報告書に目を通していた時のウルク王、ギルガメッシュが、ふと顔を上げる。
「...? いかがなさいましたか、王」
その様子を訝しんだシドゥリが、ギルガメッシュにそう問い掛ける。
「...なに、星見の者共がようやく動き出したのでな」
そう言ったギルガメッシュは報告書をわきに置き、玉座の肘掛けに肘をついて不満げに眉をひそめた。
誰が見ても明らかに、今の英雄王は不機嫌だ。
そんな王の態度に疑問を拭えないシドゥリは、再度問い掛けるかどうかを悩む。下手に質問してこれ以上機嫌を損なわれては敵わない。
現状を踏まえるとギルガメッシュが怒りに狂って暴れることは無いだろうが、それでも絶対はない。王の気分一つで国は滅びるのだ。
シドゥリが黙ってギルガメッシュを見つめていると、突如として宮殿内に轟音が響いた。
突然のことに肩を跳ねさせたシドゥリと違い、ギルガメッシュはますます不機嫌そうな表情である一点を見つめている。
ギルガメッシュの視線を追うようにシドゥリが目線を移すと、そこには見慣れない格好の少年が一人。
もしや敵襲かと構えるシドゥリや他の臣下等を制するように、ギルガメッシュの声が響く。
「...ほう? 貴様が例の神殺し...予言の王か」
神殺し。予言の王。
ギルガメッシュが何を言っているのか、シドゥリたちには分からないが、王が識っているのであれば問題はない。あとは王の指示を仰ぐだけ。王の言葉を聞き逃さぬように、いつでも動けるように、シドゥリたちは気を張り詰める。
場の視線を一身に浴びる少年は、何も臆することなく、ギルガメッシュの目を見る。
「ギルガメッシュか。なんだお前、ちょっと雰囲気変わったか?」
軽い調子でギルガメッシュに言葉を投げる少年に、シドゥリが憤る。
「なんですかその口の利き方は。この方は──」
「良い、シドゥリ。こやつの多少の不敬は許す」
ギルガメッシュがシドゥリを諌める。その事実にシドゥリのみならず、他の臣下たちにまで動揺が走った。
彼の王は暴君だ。今でこそ落ち着いて賢王として君臨しているものの、その本質は変わりはしない。ましてや、彼の言う「雑種」から自分に対する無礼など、許すわけがなかった。
突如として現れた珍妙な少年は、ギルガメッシュにとって「雑種」ではない。そういう認識が臣下たちに刻み込まれる。
「さて、神殺しよ。貴様、今更何をしにウルクに来た?」
「んなもん決まってんだろ。神と戦いにだ」
「ふん。建前でも『人理を救いに』とは言わぬか」
「俺が人理なんてもんに興味が無いこと、お前なら知ってんだろ」
王と少年の言葉の応酬に、臣下たちは唖然とする。
謎の少年が王と対等レベルで話していることに驚きを隠せなかった。
「まぁ良い。神と戦いにきたというのなら好きにしろ。ついでに外の魔獣共を屠れ」
話は終わりだと言わんばかりに、ギルガメッシュは再び報告書へと目を落とす。
そんなギルガメッシュに、燈也は質問した。
「そういや、俺は立香たちと一緒の座標にレイシフトしたはずなんだが、全然来ないなあいつら。ギルガメッシュ、お前何か知ってるか?」
「カルデアのマスターか? それであれば、ウルクの防御壁に阻まれて別の場所に放り出されたのであろう。貴様はその防御壁を突き破ってきたがな」
報告書から目を離すことなく、ギルガメッシュは問いに答える。
それを聞いた燈也は「そっか」と短く返し、ギルガメッシュに背を向けた。
「んじゃ、俺は立香たちが来るまでテキトーにこの街で過ごさせてもらうわ。このままここにいるとお前と戦うはめになりそうだしな。ああ、そうだ。さっき言ってた魔獣とやら、気が向けば狩っといてやるよ」
右手を挙げてヒラヒラと振りながら、燈也は玉間を去る。
燈也の姿が完全に見えなくなってから、シドゥリはギルガメッシュに問いかけた。
「...よろしかったのですか?」
あの無礼者を放置して、という問い。
ギルガメッシュは次の報告書を手に取りつつ、シドゥリに返す。
「今はやつの相手をしている場合ではない。あの神殺しと事を構えるとなれば、我も本気で挑まなければならぬ。そうなると世界が終わる。我と神殺しの戦いで破壊され尽くすが先か、女神共に蹂躙されるが先か。どちらにせよ、我はそれを望まない」
「...あの少年は、王と同等の力を持っている、と?」
「業腹だがな。遠い未来、カルデアに赴いた英霊の我にエアを抜かせ、それに耐え切るどころか、エアに対抗してみせた男だ。認めざるをえまい」
シドゥリの言葉がつまる。
ギルガメッシュと並び立つ者など、彼女はたったの一人しか知らなかった。ギルガメッシュは絶対の存在であり、彼と並び立った一人の
ギルガメッシュが口にした「神殺し」という言葉。読んで字のごとく、あの少年は神を殺めたのかと。そう思い至ったシドゥリの頬を、冷や汗が流れる。
「シドゥリ、やつのことは一旦忘れろ。アレはジョーカーが過ぎるが、何、この我が見事、やつの手綱を握ってやろうではないか」
不遜に笑うギルガメッシュに、シドゥリは少しの笑みと礼で返す。
そして自分のやるべきことに取り掛かろうとする中で、シドゥリは先のギルガメッシュの発言について考えていた。
「(...はて。じょうかぁ、とは一体...?)」
シドゥリの疑問は尽きない。
* * * * *
ジグラットを後にした燈也は、とりあえず拠点を探すことにした。
野宿もできないことはないが、雨風の凌げる建築物が欲しい。
建てることも視野に入れ始めていた燈也に、一人の兵士らしき男が駆け寄ってきた。
男の言うことには、現在使われていない建物があるので寝泊まりするならそこにするように、とギルガメッシュからの伝言があるとのこと。
ギルガメッシュの施しを受けることに関しては特に思うところのない燈也は有難くその建物を使わせてもらうことにした。
兵士の男に『三女神同盟』を含むウルクが置かれている現状の説明を受けながら案内されること数分。
ジグラットの比較的近場に、その建物はあった。
「では、私はこれで失礼します」
「おう、ありがとな」
燈也の案内という仕事を終えて、兵士はジグラットへと帰っていく。
次の仕事をしに行ったのだろう。勤勉なことだ、と燈也は軽く感心した。
とりあえず、燈也は建物の中を見て回る。
この建物は元々家族が住んでいたのか、それなりに広い作りとなっていた。部屋が五つに、リビング、キッチンもついている。机や椅子といった最低限の家具も揃っており、生活はできそうだ。
ただ、トイレと風呂はない。どちらも市街の共同のものを使え、ということだろう。
「ま、風呂はギルガメッシュがいいの持ってんだろうし、夜にでも神殿の中探してみるか」
椅子を手に取り軽く振り、ほこりを落としてからそこに座る。
「リリアナや立香たちを探しに行くのは...まぁ今はいいか。スカサハやヘラクレスもいるんだ、ほっといても死にゃしねぇだろ」
それよりも、今の燈也には気になることがある。
この時代に来てから、燈也はとある“神性”を感じていた。まぁ神性だけならいくつか転がっているような時代ではあるのだが、その中でも一際燈也が意識を向けた存在。燈也が無視できない“神”が一柱、この時代には顕現している。
「(前は
この時代における特異点修復の難易度を予測した燈也は、ふぅ、と息を吐く。
来たるべき死闘への高まりを胸に秘め、燈也は思考を変える。
「(とりあえず、
が、その結果はあまり芳しくないようだ。
「(.....ダメだ。大気中の魔力濃度が濃すぎて
ほかにも神々は数柱顕現しているのだが、燈也がちゃんと感知できたのは二柱だけ。それだけその二柱が強大な存在であるということだ。
とりあえずはその二柱を警戒するとして、それ以外に感知できる存在のことについて考える。
ウルクから見て北側の大地。
その方角に、数えるのも馬鹿らしくなるような気配を、燈也は拾った。
「(『魔獣』が攻めて来てるって話だったが...こいつら、その辺のワイバーンより断然強そうだな。サーヴァントでも油断したら殺られるレベルってところか)」
何より数が多いことが厄介だ。
魔獣一頭一頭になら完勝できても、数千数万の大軍でこられると、いかに英霊とて一筋縄ではいかない。
「そうだな。とりあえず、頭数を揃えるところから始めてみるか」
燈也自らが出て魔獣を殲滅させることも可能だが、それは些か面倒だと燈也は感じている。一方的な蹂躙に、燈也の心は踊らない。
しかしながら、魔獣を無視し続けるとウルクが沈む可能性もある。そうなると、魔術王とやらに辿り着けなくなるかもしれない。リリアナたちがこの街に来ることも想定し、安全を確保するための手は打っておくべきだ。
...とまぁ、それらしい理由を挙げることはできるのだが、燈也の行動は刹那的な快楽を求めた結果であることが多い。
この場合、燈也は「やってみたい」という好奇心でとある行為に及ぶ。
「...多分、こんな感じの魔法陣で良いはずだ」
カルデアでも何度か試そうとし、いろいろとタイミングが合わずに実行できていなかった儀式。
奇天烈な紋様の魔法陣をササッと床に描き、魔力を通す。
過去に偉業を成し遂げた英雄の召喚。
「さて───『告げる』」
燈也の声が静かに響く。
「『汝の身は我が下に、汝の剣で我が王道を切り拓け。星の導きに従い、この意、この理に従うならば応えよ』」
燈也の詠唱も魔法陣も、本来のモノとは違う。
それもそのはず。この召喚は聖杯を介さない。燈也自身が魔力炉となり、英霊を呼び寄せる役割を果たしている。
そして燈也が描いた魔法陣は、『根源』へ接続するための、正真正銘の『魔法陣』。
故に、ただの英霊召喚より更に高度な技術が必要となるわけだが...燈也はそれを難なくこなす。こと魔術の才において、燈也はカンピオーネ最高の位置にある、とはヴォバンや羅濠の談だ。最古参の魔王二人によるお墨付きは伊達ではない。
「『誓いを此処に。我は常世を統べる者。汝の野望は我が剣に、汝の命運は我が盾に』」
深く、深く。言葉と共に魔力も場に満ち、ここではない
「『──抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ』」
極光が生まれ、そして消える。
膨大な魔力が徐々に収束し、
過去、或いは未来において偉業を成した英雄の姿が今ここに───
「──.....なんじゃ? わし、『神滅の刀』読むのに忙しかったから召喚に応えなかったはずなんじゃが? じゃが?」
「ふむ。何らかによる強制召喚、ですか...。この私を無理やり引きずり出すとは無礼千万。よぅし殺せー!!」
* * * * *
時間は少しだけ進み、燈也の英霊召喚が成功してから数分後。
「そんなこんなで、俺がお前らの
「なんじゃお主ぶっ殺されたいのか?」
「ぶっころですね」
燈也と英霊達は対立していた。
「まぁ反抗的な態度は元気の証だ。そこは多少は多めにみるとして...そもそも、お前ら誰だよ」
椅子を持ってきた燈也は自分だけ座り、自分が呼び出した英霊に問いかける。
本来であれば英霊のステータスは
「ふん...
黒い軍服のようなものの上に赤い外套を羽織った黒髪の少女が、不機嫌そうに燈也の問いに答える。
この少女の言う通り、燈也は彼女らの正しいマスターとは呼べない状況にあった。
というのも、燈也が行った英霊召喚は、本来のものとは似て非なるもの。正規の召喚とは些か異なる点も出てくる。
その最たるものが、『令呪の有無』だった。
燈也の質問に答えた人物とは別の、もう一人。
こちらはやけに露出度等が高い改造着物の上に軽い鎧を装備した、長い白銀の髪を持つ女。彼女が口を開く。
「確かに、我々を召喚したのは貴方なのでしょう。私の中に、貴方の
「なにそれ助平な言い方じゃのぉ...」
「お黙りなさいうつけ」
隣の少女を睨んだあと、燈也へと視線を戻す。
「しかし、私は貴方の呼び声に応じてはいない。それはそこの大うつけも同じでしょう。さらに、今の貴方には令呪がない。貴方は我らのマスターではない、というのが結論です」
キッパリと言い切った女を見て、燈也は満足げに笑った。
「ふぅん...なんだお前、殺すだのなんだと言ってっからただの戦闘狂かと思ってたが、少しは考えられるんだな」
「だとすれば何か?」
「いいや? ただ、余計欲しくなっただけだ」
燈也は椅子から立ち上がり、言葉を続ける。
「お前らが俺をマスターって認めねぇのは分かった。なら、こういうのはどうだ? お前ら二人と俺とで戦って、勝った方が主、ってのは」
「お主バカじゃろ。そんなん、わしらに利が無いわ。取引にすらなっとらんぞ」
「そうでもないさ。お前らにも願いの一つや二つあるだろ? それを叶えてやる」
「願いを...じゃと? お主が?」
黒髪の少女が訝しげに燈也を睨む。
ただの人間であればすくみ上がるような目線を向けられてなお、燈也の『俺が上だ』という態度は変わらない。
それに対し、黒髪少女のフラストレーションはどんどん溜まっていく。
「気に食わんな、信用もできん。.....そうさな、わしを受肉させてみよ。話はそれからだ」
少女からすれば、無理難題を押し付けて困らせたいだけの話。
大口を叩く小僧を突き放し、その後の展開によっては殺して座に還ろうという考えだ。
しかし、相手は燈也である。
「先に願い叶えてやるのはアレだが...まぁいい。ほれ、こんなんでいいかよ」
無造作に、まるで呼吸をするが如く自然に。故に不自然なほどの軽薄さで。
黒髪少女を構築していたエーテル体が、肉の身体を手に入れていく。
「「.........は?」」
これには黒髪の少女のみならず、白銀の女も間の抜けた声を出した。
その様子に満足したのか、燈也は軽く笑う。
「感謝しろよ? その体、神獣並の性能にしてやったから」
ただの受肉ではなく、強化した上での受肉だと。
燈也の言葉が真実であることを、黒髪の少女は身をもって実感する。
少女の頬を汗がつたる。驚異と恐怖、そして好奇心。それらを詰め込んだ視線を燈也へと投げた。
「...お主、何者じゃ?」
「言ったはずだぞ。俺は王だ」
* * * * *
ところ変わって、ウルク市北壁の外周部。
ウルクを襲う未曾有の危機を半年間食い止め続けてきた魔獣戦線の最前線に、見慣れぬ三人の姿があった。
その三人は二組に別れており、女二人に男一人という構図。女二人が壁側で、男がそれに対する位置、つまり魔獣側に背を向けて立っている。
「...ふぅむ...正気ではないな、あれは」
北壁守護の要として身を粉にして働いてきたギルガメッシュの英霊が一基、レオニダスが呟く。
ことの起こりは数刻前。ギルガメッシュからの伝令があると聞いてみれば、今からそちらに向かう者共は自由にさせろ、とのこと。
訳はよく分からなかったが、ギルガメッシュが好きにさせろというのなはそうさせるまで。自分達に被害が及ばない限り、レオニダスは動かないと決めている。
しかし、手は出さぬとしても気にはなるというもの。兵士達へ的確な指示を出しつつ、三人から意識は離さないようにしていた。
指示、とは言っても、普段ほど多くはない。
というのも、今までの猛攻が嘘であるかのように、魔獣の侵攻が一時的に止まっているからだ。
何かに怯えているように後退りまでする始末。
理由は言わずもがな燈也であり、レオニダスたちもなんとなくでそれを察していた。
故に、燈也たちから意識を離せない。
そんな注目を浴びていると知ってはいるものの気にも留めない燈也は、同じく衆目を無視する二人の女に声をかける。
「それじゃあ、勝負内容の確認だ。『
「よかろう」
「私も異論ありません」
女二人が頷き、内容が成立する。
その瞬間、
「では、死に晒せぃ」
黒髪の少女が告げると共に、少女の手元に銃が出現する。
何のためらいもなく引き金が引かれ、一発の銃弾が燈也の眉間を目指し放たれる。
通常の人間では反応不可。脳天をぶちまけて終わりだ。
しかし、
「へぇ?」
燈也はとっくに、英霊すらも超えている。
迫りくる弾丸を前に燈也は軽く笑い、そしてデコピンの要領で弾丸を打ち返した。
「チッ」
少女は舌打ちし、一歩横に体をずらす。
燈也にはじかれた弾丸が頬の薄皮一枚を掠め取った。
「弾を指ではじくとか」
久々に味わう肉の痛みも合わさり、多少眉をひそめながら燈也を睨む。
敵意たっぷりの視線を浴びる燈也は、なおも笑みを絶やさず少女を見下す。
「開始の合図も待たずにぶっ放すたぁ、お前もなかなかだな」
「これは戦じゃろうが。『よーいドン』で始まる殺し合いなんぞなかろう」
「そうだ。よくわかってんじゃねぇか」
そう話している間に、少女は次の手を打つ。
先ほどと同じように、虚空から銃が出てきた。
一や二ではない。その数、実に十二丁。空に浮くその全砲門が、燈也へと向けられる。
「放て」
少女の指示を受け、全ての銃が発砲を開始する。
十二の銃弾が燈也に向かって飛んでいくが、一つとして燈也には届かない。
十二発全ての弾を、先と全く同じように指ではじき返した。
今度は黒髪の少女だけではない。銀髪の女にもはじかれた弾が飛来する。
「フン、これもはじくか」
ボヤきながら、少女は手元の銃を盾にして弾を防いだ。
銀髪の女も、召喚した槍で自分へ向かってきた弾を叩き落す。
「一人ではダメか。おい白いの。お主、何ができる?」
「白いのって。私のクラスはランサーですので、以後そう呼ぶように」
「呼び方なぞどうでもよいわ。ランサー...ということは、槍か?」
「槍も刀もイケますよ、不敬者」
「セイバーの適正もあるのか? じゃあビーム出せるじゃろビーム」
「剣から光線が出るわけがないでしょう。貴女やはり、うつけですね?」
「アルトリア先輩が言っとったもん! セイバー採用面接で絶対聞かれる必修技術だって言っとったもん!」
「もんってあなた.....っ!」
ぐだぐだし始めた黒髪少女と銀髪──ランサーの間に、一発の魔力弾が打ち込まれる。
いくらふざけていたとはいえ、彼女らは英霊。飛び退くかたちでその攻撃を避け、即座に戦闘態勢を整える。
「無駄話もいいが、ボサっとしてっと瞬殺すんぞ」
腕を組んだ燈也がそう言い放つ。
そして自身の前に魔法陣を二つ展開させ、少女へ氷の礫を、ランサーへ炎の球を放つ。
が、放たれた氷の礫は空中で銃弾に砕かれ、炎の球は槍に屠られた。
弛んだ空気を締め上げるように、少女たちの眼光は鋭くなる。
そこに油断も慢心もない。当然だ。相手は未知数の敵。道理すらもねじ曲げる難敵である。
「この程度の魔術は通じないか。なら威力と数を増やそう。耐えろよ、英雄」
燈也が言い終わると、彼の背後、上空に至るまで、無数の魔法陣が次々と展開された。
数えるのもバカらしくなるような多数の砲門。その一つ一つに、先の氷や炎の五倍程度の魔力が込められている。
「.....いやぁ、これは出し惜しみしとる場合ではないのぉ」
頬に流れる冷や汗を感じながら、少女が呟く。
チラリとランサーの方を見たあと、一度ため息をついてから魔力を解放する。
「是非もなし。我が宝具を以て打ち砕かん」
魔力が膨れ上がると共に、少女の周囲に銃が召喚される。
次々と増える銃は数で言えば、燈也の魔法陣を超えるほどだ。
「へぇ? いいね、それじゃあ俺も増やそうか」
燈也の宣言通り、魔法陣の数も目に見えて増えていく。
砲門の数は共に数千。
多大な撃ち合いの火蓋を切ったのは、少女の方だった。
「──喰らえ、これが魔王の『
数千丁の銃による一斉掃射。
かの騎馬隊を退けたという偉業から昇華された宝具が、燈也に向けて放たれる。
対して、燈也の魔法陣も発動した。
飛来する銃弾を正確に撃ち落とすという、余裕とも呼べる精密さを披露する燈也の背後から、気配を消していたランサーが迫る。
「バレバレだよ」
「っ、!!」
燈也の脳天を貫かんとランサーが突き出した槍は、燈也が少し体を捻っただけで避けられ、さらに燈也の蹴りがランサーの左腹に直撃する。
綺麗にカウンターを食らったランサーは吹き飛ぶが、それにより出来た燈也の死角を狙って少女が接近し、銃を鈍器のように振るう。
が、それも燈也が気付かないわけがない。
振り向きざまに左手の甲で銃を受け、少女に至近距離で魔術による炎弾を叩き込む。
その隙にランサーが接近して返り討ちに、また少女が銃からビーム擬きを出して燈也を襲うもはじき返されて少女自身が被弾。ランサーが槍を投げ、それを燈也がはじいている間に刀を持ったランサーが燈也に斬り掛かろうとするも、直前で炎の柱に襲われて失敗。そしてまた少女が───
というふうに、ランサーたちは燈也を攻めきれない、攻めても返り討ちに遭う状況が続いていた。
さすがの英霊といえども、何回も反撃を食らっていてはダメージも大きくなるし、こうも攻撃が通用しないと気疲れもする。
ついに少女が膝をつき、ランサーもなんとか立っているだけで足が止まる。
二人からの猛攻が止むと、燈也が煽るように口を開いた。
「おいおい、その程度かよ英霊。そっちの銃使いはあの織田信長だろ? 第六天魔王が聞いて呆れる」
燈也の見下した物言いに少女──織田信長とランサーは奥歯を噛む。
目の前の男が只者ではないことは分かっていた。しかしここまでやるとは、予想外もいいところだ。
だが、信長もランサーも、ただ予想外だからといって簡単に諦めるような性格ではない。
特に織田信長は手段を選ばない。非道であろうが、泥臭かろうが、自らの命を燃やそうが。かの第六天魔王は勝利を求める。
「──命が惜しくば疾く失せよ、白いの」
よろよろと立ち上がった信長が呟く。
いきなり逃げろと言われたランサーは、はいそうですかと逃げ出すわけもなく。訝しげに信長を横目で見る。
信長の言葉を聞き取った燈也も、静かに信長を見つめた。
視線を集めた信長は、フッと笑いながら己の魔力を──宝具を解放する。
「我が往くは神仏衆生が無尽の屍。三界神仏、灰燼と帰せ! 我こそは第六天魔王波旬、織田信長なり!!!」
咆哮と共に、世界が塗りつぶされていく。
乾いた地面は灼熱の焦土に、晴れ渡った空は夕焼けよりも赤く。
パチパチという、炎のはじける音がする。燃えるものも無い空間で、世界ごと燃やさんと拡がる焔。
人の命を絶つ魔、善を屠る悪。波旬の炎が、神仏を喰らわんと燃え盛る。
「うははははは! 燃えよ、燃えよ! 我が業火に抱かれ逝くが良い!」
高らかに笑う信長の服が燃えていく。
服だけではない。手が、足が、胴体が。信長の体が炎に包まれ、焼けていく。
それに驚き、そして逃げ遅れたランサーの顔に苦渋が満ちる。
「っ、織田信長、噂通りの大うつけでしたか...!」
信長と同様、ランサーの体も炎に包まれていた。
この宝具は無差別に生物を襲う。神性、神秘を持っていない相手であればただ熱いだけで済む程度だが、ランサーはそうはいかない。彼女は立派な「神性持ち」だ。
そしてそれは、燈也も同じ。
神を殺め、その権能を簒奪した燈也には、少なからず神性が宿っている。
それを感じ取ったからだろう。
諸刃の剣である第二の宝具を、信長が開帳したのは。
炎が燈也を覆う。
神秘の塊のような存在である燈也の身を焼く灼熱の炎。轟々と燃え盛るその中で、燈也の姿がユラリと揺れ動く。
「なるほど。『その程度』と侮ったさっきの言葉は訂正しよう、天魔」
陽炎の奥から声がする。
それは、信長の高笑いを止めるには十分な材料だった。
そしてその瞬間をつき、ランサーが信長に肉薄する。
ランサーは信長の宝具によって確実なダメージを負い、消滅の危機にあった。元凶たる信長を排除しようとするのは当然といえば当然の流れだ。
だが、それは叶わない。
「お前を侮った詫びと、同じ『魔王』と呼ばれるよしみだ。ちょっとばかし、俺の本気を見せてやるよ」
燈也の瞳が紅く輝く。
発光する瞳は、信長ではなくランサーを捉えた。
と同時、ランサーの視界が一変する。
「なっ!?」
驚愕に染まった声が漏れ、思わず立ち止まる。
ランサーは信長にあと一歩で槍の穂先が届くかという位置に居たはずだ。それが、今は信長から何十メートルも離れた位置に居る。
その代わり、燈也が信長に肉薄しているのをランサーは見た。
燈也が信長を顔面を殴りつける。
燈也の拳は山河を砕く一撃だが、手加減でもしたのか、殴られた信長の頭蓋は原型を留めている。
それでも、信長が受けたダメージは決して少なくない。数メートルほど飛ばされ、うつ伏せに倒れ込んだ。
「む、意識くらいは刈り取るつもりだったんだが...まぁ殺しちまうよりマシか」
意外そうに呟く燈也は、倒れ伏す信長に近付き、その頭を掴んで持ち上げる。
「く、っ.....!」
信長が苦悶の声を上げるが、その目から光は失われていない。
ギラギラと獰猛に輝く瞳に応えるように、更なる業火が燈也を、そして信長を襲う。
だが、その烈火も信長の肉を焼くだけで、燈也には届かない。
信長の体は燈也によって非常に頑丈に造られたものだが、
全身をほぼ火傷し、もはや体を動かすだけで痛みが走る。指先などに至ってはもう痛みすらも感じられない。
「限界か。ランサーってやつもだいぶしんどそうだし...とりあえず、この結界を消しちまおう」
軽々しく、そんなことを口走る燈也は、懐からダークパープルのカード、ギフトカードを取り出した。
あらゆるギフトを収納できる紙片から、とある《
「...や、り.....?」
ソレを見た信長が、掠れた声を出す。
信長が表現した通り、燈也が顕現させたソレは、槍だった。
全長約一メートルほどのその槍は、その穂の中ほどから上が存在しなかった。そういう造り...というわけではない。へし折られたような痕があり、およそ槍としての機能はない。せいぜいが鈍器程度だろう。
そんな折れた槍を、燈也は片手で振り上げる。
その瞬間、あるいはソレが顕現した時から、この勝負は終わっていた。
「───《果てを刻め》」
世界が、終わる。
ワンピースクロスオーバーやってみたい気持ちがある。