「説明を、求めてもいいかな?」
張り詰めた声音でそう言うのは、ロマニ・アーキマン。現カルデアの指揮官を務める医者だ。
そんなロマニの目線の先にいるのは、三つの人影。
魔女見習いのメイド少女、カレン・ヤンフロクスキ。
今はまだ気絶している剣の妖精、リリアナ・クラニチャール。
そして、神殺しの魔王を名乗る少年、佐久本燈也だ。
「説明か。何が聞きたい? 答えてやるよ」
彼らがいるのは、カルデアの管制室。
レイシフト用のコフィン等が設置されている、人理救済になくてはならない場所だ。
なぜそんな場所に燈也たちがいるのか。少し時間を遡る。
ベディヴィエールによって聖剣の返還が成された後、すぐに特異点は崩壊を始めた。
ベディヴィエールの振るった聖剣によって、聖槍が破壊されたからだ。
立香やマシュなどのカルデアに所属している者たちは、時代からの強制退去を。アーラシュや、外で戦っている玄奘三蔵や俵藤太のような野良サーヴァントは、座への帰還を。
それぞれが、それぞれの場所へ帰っていく。
そんな中で、燈也やリリアナ、カレンはどこにも消えることなく、特異点に留まり続けていた。
というより、彼らは強制的にこの特異点に引きずり込まれたのだ。帰る方法など分かりはしない。
「あの爺さんが何かしら手を出してくるって思ってたんだがな」
瀕死の獅子王と少しだけ言葉を交わしたあと、上空を旋回していた馬車を呼び戻す。カレンは無事だが、リリアナはまだ目を覚まさないようだ。血が足りていないのだろう。また大怪我のショックからか、熱も出ているようだ。
例え世界が崩壊しようが、燈也はどうにかできる気がしていた。根拠は何一つとしてないが、事実、無事に箱庭なりどこなりに帰還できただろう。
しかし、ここにはカレンと、傷付いたリリアナがいる。
彼女らを連れて無事に乗り切ることは、ほぼ不可能だろうと感じていた。ただの勘ではあるが、燈也の勘はよく当たる。
さてどうしようかと悩む燈也の目に、とある残滓が映りこんだ。
それは、人類最後のマスター、藤丸立香の残滓だ。カルデアへと帰還したはずの立香だが、まだ完全ではなかったのだろう。
漂う残滓が、どこかに消えていく感覚を視る。あれは、過去に燈也が三回経験したものと、もしかして似ているのではないだろうか?
燈也は三度、世界を渡っている。ついでに言うなら、アストラル界にだって行っているし、アイーシャ夫人に巻き込まれて妖精卿の通廊を渡ったりもしている。
『世界・時代を渡る』という感覚は、燈也の身に刻み込まれていた。
「ま、やってみなきゃ始まんねーよな」
そう言って、燈也は出しっぱなしにしていた馬車の運転席へと飛び乗る。
一度降りていたカレンを再度中へ放り込み、燈也は手綱を振るった。
狙うのは、微かに残る立香の残滓。その向こう側。
次元だかなんだかの計算は燈也には分からない。だが、不可能を可能にしてこその燈也である。
「しっかり捕まってろよ、カレン。あとリリアナをちゃんと抑えとけ」
切れないように、しかして逃さないように。丁寧かつ力強く、立香の残滓を手繰り寄せる。
僅かに繋がる時空の穴を見つけ、無理やり押し開き、そして──
「目を開けば、そこはまさに新世界だったってわけさ」
と、燈也は軽々しく時間旅行の真相を口にする。
いや、キャメロットは特異点であって特異点ではなかった。聖槍の出現により、あの時代、あの領域は完全に世界から切り離された異界だった。
そんな場所から、レイシフトの残滓だけを頼りにカルデアへと到達する。そんなことは、万能であるダ・ヴィンチですら不可能な所業だ。
そんな不可能を平然と可能にしてみせる目の前の少年は、カルデアにとって十分すぎるほどに脅威だった。
得体の知れない燈也へ、立香が一歩前へ出て話しかける。
「やぁ。はじめまして、とは少し違うかな。俺は藤丸立香。このカルデアでマスターをやってる者だ」
「せ、先輩!?」
立香の行動に、マシュが思わず声を上げる。
マシュだけではない、その場にいたロマニを初めとするカルデアの職員や、数人の英霊たち。全てがギョッとした様子で立香に注目した。
「まぁ、ちゃんと喋んのは初めてだしな。俺は佐久本燈也だ。よろしく、立香」
意外にも、燈也は朗らかに立香の挨拶へと応えた。それどころか手を差し出し、握手まで交わしている。
これにはカルデア側も、そしてカレンも驚いた。
「じゃあ、燈也でいい?」
「ああ、いいぜ。それで立香、お前は何を聞きたい?」
周りの反応など何処吹く風。
立香はその化け物じみたコミュ力から、燈也は立香への興味から、互いにテンポよく会話を広げていく。
「それじゃ、まずは燈也の目的からかな。俺が聞いてた話じゃ、キミは獅子王の味方だったんだろ? どうして獅子王を裏切ったの?」
「それは違うな。俺は元々獅子王の味方じゃない。俺はお前らと戦うために聖都にいたんだ」
「俺たちと?」
「ああ。まぁもう少し細かく言えば、獅子王を狙って城を攻めてくる強者と、ってことになるな。獅子王や円卓の騎士共とは一回戦ってたから、今度は別のやつと戦いたかったんだ」
「じゃあ、なんで最後は獅子王と戦ったの?」
周囲を置き去りに、二人の会話は横行する。
「髑髏野郎に言われたんだよ。考えて行動しろ、ってな」
「髑髏野郎?」
「あー、なんつったか。ハサン・サッバーハだったか? 大剣持った、髑髏の仮面をした大男。お前らの味方だったんだろ? ガウェイン襲ってたし」
「あっ、キングハサンのことか」
ポン、と立香は手を叩く。
そんな立香を見た燈也は、ニッと笑って続きを話す。
「そんで考えた結果が、魔術王を倒すことだった。だから俺はここに来たんだよ。魔術王と戦おうっつーお前ら、カルデアのところにな」
全ての元凶と言われた魔術王。
人理を燃やされようが燈也には関係のないことではあるが、燈也はこう考えたのだ。
『魔術王ってむちゃくちゃ強ぇんじゃね?』、と。
かつて白夜叉から一時的にでも逃げた男とは思えない、なんとも好戦的な思考。やはりカンピオーネとして、日々思考が侵食されていっているのだろう。今の燈也であれば、相手が白夜叉であっても笑いながら挑み、そして完膚無きまでに敗北する。
危険なほどの闘争心。
現世であれば忌避されてもおかしくない燈也の思想だが、数々の英雄と契約し、共闘してきた立香にとって、そんな燈也の闘争心など見慣れたものだった。
「じゃあ燈也。キミは、俺たちの仲間になってくれるってこと?」
「ま、そう捉えてもらって構わねぇよ」
「そっか。それじゃあよろしく頼むよ、燈也」
「おう」
かくして、神殺しの魔王は、人理を取り戻すための戦争へと身を投じることとなった。
* * * * *
燈也たち一行がカルデアに留まってから、二日が経った。
その間に、燈也がカルデア中の戦闘自慢な英霊たちと片っ端から戦うなどというネロ祭が如き宴が開催されていたのだが、長くなるので割愛。
燈也の奔放さと暴れ具合にさすがのロマニやダ・ヴィンチも「ぴえんこえてぱおん」などと口にし始めた頃、リリアナは目を覚ました。
「...ん、ぁ.....?」
重い瞼を上げ、ボヤける視界が得る情報を鈍く回る脳で解析する。
リリアナの視界には、青白い壁があった。いや、リリアナが仰向けに寝ていることから、彼女が見ているのは壁ではなく天井なのだが。
清潔感のある壁だなぁ、などとぼんやり考えるリリアナの耳を、凛とした声が刺激する。
「目を覚ましましたか」
決して柔らかくはないが、真摯。どこか緊張感を持たせるような、そんな声だ。
リリアナがそちらを見てみると、そこには一人の女性が立っていた。
赤い軍服のような上着に、黒のミニスカート。白いストッキングと、これまた白いブーツを履いている。淡く渋い紅色、日本語でいうところの御所染の長い髪は後ろで三つ編みにされ、それを一つの円にするようにして纏めていた。
人体ではまずありえないはずの赤目でリリアナを一瞥した女性は、リリアナの額に触れ、瞼の裏を観察する。
「ふむ。ほぼほぼ完治と言って良いでしょう。ミス・クラニチャール、こちらを。カルデアで開発された貧血に効くサプリです。三錠飲みなさい」
そう言い、サプリとコップに入った水を差し出す女性。
訳が分からなかったが、とりあえず従わなければ酷い目に遭うかもしれない、という謎の警鐘に駆られ、リリアナは大人しくサプリを飲んだ。
「よろしい。それではもう少し横になっていなさい。大事を取ってあと半日はベッドの上です」
カルテのようなものを取り出し、何かを書き記す女性。
そんな女性に、リリアナはおずおずと質問した。
「あの...ここは一体...? 貴女は誰なのですか?」
「ここはカルデア。人理継続保障機関フィニス・カルデアです。細かく言えば、その中の病室の一つになります」
カルテから目を外し、女性はリリアナに向き合った。
その強い瞳はリリアナを萎縮させるが、やはり恐れといった感情は抱けない。女性の持つ“優しさ”と、彼女の纏う張り詰めたような雰囲気とがせめぎ合っているのだろう。
「私の名はフローレンス・ナイチンゲール。失血で気を失っていた貴女を治療していた、ただの看護婦です」
「はぁ、なるほど、クリミアの天使ですか」
もはや驚きなどない。伝説の騎士王(if)や円卓の騎士が、《英霊》などという上位の存在として現世に蘇った様を見てきたリリアナは、もはやその程度で驚くことなどない。
ふっ、私も肝が据わってきたものだな。などと内心で呟いてみるリリアナに、女性、ナイチンゲールは語った。
「天使...? ふふっ、おかしなことを言うのね」
「とか言いながら何を貴女はそんな巨大な注射器を取り出しているのですか!?」
「これですか? これは栄養剤です。これを打てば三日は飲まず食わずで生きれます。まぁ、実際に食事から栄養を摂った方が良いのだけれど、仕方がないわ」
「何が仕方がないのですか!!!」
「あまり興奮しないで。貴女には血も、栄養も足りていないのだから」
「ついさっきサプリを飲んだでしょう! ひっ...!? い、いやっ、やめ...!? そ、そんなに太いもの入るわけが.......アッ────!!!」
数時間後、リリアナの体はとても元気になった。
* * * * *
「よっす。起きたんだってなぁ、リリアナ」
酷い目に遭ったとシクシク泣くリリアナにそう声を掛けるのは、リリアナの主、燈也だ。
急遽開催されたネロ祭擬きはまだ続いているものの、その合間を縫ってリリアナの見舞いにきたのだ。
「...佐久本燈也」
ぐずっ、と鼻を啜るリリアナは、大粒の涙が溜まった目で燈也を見る。
ちなみにだが、今ここにナイチンゲールはいない。先程ネロ祭で負傷者が出たため、そちらの治療に向かったのだ。
ナイチンゲールがいないことを確認したからこそ、燈也はリリアナの病室に現れた。
キャメロットにいた時から今までずっと寝ていたリリアナに、燈也は軽く現状の説明をする。
まぁ説明とは言っても、一応の目標となった魔術王打倒と、それに伴うカルデアへの助力。その二つだけだ。特に時間がかかるような内容でもない。
すぐに説明を終えた燈也は、カレンが用意したであろうリリアナの見舞い品である果物に手を伸ばしつつ、世間話でもするように会話を始める。
「二日も目ぇ覚まさねぇからちっと心配したぞ。俺の騎士なら、血くらい五秒で作れ」
「人間の限界を知ってください、王よ」
燈也が自分のことを心配してくれていた、ということに若干喜びつつ、リリアナは答える。
と同時に、リリアナは自分のことを酷く情けなく思った。
魔王の騎士たる自分が、このような体たらく。配下の不出来は、そのまま王の恥になる。
燈也の顔に泥を塗ってしまったと、リリアナは深く落ち込んだ。
そんなリリアナの心情を悟った燈也が、ポンとリリアナの頭に手をやる。
「ま、あんま気落ちすんなよ。お前が負けたアーラシュな? 俺も昨日戦ったけど、ありゃ強ぇ。ギフト持ってる円卓の騎士とでも互角くらいにはやりあえるんじゃねぇかな、アレは」
正確には、リリアナが戦った特異点のアーラシュと、カルデアで召喚されたアーラシュとでは若干違いがあるのだが、性能という面ではほぼ同じだ。
「それに、負けるのは恥じゃない。そこから何も学ばず、変わろうとしないことが恥なんだ。なんでこうなったのかしっかり考えて、そんで次は負けるな」
リリアナの頭に置いた手を少し下げ、額を軽く
「あう」と弾かれた額を抑えながら燈也を睨むリリアナは、唇をギュッと結んでから頭を下げる。
「王の顔にこれ以上泥を塗らぬよう、命を懸けて精進します」
「そんな固くなんなよ。けどま、俺の騎士ってんなら、円卓くらいは倒してもらわねぇとな?」
「王の命令とあれば、必ずや」
「だから固くなんなってのに」
燈也は再度デコピンをしようとするが、頭を下げているリリアナの額は弾き難い。という理由で、ちょうど良い位置にあったリリアナのツムジを弾き、踵を返す。
「気楽にやれとは言わねぇけど、あんま固すぎても成長の妨げになるぞ。柔軟にな」
そう言い残し、燈也は病室を後にする。
燈也が向かうのは、シュミレーションシステムで作り上げられた古代ローマ帝国の街。
時の皇帝、ネロ帝の誇る黄金宮殿の庭園...の上に、ネロ帝より後世の皇帝によって建てられた
「次は誰が相手なんだろうなぁ」
まだ見ぬ英傑に心躍らせ、燈也は闘技場へと向かう。
その足取りは軽く、燈也の心が満たされていることを如実に表していた。
燈也がカルデアに来て、今日で二日。
男子三日会わざれば刮目して見よ、とはいうが、たった二日での燈也の成長は目覚ましい。
よく食べ、よく寝て、よく戦う。
成長する条件を十二分に備えているのだ。
人類最後の砦、ここ以外はすべて燃えてしまったというから、一体どれだけ悲惨な場所かと思っていたが、燈也の予想を良い意味で越えて、カルデアの設備は整っていた。
蛇口を捻れば水やお湯が出るし、施設の隅々まで掃除が行き届いているうえ、食料も良いものが揃っている。さらにその生活環境を維持するために日々家事に勤しむ英霊も多数存在していた。心を充実させるには十分すぎる下宿だ。
加えて、ここには歴戦の戦士たちが大勢いる。
修羅神仏と比べてしまえば見劣りするかもしれないが、それでも彼らは世界に名を刻んだ英傑だ。中には神の血を引く者であったり、武の究極に至った者だったりも存在するため、燈也であっても油断すればフルボッコに遭う。
さらに純粋な“武”ではなく、特殊な力を持つ者も多い。
ほとんどの魔術が効かないはずであるカンピオーネの体を蝕む呪術や、正面から突き破ってくる魔術。ある条件下では絶対の力を振るう者や、世界の理から外れた力を内包する者。
「俺を一回でも殺せる奴が、あと何人出てくるんだ?」
これほどの猛者たちと心いくまで戦える環境。
たった二日ではあるが、燈也の心はとても満たされていた。
そんな燈也の前から、とある女性が歩いてくる。
以前燈也が闘技場で対戦し、辛勝を収めた相手だ。
「...そうだ。あいつに一つ、頼んでみるのもいいかもなぁ」
燈也の口端がいやらしく上がった。
* * * * *
遠ざかる燈也の足音が完全に聞こえなくなってから、リリアナはボフッ、とベッドに身を投げ出す。
安静にしていないとナイチンゲールから何を言われるか分からない、ということもあるが、今はただ、考える時間が欲しかった。
「...私は弱い」
再確認するかのように自ら口に出し、顔を強ばらせる。
人間というカテゴリーでみれば、今のリリアナは化け物だった。その力は、ライバルとして双璧をなしていたエリカ・ブランデッリを優に超えている。護堂の《少年》の加護を受けたエリカとでさえやりあえるだろう。
それでも、英霊という存在を相手に、リリアナは手も足も出なかった。
リリアナが戦ってきた英霊は皆、サーヴァントの中でもトップクラスの戦闘力を持つ者たちだった。そんなものを相手に生身で勝てという方が無謀なのだが、キャメロットにおける戦闘では、あまりに醜態を晒しすぎた。
「(王の騎士たる私がこの体たらく。もっと強くならなければ)」
しかし、一体どうやって?
強くなりたいとは言うが、言うは易しというものだ。師と呼べる存在もいない現状で、リリアナがこれ以上急激に強くなることはない。それはリリアナ自身が一番よく理解している。
武芸を極める? それとも、魔女の力を? あるいは、全く別の能力を身に付けるか?
レベルアップの選択肢はいくつか存在する。
しかし、あれもこれもと欲張れるほど、リリアナは多才ではない。しかし一つの道を極めると言っても、極地に至るは至難の業だ。ソレに生涯を懸ける人物すらいるのだから、飛躍的な成長、というものはあまり見込めないだろう。
「(最も成長できそうなのは、やはり『新しい力』か...)」
リリアナは、剣術や弓術、魔術における才能を持っている。
剣は同世代トップクラスと言われ、魔女の才もあった。それらにおいて一定以上の力量を持つリリアナがてっとり早く成長する方法。それは、無を有に変えるというものだろう。
八十点を九十点にするより、0点を五十点にする方が楽だ。
しかし、その『新しい力』とは一体なんだ?
一口に『力』と言っても様々だ。
「(今の私に無く、尚且つ有用性が見込めるものは...舞空術、転移・高速移動系、剣や弓以外の武具の扱い方...)」
リリアナに思い付くものといえば、その程度のものであった。
あまりに突飛な能力はリリアナの手に余るし、かといってリリアナが思い付くようなものではたかが知れている。
飛行も移動術も武芸も、できるのであればそれに越したことはない。しかし、リリアナにそれを学ぶ術がない今、もっと別の能力の開発を進める必要があった。
今リリアナが必要としているのは、『今の自分にない能力の入手』であり、『それを自分一人、もしくは燈也の手助け込みで身に付けられる』ことである。
燈也に教えてもらう、という選択肢はリリアナの頭から真っ先に弾き出された。というのも、かつてリリアナが燈也に師事のようなことをしようとした際、燈也はほとんど全てを燈也自身の感覚で教えてきたのだ。
リリアナは決して感覚派とよばれる天才型ではない。
確かに天才ではあるが、彼女は理屈でもって強くなる。
そのことを考慮した結果、リリアナは一つの結論を出した。
「.......。あれ? もしかしてこれ、詰んでいるのでは...?」
出てしまった結論を払うように頭を振るリリアナ。
そんな彼女がいる部屋の自動ドアが、自動であるにも関わらず勢いよく開け放たれた。
「話は聞かせてもらった」
「何も話してはないです」
突如として乱入してきた女性の闖入者に、リリアナはどこまでも平坦で抑揚のない返事をした。
そろそろ心臓に毛の一本でも生えてきたのかもしれない。
嫌な予感がしたから反射的に全てを拒絶、否定しようとしたリリアナだったが、そんな彼女の防壁など軽く粉砕して、その闖入者は胸を張り呟く。
「ふむ...なるほど、悪くない。かといって『良い』というわけでもない、か。これを英霊とやりあえるまでにしろとは、彼奴も無茶を言う。しかしまぁ、これはこれで
深い真紅の瞳をスゥッと細めてリリアナを分析した闖入者は、音もなく歩き出す。
女性の身なりはシンプルすぎるものだった。長い小紫の髪に、装飾を限界にまで省いたほぼ全身タイツな衣装。はっきり言って、リリアナの目には、彼女が変質者として写っている。
変質者チックな女性の接近。リリアナの警戒レベルが上がるのは自然なことで、リリアナはあと一歩女性が踏み込んで来たら迎撃用の魔術を発動する気でいた。
ジッと女性を睨みつつ魔力を練り、さらにイル・マエストロも掛布団の中に召喚する。
「警戒は良し。だが甘い、遅い。今お前は、十二回は死んだぞ?」
そんな声が、リリアナの頭上から聞こえてきた。
一瞬リリアナの体がベッドの上で跳ね、慌てて上を見上げる。
リリアナの目の先では、一瞬前まで床を歩いていたはずの女性が、天井に両足を付けて立っていた。
さらに彼女の手には、リリアナが召喚したイル・マエストロが握られている。
「ほう、この細剣は中々な業物だな。造りは些か粗雑だが、込められた神秘は神話の時代のものと並ぶやもしれぬ」
そういう女性に、リリアナは魔術を発動した。
四方から雷撃が飛び出し、女性に向かっていく。しかし、それが女性に届くことはない。
「弱いな。子供の魔術にも劣るぞ、小娘」
その子供には、神代の、という言葉が前に着く。
神代に生きた魔術を使える子供であれば、確かに今のリリアナよりは強い魔術を発動させられるかもしれない。時代が違う。
しかしリリアナにそんなことを知るすべはなく。
ただただ揶揄されたと憤るが、かといって無策に追撃を仕掛けることはしない。そんなことをしても結果は変わらないと分かっているからだ。
今自分に出来ることは何か。どうすればこの変質者から逃げられるか。
必死に思考を巡らせるリリアナに、女性はフッと笑い、そして問いかけた。
「そう慌てるな、魔王の騎士。私は、貴様と戦いにきたわけではない」
そう言っても簡単には信じようとしないリリアナへ、女性は呆れることなく言葉を続ける。
「お前は弱い。それは分かっているな?」
突然何を、と訝しむリリアナだったが、女性の言ったことはリリアナが悩み続けている種でもある。
何か罠でもあるのか、とも疑うが、女性がリリアナを殺すつもりなら罠を張るより直接攻撃した方が確実だ。罠という線を完全には排除できないものの、限りなく0に近くはある。
恐る恐る肯定の意を示すように頷くリリアナへ、女性は何故か満足げに鼻を鳴らした。
「私が貴様を
闖入者──影の国の女王・スカサハは、妖艶な笑みを浮かべていた。
あと1話か2話くらいパパっと幕間とかイベント的なやつやってから7章入ろうと思います。
あとオリ主くんの第3の権能について書いてなかった気がするので、とりあえずここに書いておきます。
《魔を祓い轟けよ雷鳴》
アイヌの英雄神アイヌラックルより簒奪した第3の権能。
雷を呼び、自身の体も雷へと変質させることができる能力。体の一部だけを雷化させることもでき、また自身の権能以外の雷を浴びればそこから魔力を得ることもできる。対雷神・雷を操る者にとっては天敵となり得る能力。
雷を雨のように降らせることもでき、対軍などの殲滅戦ではこちらを使用する。ただし、護堂の山羊の化身のような力で自分の権能による雷を弾き返された場合にはしっかりダメージを負う。
『古の大火、天上の眩燿。鳴る神は降臨し、天地を焚く霹靂とならん』