「おいクソマリモ! 3番のテーブルにこれを持っていけ!」
「何だとクソ眉毛! 何で俺がお前の手伝いをしないといけないんだ!? 3番だな!」
「お前が俺にさっさと倒されないからだ! 次は5番だからな!」
サンジと緑髪の男――ロロノア・ゾロは大忙しだった。
チョッパーの腕と彼が処方した薬が良かったのか、あるいは2人共回復力が凄かったのか、それともその全部かどうかは分からない。
だが僅か1時間ですっかり元気になって、チョッパーが退院を許可したのは確かである。
そして、その2人は戦場の真っ只中であった。
5つのテーブル席しかないバラティエ宴会島支店。
サンジは1人ならこのくらいが限度だろうと予想していたのだが、客の多さは彼の予想を超えていた。
他の店にも大勢の客が入っているにも関わらず、この店にも客が詰めかけて目が回るような忙しさだ。
客が食べ終わって帰ってもすぐに別の客が入ってくる上、基本的にどいつもこいつも注文の量が多い。
よく食べてよく呑む連中ばかりであるのは、コックとしては嬉しいのだが――
「ルナシアさんの動員力、マジでやべぇな……」
料理を作る手を止めることなく、サンジは呟いた。
ワイワイ騒ぎながら酒を呑んで料理をかっ食らう客達は全部海賊だ。
一応、サンジはこの島に来る前に億超えの手配書には目を通してある。
とはいえ億超えだけを選んでも、膨大な枚数で結局全部は見れなかったが、それでもちらほらその時に見た顔が客として来ている。
今ここにいる客達だけで賞金総額、下手したら10億は超えそうだな――
そう思っているとゾロが調理場へ戻ってくる。
「クソ眉毛! 5番は終わった!」
「これを2番! クソマリモ、働き次第では給金を弾んでやるからな!」
「それを先に言え!」
出会いは最悪であったにも関わらず――サンジとゾロの連携は意外とスムーズだった。
互いに悪口を言い合いながらであるが、客達は何も気にしない。
彼らの費用は全部ルナシア持ちということから、好きなだけ食べて呑んだら帰るだけだ。
サンジが料金を請求する先はルナシアであり、そういう契約だった。
「おい、コック……お前のメシ、美味かったぜ。本店は東の海のバラティエだったな?」
「ああ、そうだ。良かったら来てくれ。ここからだとちょっと遠いがな」
満足顔でそう言って帰る客にサンジも言葉を返しつつも、彼は腕をふるった。
一方のゾロは剣士としての感覚で、店内にいる客達が強い輩ばかりだと感じていた。
片っ端から戦ってみたいところだが、客に喧嘩を売るわけにもいかない。
さすがにそこらへんは彼も弁えていた。
何の因果か、手伝わされることになってしまったが、給金が出るなら話は別だ。
ゾロは注文をテーブルに運びながらも、頭は別のことを考えてしまう。
しかし、ルナシアか――
剣を抜いているところが見てぇな――
ルナシアが剣士だということは知られているが、滅多に剣を抜くことがない。
そもそも彼女が戦うような事態にならないからであるが、ゾロは思う。
せっかくここまで来たのだから見てみたいと。
彼がそう思ったときだった。
店の外から大歓声が聞こえてきた。
何事かとゾロが思わず動きを止めると、外にいた海賊が店内に向けて叫んだ。
「スクリーンに5人の皇帝達が映っているぞ!」
その叫びを聞いて、店内の客達は一斉に外へと流れていった。
ゾロも映像電伝虫用の大きなスクリーンが島内の各所に設置されていることは知っていたが、何を映すのかは分からなかった。
「おいクソ眉毛、ちょっと行ってくる」
「待て、クソマリモ。俺も行く」
ゾロの言葉にサンジはそう答えて調理場から出てきた。
そして2人は揃って店の外へ出ると――スクリーンにはルナシアをはじめとした皇帝達が映し出されていた。
港の近くのようであるが、周囲には何もない。
遠巻きに見物人達が大勢詰めかけているのは見えたが、それだけだ。
無言でルナシアが刀を引き抜き、彼女の前には同じく無言で白ひげがむら雲切を構えて立った。
戦争でも始める気かとゾロとサンジは思ったが――次の瞬間、2人は驚愕する。
ルナシアと白ひげ、それぞれの得物がぶつかり合い――天を割った。
同時に島が揺れる。
現地では衝撃波も襲ったのか、轟音とともに画面が大きく乱れてしまう。
ゾロとサンジはそれに見惚れてしまう。
「あれは覇王色同士の衝突だ」
「すげぇな。初めて見たぜ……」
「何であんなことを?」
「この島では戦争しないっていうアピールらしいぞ」
他の海賊達がそんなことを言っているのを聞いた。
見物している海賊達の中には、今回参加していない仲間達に中継でもしているのか、カメラ役の小さい電伝虫を持ってスクリーンの映像を撮影している者も何人かいた。
ゾロとサンジは互いに顔を見合わせる。
サンジが口を開く。
「おいクソマリモ。あれが頂点だぞ」
「よく分かった、クソ眉毛。あれはやべぇな……」
サンジがゾロに言ってやると、彼はそう答えながらも身体を震わせていた。
恐怖ではなく武者震いだ。
やがて映像と音声が戻ってきた。
その後もルナシアは残る3人とも順に武器をぶつけ合わせ、最後のカイドウが終わったところで彼女は映像電伝虫に向けて宣言する。
『この島では堅気の人間に手を出すこと、それから海賊同士の喧嘩はいいけども殺し合いや後遺症が残るような戦闘や、近いからって酔った勢いで政府と海軍にちょっかい掛けるのは禁止よ』
そこでルナシアは一度言葉を切り、獰猛に笑ってみせる。
同時に彼女の後ろに4人の皇帝達が立つ。
『もしもこれを破ったら、ここにいる5人を敵に回すことになる。この島では皆で仲良く楽しく騒ぎましょう。料金は私が持つから、好きなだけ食べて呑んで頂戴』
ルナシアの言葉にゾロとサンジの周囲にいる海賊達だけでなく、映像を見ている海賊達は誰もが歓声を上げる。
そのとき、ルナシアのところへ金髪の女性が大きな旗を持ってきた。
サンジはその女性に見惚れてしまうが、それも一瞬のことだ。
ルナシアはその旗を持って、その石突部分を地面に突き刺した。
それは見慣れぬ海賊旗であったが、それこそまさにロックス海賊団の旗だった。
そしてルナシア達には大きな盃がメイド達によって配られ、また同時に並々と酒が注がれる。
『40年くらい前、私達は一つの海賊団に集っていた。それがロックス海賊団。今回、その同窓会も兼ねているわ……興味があったら調べてみると面白いわよ』
そう言って微笑みながら、ルナシアはゆっくりと盃を天高く掲げてみせる。
『偉大なるロックス船長に』
彼女に続くように白ひげ達もそれぞれ盃を高く掲げ、同じ言葉を告げる。
『偉大なるロックス船長に』
彼らは一気に盃の酒を飲み干した。
『それじゃ、ただ今より宴会を正式に開始するわ! 好きなだけ騒ぎなさい!』
ルナシアの開幕宣言に大歓声が巻き起こった。
「ね、姉ちゃん……酔っているね?」
ルナシアによる開幕宣言が出された頃、ブリュレは非常に困っていた。
「酔っている……? この私が酔っているだと?」
ギロリと睨みつけるアマンドにブリュレは焦りながらも訂正する。
「お姉ちゃんは酔っていないよ! うん、酔っていない! なあ、皆!」
ブリュレの言葉に皆――兄弟姉妹達は一瞬で視線を逸らした。
カタクリやクラッカー、スナックですらも。
ブリュレは泣きそうになった。
ここはリンリンの子供達の為に用意された専用スペースだ。
ルナシアのところにいる姉妹達も合流し、ここで宴会が開かれている。
しかし、問題があった。
アマンドとスムージーである。
来た時から彼女達が既に酔っていたのか定かではないが、ブリュレに面倒くさい絡み方をしていた。
「ブリュレ姉さん、これでも呑んで……」
「スムージー、それちょっと強いお酒……だよね?」
「姉さんは私の酒が呑めないというのか?」
ずいっと迫るスムージーにブリュレはすぐに首を左右に振ってみせる。
左にアマンド、右にスムージーといった具合に挟まれているブリュレ。
彼女はカタクリに必死に助けを求める視線を送っているが――彼は静かに首を左右に振った。
カタクリとて2人が酔っているところは初めて見るが――姉と妹であれ、下手に間に入ると面倒くさいことが起きるのは分かりきっている。
こんな海賊の大宴会なんぞ、これまでにもこれからもおそらくない。
今この時、羽目を外さずしていつ外す――
彼としてはアマンドとスムージーの羽目を外したところが見れて新鮮だ。
そんなことを思っているとアマンドが叫ぶ。
「ブリュレぇ!」
「はい! アマンド姉さん!」
「ルナシアの良いところを100個言え。私は言えるぞ。100個言えたら次は200個言え。私は言えるぞ」
「ブリュレ姉さんは知らないだろうから、私が教えよう。ルナシアはだな……」
2人の話を聞きながらもブリュレはどうにか鏡で逃げようと考えるが――
「ブリュレ! もしも鏡で逃げようとしたら斬り刻むからな!」
「ブリュレ姉さんが逃げるわけない。ずっと付き合ってもらうぞ」
ブリュレの目論見は儚く消え去った。
これはダメだ、見なかったことにしよう――
絡んでいる2人と被害に遭っているブリュレを除き、兄弟姉妹全員の心が一致した瞬間だった。
その頃――
リンリンをはじめ、主力がほとんど出払った
そこのホールケーキアイランドにはルナシアの勢力圏から交易船が到着していた。
リンリン達がいなくても交易は問題なく続いており、ひっきりなしに交易船が到着しては積荷を下ろして、新たな荷物を積んで出港していく。
しかし、今回到着した交易船には余分なもの――正確には乗組員ではない人間が2人紛れ込んでいた。
その2人は見聞色を使って周囲の気配を探りながら、船から飛び降りてホールケーキ城を目指し、風のように走っていった。