G-1支部に近い無人島は大きく賑わっていた。
何も無かったこの島はフェスタとテゾーロによって、すっかりお祭り会場へ変貌していた。
七皇とその主力である配下達が一気に集まる――それこそ万を軽く超える人数が集まる一大イベント。
賞金総額は1000億すらも軽く超えてしまう程だ。
しかし、このイベントの為に出入りする業者や商人、また雇われたコックなどは非常に多い。
その為、これらの民間人に扮して海兵達はうまく潜り込んでいた。
「……拳が疼く」
ベルメール中将はコックの格好をしながらも、拳を震わせていた。
オイコット王国でルナシアに好き勝手されたあの日から、17年も経っている。
ガープの下で鍛錬と経験を積み、覇気を習得した彼女は中将にまで昇進していた。
当時ルナシアに好き勝手されたことは――ムカついたが、結果的に自分の命を救ってもらうことになった。
だが、今でも思いは変わらない。
あの悪ガキにはとりあえず一発拳骨を食らわせる、と。
「ベルメさん……あの、本当に抑えてくださいよ? 情報収集なんですから……」
従業員に扮した部下の念押しにベルメールことベルメは大きく頷く。
今回の彼女と部下達に与えられた任務はコック及びウェイター・ウェイトレスとして潜り込み、情報収集をすることだ。
この為にわざわざレストランを宴会島に設営した。
任務と私情は別であり、ベルメールは命令がない限り手を出さないと心に決めていたのだが――色んな意味で予想外のことが起きた。
「美味しい……!」
思わず呟くルナシア。
鴨肉のロースト・特製みかんソースかけ、野菜を添えて――を彼女は食べていた。
今の彼女はお腹を空かせた少女そのものだった。
色々と毒気を抜かれてしまうが、部下はこっそりとベルメールに尋ねる。
「ベルメさん、大丈夫ですか?」
小声で問いかける部下に対して、ベルメールは何とも言えない微妙な顔で頷いた。
事の発端は30分程前、ルナシアが突如としてやってきたことにある。
せっかくだから、と張り切ったベルメールの発案によるテラス席を備えたお洒落な外観に引き寄せられたのか、あるいは偶然だったのかは分からない。
ともかく、ルナシアに料理を食べたいと言われてベルメールは任務もあった為に準備中だと断ったりせず承諾して、こうなっていた。
彼女は目を輝かせて自分の料理を食べるルナシアにふと思ってしまう。
子供がいたらこんな感じだろうか――?
懸賞金55億超えの海賊相手に海軍中将が抱いていい感情ではないが、この場面だけを見れば自分の作ったご飯を食べて少女が笑顔になっているに過ぎない。
やがてルナシアは出された料理を綺麗に平らげて――ちゃんと野菜も全部食べた――遠巻きに見ていたベルメールへ近づいてきた。
そして、彼女の目の前でルナシアは問いかけた。
「あなたが作ってくれたの?」
「ああ……そうだ」
そう答えるとルナシアは満面の笑みを浮かべて言った。
「ありがとう、とっても美味しかったわ」
その笑顔を見て、ベルメールは無意識的にルナシアの頭へ手が伸びていた。
部下達は最悪の事態――思いっきり拳骨を食らわせてしまうことを覚悟したが、そうはならなかった。
ベルメールはルナシアの頭を優しく撫でた。
ルナシアはそれに驚いたものの、怒ることはせずされるがままだ。
「あんまり悪いことをするんじゃないよ……この悪ガキめ」
そう言って、ベルメールは撫でていた手を止めて、こつんとルナシアの頭を軽く小突いた。
部下達は生きた心地がしなかったが、一方のルナシアはけらけら笑って答える。
「民間人には手を出してないからセーフ」
「じゃあ訂正する。あんまり海軍に迷惑を掛けるんじゃないよ」
苦労しているセンゴクの姿がベルメールの頭に浮かんできたが、その言葉にルナシアは答える。
「私としては今の感じがちょうどいいわ。均衡を崩さない方が好き勝手できるし……」
彼女の言葉が本当なのかどうか、ベルメールに判断する術はないが、重要な情報を得られたのは確かだ。
そして、そのときだった。
「ルナシアさーん! バラティエ宴会島支店! たった今、準備が整いました!」
スーツ姿の金髪の男が目を輝かせて店内に飛び込んでくる。
「あ、サンジ。よくここが分かったわね」
「ルナシアさんがこの店に入っていった、と通行人から聞きまして」
何だこの軟派な奴、とベルメールは怪訝な目を向けるも、バラティエという単語には聞き覚えがあった。
東の海の海上レストランだった筈だ。
「東の海からここまで?」
ベルメールの問いかけにサンジは答える。
「ええ。常連のルナシアさんから、今回の件を聞いた料理長が良い経験になるから俺に行って来いと言いましてね。ただ本店の方もあるんで、来たのは俺1人なんですけど……」
笑顔で答える彼にベルメールは何だか心配になってしまう。
そんな彼女の胸中を察したのか、ルナシアは告げる。
「コックとかに手を出したら、大変なことになるって他の連中には伝えてあるから大丈夫だと思うわ」
「俺が弱いばっかりに……!」
「いや、そういう問題じゃないと思うんだけど……」
サンジに対するルナシアの言葉に思わず頷いてしまうベルメール達。
バラティエは料理が美味いことは勿論、海賊とも戦えるチンピラ崩れのコックがいることはそれなりに知られていた。
コックは海賊と戦うものではない為、かなり特殊な事例である。
「サンジがまだ準備中だったから、この店が開いていて助かったわ。本当にありがとう」
最後ににこりと笑って、ルナシアはサンジと共に店から出ていった。
2人を見送ったベルメールは告げる。
「さっきあの子が言ったこと、早速連絡しよう」
彼女は部下達にそう命じたのだった。
史上最大の海賊達の宴会。
そこで騒ぎが起きない筈がなく、怪我をしてもいいように、あるいは飲み過ぎ・食べ過ぎでぶっ倒れてもいいようにルナシアは医者も大量に雇っていた。
そして、その中には変わった医者が1人いた。
「うぅ、緊張するぞ……!」
チョッパーは宴会島に設けられた診療所の1つにて、ドキドキしていた。
見た目は非常に愛くるしいが、彼もまた医者である。
「ドクトリーヌからいい経験になるから行って来いって言われたけど……だ、大丈夫かな……」
実のところ、呼ばれたのはチョッパーではなくDr.くれはだった。
報酬もかなりの額であり、彼女が受けるだろうとチョッパーは思っていたのだが――予想外な展開だ。
といってもチョッパーはルナシアと会ったことがある。
かつてドラム王国にて悪政を敷いていたワポルとその側近達。
彼は自分に従う20人の医者を除いて国中の医者を追い出すという政策により、追い出した。
追い出された医者達の受け皿となったのはルナシアの庇護下にあり、医療技術の発展が目覚ましいフレバンスだった。
逃げてきた医者達からドラム王国の現状を聞き、このままではドラム王国が潰れてしまうと判断したフレバンスの医者達がルナシアへ直訴した。
これによって即座にルナシアが動き、それを知ったワポル達が逃げ出したという顛末だ。
この時、ワポルにとって予想外であったのはイッシー20が全員逃亡し、隠れてしまったことだろう。
ルナシアが来るまで隠れていれば勝ち、というのは分の悪い賭けではない。
ワポルは怒ったが、ルナシアが来る前に逃げねばならず、結局捜索することもなく逃げ出してしまった。
その後にルナシアがやってきて、Dr.くれはやドルトンと話し合った結果、ドラム王国は彼女の勢力圏となった。
この話し合いが終わった後、彼はくれはによってルナシアに紹介されたのだが――彼女は彼をめちゃくちゃもふもふして堪能した。
その時のドクトリーヌが呆れ顔であったことを、チョッパーは今でも覚えている。
何気なくチョッパーは壁時計へ視線を向ける。
時間的には七皇のうち、5人がこの島に配下を連れてそろそろ到着する頃だろう。
彼は両頬をぺちぺちと叩いて、気合を入れ直す。
ドクターとドクトリーヌから教えてもらったこと――それを駆使して、治療してみせる――!
チョッパーがそう決心したとき、最初の患者が来たことを今回手伝ってくれるナースが知らせてくれる。
ごくり、と彼が唾を飲み込んだところで、いよいよ患者が来たのだが――
「あ、ここの診療所ってチョッパーが担当していたんだ。悪いんだけど、この2人を診てくれない?」
ルナシアが両脇に抱えていたのは2人の男だった。
どっちもズタボロだ。
「わ、分かった! 2人をそっちにあるベッドへ……いったい何があったんだ!?」
慌てて指示を出すチョッパーにルナシアは2人を別々のベッドへ寝かせた。
「こっちの金髪はサンジって言うんだけどコックで、緑髪は彼と戦ってこうなった。中々見ごたえのある勝負だったわ」
それはついさっき起きた出来事だ。
ルナシアがサンジの料理を食べ終えて、デザートを食べていると緑髪の男が腹を鳴らしてやってきた。
彼は出されたサンジのメシを食べ終えたところで、ルナシアへ勝負を挑んできたのだ。
それをサンジが許すわけもなく――2人で色々と言い合いながら戦って引き分けになったというわけである。
相手がサンジよりも強そうだったらルナシアは自分が出ようと思ったのだが、実力的に拮抗していたので彼女は観戦に回った。
他の海賊達もその乱闘に手出しすることなく見物へ回り、すぐに賭けが行われる程で、突発的な余興の一つとしては大いに盛り上がったのだ。
「こっちの緑髪、どこの海賊団なんだ?」
「それが信じられないんだけど……どうも賞金稼ぎらしいのよ。海軍が紛れ込むのは想定内だけど……賞金稼ぎはさすがに想定外だわ」
チョッパーは目を丸くしてしまう。
「どうやって入ってきたんだ?」
「本人が言うには、東の海でウチの交易船に乗って、島に着く度に乗り換えていったら……ここに着いたらしいわ」
「何でそうなるんだよ!? 普通そうはならないだろ!?」
「ある意味、とんでもない幸運よね……あと鍛えれば物凄く強くなりそうだから、たとえ敵になったとしても楽しみだわ」
「そ、そうなのか?」
「うん。だって、私と戦えるのっていつもの面々しかいないからね……で、どう? 治りそう?」
ルナシアの問いにチョッパーは診察結果を伝える。
「大丈夫だ。見た目は酷いが、内部はそうでもない」
「じゃ任せたわ。私はそろそろニューゲート達を出迎えないといけないから」
ルナシアは手をひらひらとさせ、診療所を後にしたのだった。
そのとき、チョッパーはうめき声を聞き、緑髪の男へ視線を向ける。
「大丈夫だ、すぐに治るからな」
チョッパーが彼にそう声を掛けると、彼は言った。
「もっと、強くなってやる……!」
「傷を治してからにしてくれ」
彼に聞こえているかどうかは分からないが、医者としてチョッパーは冷静にツッコミを入れたのだった。
早ければあと5話くらいで完結です。
どんなに伸びても10話以内に収まる筈……たぶんきっとおそらく(フラグ