問題児? 失礼な、俺は常識人だ。   作:怜哉

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働かざるもの、勝者足り得ず。

 

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 

 藤丸らが城壁を越える少し前。

 燈也は、興味本位で髑髏の剣士とことを構えることにした。

 

「山の翁、ハサン・サッバーハ」

 

 たった今告げられた剣士の名を、燈也はゆっくりと復唱する。

 燈也の直感は言っていた。「今すぐ逃げろ」と。「“ソレ”はダメだ」と。

 それと同時に、カンピオーネの本能が吼えていた。「戦え」と。「こいつは強者だ」と。

 

 理性と本能。

 せめぎ合う二つは、僅かながら本能に分があった。

 

 いつの間に俺は戦闘狂になったんだ。そう自らを嘲笑した燈也は、次の瞬間には獰猛に目を輝かせていた。

 

「天命だかなんだか知らねぇがよ。俺は今、アンタと戦うことに決めた。付き合えよ、山の翁」

「あまりに無益。我らが争うことに一切の意味なし。汝の(きっさき)が刺すべきは我でもなければ、獅子王でも、ましてカルデアでもない。汝は、惑星(ほし)の行く末を案じる者。『我ら』と同じであるように見えて、その実『我ら』とは全く異なる者。なれば──」

 

 言い切る前に、ハサンは無銘の大剣を造作なく振るった。

 剣の腹と燈也の拳が交差し、火花が散る。

 

「ペラペラペラペラ、うるせぇぞ。俺はお前と戦う。天命だとか無益だとか、んなこた全部下らねぇんだよ」

「──なるほど」

 

 ボゥ、と。髑髏の奥に蒼い炎が宿る。

 共に、可視化するほどの絶大で純粋な死のオーラが、ハサンから溢れ出た。

 

「承知した、代行者よ。汝がそう望むのであれば、我が剣をもって汝に試練を言い渡す。これは遊戯に非ず。汝が罪のささやかな贖罪と知れ」

 

 無造作に無銘の大剣を構えたハサンは、続けざまに言葉を紡ぐ。

 

「その力の真髄。異教の神力。汝が武勇を、我が前に示せ」

「言われなくとも」

 

 笑みを崩さないまま、燈也は魔力を練り上げる。

 ぶつかり合う両者の気。大気は震えない。海も静かなものだ。

 両者のオーラは絶大でありながら、異質なまでの静けさを持っていた。

 

 そんな異界とでも言えるような空間で、ガウェインは何も出来ずに立ち尽くす。

 

「(...なんだ、これは.....?)」

 

 冷や汗が止まらない。心の底から震えが溢れてくる。

 最優の騎士とまで謳われた自分が、今日この場においては塵芥と化していた。何もできない。間に入れば、羽虫が如く払われる。

 圧倒的な恐怖と、膝をつきたくなるほどの無力感。生前ですら感じたことのない悔しさを、ガウェインは噛み締めることすら出来なかった。

 ただ、圧倒される。打ちひしがれる。目の前の超常たちを、ただただ見つめるしかできない。

 

 

 

「フッ────」

 

 そんな超常の片割れ、燈也は、一息でハサンとの距離を詰める。

 懐に入り込み、肘打を一撃。関節をしなやかに使い、己の筋力以上の膂力をはじき出す。

 

「愚か」

 

 だが、その攻撃はハサンに届かない。

 直前で大剣を挟み込ませ、防いだ。と同時に、燈也の足元から蒼い炎が上がる。

 舌打ちしながら燈也は引いた。ただの魔術であれば燈也に効きはしないが、あれはそんなモノじゃない。幽谷の炎、命を燃やすものだ。燈也であっても、あの炎を受けて無事でいられる確証はなかった。

 

 一度体制を立て直し、再度襲撃する。

 無数のフェイントを混じえ、さらに速度も上げる。

 殴打、殴打、殴打。

 一撃一撃が岩をも砕く拳撃を、無数に放つ燈也。だがその全てが、ハサンには届かない。

 いや、正確には届いている。確かにハサンの胴体を捉えている。しかしながら、まるで効いていないのだ。

 

「ちっ、バケモンめ」

 

 自分の攻撃が効いていないことを悟った燈也は、一度距離を取る。

 ハサンが攻撃を防いでいるということは、燈也の攻撃は全くの無意味ではないのだろう。しかしそれは微々たるもので、決定打は疎か、目に見えるかすり傷にすらなっていない。

 

「──一つ、訂正せねばならぬか」

 

 ハサンが口を開く。

 いや、仮面の奥に本当に顔があるのかすら怪しいのだが。

 

「んだよクソ髑髏」

「汝の技は我に届かぬ、と言ったな。それは我の誤りであった。汝の武術は、我に届く刃となる」

「ぬかせ。一つも効いてねぇクセによ」

 

 悪態をつく燈也は、一度構えを解いた。

 それは油断でも、戦闘放棄でもない。次の手を打つための準備だ。

 

「汝の武術は見た。なれば次は、汝が奪いし異教の神の力を奮え。異教とはいえ、神は神。よもや無力とは言うまい」

「るっせェな。焦んなよ、今見せてやる」

 

 大剣を足元に突き刺し、待つ姿勢をみせるハサン。

 相手の全力を真っ向から受けて立つその姿を気に入ったのか、燈也は心底楽しいといった様子で、歯茎が見えるほどに笑う。

 すぅ、と一つ息を呑み、深く自分の中に沈む。表情とは裏腹に、燈也の頭の中は常に冴えていたし、冷静だった。

 

「《古の大火、天上の眩燿(げんよう)》」

 

 静かな声だが、どこまでもはっきりと紡がれる言葉。

 神々より簒奪した権能を行使するためのトリガー、聖句だ。

 

「《鳴る神は降臨し、天地を焚く霹靂とならん》ッ──!!」

 

 突如発生した光が、ハサンとガウェインの瞳を焼く。

 それからたったの一瞬すら経たず、一条の光がハサンを襲った。

 

「むぅ...!」

 

 今まで鉄壁を誇ったハサンの体が、宙に浮いた。

 そこに追い討ちをかけるように、一条だった光は十に、百に、千に。そして万に届くほど、正に無数の攻撃がハサンの体を撃つ。

 

「──シャアッ!!」

 

 だが、一方的な惨状に黙っているハサンではない。

 初めて発せられる、気の入った声。その声に比例するように、剣筋は更に速く、鋭くなる。死を与える大剣は、目視すら難しい光を捉えた。

 

「なっ、!?」

 

 斬られた光は、なんということか声を上げた。

 光は一瞬で海上にまで後退し、その正体が浮かび上がる。

 その光の正体。それはハサンも、そしてガウェインも予想していた通りのもの。

 未だ眩い発光を続けているものの、光は人間の形を型どっていた。

 言わずもがな、それは佐久本燈也だ。全身から光を放ち、斬られた左肩を右手で抑えた少年の姿がそこにはあった。

 

「.....おい、なんで今の俺(・ ・ ・)を斬れる?」

 

 深々と刻まれた傷から血は出ていない。

 それもそのはず。今の燈也は、生身ではない。

 

 アイヌの英雄神アイヌラックルより簒奪した、第三の権能。その一端。

 自らの体を雷へと変質させる権能だ。

 

 そんな雷と化した体を、ハサンは斬った。

 

「無論──」

 

 驚いた様子もなく、ハサンはゆっくりと問いに答える。

 受けた傷は確かにあるが、そのダメージなど感じさせないほどに余裕を含む声音だ。まるで、彼には痛みという概念がないのではと思えてしまう。

 

「汝が何に化けようとも、汝は汝。つまり《生者》である。であれば、我に斬れぬ道理なし」

「ちっ、師匠と似たようなこと言いやがって」

 

 ちなみに燈也の師匠(羅濠教主)はこう言った。『雷だろうが霧だろうが、そこに存在するのなら殴れる』。あまりに理不尽だ。

 その言葉通り、燈也は彼女にフルボッコにされた。

 

「けどまぁ、雷の速度に着いてくんのは楽じゃねぇだろ」

「楽ではない。だが、苦でもない。汝の溢れんばかりの《生》を感じ取るは容易なり」

「そうかい。ならこっちはどうだ」

 

 言って、燈也は海を軽く足で叩く。

 そう、今燈也が立っているのは海上だ。故に、第一の権能の発動条件を満たしているのである。

 

「《母なる海の潮騒は、絶えず蔓延る生命の産声。満たし、溢れ、騒乱せよ。これなるは原初の狂騒、遥か渾沌の秩序なり》」

 

 海が胎動した。

 うねるように海が揺れ、海底付近で《仔ども》が産まれ落ちる。

 

「...ほう」

 

 唸るハサン。

 彼は、新たなる生命が産まれたことを確かに感じた。

 

「これは召喚の類に非ず。真に生み出すか。原初の御業、権能を名乗るに値する」

 

 瞳が蒼く、怪しく光る。

 だが、ハサンに動きはない。ただゆっくりと、新たな生命を見定める。

 

「悠長なこった。こいつを見て、まだその余裕を保てるか?」

 

 再度、海が胎動する。

 それをもって、一つの命が完全に誕生した。

 

 海面が、爆発したかのように弾かれる。

 大量に上がった水飛沫が霧となり、辺り一帯を覆った。激しい豪雨に見舞われた時のような、少し先すら霞んでしまう。

 その中に、一つの影が浮かび上がった。

 巨大な影だ。海上に現れている分だけで、数十メートルはあるか。聖都すら呑み込みそうな、巨大な影。

 その首は、七つに(わか)れている。一つ一つが意志を持ち、獰猛な性格の持ち主だ。

 

「喜べ、山の翁。こいつは俺の《仔ども》の中でも特に強い。そして何よりデカい。名をムシュマヘ。どうだ、可愛いだろう?」

 

 なにが可愛いものか、とガウェインは心中叫び散らす。

 

「さぁさぁ、暗殺者さんよ。この巨体を相手にどうやって──」

 

 言い終わる前に、燈也は身震いした。

 寒気が襲ったのだ。背筋を駆け巡る「恐怖」という名の寒気が。

 反射的に、塩水の球体を防御壁として展開する。

 

 燈也に、攻撃は向けられなかった。

 静けさが場を支配する。その静けさは燈也の焦りに拍車をかけ──

 

「(...静か、すぎる?)」

 

 声が聞こえない。たった今誕生した、仔どもの産声が、聞こえないのだ。

 バッ! と燈也は天を見上げる。その目線の先には、ムシュマヘの頭があるはずだった。否、確かにそこにはムシュマヘの七つの頭があった。

 

 ──重力に従い、落下してくる七つの頭が。

 

「.........は?」

 

 思わず、燈也の口から声が漏れる。

 理解ができない、脳の処理が追いついていない。

 あまりの出来事にフリーズし、呆けてしまう。

 

「憐れ」

 

 地の底から響くような、厳格な言葉。

 その言葉の意味すらも、今の燈也の頭には入っていない。

 

「汝が創る者であるならば、我は壊す者。死を贈る者なり」

 

 首斬りの下手人たるハサンが、城壁の上で大剣を足元に突き刺す。

 そこには怪物を斬ったという驕りすらない。ただ死を与えた。告死の剣を振るっただけ。

 

「生あらば死あり。死をもって、汝らの救いとせん。故に──首を出せ」

 

 冠位の名は、伊達ではない。

 

 

 * * * * *

 

 

 生命が産まれ、そして散る。

 戦場とは須らく死の渦巻く場ではあるが、今の状況は少しだけ異様だった。

 

『kraaAAaaAaaAAaaaa!!!!!!』

 

 万を越える人型の魔物、燈也が創ったラハムが、たった一人の老人へと襲いかかる。

 が、

 

「屍を晒せ」

 

 たった一刀の元に、百を超えるラハムが骸と化す。

 一対万。象が蟻を踏み潰す様は度々比喩として挙げられるが、それを上回る、個による群の蹂躙が行われていた。

 

「ちっ。どうなってんだ、あのじじいは」

 

 数秒ほど放心していた燈也だったが、すぐに戦略を立て直した。

 とは言っても、有効打などありはしない。数で足留めするしか、今は方法が思い付かなかった。

 しかし、それも長くは続かない。ハサンの実力が高いことに加え、魔獣補充に限りが見えてきたのだ。

 

「(ざっと、あと百万くらいなら創れる。だがそれだけ。単純計算で、奴が千回剣を振るえば全滅させられる)」

 

 千回剣を振るとは、決して容易なことではない。だが、山の翁にとって苦ではないはずだ。それを悟った燈也は、背中に嫌な汗が流れるのを感じる。

 

 燈也の創る魔獣の原料は海水だ。

 魔獣の体積と同等の海水を使って生み出している。

 燈也の魔力が底を突くことはそうそうない。だが、海水には限りがある。

 実際、先程から目に見えて水位が下がってきていた。まだまだ余裕はあるが、ハサンの蹂躙を目の当たりにすると悠長にはしていられない。

 

「一か八か...やるっきゃねぇか」

 

 頬に一筋の冷や汗を垂らした燈也は、覚悟の表れとばかりに、三度深呼吸をした。

 目を閉じ、ゆっくりと息を吸い、吐く。

 それをもって、燈也の覚悟は決まった。

 

「おい、ガウェイン!」

 

 戦いに割ってはいることも、逃げることも出来ずにいたガウェインへ、燈也は声を張った。と同時、雷速でガウェインの傍に行く。

 

「その剣貸せ。ちょっと突っ込んでくる」

 

 言って、立ち尽くすガウェインから鞘ごとガラティーンを奪い取った。

 何を、とガウェインが呻く前に、燈也はラハムの間をぬってハサンに接近する。

 まさに疾風迅雷。誰の目にも留まることなく、一秒にすら満たない時間でハサンに肉薄する燈也。

 雷と化した燈也がハサンの胴を穿とうとする、その刹那だった。

 ハサンの瞳が蒼く灯る。

 

「愚か。あまりに、愚か」

 

 言葉と共に、ハサンの大剣は振るわれた。

 百のラハム共々、雷である燈也の首を一振りで両断する。斬られた燈也は声すら出せずに、ハサンの後ろへと斬り飛ばされた。

 ハサンの剣は、概念ですら斬り裂く。雷であろうと、燈也は斬られ、命を絶たれたのだ。

 

 

 

 そう、たった一度、命を絶たれただけ。

 

「愚かはそっちだ、クソ髑髏」

 

 両断されたはずの燈也が、日輪の剣を一閃する。

 完全に、ハサンの知覚外からの一撃。太陽のエネルギーを内包した剣は、ハサンの左半身を斬り裂く。

 

「うぉ...!」

 

 さしものハサンですら、死者から攻撃されるとは思ってもいなかったようだ。灼熱に焼き切られたハサンの左半身は、地面に落ちる。不思議なことに鮮血が散ることはなかったが、燈也の手には確かな手応えがあった。

 半身を切り落とした程度で燈也は止まらない。ガラティーンの力を無理やりに引き出し、真名解放もせずにその灼熱を放出する。

 

「燃え散れ!!!」

 

 業火が上がった。

 太陽が如き炎熱が、ハサンと、斬り落とされたハサンの半身を包む。

 

「おぉおおぉぉぉおお!!!」

 

 ハサンは片手で剣を振るう。吼えることで自身に喝入れし、ガラティーンの灼熱を斬り倒す。

 だが、切り離されたハサンの半身はそうはいかない。業火に焼かれ、その形を炭へと変え、そしてそれすらも燃え散った。

 

 半身の焼失。

 これはいかなる英雄であろうと、豪傑であろうと、そして神であろうとも致命傷だ。

 最期の足掻きでガラティーンの炎を斬った。それは凄まじい執念であり、異常なタフネスである。

 

 

 敵ながら天晴(あっぱ)れ。

 今まで屠ってきた神々にさえ示さなかった敬意を、燈也はハサンに表す。

 ハサン・サッバーハは強かった。燈也がここまで苦戦し、畏れ、そして何より心の底から戦闘行為を楽しんだのは、それこそ対神や対魔王(カンピオーネ)以来だ。

 渇きかけていた心に十分すぎる潤いを与えてくれた相手。今までで一、二を争う強敵であったハサンを看取ろうとし──異様な気配に見舞われる。

 

「ッ、!?」

 

 ほぼ反射で飛び退いた燈也の左肩から右横腹にかけて、一筋の傷が走った。

 幸い傷は浅く、致命傷には至っていない。

 

「(なんだ、新手か? どこだ? この傷は刃物...剣か? 槍か? どこから狙われている?)」

 

 全身の毛が逆立つほどに警戒心を高め、燈也は低く構える。

 周りに視線をやるも、目に見えるのは動かないガウェインくらいなものだ。ほかには何もなく、また姿を消す相手が現れたのかと思い感覚を研ぎ澄まし───

 

「(──あの髑髏野郎はどこいった?)」

 

 ゾクリと、氷のような冷たいものが燈也の背筋に走った。

 そしてそんな燈也に呼応するかのように、“ソレ”はゆっくりと、這い寄るように現れる。

 

「見事なり」

 

 燈也の背後から、(おごそ)かな声がした。

 まるで冷水でもかけられたかのように燈也の心臓が飛び上がり、全身を警鐘が駆け巡る。

 聖句を唱える暇もない。無理やり一瞬だけ雷化して、転げるようにして背後の“ソレ”から一気に何十メートルも距離を取る。

 それでも尚、燈也の中から警鐘が鳴り止むことはない。

 

 目を見開き、驚愕に染まった顔で“ソレ”を見る。

 ありえない。そう断言する頭を否定するように、“ソレ”はただただ悠然と、そして堂々と立っていた。

 

「汝は我に示した。汝が力、神すら屠るその武勇を。故に、汝の試練はここに満たされ、同時に我が晩鐘も次なるモノへと向けられる」

「な、にを」

 

 言っているんだ。

 そう言葉が続く前に、“ソレ”──半身となったハサンは、燈也の言葉を遮るように、最初から聞いてなどいないという風に、語り続ける。

 

「見よ、代行者よ。世界を繋ぎ止める彼の楔が今、解き放たれるぞ」

 

 ハサンの視線が、その意識が、自分から外されたことを燈也は察した。

 だが、その隙をつくことなど、最早燈也にはできない。そんな気力が起きてこないのだ。

 故に、ハサンの意識の先にある方向...聖都の中心へ視線を向ける。

 

 

 

 

 ────聖槍、抜錨。

 

 黄金に近い、白亜に煌めく光の障壁。

 善を取り込み、悪を拒絶する、獅子王が築きしヒトの標本。それが今展開され、そして────

 

 

 ────突如降ってきたピラミッドと謎の光線によって破壊される。

 

 

 

 

「...なんなんだ、ちくしょう」

 

 理解の及ばない超常を見せられた燈也は、小さく呟く。

 獅子王の計画はある程度知っていた。敵対勢力として、カルデアや山の民だけではなく、エジプト領の神王(ファラオ)がいることも知っていた。

 

 だが、ここまでは聞いていない。

 聖槍を発動させることは人類史を救うことであるとしか聞かされていないし、獅子王の敵がここまで規格外な存在であるということも、燈也は知らなかった。

 

「汝には罪がある。『無知』...否、『知ろうとしなかった』、という罪である」

 

 消え去った光の障壁の残滓を見ながら、燈也はハサンの言葉に耳を傾ける。

 

「汝は知らなければならなかった。獅子王の真意を、神王の展望を、カルデアの覚悟を。それを知り得なかったのは、汝の怠慢である。汝は己の欲に従った。それを悪とは言わぬ。だが、怠慢は罪である。働け、愚か者め」

 

 所詮、対岸の火事。自分が満たされれば、この世界がどうなろうと関係ない。

 そういう思いは、確かに燈也の中にあった。だからこそ一度は獅子王と戦ったし、今はこうして獅子王の敵と戦っている。

 強者との、心を震わせるほどの戦いをしたい。だから前情報はいらず、事前の対策を立てないことで強敵をより強敵たらしめる。そんな愚かな我欲のためだけに、燈也は全てを放棄した。

 

 それが全て間違いだったとは燈也自身思っていない。

 だが、こうして実際に関わっている以上、これはもう対岸の火事などではないのだ。

 

 故に、燈也は恥じる。

 獅子王や円卓の騎士を屠ったことで浮かれていた自分を。もっと楽しい戦いがしたいという建前で「知る」という努力を怠った自分を。

 

 これが本当に対岸の火事であるのなら。静観し、その観戦を愉しむだけであるのなら。「知ろうとしなかった」ことは罪にはならない。

 だが関わるのであれば、最前を尽くすことが何よりも重要であり、燈也の義務だったのだ。

 

「汝の罪を認めたか? 己の檮昧(とうまい)さを胸に刻んだか? ──ならば行け、代行者よ。二度と、同じ誤ちを犯すことは許さぬ。怠慢は大罪であると知れ。次はない」

 

 そう言い残し、ハサンは霧のように消え去った。

 燈也の感知能力を全力で展開してもきっとハサンは見つからないし、見つけたところで燈也に為す術はない。

 いや、というより、それより優先すべきことが今はある。

 

 

「ほらガウェイン。剣、返すな」

 

 鞘に収めた太陽の聖剣をガウェインに返した燈也は、ゆっくりと聖都の内側へ向かって歩き出す。

 光の障壁すらない今、獅子王の元へ向かうのは、雷化してしまえば一瞬だ。しかし燈也はそれをしない。「知る」という行為は、何も「他人に聞く」ことが全てではない。「考える」ことも重要だ。

 玉座まで、徒歩でおよそ一時間ほど。深く考えるには足りないくらいだが、時間が無いよりはマシだ。

 先に聖都内部に侵入したカルデア陣営が獅子王を討つのではないか、という心配もあったが、直後にそれはないと確信を得る。断片的ではあるが、未来が視えたからだ。あと一時間は、獅子王は無事である。

 

 

 山の民と聖都の騎士が刃を交える戦場の只中を、燈也は考え事をしながら横断する。

 戦場においてそんな無防備な輩は格好の的だが、燈也に襲いかかる凶刃も弓矢もない。

 その場にいる誰もが、燈也という存在を認識できずにいたのだ。

 あの白夜叉でさえ見失う燈也の本気の気配遮断能力を破れる者など、この特異点全体をみても、誰一人として存在しない。

 

 

 * * * * *

 

 

 獅子王、アルトリア・ペンドラゴンは、ほぉと息を吐いた。

 

「我が聖槍の外装を破るか。ついに本気を出したな、エジプトの王」

 

 崩れ去る光の障壁を眺めながらも、アルトリアに焦りはない。

 彼女にとって、ファラオ・オジマンディアスは難敵だった。しかし、障害にはなり得ない。

 聖槍の外装が剥がされたとはいえ、そのためにオジマンディアスは持てる魔力を使い切った。こちらが撃った聖槍の極光は防がれたらしいが、エジプト領土の崩壊は時間の問題だ。

 

 あとは、自分の騎士達が異教徒を討つか、たとえ抜かれたとしても自ら手を下せば良い。

 

 残る問題は──

 

「獅子王」

 

 声がかかる。

 玉座の前に跪く、一人の少女。異界の魔王が引き連れてきた騎士である。

 

「どうした、リリアナ・クラニチャール」

 

 リリアナ・クラニチャール。

 彼女こそ、アルトリアが抱える問題の一端である。

 

 彼女自体が問題なのではない。

 正確に言うと、彼女の主たる異界の魔王、佐久本燈也こそが悩みの種だった。

 燈也の力は、全力のアルトリアに匹敵する。先程見た巨大な生物も、燈也が出したものだという。リリアナからそれを聞いたアルトリアは、畏れを越えて呆れたものだ。

 もし燈也が、自分達に牙を剥くことがあれば。カルデア側に助力したとすれば。それは聖槍の崩壊を意味する。今のアルトリアに、カルデアと燈也を同時に相手取る力などない。というより、燈也一人に殺られてしまうだろう。

 

 燈也が敵になることだけは避けたいという神らしからぬ感情を抱いたところで、リリアナから再度声が投げかけられた。

 

「例のカルデアという者たちについてですが、つい先程、この王城に侵入したとの報告がありました。サー・モードレッドは討死なされたようです」

「そうか」

 

 リリアナの持つ情報は、偵察に行ったカレンと、リリアナが放った使い魔から上がってくるものだ。

 カレンや使い魔の見た情報が、念話等の魔術でリリアナの元に集まる。向かってくる敵以外に興味のないカルデアが相手であれば、偵察などは楽な仕事だった。

 

「我が王、佐久本燈也についてですが」

 

 ピクリ、とアルトリアの眉が動く。

 それに気付かないリリアナは、言葉を続けた。

 

「サー・ガウェインと共に敵の騎士と思われる者と交戦。のちに、敵騎士と我が王は姿を消しました」

「.....なに?」

 

 姿を消した。しかも、敵と同じタイミングで。

 それは不味いのでは? と考えるアルトリアに、更に報告があがる。

 

「敵の撤退を見届けた後、こちらに向かってこられるものだと思われます」

 

 なるほど、と頷くアルトリア。

 姿を消したというよりは、見失ったという方が正しいのか。そう思い、安心したように瞳を閉じる。

 

「して。貴女なぜここにいる? 主の元へは行かぬのか」

 

 これは警戒や探りなどではなく、ただの疑問だ。

 リリアナの仰ぐ王は自分ではなく、燈也。ならリリアナが居るべき場所はここではなく、燈也の傍であるはずだ。

 

「...我が王は、強い」

 

 先程までの事務的な声音から、打って変わって感情的な声になる。

 どこか震えた声で、リリアナは続けた。

 

「正直なところ、私が傍にいると邪魔になるのです。現に、獅子王と対峙した際は、私やカレンが人質となったことで勝利を掴み損ねた」

「貴様らがいなければ私が負けていた。そう言いたげだな?」

「恐れながら、それが事実でしょう」

 

 確かに、とアルトリアは思う。

 顔や仕草に出したりはしないが、あの時邪魔が入らなければ、負けていたのはアルトリアの方だ。

 

「故に、私はここにいるのです。受けた恩義を返すため。我が王にとって最善と思われる行動をするため。微力ながら、貴女をお守りします、獅子王」

 

 自分に自信があるわけではない。

 モードレッドすら退けたカルデアという敵に対して、自分にできることがどれだけあるか。もしかしたら何もできないのかもしれない。

 だが、何もしないわけにはいかない。

 それは自信云々以前の話だ。受けた恩を返さぬのは騎士として許されないし、なにより主である燈也の顔に泥を塗る行為であると、リリアナは思っていた。

 

 燈也からの指示はない。しかし、これが今自分にできる最善だ。最も貢献できるであろう行為だ。

 だからリリアナは獅子王を守るために妥協も出し惜しみもしない。だが──

 

「(全ては、我が王の御心のままに)」

 

 斬れと言われれば、獅子王にだって剣を向ける。カルデアに与することだって厭わない。

 そういう覚悟を、リリアナは密かに固めていた。

 

 

 

 




その凄まじい剣技や即死にばかり目が行きがちだが、実は「戦闘続行EX」は“山の翁”の保有するスキルの中でも極めて特異なもので、これは例えどれ程の深手を負い、肉体が半分消し飛んだとしても五体満足時と同様の能力を発揮できるという、通常の戦闘続行とは次元の違う、「生きているのか死んでいるのかさえ分からない」とも形容される異常な能力である。
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