問題児? 失礼な、俺は常識人だ。   作:怜哉

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魔王の冥界下り

 

 

 

 

 

 

 

「立香。お前、『イシュタルの冥界下り』って知ってるか」

「? いや、ごめん。正直神話とかあんまり...」

 

 イシュタルの冥界下り。

 メソポタミア神話があまり知られていない日本で育った立香には馴染みのない話だ。

 

「まぁ要約すると、イシュタルが冥界に挑んで、ボロっカスに返り討ちに遭う話だ」

 

 いつか見たギルガメシュ叙事詩を思い出し、テキトーに立香へ説明する燈也。

 立香もまた、ふーん、と半ばテキトーに聞く。

 

「まぁ今はあんなでも、当時のイシュタルは強力な神性だった。それがボロ負けした理由。冥界の支配者エレシュキガルがそれを上回る存在だった、ってわけじゃない。理由は七つの門だ」

「七つの門」

「ああ。冥界の最深部に行くまでに、七つの門を通らなければいけない。ただその門な、関税がかかるんだ」

「関税」

「イシュタルの場合、装備や権能をひっぺがされた」

 

 如何に強力な神として君臨していようと、その強さの源を奪われては赤子も同然。こと冥界において、冥界の絶対的君主であるエレシュキガルの前には、如何なる神であっても無力に等しかった。

 

「何かを得るためには何かを犠牲にしなければならない。そういう教えが記された話なわけだ」

「それはちょっと違う気がするなぁ」

 

 まぁとにかく、と燈也は区切る。

 

「神なんぞ踏み潰してナンボな俺でも、このルールには従わざるを得ない。ルールごと壊そうかとも思ったが、冥界に入った瞬間権能を封じられた。このルールだけはどうにもならないらしい」

「なるほど」

「そこで、だ」

 

 燈也は目の前に聳える建築物を見上げる。

 

「何を捨てればこの門は開くんだろうな」

「そんなの俺が知ってるわけないじゃないか」

 

 燈也と立香は、第一の門にて立ち往生していた。

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 堅牢な門の前に佇むこと数十分。

 何度か燈也が全力で門を壊そうと試みたが、結果は傷一つ付けられないというものだった。

 ならばやはり神話になぞって進むしかないとなったまでは良かったのだが、ここには神話とは違って門番がいない。なので、何を払えば門を通過できるのか、という話になった。

 

 一つ目の門でイシュタルが取り上げられたのは王冠だった。

 しかし、燈也も立香も、王冠なんぞ被ってはいない。ならば帽子ならどうだと、燈也が昔し〇むらで購入した帽子をギフトカードから取り出してその辺に捨ててみるも、門はうんともすんとも言わない。

 

「普段身に付けてるものじゃないといけないんじゃない?」

「ふむ...なら装飾品繋がりで、この指輪なんてどうだ」

「あれ? 燈也、指輪なんかしてたっけ?」

「最近付けたんだ。メリケンサックの代わりになると思って」

「だったら普通にメリケンサック投影しなよ」

 

 まぁ、燈也の指輪には魔力を蓄積する効果もある。

 短期間しか装着されていないとはいえ、カンピオーネの魔力を蓄積した指輪はそんじょそこらの魔石を上回る。

 価値にして、現代魔術師が数千万円程度なら払うレベルの指輪を、門の前に投げ捨てた。

 

 しかし、門は開かない。

 

「じゃあ燈也の権能とか」

「バカ言うな。貴重な権能を捨てるほどの余裕はねぇよ。つーか仮に捨てるとしてどうやるのこれ。そうだな...俺の権能より、生贄って方が神への税っぽくないか。つーことでフォウ」

「フォ!?!? フォウ! フォォウフォウフォウ! フォウフォフォウ!!」

「あ? んだとこの野郎やるか?」(動物会話A取得済)

「二人とも落ち着いて...あとフォウくんを捧げるのは却下」

「まぁ俺も別に本気じゃねぇよ、半分くらいは。そうだな...権能は無理だが、そのガソリン材ならいけるか?」

 

 試しに大量の魔力を無意味に放出して、魔力を捨てたと言えなくもない状況を作り出してみるも、やはり門は開かない。

 

「ちっ、なら服はどうだ」

 

 バッ、とヤケクソ気味に、燈也は上着を脱ぎ捨てる。

 普段から筋トレをしている立香よりも優れた筋肉を持ち、男である立香ですら美しいと思える上裸の姿が晒された。

 

 それでも、門は開かない。

 

『ちょっ──!?』

 

 ──が、門は声を発した。

 

「おい、今こいつ喋ったぞ。服だ。服捨てれば先に進めるんじゃないか?」

「えぇ〜? ほんとでござるかぁ〜?」

「うるせぇいいから脱げ」

「フフォウ...」

 

 燈也の瞳が紅く染め上がり、かと思ったら立香の上着は燈也の手に握られていた。

 何をされたか分からない。超スピードとか、そんなチャチなもんじゃあない...! と軽く立香は戦慄する。

 

 立香の身体も、一般的な青年から比べると非常によく鍛えられている。

 腹筋は割れ、所々残った傷痕が男らしさを引き出す要因となっていた。

 

『ぇ、うえぇ!??』

 

 かくして、第一の門は開かれた。

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 第一の門辺りから死人が湧いてこなくなったこともあり、門を抜けてからは燈也が立香とフォウを小脇に抱えて疾走していた。

 魔術による身体強化もほとんど使えないとはいえ、燈也の身体は人類最高峰の英雄さえ凌駕する身体能力を誇る。人一人獣一匹抱えていても、自動車並のスピードは出せる。

 

 程なくして、燈也たちは第二の門に辿り着いた。

 

「第二の門の税は確か耳飾りだったな。まぁ服でいいだろ」

「服って言っても、もうズボンくらいしか残ってないけど」

 

 立香にはズボンのほかにマフラーもあるが、これを取ったら魔力過多で立香は生命活動を維持できなくなる。

 それはできないため、立香が払える対価はズボンくらいしかなかった。あとは靴くらいだろうか。

 

「全裸でも構うか。どうせ誰も見てないんだぞ」

「それでも人間としての羞恥心くらいはあるよ? 俺は」

「俺に羞恥心がないみたいな言い方するじゃねぇか」

「あるの?」

「仮に人目があったとしても見られて困る体じゃねぇし、全裸になることに羞恥心はない」

「これだから王は...」

 

 以前、カルデアにて真っ裸でワインを煽っていたギルガメッシュを立香は思い出す。

 恥じる部分などない、至宝の肉体美だといいのける全裸王は、物理的に輝いていた。主にどこが、とは言わないが。

 上裸でさえ恥ずかしいと思う現代日本男児な立香とは違い、燈也は遠慮なくズボンに手をかけ───

 

『ま、待つのだわ!!』

 

 門に止められた。

 

「やっぱり喋るぞこの門。意思があるのか? 門そのものが門番ってことか?」

 

 無機物であるはずの門が喋ることに対しては大した驚きをみせることなく、燈也はズボンから手を離す。

 それに安堵の息を漏らした門は、言葉を続けた。

 

『露出狂? もしかして露出狂なの?』

「あ? 別に好きで脱ぐわけじゃねぇよ。ただ税として服を脱ごうとしただけで。理由もなく露出して興奮する類の変態と一緒にするな」

「傲慢な王は誰も彼も...」

「フフォウ...」

 

 そういえばオジマンディアスもマントを羽織っていただけで、基本は上裸だなぁ、と立香は古代王を思い出した。

 絶対的な力を持つには、何か人として大切なものを捨てなければいけないのかもしれない。「何かを得るためには何かを犠牲にしなければならない」という言葉を体現しているのは神話ではなく王たちだ。

 

『ちょっと目を離した隙にとんでもないやつが入ってきたのだわ...』

 

 門なのに頭を抱える姿が見えた、と立香は語った。

 門はコホンと咳払いする。

 

『第一の門はびっくりして開けちゃったけど、次はそうはいかないわ。この門は、魂の善悪を問う、公正にして理性の門』

「人の上裸みて焦った声出したのに理性とか」

「燈也、しっ!」

 

 魔王の口を塞ぎ、門に続きを促す立香は、やはり勇気ある者なのかもしれない。

 

『本来であれば、生者として冥界に堕ちてきた時点で、アナタたちを冥界の底に落としています。ですが七門の試練を受けるというのであれば、その答えを見定めるのが冥界の決まり』

「七門っつっても、もう一つ目は服脱いでクリアしちまったけどな」

「燈也、ステイ!」

「フォウ!」

 

 フォウを燈也の口付近に押し当て塞いだ。

 フォウも燈也も不服そうな顔をするが、話が進まないと立香は無視する。

 

『七門では問答を行います。第一の門は...まぁ突破してしまったのだからよいでしょう。ここからが本当の七門です。それでは、コホン.....こーたーえーよー』

「ふぁんふぁふぉいふ(なんだこいつ)」

「フォフォウ...(特別意訳:これだから神は...)」

 

『財の分配は流動なれど、相応の持ち主は一人なり。地にありし富、その保管は持ち主に委ねるべし。であれば、相応の持ち主とは──』

「俺」

『二択である。財を預けるのに相応しいのは、天の神イシュタルか、地の神エレシュキガルか。どちらなりや?』

「俺」

『二択である』

 

 フォウを退かし燈也が回答するも、どうやら違うらしい。

 ギルガメッシュと似て非なる王の感覚。ギルガメッシュが「この世の財は全て我のもの」とジャイアニズムを謳うのに対し、燈也は「俺以外にも財の持ち主はいるが、勝者全取りが真理。つまり勝って奪えばよかろうなのだ」とプレデター的思想を持つ。

 

 しかしまぁ、二択に絞られてしまえば二択で答えるほかない。燈也の思想的には真の持ち主とやらに勝利して奪えば自分が真の持ち主なのだから、自分の前の持ち主が誰であろうと構わない。

 

 話が逸れた。

 

 燈也は先程の問いを思い出し、ふむと考える仕草を取る。

 

「地にありし富、か。なら、答えは地の神、エレシュキガル」

『よーろーしーいー』

 

 まるでクイズ番組のような正解音が響いたあと、門が開かれる。

 それを悠々と潜ったのち、燈也は呟いた。

 

「おい。まさかとは思ってたがこの七つの試練、チョロいぞ」

「思った」

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 その後、残る五つの門を、燈也たちは無事に突破した。

 どれもこれもがイシュタルとエレシュキガルの二択。しかも問いの前置きであからさまエレシュキガルの方が良いと言っているため、途中からは何も考えずエレシュキガルを選び続けていたらサラッと最深部まで辿り着くことができた。

 

「なんだ? エレシュキガルってそんなにイシュタルに対抗意識燃やす神だったか?」

「なんか分かんないけど、『あいつだけには絶対に負けられない』っていう意志を感じたよね...」

 

 燈也が冥界入りしてから最初の門に辿り着くまでに一日以上かかったが、第一の門からここまではほんの一時間程度しか経っていない。

 道中死人どもが湧いてくることもなく、燈也は十分な休息を取れていた。まぁ、もともと疲労など微々たるものだったが。

 

 だが、本当に厳しいのはここからだ。

 燈也の権能は封じられたまま、魔術も効率が最悪すぎて多用はできない。立香に至っては神霊と戦う力を持っていない。

 

「あ! あそこ、何が広場みたいになってる!」

 

 七つ目の門を越えてすぐ、立香が少し先の広場を指さした。

 確かに、今までの通路とは違い、多少は整備された空間だ。見方によっては祭壇と言えなくもないが、神の御所にしては質素すぎる気もする。

 

「...気ぃ締めろ、立香。来るぞ」

 

 風が吹く。

 酷く冷たく、そして荒々しい魔風。

 

『七つの試練を乗り越え、よくぞ辿り着いた』

 

 魔風の中心に、巨大な影が生まれた。

 やがて風が収束し、形作る。

 約十メートルほどの全長。

 カルデアが巨大エネミー《ガルラ霊》と呼称するそれに酷似している。

 

 その姿を視認した瞬間、立香は膝を着いた。

 急激な気圧、そして気温の低下。生命活動の限界に近い環境に晒される。

 そして何より、噎せ返るほどの濃厚な“死”。恐怖を越えた絶対の摂理。

 絶望とでも呼ぶべき感覚が立香を襲う。

 

 一方、燈也はといえば。

 

「──らァ!!」

『GYAaAAaaAAA!!??』

 

 とりあえず飛び蹴りをかました。

 

「フォウ!?」

 

 フォウが思わず声を出すような、鮮やかな飛び蹴り。

 エレシュキガルは綺麗に吹き飛んだ。

 

 ふわりと着地し、燈也は吹き飛んだエレシュキガルへと手招きのような仕草をする。

 

「おら、立てよ冥界の女神。その程度で倒れてんじゃねぇぞ」

 

 なんだこいつ。

 立香とフォウは何度目になるかも分からない呆れを抱いた。

 

 

 * * * * *

 

 

 エレシュキガルは困惑していた。

 

「(え、なに? なんなのだわ? どうして私、倒れているの?)」

 

 とりあえず威厳を込めた登場と会話を、と意気込んで巨大なガラル霊の姿をとったら、気付いたら吹き飛ばされていた。

 頬が痛むことに気付き、攻撃されたのだと理解する。

 この冥界で、主人たる自分が知覚できない攻撃。なんだそれは?

 混乱しているためか、立ち上がらないエレシュキガルに、男の声が降り注ぐ。

 

「おら、立てよ冥界の女神。その程度で倒れてんじゃねぇぞ」

 

 挑発するような言い草と仕草。

 その不敬極まりない男を、エレシュキガルは知っている。

 死の王国である冥界に無断で入り込んできた生者。神殺しを名乗る不遜な変質者。

 

『佐久本、燈也...!』

 

 男の名を叫び、エレシュキガルは立ち上がる。

 人類最後の希望、カルデアのマスターに興味があって殺さずにいておけば、その付属物が想像を絶する不敬者だった。

 憤慨し、槍を召喚する。

 

『汝が不敬、死すらも生温い。深淵へと叩き落とし、その存在を消し去ってくれる!』

「やってみろ、引きこもりの女神風情が」

 

 片や、怒りを抱え。

 片や、享楽に殉じ。

 思いの篭った槍と拳が交差する。

 

 

 * * * * *

 

 

 藤丸立香は逃げていた。

 それはもう、全身全霊で逃げていた。

 

「無理無理無理無理無理!!!」

 

 叫ぶ立香の背後で、何度目になるか分からない爆発が起きる。

 その余波に飛ばされ、立香は転倒した。が、すぐに立ち上がってまた走る。

 

 燈也が神と戦う姿を見るのは、これで二度目だ。

 だが、以前とは違う。以前──女神ロンゴミニアドと戦った時は、反撃の余地すら与えない一方的な展開となっていた。

 しかし今回は、拮抗しているように見える。

 

 赤雷を纏った光の槍と、ただの拳がぶつかり合い、地を抉る衝撃波が生まれる。

 冥界の女主人が持つ武器が脆弱なのか、燈也がイカれているのか。明らかに後者だと判断しつつ、立香は必死に走る。

 

「フォウ! フォウフフォー!!!」

 

 立香の肩でフォウが叫んだ。

 再度、衝撃波が立香の背中を押す。

 

 距離にして百メートルと少し。

 ようやく体が浮くような暴風圏から抜け出した立香が振り返る。

 

 立香の目線の先で繰り広げられる魔王と女神の戦いは、確かに拮抗していた。

 

 

「ダラァ!!」

 

 気合一閃。燈也の拳が槍の穂先を捉え、赤雷が散る。

 四方に霧散しかける赤雷を燈也が集め、それで得た魔力を使い傷付いた体を癒す。

 これではエレシュキガルの魔力切れが先に訪れそうなものだが、長年槍檻に溜め込んできた魔力を解放しており、魔力切れの心配はほぼない。

 そして解放された魔力で再び光の槍を振るい、燈也がそれを拳で打ち砕き、赤雷から魔力を徴収する。

 先程からこれの繰り返しだ。

 

『なんなの!? なんなのだわ!? 貴方どうして、雷を浴びても無事なわけ!?』

「魔王だからな!!」

『ワケわかんないのだわ!!』

 

 正確には無事ではない。が、効きにくいことは事実。

 燈也の権能が完全には封じられていないことが原因だと考えられるが、エレシュキガルはそんなものを知るはずもなく。

 電撃がダメなのならばと、次の手を打つ。

 

 鐘を鳴らす。地の底から恐竜の骨のような形をしたモノが燈也に喰らいつくも躱され、燈也の繰り出す掌打連撃に耐えきれず消滅した。

 槍を地へ突き刺す。地の神たるエレシュキガルの名に従い、石柱のようなものが地面から生え燈也に襲いかかるも、蹴りの一つで砕け散る。

 

 常識を逸した人間に、エレシュキガルは恐怖すら覚えた。

 

「(っ、ダメ、ダメよ私。メソポタミアを救うためにも──こんなところで負けてはいられないのだわ!)」

 

 出力を高め、槍を振るう。

 

『押し潰してやろう!』

 

 石柱の数を増やし、鐘を鳴らして恐竜の骨を数体召喚する。

 普段であれば難なく防げる攻撃だが、今の燈也は全力には程遠い。

 砕き、いなし、躱す。しかし徐々に、エレシュキガルの手数が上回ってきた。

 

「っ、チッ」

 

 捌ききれなくなった石柱が燈也の体を打つ。そこに恐竜骨が襲いかかり、強靭な顎が燈也を捉えた。

 

「こなくそ...!」

 

 何とか防ごうと手を前に出すも、力及ばず。

 潰されることだけは免れるも、恐竜骨の上顎を抑えた両腕は耐えきれずに損傷した。

 蹴りで下顎を砕き圧殺を逃れるも、両腕はもう使い物にならない。

 普段の燈也であれば数十秒で完治するはずだが、今はそうはいかない。

 カンピオーネの中でも異常と言わざるを得ない燈也の回復力の源は、《生命なる混沌の海》によるもの。不死性の延長線だ。これが今十全に発動していないため、普段のようなバカげた回復力はない。

 

 両腕を失うことは、掌打を繰り出す燈也にとって戦力の大幅な減退を意味する。

 だがその程度、燈也は気にしない。

 

「やってくれたなァ!」

 

 飛び出し、エレシュキガルに接敵する。

 歩法や気配遮断を用い、エレシュキガルからはまるで瞬間移動でもしたかのように見えた。

 

 反応する間もなく、エレシュキガルの頭部に蹴りが入る。

 巨体が吹き飛び、祭壇に新たな疵が刻まれた。

 

 

 怖い。痛い。

 戦闘などほとんどしてこなかったエレシュキガルは、手負いでも気圧されることなく突っ込んでくる燈也に、逆に気圧された。

 だが、負けられない。こんなところで終われない。

 怖くても、痛くても。己の使命を全うするために。

 

『っ、』

 

 痛みを堪え、立ち上がり。

 

『.....するな...』

 

 槍檻の魔力を解放し、叫ぶ。

 

『私の──エレシュキガルの初めての意志、最後の願い...邪魔だてするするな、人間風情が──.....ッ!』

 

 輝きを増す槍を、高らかに掲げ。

 

『私は作る! どの世界にも負けない、死の国を!!!』

 

 振り下ろす。

 

『ナム・アブズ・グガルアンナ!!』

 

 赤き雷光が、昏い冥界を照らした。

 今までとは比にもならない極大エネルギーが迸る。

 

 

 明らかに宝具級の一撃。

 神霊の宝具はまずい。さすがの燈也でも危ないと、立香は声を上げる。

 だが人間の声量など、地殻すら変貌させる超威力の前には届きなどしない。

 

 槍の穂先から射出された雷光は揺らぐことなく、燈也を飲み込む。

 爆風が巻き、岩埃が舞った。

 地殻ごと吹き飛ばす威力を前に、十分な距離を取っていたはずの立香でさえ、雷の放つ熱に焼かれながら十メートル近くも飛ばされた。

 これでは人間どころか、そこらの幻想種ですら生き残れない。

 

 

 だが、相手は魔王だ。

 

 

「──は、学べよ女神」

 

『な、!?』

 

 勝ったと思った。骨すら残らないと思った。

 あとは無力なカルデアのマスターを処理するだけ。そう、思っていたのに。

 

 エレシュキガルは失敗したのだ。

 自身の最大出力とはいえ、今まで効いていなかった雷に頼ってしまったこと?

 否。エレシュキガル最大の失敗は──

 

「ひれ伏せ、女神風情が」

 

 ──魔王と正面から戦ってしまったことだ。

 

 

 * * * * *

 

 

 

 燈也の蹴りがエレシュキガルの脳天を打ち、戦いに決着が着いてからしばらく経った。

 余波で飛ばされた立香は頭を打ち気絶。命に別状はなさそうなので、そのまま放置している。フォウはその付き添いだ。

 砕けた両腕に魔力を流し回復させ、それもほぼ完治してきた頃。

 

「.....殺せばいいのだわ」

 

 気を失っていたエレシュキガルが目を覚まし、開口一番で放った言葉がこれだった。

 巨大なガルラ霊の姿から、燈也がいつか見たイシュタルと似たような容姿。違うのは、その髪の色。黒髪のイシュタルと違い、黄金に輝いている。雰囲気は少し柔和...というか根暗そうな印象を受ける。

 

 吹き飛んだ立香とフォウが戻ってくるまで少し休もうと腰を下ろしたところにこの言葉を掛けられ、燈也は気まぐれに答える。

 

「別に殺してもいいけどな。お前が殺せと願うなら、あえて殺さない」

「...あなた、とことん性格が悪いのね。ひねくれまくっているのだわ」

お前()には言われたくねぇよ」

 

 なんとか起き上がれる程度には回復したエレシュキガルだが、この状態で燈也に挑むほど身の程を知らないわけではない。

 燈也の腕は完治している。こちらはまだ起き上がれる程度で、ろくに槍も振るえない。

 勝てない。そう思った。

 

「.......私は、間違っていたのかしら」

 

 エレシュキガルの口から、ポツリと漏れる言葉。

 負けを認め、さらに弱気になった気持ちから溢れた本心。

 

「自分の楽しみも、喜びも、悲しみも、友人も...何もないまま、気の遠くなるような時間、死者の魂を管理してきた」

 

 自由気侭に天を翔ける自分の半身を見上げ、羨みながら。

 それでも、これが自分に与えられた使命だからと。

 

「ずっと独りでこの仕事をこなしてきた私の努力は...間違って、いたのかしら」

 

 顔を下に向け、声には更に暗さが滲む。

 そんな様子に、燈也はため息を吐いた。

 

「ンなもん知るかよ」

 

 敗北を喫しても殺されなかったからか、エレシュキガルは燈也へ期待していた。

 もしかしたら、彼は自分の努力を褒めてくれるのではないかと。

 自分を殺さない燈也に優しさを見たのか。それとも、過去に喫した唯一の敗北を思い出し、当時の愛情を燈也に重ねたのか。

 

 間違いだ。

 燈也がエレシュキガルを殺さないのは、本当にただの気まぐれだ。

 ここで神を殺しても権能が手に入らないことは、前回のケツァルコアトル戦で判明している。それならば、別に何がなんでも神を殺さなければならないわけではない。

 燈也の今回の目的は、実戦経験を積んで経験値を稼ぐこと。それ以上でも以下でもなく、それ以外に興味などない。

 

 立香が立ち上がったのを視認し、燈也も立ち上がる。

 

「嘆くだけで、羨望するだけで、行動に移さなかった。その時点でテメェは負け犬だ」

 

 生真面目に課された使命を全うするだけなど、燈也の知る神ではない。

 彼らは自由だった。己の使命、神格、存在意義。その全てを自覚しながら、己の誇りを捨てることなく、だが欲望には忠実に。

 その在り方は魔王(カンピオーネ)も同じだ。だから争う。本能で「あいつは自分の自由を妨げる敵だ」と感じ取る。己の誇りをぶつけ、我儘を押し通すために。勝者全取りだ、敗者に慈悲はない。

 

「うじうじ悩むな、根暗神。テメェも神だってんなら、やりたいことは力で勝ち取れ」

 

 いつか、愛した()を得るために三大神を脅したように。

 

 

 

 

 燈也は歩き出す。

 もうこんなところに用はないと、立香の方へと足を進める。

 まるで、かつて愛したあの神のように。一切の躊躇もなく、迷いのない足取りで。

 

 待って。待ってくれ。

 私を置いていかないでくれ。

 

「いか、ないで.......」

 

 女神の小さな囁きは、冥界の暗黒に溶けていく。

 

 そしてまた、冥界に静寂が訪れた。

 

 

 

 




相変わらず描写が下手くそすぎて泣いちゃうな。
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