FGO短編小説です。
イベントにておまけとして頒布予定です。全3話のうちの1話分をネットにアップロードします。要望があればイベント終了後に残り2話も上げさせていただきます。

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FGO短編小説です。
イベントにておまけとして頒布予定です。全3話のうちの1話分をネットにアップロードします。



ちょこっとカーマの事件簿

ある日のカルデア、藤丸立香の部屋にて。

「マスターさん、食堂で焼きそばパンと何か飲み物を買ってきてください。」

「自分で買いに行きなよ、カーマ。」

立香のベッドで横になるカーマは、どこか気怠そうな表情で彼を見つめた。彼は女神の願いを無下に断ると、傍にあったパイプ椅子に腰かけ、読書を再開した。

出会って間もない頃は、互いに一定の距離感を保っていた。それが瓦解し、女神がこの取るに足らない人間に心を開いたのは、数多くの特異点を乗り越えてきた所以である。沢山の挫折、犠牲を経験し、それでも立香は前を見つめ続けた。カーマが愛を与える対象に選んだ訳では無いけれど、二人の間には確かな、何か温かなものが生まれていた。そう、彼女が彼の部屋で無防備に寛ぐ程度には。

「ねぇ、お願い、マスターさん。」

カーマはベッドの上で足をくねらせ、扇情的なポーズで彼を誘惑する。だが彼は彼女に目もくれない。今まで、カーマの魅了攻撃に何度下半身を熱くさせられたか、弁慶と胤舜の煩悩断ち切り教室の効果は抜群である。

「悪いね、カーマ。俺にはロリータ趣味は無い。」

「では、成長させましょうか?貴方の好みに合わせて。」

「それは困る。非常に困る。食堂に行く前に、カーマへセキララにDIVEしそうだ。」

「えっ、キモ。」

「マジでドン引きしないでくれる?」

頑なにカーマを部屋に残して出掛けたがらない立香を見て、彼女はほくそ笑んだ。カーマはベッドから立ち上がると、部屋のあちこちを物色し始めた。健全な男子であれば持っているであろうアレを探して。

「ちょ、カーマ?」

「マスターさんが部屋を出たがらない理由、きっと、エッチな本でも隠しているんでしょう?ふふふ」

「いや、今日日紙媒体で慰めている英国紳士はいないからね。俺はどちらかというとお国柄サムライだけど。いやん、乙女の秘密を探らないで!」

黒髭とはまた違ったベクトルで気持ち悪さを加速させている立香は置いておき、カーマは部屋の隅から隅を漁り続ける。途中、水着清姫のヌード写真集が出てきたが、未開封品だったのでノーカウント、彼の性癖から察するに、マタハリクラスの大物が潜んでいるはずだ。

カーマは目的の品を見つけられず不機嫌になる。当然立香にとってははた迷惑な話であるが、女神はそんなことお構いなしだ。彼女は最後に、部屋の隅にある冷蔵庫の扉を開けた。

「あ、そこは…」

立香は焦って止めようとするが、カーマは中にあるソレを目撃してしまう。それは異様な光景、畳の下がセイレムと繋がっていたかのような衝撃を受ける。

そこにいるはずもないもの、いてはいけないものがある。

「これは…」

カーマは唖然とした。今日が何月何日かを確認するようにカレンダーをまじまじと見つめた。3月だ、ホワイトデー間近だ。つまり、本来であればここにソレがあってはならない。

「カーマ、見てしまったね。君もこれで同罪だ。」

立香はサスペンスの気が狂った犯人のように笑い出した。カーマも釣られて笑う、勿論その顔は形容しがたい程に歪んでしまっているが。

「マスターさん、一応確認しますね。これは、その、あの人から貰ったものですよね。」

「あぁ。バレンタインに受け取ったものだ。」

「…」

カーマは絶句する。あぁ、これは、見つけてはいけないものだ。立香がカーマを部屋に残して出て行かなかった理由は、彼女を守るためであったのだ。この世には知る必要のないことだって存在する。恋愛禁止のアイドルが彼氏とホテルでゲイボルグしていたり、部屋に並べられた人形が夜な夜な殺し合いをしていたり。カーマはわなわなと震え出した。

「マスターさん、私、食堂で焼きそばパンと何か飲み物買ってきますね。コーラやサイダーを飲みたい気分です。この姿だとお酒を買おうとすると赤い人に年齢確認されますし。生真面目なコンビニ店員かって、ほほほ。」

笑顔で立ち去ろうとするカーマの肩を掴み、立香はそっと抱き寄せた。耳元でハチミツのように甘い言葉を囁く。

「逃がさないよ、カーマ。」

「あぁ、マスターさん、こんなところで、駄目です。」

「蕩けるような時間にしようじゃないか。二人でヘヴンへの階段を上ろう。」

「いや、ちょっと待って、これチキンレースですよね?どちらかが死ぬまで終わらない奴ですよね?」

立香とカーマは冗談で盛り上がったが、二人同時に冷蔵庫を見て、現実に回帰した。

こちらを無機質な目で見つめるソレは、事の重大さを再認識させる。

「カーマ、助けて欲しい。この、ナンディーチョコを一緒に食べてくれ!」

立香は冷蔵庫からチョコレートを取り出した。それは牛の形を模った、世にも奇妙なパールヴァティ―お手製プレゼント、ナンディーチョコ(1/1スケール)の頭部である。マシュが、メドゥーサが、エミヤが、ジャガーが、メディアが、クーフーリンが、力を合わせて挑んだ伝説のフォーリナークラス。倒されたはずの脅威は、まだ彼の部屋で再起の日を待ち侘びていたようである。そう、あの日、この魔物(カロリー)は切除されなかった。彼の手により封印されていたのみだった。カーマはその場でへたり込む、バレンタインの圧政は、その日限りのものでは無かったのだ。

「ただ安心して欲しい、もう中は食べ終わっていて、残っているのは牛の頭部を模したガワのチョコレートだけだ。カーマ、お願いだ。食べて欲しい。」

「嫌です、何で私がよりにもよってあの女のチョコを食べなきゃいけないんですか。というか、何故ガワだけ残したんです、あと少しなんだから食べきればいいじゃないですか。」

「ドクターストップが入った。アスクレピオス先生の診断で、二か月はチョコを食べない方がいい、と。ほら、メドゥーサ達も、バレンタインの後で原因不明の腹痛を訴えてメディカルルームがパンク状態になったでしょ。」

「…サーヴァントの性質を以てしても、カロリーアタックには屈した訳ですね。同じ味を延々と食べ続けるのは酷なものです。」

カーマは思わず合掌、誰かの為に犠牲になった尊い命を哀れむ(当然座に帰った訳では無い)。だが、それとこれとは話が別、彼女がパールヴァティ―の為を想い行動を起こすなど天地がひっくり返ってもあり得ない。マスターに感謝することはあれども、チョコレートを代わりに食べてあげることは絶対にしない。

「まぁ、そのあたりのサーヴァントに頼んでください。パールヴァティ―に見つからなければ、別に誰でもいいのですから。」

「うん、まぁ、そうだね。見つからなければ。」

二人は顔を見合わせた。そして何かを察知する。第六感が、これから起こる危険を告知した。具体的に、見られてはいない人がついそこまで来ているような。

「マスターさん、早く隠してください。来る、あの女が、来ます。」

「うん、俺もそう思う。でも角が引っかかって冷蔵庫に入らな…」

そして思っていたよりも早く、無垢なる少女は現れた。母性に包まれた優しげな顔で。

「マスターさん、出撃に関しての相談なのですけれど…」

そしてパールヴァティ―はそれを見た。

カーマが立香の部屋にいる、百歩譲ってそれは良いとしよう。だが、隣にいる男性は一見マスターである藤丸立香ではない。何故ならば、牛の被り物をしているから。服装がいつもの魔術礼装であるからマスター本人であることは伺えるが、この状況は一体どういうことだろう。

一方、パールヴァティ―が部屋に入ってくる瞬間、カーマの手により何故かナンディーチョコを頭に被ることになった立香は、焦りに焦っていた。パールヴァティ―にばれない様、咄嗟にチョコを何処かに隠すならまだ逃げ道はあった。何故、カーマはチョコを被せたのか、冷えているから暫く溶けないだろうけど、そんなことはどうでもいい。これではパールヴァティ―が丹精込めて作ったチョコで食べずに遊んでいる大罪人になってしまう。より罪が重くなるような選択だ。

立香はカーマをチラリと見た。カーマもまた非常に困惑している。自分が咄嗟にした行動が明後日の方向を向いていたことに今更気付いたようである。どこか彼女からは悲壮感が漂ってくる、コレハモウダメダ。

「マスターさん、その被り物…」

「パールヴァティー、これは、その、ですね…」

予想外の位置にナンディー(頭部)をセッティングしたカーマは自らの過ちを認めてか、立香の代わりに弁解しようとした、が。

「もしかして、タウロス仮面の衣装ですか!」

「はい?」

立香とカーマは二人して首を傾げる。

二人はまだ知らなかった、これからナンディーチョコを巡る大事件が巻き起こることを。

 

パールヴァティ―が去った後、食堂に訪れた二人は、サーヴァント達からタウロス仮面の情報を聴取した。どうやら、エウロペが子どもサーヴァントと交流する中で、ある日行った紙芝居、それがタウロス仮面というタイトルらしい。タウロスの姿をしたヒーローが、タロスという巨大ロボットと共に世界の平和を守る物語らしいが、それが子どもたちだけでなく大人も魅了する濃密な出来であるらしく、グッズが購買に売られるほどの人気を博しているそうだ。そして数日後に、紙芝居を基にしたタウロス仮面の演劇が執り行われる様である。

「成程、パールヴァティ―は都合よく牛間違いをしてくれたようですね。」

「でも弱ったな。タウロス仮面をやる予定だった天草もといサンタアイランド仮面は、俺たちの話を聞くやいなや、タウロス仮面の配役を俺に譲って来たし。」

「やるしか、ありませんよね。大丈夫、演劇と言ってもチープなヒーローショーです。ここさえ乗り切れば、まるっと解決です。」

「そう上手くいくだろうか。」

少なくとも、子どもたちの他にパールヴァティ―も見に来ることが確定している。牛の被り物がタウロスではなくナンディーだと発覚したが最後、彼は風になる。恐らく巻き添えを喰らってカーマも。それだけは絶対に避けなければならない。

「そういえばマスターさん、被ったチョコレート、責任を以て貴方一人で食べて下さいね。勿論捨てるなんてもっての外、パールヴァティ―は怒らせると私以上に怖いですから♪」

「しまった、謀られた!」

肌や髪に密着してしまったチョコレート、他のサーヴァントに食べさせることは出来ない。念のため、後でエミヤに食べて大丈夫か(消費期限的にも)チェックして貰おうと覚悟した立香だった。

「でも本物のタウロス仮面の被り物があるなら、チョコレートはまた冷蔵庫に隠しておけば良いわけだし、なんとかなりそうだ。衣装担当のサーヴァント達に会いに行こう。」

立香とカーマは演劇に参加する皆が集まるレクリエーションルームへと足を運んだ。

そこには頭を悩ませる刑部姫とカーミラの姿があった。二人は何故か水着姿だが、立香は敢えてそこをツッコまないようにする。

「どうしたの?おっきー、カーミラ。」

「あ、まーちゃん。実はね、今度タウロス仮面の劇で使用するはずの衣装を揃えていたんだけど、肝心のタウロス仮面の被り物だけが無いの。アマゾネスドットコムで確かに注文したはずなんだけどなぁ。」

「これでは子どもたちの心を奪い取ることは不可能ね。怪盗ミストレス・Cの名が泣くわ。困惑のconfusion…」

「上手く言えてないですよ、カーミラさん。」

どうやらアマゾネスドットコムの不手際ではなく、刑部姫がカートの中を0にし忘れていたことが原因(後に判明)だったが、このままでは主役の被り物が無いという劇としてはあるまじき事態になり兼ねない。仮面ライダーにマスクが無いなら、それはもはや仮面ライダーでは無いのだ。

立香とカーマは困り果てる。他に牛型のマスクを所持していそうなサーヴァントを探すほか無いようだ。

「実はサンタアイランド仮面の代わりに、俺がタウロス仮面を演じることになったんだ。だからもし良ければ、俺が代わりになるようなマスクを探してくるよ。」

「ありがとう、まーちゃん!」

立香とカーマはレクリエーションルームを離れ、あてを探しに行った。

「ところで、マスターとカーマ(小娘)は付き合っているのかしら?」

「は…はぁあああ?まーちゃんに限ってそんなことないし、たぶん、絶対!」

「…貴方も相当こじらせているわね。」

 

立香はこの後、カルデア内を隈なく歩き回った。

「何故我のところに最初に来たか雑種よ。我が宝物にそんな陳腐な物は存在せんわ!多分!恥を知れ!」

「牛ですか、馬ではなく、ふむ、この呂布にはてんで見当もつきませんな。」

「相すまぬ、そのたうろすなるもの、私には理解が及ばぬ故。」

「牛の首?そんなことよりマスター、貴方の首が欲しいわ。」

「タウロス?タウロスならここにいるわ。マスター、劇の主役頑張ってね、よしよし。」

途中エウロペの膝枕に顔面を擦り付ける立香をカーマが殴り飛ばす一幕もあったが、結局

収穫は無し、二人は食堂で溜息をついた。

「何でカルデア(ここ)には尖った人しかいないんですか!私が言うのもなんですけど!」

「どうしよう、カーマ。まさかエミヤの投影でもタウロスの被り物が出せないなんて。このままだと子どもたちがメットオフした藤丸立香に絶望してしまう、俺が命懸けで獲得した信頼が…藤丸帝国が…」

「貴方、やはりロリコンですよね。」

二人して軽口を叩くが、状況が改善される訳では無い。机に伏せた立香を見て、カーマは覚悟を決めた。

「マスターさん、ナンディーを、使いましょう。」

「いや、他の素材で作った方が早いよ!」

「当日、パールヴァティ―も演劇を見にやって来ます。既にアレを見られている以上、彼女の前に全く別の素材で作ったタウロス仮面を出してしまうのは、逆にリスクがあります。いいですか、あの牛のチョコレートはナンディーではありません。タウロスです。」

「…確かに。あれはもはやタウロス。いや、タウロスそのものだ。」

「そうです。ホワイトチョコレートで外側をコーティングしましょう。完璧な仕上がりにすれば女神を欺く宝具にもなり得ましょう。」

カーマは立香の部屋に戻ると、何故か所持していたホワイトチョコレートでナンディーをコーティングしていく。凍らせること数時間、遂にナンディー(タウロス)は完成した。

「わー、凄いよカーマ、立派なタウロスだ!(洗脳済み)」

「後はマスターさんが台詞をしっかりと覚えるだけです。大丈夫、私も練習に付き合います、愛の女神として貴方をサポートしますから。」

「よし、最高の演目にしよう!子どもたちもきっと喜ぶぞ!」

彼は当日を迎えるまで必死に練習を重ねた。彼自身、ナンディーチョコレートを頭から被ることがまるで正常なことであると認識したままに。

そして当日を迎える。

 

「頑張ろうね、まーちゃん。姫はタロスと最終決戦するチェイテピラミッド姫路城ロボの司令官だから、まーちゃんと直接会話するシーンが無いけれど。」

「うん、頑張ろうね、ところでさ…」

「あら、マスター、顔色が優れない様ね。ちなみに怪盗ミストレス・Cは本日に限り休業よ、今日の私は華麗なる女スパイ、ヒロインであるエウロペからタロスの設計図を盗みだすわ。」

「やっていること変わらなくない?ところでさ…」

「ご主人様、ちゃんとした水分補給が大事だぞ。私は今回貴様とは敵同士だ、メイドとしてサポートは出来ない。」

「有難う。オルタはセクエンスを仕舞ってね。ところでさ…」

「うむ、余が誰かを演じるというのは些か不満ではあるが、メインヒロインであるならば文句は無い!劇場の皆を余の虜にしようではないか!」

「ど派手なエウロペ役だね。ネロは可愛いから全然あり。ところでさ…」

立香は晴天に溜息を零す。そう、刑部姫とカーミラが水着であった時点で気付くべきであったのだ。

「舞台がルルハワだなんて、俺聞いてないよ!」

開幕まであと数十分、新たなマスクを用意するのは不可能だ。何としてでもこのタウロスの被り物を死守せねばならない。

立香は舞台袖から客席を覗いた。子どもたちの他にも、沢山のサーヴァントが今か今かと演劇を心待ちにしている。当然、パールヴァティ―の姿もそこにはあった。

だが藤丸立香はこんなところで絶望しない。タウロスには特殊な魔術が施されていて、通常の熱ではすぐに溶けださない仕様である。(パラケルスス監修)そう、よほど熱が加わらない限りはタウロスが朽ちることはない。

そして、遂に劇は始まった。立香は静かに舞台への階段を上っていく。

「マスターさん。」

「カーマ、今日まで有難う、大丈夫、乗り越えてみせるよ!」

立香は笑顔でサムズアップした。するとカーマから堪え切れない笑い声が漏れる。彼女はまるで私が黒幕ですと言わんばかりの悪い顔を浮かべた。

「頑張ってくださいマスターさん。パールヴァティ―を失望させないために、ね。」

「あぁ、勿論!」

立香は舞台へ上がる。白銀の衣装に、白い牛の被り物で颯爽と登場した。拍手が湧き起こり、彼は練習した通り、完璧に演技をしてみせた。

だが、彼の胸はざわついていた。タウロスの仮面は完璧に作ったはずである。元々ナンディーであることは分からないぐらいに作り替えたはずだ。

そして舞台はクライマックスへ、敵である姫路城ロボが登場し、タウロス仮面はおもちゃの携帯でタロスを呼び寄せた。

「(あ、そういえばタロス役は誰なんだろう。今日まで不思議と知らされてなかったな。)」

そして登場したサーヴァントに、立香は開いた口が塞がらなかった。思えば、タロス役を演じることの出来る人はカルデアでも限られてくる、そんな簡単な推察が出来ないほどに、立香の思考はカーマに掌握されていた。

「バ…バベッジ…」

「マスター、今はその名を封じられよ。我はこの瞬間においてタロスである。機能拡大、タロス形態への変形である。」

バベッジはトランスフォームする。観客は大いに盛り上がるが、立香はもはや立ち尽くすしか無かった。蒸気の熱量でタウロス仮面は急激に熱せられる。溶けるタウロス、現れるナンディー。

「む、マスター?」

バベッジは次の台詞を忘れた立香に駆け寄る。幸い溢れんばかりの蒸気で、客席からは立香の様子が見えない。

「ちょ、ちょっと、まーちゃん?」

思わず刑部姫も配役を忘れ駆け寄った。一方、立香は客席から見えなくなっているこの瞬間に、思考をフル回転させた。チョコレートの半分が溶け落ちた。この被り物が甘いチョコで出来たものだと客席から見ても判断できるだろう。このチョコレートを偽装して、かつ当然仮面が無くなった理由を考えなければならない。

そして立香は閃いた。刑部姫が腰に下げていた水鉄砲を借りると、舞台に零れたチョコレートを水の噴射で流した。

「見えないわ、見えないわジャック。タロスが登場してどうなったの?」

「蒸気が晴れるよ。あ、お母さん(マスター)だ!タウロス仮面はお母さん(マスター)が変身していたんだ!」

「でも待って、トナカイさん。顔がベトベトですよ。」

観客が騒然とする中、立香は台本には無かった台詞を口にした。

「ふふ、よくぞ私をここまで追い詰めたものだ。おかげで白き牛となり隠していたこの顔も今じゃすっかり血まみれだ。そう、私こそがゼウスなり。エウロペを愛し、この牛の姿で近付いたのだ。」

うん、流石に無理があったな。

立香は身の程を弁えない自分の発言に寒気を感じた。客席も唖然としている。

だがそんな立香の決死のアドリブに、バベッジや刑部姫は乗っかっていく。さも台本通りであるかのように、彼らは演技し続けた。

「ふむ、牛に化けて余に近付くとは、大したマス…ゼウス神であるな。気に入った、エウロペたる余の夫にしてやろう!」

ネロの怪しい演技と台詞で演劇は無事終幕を迎えた。観客席から拍手が巻き起こる。劇を見に来ていたエウロペも、孫の顔を見るような温かな表情で見守っていた。

「(パールヴァティ―には悪いことをしちゃったな。)」

立香の中でそれが心残りとなったのだった。

 

後日、カルデアの廊下で、カーマとパールヴァティ―はすれ違った。

「げ…」

「げ…って何です。カーマ、貴方また悪巧みでもしていませんよね。」

「何にもしてませーん。言いがかりはやめてくださーい。」

「全く。では、私はマスターの部屋へ行かなければなりませんので。」

パールヴァティ―は去ろうとしたが、不意にカーマが呼び止めた。

「パールヴァティ―、タウロス仮面の原材料について知っていますよね。」

「何のことでしょう。」

「とぼけても無駄です、あれは貴方がバレンタインの日にマスターさんへ渡したナンディーチョコの頭部をコーティングしたものです。貴方が部屋に入って来た時、冷蔵庫の扉は開いていましたし、何よりも貴方がナンディーを見間違うことなどある筈が無い。」

パールヴァティ―はカーマを睨んだ。そして寂しい表情を浮かべる。

「…あれはやり過ぎたと今は反省しています。カーマ、貴方がレモネードを売っていた時、私はカロリーのことで怒りました、でも私がプレゼントしたチョコレートも結局同じ、カロリーの塊だったのです。だから残してしまってもいいと思っていました。」

「私のレモネードと違って、ナンディーチョコは量もありますしね。今後はああいったものは作らぬようちゃんと反省してください。」

「勿論、今後は手のひらサイズのナンディーにしますとも。私はマスターさんに謝りに行きます。だからカーマ、貴方も一緒に来て、マスターさんに謝りましょう。」

「は?何で私が。」

「ナンディーチョコをマスターさんの顔に被せたのは貴方でしょう。演劇でマスターさんを困らせたのも貴方、悪戯が過ぎています。」

パールヴァティ―はカーマの手を引き、立香の部屋を訪れた。

そして二人は驚愕する。目の前に立香と、ナンディーチョコ(1/1スケール)の姿がある。

「あ、パールヴァティー、カーマ…」

「マスターさん、どうしてここにナンディーチョコが?それも頭部だけでなく全身…」

驚くパールヴァティ―に立香は謝った。チョコレートを最後まで食べなかったこと、それを被って演劇に出たことを。

立香は演劇の後、ナンディーチョコの欠片を持って、アルジュナオルタの元へ訪れていた。神たるアルジュナであれば、欠片からでも元の状態へ復元できると信じて(実際問題なく出来た)。これからこのチョコに再び挑もうとしていたのだ。

「マスターさん、どうして。」

「俺はパールヴァティ―の努力とか気持ちとか、無駄にしちゃっていたから。大切な贈り物だから、もう一度ちゃんと味わって食べる。義務感とかそういうのじゃなくて、本当に、美味しかったからさ。」

立香は頬を掻いた。バレンタインデーの日は他のサーヴァントからも大量にチョコレートを貰ったからこそ、完食に至れなかった、でも、今であれば、それが出来ると信じた。

どこか甘い雰囲気の二人に嫌悪感を抱きつつ、カーマはナンディーチョコの耳の部分を折り、それを口に運んだ。

「あ、カーマ?」

「…甘いです。本当、仕方ありません。私も反省しましょう。パールヴァティ―は嫌いですが、チョコはそれなりの出来のようですので」

いつの間にか部屋に訪れていた演劇参加メンバーたちも加わり、チョコレートパーティーが始まる。

「カロリーが…ちょっとだけならいいよね?まーちゃん、そんな顔で姫を見つめないで!」

「オーマイファラリス(ふふ、怪盗ミストレス・Cも手伝いましょう。)」

「余のチョコレートの方が美しさでは勝るな、こら冷血メイド!余の皿からチョコを奪うな!」

ナンディーチョコを前に、皆が笑う。パールヴァティ―の顔が綻んだ。

「私たちの戦い(チョコ)は…これからです!」

 

おしまい

 



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