問題児? 失礼な、俺は常識人だ。   作:怜哉

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魔王の帰還

 

 

 

 

 

 

 

 

 燈也が冥界に入る大穴を空け、潜った頃。

 

「神殺しが冥界に入った」

 

 鮮血神殿にて、キングゥは呟いた。

 

 海辺で燈也と会合してから、キングゥは常に燈也の気配を追っていた。

 これは燈也にも気付かれているだろうが、それでも燈也の動向が分からないよりはマシだと考えて。

 

 数日前にウルクを出て、ウルクからそれなりに離れた場所で神獣と戦っている時に、キングゥはウルクを攻めた。

 ちょっとウルク側の戦力を削ってやろうと前哨戦のつもりで仕掛けたのが、母が出張ってきて、かつ怪我を負わされた時にはどうしたものかと頭を抱えたが。

 

『時が満ちたか』

 

 キングゥの悩みの種であるなどつゆ知らず、母──魔獣母胎ゴルゴーンは起き上がる。

 

「傷はもうよろしいのですか? 母上」

『フン。攫ってきた人間どもを喰らっていればすぐに治ると言っただろう。もう問題ない』

「次世代の魔獣(仔ども)たちのためにも、人間(苗床)を喰らうのは最小限にしてもらいたかったのですが」

『みみっちいことを言うな。人間なぞ、ウルクを落とせばいくらでも手に入る』

 

 そもそも、とゴルゴーンは続ける。

 

『最も警戒していた南米の女神めは死んだ。やつを屠った者が、今は冥界に赴き、女主人を討とうとしている。かの冥府の主であっても、無事では済むまい。さて、これでは次世代の魔獣の必要性はあるや否や』

 

 どこか愉快そうに笑う母は、その神すら斬り裂く凶刃が自分の喉元にも突き付けられているということに気付いていないのだろうか?

 内心でため息をつきつつ、キングゥは気を改める。

 母の我儘は今に始まったことではないし、過ぎてしまったことに何を言っても始まらない。

 

「準備を整え、明日、ウルクを落とします」

 

 難易度は高い。

 だが、今を逃せばゴルゴーンではウルクを落とせない。

 

 決意を固め、キングゥは準備を始めた。

 

 

 * * * * *

 

 

 マシュ、アナ、マーリン、そしてスカサハは全力で駆けていた。

 

「マーリンさん! ウルクの様子は!」

「うーん...まだ大丈夫だけれど、交戦は始まっているね。ゴルゴーンやキングゥはまだ動いていないみたいだ」

 

 駆けながらマシュが叫び、マーリンがそれに答える。

 

 マシュたちが走っているのは、マーリンがウルクの危機を視たからだ。

 スカサハと合流し、何となしにウルクへ千里眼を向けてみれば、大量の魔獣を引き連れたキングゥとゴルゴーンが視え、焦ってウルクへ引き返しているのである。

 

「我が不肖の弟子を始め、佐久本燈也めのサーヴァントらや、ヘラクレスに沖田、牛若丸に弁慶までおる。如何に女神であろうと、そう簡単に落とせる布陣ではない」

 

 そう言うスカサハだが、足を止めることはない。

 前回は自分の不在中にしてやられ、決して小さくはない犠牲を払った。

 また、今回は敵も本気で来るだろうと思っている。一度撤退してからの再侵攻だ。準備が整ったからこその行動だろう。

 

 サーヴァントであるスカサハらが全力で走っても、ウルクまでは半日以上かかる。半日以上全力疾走していてはさすがのサーヴァントでも疲労が溜まるし、疲労した状態でどれほどの戦力になるのか。

 着いてみなければ分からないが、行かないよりはましだろうと、更に速度を上げる。

 

「おぅい、待ってくれ。私はそんなに速く走れない」

「体を鍛えろ魔術師。我々は先に行くぞ」

「そんな! サーヴァントはいくら鍛えても生前以上にはなれないんだぞぅ! え、本当に置いていくのかい? 待ってくれアナ!」

「うるさいです、この非力マーリン」

「辛辣!」

 

 マーリンは置いていかれた。

 

 

 * * * * *

 

 

 

 ウルク北壁では、緊張が走っていた。

 

「ついに来たか」

 

 遠くに見える軍勢を見据え、リリアナが呟く。

 今朝から魔獣達の侵攻がなく、気構えはしていた。だがいざその時がくると、緊張の一つもする。

 

 狙ったのかどうかは定かではないが、スカサハがウルクを離れてから一日も経たずの侵攻。マシュたちもいない中、大きな戦力の不在中に攻めてこられるのは甚だ痛い。

 

「何があっても持ち堪えよ...完全にフラグだったじゃないですか、お師匠様」

 

 嘆息し、改めて敵陣を確認する。

 数は万はいるか。こちらは先日のキングゥ襲来に加え、謎の衰弱死を迎える者もおり、総数は三千程度。数で圧倒的に負けている。さらに、魔獣相手に最低でも三人かかりでようやく対等、優位に進めようとすれば五人は必要だ。ウルク兵に文句を言う訳では無いが、戦力差は絶望的としか言いようがない。

 

 だが、負ける気はさらさらない。

 

「総員、隊列を組め!」

 

 リリアナが声を張り、統率された動きで兵たちが列を成す。

 

 リリアナにここまでの数を纏めるカリスマはない。それは当人が一番理解している。

 しかし、軍を引き連れる者に必要なものは、カリスマなどという先天的な才能だけではない。

 リリアナは今日まで奮迅し、実績を積み重ねてきた。リリアナの指揮により助かった命もある。小さな体で奮闘するリリアナの背に憧れを持った者もいる。

 

「決戦だ。将軍の言葉を思い出せ。死ぬことは許さない! 全員、生きて我らが勝利を見届けろ!!」

『オォオオオオ!!!!!』

 

 リリアナにカリスマはない。だがそれでも、彼女の努力は、今は亡きレオニダスという守護神の後釜は、死にゆく運命を背負った人々を照らす太陽となっていた。

 

「アレも一種のカリスマではあるが...スター性、と言った方が良いのかのぅ」

「リリィちゃんは努力の子ですからね。頑張る女の子は尊い。これ、万物共通の真理ですよ」

 

 マスターが見たら喜ぶだろう。

 立派な将として成長したリリアナに、感慨深い目線を送る。

 

「さて」

 

 そのうち一方、織田信長が、火縄銃を召喚して飛び乗った。

 

「準備は上々...とは言い難いか」

「まぁ、大丈夫でしょう。不思議と負ける気はしません」

「奇遇じゃな。儂もじゃ。ま、儂らが負けても、そのうちマスターがどうにかするじゃろうて」

 

 スゥー、と銃に乗ったまま、信長は進む。

 

「それでは景気付けに、それと頑張ったリリアナへの褒美として、この戦をどデカい花火で彩ってやろうかの」

 

 ウルク兵の隊列よりさらに前。上空から魔獣たちを見下ろしながら、信長は火縄銃を召喚する。

 宙に浮く火縄銃は、一挺、また一挺と増え、上空を覆っていき、そして──

 

「放てぇい! 開戦じゃあ────ッ!」

 

 

 ──数千挺の銃口が、一斉に火を吹いた。

 

 

 

 * * * * *

 

 

 人類と魔獣の決戦が始まってから少し経った頃。

 冥界では、燈也と立香もまた走っていた。

 

 こちらは別に、ウルクの危機を察知したからなどではない。

 冥界という世界があまりに陰鬱としており、早く地上に出たいと燈也が勝手に走っただけだ。

 ただの人間である立香は当然燈也に追い付けるわけがないので、彼は担がれている。普段サーヴァントに着地を任せたり遊びでヘラクレスなどの肩に乗っている立香は、担がれることに対しては慣れたものだった。特に不自由なく担がれ、むしろ居心地が良さそうに、冥界の不思議な鉱石などを眺めている。

 

「...あの不思議鉱石、売ればいいQPになるのでは...?」

「お前ら以外世界滅びてんのに、まだ貨幣に価値があるのか。怖いな、貨幣社会」

 

 そもそもレイシフト先の鉱物は持って帰れないだろう、と燈也は訝しむ。もしそんなことが可能ならば、カルデアは魔力不足なんかに陥っていないし、地下栽培園なども造られていない。

 鉱石、QP稼ぎで思い出したのか、ふと立香は抱いていた疑問を口にした。

 

「そういえば、燈也って投影魔術使えるんだっけ?」

「あ? まぁ使えるが...なんたって急に」

「いや、昔エミヤに宝石剣投影してもらって一稼ぎしようとした時に断られたの思い出して」

「卑しいな、人類最後の希望」

「えへへ。それで、燈也もエミヤみたいに時間経過で消えない宝石剣作れる?」

 

 言われて、以前見たエミヤの固有結界『無限の剣製』を思い出す。

 魔術の深奥だなんだの言われる固有結界だが、その使用自体は燈也も可能だ。王の才能は留まる所を知らない。

 だが──

 

「無理だな。ありゃエミヤ専用だ。俺の作ったもんは、ありったけの魔力を注ぎ込んでも数日しか持たねぇよ」

 

 以前試してみた直死の魔眼同様、燈也にも不可能はある。

 固有結界は使用者の心象世界を世界に上書きする魔術。これを燈也が使用したところで、エミヤとは全く別の心象世界が広がるだけだ。

 

「そっか、残念。もし作れるようになったら教えてよ」

「...ま、使えるようになったらな」

 

 本当に残念そうに嘆く立香に、呆れ声で返す。

 

 

 ───この時は誰も知らない。燈也という大王(・ ・)が持つ特異な恩恵、《星の王権》というものの本当の異常性を。

 

 

 * * * * *

 

 

 

「っ、無理はするな! 傷付いた者のいる隊は一旦引け! 決して個人で相手取ろうなどと思うな!」

 

 リリアナの怒号が飛ぶ。

 統率力は声の大きさに依存すると言う英雄もいるが、その点ではリリアナは優れていた。彼女の綺麗な高音は、戦地であってもよく届く。

 戦局を見ながら、リリアナ自身も魔獣と対峙し、屠っている。

 その数、凡そ五十程度。開戦から一時間ほど経っているとはいえ、指揮官でもある彼女がそれだけの数の魔獣を倒しているのは異常だ。

 リリアナが前に出すぎているのではない。前線が魔獣の猛攻を防ぎきれず、自陣の中腹程度まで攻め込まれているからだ。

 

「織田信長の初撃である程度数を削ってもこれか...!」

 

 焦りが生まれる。

 前線ではヘラクレスを始め、沖田や牛若丸、弁慶などのサーヴァントも善戦している。それでもなお覆らない戦力差。

 数の差は理解していたつもりだが、それにしても厳しい状況だ。

 

「随分と苦しそうじゃないか、魔女」

 

 さらに一体、魔獣を屠ったところで、上空からリリアナへ声がかけられた。

 不意に届いた声の主を、リリアナは警戒を高めながら見上げる。

 

「キングゥ...!」

 

 艶やかな翡翠色の長髪を風に靡かせ、こちらを見下ろしている人物の名を忌々しく叫ぶ。

 彼が参戦してくることは当然予期していたが、魔獣にさえ苦戦している現状での登場は望んでいなかった。

 

「はは、随分と嫌われたものだね。お前の主とは対照的だ」

「黙れ!」

 

 飛翔術を駆使し、キングゥの立つ宙にまで接近する。

 だが、それは黄金の鎖によって阻まれた。

 

「お前のあの技...こちらの意識を混濁させるあの音は厄介だ。それに、今はお前が指揮官なんだろう? だったら先に潰させてもらう。少しくらい遊んでやりたかったが、こちらには時間がなくてね。あの化け物が帰って来る前に、母さんの願いを叶えてやらなければ」

 

 地上に戻ったリリアナを見下しながら、キングゥは追撃を試みた。

 基本性能で、キングゥはリリアナに勝っていると確信している。彼女を殺せば王の怒りを買うことは必至だろうが、それより先に“ティアマト”を目覚めさせれば問題ない。

 そう判断し、四方から鎖で滅多刺しにしてやろうと魔力を操る。が、鎖がリリアナへ向かう前に、弾丸がキングゥを襲った。

 

 キン、と金属音が響く。

 飛んできた弾丸を鎖で弾いた音だ。

 

「久方ぶりじゃのう、キングゥとやら」

 

 弾丸の飛んできた方向から現れたのは、銃に乗り宙を舞う軍服の少女、織田信長。

 右手に持った火縄銃を捨て、新たな火縄銃を召喚しつつ、品定めでもするようにキングゥを見ている。

 

「前回はバカ虎に取られたが、わしもおぬしの事が気になっておってのぅ。なんと言っても、我が主が仲間に引き入れようとしとる奴じゃ。興味がある」

 

 銃口をキングゥへ向け、愉快そうに顔を歪めた。

 

「ちとわしと遊んでいけ、人形」

 

 火縄銃が炸裂する。

 信長の持っているものだけでなく、いつの間にかキングゥを取り囲むように展開されていた十数挺の火縄銃から打ち出された弾丸が、一斉にキングゥへ迫る。

 それに対し、鎖が(とぐろ)を巻くようにキングゥを包み、全ての弾丸を弾いた。

 

「.....人形だと?」

「おうおう、なんじゃ貴様、キレたか?」

 

 返事はない。

 代わりに、黄金の鎖が五本ほど信長に向かう。

 全て弾丸で弾き、信長はキングゥを見下ろすように、悠々と新たな火縄銃を召喚した。

 

 燈也の口から「聖杯を魔力炉(心臓)として動く神産の人形だ」という見解を聞いたから「人形」だと言ってみたが、予想外にも精神に効いたらしい。特に意識して放った単語ではなかったが、それで冷静さを欠けさせることができたのなら僥倖だとほくそ笑む。

 と、未だ呆けた顔でこちらを見ているリリアナが信長の視界に入った。

 

「何をぼさっとしとるリリアナ! こやつはわしがもらう! お前はアレを止めてこい!!」

 

 アレ。

 そう言われ、リリアナは前線へと目を向けた。

 するとそこには、先程まではなかった巨大な女の姿がある。

 

 怪物、ゴルゴーンだ。

 

「任せた!」

 

 言って、リリアナは最速で駆けた。

 神速には遠く及ばないにしても、並のサーヴァントよりも速い。あっという間にリリアナは場から離れて行く。

 

 それを横目で見ながら、キングゥは静かに信長を見上げた。

 

「随分と簡単に見逃しおったな」

「何。お前を殺してからでも遅くはないと判断したまで」

「ほう? よいよい、お前はわしだけ見とれ。でなければその首、即座に切り落としてしまう。それでは面白くない」

「僕に勝てるとでも?」

「無論」

 

 右手に刀、左手に火縄銃。更に数十もの火縄銃を宙に浮かし、その銃口をキングゥへ向けた。

 対するキングゥも、黄金の鎖を構えて向かい打つ体勢を取る。

 

「生意気だな」

「貴様ほどではない」

 

 天の鎖と天魔の戦いが切って落とされた。

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

「全員下がれ! 女神は私とサーヴァントが相手をするッ!」

 

 キングゥを信長に任せ、リリアナは指示を飛ばしながら最前線へ駆ける。

 指揮官であるリリアナの言葉を聞くまでもなく、兵達は北壁へ逃げていた。未だ前線に残っているのは、レオニダスを屠った怪物に恐怖し、足を止めてしまった者のみ。

 無理もない。この神代において、神に弓を引こうというのがそもそも大罪だ。

 戦意を無くしてしまった彼らをただ黙って死に追いやるわけにはいかない。声を絞り出す。逃げろ、生きろと。

 

「惨めだな、人間」

 

 そんなリリアナの頑張りも虚しく、膝を着いてしまった兵達はゴルゴーンの髪によってその命を散らしていった。

 奥歯を噛み、リリアナは怪物を睨み上げる。

 

「南米の女神が消え、唯一の脅威であるという男は冥界に赴いた。その時点で私の勝利は確定している。大人しく死ね、人間」

 

 まるでアリを踏み潰すかのように、ゴルゴーンは猛威を振るう。

 我慢ならないとリリアナが飛び込もうとしたところで、横からヘラクレスが突進した。

 

「■■■■■■ーー!!」

 

 石斧を振り、蛇のように兵達を襲う髪を叩き潰しながら、ヘラクレスは跳躍した。

 人類最高峰といっても良い身体能力を誇る大英雄の跳躍は、たった一足でゴルゴーンの頭部にまで到達する。

 

「チッ!」

 

 舌打ちし、ゴルゴーンはその巨体を後退させた。

 巨体に似合わない瞬発力にヘラクレスの予想はズラされ、彼の石斧は空を切る。いくら大英雄といえど、空を飛ぶ手段は持ち合わせない。自由を失ったヘラクレスは蛇の猛追を受けて地面へ叩き落とされる。

 だが、その程度では止まらないからこその大英雄。すぐさま立ち上がり、ゴルゴーンの足元から石斧を振り上げた。

 

 ゴルゴーンの巨体が宙に浮く。ヘラクレスの膂力に驚く暇もなく、ゴルゴーンの眼前で何かが煌めいた。

 

「っああああ!!!」

 

 女神の口から悲鳴が漏れる。

 目の付近を両手で抑え、背中から地面へと墜落した。

 

 女神の墜落。この事実は多少なりとも戦意喪失した兵達に希望を見出させると共に、それ以上の衝撃を以てさらに動きを鈍らせた。

 もはや避難は諦め、こちらの戦場を移動させた方が早いかもしれない。

 そう考え出したリリアナの前に、一人の剣士が降ってきた。

 

「ゲホッ...コフ...!」

 

 綺麗に着地したくせに咳き込み、そして吐血するその剣士。何を隠そう、ゴルゴーンを墜落させた張本人、沖田総司である。

 隙を見せた...まぁゴルゴーンは常に敵を見下してかかっているので基本隙だらけなのだが、ともかく。ヘラクレスに気を取られているうちに、沖田がゴルゴーンの髪を伝い眼前に辿り着き、必殺三段突き炸裂。ゴルゴーンの右目を貫いたのだ。

 そこまでは良かったのだが、「沖田さん大勝利〜!」などとフラグを立てたところで喀血である。もはや様式美、これが無くては沖田じゃないとは立香の談。

 

「素晴らしい仕事です、沖田総司!」

 

 ネタでは済まないレベルの血を吐く沖田を軽く労い、リリアナもゴルゴーンの髪を伝い駆け上がる。

 沖田が穿ったのは右目。普段ふざけた言動の目立つ天才剣士だが、彼女の放つ「無明三段突き」は強力だ。全くの同時に三つの突きを放つ絶技は、破壊を通り越して対象を抉り取ったかのように消滅させる。

 

 右目は潰れた。であれば、次は左目を。

 両目を潰すということは、視界を無くすだけではなく、ゴルゴーン──怪物メデューサの持つ最も厄介な「石化の魔眼」を無効化できるということ。

 この機を逃すわけにはいかないと、リリアナは己の出せる最高速度でゴルゴーンの顔面を目指す。

 

「舐めるな、人間がァ!!」

 

 左目を開き、リリアナを見据える。

 魔眼がくる。遅かったかと後悔し、飛翔術を使って回避を試みる。

 だが遅い。石化の魔眼はリリアナを捉えた。“仔”となったリリアナの呪力──魔力は、サーヴァント基準でB程度。即座に石化することはないが、完全に無効化はできない。

 

 左手の指先に違和感を感じた。見なくてもわかる、石と化してきているのだろう。

 舌打ちし、石化した左手の手首を切り落とす。全身が石になるよりマシだと判断しての切断だ。それは英断ではあるが、リリアナの戦力は著しく低下する。

 切断部を応急処置し、出血は止めたものの、痛みは引かない。

 地面へ着地したものの、痛みから僅かに足が止まる。

 

 そこに蛇が襲いかかった。

 回避が間に合うタイミングではない。右手でイル・マエストロを構えて迎え撃とうとする。

 そんなリリアナと蛇の間に、銀色の英霊が割って入った。

 英霊の背丈を超える槍を振るい、蛇を一蹴する。そして追撃が来る前に、その英霊──長尾景虎は、リリアナを抱えて駆けた。

 

「リリィちゃん! 無事ですか!」

 

 景虎が叫ぶ。蛇はまだこちらを狙っているが、ゴルゴーンの注意がこちらに逸れている隙に、再度ヘラクレスが猛攻を仕掛ける。

 ゴルゴーンの気がヘラクレスに向いている間に、リリアナを抱えた景虎は戦線を離脱した。

 痛む左手を抑えながら、リリアナは答える。

 

「無事...かどうかは分からないが、石化は止まった。切り落として正解だったようだ」

「ちょ、本当に左の手首から先が無いじゃないですか! 戦の指揮官たる将が無茶をするなど、最終手段ですよ!」

 

 着物の袖を破り、リリアナの左手に巻き付ける。

 景虎の顔には焦りや心配、そして怒りが浮かんでいた。普段笑顔しか見せない彼女がこのような顔をするのは珍しいと思いつつ、それだけのことをしたのだと理解する。

 

「...すまない。ゴルゴーンの魔眼を潰そうと短気を起こした」

「全くですよ! 反省してくださいね! というかあのうつけはどうしたんですか。女神相手であれば、リリィちゃんではなく織田の方が適任でしょうに」

「織田信長はキングゥを相手取っている」

「はぁ!? あのうつけ...! 自分の欲を優先させましたね!? あとでマスターに報告です!」

 

 ぷんすこ怒る景虎は、とりあえずリリアナの命に別状はなさそうだと判断し、ゴルゴーンへ目を向ける。

 今はヘラクレスが奮闘し、ゴルゴーンと互角の勝負を行っていた。さすがはギリシアの大英雄。あの怪物相手にたった一騎であそこまでやるとは、サーヴァントの中でも頭一つ抜けている。

 

「とにかく、リリィちゃんは一度下がってください。ゴルゴーンはヘラクレスに任せておけば問題ないでしょう」

「いや、ダメだ。互角にも見えるが...ヘラクレスは既に数度死んでいる。それにゴルゴーンは聖杯らしきものを持っていた。あれがある限り、いくら十二の命を持つヘラクレスといえどジリ貧だ」

「だとしてもです。ハッキリ言います。今のリリィちゃんは足手まとい。逃げ遅れた兵士を連れ、下がってください」

 

 有無を言わさず、景虎はリリアナへ告げる。

 

「加勢には私が行きます。こう見えて私、強いんですよ?」

 

 言って、景虎は毘沙門天の名の下に愛馬・放生月毛を強制召喚する。

 荒れる戦地でありながら、見蕩れるほどに美麗な白馬が現れた。その白馬に跨り、槍を握る。

 

「姫鶴飛んで、山鳥遊ぶ。谷切り結び、五虎退かば、祭剣まつりて、七星流る。松明照らすは、毘天の宝槍!」

 

 長尾景虎──越後の軍神・上杉謙信が所持したといわれる名刀の数々が召喚され、地面へ突き刺さる。

 これぞ八華の備え。脳筋の末に辿り着いた神威の化身。

 

 さらに景虎は魔力を練り、言霊のように開帳の文句を高らかに叫ぶ。

 

「刀八毘沙門天よ、我が身に宿り神威を奮えッ!」

 

 瞬間、景虎が分身した。

 一人、また一人と増えていき、最終的に八人にまで増える。

 それは景虎だけではなく、彼女の愛馬も同様だった。

 

 景虎たちは一人一振の武器を取り、馬に跨る。

 総勢八騎。完全武装の少数騎馬隊の完成だ。

 

「日本無双、最強無敵の戦国武将“フルアーマー景虎ちゃん”の真髄、後方からじっくり見ていてください」

 

 そう言う景虎の顔には、いつものような笑顔が張り付いていた。

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 燈也と立香は、エレシュキガル打倒からたった一時間程度で地上に戻ってきた。

 燈也が冥界に入った穴からではない。あそこまで行っていては時間がかかり過ぎると判断し、第一の門を潜った辺りで燈也がありったけの魔力砲をブッパなし新たな穴をこじ開けたのだ。

 自分が冥界に落ちた時もそういう方法を取って欲しかったと言う立香に、女神戦前に魔力を無駄にしたくなかったと燈也は返す。

 

 実際、冥界からの出口用に縦穴をくり抜いた時点で、燈也の魔力は空っ穴になった。これは燈也史上初めての経験だという。

 燈也の魔力切れ。それはそれでマズイ状況なんじゃないかと不安がった立香だったが、それもすぐに解消された。

 というのも、燈也という化け物、地上に出た瞬間に辺りの魔力を片っ端から吸収し、自己魔力を補填し始めたのだ。

 

 一時的に魔力が枯渇したことが原因か、立香の目が届く範囲の草木が枯れていく中で、燈也はふと呟く。

 

「ちっ、半分も回復しないか」

「何言ってんだこのバーサーカー」

 

 神代という、人体に悪影響を及ぼすレベルの魔力が空気中にある空間で、あろう事か枯渇するまで魔力を吸い上げた末にこのセリフである。

 この魔王の総魔力量は一体どれ程なんだと考え、それすら馬鹿らしいと早々に思考を止めたところ、不意に声が届く。

 

『繋がった! 藤丸くん! 聞こえるかい藤丸くん!』

 

 なんとなく懐かしい気さえするこの声。カルデアのロマニ・アーキマンの声だ。

 

「ドクター! はい、聞こえます!」

『良かった、とりあえず無事なようだね。バイタルも安定している。全くもう、心配したんだぞ! 急に生命反応が無くなるもんだから!』

「す、すみません...気付いたら冥界にいて...」

『まぁ無事なら...って何だいそれ!』

 

 安堵しきった声音から、また焦り散らしたように声を荒らげるロマンに、立香は首を傾げる。

 

「何、って一体...?」

『その場所だよ! 神代だっていうのに魔力が一切計測できない! そこは魔力無効化でもかかった呪いの地なのかい!?』

「全て燈也がやりました」

『あっ』

 

 一人の名を聞いて全てを察したらしい。

 何となく不敬だなと思いつつも、それはひとまず置いておくことにして、燈也も会話に入る。

 

「ロマニ。そっちの計測通り、立香は無事だ。怪我もない。ついでにエレシュキガル、三女神同盟の一角も屠ってきた。消滅はしてないが、すぐには復帰もできないだろう。もし復活しても、次は殺す」

『ヒェッ…おっかないなぁ』

 

 神霊という絶大な存在を相手に全く臆することなく、それどころか完勝できると言う燈也に戦慄する。

 が、それもつかの間。大事なことを思い出したロマンは、またも声を荒らげた。落ち着きのないやつだ、とは燈也の感想。

 

『大変なんだ! 女神ティアマト...いや、怪物ゴルゴーンが今、ウルクを襲撃している!』

「なっ!?」

 

 ロマンの報告に、立香が息を飲んだ。

 そんな反応は予想済みだったのだろう。ロマンは続ける。

 

『少し前...二、三時間くらいかな、マーリンが千里眼で視たらしいんだ! 魔獣の数は万超え、ゴルゴーンと、それにキングゥの姿もあるって!』

「そんな...! 戦況は!?」

『分からない...ボクが聞いたのは、ゴルゴーンが魔獣を引き連れて北壁近くに現れたってことだけ。観測してみたけど、まだゴルゴーンもキングゥも、霊基反応は健在だ。こちら側にも消滅したサーヴァントはいないようだけど、ウルク兵たちまではさすがに分からない。そっちには燈也くんもいるんだろう? 彼は何か分からないのかい?』

 

 言われて、燈也はウルクの方角へ意識を向けた。

 燈也らがいる一帯の魔力はなくなったが、その他は未だ魔力が渦巻いている。燈也でも正確な把握は無理だ。

 

「...分からん。空気中の魔力濃度が高すぎて気配を捉えにくい。こんなことなら千里眼ってやつを覚えとけばよかったな」

『逆に使えないことにびっくりだよ。キミはなんでもありのチート王様だろう?』

「うるせぇな。千里眼ってのは見たことがねぇんだよ。視力上げるだけじゃ無理だろうし、何かしらの術式を組む必要がある。今何個かそれっぽい術式を組んでみたが、見える場所はランダムだ。見たい場所をピンポイントで見るにはまた別の術式が必要になる。その術式を考えるより、さっさと現地向かった方が速い」

『即興でそれっぽい術式を構築できるのが十分意味わからないな...』

 

 ロマンを無視し、燈也は復活した権能《勝利運ぶ不敗の太陽》を行使し、太陽の馬車を召喚する。

 

「乗れ、立香。急ぐぞ」

 

 魔王は帰ってきた。

 冥界の女神を屠った彼の次なるターゲットは、怪物ゴルゴーンへシフトする。

 

 手綱を振るう。

 四頭の馬が嘶き、大地を蹴り、そして、二つ目の太陽が昇る。

 

 

 

 

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