俺──佐久本燈也は魔王となった。
そんな魔王な俺は、この世界にも日本があると聞き及び、じゃあ日本に行ってやろうじゃないかと意気込んだわけだ。俺日本人だし。
ちなみに俺が迷い込んだ国はイラクだった。
これから日本に帰るという護堂達と共に空港に行き、なぜか理解できるようになったクルド語で受付嬢に話しかける。
「日本に行く便に乗りたいんだけど」
「日本に出国ね。じゃあパスポート見せて」
「え"っ」
詰んだ。
* * * * *
「だからってお前なぁ.....自力で海渡ってくるやつがあるかよ」
嘆息する護堂に対し、燈也はナハハと笑いを返す。
飛行機に乗れず、如何なる交通機関を使っても日本に渡れなかった燈也は、仕方がないと海を泳いできたのだ。
と言っても、何もイラクから海に飛び込んでインド洋を横断してきたわけではない。
とりあえず色んな機関を出し抜いて韓国まで行き、そこから九州まで泳ぎ、後は新幹線に乗って護堂の元まで辿り着いたのだ。
「つーかさ、お前検問所は気配消すとかでスルーできたんだろ? どうせ不法入国するんなら空港でもそれすりゃ良かったじゃねぇか」
「? .......あっ」
「気付かなかったのかよ...」
呆れたように言う護堂と、本気でショックを受けている燈也。
とても世界中の呪術師魔術師奇々怪々共から恐れられている魔王とは思えない、平和的で日常的な光景だ。まぁ話の内容は違法極まっているが。
そんな二人がいるのは、とある元古本屋。護堂の実家だ。
日本に入国した燈也はとりあえず護堂の元を目指し、やっとこさついさっき辿り着いたのである。
現時刻は朝の七時半。護堂は制服に着替えており、朝食を摂っているところだった。
護堂の慈悲により燈也も朝食を頂くことになったのだが、護堂の妹である草薙静花にとっては意味不明極まりない。まぁ突如現れた英国淑女(悪魔)やそのメイドにも食事を振る舞う魔王の妹は、今回は護堂の女絡みではないという理由で渋々ながらも燈也を受け入れた。肝っ玉の据わった子である。実に魔王の妹らしい。
さて、護堂と静花が学校に行くと言うので、燈也も草薙家を後にする。家主不在の家に居座るのはさすがに気が引けたし、ちょっと観光をしてみたいと思ったのだ。
元々日本出身の身である燈也だが、ここが見知った日本であるかどうかはまだ分からない。何せ異世界だ、理不尽の塊に近い世界だ。現にまつろわぬ神とやらが跋扈しているではないかと警戒を強めていた燈也が半日ほど街を歩き回った反応は、
「ふーん、なるほどな」
である。
自由を謳う女神像も立っていなければ、果ての見えない防衛城壁があるわけでもない。至って普通の日本都市部だった。
気になることは多少あったが、別に気にする必要はないと無視を決め込む。
太陽も空高く昇り、たまたま目に付いた庶民派高級イタリアンのチェーン店に入る。虚無パスタとピザを注文した。
デザートのミルクジェラートをゆっくり食べ、勘定を済ませた燈也は、次なる目的地を探して歩き出す。まぁ要するに行き先未定、気の向くままのさすらい散歩旅である。
何気に初めて見る東京タワーをとある公園から見上げつつ、次は浅草にでも行ってみるかと地図を頭の中で広げた時。
見知らぬ枯れ木のような中年男が、燈也へと声をかけてきた。
「はじめまして」
胡散臭い。
燈也の、その中年男へ対する第一印象はそれだった。中年男の顔には柔和な笑みが浮かんでいたし、物腰も柔らかだ。にも関わらず、燈也にとってその笑みは生徒の母親と不倫している途中の小学教諭のような笑みに見え、柔らかな物腰は世間を知らない夫人を罠に嵌める詐欺師のように見えたのだ。
胡散臭い、ああ胡散臭い。
そう思いつつも、燈也は返事もせずに男を見る。
「お初にお目にかかります、八人目の王、佐久本燈也様。私は正史編纂委員会に属する甘粕冬馬といいます。以後、お見知り置きを」
一礼する甘粕と名乗った男から視線を外した燈也は、目だけを動かして周りを確認する。
平日の昼間なこともあってか、先程までこの公園に人はほとんどいなかった。言い換えれば少しはいたのだが、今は完全に0。人っ子一人見当たらない。目の前の男が人払いでもしたのだろう。
嘆息した燈也は、とりあえず甘粕へと体を向ける。
「なんだストーカー。早く用件済ませろ、俺も暇じゃない」
嘘である。この男、めちゃくちゃ暇である。
人間というものは面倒事を避けたがるもの。必要悪ならぬ必要嘘は存在するのだと燈也は持論する。屁理屈だ。
しかしまぁ、嘘をついてでもできる限り接触を避けたいというのが燈也の本心だ。というのも、燈也が日本に入ってからというもの、常に監視の気配があった。手を出して来なければ無視し続けるつもりだった相手がわざわざ出てきたのだ。面倒事な気がしてならない。
「ひとまずはご挨拶を、と思いまして」
「そうかい。ならその挨拶は受け取った。んじゃな」
「お待ちください、王よ」
頭を下げたまま、甘粕冬馬は言葉を続ける。
「ご挨拶と、少しばかりの確認がございます」
「確認だァ? んだよ」
不機嫌そうながらも、特に威圧などはせずに燈也は甘粕の言葉を促した。
拒絶はされていないと知り、甘粕の中にひと握りの安心が生まれる。
「七人目の王、草薙護堂様とのご関係についてです。彼の王と貴方は知り合いであると聞き及んでおりますが...敵対関係ではない、と認識してよろしいのでしょうか」
甘粕、ひいては正史編纂委員会及び日本国内の呪術関係者が最も危惧していることが、王同士の敵対だった。
敵対していなかったとしても、日本という島国に突如二人の魔王が顕れたことは由々しき事態だ。
正史編纂委員会は、既に草薙護堂という魔王を担ぎ上げる準備を整えていた。万里谷祐理という日本屈指の姫巫女を遣わし、魔王に取り入ろうとしている。多少の不安因子があるとはいえ、ほぼ順調にことは進んでいると言ってもいい。
しかし、そこに大きすぎる問題が転がりこんできた。それが、八人目の王が誕生したという特大速報である。
今日本が担ぎ上げようとしているのは草薙護堂だ。しかし、それに新たなる王が腹を立ててしまったら。カンピオーネ同士の争いなど、小さな島国が滅んでしまうには十分すぎる終末戦争だ。
幸いというかなんというか、草薙護堂本人にはまだ王として君臨するという欲望はない。とすれば、仮に佐久本燈也が王として君臨したがっているとすれば、委員会としては鞍替えも辞さないところだった。
その場合は、草薙護堂を赤銅黒十字にでも丸投げすればいいと思っていたのだが...その考えは杞憂に終わる。
「別に、心配しなくても護堂のやつと争ったりはしねーよ。護堂に代わってお前らの王になる気もない」
しっしっ、と右手を振りつつ燈也は答える。
表情一つ変えようとしない甘粕だったが、内心は安堵でいっぱいだった。もし草薙護堂と佐久本燈也が敵対する流れになっていれば、自分の命すら怪しい。胸を撫で下ろしたい衝動をなんとか抑え込み、甘粕は再度一礼する。
それを見届けた燈也は、今度こそ話は終わりだとばかりに踵を返した。
目的地は浅草。もんじゃを食べようと腹を空かせる。
そんな燈也の背中に、またもや甘粕の待ったの声が当てられた。
「最後に一つ、一応のご報告があります」
「あ?」
二度も歩みを遮られたことで苛立ちを
「近日中、この日本に危機が訪れます」
「危機ぃ?」
「《星なき夜の予言》というのはご存知でしょうか?」
『彼の神が真の姿を取り戻す時、星なき夜が全ての空を覆い、世界は冥府へと誘われるであろう』
天の位を極めた魔女、アリス・ルイーズ・オブ・ナヴァール。通称プリンセス・アリスの予言である。
彼女の予言は百発百中。外れたことがない。
その予言のキーアイテムであるとみられる物が、ここ最近で日本国内に持ち込まれたのだと甘粕は言う。
そのキーアイテム...ゴルゴネイオンという単語を聞き、燈也が思い浮かべたのは護堂が持っていた蛇の描かれた小さな石碑だ。奇妙な気配を纏っていた呪具は、燈也の記憶に僅かながら留まっていた。
「世界が冥府へと誘われる...つまりは滅ぶってか」
「そういうことだと思われます」
なんとも穏やかではない話だ。
ふむ、と燈也は考える素振りを見せる。
「この話は、別の者が草薙様にもお伝えしています」
「ふーん...」
「現在、我らの王は草薙護堂様です。ですので我が国の危機に立ち向かう義務は草薙様にあり、貴方様にはございません」
「だからお前は引っ込んどけ、と。そう言いたいのか?」
「滅相もございません。私共がお伝えしたいことは、近いうちに神の襲撃がある、という予言についてです。実際に戦うかどうかは貴方様次第。まぁ我々としては、護堂さんと共に戦ってくれると勝率が上がって助かるのですが」
意外に取っ付きやすいと感じたのか、甘粕の態度は徐々に軟化していく。
相手の態度がフランクな分には特に苛立ちも感じない燈也は、ふむと再度考える仕草をした。
「分かった。まぁ状況によりけりって感じだが、その星なき夜とやらの予言の神が攻めてくるってんなら戦ってやる」
そう言い残し、今度こそ燈也は歩き出した。
世界の終わりがいつ襲ってくるのかは知らないが、今大事なのは浅草観光。もんじゃが燈也を待っている。
* * * * *
数日後。
寝起きの体に冷たい牛乳を流し込み、テレビを付ける。
テレビには朝のニュースが流れていたが、昨日起こった立てこもり事件だとか、日経平均株価がどうとか、特に燈也の興味をそそるような内容の報道はない。
そんなとりとめのないニュースをBGM代わりに、燈也は朝食でもあるコーンフレークを咀嚼した。
基本的に朝は和食派の燈也だが、昨日たまたまコンビニでコーンフレークを見つけ、久しぶりに食べたくなったのだという。
「.....さて、そろそろかな」
食べ終わった燈也はグゥーっと伸びをし、膝を叩いてから立ち上がる。
窓から外を睨み付けるように視線をやると...遥か遠方、常人では視認できない程の距離に、一人の少女が舞い降りた。
十歳やそこらの、とても幼い容姿の少女だ。
日本の中高生が着ている制服のような衣服を身にまとい、頭にはまるで猫や犬の耳のようなシルエットのニット帽を被っている。
髪は白銀に染まり、瞳は深い蒼。肌の色は白いが、それの与える印象は不健康なものに思える。
あれは神だと、燈也の本能が告げていた。
それと同時に、あれは自分の敵ではないとも告げている。
「(あっちは護堂がなんとかすんだろ。あいつが狙ってるゴルゴネイオンとかいうのも護堂が持ってんだし)」
それより、と燈也は目を閉じた。
ゆっくりと意識を落とし、周囲の気配を探る。
「(あの幼女女神の近くに護堂と...あとエリカか。少し離れたところにちょっと強い気配が二つあるけど、こっちはエリカと同等。人間だな。ん? なんだ、ゴルゴネイオンはそっちにあるのか)」
燈也の頭の中には、ソナー画面のような図が浮かび上がっていた。
周囲にある気配を検出し、大雑把な地図を構築する。
「.....きた」
ふと、燈也は呟いた。
燈也の意識の先は、ゴルゴネイオン。
その近くに、燈也の《敵》が顕れた。
《敵》を感知した燈也はホテルの窓をこじ開け、そこから飛び降りる。
数メートル落下したのち、宙に足場を作り、壁とほぼ直角に跳んだ。
時速数百キロメートル。ジェットコースターよりも速く空を翔ける燈也が、ゴルゴネイオンの元に辿り着くのには数秒あれば十分だった。
まるで隕石が如く、舗装されたアスファルトを撃ち砕く勢いで着地する。
小規模なクレーターを作り出した燈也は、舞い上がった粉末を右腕の一振りで薙ぎ払う。
「よぉ。お前が俺の《敵》だな?」
不敵に熾烈に大胆に。
極東の島国の小さな街で、《敵》を見据えた魔王は悠然と君臨する。
* * * * *
時間は僅かに遡る。
とある魔王の命令で呪具ゴルゴネイオンを奪取しにわざわざ日本にまで赴いたリリアナ・クラニチャールは、かつての顔見知りである万里谷祐理と対峙していた。
「ゴルゴネイオンを渡せ、万里谷祐理」
威圧するように告げるリリアナの目は、酷く冷めている。
そこに感情はない。ただ命令された通りに作業する、そう言わんばかりの目だ。
そんな眼光を向けられた少女、万里谷祐理は一歩後退する。
「リ、リリアナさん...!? ダメです! これは今から封印しなければならないのです!」
「封印...? 貴女如きの封印が、神に通じるわけが無いだろう」
「それでも.....やらなければなりません!」
リリアナにはどう足掻いても敵わない。
そう分かっている裕理だったが、意地でもゴルゴネイオンを渡すつもりはなかった。
「(約束したんです...! 護堂さん達がアテナを足止めしている間に、私が封印すると!)」
ギュッとゴルゴネイオンを抱きしめる裕理は、また一歩後ずさる。
裕理の意志を感じ取ったリリアナは、仕方がないと嘆息する。
「分かった。ならば力づくで──」
「ふむ。そこな呪具、それは《蛇》か」
ふと、そんな声がした。
「ッ!!!」
心臓を殴られたかのような衝撃が、リリアナを襲う。
「ほう? 嫋やかな乙女の手には似合わぬ武具だ」
真剣を向けられているにも関わらず、声の主は不敵に告げる。
若々しい男の声だ。よく通るその声は、まるで劇場にいるかのような仰々しさを感じさせる。
そこで、ようやく裕理が声の主の姿を視認した。
「あなたは.....」
「よくぞ聞いた、乙女よ!」
その白銀のマントを翻し、山吹色の髪を風に靡かせ、男は高らかに名乗りを上げる。
「我が名はペルセウス! 竜狩りの英雄、《鋼》を冠する神である!」
なんとも仰々しい名乗りだ。
だがそんなことは彼女らの頭には入ってこなかった。
彼女達が理解し、そして恐れる事実はただ一つ。
「まつろわぬ...ペルセウス神...!」
「そんな...アテナのほかに、もう一柱...?!」
人間にとって、それは紛れもない厄災だ。
気分一つで国を滅ぼし、気まぐれで人間を蹂躙する。人間では太刀打ちできない、太刀打ちすること自体が間違いだ。
そんな絶対の存在が今、目の前に顕現した。
「名乗りは上げた。次は、我が武勇を示す番だ! さぁ乙女よ、その呪具を────」
何かが飛来してきた。
突如鳴り響いた爆音に、神の言葉が遮られる。
隕石でも降ってきたのかと思うほどの衝撃に、裕理は尻餅をつき、リリアナは顔を覆った。
粉々になったアスファルトが舞い上がり、そして薙ぎ払われる。
爆心地にいたのは、一人の少年だった。
裕理やリリアナと変わらない年頃の、日本人らしき少年だ。
少年はリリアナや裕理など気にも留めず、ペルセウスのみを睨むように見据える。
「よぉ。お前が俺の《敵》だな?」
たったそれだけの言葉だ。
その言葉に、少女らは畏怖を覚えた。
その感覚を、二人は知っている。幼き頃から刻まれた恐怖の象徴──魔王の風格を少年に見たのだ。
たじろぐ二人とは違い、ペルセウスは余裕を崩さない。
一瞬だけ困惑に支配された彼だったが、そこはさすがの英雄神。自分に見合った相手が現れたことに喜びすら感じていた。
「キミは只人ではないな? そうか、当代の神殺し、その一人か」
ゴルゴネイオンから意識を切り、対象を突然の乱入者へと向けるペルセウス。彼の目には、闘争心と呼んで然るべき感情が渦巻いている。
「如何にも! 我が名はペルセウス、《鋼》の英雄である!」
「! へぇ...ペルセウス。ペルセウスか。偶然にしちゃあできすぎだな」
僅かに目を見開く少年は、すぐに腰を落として構えを取った。
「こっちも名乗っといた方がいいか? 蛇殺し」
「そちらの方が場が映えるであろう。尋常に名乗れ神殺し! その名乗りをもって、開戦の狼煙と成そう!」
どこからか太刀を召喚し、構えるペルセウス。
宣言通り、相手の名乗りを待つ姿勢を見せている。
「んじゃまいっちょ.....箱庭第七桁、2105380外門《ヨグ・ソトース》リーダーにして、神殺しが一角、佐久本燈也だ。よろしく頼むぜ、ペルセウス!!」
言い終わるが早いか、魔王と神は激しくぶつかり合う。
災害と厄災、神話の体現。人間の立ち入る隙など与えぬ激突が、とある下町で繰り広げられようとしていた。
* * * * *
「フハハハハハ! 良いぞ神殺し、それでこそ私が打倒すべき相手に相応しい!」
ペルセウスの愉快そうな声が響き渡る。
実に楽しそうな彼だが、その身は傷で溢れていた。
白銀だった衣服は血と土で汚れ、マントは既に消失している。端正な顔には殴打された痕が残っており、痛々しいことこの上ない。
さらに極めつけは、彼の左腕だ。あらぬ方向へ曲がったその腕は青紫に変色しており、すでに腕としての役割を果たしてはいない。
そのせいで、彼の得意とする武具であり切り札でもあった弓は使用不可になってしまった。
加えて、彼はヘリオスの神力──『太陽』に由来する不死性の能力をすでに一度使用してしまっていた。もはや後がない、そんな状態である。
「ハッ! 言ってろ蛇殺し、すぐに踏み砕いてやるよ...!」
対する燈也もまた、満身創痍だった。
切り傷が身体の至る所に刻まれており、中には黄色い脂肪や桃色の肉が覗いている箇所もある。
血はだくだくと流れ、常人であればすでに死に至っている出血量だ。
幸い四肢は繋がっているものの、疲労や失血で十全に動かせる状態ではない。
そしてその中で最も致命傷になり得るものが、右胸の風穴だった。
ペルセウスの左腕をへし折る際、代償として弓矢で穿たれたのだ。
血で血を洗う壮絶戦。
互いに瀕死手前でありながら、意地と根性で見栄を張り合っている。
「しかし神殺しよ、解せぬな。ああ、解せぬ。キミはなぜ、権能を使わない?」
吐血を右手の甲で拭いながら、ペルセウスは燈也に話しかける。
ペルセウスという神は、呆れるほどに見栄を気にする性分らしい。如何に自分が窮地に立たされようとも、その尊大な態度は崩さない。
「どォでもいいだろ、んなこたぁよ」
燈也も燈也で、強気の姿勢を保ち続ける。
燈也が権能を使わないのは、何も余裕の現れなどではない。単に『使えない』のだ。
「キミの権能は理解している。ああ、言われずとも“識っている”。その神格は《蛇》...そしてこの感覚は、海獣ティアマトだな?」
ペルセウスという英雄は、バビロニア神話に於ける嵐の神王マルドゥクをルーツとする神だという説がある。
マルドゥクは、新世代の神々に牙を剥いたティアマトに立ち向かった英雄神だ。創世神話の主人公たるマルドゥクは、その戦いにてティアマトとその仔たる魔獣達を討っている。
その記憶があるのか、はたまた《蛇殺し》としての直感か。
どちらにせよ、ペルセウスは燈也の宿す神格を見破っていた。
だからこそ、ペルセウスは弓での攻撃手段を失ったことに若干の焦りを感じている。
神話に於いて、マルドゥクはティアマトを討つ際、“弓矢で心臓を穿った”のだ。
左腕を壊される際に苦し紛れで放った矢は燈也の右胸を貫通したが、それは心臓ではない。心臓を射抜く前に弓矢という武具を失ってしまった以上、神話の鎖による有利性は失われたと言ってもいいだろう。
「無駄口叩いてんなよ、色男。歯ァ食いしばってろゴラァ!!!」
条件の不成立で権能を使えない燈也は、己を奮い立たせる意味で咆哮し、地面を踏み砕いて突貫する。
互いに飛行手段は持ってはいるが、今やそんなことをしている余裕はない。故に、肉弾戦になれば回避はほぼ不可能。相手の攻撃を受け、流し、反撃するのみ。
拳と剣戟の交差が暫く続いたあと、膠着は崩れた。
燈也の剛拳がペルセウスの左頬を捉えたかと思えば、ペルセウスは受け流すように回転し、その勢いを殺さずに燈也へ凶刃を振るう。
迫る太刀の腹を裏拳で払い、空いた胴へ震脚からの頂肘を見舞う。ペルセウスは後ろに跳ぶことで威力を殺すが、それだけではノーダメージともローダメージともいかない。内臓に届く衝撃を感じつつ、飛ばされる前に太刀を振るって燈也を斬りつけた。
「ガブァッ!!」
「っ、チッ!」
耐えきれず吐血するペルセウスと、浅いながらも傷を負い血を流れさせられた燈也。
互いに傷は負ったが、今回の競り合いは燈也に分があった。
たった一つの有効打が、今の二人には死に直結する致命傷だ。
民家を粉砕しながら飛ばされたペルセウスは、ふらつく足でなんとか立ち上がる。
対する燈也も、足取りは千鳥に近く、その視界はボヤけてしていた。血が足りないのだ。動くたびに右胸から血が流れ出る。命が零れていく。
いくら生命力が桁違いだといっても、血が無くなれば生き物は死ぬ。燈也も決して例外ではない。
「(...っ、早く...決着、つけなきゃ...)」
痛みはすでに無い。
右胸の風穴が違和感を感じさせるが、そんなことに構っていられるほどの余裕はなかった。
「う、ぉ、ぁぁあああぁぁぁぁあああぁあ!!!!!!!!」
それは、獣の咆哮だった。
無意識に出てきたその叫びは、燈也に力を与える。
失われていく血を無視して、燈也は決死にペルセウスへと向かっていった。
「フ、フハ、フハハハハハ!!!! 良い! 良いぞ神殺し...いや佐久本燈也! 汝が蛮勇、汝が業! キミに英雄の資格はないが、この私に比肩する! だが負けぬ。私とて英雄、私とて神! 苦境に打ち勝ってこそのペルセウスだ!!!」
震える足に鞭を打ち、ペルセウスも燈也へと向かっていく。
そこに駆け引きなどはない。余計な思考の余地はない。
五秒後の生存のみを勝ち取るために、両者は己が全てをかけて立ち向かう。
衝突する拳と太刀。
拮抗するかに見えたそれは、しかしながら長くはもたない。
燈也の右腕が裂かれる。この撃ち合いはペルセウスの勝利だ。
しかし────
「...ゴボッ.....ふ、ふは...見事だ、佐久...も、と.......」
燈也の左腕が、ペルセウスの胸を貫いていた。
心臓を穿った一撃は、さしもの神でも耐えきれない。
粒子となり消えゆくペルセウスは、最期まで笑っていた。
それこそが英雄のあるべき姿だと言わんばかりに、それこそがペルセウスがペルセウスたる所以だと示さんばかりに、彼は最期まで《英雄ペルセウス》で在り続けたのだ。
「.......っ、.............」
消えゆくペルセウスへと、燈也は何か言葉を紡ごうとする。
だが、それは叶わない。燈也の体はとっくに限界を超えていた。生きているのが不思議なレベルだ。
戦闘が終わったことにより、徐々に痛みという感覚が燈也に戻ってくる。
それらを押し殺し、燈也はペルセウスを見つめる。
彼が消えゆくその瞬間を、燈也は虚ろな目で眺めていた。
* * * * *
燈也が目を覚ますと、そこは白の世界だった。
「ここは.....」
見渡す限りの白に、燈也は既視感を覚える。
今まで忘れていた情報が蘇ったことを認識するとほぼ同時。
蘇った記憶の一片にある声が、燈也の耳を刺激する。
「あのさ、燈也。こんなこというのは何なんだけど、さすがに死ぬの早くない?」
見覚えのある、少女のような女神。
パンドラがそこにいた。
「.....パンドラか」
「ママよ、ママ。百歩譲ってお母様」
相も変わらずあざとい女神から視線を外し、燈也は頭に手をやって考え込む。
はて、自分はなぜこんなところにいるのだろうか? と。
そして思い出す。さすがに死ぬの早くない? というパンドラの言葉を。
「...なるほど、また死んだのか」
「そっ。まぁ正確には限りなく死に近い瀕死、ってとこだけど〜。今回はペルセウス様を真っ向から打ち破ったし、儀式のお陰で完治できる。でーもっ。あんまり無茶しちゃダメよ?」
「生き返れるなら問題ないだろ」
「大アリだよぅ! 子供が傷付くところを見たい母親なんていないんだからっ」
ぷんぷん、と口に出してしまうパンドラをどこか痛いものを見る目で見下ろす燈也。
そんな彼の目に気づいていないのか、パンドラは言葉を続ける。
「でもまさか、あの竜殺し、《鋼》の神格を持つ英雄を倒しちゃうなんて! ティアマト様は竜、つまり《蛇》の神格。《蛇》は《鋼》に.......ない。だ.......す.....」
パンドラの声にノイズが走る。
ノイズが大きくなるにつれ、燈也を頭痛が襲った。
この感覚を燈也は知っている。この白の世界から離脱する前兆だ。
頭痛に耐えきれずに足元をふらつかせた燈也の頭を、パンドラが両腕で包み込んだ。
「つまり! 貴女は凄いってこと! 自慢の息子よ、燈也! これからもじゃんじゃん《鋼》を打ち砕きなさい!」
何それ意味わかんない。
薄れゆく意識の中、燈也はパンドラの言葉に首を傾げ続けた。
手抜きじゃないよ、ほんとだよ。
戦闘シーン描写するの大変だなって思って省いたわけじゃないんだからね。
ちなみになんですが、オリ主くんが使ってる『宙に足場を作る』ってやつ、あれはグリー(サウザンドアイズの鷲獅子)を見て勝手に習得した技術です。なんでもありかよなんて罵らないでください。『オリ主準最強』のタグ付けてるから許して...許して...
《勝利運ぶ不敗の太陽》
自称ペルセウスより簒奪した第2の権能。詳細不明。