」
「姉さんの許可が出たら、冒険に出かけない?」
カリーナの言う、姉さんとはノジコのことではない。
ルナシアのことだ。
親というよりも姉というイメージが強い為、カリーナだけでなくノジコやナミもルナシアのことは姉さんと呼んでいる。
「許可、出ると思う?」
「条件付きなら出るだろうし、きっとアンタもこの条件なら賛成するわ」
「どんな条件よ?」
「東の海で、海賊共から安全にお宝を盗みまくらない? アンタも東の海を自分の目で見て回れるし、悪い話じゃないと思うけど……」
「それ、いいわね」
新世界よりも遥かに安全であり、ルナシアだって文句は言えない。
とはいえ障害となるのが一つある。
「私達の手配書、東の海にも出回っているかもしれないけど……?」
ナミはカリーナに尋ねた。
2人共、政府から懸賞金がかけられている。
盗みをカリーナと組んで小遣い稼ぎにやったりするが、基本的には海王類をぶっ倒すのがナミのやったことである。
カリーナも同じようなものだが、ナミの方が彼女より懸賞金が高いのは納得がいかない。
泥棒をやっている回数はカリーナの方が多いからだ。
しかし、異名に関してナミは気に入っている。
天候を操っているように見える程、航海士としての腕前を評価されている気がする為だ。
正確には知識と経験と感覚で天候を予想しているのだが。
一方でカリーナは異名が気に入らなかった。
2人共、ルナシア海賊団の中で比較すると低い方であるが、世間的にはとんでもない額である。
“天候操者”ナミ 1億3000万ベリー
“性悪怪盗”カリーナ 1億1000万ベリー
最弱の海と呼ばれることもある東の海にいていい賞金首ではない。
何よりもナミは左肩、カリーナは右肩にルナシア海賊団のタトゥーを入れている。
これは完全な任意であるのだが、本船所属となったお祝いに入れた為だ。
せっかくだから、と本船のシンボルマークも組み合わせたタトゥーである為、見る者が見れば一発で分かる。
カリーナはナミの心配を打ち消すように自信満々に答える。
「東の海に手配書が出回っていたとしても、私達がいるなんて誰も思わないから大丈夫よ」
「……それもそうよね。姉さんとかよく東の海に行っているけど、勢力圏外の島でも大騒ぎになったことないって言ってたし」
ナミの言葉に頷きつつ、カリーナは提案する。
「どうせなら、もうちょっと懸賞金を上げておく? そっちのほうが東の海の海賊共も震え上がると思うし」
「それもそうね。まあ、大丈夫だと思うけど怠ることなく、しっかり鍛えておきましょうか……で、懸賞金の上げ方は?」
ナミの問いにカリーナは笑みを浮かべて告げる。
「勿論、いつも通りに盗みで。とある海軍支部に近々、海兵の給料が輸送されるわ」
「それなら軍艦ごと盗むわよ」
そして、物騒な計画を立て始める2人であった。