連載もひと段落し、新しい漫画のネタを求め杜王町西の方へと足を運んだ岸辺露伴。そこでたまたま立ち寄った公園のベンチには、5年前、大量殺人犯として逮捕された浜辺伊蔵が残したとされる、殺人の様子を鮮明に記録した『伊蔵手帳』が置かれていた。好奇心から中身を確認した露伴だったが、最後のページには何と露伴の名前が書かれていた。

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僕の名前は岸辺露伴、漫画家だ。まあこんなことは今更言わなくても皆知っていることだと思うが、一応言っておくと、あの週刊少年ジャンプで「ピンクダークの少年」という傑作サスペンスホラー漫画を描いている。いきなりだが、僕は「漫画」というものを描くにあたって、「リアリティ」が最も大切だと思っている。漫画は空想を描く物だと思っているやつも多いと思うが、実は違う。「リアリティ」こそが漫画の内容に厚みを持たせ、説得力を出す。例えば蜘蛛を描くとしよう。ただただ蜘蛛を描くのと、蜘蛛の身体の構造はどうなっているのか、味は?、匂いは?、死ぬときの反応は?、これら全て自分の身体で体験してから描くのとでは、同じ蜘蛛でも全く違うものになる。だから僕はこれまでも、漫画のネタになる物を求めて様々な体験をしてきた。破産してまで山を6つ買い、妖怪を探した(おかげで家もセーラームーンのフィギュアもるろ剣も全部売っぱらった)、夜にアワビを採りに行き死にかけたこともあった。後悔していないがな。漫画のネタも手に入ったしな。今回の話は、そんな僕が体験した、「奇妙な話」だ。


『伊蔵手帳』

今からおよそ5年前、「浜辺伊蔵」という男が逮捕されたというニュースが日本中で話題になった。罪名は大量殺人。及び強姦、上げていけばキリがないほどの罪を犯した男だった。この人間が虫のように溢れかえっている世の中では、殺人なんてものはさして珍しいものではない。今この瞬間にだって世界中でたくさんの人間が死んでいる。ではなぜ、この男はがここまで世間から注目を浴びたのか。それは、彼が残した一冊の手帳が原因だった。その手帳には、彼が殺人を行う際の日付、時刻、場所、方法、死亡するまでの様子が事細かに書かれていたのだ。このことがSNSやメディアで取り上げられ、連日報道された。しまいには彼をこの世に舞い降りた神として崇める集団も登場し、一躍時の人となった。その後、浜辺伊蔵は処刑となり、今では世間の記憶から忘れ去られた。

 

その日、岸辺露伴は公園に来ていた。

「フム・・・、やはり外はいいな・・・」

代表作である「ピンクダークの少年」の4部が終わりをむかえ、時間に余裕ができた露伴は、(いくつかは浮かんでいるが)新しいアイデアの元となるリアリティを求め、杜王町の端の方、普段ならば行かないようなところに行こうかと思い立ち、こうやってわざわざ足を運んでいた。

「杜王町に来て日が浅いとはいえ、こっちの方には滅多に来ないからな・・・、何かいい物があると思ったんだが・・・」

だが、普段は行かないとは言え、これまでに様々な体験をしてきた露伴が満足するようなものなど、簡単に見つかるはずもない。落胆し、帰路についていた露伴だったが、ふと、来た時には気づかなかった小さな公園があることに気づいた。

「ここは来るときにも通ったはずだが・・、気づかなかったのか?」

不思議に思った露伴だったが、まあせっかくだしと思い、立ち寄ってみることにした。

 

「杜王西公園」

入り口のところの錆びたプレートにそう書いていた。

その公園は決して広いとは言えず、所々が錆びている滑り台、本来は2つあったと思われるが今では1つしかないブランコ、畳1畳ほどの砂場、そして無造作に設置されているベンチ、となんとも活気がない公園だった。

「しかしまあ・・、何とも工夫が感じられないな・・」

岸辺露伴は、「漫画は誰かに読んでもらうためにある」という信条を持って漫画を描いている。そんな露伴からすれば、こんな公園を構成する最低限を揃えました。なんて公園は、あまりにもお粗末に感じた。だが、ここら一帯を回るのにずっと歩いていたため足に疲れを感じていたのもあり、少しベンチで休憩することにした。

「ふう・・・、ん?」

座るときには気がつかなかったが、ベンチの上に一冊の手帳が落ちていた。

「こんな物座るときにあったか?、気がつかなかったが・・・」

手帳を手に取ってよく観察してみる。大きさはA5ほど、表表紙も裏表紙も不自然さを感じるほどの真っ黒で統一されていて、異様な雰囲気を放っている。誰かが忘れていったのか?と思い周りを見渡してみるが、誰もいない。

「全くめんどくさいものを見つけてしまったな・・、まあほっとけば気づいてここに来るか」

そう思い、元あった場所に置こうとしたとき、露伴の中の好奇心がなぜか湧いてくるのを感じた。中が見たい・・・、何が書いているのかをこの目で見たいと・・・

「・・・・・・・・・」

もう一度周りを見渡してみるが、やはり誰もいない・・・

「まあもし中を見てる所を見られても、忘れる方が悪いとイチャモンをつければいいさ」

そう思い、手帳を手に取り、表紙をめくる。そこには

(熊田美江 36歳 事務員 1992年3月24日 スパナで頭をぶん殴ってから手足を縛ってレイプ、この瞬間がたまらない。こっちがいい気になっているのにぎゃあぎゃあとうるさかったのでもう一度殴る。静かになった、よしよし。そのまま中に出す。ああ気持ちいい。死体は家裏の山に埋める。 田中圭一 27歳 営業 1992年4月7日 後ろから首を絞め気絶させた所を車で轢く。このやり方は初めてだったが、なかなか爽快だ。これからも時々やっていこう。 佐藤由紀 18歳 高校生 1992年6月2日 この子は前から目をつけていた。近所の高校に通う弓道部の女。ああ、たまらない。部活帰りの所を拉致、倉庫に連れ込み、ここからがお楽しみだ。こいつも暴れたので、イライラしてつい顔を殴ってしまった。きれいな顔にあざができてしまったが、仕方ない。レイプ後は風呂場で窒息させたのち、家裏の山に埋める。今回は極上だった。)

全身に鳥肌が立つのを感じた。

「なんなんだこれはあああ!!!」

露伴は叫びながら手帳を放り投げる。3回ほど深呼吸をし、自分を落ち着かせる。

「誰かの悪戯か・・?いや、それにしては手が込んでいる・・・・、そもそもこんなことをしても何の意味もない」

冷静に思考することで様々な意見が出てくるが、ふと5年前の社会現象にもなったあの事件を思い出す。

「確か・・・・、浜辺伊蔵・・だったか?殺人を詳細に記録として残しているなんて頭のおかしい奴だと印象に残っているが・・」

5年前に浜辺伊蔵が逮捕され世間で話題になったとき、露伴はその話題性に惹かれ、伊蔵について詳しく調べていた時期があった。

 

浜辺伊蔵 1970年4月8日生誕 幼少の頃から体格に恵まれるとともに類稀なる身体能力を発揮し、柔道、空手など様々な格闘技で結果を残し、将来を期待されるが、20の頃に傷害事件を起こし服役、のち出所、その後行方をくらます。2015年に殺人、強姦、傷害、不法侵入など多数の罪で逮捕され、2017年に処刑が行われる。その生涯で、約70人を殺害したと言われている。

 

「まさかこれが、その伊蔵手帳だとでもいうのか・・・?だとするとここに書かれているのは、本当の殺人現場の記録・・・」

緊張のあまり唾を飲む。もしこれが本当に伊蔵手帳だというのなら、なぜこんな所に落ちているんだ?こういうものは警察が保管しているんじゃないのか?、考えれば考えるほど疑問が止まらないが、露伴の中にはそれとは別の考えが浮かんでいた。

「・・、これはとんでもないネタを見つけたんじゃあないか?」

本来ならば今すぐにでも警察を呼ぶべきだろう。だが、漫画家としてこんなに極上のネタをみすみす逃していいのか・・、もう一生こんなのは出会えないんじゃないか・・。好奇心が止められない。

「そうだ、中を見てからでも通報すればいい。手帳が落ちていたから中を確認した。何もおかしくないじゃあないか」

心を落ち着かせながら、ベンチに座る。地面に無造作に落ちている手帳を手に取り、もう一度ページをめくる。

1ページ、 2ページ、3ページと読み進めていくうちに、ますますこれは本物だと思うようになっていく。一人ひとりの記述があまりにも迫力があり、本当に「殺しながら書いた」ようだったからだ。リアリティを重んじる露伴からしてもこの手帳はリアリティに溢れており、まるでその様子を横から見ているかのように感じられるほどだ。

(田井中優 24歳 清掃員 1996年9月13日 睡眠薬で眠らせ、いつもの倉庫に運ぶ。どう殺そうか悩んでいるこの時間は心が踊ってしょうがない。迷った末に、今回は火炙りにすることに決める。ガスバーナーを用意し、まずは右手から焼いていく。肉の焼ける臭いが何とも言えない。そして・・・)

ページをめくる。ここで露伴は一つ気になったことがあった。浜辺伊蔵は約60人殺したとされていたが、この手帳にはもっと多くの殺人が書かれているのだ。

(井上俊明 48歳 会社役員 2000年12月25日 今日はクリスマスだ。いつものように適当に捕まえ倉庫に運んだら、パーティを始めよう。今回はクリスマスにちなみ、最高の痛みをプレゼントしよう。ひとまずはノコギリで右手から・・・)

ページをめくる。1ページ1ページめくる度に全身から汗が噴き出てくる。

(上本理奈 29歳 ネイリスト 2018年2月9日 ネイリストなだけあって爪には拘っているらしい。まずは爪を剥ぐところから始めよう。手に滲む血が何とも綺麗だ・・・)

「ン・・・、日付がおかしいぞ・・・、浜辺伊蔵が処刑されたのは2017年6月、どうして2018年になっているんだ・・・?」

僕は違和感を思えたが、ここで止められるはずもない。

ページをめくる。次が最後らしい。自分でも気がつかなかったが、息が荒くなっていた。さらに、途中から気になっていたが、誰もいないはずのこの公園で、何者かが自分を見ている様な気がする。まるで、早く次のページをめくれとでもいうかの様に。

「いくぞ・・・・」

緊張が走る。最後のページだ、そこには

(岸辺露伴 27歳 漫画家 2020年3月8日 俺の最も大切な手帳をあろうことか盗み見やがった。許せない。絶対に許さない。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)

「ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!」

後ろに気配を感じ、すぐに飛ぶ様にして前に転がる。

形容し難い鈍い音が響く。すぐさま体勢を整え、ベンチの方を見ると、そこには右手に持っていたスパナをベンチに叩きつけ、悔しそうな顔をしている男が立っていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

男は何も話さない。身長が露伴よりも15センチほど高く、筋肉質な体型をしているが、体に似合わないほど顔にシワが刻まれていた。その顔はまさしく死体のように生気が感じられない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

振り下ろしたスパナを肩に担ぎ、ゆっくりと露伴に近づく

露伴は相手に対して右手を向け、叫ぶ

「くッ!、天国への扉(ヘブンズドアァァァァァァァァ)!!」

僕は自身のスタンド能力『天国への扉(ヘブンズドアー)』を発動する。

男は全身が本になり、動きを止める。

(死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死)

「こいつっ・・・!死人だ!!こいつは3年前に確かに死んでいる!!!」

普通であれば信じられないが、露伴はこれまでにも幽霊や妖怪などと遭遇してきた。殺人鬼が殺人の快楽を忘れられず、幽霊になって人を殺して回ったとしても不思議ではない。

「まずい・・・・!!死人には書き込むことができない!!!」

あまりの衝撃に硬直すると、本になっているはずの浜辺以蔵が自動的に閉じていく

「一体何なんだこいつはぁぁ!」

距離をとる。一気に形勢が逆転してしまう。このままではまずい、僕のヘブンズドアーは先手必勝が絶対。後手に回ってしまうことはすごくまずい。

そうしている間にも浜辺伊蔵は起き上がろうとしている。くそ、考えろ・・!!、接近戦になれば僕に勝ち目は無い。じゃあどうする?逃げるか?相手は人間じゃ無い、永遠に追ってくるとしたら・・、そもそも逃げられるのか・・!?くそっ・・・・・・・・・・・・・、待てよ。そもそもどうしてあいつは僕を襲う。死人は何も考えないはずだ・・、だとしたら、あくまでも仮説にすぎないが、『先に手帳が僕のことを敵と認識し、浜辺伊蔵に襲わせているんじゃないか・・・?』、浜辺伊蔵の死亡後、そのあまりにも怨念がこもった手帳が怪異となり、明確な悪意となったんじゃないか・・・?だとしたら、もしかすると・・。

思考がまとまると同時に、手帳の位置を確認する。さっきのスパナのショックで、ベンチ(だったもの)から3メートルほど離れたところに落ちている。

「あれを拾えば勝機はある・・・!」

伊蔵は起き上がり、露伴に近づいていく。普通のものであれば恐怖に心が負けてしまうだろう。だが僕は違う。

「・・・たかだか手帳如きが、この岸辺露伴を舐めるなよッッ!!!!」

覚悟を決め、手帳に向かって走り出す。いかせまいと伊蔵がスパナを振り被り、僕を狙って振り下ろすのを、ギリギリでかわす。あと数センチズレていたら危なかったがもう僕の勝ちだ。

手帳を手に取り、最後のページ開く。そして、神速でこう書きこむ

(浜辺伊蔵 75歳 犯罪者 2020年3月8日 地獄の死者に地獄へと引き摺り込まれる)

その瞬間、浜辺伊蔵は人間のものとは思えないような悲鳴を上げ、真っ黒い光のようなものに包まれた。

しばらく目を閉じた後、目を開けると、そこには浜辺伊蔵も手帳もなく、半壊したベンチが置いてあるだけだった。




僕は公園を後にし、帰路に着きながら考える。浜辺伊蔵が処刑された後の日付で書かれていた人は、僕と同じように偶然か必然か手帳を拾い、そして、殺された人たちだろうと。
一つのものへの異常な執着は、時として人を人ならざるものに変えてしまう。僕ももしかしたら、死んだ後も漫画を描いているかもしれないな・・・。

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