問題児? 失礼な、俺は常識人だ。   作:怜哉

23 / 30
パワーインフレは賛否両論だけど王道

 

 

 

 

 

 人間とは、とても脆く、醜いものだ。

 

 水が無くなれば朽ち、食料が減れば争う。

 他人の犠牲無くしては生を謳歌できぬ獣。かの英雄王をして、そう下される弱者が、人間という種だ。

 

 とてもとても弱い生き物。

 そんな人間の、ささやかな成長。絶望を前に、如何なる試みを見せるのか。

 弱く醜い人間が、自らの力で生をもぎ取る。そんな結末を、神──ケツァルコアトルは、心から願っていた。

 

 

 * * * * *

 

 

「箱庭第七桁、2105380外門《ヨグソ・トース》リーダー。神殺しが一角、佐久本燈也だ」

「南はアステカ! 南米からちょーっとウルクを滅ぼしに来たお姉さん、ケツァルコアトルデース! よろしくね?」

 

 ただの人間であれば倒れてしまいそうな魔力と殺気を撒き散らし、魔王と女神は対峙する。

 両者とも、ゆっくりと歩み寄っていた。緩やかな動きを止めることなく、会話を続ける。

 

「ちなみに神殺しクン。あなた、戦いはお好き?」

「ああ、大好きだ。相手が強ければ強いほどワクワクするね」

 

 膨大すぎるエネルギーが渦巻き、実体化する。

 リリアナや景虎、信長でさえ、気を抜けば害されそうだ。

 

「ワーオ! 私もよ、神殺しクン! あなたくらい強い相手だと武者震いしちゃいマース!」

「ははっ、気が合うなァ南米の神。ま、俺ら(カンピオーネ)お前ら(神々)ってのは本能レベルでライバル視してるらしいし、そういうのもあるのかもな」

 

 まるで、街中で旧知の友人と出会った時のように。

 魔王と女神は、笑いながら、とうとう残り数歩の距離まで詰め寄った。

 

「それじゃあ──」

「ああ、それじゃあ──」

 

 手を伸ばせば相手の肩に触れられる距離。

 そこまで来て、今まで吹き荒れていた魔風がやむ。

 嵐の前、津波の前兆。異様な静けさが場を支配する中、両者はより一層愉悦に染まり、

 

「──始めまショウ!」

「──始めるか」

 

 幕が上がる。

 

 膨大なエネルギーが収束し、一気に爆発した。

 互いの拳が大気を裂き、相手の頬へと打ち込まれる。

 

 両者同時に放った開幕の拳撃は、腕のリーチの差でわずかにケツァルコアトルに軍配が上がる。

 互いに後方へと吹き飛ぶが、燈也の方が遠くまで飛ばされた。

 ダメージも、燈也の方が大きいだろう。だが。

 

「ナハッ、いってぇなこの野郎!」

 

 笑いながら立ち上がる。

 鼻骨にヒビが入り、血管も切れたはずだが、そんなものは数秒もあれば完治する。カンピオーネの中でも桁違いの回復力だ。

 対するケツァルコアトルも、鼻血を拭いながら、心底楽しそうな笑顔で構える。

 

「アハハッ! ムーチョムーチョ(もっと、もっと)! 楽しみましょう、この戦いを!」

 

 戦いを通して分かり合う悦び。

 闘争を好む女神は、燈也という強き人間の存在に心から歓喜する。

 一度離れてしまった距離を、今度は時間を置かず、互いに一足で詰めた。再び拳が交わり、パァン!と何かが破裂したような、乾いた音が響く。

 その後も何回も拳同士をぶつけ合い、相殺する。

 

「すごいパワーね、神殺しクン! 私と張り合える人間がいるなんて、お姉さん感激デース!」

 

 何十度目かの相殺を経て、ケツァルコアトルは一度大きく後退した。

 パワー負けしたのではない。このまま続けても何も進展がないとふみ、態勢を立て直すための後退だ。

 そんなケツァルコアトルを追うことなく、燈也は口を開く。

 

「は、よく言うぜ。まだ本気じゃないだろ、お前」

「おや? 分かるの?」

「当たり前だ。混ざりけ無しの神がこの程度のはずがねぇ」

 

 燈也の言い分に、ケツァルコアトルは感心した。

 今のケツァルコアトルは、英霊という劣化存在に成り下がっている。

 もちろんそこらの最上位サーヴァントより強力な力を持ってはいるが、それだけ。サーヴァントという枠は超えているものの、“蜘蛛”とでも戦えるケツァルコアトル本来の権能は、十全に発揮されていない。

 

「ああ、本当に残念だわ。貴方とは生身で殴り(語り)合いたかったデース」

「あ? どォいう意味だそりゃ。本気は出さねぇってか」

「いいえ、違うわよ神殺しクン。私は本気。今出せる全身全霊を、貴方にぶつけマース!!」

 

 言って、ケツァルコアトルは再び踏み込んだ。

 今度は手ぶらではない。後退した先に置いていた翡翠剣を手に取り、振るう。

 ケツァルコアトルが武器を取ることは、『殺し合いに武器など不要』と主張する彼女の趣向から外れている。

 それでも、ケツァルコアトルは武器を取った。ルチャという外付けの技術では勝負がつかないと判断したからだ。

 

「肉弾戦の次は剣で勝負か? いいぜ、乗ってやるよ!」

 

 ケツァルコアトルに対し、燈也も武器を取る。

 どこぞで学んだ(盗んだ)投影魔術を行使し、ケツァルコアトルの持つ翡翠剣と姿形は同じものを投影した。

 エミヤのような劣化模倣にも及ばないただの投影魔術によるもので、時間が経てば消滅してしまう使い捨てのただの石器。それでも質量はあり、燈也が扱えば立派な武具となる。

 

 剣が交差し、火花が散った。

 パワーではケツァルコアトルに分がある。単なる力押しでは負けると判断した燈也は、技術で勝負することにした。

 

 相手の力を上手く流し、体勢を崩して蹴りを入れる。

 剣で勝負などと言っておきながら足を使うことは邪道だが、そんなものを気にする燈也ではないし、ケツァルコアトルも気にしない。

 

「ワオ、technical!! 八十点をあげちゃいマース!」

「テメェの定規で測ってンじゃねぇぞ!!!」

 

 蹴りでは決定打にはならない。

 攻撃を受けてなお余裕を見せるケツァルコアトルに、燈也が吠えた。

 常人には見えすらしない剣戟を繰り返し、互いに少しずつ傷が生まれる。

 受けた傷はすぐさま癒える燈也と、燈也の剣術では致命傷を与えられないケツァルコアトル。力比べと同じく、こちらも延長線だ。

 

「チッ」

 

 燈也は一つ舌打ちし、手法を変える。

 翡翠剣をケツァルコアトルに投げつけ、自身は一度後退し、魔力を練る。

 踏み込もうとするケツァルコアトルの足元から土が盛り上がり、ケツァルコアトルを覆った。が、一瞬で粉砕される。

 続けて、ケツァルコアトルの眼前に突然炎が現れた。が、頭突きの要領で掻き消される。

 次は不可視の障壁が何重にもなりケツァルコアトルの前に立ち塞がった。が、拳一つで霧散させられる。

 

「ダンプカーかよ...!」

 

 あらゆる妨害を跳ね除ける様に羅濠の影を思い出しながら、燈也は瞳に魔力を流す。

 燈也の瞳が紅く輝き、今まさに翡翠剣を燈也へ振り下ろそうとしているケツァルコアトルの姿を、その視界に捉えた。

 瞬間、燈也とケツァルコアトルの場所が入れ替わる。

 

「おや...?」

 

 不可解な出来事に一瞬呆けるケツァルコアトル。

 その一瞬で、燈也はケツァルコアトルを蹴り飛ばした。

 ギリギリでガードするも、勢いに負けてケツァルコアトルが吹き飛ぶ。数十メートルもの距離を飛んだケツァルコアトルを見て、燈也は尋常ではない魔力を練り上げ始めた。

 

「クソが!」

 

 心底悔しそうに叫びつつ、聖句を紡ぐ。

 

「《古の大火、天上の眩燿(げんよう)。鳴る神は降臨し、天地を焚く霹靂とならん》!!!」

 

 権能の行使。

 それは、この戦いに置いて、燈也が禁じていたものだ。

 相手が本気を出さない、ないし出せないのであれば、自分も権能は使わない。戦いを楽しむという過程で自分に縛りつけた枷を、不本意ながらも解き放つ。

 

「ワーオ! それが貴方の本当の(パワー)? 素晴らしいネー!!」

 

 地殻を揺るがす燈也の一蹴をまともに喰らったにも関わらず、ほぼ無傷なケツァルコアトルは、心の底からの笑みを浮かべる。

 先程よりも壮絶な戦いを予期し、自分もそれに応えようと(りき)んだところで、左脇腹に衝撃が走った。

 

「な───」

 

 辛うじて出た声も置き去りに、またもやケツァルコアトルが吹き飛ぶ。

 攻撃を受けたと知覚し、ケツァルコアトルの神殿に激突せんとする前に、ケツァルコアトルは上空へと方向を転換させた。

 否。させた、という表現は正しくない。再びケツァルコアトルの体を衝撃が襲い、無理やり打ち上げられたのだ。

 

 苦痛に顔が歪む。

 上空三十メートルほどまで上昇したところで、またもケツァルコアトルに衝撃が襲いかかる。

 今度は一撃だけではない。何十、何百と重なる衝撃だ。

 地上へ降りることも許されず、空中でサンドバッグ状態となる中、痛みに耐えながらケツァルコアトルは目を見開く。

 自分を襲うのは、ほぼ間違いなく燈也の攻撃であると分かっていた。ならば反撃を試みなければ。

 そう思ったところで、ケツァルコアトルの顔面が僅かに凹むほどの衝撃が彼女を襲い、そのまま地面へと激突した。

 

 クレーターを作ってしまうほどの威力で落下したケツァルコアトルは、痛みからすぐに動けない。

 手を地面につき、なんとか立ち上がろうとしたところで、背中に何かが落ちてきた。

 

「ぐぅ...!!」

 

 苦悶の息が漏れる。

 わずかに痺れる体に鞭を打ち、地面を殴りつけた反動を使い立ち上がった。

 そしてすぐに後退。神殿の元まで下がり、構える。

 知覚外からの襲撃。考えてからでは反応できないということだけは理解したケツァルコアトルは、目を閉じた。

 

「っ! そこデース!!」

 

 視界を封じることで他の五感を敏感にし、音や風の流れなどから攻撃を察知したケツァルコアトルは、身をかがめる。

 すかさず頭上にアッパーを繰り出す...が、虚しく空を切るだけ。燈也に当たることはない。

 

 否。当たってはいたのだろう。

 しかしそれがダメージになることはない。

 

「俺の速度に対応してくるかよ」

 

 燈也がケツァルコアトルの視界から消えてから、初めて声がした。

 慌ててそちらを見るケツァルコアトルの目に、眩い光が映り込む。

 

「それがアナタの権能()...全開の姿、ということかしら?」

 

 ケツァルコアトルが見た光。雷光。

 人知の及ばぬ領域に踏み入れた権能を感じ、ケツァルコアトルは改めて気を締める。

 

「ま、そうだな。俺の力、その一端だ」

「それは...ハハ、想像以上デース」

 

 魔術ではない、神にも匹敵する力を見せつけ、それを「一端」と言い放つ燈也に、さすがの女神も背中を冷やす。

 人間は弱い。稀に強者が産まれても、神を脅かすほどの存在は強者の中でもさらに一握り。生前に刃を交えた神々すら彷彿とさせる圧力など、人間が持っていい領域を越えている。

 闘争への愉悦を抱えるケツァルコアトルだが、燈也という存在はその域を越えていた。

 

「一つ、聞いてもいいかしら?」

 

 超越者たる燈也に、ケツァルコアトルはどうしても確認したいことがあった。

 本来なら戦闘に対話など必要ないが、燈也はケツァルコアトルに答えることにした。

 

「言ってみろ」

「その上から目線、イラつくわ。...アナタ、そんな力を手に入れて、これから先どうするつもり?」

 

 人間は弱い。故に、強者を頼る。

 燈也は圧倒的な強者だ。三女神同盟をたった一人で瓦解せしめる力を持っている。

 しかし、それではいけない。たった一人の力で困難を打破してしまうことは、弱い人間達になんの成長も与えない。

 それどころか、自ら考えず、努力もせず、全てをその強者に委ねるようになる恐れもある。

 

「どうするっつってもな。俺はただ、上を目指して戦うだけだ」

「上? アナタより強い存在なんてほとんどいないと思うけれど?」

「いるんだよ。世の中には強ぇやつが山ほどな」

「そう。それは...恐ろしいわね。ではアナタは、なぜ上を目指すの?」

「二つ目の質問だ。けどまぁいいさ。なんで上を目指すかって? そんなの決まってんだろ。俺より強いやつ、偉ぶってるやつが気に食わない。俺は“王”だからな」

 

 ギルガメッシュは、賢王たる強者だ。

 青年期は手の付けられない暴君であったが、今は違う。彼はどんな手を打ってもウルクが無くなると知ってなお、個の力ではなく、民の力でウルクを守り続けている。だからこそ、ケツァルコアトルは一瞬でウルクを消し去るだけの力を持っているにも関わらず、未だウルクを攻め落としていない。

 強者の元で、弱者が努力し、成長する。これこそが女神・ケツァルコアトルの求める繁栄だ。

 

 佐久本燈也は、覇王たる強者だ。

 彼は個としての圧倒的な力を持つが、他を寄せ付けず己の力だけで道を切り拓き、己の欲求のみを満たす。また、彼の根本は悪である。魔王を名乗っていることもあるが、善性の頂点に君臨するケツァルコアトルにダメージを与えていることが何よりの証拠だ。

 悪性の強者による傲慢で、弱者が弱者のまま終わる。それは女神・ケツァルコアトルが望まぬ未来だ。

 

「(これは、楽しんでいる場合ではないわね。彼を放置していたら、人間はさらにダメになるかもしれない)」

 

 愛する人類の未来のため、燈也というバグは剪定しなければならない。

 

 ほとんど思い込みのような推論。だが、善神である彼女の本能が告げる警告。

 己の神格に従い、ケツァルコアトルは半ば無理やりに権能を引きずり出した。

 

「一撃でケリをつけマース!!」

「ハッ、言ってろ!」

 

 ケツァルコアトルが魔力を練り上げ、大地すら焼かんとする熱風が駆け巡る。

 対して燈也も紫電を散らし、さらに雷雲までをも引き連れてきた。

 

 

 

 地上に降りた太陽と、神威を振り撒く雷電。

 天変地異と言って不足ない異常を前に────リリアナ、景虎、信長の三人は背を向けて逃げ出していた。

 

 

 

「いやいやいやいやいやいや!!??!? 無理じゃろコレ、無理じゃろコレ!! 死んでしまうんじゃが!!!」

「神霊がこんな化け物だなんて聞いてないですよ! すいませんでした! 毘沙門天の化身だとかイキっててすいませんでした!!」

「黙って逃げろ! 佐久本燈也が神相手に本気を出したらここら一帯跡形もなく吹き飛ぶぞ!!」

 

 熱風に背中を押され、ついでに焼かれながら一目散に爆心地から逃げる三人。

 そんな三人の背後で、今までにない爆発が起こった。とうとう天災がぶつかったのだろう。

 そう思うよりも先に、三人の背中に爆風が襲い、体が宙に浮く。が、上手くバランスを取り着地。さらに足の回転数を上げて加速する。

 

「どこまで逃げればいいんですかこれ!」

「分からん! 少なくともジャングルからは出るぞ!」

「それってどのくらいじゃ!? あっ、リリアナが魔術使って先に行きよった! ズルいズルい! わしも銃に乗っちゃお」

「ちょ、待ってくださいよ二人とも! 足場が悪くて馬じゃ走れないんですから! ...え、本当に私だけ置いていかれた? そんなー!?」

 

 再びの爆風で景虎が飛ばされるまで、あと二秒。

 

 

 

 逃げ惑う従者を顧みることなく、彼女らの王たる燈也は全力を振るう。

 それに対し、ケツァルコアトルもまた権能を振るっていた。

 

「過去は此処に!」

 

 雷の雨に撃たれながら、太陽は輝きを灯す。

 明らかな大技。その予備動作を前に、燈也は雷を飛ばすだけしかできない。下手に近付けば、如何に雷の身体とて焼かれてしまう。

 故に、燈也も必殺の大技で決める準備を始めようとしていた。

 

「現在もまた等しく、未来もまた此処にあり! 風よ来たれ、雷よ来たれ!」

 

 もはや雷など彼女には届かない。全てを燃やし尽くす炎は、さらに激しさを増す。

 

「太陽には太陽で、っていいたいところだが...このままじゃ星の方がもたないかもな」

 

 余波ですら数千度に及ぶ熱波を魔術壁で防ぎつつ、燈也はギフトカードから一つの武器を取り出す。

 

 それは、白銀に輝く槍だ。

 とはいえ、その槍は中程から折れてしまっている。元々は二メートルを越える大槍だったのだろうが、今では一メートル程度。およそ、槍としての性能はないと言える。

 

 だが、内包する力は圧巻の一言。

 神秘の込められた輝きが、太陽の熱と拮抗する。

 

「《果てを刻め》」

 

 短く、燈也が下す。

 瞬間、閃光が周囲を覆った。ケツァルコアトルの太陽すらも飲み込む輝きは、直ぐに晴れる。

 直後、燈也やケツァルコアトルの周囲に広がっていたのは、炎と雷に焼かれた大地ではなくなっていた。

 

 白。どこまでも続く純白の世界。

 天も地も存在しない。最果ての新天地。

 

「敢えて言おう。《聖槍は健在なり》」

 

 世界が閉じた(・・・・・・)

 これこそが『塔』の在り方(能力)

 最果てにて輝ける槍は、表にも裏にも属さない。生命から隔絶された世界(・・・・・・・・・・・)を顕現させる。

 

「これは...」

 

 宝具発動のために溜めていたケツァルコアトルが混乱した。

 たった一瞬ではあるものの、身を襲う不可思議に目を見開く。

 だが止まらない。すぐに意識を燈也のみに移し、再び宝具開帳のための魔力を練り上げる。

 

「明けの明星輝く時も! 太陽もまた、彼方にて輝くと知るがいい!」

 

 白き世界に太陽が昇る。

 世界ごと灼き尽くさんと燃え盛る。

 

 対して燈也も、槍を構えた。

 

「ねじ伏せろ」

 

 

 

「──『太陽歴石(ピエドラ・デル・ソル)』ッ!!!」

「──『虚構に煌めく夢幻の塔(ロンゴミニアド)』」

 

 

 

 海すら干上がらせる灼炎と、世界を繋ぎ止められるほどのエネルギーが、正面から激突する。

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 大絶滅ですら引き起こせる大爆発から逃げ果せたリリアナ、信長、景虎の三人は、唖然としていた。

 それもそのはず。密林ごと地球上から消え失せようとしていた直前で、燈也やケツァルコアトルの周囲の世界が閉ざされたのだ。

 

 結界が張られた、などというものではない。

 文字通り、爆心地一帯がこの世界から隔絶されたのだ。

 

「佐久本燈也...」

 

 リリアナの口から声が漏れる。

『こちら側』からでは『あちら側』を観測できない。燈也が勝ったのか、負けたのか。そもそも無事なのか。それすらも分からない状況だ。

 

「な、なんだったんじゃ、さっきのは...?」

 

 信長も、つい先程まで天変地異の中心だった空間を見つめる。

 まるで全てが幻だったかのように消え失せてしまったが、自らが負った火傷や余波で燃えてしまった密林が、先程の出来事は全て現実だったことを知らしめている。

 燈也が化け物なことは重々承知していたが、ここまでイカれた存在だったとは思っていなかったのだろう。畏怖とも羨望とも違う、呆けた虚ろな色が目に浮かんでいる。

 

 その場に景虎の姿はない。彼女は二人に置いていかれたのだ。

 今頃、燃え朽ちた密林の中で一人、信長と似たような感想を抱いていることだろう。

 リリアナや信長に、景虎を気にかける余裕はない。リリアナは燈也の安否を気にしており、信長はただただ呆けていた。

 

 そんな二人の背後から、聞き覚えのある声がした。

 

「おいお前ら、呆けてないでさっさと帰るぞ。腹減った」

 

 バッ、と振り返る。

 そこには、彼女らの主がいた。

 

「王よ! よくぞご無事で!」

 

 リリアナが燈也に駆け寄った。

 心配そうに燈也の全身を見回すが、リリアナが心配するような傷はどこにもない。無傷とはいかないが、それは軽傷に見える。

 

「化け物にもほどがあるじゃろ、お主。いや、同じ括りにしては、化け物共が憐れかの」

 

 あれだけの攻防を繰り広げておきながら、疲れはおろか、ダメージもほとんど負っているように見えない燈也に、信長が呆れすら超えてしまった感想をこぼす。

 

 燈也の無事をしっかりと確認したリリアナが、確認するように燈也に問う。

 

「あの女神、ケツァルコアトルに勝ったのですね?」

「当たり前だ。本当は権能無しで勝ちたかったけどな。さすがに厳しかった。悔しいぜ」

「神殺しの魔王、マジパない。わしも魔王とか呼ばれとるけど、普通に格が違くないかの」

「あんな満足に全力も出せない神に負けてられるかよ。本物はもっとすごいぞ」

「マジか。生前あれだけ神はいないとか言っとったし、なんならバカにしてきたんじゃが。わし、恨みかって狙われたりしない?」

「それならそれで構わねぇさ。全部返り討ちだ」

 

 軽口を叩きつつ、燈也は二人に背を向ける。

 

「ああ、そうだ、信長。虎があっちに転がってるから拾ってこい。多分気絶してる」

「えー、なんでわしが。めんどいのう」

 

 文句を言いつつも、大人しく指示された方向に向かう信長。召喚した銃に乗り飛ぶ姿に、燈也は「器用なもんだ」と感心する。

 そして信長が去ってすぐ、燈也はリリアナを見た。

 

「背中の傷はどうだ。けっこうバッサリいかれてたろ」

「問題ありません。回復系の魔術も行使したので、痕も残らないかと」

 

 そうか、と短く返し、しっかりとリリアナを見ながら口を開く。

 

「お前は強くなったな」

「は、え、あ、ありがとうございます...」

 

 まさか褒められるとは思っていなかったリリアナが言葉につまる。

 

「けど、まだだ。もっと強くなれ、リリアナ。神とでも戦えるくらいに強く。お前は“俺の剣”なんだ。そのくらいやれるだろ?」

 

 俺の剣。

 そう言って貰えることに、リリアナは心から歓喜する。

 騎士として、これ以上ない言葉だ。

 

「...はい。王が、そう望まれるのならば」

 

 傅き、忠誠を示す。

 それを見た燈也は満足そうに笑った。

 

 王が自分を必要としてくれている。こんなに嬉しいことはない。

 祖父や王達に駒として扱われてきた人生で、お前が欲しいと言ってすくい上げててくれた人。心から崇拝する主に報いるため、リリアナは今後も努力を惜しむことはないだろう。

 

 ただ、まあ。

 二度とスカサハとの修行だけはしたくないというのが、リリアナの本音だった。

 

 

 ✿ ❀ ✿ ❀ ✿

 

 

 

 ウルクから北の大地。

 杉の森の奥地にて、とある青年然とした者が、ふと南に目を向けた。

 

『どうした。何かあったか』

 

 女性らしき声が、青年に問いかける。

 声の主の姿は、青年からは見えない。声だけ届く状況に、特に違和感も覚えることなく、青年は返事をする。

 

「...ええ。南の神の気配が消えました」

『ふむ? 何か企みでも始めたか』

「いえ、そうではないかと。あの女神の気配は完全に消滅しました。加えて、神とは違う、この強烈すぎる気配...。正体は不明ですが、何者かに負けたようです」

『何!? あの羽毛ある蛇がか...? にわかには信じられん。ヤツは阿呆のようだが、実力は底知れぬものがあった』

「ええ、ボクも信じられない。なのでボクは、一度様子を見てきます。障害になるようであれば、排除してきましょう」

 

 そう言って歩き出す青年の背に、女性は声を投げる。

 

『羽毛ある蛇は、下手をすればわたしより強い。その女神を屠ったというのなら、お前でも一筋縄ではいかないだろう。無理はするなよ』

「はい」

 

 女性の心配に、短い返事と軽い笑みで返した青年は、宙に浮く。

 そして、時速数百kmはある速度で飛び出した。

 

「(...まただ)」

 

 飛び出してすぐ、青年は胸を押さえる。

 痛みがあるわけではない。ただ、言いようのない感情が押し寄せてきているのだ。

 それがここ最近、何度も青年を襲っている。

 具体的には、カルデアからのマスターらと接触したくらいからだ。

 

「(何なんだコレは。まるであの男(・ ・ ・)のことを考えた時のような...いや、それとはまた別種だ。安心、不安、期待。ボクは───)」

 

 青年は、あの男(・ ・ ・)と呼ぶ相手に対し、“会ってはいけない”という不安のようなものを抱えていた。そちらは、まだ理由の分かる本能だ。

 

 しかし、こちらは違う。

 この数日で何度も味わったこの感覚は、本能は、根本から違うのだ。

 

「(──ボクは、一体誰に“会わなければならない”と思っているんだ?)」

 

 

 

 

 




聖槍《虚構に煌めく夢幻の塔》
ロンゴミニアド

女神ロンゴミニアドより簒奪(強奪)した『最果てにて輝ける槍』。燈也曰く、「第4の権能」。
ベディヴィエールにより破壊されたものであり、その能力はほとんど失われていたが、燈也が手にすることによって修復、進化を遂げた。某ハロウィン城で拾った聖杯の欠片も組み込んでいるとかなんとか。
元々2m以上あった槍は中程から折れており、全長1m程にまでなっている。見た目はただの「折れた槍」。それゆえに槍としての攻撃力はほぼ皆無で、そのまま振るえばただの鈍器としてしか使えない。
だが、聖槍としての本質は未だ健在。表と裏を繋ぎ止める楔としての能力を持ち、「表にも裏にも属さない」という属性の応用で虚構世界を構築し、あらゆる世界から隔絶される。
世界を構築してしまうほどの極大エネルギーを放出することもでき、その全力全開の一撃はワールドエンド級。
構築された虚構世界はあらゆる世界から隔絶されるため、抑止力などの力も及ばない。よってギルガメッシュの『天地乖離す開闢の星』も全力で放つことができてしまうという欠点を持つ。


余談だが、カルデアにてギルガメッシュ(青年期)と戦った際、この聖槍を行使したために全力の『天地乖離す開闢の星』を放たれた。聖槍の一撃はそれすらも相殺することが可能だそうだが、激突の余波に虚構世界が耐えられず消失したという。
世界の崩壊により、ギルガメッシュの霊基は耐えきれず消失。再召喚する羽目になったとロマニや藤丸に愚痴を言われたそう。
なお、燈也も無事ではなく、瀕死の重症を負い、驚異の回復力を持ってしても全治に一週間かかった。ほとんど死に体だったくせに一週間で完治する辺り、やはりキチガイか。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。