問題児? 失礼な、俺は常識人だ。   作:怜哉

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親子というものは、嫌なところだけ似るものだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 燈也とケツァルコアトルの戦い。

 終わってみればものの十数分程度だった死闘は、燈也の勝利で幕を下ろした。

 

 爆風に吹き飛ばされ、木に頭をぶつけて気絶していた景虎を回収し、燈也たちは日輪の戦車で空を駆ける。

 戦車の御者は燈也ではない。リリアナが、緊張した面持ちで手網を握っていた。

 その隣で、燈也がどこか上の空な表情で、戦車の扱いを指南している。

 燈也曰く、いずれ必要になる、とのこと。

 

「とりあえずは今教えたことが全部だ。ま、こいつらは頭がいいからな。御者の言うことはちゃんと聞くし、そんな気負わなくても大丈夫だ」

「分かりました。...ところで王よ。この方角は、ウルクから多少逸れているように思いますが?」

 

 先程から抱えていた疑問を、リリアナは燈也へと伝える。

 

「ああ、それなら問題ない。ちょっと寄りたい場所があってな」

 

 そう言う燈也は、リリアナとも、進行方向とも違う方角を見ていた。

 

「おいリリアナ。見てみろよ、アレ」

「はい?」

「女神だ」

「はい!?」

 

 なんでもないように告げられた仰天ニュースに、リリアナの手元が狂う。

 超高速で駆けていた戦車が安定を失い、アクロバット飛行に移行する。

 

「おいリリアナ。落ち着け。たかが女神に動揺しすぎだ」

「い、いやしかしッ!」

 

 先の戦闘で神の力を改めて実感したリリアナは、慣れない運転の緊張も相まり、手綱を握る手の汗が止まらない。

 

「安心しろ。テキトーに威嚇しといたから多分寄っては来ねぇよ。女神っつっても、ありゃ混ざりものだ。喧嘩しなくていい」

 

 興味無さげに、燈也は女神から視線を切る。

 しかし、アクロバット飛行から安全運転に戻ったことに一先ず安堵の息を吐いたリリアナは、その女神から視線を外してはいなかった。

 

「.......王よ」

「なんだ」

「女神が近付いてきています」

「は?」

 

 完全に女神から意識を外していた燈也は、本気で疑問だという声を出した。

 それと同時、円形をした飛行物が戦車に激突し、そして跳ね返される。

 

「〜〜〜っ! いったぁ!?」

 

 自滅する形で悲鳴を上げた女神は、目にうっすらと涙を浮かべつつ、燈也に向けて人差し指を差す。

 

「アンタね! この私に向かって不躾に殺気なんか放ってきたのは!」

「そうだが」

「悪びれもなく!?」

 

 騒がしいやつだ、と嘆息する燈也は、女神に対してあまり関心を抱いていないようにみえる。

 これは意外だと、リリアナは訝しんだ。

 神殺したる燈也は、神との戦いを好む傾向がある。目の前の女神──イシュタルも、混ざり物とはいえ神は神。燈也の心が踊るには十分だと思っていたのだが、当の本人にはあまり戦う意思が伺えないように感じる。

 

「勝てねー相手に喧嘩売んな。力の差くらい分かるだろ」

「はぁ!? 意味分かんないんですけど! 勝てるわよ、この私が人間相手に負けるとでも!?」

「分かった分かった。失せろ、駄女神。今はお前の相手をする気分じゃない」

 

 狙ってか、天然か。

 燈也は女神イシュタルの逆鱗を蹴り上げる勢いで挑発していく。

 そんな挑発にプライドの高い女神が反応しないわけもなく、全身をわなわなと震わせて怒りのままに叫んだ。

 

「あっったまきた!! いいわ、そこまで言うのなら望み通り、獣のエサにしてあげる!」

 

 天舟(マアンナ)を構え、魔力の矢を放つ。

 神獣にすら傷を付け、人間ではまず耐えきれない攻撃だが、それが燈也に届くことはない。

 その前に、日輪の戦車によって弾かれたのだ。

 

「なっ!?」

 

 イシュタルの驚いた声が漏れる。

 悔しそうに歯を食いしばり、続いて魔力の矢を十発ほど同時に撃ち込むが、それらも全て戦車によって防がれた。

 

 燈也の所有する第二の権能、《勝利運ぶ不敗の太陽》。

 ローマ神話に登場する太陽神ソール。この神は古代ギリシアにおいては太陽神ヘーリオスとされ、彼が跨ったとされているその戦車は、太陽と同一視されていた。

 つまり、日輪の戦車は太陽そのものなのだ。太陽と同程度の質量、また熱量を持っている。

 これに攻撃を通そうとするのならば、惑星を傷付けるほどの超々高火力な攻撃をぶつけるか、太陽に対する強い対抗・特攻属性を持つ攻撃を放つしかない。

 

 それでも諦めず、イシュタルは魔弾を撃ち込み続ける。

 そんなイシュタルを横目に、燈也は空を見上げていた。

 

「なぁ、リリアナ」

「え、あはい。何でしょう」

 

 女神の猛攻を受けているにも関わらず、平然とした様子で話しかけてくる燈也に困惑しつつも、リリアナは返事を返した。

 

「あの空の輪っかみたいなやつ。確かキャメロットにもあったよな」

 

 じっと空を見上げる燈也は、そんなことをリリアナに問う。

 今の状況と一体何の関係があるのだろうかと訝しながらも、リリアナは主の問いに返答する。

 

「在りました。ダ・ヴィンチ女史によれば、此度の人理焼却の首魁、ソロモン王に関係するものだと」

「ソロモン、か。神から知恵を授かったとかいうイスラエルの王...その知恵ってのは、文字通り人智を超えたモンだったんだろうな」

「は、はぁ」

 

 突然何を言い出すのかと思えば、全く別の方向へ意識をそらす燈也に、リリアナは再度困惑する。

 そんなリリアナの様子を見てか、燈也は軽く笑った。

 

「あの光の輪。ありゃ何かしらの魔術だろうな。あるいはそれに限りなく近い宝具か。しかも星を滅ぼせるだけの...いや、それでもあまりあるくらいのエネルギーを内包してやがる。あんなもん落とされたら、さすがに俺らも無事じゃすまねぇぞ」

「な、」

「しかも、だ。あの光輪は『分からねぇ』」

「分からない、ですか...?」

「ああ。大抵の魔術は、少し見れば解析もできるし模倣もできる。イリヤの持ってたクソステッキ、アレに組まれた《魔法》だって、解析の糸口くらいは見えた。もう暫くあのクソステッキを弄り回せば十分解析できるだろ」

 

 にも関わらず、と言いながら、燈也は悔しげに天の光輪を睨み上げる。

 

「アレはよく分からねぇんだ。俺の聖槍やギルガメッシュの乖離剣でも太刀打ちできるか分からねぇレベルの魔力だってのは分かる。けど、あの魔術式の意味が分からない。複雑過ぎて効果すら読めねぇ。もっと近寄って...触れられるならもうちょい解析のしようもあるんだろうが...」

 

「いつまでも無視してんじゃないわよ!! いいわ、ええ、もういい。こうなったら全力全開、私の宝具をブチ込んであげるから!!」

 

「(つーかそもそも、何でアレを落とさねぇ? 最後の特異点まできたんだ、ソロモンもカルデアを無視できなくなってるはずだろ。だったら、アレを落とせば一発で解決だ。あんな魔力、仮に攻撃魔術じゃなかったとしても、落としただけでカルデアは終わりだろ。そうすりゃ何の障害もなく、目的を果たせるはず...いや待て。そもそも、ソロモンの目的ってのは何だ? 人類が気に入らない、生命そのものが気に入らない。その程度だったら、カルデア云々関係なく、あの光輪を落とせばそれで終わりだろうに)」

 

「こ、この後に及んでまだ無視するかぁ!? 撃つからね、本当に撃つんだからね!?」

 

「(生命...人理の焼却は単なる手段、目的達成のために必要な通過点。人理を焼却した先で、生命の絶滅以外に得られる利益はなんだ? ...まさか、まさか魔力か? 人理を完全に、文字通り焼却しきったわけじゃなく、昇華。聖槍みたく魂の補完だけじゃなく、その魂を魔力として変換・操作することで得られたものが、あの光輪...? だとしたら、あの光輪がもたらす現象ってのは一体───)」

 

「うがあぁぁぁああ!!! ブッ潰すッ!!! マアンナ、ゲートオープン!!」

 

「うるせぇ」

 

 何やら宇宙空間と時空を繋げ始めたイシュタルへ、燈也は雷を落とす。

 頭に血が上っていたイシュタルはその攻撃を避けることができず、しっかり丸焦げにされた。だが、混ざっていても神。雷一発程度でダウンするほどヤワではない。

 

 ───ので、追加で数発の雷撃を叩き込み、さらに戦車で轢き倒した。

 

「キュッ」

 

 空気が抜けるような声をもらし、ボロ雑巾のようになったが、それでも生きているイシュタルを褒めるべきだ。

 リリアナは墜落していく女神にそっと合掌し、改めて手網を握る。

 

「あー、クソ、考えても分からねぇなコレ。何かしらのピースが足りねぇ。チッ」

 

 最後までイシュタルに興味を示さない燈也を見て、リリアナは本気でイシュタルに同情した。

 

 

 * * * * *

 

 

 

 その後、戦車は神代の空を駆け抜け、海岸に着地した。

 暖かくな潮風が頬を撫で、緩やかな波が寄せては返す。とても世界の危機とは思えないほどの、穏やかな光景。

 そんな海をじっと見る燈也は、無言で何かを考え込んでいた。

 

 燈也の様子を少し離れた場所で見ながら砂遊びをしていた信長が、彼女の隣で燈也を見守っているリリアナへと問いかけた。

 

「我らがマスターは一体何をしとるんじゃ」

「...分からないが、何か意味があるのだろう」

「意味があるのは分かっとるわ。あの男が意味もなく海なんぞ眺めるわけがなかろう」

 

 砂の山にトンネルを開通させながら、信長は言う。

 そんな信長の隣で異様に精巧な砂の城を建設していた景虎が、信長に反論する。

 

「マスターだってたまには感慨にふけることもあるでしょう。それかほら、神代の海から採れる塩はどんな味かな、とか」

「ハッ。どこぞのアホ虎じゃあるまいに」

「斬りますよ」

 

 槍を構えた景虎に、信長は銃を召喚して相対そうとする。

 二人のじゃれ合いは放っておくことにしたリリアナは、ふと自分の考えを口にした。

 

「バビロニア神話には、ティアマトという女神が登場する。原初たる女神、海水の神だ。その神は、佐久本燈也が最初に殺めた神でもある」

「ほう? ならば、何かの縁を感じたのか、マスターは」

「マスターが殺したという神は、こことは違う世界線の神なのでしたね。それならば、もしかすると“ソコ”に...」

「ああ。ありえるだろうな。この時代の神ティアマトがいる可能性、というものは」

 

 一つの時代に、同一の神性が二つ。

 その神性が引き合っている。そういう可能性はゼロではないと、リリアナは考えた。

 

 それは、間違った見解ではない。

 引き合ったかどうかはさておき、燈也はこの海に眠るティアマトを見に来たのだ。

 

 一切視線を逸らさず海を見つめる燈也は、僅かに眉間に皺を寄せる。

 

「(...確かに“いる”。けど、なんだ? 眠っているというより、これは...封印の一種? 魔術の類だな)」

 

 権能によってペルシャ湾を丸ごと支配下に置いた燈也には、その海中で起こっていることは、意識すれば手に取るように分かる。

 遥か海底に“いる”女神を、燈也は明確に感じ取っていた。

 

「(神を封じ込めるほどの魔術...ギルガメッシュか? いや、あいつは封印なんて真似はしないだろうな。じゃあマーリン? あるいはほかの神、三女神同盟とかいうやつの誰かがやったか? ...あー、いや。今のギルガメッシュなら封印とかいう防御に回っててもおかしくないか)」

 

 犯人の目星を付けようと考えた燈也だったが、それは無意味だと切り捨てる。

 大事なのは、誰がやったかではない。

 

「(やろうと思えば、封印を解くことくらい楽勝だ。が、その後が問題だな)」

 

 以前燈也が戦ったティアマトは、不死の特性を持っていた。ティアマトに勝ちきれなかった原因の特性だ。

 今の燈也は、あらゆる魔術を使役できる。不死殺しの魔術でも、燈也は即興でも習得可能だった。

 しかし、その不死殺しが、果たしてどこまで通用するのか。残念ながら本物の不死を相手に試したことがないため、「確実に殺せる」という確信が持てずにいるのだ。

 

 ギルガメッシュが防衛に注力し、全力を出せずにいる以上、燈也が負ければウルクは終わる。

 というより、同じ相手に同じ手で二度も勝てないなど、燈也自身が許さない。

 

「...ま、悩むのは俺らしくねーか」

 

 燈也はカンピオーネだ。勝てる勝てないで神との戦闘を避けることは、彼の本能に反する。

 魔術が通用しないなら、その時はその時。別の方法を戦いながら模索すればいい。

 正直ウルクの安否などどうでもいい燈也は、とりあえず一戦交えてみるかと、ティアマトの封印を解こうとしたその瞬間。

 

「少し待ってもらおう。彼女の眠りを醒ますのは、些か早い」

 

 不意に、声がした。

 突如現れた声に、リリアナと、殺し合って(じゃれあって)いた信長、景虎の三人は、警戒し武器を構える。

 そんな三人を手で制しながら、燈也は声のした方へと視線を向けた。

 

「よぉ。ずっと見てるだけかと思ったら、出てきたのか」

「チッ、気付いていたのか。気配は消していたはずなんだけどね」

「そりゃテメェ自身の気配だろ。そんなデカい魔力炉なんぞ持ってたら嫌でも分かる」

「キミの従者たちは気付いていなかったみたいだけど?」

「あいつらはまだまだだってこったな」

 

 燈也の視線の先、空に浮いていた声の主が、軽やかに砂浜へと着地する。

 その姿を見たリリアナが、より一層の警戒を示した。

 

「貴様、エルキドゥ...!」

「知っておるのかリリアナ!?」

「誰が猿好きの三面拳リーダー格だ」

「どうして今のでリリィちゃんはネタが分かるんですか?」

「ツッコめるってことはお主も分かったのかアホ虎」

 

 三人の始めた漫才をスルーし、エルキドゥと呼ばれた人物はリリアナに応える。

 

「久しぶりだね、魔女。この間はしてやられたよ。まさかあんな技を持っていたなんて」

「やはり知っておるのかリリアナ!?」

「もういいですから。少しは空気を読みなさい、バカ殿」

 

 ノリが過ぎる信長を視界から消したリリアナは、キッとエルキドゥを睨む。

 殺気すら篭った視線を笑って受けたエルキドゥは、燈也へと意識を移した。

 

「はじめまして、異郷のマスター。僕の名は───キングゥ。始まりの女神、ティアマトの息子だ」

 

 エルキドゥと呼ばれたにも関わらず、自らをキングゥと名乗った青年は、軽くお辞儀をしてみせた。

 キングゥの名乗りに困惑をみせるリリアナとは違い、燈也は別の点に疑問を抱く。

 

「キングゥ...ああ、怪物の司令塔か。だったらなんで止める? お前にとっちゃ、ティアマトが目覚めるのは願ってもないことだろ」

「こちらにも色々と事情があってね。まぁ、私情なわけだけど」

 

 やれやれとキングゥは肩を竦めながら漏らす。

 そんなキングゥを二秒ほど見つめた燈也は、封印の解除を止めた。

 

「ま、お前が言うならティアマトは後回しにしてやる。前座...は、南の神で済んだか。まぁティアマトはメインディッシュだ。残りの三女神同盟とやらで遊んでおくさ」

「そうしてくれ。特に冥界の女主人。彼女の支配する冥界には、特殊な権限がある。南米の神を屠ったお前でも楽しめるだろう」

「特殊な権限? ...へぇ、楽しみにしとくぜ」

 

 燈也の返答に満足したキングゥは、再び宙に浮いた。

 十メートルほど上昇したキングゥに、燈也が言う。

 

「キングゥ。お前、俺のとこに来る気はないか」

 

 ピクリと反応し、上昇を止める。

 数瞬固まり、そして返答した。

 

「...それも面白そうだけれどね。お断りしておくよ。僕は“母さん”の子供だ」

「ハッ、そうだわな。つーか、簡単に自分の親を裏切るやつだったら、この場で殺してたところだ」

「ははっ、それは命拾いをした。キミに勝てるビジョンは全く見えないからね」

 

 言いながら、キングゥはさらに上昇する。

 キングゥの背中に、燈也は再度声をかけた。

 

「けどまぁ、覚えとけ。その気になったら、お前は俺が面倒見てやるよ」

 

 その言葉に返事をすることなく、キングゥは彼方へと飛び去っていく。

 キングゥの姿が完全に見えなくなってから、燈也はリリアナたちの元へと戻った。

 

「ウルクに戻るぞ」

 

 たった一言だけ告げて戦車を召喚する燈也に、リリアナが問いかける。

 

「よろしかったのですか?」

「あ? 何が」

「あのキングゥというものの言う通りにすることがです」

 

 燈也という王は他人の言葉に左右される存在ではない。

 唯我独尊。己の行動は、例え周りの迷惑になるとしても遂行する。そんな性格だと思っていたし、今までだってそうだった。

 だから、キングゥの懇願に応えた燈也を訝しんだのだろう。信長や景虎でさえ、燈也に疑念の目を送っている。

 

「構わねぇよ。別に、今どうしてもあの蛇と()らなきゃいけないわけじゃねぇしな。ほかの神共がどの程度の強さかは知らねぇが、遊んでやるのも面白そうだし」

「意外ですね。マスターは『んなの関係ねぇ! ブッコロブッコロ!』って感じの人だと思っていました」

「ま、普段ならそうだわな」

 

 景虎の指摘に、間違ってはいないと言う燈也は、けど、と言葉を続ける。

 

「俺は、俺の“仔供”の願いなら聞き入れる。まぁキングゥは俺の“仔”ってわけじゃねぇんだが...何だろうな? ティアマトの神性のせいなのか、俺はあいつを引き入れたいって思ってんだわ」

 

 それは、王の気まぐれ。

 リリアナ然り、二人の英霊然り。キングゥもまた、王に目を付けられただけのこと。

 

「...分かりました。王の御心のままに」

 

 王の行いは、善悪を問わず絶対だ。彼こそが正義であり、過ちすらも王道となる。

 燈也こそを唯一の()と定めたリリアナらは、彼の気まぐれに大人しく従う。

 

 己の臣下の忠誠を当たり前のように享受する燈也は、来る女神との抗争に僅かながらの期待を寄せていた。

 願わくば、血湧き肉躍るような、心の踊る戦いを、と。

 

 

 

 

 ───深い深い大海の奥底で、醒めない夢に囚われ眠る《悪》が胎動したことなど、知る由もなく。

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 “母”のいる神殿へと戻ってきたキングゥは、ため息を吐いた。

 

「(...なんで、僕はあいつを止めたんだろうね)」

 

 あいつ。異郷のマスター。

 彼は、どういう手段かは分からなかったが、ティアマトの眠りを覚まそうとしていた。

 ティアマトを目覚めさせ、旧人類の殲滅、人類史のリセットを成そうとしているキングゥにとって、ティアマト復活を妨げることは不都合しかない。

 

 なぜ止めたのか。

 自問してみるも、その答えはすでにある。

 

『戻ったか』

 

 神殿の奥底から、他を萎縮させるような声が響く。

 姿はない。だが、あちらはこちらを捉えている。

 

「ええ。ただいま戻りました、母上」

 

 偽りの母へ、貼り付けたような、柔和な笑顔で応えてみせる。

 

『それで、どうだった』

「はい。アレは...まずいですね。南米の神、ケツァルコアトルが倒されたのも納得、といえる。神をもねじ伏せる天災、といった感じでしょうか」

 

 率直な感想だ。

 自分はおろか、話し相手の“母”も敵わないだろう。

 あちらが本気で行動し始めるとしたら、対抗できるのは“ティアマト”だけ。キングゥは燈也を直接見て、そう直感した。

 

『お前にそこまで言わせるか...』

「しばらくは冥界の女神に向かうように仕向けましたが、あちらが我々に矛先を向ける前に聖杯を奪取したいところ。だが、今はまだ機ではありません。最大限の警戒が必要ですが、決して焦らぬよう」

 

 意外と短気な母に釘を刺す。

 

 なぜ、あの時、ティアマトの復活を阻止したのか。

 それは、母の願いを叶えるため。

 

「(この愚かで哀れな怪物に、せめてもの救いを)」

 

 キングゥは行動する。

 不遇に立たされた母に、内心では見下している怪物に、僅かでも祝福あれと。

 

 

 * * * * *

 

 

 ペルシャ湾を後にし、数分の空の旅を経て、燈也たちは今朝方ぶりのウルクへと舞い戻ってきた。

 

「いやー。この街を出たのが今日の出来事だなんて思えんな」

「濃かったですからねぇ。イベントが」

 

 今も尚魔獣からの襲撃を受けつつ、そんな雰囲気は欠片も見せない市場の繁盛の中で、信長と景虎はしみじみと今日という日を振り返る。

 神を、合計で三柱も相手にした。

 普通に考えて意味が分からない。

 

「お前たちは戦ってすらいないだろう。何を疲れきった顔をしているんだ、だらしのない」

「リリィちゃんは厳しいですねぇ。いえまあ? リリィちゃんと言う通りではあるんですけど」

「神と遭遇するだけで普通は気疲れするわ。このキチガイ魔女め」

「歴史に名を刻む英霊が“普通”で良いわけがないだろう。それに、佐久本燈也と共に生きるとはこういうことだ。諦めて早々に慣れろ」

 

 三人の会話を聞いていた燈也は、うんうんと頷いた。

 リリアナも随分と逞しくなったと、心から感心する。

 

「それじゃあリリアナ、お前、明日から魔獣共の相手な」

「...は?」

 

 精神面、技術面。

 その両方で、燈也も目を見張るほどの成長を遂げたリリアナ。

 彼女に更なる成長を与えるため、燈也は指示を出す。

 

「魔獣共との戦争。魔獣軍も人間軍も、相当な数同士で殺しあってる。こんな機会はそう無いぞ」

「は、はあ...?」

「牛若丸やレオニダスには俺から話を通しておく。お前は、この戦争で大軍の指揮、軍略を磨け」

「軍略、ですか」

 

 屋台に並ぶ果実を流れるように取る燈也と、これまた流れるように代金を払うリリアナ。

 熟練夫婦か、と茶化す信長に、騎士ですから、と平たく返す。

 

「戦場にはあの牛若丸と、スパルタのレオニダスがいる。それに信長や虎も、相当優れた大将だ。個としての戦闘力はお前の方が上かもしれねぇが、統率力って面じゃあまだまだ劣る」

 

 種まで食らい、手に着いた果汁を魔術で出した水で洗い落としながら、リリアナへと視線を向けた。

 

「学べるもんは全部学んでこい。今後、お前が軍を率いることもあるかもしれないからな」

「はっ。かしこまりました、我が王。リリアナ・クラニチャール、身命を賭して、使命を全うして参ります」

 

 道中ということもあり、膝までは付かないものの、頭を下げる。

 お堅いのぉ、と呆れる信長に、燈也は目を向けた。

 

「つーわけで、お前らも戦線に出ろ。リリアナの指導、任せたぞ。ついでにお前らも修行してこい」

「お任せくださいマスター。リリィちゃん魔改造、自らの更なる精進、やってみせますとも!」

「わしらがするまでもなく魔改造されとるけどな、この魔女」

 

 わりと乗り気を見せた景虎は、フンスと意気込む。

 

「王はいかがなさるのですか?」

「ちょっくら冥界で遊んでくるわ」

 

 何とも軽い調子で、神の領域に殴り込むという燈也。

 もはやその程度で驚きはしないが、多少心配にはなる。

 

「大丈夫ですか?」

「誰に言ってる。俺はこんなところじゃ負けねぇよ」

 

 ヒラヒラと手を振り、余裕だと言ってみせる。

 その言葉に裏などなく、本当に問題ないと確信しているのだろう。未知なる冥界への不安どころか、苦戦するかもしれないという権限とやらを楽しみにしている。

 弱きを無視し、強きを屠る。無意味な殲滅は行わず、強者との闘争こそに心を踊らせる。

 これこそが王、真なる勝者の在り方だと、燈也は確信していた。

 

「黄泉の國へ自ら進んで赴くうえに笑っとるぞ、このマスター」

「子は親を選べないというか...いやぁ、もう面白いですね、ここまでくると。今後、彼の覇道に付き添えるのが楽しみです」

「ま、それもそうじゃな。神に弓引くなど慣れたもの。受肉したこともあり、我らにも伸び代はあるしのぅ。わしが当主でないことは残念至極じゃが...神々すらも退け、天下...いや、天上か? 世を統べる大魔王、その覇道を歩む一人となれるとあれば、退屈だけはするまいて」

 

 もう呆れることにも疲れてきた。

 そう言わんばかりに、二人の英傑は薄く笑う。

 

 

 この先待ち受ける、神々すらも嘲笑う遊戯。その渦中に落ちることすら厭わない。

 子は親を選べないと彼女らは言うが、子は親に似る。

 戦乱の時代を走った英傑らの笑みは、(燈也)と似たような、獰猛さを含むものだった。

 

 

 ───やめてほしい。問題児の匂いしかしないぞこの三人。

 

 面白半分で面倒事を誘い込みそうな問題児共を見て、リリアナは傷んできた頭を抱えた。

 

 

 

 




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