陽の落ちた東京の街は、暗雲に見下ろされていた。
夕方までの快晴はどこへやら。嵐の予兆を見せる黒雲は、時折紫電を走らせる。
東京都内の某高級ホテルの一室に、彼はいた。
彼は老人だ。顔中に刻まれた皺が、彼の培ってきた膨大な時を物語っている。
だがその老人は、ただ耄碌し、余生を静かに過ごすだけの枯れ木ではない。
その身なりは大学教授を思わせるほど毅然とし、闇夜に輝く白銀の髪は乱れることなくしっかりと撫で付けられている。豊かな髪とは裏腹にその髭は綺麗に剃られ、落ち窪んだ眼窩に特有のエメラルド色の瞳が妖しく光っていた。
三百年を生きる最古の魔王にして、欧州で最も悪名高き魔王の中の大魔王。
サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。
かつて戯れに簒奪した位階と領地にちなんで、ヴォバン侯爵と呼ばれるバルカンの怪物だった。
当代のカンピオーネとしては正真正銘最古の神殺しであり、神殺しとなった数年間の内に傭兵魔術師団の殲滅、『智慧の王』という老カンピオーネや神の軍勢との激戦といった様々な偉業を成し遂げた生ける伝説。
彼の持つ経験、そして長年のうちに簒奪してきた数々の権能。
それらを踏まえた事実として、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバンはまさしく “最強” である。
そんな災厄のいる部屋のドアが、ノックも無しに開かれた。
「爺さん。あんたがヴォバンだな?」
招いてはいないが予期はしていた客人に、ヴォバンは壮絶な笑みを浮かべる。
「名乗りたまえ、少年」
まるで大学見学にきた高校生へ声をかける教授のように、ヴォバンは静かに語りかけた。その裏に、訪れるであろう闘争への期待が込められている。
名を聞かれた少年は臆することなく、むしろ溢れ出る闘志を愉楽の表情へと変えてヴォバンにぶつけた。
「佐久本燈也。あんたの愛人を奪いに来た」
* * * * *
時は少しだけ遡る。
気絶してしまった祐理を看病する護堂やエリカと別れた燈也は、彼が借りているホテルの一室にいた。
そこにはもちろんリリアナの姿もある。
「い、一体どういうおつもりなのですか!? 卿に喧嘩を売るなど自殺行為にも等しい行為なのですよ!?」
彼女は先程から収まらない困惑と疑念をぶつける。
彼女の中には、既に燈也への恐怖心はほとんどない。闘争を求め、周囲を顧みない非道な王ではないのだという認識を持ったからだ。
「どういうつもりも何もな。どの道戦うハメにはなってたと思うが?」
備え付けの冷蔵庫から取り出したプリンを片手に、燈也はリリアナが何を焦っているのか分かっていないかのように答える。
否、彼女が焦る理由は分かっていた。分かった上で、己の勝利を信じて疑わない燈也は全く気にしていないのだ。
そして、ヴォバン来日の理由をリリアナから聞いていた燈也は、いずれは
ヴォバンの来日理由は、例の《星なき夜の予言》の神。つまりアテナだった。
そのアテナはつい昨日護堂が追い返してしまったし、彼女に応じるように顕現した
獲物を横取りされたヴォバンは、新しく神を招来しようと企てた。祐理などの能力者を集め、生贄とすることでまつろわぬ神をこの地に喚ぼうと画策していたのだ。
ヴォバンが求めているのは、血湧き肉躍る闘争だ。
それを満たす為なら自らの世界を壊しても良いとさえ考えている狂戦士、それがヴォバンという魔王の性質だった。
「話聞く限りじゃ、お前だって万里谷祐理ってやつを傷付けたくはないんだろ?」
「そ、それはそうですが...」
「だったらこっちから仕掛けるしかねぇ」
「それはおかしい! まだ酔っているのですか!?」
プリンを食べ終え、燈也はポットで沸かした温かいお茶を淹れる。
リリアナの分も用意し、ついでにホテルに帰ってくる途中で買ったサクラ型の和菓子なんかも出した。いろいろと充実している部屋である。
「まぁそれ飲んで落ち着け、クラニチャール。ほら、菓子だ」
「甘味なぞで私を御せるとお思いか!」
「和菓子ガン見してやきゃかっこいいセリフだったのかもなぁ」
ペリペリと包装を破り、燈也はその和菓子を丸々口の中に放り込む。
その和菓子はサクラの形をしていた。サイズは原寸程度、少し遠くから見たら本物に見えてしまうくらいには精巧な作りだ。
外のサクラの花を型どった桃色の部分は白あんに塗料を練りこんだ物で、中にはこし餡が詰まっている。いわゆる練り切りだ。
燈也が聞く耳を持たないと諦めたのか、はたまた和菓子の誘惑に負けたのか。
一本に束ねられた銀髪を跳ねさせていたリリアナは、大人しく机の前に座って茶と菓子を口に運ぶ。その顔は実に至福に満ちていた。
「さて、まぁ敵さんの居城に攻め入るのは日が暮れてからにするとして...まずは情報だな。敵を知り己を知れば百戦錬磨ってよく言うし」
クシャッと和菓子を包んでいた透明な包装を握りつぶし、ゴミ箱へシュートする。吸い込まれるように黒い箱へと消えていった包装はすぐさま記憶から消え去り、視線をサクラの花弁をちょこっとハムっているリリアナへと向けた。
片手で持てる小さな和菓子を両手で持っている辺り中々あざといなこいつ、などと思いながらも、燈也の思考はヴォバンの能力へとシフトしていく。
「クラニチャール。知ってる限りでいい、ヴォバンの権能を教えてくれ」
「んぐっ」
急いで口の中の和菓子を飲み込み、ついでにお茶で潤いを取り戻したリリアナが改めて口を開く。
「侯爵の権能は五つ。《貪る群狼》、《死せる従僕の檻》、《疾風怒濤》、《ソドムの瞳》、《冥界の黒き龍》。いずれも詳細は定かではありませんが、強力無比な代物と言って良いものばかりです」
何だかんだで、彼女は燈也がヴォバンと戦うための手助けをしている。
それは思春期からくる祖父への反逆心か、それかヴォバンという狂老人の愛人にされる事へと不満か、あるいはそれらの境遇から自分を救おうとしてくれる王子様(笑)への冀望か。
どれなのかは本人にすら分かっていないが、とにかく今のリリアナは大分饒舌だ。
「五つか...ちょっと多いな。海に引きずり込めれば勝率もあがるんだが」
ほかに未知の権能があっても不思議ではない、というのが燈也の考えだ。
相手が長年欧州の王として君臨してきているのなら、その程度のことは視野に入れるべきだ。情報とは力であり、それをいかに隠匿するかが自身の勝利への鍵となる。
地図を取り出し、リリアナから聞き及んだヴォバンの滞在先に赤丸を書き込む。
「(海までの距離は...最短でも十キロくらいか。ちょっと遠いな)」
なぜ燈也が海を戦場にしたがるのか。
ティアマトから簒奪した権能の使用条件が関係してくる。
その条件とは、彼の体の一部が海に触れていること。ただでさえ権能の数ではヴォバンに軍配が上がる。少しでも有利な条件で戦闘をしたいと思うのは当たり前だ。
しかし、誘導することに拘ってしまうのもよろしくない。
倒すことが最優先事項なのだから、そこを履き違えてはいけないのだと燈也は考える。二兎追うものはなんとやらだ。
「(誘導は「できれば」でいい。流れで海に出ることがあればラッキーとか、そのくらい)」
そのほか、戦場になるであろう地の構造をある程度頭に叩き込み、リリアナから分かる範囲でのヴォバンの権能を学ぶ。
その時点で、周囲は闇に包まれていた。
ただ日が落ちただけではない。昼には見られなかった黒雲が、空を覆っている。
「さて、魔王対魔王の決戦にはちょうどいい天気だな。...クラニチャール、お前はここで待ってろ」
「なっ!?」
燈也の意見に異を唱えようとするリリアナだが、それは燈也の続いた言葉によって阻まれる。
「さっき聞いた《ソドムの瞳》。俺にゃ効かんだろうけど、お前には致命だ。お前を奪いに行くのに、お前に死なれちゃたまらない」
キッパリと言い放つ燈也は、ゆっくりと立ち上がった。
今からヴォバンのいるホテルへと殴り込みに行くのだろう。
そんな燈也の前に、リリアナは立ち塞がる。
いや、立ち塞がるとは少し違う。
リリアナはその場に跪き、燈也の行く手を塞いでいた。
「外出たいんだけど。そこどけ」
「.....それは出来ません、
王、と。
燈也を呼ぶその呼称は、しかし今までとは意味合いが違った。
それはリリアナの顔を見れば明らかで、彼女は決意を固めた、強かな表情で燈也を見つめる。
「──《青銅黒十字》、大騎士リリアナ・クラニチャール。只今を以て御身こそを我が件の主とし、非才なる身と忠誠を捧げます。我が主よ、私を...貴方の騎士を、御身のお側にお置き下さい」
無言のままの燈也へ、リリアナは更に続ける。
「我が身は御身の剣。騎士として、主と共に戦う覚悟、そしてそれに足るべき技量を持っていると自負します」
言葉に力が籠る。
成り行きはどうあれ、彼は人間を...リリアナを助けるために立ち上がった。それなのに、自分だけが安全な場所にいることなど、彼女に耐えられるようなことではない。
騎士として、剣を捧げるべき主を変えるというのは相当のことだろう。
その覚悟を、騎士ではない燈也に計り知ることはできない。
しかし、燈也の下す決断は一つである。
「分かった。着いてこい、リリアナ。狼狩りだ」
「っ、はっ!」
* * * * *
「あんたの愛人を奪いにきた」
ヴォバンの居城である某ホテルに赴き、守護していたアンデットを蹴散らしてヴォバンのいる部屋に殴り込んだ燈也は、不敵にそう言い放った。
しかし、内心は穏やかではない。ヴォバンを見たその瞬間から、彼の警戒レベルは数段飛ばしで駆け上がっていた。
「(...おいおい。化け物かよ、この爺さん)」
ペルセウス程度であれば、恐らくほぼ無傷で勝利を収められるだろう。
そう燈也が確信するほどに、その老人は絶大だった。
ヴォバンの瞳が、燈也の後ろに侍るリリアナを捉える。
「...ほう? どうしたクラニチャール、仇敵と共にいるようだが?」
ヴォバンの言葉に、リリアナの肩が恐怖で跳ねる。
しかし、今更逃げれなどしない。意を決し、目に確固たる意志を灯してヴォバンを見据えた。
「リリアナ・クラニチャール! 誠に勝手ながら、お役を返上させていただきます!」
リリアナの宣言に、ヴォバンは意外そうな顔をする。
「...愛人を奪う...おお、なるほど、なるほど。つまり、貴様はこう言いたいのだな? 佐久本燈也。リリアナ・クラニチャールを、私の優秀な所有物である魔女を奪う、と」
実に愉快そうに老人は嗤う。
下等な存在を見る目で、燈也を見下ろす。
「──三流だ。が、しかし。その目はいいな、小僧。己の勝ちを信じて疑わない、愚直な目だ。戦士とは、王とはそうでなくてはならん」
ククと笑うヴォバンは、数体の狼を召喚した。
野生のものよりも二倍ほど大きな巨躯を誇る狼達は、剥き出した牙をチラつかせて燈也達を威嚇する。
「我々カンピオーネは、生涯の敵と見定めて戦い抜くか、不可侵の同盟を結ぶ以外にない。それでもキミは、私と事を構えるというのかね。このヴォバンを生涯の敵として人生を送ると? いや、我が敵となるのであれば、明日の日の目すら拝むこと叶わぬ。それでも、私に挑むか? 少年」
ヴォバンの翡翠色の瞳が、一際強く輝いた。
窓ガラスが強風に打たれる。ヴォバンの意思に呼応するように、天気が徐々に荒れてきているらしい。
最凶の魔王に呑まれることなく、燈也は全てを跳ね返す。
「当たり前だ。お前程度に負けるようじゃ、俺は上へは登れない」
確かにヴォバンは化け物だが、たかが化け物程度に負けてやるほど、燈也の目標は低くはない。
彼は見てきたのだ。白夜叉という本物の“バケモノ”を。彼女に勝つことこそが燈也の目標なのだから、ヴォバン程度に手こずっている場合ではない。
ヴォバン相手なら十六夜でも勝利を収められるだろう。そう確信した燈也の心には轟々と音を立てて炎が灯っていた。
意識が深い海に落ちていく感覚。嫌悪感はない。視界が広くなり、思考がクリアになる。カンピオーネ特有の、闘争心に応じてコンディションが己のスペックを越えて優れていく現象だ。
殺られる前に殺る。
先制を仕掛けようとしていた燈也を、ヴォバンの一つの提案が止めた。
「吠えたな、小僧。その意気や良し。だが、ただ戦うのではあまりにつまらん。貴様にハンデをくれてやろう」
「ハンデ?」
「そうだ。普通に戦えば、私の勝ちは見えている。それでは面白くないだろう。これはゲームだ。ゲームには敗北の可能性というスパイスがなくてはならない。そうだろう?」
ヴォバンの言い草に腹を立てる燈也だが、わざわざくれるというハンデとやらを突っ撥ねることはないと怒りを堪える。
ハンデがなくとも勝つ気は満々だが、貰って損をすることはない。
カンピオーネとは、強者でなく勝者だ。強い弱いの次元で彼らを語ることはできない。燈也もまた例に漏れず勝者であり、そうあることに執着している。
要するに勝てば官軍なのだ。
「好きにしろ。どの道勝つのは俺だ」
「フハハ、その減らず口がいつまで叩けるか見物だな。...そうだな、ルールを設けるとしよう」
「ルール?」
「そうだ。ルールは簡単、夜明けまでに私は貴様を殺す。夜明けまで生き残れば貴様の勝ちとする」
「夜明けまでにあんたを殺したらどうなる?」
「まず有り得んが.....そうだな、それも勝利条件に加えるとしよう」
「よし、乗った」
言うが早いか、燈也は全力で床を蹴った。
神速という時間操作ではなく、純粋な速度でヴォバンに迫る。それは第三宇宙速度には及ばない。が、音速に匹敵する超速度だ。
不意を突かれる形となったヴォバンはそれに反応できない。油断と慢心も
取り残された数匹の狼を屠りつつ、燈也はヴォバンを飛んで行った方向を睨む。
本来なら、今の一撃でケリを付けたかった。が、しかし、そう簡単に事は進まないらしい。
脊椎は完全にへし折ったし、胴はきっと繋がっていないだろう。山河を砕く拳をその身に受けたのだ、いくらカンピオーネといえども五体満足とはいかない。
しかし燈也は確信していた。敵は健在であると。未だ燈也に降りかかる圧力が、ヴォバンが生きているという証拠にほかならない。
「先制は成功したけど...後を追うか」
風穴の空いた壁へと歩む燈也の背中を、リリアナは呆然と眺めていた。
「(魔王の強さは知っていた。知っていたが...これほどか...!)」
自分なりの覚悟を持って、彼女はこの戦いに臨んでいた。騎士としての忠誠を誓い、
それがどうだ。王は強い。自分など足元にも及ばないほどに、最凶最古の魔王に正面から喧嘩を売れるほどに、強い。
目の前にいるのは、正真正銘の“怪物”だ。
「(これでは、私の力など無くとも.....)」
分かっていたはずだった。自分と彼らを
しかし、現実は彼女の想像を絶していたのだ。谷は海よりも深く、壁は天よりも高い。決して越えられないモノがそこにはある。
落胆し、絶望する。
彼に自分の力は必要ないと、自分の入り込む余地などないと。
そう気の抜けたように立ち尽くす彼女を、王は拾い上げた。
「ボサっとしてんな、リリアナ。さっさとあの爺さん追いかけるぞ」
「.....しかし、」
「しかしじゃねぇ。着いてくるっつったのはお前だろ。爺さんが召喚する狼やアンデット、あいつらの相手をしてくれ。俺は爺さんの相手をする」
そういう燈也の目は、リリアナをしっかりと見据えていた。
路傍の石を見る目ではない。リリアナという個人を見ている、意味のある目だ。
そんな目に、リリアナは少しだけ救われた気がした。
小さな自尊心を取り戻し、彼女は燈也の元へと駆ける。
「...ありがとう、ございます」
「何の礼かは知らねぇが.....まぁいい。ちょっとだけ目ぇ
そう言い、燈也は深呼吸を一つする。
燈也の言葉に素直に従うリリアナが目を塞いだことを確認し、燈也は言霊を紡いだ。
「《天を翔けるは我が威光。我は常に空に在り、全ての勝利を掴む者なり》」
嵐の夜に、極光が顕現する。
瞼を瞑って尚、リリアナの目を焼く強い光が、夜の東京に降り注ぐ。
「もう目開いてもいいぞ」
燈也に言われ、リリアナは両の目を開いた。
白く焼かれた視界だが、徐々に光に慣れて回復していく。
そんなリリアナの瞳に、光の正体が映った。
「これ、は.....」
太陽と見間違うほどの光の先にあるのは、とある馬車。
四頭の馬が引く、太陽の戦車である。
「乗れ。一気に爺さんとこまで行くぞ」
馬車に乗り込み手網を握る燈也は、真っ直ぐ前だけを睨んでいた。
燈也は直感しているのだ。見えこそしないものの、その先にいる老人が力を奮う準備をしていることを。その力が、己の想像を越える力を秘めているかもしれないということを。
「それでも、勝つのは俺だ」
獰猛に嗤う燈也は、馬車にリリアナが乗り込んだことを確認した後、力強く手網を打った。
* * * * *
「くっ.....」
東京のとある港に沿って立ち並ぶ工業地帯。
そこに、ヴォバンはいた。
彼の体は五体満足であり、傷すら負っている様子はない。
山河を砕く一撃を食らって尚も無事.....というわけでもないようだ。
「あの腕力...小僧の権能の一つか? 身体能力向上系の能力とは、地味だがしてやられた」
ヴォバンは一度『死んだ』。
星を揺るがすほどの一撃はヴォバンの体を貫通し、内臓から崩壊させていった。探せば、彼が飛んできた直線上のどこかに、彼の
ヴォバンの権能は強力無比だが、本人の防御力はそうでもない。神すら粉砕する燈也の拳をモロで食らってしまえば、当たり前のように死ぬ。
そんな彼が今五体満足で立っているのは、権能の力によるものだ。
彼が古代メソポタミアの地母神イナンナから簒奪した権能《冥界の黒き龍》。龍の不死性により、ヴォバンはその身が例え灰になったとしても復活することができる。
しかし、その代償には大量の魔力が必要となる。消費した魔力が回復するまでに一、二ヶ月は要するというほどの大量消費だ。
まさか初手から奥の手を使わされるとは思っていなかったヴォバンは、忌々しげに舌を打つ。
油断、慢心。それらは確かにあったし、先達の王として持っているべきものだった。その考えは一度殺された今でも変わらず、ヴォバンの中には未だ慢心がある。
だが、
「油断はせん。奴は《敵》だ」
《狩るべき獲物》ではなく、《倒すべき敵》。
かの若き魔王は、現在をもって老王からそう認識された。
嵐が吹き荒れる。
ヴォバンの感情に呼応するように猛々しく、これより訪れる闘争を祝福するように荒々しく。夜の街を激しく襲う。
雷鳴を率いた暗雲がより一層深くなった時、遥か遠方、西の方角より光が昇った。
「ほう...逃げずに来るか、小僧!」
光の正体が《敵》のものであると直感する。
そこにはもう、好々爺然とした老人の姿はない。そこにいるのは、狂おしいほど血と闘争に飢えた蛮獣だ。
ヴォバンが目を凝らして見れば、それは光り輝く馬車だった。常人は愚かカンピオーネですら目視できる距離や光量では無いにも関わらず、ヴォバンは権能を用いてそれを可能とする。
その馬車は空を翔け、真っ直ぐこちらへと向かってきていた。
その速度は旅客機をも超えているだろうか。一条の光の矢となり、ヴォバン目掛けて飛来している。
逃げずに立ち向かってくる精神。
それはヴォバンを更に奮い立たせた。
「GRAaAAaaaaaAAAAa!!!!!!!!!!!」
《敵》に応戦するために、ヴォバンは己の力を行使する。
ヒトの形は崩れ去り、その身は鼠色の体毛を持つ獣となる。三十メートルは越すかというほどの巨体は、まさしく狼王。彼の足元には、数十に及ぶ眷属たる狼が出現する。
「来い、小僧! その首、喰いちぎってくれるわッッッ!!!」
おおおおおおおおおんんん──────...............
獣の咆哮と風の音が木霊する。
嵐の夜は、未だ始まったばかりだ。
ヴォバン公爵、知れば知るほど強すぎて笑える。
というかカンピオーネみんな強すぎて手に負えない。もういっそみんなで箱庭に移住すればいい(神域の大乱闘スマッシュカンピオーネス)
《生命なる混沌の海》
メソポタミア神話における原初の海の女神ティアマトより簒奪した第1の権能。発動条件は『自身の体の一部が海に接していること』。能力詳細不明。
《勝利運ぶ不敗の太陽》
自称・ペルセウスより簒奪した第2の権能。
彼は自分のことを「ペルセウスである」と言い張っていたが、その正体は『ギリシアの太陽神・ペルシアの神王・ペルセウスという3つの神格を1つにまとめ上げたローマ神話の新興の英雄神』である。
その中で燈也が得た権能はギリシアの太陽神ソールの権能。
その権能は日輪の戦車を召喚するというもの。太陽の名を冠する4頭立て馬車は炎の轍を作り上げ、尽くを薙ぎ払う塵殺戦車である。
ちなみに、車内は超が付くほど快適らしい。
『天を翔けるは我が威光。我は常に空に在り、全ての勝利を掴む者なり』