「GrAAaaaaAAAaaa───.......!」
魔獣の断末魔が木霊する。
首を落とされ、肺とはもう繋がっていない喉から無念の怨嗟が漏れ、絶命する。
首斬りの下手人、牛若丸は、愛刀薄緑に付いた血を払いながら、前線の戦いを見ていた。
そんな牛若丸の背後から、また別の魔獣が襲いかかった。
「義経様!」
牛若丸の身を案じ、弁慶が声を上げた。
そちらに気を取られることもなく、牛若丸は魔獣を一瞥もせずにその首を切り落とす。
「気を散らすな、弁慶。貴様は貴様の仕事をしろ」
何とも冷たい声音。自身の身を案じてくれた仲間に対する返答としては相応しくないが、これが彼らの通常通りの関係性だ。
負傷したリリアナに代わり、今は牛若丸が軍の指揮を執っていた。
元々が天才な彼女は、成長したとは言え付け焼き刃だったリリアナの采配を上回るカリスマを誇る。彼女の師、鬼一法眼から授かった、もとい盗み見た兵法は、ここ神代でも十二分に通用していた。
牛若丸は最低限の指示を飛ばし、前線の戦いに意識の三割程度を割いている。
勝敗が気になる、味方が心配。もちろんその気持ちもあるが、それよりあの戦いに混ざりたいという気持ちが強かった。
しかし、牛若丸までもゴルゴーン戦に参加するという訳にもいかない。今の司令塔は牛若丸だ。ウルクの兵士達は優秀だが、人外を相手に頭がいなくなった状態で上手くやれるか、と聞かれれば不安が残る。
己の欲と大衆の安全。どちらを取るかといえば、名将たる牛若丸は後者を選ぶ。
そんな牛若丸の思想などつゆ知らず。
怪物を相手にヘラクレスと景虎は思う存分暴れていた。
「■■■■■!!!」
「はは、あはははは!!!!」
景虎に至ってはそれはもう、本当に楽しそうに暴れていた。
ヘラクレスがどんな気持ちで戦っているかは分からないが、景虎は獰猛に嗤い、槍や刀を奮っている。
その姿はどこか燈也と似ていた。少し違うのは、燈也がその先の勝利を掴み取ることに愉悦を覚えるのに対し、景虎は純粋に暴れることに享楽を感じているところだろうか。
ゴルゴーンの石化の魔眼は今のヘラクレスには効かない。
一度石化され、粉々に砕け散って死んだことが幸いしているのだろう。一度味わった死因には耐性を得る。なんともチートな大英雄だ。
景虎は、分身が多すぎて魔眼が捉えきれていなかった。
何度か石化に成功するも、その悉くが分身体。すぐに新たな分身が出現し、数は尚も八のままだ。
そこに、沖田も混ざってきた。
「沖田さん大復kコフゥッ!!」
吹っ飛んできた景虎(分身体)に巻き込まれて喀血した。
石化含め、既に五体は分身体を倒されている景虎は、嗤いながらも内心では焦りを感じ初めていた。
「(やはり強い。毘沙門天の化身を謳ってきましたが、本物の神がこれほどのものとは)」
一人車懸かりの陣を何度か仕掛けてみたが、致命傷には至らない。
ヘラクレスも奮闘しているが、何分相手は見上げるほどの巨大だ。こちらが懸命に武器を奮っても、相手にとっては少し攻撃力の高い虫に集られている程度の感覚だろう。
加えて、ゴルゴーンは軽い切り傷程度であればすぐに塞がってしまう回復力を持っているらしい。リリアナが危惧していた「不死かもしれない」という推測が真実味を帯びてきた。
だが、かといって手を止めるわけにもいかない。
一度攻撃の手を休めれば、ゴルゴーンは景虎たちをその視界に収めてしまうだろう。そうすれば、景虎では石化を逃れられない。
それだけではなく、兵士達にも被害が及ぶだろう。いくら神代の人間とはいえ、ヒトはヒト。少しでもゴルゴーンの猛威が兵士に向けば、その命は一瞬で散り行くだろう。
「(不死殺し。手立てはあるはずですが、私には無理ですね)」
ヘラクレスの攻撃もゴルゴーンに通用していないことはないだろうが、死に至るものではない。リリアナの言う通り、このままではジリ貧だ。
やはり、燈也の帰還を待つ必要がある。つまり景虎の仕事は、燈也が帰ってくるまでゴルゴーンの注意を引き、兵士の命を無駄に散らせないこと。
そして何より、自分が死なないこと。
特に二つ目は難しい。
注意を引くということは、当たり前だがゴルゴーンという脅威が常に自分の命を刈り取ろうとしているということだ。ただ大きく死なないだけの怪物であれば問題はない。だが、ゴルゴーンには石化の魔眼という厄介極まりない能力がある。
そうこうしているうちにも、分身体がまた一人石化させられた。
「まァ、やれるだけやってみましょうか」
どこから湧いてくるのかも分からない魔力で新たな分身体を作り、怪物に向かって突撃する。
いつ帰ってくるかも分からない主を待ち、どうせなら強敵との戦いを楽しんでしまおうと考えたところで───
「.....わお?」
───太陽が降ってきた。
* * * * *
燈也は戦車を走らせ、一直線にウルクを目指していた。
一分ほど走ったところで、唐突に未来が視える。
「.....ったくよォ、もうちょい早めに視せろや」
自分の能力に悪態をつく燈也は、手綱を奮って戦車の速度を上げる。
太陽の戦車の出せる速度は場所によって異なるが、最速で時速1600程度だ。ここウルクでは、だいたい1200~1300km/hくらいだろうか。
今出せる最高速度を叩き出し、神代の空に炎の轍を刻む。
途中で余所見運転をしていた女神を轢いた気がしないでもないが、些事だと無視を決め込んだ。
五分程度走ったところで、燈也の目に巨大な蛇女の姿が映る。
アレがなんなのか。とりあえず神だということは分かるが、それ以外はよく分からない。
ので、とりあえず戦車で押し潰すことにした。
それはまるで隕石。ゴルゴーンごと周囲を吹き飛ばす。
爆心地の中心で権能を解き、立香を抱えて景虎の近くまで跳んだ。
「勝訴! これは勝ちましたよ!」
「何騒いでんだお前」
立香を下ろし、呆れたように景虎を見る。
「それより虎、リリアナはどこだ。あいつの腕が切り落ちてんのが視えたんだけど」
「あ、見てたんですか? なら早くきてくださいよ」
「未来視みてぇなもんだよ。つーか間に合わなかったか、結構急いできたんだが」
「未来視て。相変わらずのチートリズムですねぇ」
やれやれだぜ、などと言う景虎を無視し、燈也はリリアナの気配を探った。
北壁の近くにリリアナがいることを察知し、特に命に別状は無さそうだと判断する。
「それで? リリアナをやった奴はどこだ」
「今マスターが吹っ飛ばしましたよ」
「何?」
爆心地を見て、ふむと考え込む。
ゴルゴーンかキングゥのどちらかがリリアナの腕を斬ったのだと思っていたのだが、なるほど、あれがゴルゴーンかと。
だが、あの程度であれば問題ない。確かに今のリリアナではキツい相手かもしれないが、つい先日倒した南米の神より楽そうだと切り捨て、この場で最大の脅威であろうキングゥの姿を探す。
「僕をお探しかな?」
気配を探るまでもなく、燈也の頭上からキングゥが声をかけた。
声のした方を見上げると、所々傷を負っているキングゥの姿が。致命傷とまではいかないが、決して少なくはない傷だ。
そしてその傷の多くは銃傷だった。
遥か古代、この神代において銃を使う者など一人しかいない。
「なんだ、随分とやられたな。どうだよ、うちの信長は強いだろ?」
言いながら信長の気配を探る。
少しばかり遠くにいるが、こちらに向かってきているようだ。ゴルゴーンに突然訪れた危機に、キングゥが戦闘を投げ出して駆けつけたというところかと推測する。
「...ふん、たかが英霊にここまでやられるなんて、僕のプライドはボロボロだ」
「あいつを『たかが英霊』だなんて捉えたお前の落ち度だ」
「なるほど。お前のような化け物の仲間だ。侮った僕が悪い」
フッと笑ってみせるキングゥだが、そこにあるのは悔しさや怒りといった負の感情のみ。己の絶対を信じ、自分こそが真なる人類だと他を見下していた彼にとって、旧人類に遅れを取ることは恥以外の何物でもない。
「さて、キングゥ。お前、なんであんな奴の味方してんだ?」
キングゥの内心など気にかけるまでもないと、燈也は早々に話題を変える。
「...仔が親の味方をするのは当たり前だ、と言えばいいかな?」
「ふざけろ。あんな雑魚がティアマトなわけがねぇだろ」
「──言ってくれるな、小僧ォオオ!!!」
爆心地から、新たな爆風が吹き荒れる。
勝利を確信して安堵しきっていた景虎は、燈也やキングゥから目を離し、そちらに視線を向けた。
爆風の中心地にいるのは、無傷の怪物。
羽のようなものまで生やし、怒りの頂点だとも言うような形相で燈也を睨んでいる巨神がいた。
「俺の戦車に轢かれて無傷か。なるほど、ただの雑魚じゃあないらしい」
燈也もその姿を確認したのか、ほうと感心したような声を漏らす。
「ゴルゴーンは不死の可能性があります。ただ殺そうとしただけでは倒しきれない。私やヘラクレスの攻撃も、効いているようで効いていませんでした」
あれ、そういえばヘラクレスはどうしたのかなと多少思考を逸らしながらも、景虎は燈也に報告する。
ちなみにヘラクレスは戦車の大衝突にて一度死に、わりと遠方まで飛ばされているのだが、今は関係ないので割愛。
「ははっ、今度はお前が母さんを侮ったようだな」
「母さんだぁ?」
嘲笑とも取れるキングゥの笑いを無視し、ある一点に意識を取られる。
あのキングゥが母と呼ぶのはティアマトだけだ。それは神話が、そして何より燈也の
しかし、アレがティアマトだとは思えない。アレがティアマトなのだとすれば、今も尚海の底に感じ取れる神性は何だと言うのか。
燈也が思い至る考えは、現時点で二つ。
一つは、今目の前にいるキングゥは、神話とは異なり、或いは偽物で、あのゴルゴーンという女神から産まれたという説。
そしてもう一つは、ゴルゴーンが何らかの理由でティアマトの代行として顕現しているという可能性。
どちらかと言えば後者が有力かと勝手に結論付け、燈也は魔力を練り上げる。
「まァ、どっちでもいいさ。アレが不死だってんなら丁度いい。一つ、試し打ちといこうか」
「死ね、人間!!!!」
完全に逆上しているのか、ゴルゴーンは燈也の言葉など耳に入っていない様子だ。
そんな母と違い、キングゥは確かに聞いた。そして尋常ならざる魔力の高まりも察知し、母の身を守るために燈也を鎖で縛ろうとする。
が、しかし。それを許さない者が一人。
「なァにを逃げとるか。貴様はわしだけ見とれと言ったじゃろ」
背後から炸裂する銃声。
この数十分で聞き飽きたその音で、キングゥは咄嗟に身を捻る。
「ッ!」
脳天直撃を狙った弾丸は、キングゥの右肩を貫通した。
痛みに顔を歪めながら振り向くと、つい先程までキングゥが戦っていた相手、織田信長が、八挺の火縄銃の銃口をこちらに向けて立っていた。
「遅せぇ。もっと速く走れ」
「これでも全速力で来たんじゃが?」
「この鈍足」
「なんじゃワレサイコ軍神ワレェ!! 貴様には言われとぉないわ! 先のマスターと女神の闘争時に唯一逃げ遅れとったノロマが!!」
「なんですって!?」
「うるせぇ」
相変わらず喧しい奴らだと嘆息しつつ、これもまたタイミング的には丁度いいと思い、信長へ命令を下す。
「信長。お前はキングゥを抑えとけ。俺の邪魔をさせるな」
「言われんでもやるわ」
言って、信長は引き金を引く。
無数の弾丸がキングゥを襲い、そちらの対応でキングゥの注意の大半は信長へと移った。
これで邪魔は入らないなと確認したところで、燈也へ数体の蛇が襲いかかる。
「はっ、しゃらくせぇ」
三、四体で景虎やヘラクレスが苦戦していた髪蛇を、燈也は魔力の放出だけで退ける。
相変わらずチートやってんなと呆れた景虎は、次こそは巻き込まれないようにと少し退った。
「あ、ほらほらカルデアのマスターくん。貴方もこっちに来ないと巻き添えを喰らいますよ」
「アッハイ」
怒涛の流れに置いていかれ空気となっていた立香は、もう何も考えまいと大人しく景虎の後ろまで下がる。
人類最後の希望などと言われ、呼び名は恥ずかしいけれどちょっとだけ正義感に駆られて第六特異点までを走破してきた立香は、最後の特異点に来て思う。「あれ、俺って必要かな?」と。
まあ、当たり前のように外野の感想など知ったこっちゃないと、燈也は無視、否、耳に入れることすらせず、見上げるほどの巨体を好戦的な鋭い目で睨んでいた。
「──貴様がキングゥの言っていた『化け物』か」
攻撃を容易く弾かれて少しは冷静さを取り戻したのか、怒りはそのままにゴルゴーンが問いかける。
「化け物? おいおい、失礼なこと言ってんじゃねぇぞ蛇公。俺は王だ」
「王? たかが王如きが神に歯向かうのか。愚かだな」
「そォいうのは実力差を知ってから言え」
あまりに不遜。目に余る不敬。
神でありながら怪物として恐れられてきたゴルゴーンにとって、人間に見下されるなど経験のない事だ。彼女は数多の英雄豪傑を屠ってきたという自信がある。確かに人間に討伐されたこともあるが、その英雄もまた自分を恐れながら奇襲を放ってきた。
恐ろしいものという意味の名を冠する自分を恐れるどころか、傲慢にも見下してくる人間。腹立たしいことこの上ない。
それを抜きにしても、ゴルゴーンは燈也という生物が嫌いだ。特に理由もなく嫌いだ。生理的嫌悪というものに属するものだろうと、フツフツと湧き上がる負の感情を撒き散らしながら思う。
「舐めるな.....舐めるなよ、人間が!!」
冷静さを取り戻したとは言っても、彼女は基本的に浅慮な性格だ。
己の力を信じ、その圧倒的な暴力で以て物事を解決させようと考えている節がある。
確かに、並の相手であればそれで済む。彼女はそれだけの力を持っていた。加えて、不死という強力なカードも持っている。負ける理由がないと確信していた。
だからこそ、彼女は負ける。
「テメェこそ舐めんなよ、蛇公」
燈也の瞳が紫色に輝いた。
瞬間、妙な感覚がゴルゴーンを襲う。まるで精神の一部を剥ぎ取られたような、得体の知れない──否、確実に知っているがその正体が掴めない、そんな不快感と虚脱感。
特段、ゴルゴーンの体に異常があるようには見えない。
だが、違和感は拭えない。これは本当に自分の体なのかと疑いたくなる感覚に陥る。
「おい、ハルパーって知ってっか」
自らの身体に起こっている異常。
その正体が掴めず困惑するゴルゴーンに、燈也は静かに語りかけた。
「知らねぇわけがねぇよな? お前を殺した、不死殺しの鎌だ」
フワリと宙に浮き、そのままゴルゴーンと同じ目線にまで昇る。
「ハルパーだと...? 貴様、一体何を──」
「解析すんのはだいぶ骨が折れたぜ? なんせ神造兵器だ、最初は仕組みがほとんど分からなかった」
問いかけたにも関わらず、燈也はゴルゴーンの言葉など無視して語り続ける。
「魔眼ってのは便利だなァ。本当なら数秒はかかる魔術式も、瞳に埋め込んどきゃあ魔力を流し込むだけで発動する」
妖しく、そして魅力するかのように輝く紺青の瞳でゴルゴーンを見据え、不敵に笑ってみせた。
「実際に使ってみるのは初めてだが、なんだ、予想よりも効果覿面みたいだな。お前がゴルゴーン...いや、メデューサだからか? ティアマトに通用するかを見極めるための予行のつもりだったが...とんだ役不足だったかも知れねぇ」
わざとらしく、大袈裟にやれやれと嘆息してみせる燈也。
明らかに小馬鹿にした態度を取られ、ゴルゴーンのボルテージは更に上がる。
「舐めるなと言っているッ!」
「ああ、俺も言ってんな」
逆上し、全ての髪蛇を一斉に燈也へ向かわせた。
だがその悉くが落雷により撃ち落とされる。
「あの世で悔やめよ、蛇神風情。まァどんな神性を持ってようが、たかだか英霊でしかねぇお前が行くのは“座”ってとこなんだろうがな」
燈也の手に、巨大な剣が投影される。
名を『
もちろん、そこに神性などありはしない。
これはただのハリボテ。ただ大きいだけの
だが、それで十分。
山のような高さを誇る鉄剣が振り上げられる。
その光景に、ゴルゴーンは愚か、少し離れたところで戦っていたキングゥと信長、傍観していた景虎と立香、逃げ惑っていたウルク兵、彼らを統率していた牛若丸に弁慶。その場にいるほぼ全員が動きを止め、言葉を失う。
「死に晒せ」
訪れた静寂の中、燈也の無慈悲な裁きが振り下ろされた。
* * * * *
天を突くような巨大な剣は、スカサハ達に置いていかれ、ウルクから遥か数十キロ離れた位置にいるマーリンの目からでもなんとか視認できた。
まあマーリンは現世を見渡す千里眼を持っている。仮に肉眼で視認できなかったとしても、その様子を見ることは可能だ。
「私が行くまでもなかったか。かの王が本気で戦えば───」
走ることを止め、一応の確認の為に千里眼を使おうとしたその時。
マーリンの体に異変が現れる。
「ゴハッ、ゴホッ.....!」
急に体の内側が痛みだし、喀血する。
外部からの攻撃があったわけではない。その場には魔獣はおろか、風に揺れる植物以外の生物すらいなかった。
何が起こったのか。マーリンですら一瞬困惑するが、すぐに原因を思い至る。
「...しまった、そういうことか」
内側から身体が崩れていく不快感と痛み、そして最悪の未来へ繋がってしまったことへの焦燥から、マーリンの頬を汗が伝った。
「化かし合いにおいて、この僕が一枚上手をいかれるとは...。それにしても、この目覚めの速度は異常だ」
ゴルゴーンの死が与えた衝撃でティアマトが夢から醒めるのは分かる。
だが、あまりにも早い。まだゴルゴーンが倒されてから数分も経っていない。ティアマトが朝に強い、などと馬鹿げた理由でもあるのだろうか? それとも、佐久本燈也という存在がティアマトを引き上げているのだろうか?
後者の方が理由としてはマシだな、などと考えながら、マーリンは遠隔通信魔術の行使を試みた。カルデアに、そしてギルガメッシュに、この状況を知らせなければ。そう思ったからだ。
しかし、もはや魔力すら上手く練れない。霊基が限界を迎えている。
「...いや、まだ希望はある。数こそ足りないが、王たちを信じるしかない」
誰にも届かぬ声を漏らし、とうとう耐え切れずに膝をついた。
「私も、できるだけ早く.....───」
か弱い声は空気に溶け、マーリンは誰にも気付かれることなく消滅した。
* * * * *
ゴルゴーンを両断し、彼女から聖杯の残滓を奪い取った燈也は、黄金の光体を手で弄びながらゴルゴーンの元を離れる。
「母上!!」
静寂からいち早く動き出したのはキングゥだった。
すでに事切れたゴルゴーンへ最速で近寄り、彼女の死を明確に認識して狼狽する。
そんなキングゥに目をくれることもなく、燈也はリリアナを探した。
「マスター!」
リリアナの気配を見つけ、そちらに行こうとしていたところで、景虎が燈也に駆け寄る。
「あ? なんだお前、やけに嬉しそうだな」
「そりゃあもう! この戦、我々の勝ちが決まったので!」
敵大将たるゴルゴーンの死。これは勝敗を決するには十分すぎる成果だ。
ウルクの民たちも、状況こそ飲み込めていない者が多いが、終わったのだという実感が徐々に湧いてきているのか、笑みや涙を浮かべている者も少なくはない。
「やったね燈也! やっぱりキミが最強だ!」
これまた嬉しそうに駆け寄ってくる立香を見て、燈也はフンと鼻を鳴らした。
「まァ俺が最強なのはそうだが、まだ終わっちゃいねぇぞ。気ぃ緩めんな」
「キングゥのことですか? であればマスターがいれば問題ないですし、私と信長の二人で相手をすれば十分かと」
私だってそこそこ強いんですよと胸を張る景虎に、呆れたように嘆息して返す。
「キングゥじゃねぇ。まだ倒してねぇやつがいるだろうが」
「え?」
『た、大変だ藤丸くん! ゴルゴーンの消滅は確認した! なのにその特異点はまだ修復されていない!』
突然、焦りきった声音が響く。
声の主は遥かカルデアにて特異点を観測し続けていたロマニ。詳しくはその隣にいるダ・ヴィンチが気付いた異常事態だ。
「やっぱ、あいつを沈めなきゃ終わらねぇよな」
燈也が西の方角を睨む。
釣られて、景虎や立香もそちらを向いた。
何も無い。澄み切った空と遮蔽物のない地平線が拡がっているだけだ。
燈也が何を言っているのか分からず困惑する立香と違い、景虎は燈也の言わんとしていることを理解した。
「...そうか、海獣ティアマトですか!」
未だ姿を見せない、燈也が最大の興味を持っていた神性。
以前燈也がペルシャ湾に訪れた際に「封印のようなものをされている」と言っていたが、それが何かしらの原因で目覚めたのだと。
『ティアマトだって!? ゴルゴーンがそう名乗っていただけじゃなかったのか!?』
「まぁティアマトのと同じか似た権能は持ってた。封印されたティアマトが送り出した代行者。本命の前の前座ってとこだろ」
ま、知らんけど。
そう燈也は言い捨てる。
「前に俺が戦ったティアマトより強そうだ。虎、お前らの力も必要かもしれねぇ。戦力は多いに越したこたァねぇからな」
その為にも、リリアナを回復させたい。
一通り聖杯の残滓を解析した燈也は、自分の魔力を使うよりも効率的に奇跡を起こさそうだと判断した。
今度こそリリアナの元へ行こうとした、その時。
「ッッッ!!?」
とても奇妙な感覚が燈也を襲う。
「? いかがなさいましたか、マスター」
突然動きを止めた燈也を訝しみ、景虎が問いかけた。
だが、燈也はそれに答えない。
「(この感じは...)」
膨大な何かが自分の中に入ってくる感覚。
今まで自分の中にはなかった異物が入り込んできているようで、しかし違和感も嫌悪感もない。まるで元から自分に備わっていたかのようによく馴染む。
感覚は権能を手に入れた時と似ているが、アレは完全な異物が流れ込んでくるイメージ。魂に新たな力が付与された感覚だった。
だが、今感じている感覚は違う。外付けなどではない。元々足りなかったものを補っていくような、自分が自分として確立していく感覚。これこそが本当の《佐久本燈也》なのだと言わんばかりのフィット感。
そして何より気にしていたのは、
「(
燈也がこの奇妙な感覚に見舞われるのは、これで
正体は知っている。
燈也の魂に刻まれた、彼に与えられた使命。燈也を
使い方も効果の上限も分からないが、この感覚の正体と、今から起こる事象は分かる。
「チッ。利用されてるみたいであんまし好きじゃないんだがな」
「?」
意味の分からないことを言い出したマスターに疑問符を浮かべる景虎の隣で、またもロマニが叫ぶ。
『解析が完了した! 時空震が起きている! 恐らく、ティアマト神の影響だろう! そしてそのティアマト神のクラス判定も出た! んだけど...信じられない、ありえない。そんなことがあるもんか。仮にも原初の母だぞ!?』
「うるせぇ。言うなら早く言え」
言い淀むロマニだったが、燈也に言われ、意を決したかのように続きを口にする。
『これは、このクラスは────ビースト。人類悪だ』
人類悪。
人間の獣性から生み出された、災害の獣どもの総称。
文字通り人類の汚点であり、人類を脅かし、人類を滅ぼす、人類種の癌細胞。
「文明より生まれ文明を食らうモノ。霊長の世を阻み、人類と築き上げられた文明を滅ぼす終わりの化身、だったか、確か」
これもまた、カルデアの資料室で見た文献に乗っていたなと思い出す。
そして確信した。ああ、なるほど確かに。そんな奴が出てきたとあれば、それは
「だいたい三年ぶりくらいか? こんなにも体が満たされてんのは」
そういう燈也の手には、いつの間にか一振りの短剣が握られていた。
太陽光を反射し、キラキラと輝くそれを、立香へと投げ渡す。
「うわっ!? ちょ、いきなり刃物なんか投げないでよ!」
ただの人間でしかない立香は、飛んできた剣を受け止めるなどせずに避ける。
当然だ。誤って刃など握ってしまった日には、最悪指が落ちるのだから。
抗議の目を燈也に向けたあと、立香は地面に突き刺さった短剣に目を向ける。
「え? これって...え、もしかして宝石剣!?」
慌てた様子で短剣──煌びやかな宝石剣を拾い上げ、まじまじと見る。
ずっしりと重い。確かな宝石の質量がそこにある。
「そいつは破壊されない限り消えねぇ投影品だ。売るなり触媒にするなり、好きにすればいい。冥界下り、俺に付き合った褒美だ」
「それって.....」
破壊されない限り消えない投影品。
それは、つい数刻前に燈也が自分には出来ないと断じた、エミヤ専用の投影魔術と同じだ。
燈也が嘘をついた? いや、それはないだろう。意味が無さすぎる。
であれば一体───
『まずいぞ! ティアマト神以外にも魔力反応を検知! 一個体の魔力量はウガルを上回っている! しかも総数が一億を超えているぞ!? なんなんだこれ!?』
思考の海へ潜りかけていた立香に、ロマニの声が冷水のようにかけられた。
「い、一億!?」
途方もない数に、立香は宝石剣を拾うことすら忘れて狼狽する。
「落ち着け立香。相手がティアマトってんなら億の仔を創るのも造作もない。だが不味いな、もう海の支配権は完全にあっちに取られたかもしれねぇ。ティアマトの野郎は俺が相手するとしても、それで周りにまで気を配れるかは分からん。俺が仔を創れねぇ中で億の敵が相手じゃお前らには荷が重いかもな」
「何も落ち着ける情報がないけど!?」
安心させたいのか不安にさせたいのか。
とにかく落ち着いていられる状況ではないことは事実だ。
「慌てたって状況は好転しない。それはお前だってよく分かってんだろ」
心底不安がっている立香に、燈也は諭すように言う。
立香はこれまで、大小含めていくつもの特異点を渡ってきた。自分の身に迫る死を感じたことも決して少なくはない。
そんな中で、何故生き残ってこれたのか。もちろんマシュを始めとしたたくさんの味方による守護・支援があってこそではあるが、何より立香自身が諦めなかったからこそ、彼は生存を掴んでこれた。
まだ慌てる時間じゃない。確かに絶望的な状況だが、諦めるにはまだ早い。
燈也という絶対的な存在が一緒だったからか、今まで強く持ってきた気持ちが緩んでいた。
パァンっと自分の頬を両手で叩き、ジンジンと走る痛みで以て気持ちを引き締める。単純だが、だからこそよく効く。
立香の瞳に火が灯った様子を見て、燈也は満足気に笑う。
「いい顔だ。そんじゃあやるぞ、立香。神狩りだ」
燈也「失礼な。俺は王だ(`・ω・´)キリッ」
題名を改めた方がいい。
・『不死殺しの魔眼』
その名の通り、不死を殺すための魔眼。相手の不死性を無効化する。カルデアにて子ギルに見せてもらったハルペーを解析し、その構成を魔術式として書き起こし、斬ることなく効果を付与できるように改変し、それを自分の眼球に埋め込めたもの。言うは易し、普通は無理である。というか、数秒もあれば魔術式を構築できるため、別に魔眼にする必要はなかった。ただ「カッコイイ」という理由だけで魔眼にしたという、王にしては珍しい少年心(厨二心)が働いた一品。基本性能はハルペーとほぼ同様。そのためメデューサ(ゴルゴーン)には効果絶大。発動時は瞳が紫色に輝くため、『置換の魔眼』同様、その発動は周囲に感知されやすい。