問題児? 失礼な、俺は常識人だ。   作:怜哉

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つまり、死は始まりにすぎないのだ

 

 

 

 

 

「...さ──佐久本燈也!!!」

 

 リリアナが絶叫する。

 彼女の目線の先には、侯爵の爪に貫かれた主の姿がある。

 遠目でも分かった。あれば致命傷だ。カンピオーネだからという理由だけではもう助からない。

 

 堪らず、リリアナは高台を飛び出した。

 魔力を練り、『飛翔術』を使う。人間が扱えるうち最高速度を叩き出せる魔術を利用して、リリアナは主の元へ駆けつける。

 燈也が貫かれたその瞬間から波はほぼ引き、水深は約十センチ。くるぶし程の深さになっている。リリアナはアスファルトへ足を付けることができた。

 近付いて確信する。燈也は、その息を引き取っているのだということを。

 そして同時に、たった今、自分は単体でヴォバンの前に出てきているのだということだということを。

 

『...クラニチャールか。貴様の新たなる王は我が従僕となる。さて、貴様はどうする?』

「っ、ぁ.....」

 

 恐怖がリリアナの胸を締め付ける。呼吸がだんだんと浅くなり、過呼吸を起こしそうになった。

 

『貴様は比較的優秀な『道具』だ。魔女の才は稀有なもの。まだ貴様にはそれなりの価値がある。我が元へ戻るというのであれば、命だけは残してやらんでもない』

 

 ヴォバンの声が遠くに聞こえた。恐怖が五感にまで異常をきたす。

 リリアナにとって、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンという男は恐怖の象徴だ。そも、カンピオーネという存在そのものが魔術師たちに取っては最恐の魔物なのである。

 カンピオーネとは、人類では決して倒し得ない『まつろわぬ神』を打倒し、その権能を簒奪することで強大無比な力を手に入れた者のことだ。その性格は往々にして尊大。争いを好み、まつろわぬ神と並んで世界の秩序を脅かす魔王。

 それは、西暦以前からの魔術師の常識だ。特にカンピオーネが密集するリリアナ達欧州の魔術師達は、物心ついた時からカンピオーネの恐ろしさを骨の髄まで教えこまれる。幼少期に抱く恐怖心は、日本におけるナマハゲの比ではない。

 そんな王達の中でも最凶最悪と名高い侯爵の前に敵対者として立つことは、死よりも深い恐怖と立ち向かうことと同義だ。

 

 恐怖で足は竦み、動悸がおかしくなる。今息を吸っているのか吐いているかのかすら分からない状態だ。

 

 しかし、リリアナは覚悟を決める。騎士として、リリアナはこれ以上不敬を晒す訳にはいかない。

 

 リリアナは霞む目で燈也を見る。

 とても短い間の主従ではあったが、自分から主だと仰いだ人物は彼が初めてだった。

 

「(...死ぬのなら、騎士として死ぬべきだ)」

 

 それが自分の本望であると、主に示す最期の忠誠であると。

 ゆっくりと息を吸い込む。呼吸を整え、決死の覚悟でヴォバンを見上げた。

 

「──お断り申し上げます!」

 

 言って、リリアナはサーベルを構える。彼女の愛剣、イル・マエストロだ。

 その鋭利な剣を、リリアナは逆手に持った。彼女の好む日本文化、ハラキリという自害をするために。

 ヴォバンに殺されれば、彼の《死せる従僕の檻》に魂を捕らえられてしまう。それは騎士として絶対に避けねばならないとリリアナは思った。

 故の自害。同じ死でも、ヴォバンの手駒になるくらいなら、と。目を瞑り唇を締め、愛剣を自分に向けて突き立てる。

 

 

 ...痛みは無かった。

 一種の興奮状態により痛覚が麻痺しているのかと思うリリアナだったが、それも違う。血の流れる、体温を失っていく感覚がなかった。

 

 恐る恐る、瞳を開ける。

 自分の腹を貫くはずだった愛剣の鋒は、僅か数センチほど自分に届いていない。

 その代わり、それは別のものを貫いていた。

 手だ。何者かの手が、鋒とリリアナの腹の間で貫かれている。

 

「っ、あ゙〜...ほんとびっくりした。お前さぁ、自殺とか巫山戯た真似すんなよ」

 

 リリアナの視界の外から、そんな声が届く。

 その声の主は、サーベルからリリアナを守った手を差し出した人物だ。

 リリアナより先にその姿を見たヴォバンは、狂喜に満ち満ちた、楽しくて仕方がないという笑みを浮かべる。

 

『クク...つくづく私を楽しませてくれるではないか』

「そうかよ。ならそのまま愉悦に溺れて死んじまえ、クソジジイ」

 

 ケッ、と吐き捨てるように、その人物──佐久本燈也は悪態を吐く。

 ゆっくりとサーベルを手から抜き、剣に付いた血を払った。

 手からは血が滴るものの、数秒でそれも止まる。もうしばらくすれば傷も残らないだろう。

 

「ぁ、さっ、さく...」

 

 リリアナは言葉が出ない。

 恐怖、決意、驚愕、歓喜、そして怒り。様々な感情が洪水を起こし、処理しきれなくなっていた。

 そんなリリアナを置き去り、燈也とヴォバンは再び闘志をぶつけ合う。

 

『一応聞いておこう』

「やなこった」

 

 サーベルを持った燈也は、そのままヴォバンへ飛びかかった。

 三十メートルの巨体に向かい、その蛮勇を示す。

 

『フハハハハ! 面白いッ! 嗚呼、面白いぞ、小僧!!!』

 

 十階建てほどの高さの怪獣は、その拳を燈也に向けて振るった。

 巨大であることは、それだけで強い。パワーや攻撃範囲が段違いに上がる。しかし、

 

「ハッ! 昔っから決まってんだぜ? 怪獣ってのは、最後は倒される運命なんだってよ!!」

 

 燈也は駆ける。

 迫る拳を潜り抜け、彼はヴォバンの足をサーベルで斬った。

 本来なら斬れるはずはない。ヴォバンの防御力がいくら低かろうと、魔狼と化したヴォバンの肌を、たかが人間の武具がそう易々と斬れるはずがないのだ。

 だが、サーベルには燈也の魔力が通っていた。血を吸ったのだ。武具の格はそれだけで上がる。いや、そうでなくとも燈也が無理やり引き上げる。

 イル・マエストロは今ここに、立派な神殺しの神具へと進化した。

 

「《母なる海の潮騒は、絶えず蔓延る生命の産声。満たし、溢れ、騒乱せよ。これなるは原初の狂騒、遥か渾沌の秩序なり》ッ!!」

 

 追い討ちをかけるように、燈也が聖句を謳う。

 くるぶしが浸かるほどだった海水は再び胎動し、嵐の獣ラハムが産まれる。その数、凡そ三百超。数の暴力でヴォバンを襲う。

 

『くっ...!』

 

 堪らずヴォバンは空へ飛んだ。

 その巨体を風で浮かし、燈也達から距離を取る。

 

「逃がすかよ!」

『逃げんよ』

 

 燈也は海流を作り出し、その海流を水柱のように空へ打ち出した。

 その海龍に乗りヴォバンを追いかける燈也へ、特大の雷が落ちる。雷は燈也と海龍へ衝突した。

 雷の熱により海水が蒸発し、湯気が発生する。一面を覆う白く深い霧の中で、ヴォバンは《ソドムの瞳》を行使することではっきりと物事を見ることができていた。

 故に驚愕する。燈也が未だ健在で、こちらに向かってきていることに。

 

『何ッ!?』

「舐めんなよ、クソジジイ!!」

 

 拳を振るう。それに続いて海龍がヴォバンに衝突し、結果ヴォバンの横腹を抉り取った。

 

『がは、っ......!!』

 

 滴る血を抑えるように横腹に手を添える。洒落にならない出血量だ。

 舌打ちし、再生を開始する。

 

 燈也が雷を防いだ手段は、燈也が海龍の中に身を潜めるというものだった。地上より昇るジェット水流は、雷を相殺するには十分な水量と勢いを持っていたのだ。そして失った分の海水は、すぐさま下から補給する。

 燈也の権能を封じたければ、海を干上がらせる他ない。太陽でも落とさない限り不可能だ。

 

 地上...否、海上に着地した燈也は、魔力を練る。

 そして再び聖句を唱えた。

 

「《母なる海の潮騒は、絶えず蔓延る生命の産声。満たせ、満たせ、満たせ。これなるは原初の狂騒、遥か渾沌の秩序なり》ッ!」

 

 胎動、そして誕生。

 産まれ落ちたのは、ラハムではない。また別の生物だ。

 海水が形創ったのは、中国に伝承されるような細長い竜だった。全長は八メートルほどあり、深い緑の鱗に体が覆われている。蛇を彷彿とさせる躰だが、その頭は獅子の形をしていた。

 それは産まれると、宙に浮かんだ。キッと上空のヴォバンを睨み、そして襲いかかるべく上昇していく。

 

 その竜の名はウシュムガル。神話になぞられて創られた、凶暴な竜だ。

 

 ウシュムガルはその鋭い歯と残忍な牙を剥き出しにし、ヴォバンの足に噛み付く。

 傷の治癒に気を取られていたヴォバンは、避けることなくその牙の餌食となった。

 

『小癪な!!』

 

 一瞬だけ表情を歪めたヴォバンは、風の弾丸をウシュムガルへ複数ぶつけたあと、蹴るように足を振った。

 それによりウシュムガルが海面へ叩き付けられ、その短い命を落とす。しかし役目は終えていた。母の期待に応えるべくその命を燃やしたウシュムガルは、無念なくその身を海へ還す。

 

「見たぜ、ヴォバン。あんたの『回復能力』」

 

 創られた魔獣達は、完全に受肉している。故にその死体は消えることなく、その場に残ったままだ。

 そんな仔ども達に心の内で謝罪しつつ、燈也はヴォバンを睨み上げる。

 

「納得がいった。最初の一撃も、さっきの爆発も。その能力で乗り切ったんだな? 外傷の治癒...いや、もしかしたら蘇生もできるのかもしれないな」

『ふん、だからどうした。我が権能を見破ったところで、貴様にそれを防ぐ手段があるとでも?』

「ない。...こともない」

『.....ほう?』

 

 治癒を終えたヴォバンが、興味深そうに見下ろす。

 燈也は海面に浮かぶウシュムガルの死骸の元に寄り、その頭を一撫でした。

 

「どんな致命傷を与えても、あんたはきっと回復するんだろう。あんたにとって、傷はほとんど無意味なものなのかもしれない」

 

 慈しむようにウシュムガルから手を離す。と同時、うねった海水がウシュムガルを海の中へ引き込んだ。

 ヴォバンは訝しんだ。今までほとんど手を止めることなく猛攻してきていた燈也が、今は何故か動こうとしていない。

 何か策があるのか。未知の権能が発動しつつあるのか。こちらを誘っているだけか。

 様々な思考が巡るが、答えは出ない。

 しかしその答えは、すぐに燈也の口から放たれる。

 

「けど、体内から蝕む毒はどうだ?」

 

 瞬間、ヴォバンの体に異変が起こる。

 

『っ、...? な、なんだ...これは、?』

 

 ヴォバンを襲ったのは、激しい目眩だ。

 視界がグニャリと歪む。まるで天と地がひっくり返ったかと思うほどほ酷い歪みだ。吐き気もしてきた。

 

『(毒、と、そう言ったか...!)』

 

 目眩と吐き気でまともに思考も纏まらないヴォバンは、どうにか直前の燈也の言葉を思い出していた。

 

 ヴォバンに毒が仕込まれたのは、ウシュムガルが噛み付いた時だ。

 ウシュムガルの体には、血液の代わりに猛毒が廻っている。その猛毒を、噛み付いた際にヴォバンの体内へ流しこんだのだ。

 

 最早宙に浮いていられなくなったヴォバンは、重力に従って落下する。

 それを狙い打ったように、燈也は左手で剣を、右手に拳を握った。ラハムを伴い、落下してくる魔狼へと刀拳を振るう。

 

『お、をお、おおおおおをおをおおをおおおおお!!!!!』

 

 しかし、ヴォバンもそれしきで敗けてやるほど甘くはない。

 咆哮し、群がるラハムを薙ぎ払う。弱っているとはいえ、三十メートルの巨体だ。そのパワーは計り知れず、ラハムに為す術はない。

 

「チッ、しぶといな!!」

 

 次々と生命が産まれ、死んでいく。

 そこに燈也は罪悪感を抱いていないわけではなかった。己の都合で“仔”を生み出し、そして死なせているのだ。思うところも当然ある。

 しかし、そんなことを言っていたら死ぬのは燈也自身だ。死なせないに越したことはないが、使わないという手は存在しない。

 

 感情を押し殺し、殺られた数の倍のラハムを産む。

 ラハムの総数はそろそろ五百に届きそうだ。一帯を埋め尽くす嵐の獣が、魔狼をジリジリと追い詰める。

 

『お、のれ...おのれ、おのれェい!!!』

 

 ヴォバンが叫ぶ。

 少しずつ、体を蝕む毒に抗体ができてきたのだろう。徐々に本来の動きを取り戻しているように思える。

 畳み掛けるなら今しかない。ラハムの数をさらに増やし、燈也自身も全力でヴォバンを攻撃する。

 

 しかし、ヴォバンを仕留めるにはまだ足りない。

 

『GRAAAaAAaaaaaAAAAa!!!!!!!!!』

「なっ!?」

 

 溜まりに溜まった猛りが、声に乗って夜の海を震わせる。

 目眩はなくなり、吐き気も消えた。まだ若干の倦怠感が体に残っているが、無視していいレベルだ。

 

 ヴォバンは跳躍する。

 高く、高く。やがて暗雲のすぐ下にまでヴォバンは達した。

 

『面倒だ、纏めて滅びよ!!』

 

 ヴォバンが空へ手を翳す。

 また雷でも降ってくるのかと警戒する燈也だったが...そんな次元ではなかった。

 

「は、ちょっ、まっ!? はぁ!?!???!?」

 

 燈也は酷く仰天し、狼狽した。

 それも仕方のないことだ。燈也の視線の先、ヴォバンの背後。そこに、有り得ない熱量を持った灼熱の劫火が顕現したのだ。

 太陽と見間違えるほどの大熱量。それが落ちるだけで、本州が真ん中からぽっかりと二つに別れてしまいそうだ。

 未だ上空高くにあるその焔は、それでも地上に尋常ではない熱波を届かせる。海水から軽く蒸気が上がるほどだ。

 

 かつてない焦燥が燈也を襲った。

 あれはダメだと、本能に言われるまでもなく分かる。あんなものが落ちてきたらタダでは済まない。

 

「あのジジイ、自分ごと関東を消すつもりかよ...!」

 

 燈也の目測では、あの天に浮かぶ劫火は数十キロのレベルでバカでかい。あんなもの、ヴォバン自身も避けられるはずがない、と。そう思った。

 しかし、ヴォバンにも考えくらいある。

 彼の第一の権能である《貪る群狼》は、ギリシア神話に登場するオリュンポス十二神の一柱でもあるアポロンから簒奪した権能だ。ゼウスの息子として様々なものを司り、主にアルテミスと対となる太陽神として信仰された彼だが、そんな彼の伝承に「地底深くで生まれた」というものがある。

 そこからきたのだろう。ヴォバンの持つ《貪る群狼》の能力の一つとして、一瞬で地中深くに潜り、移動できるというものがあった。

 ギリギリになってその権能を使い、炎から逃れる算段だ。

 

『諸共に燃え散れ』

 

 地獄の劫火の下降が始まる。

 全力で逃げても、今からでは間に合わないだろう。迎え撃つしか道はない。

 

「《天を翔けるは我が威光。我は常に空に在り、全ての勝利を掴む者なり》ッ!! 乗っとけリリアナ!」

「し、しかし...!」

「しかしもクソもねぇ! 早くしろ!!」

 

 戦車を召喚し、リリアナへその車内に乗るように促す。

 あまり意味があるとは思えないが、無いよりはマシだと考えたのだろう。少なくとも、現在降り注いでいる熱波は防げる。

 強引にリリアナを車内へ押し込め、燈也は焦りに満ちた表情で空を見上げた。

 戦車を走らせることはしない。そんなことをしてもアレからは逃げられないし、燈也の近くにいた方が安全だからだ。

 

「《母なる海の潮騒は、絶えず蔓延る生命の産声。満たし、溢れ、騒乱せよ。これなるは原初の狂騒、遥か渾沌の秩序なり》!」

 

 聖句を唱えると、魔力が底上げされるのが分かる。

 ありったけを注ぎ込み、近海の海水全てを使って降下してくる劫火にぶつける気だ。

 そんなことをすればとんでもない規模の水蒸気爆発が起こるだろうが、関東が焦土と化すよりはマシかもしれない。少なくとも、水蒸気爆発程度ならば、戦車の中にいるリリアナや、カンピオーネである燈也は助かるだろう。無傷とはいかないかもしれないが。

 

「おおぉオォォオオオオおおォオオオ!!!!!!!」

 

 問題は、爆発が起こった後に劫火が消えているかどうか、である。

 消えていなかった場合、それは燈也とリリアナが灰も残さず燃え尽きる時だ。

 

 近海の海水をかき集める。

 とんでもない量の魔力が燈也の体から溢れ、海に浸透していった。額に青筋を浮かべ、過去の人生のうちで最も気張る。

 そうして地獄の劫火を迎え撃つ準備を進める燈也だったが、そこに横槍が入った。

 

「これ、は」

 

 気張りつつ、燈也は目を見開く。

 燈也の視線の先にあるのは、光り輝く黄金(こがね)色の大地と、夥しい数の黄金の剣だ。世界が上書きされ、輝く剣が舞う様を、燈也は知っている。

 

 それは、ウルスラグナの権能だった。

 かつて燈也の前でティアマトの《不死》を斬って見せた、あの黄金の剣。これを使える者は、現在この世には一人しか存在しない。

 

「護、堂ぉおおおお!!!!!!」

 

 燈也の叫びなど聞こえぬと言わんばかりに、黄金の剣達はヴォバン目掛けて飛翔していった。

 どこでその剣を操っているのか、護堂の姿も声も、燈也には聞こえない。

 

 黄金の剣はヴォバンを貫く。

 地獄の劫火、中国の炎神である祝融の権能は斬り裂かれ、効力を失った。劫火は消え去り、再び街に夜が訪れる。

 

「...ふん。邪魔が入ったか」

 

 上空から降りてきたヴォバンが、苛立たしげに言う。その姿は老人のものに戻っていた。

 この時ばかりは、燈也も同じ思いだった。

 

「初めて気が合ったな、爺さん」

 

 戦いに横槍を入れられたこと。それはヴォバンにとっても燈也にとっても腹立たしいことだった。

 しかし、燈也にとっては悪いことばかりでもないのが事実。実際、あの劫火が消え去ったことで助かってはいるのだ。

 

「...一応は謝っとく。すまない爺さん、今のは俺の知り合いだ」

「七人目であろう。私の権能を斬り裂いた...なかなか妙な権能を持っているとみえる」

 

 目を細め、未だ合間見えぬ若輩の同胞を思い浮かべる。

 しかし、それも長くは続かない。すぐに燈也が戦闘態勢に入り、魔力を練り始めたからだ。

 

「あれだけの呪力を消費し、まだそこまでの力が残っているか。存外、貴様は魔術の才があるのやもしれん」

 

 私とは違ってな、と加えるヴォバン。

 エメラルドの瞳が光る。

 

「良かろう。戦いの仕切り直しと行こうではないか。まだまだ私を楽しませ────」

 

 と、ヴォバンが牙を剥こうとしたまさにその時。

 水平線の向こうから、一筋の光が走った。海を輝かせる一条の輝きの正体、それは、

 

「.....刻限か」

 

 旭光だった。魔王の戦いの終わりを告げる日輪が、水平線からゆっくりと顔を出してきている。

 闇夜を払う朝日に僅かながら目を細めたヴォバンは、フンと鼻を鳴らした。

 

「此度の戦、貴様の勝利だ。忌々しいことではあるがな」

 

 ヴォバンは今一度燈也を睨み、そして翻る。

 

「久方ぶりに心躍る戦いであった。我が無聊を潤した貴様の技量、評価に値する。若き力も、存外侮れぬものよ」

「...はは、そりゃどうも」

「此度は私の敗けだ。だが次はない。次に(まみ)える時こそ、貴様の首を狩り取ってくれる。その時までにせいぜい腕を磨け、佐久本燈也。『上へ登る』のだろう?」

 

 そこで、ヴォバンは思い出したかのように呟く。

 

「...そうであった。クラニチャールは貴様にくれてやろう。代わりはいる」

 

 そう言い残し、ヴォバンは呆気なく去って行った。

 完全にヴォバンの気配が周囲から消え去った後、燈也は尻から崩れ落ちた。水の引いた港のアスファルトの上に、体育座りのようにして腰を下ろす。

 

「ふぅ.....なんっとか、生きてんなぁ...」

 

 ぼんやりと空を見上げた。

 そこには灼熱の業火はもちろん、先程まで犇めいていた暗雲すら綺麗さっぱりなくなり、曙光に照らされた紫色の空がある。

 地上には、原型が分からない程に破壊された港と工業地帯が広がっている。まさに天災、まさしく災害。これは復興が大変そうだと、燈也はどこか他人事のように考えていた。

 

「ご無事ですか、王よ!」

 

 一息ついていると、戦車から降りてきたリリアナが駆け寄ってきた。

 毅然としていた服装はずぶ濡れの泥だらけで、《妖精》とまで謳われた清廉さは見て取れない。

 

「なんとかなぁ...。いや参った、まさかあの爺さんがここまで強いとは」

「だから言ったではありませんか! 侯爵に喧嘩を売るとは正気の沙汰ではないと!」

「ははっ、ごめんごめん」

 

 正直な話、この戦いに置いて燈也は何度も死を覚悟したし、実際『一度死んだ』。それくらいヴォバンは強かったし、燈也の見立ては甘かったのだ。

 

「全く、これじゃあいつに『死ぬの早すぎ』とか言われるのも.....ん? あいつ、って...誰だ...?」

 

 首を傾げる。

 今の燈也には、パンドラの記憶はない。生と不死の境界を抜けた後は、彼女や境界での記憶は残らないのだ。何やら色々とアドバイスをする自称・カンピオーネ達の母パンドラだが、それはほとんど意味を為さないアドバイスだ。アドバイスされた側が覚えていないのだから。

 

「っ! それです!」

「どれです?」

 

 ピッ、と指を差してくるリリアナに、燈也は再度首を傾げる。

 何を言われているのか理解出来なかった。

 

「侯爵の爪に貫かれた時! 生き返るなら生き返ると言ってから死んでください!」

「そんな時間あるかよ。こちとら死んでんだぞ。胸貫かれて」

「時間くらいどうとでもするのが王の器量というものでしょう!?」

「んな無茶な」

 

 燈也が生き返れたのは、《生命なる混沌の海》の能力だ。

 ティアマトは竜。竜蛇の持つ《不死》の性質を燈也は持っていた。

 

 しかしこれは、本来であれば簒奪し得なかった能力だ。

 燈也がティアマト神の肉を喰らったが為に半ば無理やり簒奪する形になった半端の能力。パンドラの儀式を通した簒奪ではない故に、その不死は完璧ではなく、死体が原型を留めていなければ蘇生は出来ない。加えて、使用は一日に一度までとなっている。

 

 正確に言えばこれは《生命なる混沌の海》の権能ではないのだが、まぁ似たようなもんだと燈也は考えていた。

 

 

 ぐ〜、と燈也の腹が鳴る。

 

「...ふむ。腹が減ったな。リリアナ、飯食いに行くぞ。牛丼屋くらいならこの時間でもやってんだろ」

「あ、お待ちください王よ! まだ話は終わっておりません!」

 

 疲労からか、震える脚にムチを打ち、燈也は街の方へと歩き出す。

 後を追うリリアナは、分かった説教は後にしてやるから先に風呂に入ろう(意訳)と、朝日に照らされて輝く銀髪を跳ねさせた。

 

 

 * * * * *

 

 

 

「終わったみたいだな」

 

 燈也達から少し離れた場所。崩壊した工場の鉄塊の上に、護堂の姿はあった。

 戦いの最中にヴォバンの権能を《戦士》の力で斬り裂いた張本人だ。

 

「全く、エリカに言われた通り来ておいて良かったな。あんなのを街に落とされちゃ、たまったもんじゃない」

 

 先程の光景を思い出し、護堂は嘆息する。

『手は出すな』と言われていたが、あれは看過できる状況じゃなかった。炎が落ちて来る前に祐理が祝融の神格を視れたからこそ良かったものの、それが無ければ大惨事だったと護堂は本気で肝を冷やした。

 

 気疲れしたのか、護堂の隣では祐理がヘナリと座り込んでいる。

 そのまた隣で、エリカは先の戦いを思い出していた。正確には、燈也についてだ。

 

「(あのヴォバン侯爵相手に、たった一人でここまで...)」

 

《貪る群狼》、《死せる従僕の檻》。それらはヴォバンが最も使う権能であり、ヴォバンの象徴とも言える権能だ。

 ほぼ無限に湧き出る狼と、大量の従僕達。数で圧倒するヴォバンに対して、燈也が持っていた権能は相性が良かったと言える。

 互いに権能のタイプは大量殲滅と後方支援。莫大な力で全てを薙ぎ払うか、眷属らを召喚してそれらに戦わせる手法の権能だった。

 それでいて、燈也個人の力量も高い。今はまだ護堂と友好的であるからいいものの、もし敵対するとなれば計り知れない脅威となるだろう。

 

 カンピオーネ同士が巡り合った場合、そこにある選択肢は『休戦、もしくは不可侵協定を結ぶ』か『生涯の敵と定め争う』ことのみ。

 

 敵対は得策ではない。できるのであれば、このまま護堂の友人であってほしい。

 

 そんな願いを、エリカは昇ってくる太陽に祈るのだった。

 

 

 

 

 




だからリリアナちゃんの活躍はどうしたっつってんだよォ!!!(憤慨)(王同士の戦いだから是非もない)(リリアナちゃんは弱くないぞ)

てかヴォバン強すぎて笑ってました。どう考えても現状のオリ主くん1人じゃ勝ち目ないし。侯爵が本気出してたら負けてますよね確実に。やっぱ護堂くんはすげぇんやなって。


《生命なる混沌の海》
メソポタミア神話における原初の海の女神ティアマトより簒奪した第1の権能。
海水を意のままに操り、そして海水から魔獣を生み出す能力。魔獣は魔力の続く限り生み出せるが、単体ではカンピオーネやまつろわぬ神相手では足留めになるかどうかといった程度の戦闘力。群れを成せばもう少しやれる。
人間相手であれば十分すぎる脅威であり、エリカやリリアナなど、大騎士クラスをもってしても苦戦するレベル。人間以上神獣未満の新しい生物。
また、発動中は竜蛇の《不死》の性質も付与される。これは本来得られないはずだったものだが、燈也がティアマトの肉を喰らったことで半ば無理やり簒奪した。儀式を通しての簒奪ではないため、その不死性は完璧ではない。ヴォバンのように灰から再生するなどはできず、原型を留めていなければ生き返れない。また、1日に1度しか使えないという使用制限がある。
権能の発動条件は『自身の体の一部が海に接していること』。

《母なる海の潮騒は、絶えず蔓延る生命の産声。満たし、溢れ、騒乱せよ。これなるは原初の狂騒、遥か渾沌の秩序なり》
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