戦車内でガールズトーク(偽)が繰り広げられている中、燈也はその内容を聞き取りつつも首は突っ込まず、まっすぐに南を目指していた。
時速千キロを超える速度をたたき出す戦車は、炎の轍を刻みながら空を駆ける。
人の足では数日かかる道のりを数十分で駆け抜け、燈也の目は広大なジャングルと、その奥に鎮座する神殿のようなもの、そしてその近くに突き刺さっている巨大な斧を捉えていた。
「なんだあれ、神具か? アテナん時の石ころメダルよりやべぇ感じすっけど」
神殿のような建築物の頂上に鎮座するモノを見て、燈也は呟く。
それは、三メートルほどの巨石だった。ただの巨石ではない。質が違う。ウルク程度であれば一瞬で灰燼に化せる程の大質量だ。
そして、それよりも燈也が警戒するのは、隣の斧である。
神性や魔力といった面では神殿に鎮座する巨石の方が上回るだろう。しかし燈也の
「...嫌な感覚だな。強い弱いじゃなく、相性が悪そうだ」
そう呟く燈也の口元は軽く緩んでおり、言葉とは裏腹にこれから訪れるであろう戦闘を楽しみにしていることは明らかだ。
と、そんな燈也が乗る戦車の前に、複数体の翼竜が現れた。
「恐竜? おいおい、いくら神代っつっても恐竜はねぇだろ、さすがに」
言いつつ、戦車の速度は一切緩めずに翼竜の群れへと突っ込み、轢き散らしていく。
その光景は飛行機に激突してしまった渡り鳥のよう。為す術なく轢かれ、焼かれ、吹き飛ばされていく翼竜。権能という災害の前にはいかに恐竜といえども無力だ。隕石にでも当たったと思って諦めるほかない。
数十にも及ぶ翼竜を障害ともせずに突き進んだ燈也は、ジャングルの奥地に聳える神殿へと辿り着く。
神殿の周りは広い範囲で更地になっており、戦車を着陸させるには丁度よい。
軽く旋回した後、燈也は戦車を着陸させ、戦車の現界を解いた。
すると当然、戦車内にいたガールズは足場を失い、地面へと落下する。
「っ、つつ...おいマスター。乙女にこの雑な扱いはどうかと思うんじゃが。じゃが!」
尻から落下した信長が燈也に抗議し、景虎も同じように非難の目を向けるが、燈也はそんなものには取り合わない。
二人を無視し、リリアナに声をかける。
「“仔ども”について、そこの二人からちゃんと聞いたな?」
「...はい。大枠は理解しました」
「ならいい。...いや悪かったな、言ってなくて」
燈也がリリアナを“仔ども”にしたのは、キャメロットに入ってすぐの頃だった。
した、とは言っても、当時の燈也に権能を発動させている自覚はなかった。
“仔ども”なんてものが創れると自覚したのは、カルデアに来てしばらく経ったあとだったのだ。権能にはまだまだ未知の領域があるのだと痛感した、と燈也は語る。
強くなりたいと願うリリアナの想いに応えようとでもしたのか。燈也が意識することなく、リリアナとの間にパスのようなものが繋がった。だからこそ、リリアナは粛正騎士相手に少ないながらも勝利を収めることができていたし、スカサハとの修行でも死ななかった。
自分の体の変化にリリアナが気付かなかったのかと言われれば、その通り気付かなかった。
というのも、燈也が意識して権能を行使していたわけではないためだ。
リリアナの体は、信長達のように突然“仔ども”になることなく、時間をかけてゆっくりと、少しずつ昇華されていった。
じわりじわりと変質していく様は、修行により少しずつ強くなっているのと似た感覚に陥らせる。
故に最近までリリアナも、そして元凶たる燈也も、リリアナの体の変質に気付かなかった。
とまぁそんな経緯があり、燈也はリリアナへの説明を忘れていたのである。報連相はしっかりしろとリリアナに怒られた。
「まぁんなこたぁどうでもいいんだ」
「どうでもよくはありませんがね」
開き直った燈也へ非難の目を向けるリリアナだが、燈也はそれを受け流す。
「構えろお前ら。あいつら、そろそろ待ってはくれねぇぞ」
リリアナへの謝意などすでに無く。
今の燈也は、ある一点...もとい、一柱しか見ていない。
「ハーイ! 彼の言う通り、体がウズウズしてもう待ちきれまセーン! なんででしょうね? 今までにない感覚デース!」
「私も昂ってるぜぃ。ジャガーの本能...いや、神としての本能かにゃ。んー、『そういうもの』なのかにゃあ...」
神殿の入口に立つ、二つの影。
南米を思わせる赤を基調とした装飾を身に纏った金髪の女と、虎だかジャガーだかの着ぐるみを着た奇妙な生物。
どちらも神性を持つ、神の座に君臨するモノ。
特に南米風の女は、燈也が今まで戦ってきたまつろわぬ神と同等か、それ以上の神性を誇る。
二柱の存在を前に、燈也という神殺しはただ笑う。
そんな燈也とは対照的に、リリアナ、信長、景虎は冷や汗を垂らしていた。
「...おい。アレ、ヤバいじゃろ」
「ええ。かなりヤバいですね。特にあの長身の女性...アレは勝てない」
一騎当千の英雄とは思えない弱気な発言だが、本物の神を前にしてしまえば人間も英霊も変わらない。そこには越えられない壁が隔たっている。
「王の言う通り、構えなさい、二人とも。アレは神。理不尽な天災だ。彼らの気分次第では、一秒後、私たちが生きている保証もない」
まつろわぬアイヌラックルと一度対面しているリリアナには些か気持ちの余裕がある...わけがない。
むしろ、信長たちよりも恐怖していた。それはリリアナの力量云々の話ではない。荒ぶる神の脅威を、その身をもって知っているからこその恐怖だ。
神たる女が口を開いた。
「まぁ、アナタたち...そこのキミが何者でも問題ありまセーン! 立ち塞がるのであれば戦うまで。ルチャドーラとして正面から正々堂々、叩き潰してあげマース!!」
大手を振るい、大輪の笑顔を咲かせ、戦意を撒き散らす。
その姿はまさに戦闘狂。これから起こる戦いを心から楽しみにしている。
それは、神の宿敵たる魔王も同じだった。
闘志を迸らせる神を前に、燈也の闘争心も募っていく。
神と魔王が視線を交わし、まさに今激突しようかとしたその瞬間。
二人の間に、思わぬ横槍が入った。
「ニャーっハッハッハァ! 私を忘れてもらっちゃあ困るにゃあ、お客人! 密林の化身、大いなる戦士たちの化身! このジャガーマンを」
「うるさいデース!!」
「リブレッ!?」
女神の華麗な裏拳がジャガーの顔面に決まった。
「痛い...あれは痛い...」とは信長の談。リリアナや景虎もドン引きだった。それほどまでに綺麗にめり込んだ。
そんな二柱のじゃれあいを見て多少戦意を削がれた燈也は、一つ息を吐き、一歩下がる。
「...あいつも色々混じっちゃいるが、一応神。つっても、あの女神と
呟き、ふとリリアナへと視線を移した。
「リリアナ。お前、やれるか」
とんでもないことを言い出した。
ギャグのような存在とはいえ、相手は神。それを理解した上でリリアナへ問いかける燈也に、景虎が意見する。
「待ってくださいマスター! あのジャガーマンというゲテモノ、となりの女性よりはマシかもしれませんが、それでも十分すぎる脅威です! リリィちゃんだけでは危険すぎる! 戦えというのなら神性持ちの私や、対神性に特化した信長含めた三人で──」
「黙れ。お前には聞いてない」
リリアナを心配して声を上げた景虎に対し、燈也は睨み付けるようにして威圧する。
主の眼光に景虎は黙るしかなく、唇を噛んでリリアナを見た。
リリアナであれば分かっているはずだ、と。相手との力量差を考えれば、単騎で挑むのは無謀であると分かるはずだ、と。
リリアナはそんな景虎の視線を受けつつも応えることはなく、燈也に向けて声を放った。
「.....佐久本燈也にとって、あのジャガーマンを名乗る神は、障害なのですね?」
「ああ、そうだ」
燈也の答えを受け、リリアナは決意を固めた。
膝を付き、忠誠の意を示しながら、リリアナは告げる。
「承知致しました、我が王よ。貴方の道を妨げる石を、貴方の騎士として、このリリアナ・クラニチャールが取り除いてまいります」
* * * * *
「ほう...? ずいぶんとナメてくれるじゃあないの」
折れた鼻骨を無理やり治しながら、密林の化身(自称)、ジャガーマンが言う。
不本意にもギャグ要員としての地位を築いてしまった
波長の合う人間の体を借りた擬似顕現で、その神性は確かに劣化していた。もともとが邪神の分霊ということもあり、神霊クラスの中では下級のものだろう。
それでも、神は神。人間はおろか、並のサーヴァントでは手も足も出ない実力差がそこにはある。
「ククルん。あの小娘は私が貰うわ。異論は認めない」
ククルん、と呼ばれた女神は、些か意外そうな顔をしつつも、大人しく一歩下がる。
彼女にも、ジャガーマンの屈辱が分かるのだ。
分をわきまえぬ、矮小な人間の愚かな行動。人を愛する神でさえ、不敬を許すわけではない。
神としてのプライドもあるジャガーマンは、多少ながら腹を立てていた。
対して、リリアナは落ち着いていた。
今までの地獄のような...否、地獄であればまだマシだったような特訓の日々。それらを経験し、生き延び、確かな成長を勝ち取ったリリアナには、それなりの自信があった。
まつろわぬ神が相手では分が悪い。
カンピオーネが相手では勝ち目がない。
しかし、人の身を依り代とした、不完の神であれば。本領の半分も発揮できない神であれば、リリアナにも勝機がある。
そしてなにより、リリアナは任されたのだ。王から、騎士として。
そうであれば、
両者、互いに前へ出る。
一方は、誇りを掲げ。
一方は、忠義を胸に。
ギラギラと光る野生の獣瞳と、真っ直ぐに相手を射抜く秀麗な蒼瞳が交差する。
「覚悟はいいかにゃあ? 人間。私はバリバリの
「食べられる気はありません。ジャガーマン。佐久本燈也の騎士たるリリアナ・クラニチャールが、我が剣を以て、主の王道を切り拓きます」
張り巡らされた緊張感の中、先に動いたのはジャガーマンだった。
一足でリリアナとの距離を詰め、棍棒を振り下ろす。
「死ねニャァ!!」
気合一閃。
初手で繰り出された振り下ろしは、しかしリリアナに軽く避けられる。
空振りした棍棒はそのまま地面へと激突し、地面を割った。
ただの一振の威力ではない。
筋力では敵わないなと思いつつ、できた隙を狙ってリリアナが剣を振るう。
が、ジャガーマンはそれを棍棒の柄で防いだ。常人には到底真似できない、柔軟すぎる体捌き。やはり一筋縄ではいかないと神霊への認識を再確認しつつ、リリアナは追撃する。
「甘い甘い! そんなへなちょこ太刀筋でよくもまぁあんなビッグマウスを叩いたもんニャ! ネコ科にとってネズミはおやつ兼おもちゃ! つまりはそういうことだニャー!!」
リリアナの剣を
ジャガーマンは一度大きく剣を弾き、その間に後ろへ跳躍して距離を取る。
逃げたわけではない。
十分な距離を得たジャガーマンは、棍棒を持つ右手以外の三肢を地面へ付け、低い姿勢を取った。
「カッ飛ばすゼ」
グッと地面を掴み、蹴り抜き、まるでロケットかのようにリリアナへ接近する。
俊敏B? あれは嘘だ。
そう言わんばかりの、音を置き去りにした突進がリリアナを襲い、リリアナの体に風穴が──
「───.....にゃ?」
素っ頓狂な声。ジャガーマンのものだ。
ジャガーマンは確かにリリアナの胴を穿った。手応えもあった。
だが、リリアナからは悲鳴どころか、血の一滴ですら流れてこない。
妙だ、と思ったジャガーマンの背後から、凶刃が迫る。
「うわっと!?」
間一髪で攻撃に気付いたジャガーマンは、地面に這い蹲るようにして回避し、大きく跳躍して距離を取る。今度は攻撃の予備動作ではない。身に迫る危険から逃げたのだ。
回避した先で即座に体勢を整える。そんなジャガーマンの被っている着ぐるみの首から上が、ぼとりと落ちた。
ジャガーマンの首筋には一筋の傷がある。凶刃を回避しきれず、着ぐるみと皮一枚斬られていた。
「うわー、まじすか。今の何、ぜんっぜん見えなかったんですけど」
斬れた首筋を抑えながら、凶刃を振るった相手──リリアナを見る。
神に一太刀を入れたことに喜びもせず、かといってチャンスを逃したことに悔しさを滲ませることもなく、リリアナは静かに剣を構えていた。
リリアナがやったことは、幻覚系の魔術に軽くルーン文字を付け加えた応用だ。
相手の認識をズラして姿を眩ませ、実体を持った分身体を作り出す。
ほかにもいろいろとした工程を挟んでいるのだが、簡単にいうと“身代わりの術”だ。
簡単に言うが、決して容易な術ではない。
リリアナが、スカサハのしごきから生き延びるため、文字通り血反吐を吐きながら習得した超高等技術だ。
キャメロットの頃からその片鱗は見せていたが、今のリリアナは人の身を超えている。
そんなリリアナの戦いを見て、景虎と信長は唖然としていた。
「な...なんですか、アレ...?」
「そこらの英霊よりあの小娘の方が断然強いんじゃが!? 英霊より人間の方が強いとかそれなんてFate!?」
さすがは歴戦の大名といったところか。
わずか数分の戦闘でリリアナの技量を測った二人は、その実力に驚嘆する。
リリアナは、以前とは比べ物にならないほどに強くなった。
燈也の権能の効果も確かにあるのだろうが、それ以上にリリアナの努力による成長が大きい。
その成長は、燈也のため。王の騎士としてあり続けられるよう、リリアナは懸命に努力した。
そして何より、リリアナを強くたらしめたもの。それは、『生き残る』という意思。
スカサハという修行ジャンキーにより、リリアナは常に生命の危機に晒されていた。
ある時は魔獣の蔓延る樹林に。またある時は怪物の住まう海原に。そしてまたある時は神獣の眠る天空に。自室で眠っている時でさえ、夢の中にまで入り込んできたスカサハにいたぶられる。
ただの人間と侮っていた弟子が、蓋を開けてみれば叩けば叩くだけ伸びる素質を持っていた。それを知ったスカサハは、歴史に名を刻む大英雄でさえ死にかけるような試練をリリアナに与え続けた。
気を抜けば死ぬ。そういう環境に晒されていたリリアナは、文字通り死ぬ気で生き延びた。
その結果、リリアナは異様な成長を遂げたのである。
「ちゃんと見とけよ、お前ら。リリアナは──俺の剣は、強いぞ」
* * * * *
リリアナの胸中は、ひどく穏やかだった。
完全な神ではないとはいえ、相手は神霊。ヒトの手が届く相手ではない。
そんな強敵を前にしても、リリアナに焦りは一つもなかった。
「(以前なら、ここまでやれていないだろうな)」
青銅黒十字のリリアナとして、祖父や魔王たちの言いなりになっていたままであれば、ここまでの強さは手にしていなかっただろう。
だが、まだ足りない。燈也の騎士として、彼の隣を歩む者として、この程度では止まれない。
目の前の神霊を倒し、更なる高みへ。
そう意気込むリリアナだが、ジャガーマンとてこのまま簡単にやられる気はなかった。
「すこーし舐めすぎたかにゃ〜」
そう言い、切り落とされた着ぐるみを脱ぎ去る。
ジャガーの下から出てきたのは、黒い洋服だった。黒スキニーに、黒シャツ。黒のコートを羽織る姿は、現代のマフィアを思わせる風貌だ。
「本気でいく。もう、私を止められるとは思わないことね」
そしてそれは、ジャガーマンが本気になったことの表れでもある。
ジャガーマンの姿が消えた。
目にも止まらぬスピード、というやつだ。
燈也と女神以外の視界から消えたジャガーマンは、先程よりも数段上がった速度でリリアナへと強襲する。
「っ、く!」
猫の手のようなフォルムからいつの間にか
斬られたのは右腿。致命傷ではないが、軽い鮮血と、リリアナの苦悶の声が漏れる。
油断した。
リリアナは己の慢心を悔やむ。気持ちを切り替えてすぐにジャガーマンへ反撃すべくサーベルを振るうが、すでにそこにジャガーマンはいない。
どこに行ったのかと視線を巡らせるリリアナに、今度はジャングルの方から木が、時速百キロ程度で飛んできた。ジャガーマンがジャングルまで移動し、投げたのだろう。
大木とはいかないが、全長十メートルを超える木だ。
速度もあいまり、当たれば人間の体などひとたまりもない。それは“仔ども”に昇華されたリリアナでも同じことだ。
後ろにステップを踏み、回避する。
だが、木の弾丸は一発では終わらない。二本目、三本目と、次々に飛来してくる。
そんな木の雨をなんとか避け続けるリリアナだったが、そこに生まれた隙に、ジャガーマンがつけ込む。
「背中がガラ空きよ、小娘!」
鉈がリリアナの背中を裂き、まるで翼でも生えたかのように赤い血が舞った。
リリアナの顔が苦渋に滲むが、今度は声は上げない。すぐに回復系の魔術を行使し、傷口を塞ぎ始めた。
その間もジャガーマンの追撃が続くが、イル・マエストロを振るい、防ぐ。
数回刃が交わったあと、リリアナの傷が完治した。
血は多少失ったが、仕方がない。体を捻ってジャガーマンの振るう鉈を避け、一度距離を取ろうと後ろに跳ぼうとし──そこで気付いた。
「これは...」
リリアナとジャガーマンの周囲が、密林になっていた。
先程ジャガーマンが投擲してきていた木々が原因かと思い至り、再びジャガーマンへと目線を向ける。
が、そこにはもうジャガーマンの姿はなかった。
リリアナがジャガーマンから目を離したのは、時間にして一秒以下。その隙に、ジャガーマンはリリアナの視界より消え失せた。
「わははははは! ジャガーの本領こそは密林でこそ発揮されるもの! 上から攻めるゼ?」
どこからか、調子の戻ってきた様子のジャガーマンの高笑いが響く。
密林の陰に身を隠し、得物を狙う野生の狩り。ジャガーマンは、自分の土俵に敵を引きずり込んだことで、多少勝った気になってきていた。
そんな余裕とも呼べるジャガーマンの宣言を聞き、リリアナは構えを解く。
「お? 諦めるかよ小娘。今なら、土下座して謝れば腕の一本くらいで許しちゃる」
ジャガーマンの提案に、リリアナは少しだけ笑った。
「密林こそが貴女のテリトリーか。なるほど」
言うと同時、リリアナの握るイル・マエストロが淡い輝きと共に変形した。
サーベルとさほど形状は変わらない。だが、確実に違う。
「突き」に特化したサーベルから、「斬る」ことに特化した形状──刀へと姿を変えた。
腰を少し落とす。そして魔剣、もとい妖刀を鞘に収めたまま、腰付近に構えた。
「おぅおぅ、居合でもするつもりかぁ〜? そんな実戦向きじゃない技術に頼っちゃあおしまいよ。てことで死ねニャァ!!」
最後の悪足掻きだと嘲笑うジャガーマンは、先の宣言通り、上から攻めた。
とはいえ、それは奇襲に該当する。「上から攻める」という発言が本当かブラフか分からなかった以上、何も宣言が無い場合よりも余計に混乱するからだ。
凶刃がリリアナに迫る。頭蓋を両断せんと振り下ろす、その瞬間。
眩い輝きが、ほんの一瞬ではあるものの、ジャガーマンの目を焼いた。
「コプッ.....」
リリアナの頬に血が伝う。
本人の血ではない。ジャガーマンの血だ。
何をされたか分からないまま、ジャガーマンは地に伏した。
「居合【閃光】」
立っているのはリリアナだ。
彼女の師が名付けた技の名を呟き、先程まであまり開いていなかった口を動かす。
「密林...いや、障害物が多く視野の効かない場所、というのが正確か。そのような場所を自身の本領としているのは、貴女だけではない」
そう言うリリアナは、刀を払い、納刀する。
「密林での奇襲など、何度も経験した。気を抜けば死ぬ環境で、奇襲への対策は最優先事項。ジャガーマン。貴女は確かに強い。正面から戦っていたら、もっと苦戦しただろう」
地に伏したジャガーマン。
「奇襲で決着を付けようとした。それが貴女の敗因だ」
* * * * *
「お疲れさん。よくやったな、リリアナ」
木々が突き刺さる即席のジャングルから出てきたリリアナに、燈也は労いの言葉をかける。
燈也たち側からは、リリアナとジャガーマンの決着は見えなかった。
ただ木々で遮られた領域の中から光が漏れ出たと思ったら、その後すぐにリリアナが出てきたのだ。
正直、景虎や信長には何が起こったのか分かっていない。
「あの珍獣を倒したのですか?」
分からないので、聞いてみた。
景虎の問いに対し、リリアナが答える。
「ああ。胴から真っ二つにしたら、さすがに消滅した」
あっさりと答えるリリアナに、景虎、そして信長も唖然とする。
二人からみても、ジャガーマンは強敵という認識だった。そんな相手を倒したというリリアナへ対し、二人は彼女への認識を改める。
と、そんなことをしているうちに、即席密林が吹き飛んだ。
なんの比喩でもなく、爆撃機でも襲撃してきたのかと思うように、悉くが吹き飛んだのだ。
再び更地となったそこで、女神が笑う。
「アッハハハハ! すごい、素晴らしいデース! まさかジャガーマンを倒すなんて!」
仲間を倒された者とは思えない、心からの歓喜と賞賛を送る女神。元々ジャガーマンを仲間とは思ってなどいなかったのだろう。
狂気を纏う女神を見て、リリアナの頬を冷や汗が伝う。
「羽毛ある蛇...炎をもたらす文化神...南米の神、ケツァルコアトル...!」
霊視でもしたのだろう。リリアナが呟く。
生と不死の境界、アカシャの記憶の存在しないこの世界で、どのような原理で“視た”のかは不明だが、リリアナは確かに目の前の狂神の真名を視た。
それを聞き、燈也の口角が上がる。
「“蛇”に“炎”か。なんだか親近感を感じるな」
可視化し、辺りに魔風を生じさせるほどの魔力を迸らせながら、燈也は一歩前へ出た。
「ここからは俺の喧嘩だ。お前ら、邪魔すんじゃねぇぞ」
なんて?(リリアナの魔改造について理解が及んでいない模様)(なお作者)