ある日審神者は、ちょっとした軽い気持ちで、通販サイトを利用しました。


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二十三世紀の刀達と、彼らが持つべき覚悟に関してのエトセトラ

「主、なんか荷物が届いてるんだけど」

 その本丸の初期刀、加州清光は、その本丸のナンバーが書かれた包を持って、審神者の部屋に現れた。普段政府から何らかの物資が予告なしに届くことはありえないことなので、加州は多少それを訝しんでいる。妙に長細く梱包されているのも、その荷物の特殊さを際立てる。

「お、ありがとう」

 その部屋で政府への報告書をしたためていた審神者は、それに笑顔を見せながら、加州からその荷物を受け取った。ある彼はその荷物についてある程度の想像ができていた。

「主さま、それは」

 懐刀として審神者の部屋に待機している平野藤四郎もそれに興味をしめす。

「俺が買ったんだ、ちょっと興味があってね」

 几帳面に梱包をはいだ審神者が手にしたのは、一口の刀だった。柄と鍔は驚くほど簡素で、黒く塗られた鞘も特に目立ったものでもない。

「ん? どゆこと? 刃物だったらここでいくらでも作れるじゃん」

 加州は離れにある鍛冶場を指差しながら言った。

 刀剣を作り、それに世に轟く名刀の付喪神を下ろすことで刀剣男士を顕現するシステム上、審神者の本拠地である本丸には、必ず刀を作るための鍛冶場が存在した。したがって、野菜すら自給自足しなければならない不便なこの本拠地において、刃物は唯一供給に困らないものだった。それをわざわざこうやって外の世界から取り寄せるなんてあまりにも不可解だ。

 審神者はその刀の重量を確かめるように両手でそれを上下しながらそれに答える。見た目よりだいぶ軽かった。

「これはな、俺達の時代の人間が作った刀なんだ。現時点で出来る最高の技術が詰まっているものでね、特殊な合金を使っているから頑丈で、切れ味も落ちない。勿論日本刀とは製法が違うから、刃紋は無いんだけどね」

 彼はそれを鞘から引き抜いて、その刃を加州と平野に見せる。たしかに審神者の言うとおり、反りはあるが刃紋はない、一つの金属で作り出しているものだった。

 それは審神者が電波状況の確認のために気まぐれに行っていたインターネットサーフィンで見つけた。審神者とは違う言語を操る国のあるナイフメーカーが、日本刀への愛と己達の技術への絶対の自信から作り出したものだった。

 その性能を示すプロモーションビデオは圧倒的なものだった。少なくとも日本刀を振ることの玄人ではないであろう中年男性が、次々とそれを振るうと、畳は真っ二つになり、豚肉が呆れるほどスライスされ、鋼鉄のドラム缶を突いて穴を開け、それでも切れ味は落ちず、挙句に刃の部分に数百キロの負荷をかけても曲がらないと言った次第。誇らしげな中年男性に妙な違和感を覚えつつも、それが優れていることはよく理解できる。

 刀剣男士、歴史に名を残す名刀達は、この刀をどう評するのだろうか、審神者の中にそのような興味が生まれたのはその時だ。

 審神者は、良く言えば大人しい、悪意を持って言えばつまらないほどに真面目な男だった。事務方としては有能な男ではあったが、時間遡行軍との戦いにはあまりにも向いていない、人との意見の交換を極力避けながら生きてきた人生だった。

 だからこそ、他人の――厳密に言えば人ではないが――意見について興味を持った事が自分でも不思議であった。しかし、彼は、久しぶりに自らの中に生まれたその感情に気持ちを昂ぶらせ、それの実現のために、遂には自らの貯金をはたいてそれを購入したのだ。

 しかし、刀剣男士の中では最も付き合いの古い加州清光の反応は淡白なものだった。

「ふうん、でっかい包丁って感じだね」

「どう思う?」

「んー、あんま興味ないかな」

 加州はそのまま審神者の部屋を後にした、どうやら大和守を部屋に待たせているようだった。

 審神者にはそれが意外だった、加州清光は少し嫉妬深いところがある刀だったから、彼は多少この刀に嫉妬のような気持ちを見せると思っていた。しかし、彼は本当に興味が無さそうにそこを去った、それは、新たな刀にうつつを抜かす審神者に対する失望のようなものでもなかった、審神者はその経験があったから、そうではないことはわかる。

「平野は、どう思う?」

 肩透かしを食らってしまった審神者は、懐刀の平野にその話題を振った。彼はこの本丸で二番目に付き合いの古い刀で、審神者がすべての面で心を許すことのできる数少ない刀だった。

 平野はそれを手渡され「軽いですね」と、驚いた。そして「初めまして」と、頭を下げた。

「主さまは、これを何のために」

 それもまた、審神者が求めた反応ではなかったが、一先ずそれに答える。

「うーん、特にこれと言って目的はないんだけど、まあ軽くてかさばるものでもないし、万が一のために置いておいても良いかな」

 

 

 

 

「呼んだが?」

 ヒョイと審神者の部屋に顔を出したのは、打刀の陸奥守吉行だった。

「お、よく来たな」

 審神者は自分の向かいにある座布団に向けて、彼を手招きする。

「今日はちょっと見せたいものがあってね」

 興味ありげに目を輝かせる陸奥守の前に、審神者はその刀を差しだした。

 陸奥守吉行は、元の主の一人に坂本龍馬がいる影響か、新しいもの好きで、好奇心が強いという一面があった。審神者がこの刀を見せてみたいと思っていた付喪神の一人である。

 陸奥守はそれを観察し、刀身を少しだけ抜いてそれを確認した。

「軽うて強そうな鉄じゃ。こりゃあ、ここで作った刃がか?」

 その違和感に、陸奥守はすぐに気づいた。審神者は笑って答える。

「いいや、これは俺がいた時代に作られた刀だ。現段階ではこれより上のものは作れない」

「おんしゃの時代にもやっとうがあるがか? わしらの時代にはもう時代遅れじゃったがなあ」

 彼の持論の中には、刀は時代遅れだというものがあった。刀そのものである彼がそんなことを言う事にはじめは驚いたが、それも坂本龍馬の影響というものなのだろうと、今は納得しているし、それもまた、彼にこの刀を見せたかった理由の一つである。

 陸奥守は鞘をすべて抜いて、その刀の全体を眺めて、目を輝かせた。

「知らん鉄ぜよ、『すてんれす』ともちっくと違う。どうやって作っちゅう?」

 陸奥守はしばらくそうやってマジマジとそれを眺めていたが、やがてハッと何かに気づいたように表情を変えた。

「嬉しいっちゃあ嬉しいが、未来になっても、まだ平和は訪れちゃーせんがやき、微妙じゃのう」

 少しずれた陸奥守の考えに、審神者は微笑んで答える。

「いやいや、俺達の時代にはほとんど争いは残っていないし、仮に大きな争いが勃発したとしても、刀は使われないだろうね」

 陸奥守は更に首をひねる。

「ほんなら、どうして刀を作っちゅうがか?」

「世の中には酔狂な人間もいるんだ。それこそ日本刀の魅力に取り憑かれたようなね。実戦で使えないことを知っていても作りたくなるんだろう」

 ほぉ、と、陸奥守はもう一度その刃を眺める。

「美術刀に近い感覚ながかぇ、いやあ、それにしちゃあ」

 彼はそう言ってもう少しばかり眺めた後に、首をひねりながらそれを鞘に収めた。

 

 

 

 

「待たせたな、大将」

 次に審神者の部屋を訪れたのは、薬研藤四郎だった。彼は同じく部屋にいる兄弟である平野藤四郎に会釈した後に、座布団に腰を下ろす。

「非番連中の中で随分と話題になってるぜ、勿論、それを見せるために呼んだんだろう?」

 察しのいい短刀に、審神者はああ、と答えて、その刀を薬研に差し出した。

 薬研藤四郎もまた、審神者の興味を引いている刀だった。藤四郎兄弟の中では珍しい戦場育ちで、本人もそれを認めている。現代科学の結晶であるこの刀を、薬研はどのように評価するのだろうか。

 彼はそれを鞘から抜いて、まじまじと眺めて笑って言った。

「燭台切の旦那が喜びそうだな」

 審神者は首をひねる、その刀と燭台切との関係が結びつかなかった。

 更に薬研は続ける。

「軽いし、切れ味も良さそうだ。これなら、幾らでも捌けるな」

「一体何のことを言ってるんだ?」と、審神者は問う。

「何って」と、その質問自体を疑問に思いながら薬研が答える。

「近々、マグロか家畜でも捌く予定があるんだろ?」

 全く予想外の言葉だった。

「いやいや」と、審神者は手を振る。

「それは刀だ、俺が買ったんだよ」

 ええっ、と、今度は薬研が素っ頓狂な声を出す番だった。

「これを大将が?」

「そうだよ、俺達の時代の人間が作った最新の刀だ」

 へえ、と、薬研は再びその刀をまじまじと眺めて言う。

「しかし、こりゃあ大将には長すぎるだろう」

 更に審神者は首を傾げる、自分は平均以上の体格を持っていたし、その刀はサイズ的にはやや小さめの打刀といったところだったからだ。

 

 

 

 

 ついに、審神者が待ちに待っていた刀が本丸に帰還してきた。

 彼は平野に命じて、その刀を呼び出してもらう。

 やがて、わざとやっているのではないかと思うほどの足音が、部屋に近づいてくる。

「入るぜ」

 その刀、同田貫正国は審神者の答えを聞くより先に、座布団に腰を下ろした。

「で、何の用だよ」

「まずは、これを見てほしいんだ」

 審神者が差し出したその刀を、同田貫は不思議なものを見るように唸りながら手に取る。

 審神者は、同田貫正国にこそこの刀を見せたいと考えていた。

 美徳よりもその頑丈さを讃えられ、それゆえに幾多も数が残されている。この本丸の中で、審神者が手に入れた刀と最も境遇の近しい刀だと考えていたのだ。

 同田貫は、しばらくその刀を眺めていた。やがて平野がお茶とお茶請けを携えて戻ってきても、じっと長らくそれを続けていた。

 機嫌を損ねただろうか、と、審神者は緊張してお茶に手を伸ばした。同田貫は武器としての意識が強い刀ではあったが、審神者は彼とある程度打ち解けた関係だと思ってはいた。それこそ、多少の雑談は言い合えるほどに。

 やがて彼は口を開く。

「軽いし、頑丈そうだ、切れ味もありそうだし、相当な手練が作った刃物だな」

 ようやく、審神者が求めていた反応に近いものが貰えた。彼は少し機嫌を良くして言う。

「そうだろう、俺達の時代の人間が作った刀なんだ」

 へえ、と同田貫はつぶやいて「どうりで」と呟く。

「どう思う?」

「どうって、何だよ」

「その刀、実戦ではどのくらい使えると思う?」

 純粋な興味だった、その刀は軽く、頑丈で、切れ味も落ちない。誰かに実戦で振るえというわけではないが、どの位やれそうなのかという所は気になる。こと刃物への評価という点で、審神者は今この世で最も信用のできる場所にいるのだ。

 同田貫はこれみよがしにため息を付いて答える。

「駄目だな、こりゃあダメだ。刃物としては優秀かもしれねえが、刀となるとな」

「そりゃあどういうことだい」

 審神者は、刃物としては優秀だが刀としては駄目だという評価が腑に落ちてはいなかった、もちろん目の前にいるが刀の付喪神で、自身が刀であることに対し多少なりの誇りのようなものを持っていることは理解していたから、彼等を比較するようなことを直接口にはしなかったが。

「覚悟がねえんだ」と、同田貫は頑丈であるはずのそれを壊さないように注意しながら鞘に戻す。

「人をぶっ叩くという覚悟を吹き込まれていねえのさ。つまりこいつらには、人の命を奪う覚悟がねえ、まあ、あんたらの時代なら、仕方がねえのかもしれねえがな」

 じゃ、とだけ言ってその場を後にした同田貫の背中を、審神者はへえ、と生返事しながら眺めていた。たしかに、この刀に人を殺す覚悟は吹き込まれていないだろう。自分たちの時代に、その感覚はありはしない。

 一人感心しながらその刀をもう一度眺めていた審神者は気づかなかった、平野藤四郎が、ぐっと何かを堪えて下を向いているのに。

 

 

 

 

 

「主さま」

 日誌も書き終わり、さあ寝ようかと布団に潜り込もうとしていた審神者を、平野の声が引き止めた。懐刀として、彼は有事に備えて審神者の部屋で寝起きしていた。

 審神者はそれに少し驚いた平野は付き合いの古い刀だったが、あまりこのようなことをする記憶がなかった。明かりを消す前でよかったなと思う。

「何だい?」

 何か気になるところでもあるのだろうか、と審神者は軽く思っていたが、薄暗い室内の中で平野が神妙な面持ちで正座しているものだから、彼も同じように姿勢を正す。

「昼間のことで、どうしても言わなくてはならないお話があります」

 昼間のこと、と審神者は頭の中で復唱する、昼間のことと言われれば、あれしか無い。

「刀のことかい?」

「はい」

 ふうん、と審神者は思った。あの時はあまり反応していなかったと言うのに。

「あの時、同田貫様が『こいつらには覚悟がない』と言っていたのをご記憶でしょうか?」

 同田貫の事、と、それを不思議に思いながらも、思い返せばそんなことを言っていた気もするので頷く。

「同田貫様は全てを仰りませんでしたが、あの言葉には、まだ別の意味があるのです」

「へえ、他にどんな意味が?」

 それは、と言ったっきり、平野は下を向いて口をつぐんでしまった。ますます珍しい光景だった。

「言いにくいことなのか?」

「はい」

「なるほど、でも、言わなくてはならないと思っているんだろう?」

「はい」

「なら、落ち着くまで待てばいい。ここでのことは俺達二人の秘密にするし、なるべく感情を昂ぶらせないように努力しよう」

 審神者はそう言ったが、平野はもう二、三度ほど大きく深呼吸をした。そして、言う。

「あの時、同田貫様が仰られた『こいつらには覚悟がない』の『こいつら』とは、あの刀と、主さまのことなのです」

 申し訳ありません、と、平野は手をついて頭を下げる。

「それが仕方のないことだとは、分かっているつもりです。主さまが平和な時代で暮らしていたことの証明でもありますから。しかしあの時、僕は一振りの刀として、主さまがそれを認識していなかったことが、悔しくて堪りませんでした」

 審神者は、平野のその姿に大きな衝撃を受けていた。人を殺す覚悟だなんて、考えてすらいなかった、そんなもの、持ち合わせているわけがない。

 彼は自分が彼らの元の主、戦国時代という修羅の世界に生きた人間たちとは全く違う人種であることは理解しているつもりだった、ただ政府に雇われ、刀の付喪神を過去に送り、彼等が歴史修正主義の放つ刺客を倒すように指揮する、いわゆる侍と比べればチンケなものだろう。

 だが、だからこそ、彼は彼なりに誠意を持って刀剣男士達と接してきたつもりだった。しかし、覚悟とは。結局のところ自分は、彼等とは相容れない存在なのだろうかという不安が、不意に彼を襲ったのだ。

 久しぶりに自らの興味で動いてみれば、まさかこんな、刀剣男士達を軽んじるような、侮辱するようなことをしていたかもしれないなんて、と、彼はその場にじっとできなくなって、その場から立ち上がり、その刀を手に取った。

「少し、夜風にあたってくるよ」

 平野は、それに続いて立ち上がることができなかった。ただただ、審神者が持っている刀が打刀、彼が間違いを起こすには長すぎる刃物だったことだけが、平野にとっての救いだった。

 

 

 

 

 何かを考えながら、何も頭のなかでまとまらず、結果として呆けながら満月が照らす庭を歩いていた審神者は、やがて一人の刀剣男士が、寝衣で縁側に座っているのを見つけた。

 加州であろうか、陸奥守であろうか、薬研であろうか、同田貫であろうか。その誰が座っていたとしても、審神者は昼間の非礼を謝らなければならないと強く思いながら、それに近づく。

 しかしそれは、彼が願っていた誰でもなかった。そもそも、刀剣男士達の部屋割りを決めたのは審神者であろうに、彼はそれに気づくことが出来ないほどに狼狽していたのだ。

「主じゃないか、どうした?」

 その刀剣男士、古備前の鶯丸は、動揺から息を荒げている審神者の姿に特に驚くこともなくそう言った。その落ち着きように、審神者も少し熱を冷ませる。

「鶯丸こそ」

「なに、ようやく大包平を寝かしつけたところだ、ちょうど月も出ていることだし、それを見ながら休憩だ」

 そうか、と、審神者は答える。そういえばと、古備前の二人には日帰りの遠征を頼んでおり、夜が近くなってきてから帰ってきたことを思い抱いた。

「随分と、追い詰められているように見えたが、その刃物と何か関係が?」

 鶯丸が指差したその刀に、審神者は思い出した様に目を向ける。そして、今目の前にいる刀剣男士が、この不安に対する答えを持っているかもしれないと、半ば願望に近い思いつきを覚えた。彼が千年近く現存している刀の付喪神であることは知っていたし、彼が時折見せる思慮深さが、何か自分にも光明を与えてくれるかもしれないと思ったのだ。

 彼は全てを鶯丸にさらけ出した、軽い興味から自分の時代にある刀を買ったこと、それを何人かの刀剣男士に見せて意見を求めたこと、その結果彼等と自らの大きな感情の壁が浮き彫りになったこと、それが不安でたまらないこと、その全てを。

 鶯丸は、それを全て黙って聞いていたが、審神者が全てをさらけ出した頃に「その刀を、見せてくれないか」と彼に言う。

 審神者は、手に持っていたそれを鶯丸に差し出した。彼はそれを受け取って、ゆっくりと鞘から引き抜く。

 その刀は、月明かりを浴びても、鈍く輝くのみだった。審神者がかつて名刀達に見たように、月夜をその刀身に映し出すことはない。

「なるほど」と、鶯丸は呟く。

「仕方のないことだろうが、たしかに覚悟を吹き込まれているようには見えない。同田貫の言うとおり、実戦刀としては致命的。もっとも、美術刀としてもそれが致命的だが」

 審神者は鶯丸の言葉を妙に思った、たしかに人を切る覚悟がないことが実戦刀としては致命的であるという理屈はわからないでもない、ただ切ることができればいいだろうと、精神的な感覚を否定することは簡単だが、刀に付喪神を下ろすという、精神的を通り越してオカルトのような芸当を生業にしている彼にとって、むしろその説明のほうが納得できる。

 だが妙なのは、人を斬るという覚悟が、美術刀としての価値にまで関係しているという部分だ。そりゃあ、この刀が美術刀かと言われれば違うと答えるだろう。だが、それはこの刀の機能的と製造効率を重視した近代的なデザインが、例えば鶯丸であったり、三日月宗近であるような、最初から宝剣として作られた者たちと比べれば、その格が落ちるであろうという理由なだけであって、そこに人を切るという覚悟などと、思うわけもない。今目の前にいる鶯丸が、宝剣として長く存在しながらも、戦線では活躍している以上、それを口にはしないが。

 審神者のその考えを、鶯丸は見抜いていたのだろう、彼は刀を鞘に戻すと、審神者に言う。

「実戦刀はもとより、美術刀もその概念の根本には『人を殺める』と言う覚悟があるものだ。さえずることも出来ず、空を飛ぶことも出来ず、爪で獲物を捕えることも出来ない鶯を、人は鶯と呼ぶかもしれないが、他の鶯はそうは思わない。刀もまた、その覚悟を吹き込まれ、初めて刀となるというもの」

 自らの浅い考えを恥じながら、審神者はなるほどと納得した。しかし、どうしても聞いておかねばならないこともある。

「刀についてはわかった、だが、俺はどうすればいい。『人を殺める覚悟』なんて、俺は持ったこともなければ、考えようとしたことすら無い。言い訳に聞こえるかもしれないが、俺達の時代では、それは持ってはならない覚悟だった、考えることすら否定されるほどの」

「良いことじゃないか」と、鶯丸は返す。

「平和な時代だったということだろう。俺達が人を斬れなくなった時代かも知れないが」

 それは確かだった、刀よりももっと強大な武器が現れ続け、遂にはボタン一つで世界そのものが破滅してしまうかもしれない狂気の兵器が、世界数十発分存在する。誰もがそのボタンを押したくはないから、誰も争いを起こしたくは無い、そんな時代だった。そのような時代に生きたことを、今更否定しようとは思わない。

 だが、それとこれとは話が違うのだ。

「どうすれば、その覚悟を持つことが出来る?」

 審神者の言葉に、鶯丸は表情をこわばらせることで反応を示す。

「必要が無いだろう、君達は平和な時代に生きた。刀を振るって時間遡行軍を殲滅するのは俺達の役目だ、君達が直接手を下すわけではない」

「わかっている」と、審神者はうなずき、「それでも」と、首を振る。

「今は君達の主だ、持ち主だ。もし自分が命の危機を迎えれば、何の躊躇もなく君達を頼るだろう、自らの君達を振るおうとしているのに、その覚悟を持っていないのは、俺自身が納得できない」

 審神者は孤独を嫌っていた、数十体の付喪神が存在するこの本丸において、自ら一人だけが、彼等の中に共有されている一つの概念を持っていないということが、居心地悪かったのだ。

 鶯丸はしばらく審神者を見つめながら考え、やがて言った。

「それなら、この刀を振ってみればいい」

 彼は再び刀を鞘から抜きながら、それを審神者に握らせる。

「振る?」と、それを握りながら問うた審神者に鶯丸が答える。

「そうだ、何かを切れてというわけじゃない。素振りのように、空を斬らせるだけでいい」

「どう振ればいい?」と審神者が問うと、鶯丸は彼の背後に回って、刀を握る審神者の両手に、背中越しに手を添える。

「こうだ」と、鶯丸が言いながら、刀を頭上に構えさせ、それを振り下ろさせた後に、今度は低く構えさせ、空を突かせる。

 審神者の知っている、剣道のようなある程度美しさを持った武道とは少し違う動きだった。

「俺はここで見てる」

 鶯丸は鞘を持ったまま、再び縁側に腰掛けた。

「目の前にいるものを想像しながら振り下ろせ、時間遡行軍でもいい、命を狙う間者でもいい、気に入らない友人でもいい。とにかくそれを徹底的に潰そうと、刀を振るえ」

 審神者は、本当にこんなことで覚悟が身につくのかと疑りながらも、目の前に敵をイメージしようとする。当然、それは時間遡行軍だ、彼は政府に手渡された資料写真でしか知らない彼等が、今にも自分に斬りかかろうとしていることをイメージしながら、刀を振り下ろした。

 その時だった。

 当然空を切るはずだった刀に、手応えがあったような気がしたのだ。否、実際に手応えのようなものがある、何故ならば、その刀は空にとどまり、振り下ろせていないからだ。

 審神者は体を震わせた、そこには誰も居なかったはずなのに、刀は空を切るはずだったのに、今彼の目の前には、刀を肩に食い込ませた時間遡行軍の太刀が、たしかに存在していたのだ。

 そして、雄叫びが聞こえた。

 審神者はそれを聞いたことがないはずであったのに、時間遡行軍、太刀の雄叫びが、彼の耳に届いていた。自らを威嚇する雄叫びではない、悲痛な、懇願じみた、自らがこの世に生きていたことを、ほんの少しでもいいからこの世に記憶させようという、そんな雄叫び。

 審神者はそれを想像していたわけではない、だが、その雄叫びは、彼が時間遡行軍に想像していたものと全く違っていた。

 力を入れることができなかった、もし時間遡行軍が発した雄叫びに、自らへの殺意に満ち溢れていれば、その刀を振り下ろすことが出来たかもしれない、しかし、こんなにも、悲しく。

 体の震えが、腕を伝って、指先にまで広がっていた、力も入らず、振るえ、段々と、気力も薄れ、血の気が引く。

 殺そうとしている、自らが、自らの意志で、命を奪おうとしている。その現実に、心が耐えられなくなってきた頃、審神者は、刀を地面に落とした。

 その瞬間に、彼が見ていた幻影のすべてが影も形もなくなった、しかし、自らの手に残るあの感触は、気持ちが悪いほどに残っている。

 地面に落ちた刀を拾ったのは、鶯丸だった。

「震えていたな、どちらも」

 審神者に向かって言う。

「戦場で刀を手放してどうする、死ぬぞ」

 そして鶯丸は、それを再び審神者の手に握らせながら、耳元で「命を大事にしろ」と、囁く。

 審神者は、差し出された刀を言われるがままに握り、息を荒げながら、鶯丸に問う。

「今のは、君達の力か?」

 自分が見た幻影、それは付喪神である鶯丸が意図的に作り出したものなのではないかと思っていたのだ。

「いいや」と、鶯丸が答えた。

「あれを作り出したのは、君達だ。俺達の戦場での行い、肉を裂き、骨を砕き、心の臓を貫き、もはや亡骸になったそれすらも断とうとする。俺が教えたその動きから、君達の想像力があれを作り出した」

 腑に落ちる説明ではなかった、しかし、審神者はそれを受け入れるしか無い。幻影が現れ、刀が止まり、雄叫びが聞こえたのは紛れもない事実なのだ。

「わかっただろう。殺めるということは、一方的な感情の動きではない。誰もが命を奪うことを望んでいるわけではないんだ、しかし、誰もが命を奪われたくないとは思っている。殺されたくない、そう思っている相手を、同じく殺されたくないと思っている己が、その価値観を共有できるはずの相手を殺すこと、悲しく、情けなく、運命を呪い、それでも刀を振るっているのは己自身だという現実を受け入れる、それが刀を振るう人間が持つべきもの」

「だから」と言って続ける。

「無理にとは言わない、人間はそれを繰り返さないための時代を作り上げた。それを享受してもいい」

 しかし、審神者は首を振ってそれを拒否する。

 声に出来なかった、あの雄たけびは、まだ彼の頭の中にこびりついている、しかし、審神者は、だからこそこれは自分に必要なことだと思っていた。

 審神者という立場について何日が経つだろう、それなのに、今日この日まで、自分たちが戦っている相手も、同じ人間であるのかもしれないということを、考えすらしていなかった。彼等はただの敵であり的であり、ただ漠然と、ボードゲームのコマを指で倒すように、そこに何の感情も持ってはいなかった。

 あるいは、それは悪いことなのではないことなのかもしれない、敵を倒すという事を生業にしている以上、相手に感情を持たないことは、必ずしも悪ではない。

 しかしそれでは、刀の付喪神である刀剣男士達に示しがつかない、彼等は斬る相手が人間であることを理解しながらも、それを斬ることを覚悟としているのだから。

「もう一度だ」と、審神者は言った。

 小さく息を吸い、大きくそれを吐くことを繰り返しながら、彼は再び構える。

 鶯丸は、それを見て何も言わず、再び縁側に腰を下ろした。

 再び、審神者は時間遡行軍、太刀を目にする。

 しかし、今度のそれは幻などではない、審神者本人が、それをしっかりと認めている。

 太刀もまた、刀を振り上げている、しかし、それは彼が破壊を快楽としている狂人だからではない、目の前の自分を殺さなければ、自らが殺されると思っている、ただそれだけの理由。

 だから、審神者は刀を振り下ろした、己自身もまた、殺されたくない一人なのだから。

 今度は両腕に力を込める、肉を裂き、骨を断つように。

 耳に届く雄叫びも、審神者はしっかりと心に留めた、それを聴き逃してはならないと思った。

 やがて刀は振り下ろされ、時間遡行軍太刀の全身が切りつけられる。だが、まだ彼は動きを止めてはいなかった、彼はまだその小さな希望を信じて、審神者を殺そうとしているだろう。

 だから審神者は、鶯丸に教えてもらったように、今度は刀を低く構えて、遡行軍太刀の胸を突く。

 捉えた、審神者は感じている、今、たった今、自らの刃先で震えていた命を、彼は貫いた。自らの意志で、自らが望んで。

 雄叫びが、段々と弱くなっていった。血が巡らず、肺は膨らまず、意志がなくなり、段々と刀に掛かる重さが増していき、刃先が下がっていく。

 審神者は、刀を抜こうとした、しかし、何がそうさせるのかは分からないが、刀はそれに食い込んだまま抜けない。審神者達は自身が成したことが何なのかをようやく理解するに至り、段々と体が震え始める。しかし、それでも刀は抜けてはくれない。

 だから審神者は、左足を振り上げて、つい先程まで命であったそれを押し蹴った。刀からそれが抜け、地面に横たわるそれを、亡骸と呼ぶのだろうと彼が思ったその頃に、鶯丸の声が届く。

「血をはらえ」

 見ると、自らが握っている刀の刀身には、月の光がそうさせるのであろうか、彼が思っているよりもどす黒いものが粘りついていて、彼は、普段彼が見ていたエンタテイメントが、その実嘘で塗り固められていることを知った。

 それが刀にとってよくはないことくらいは、審神者も知っていた。彼はやたらめったらに、それでいて勢いづいた刃先が自らのつま先を突き刺さぬように小さくそれを振るって、地面をまだらに黒く染める。

「鞘を」

 いつの間にか縁側から立ち上がっていた鶯丸から差し出された鞘を、審神者は受け取った。亡骸の目線が、自らを見ているように見えた。

 どちらも震えていた、刃先が安定せず、鯉口に収められない。

 頼むから、と審神者は願っていた。震えが収まれなどと大それた事を言うつもりはない。偶然でいい、ただ偶然でいいから、震える刃先が、鯉口に収まる、そんな偶然が起きてくれと、彼は願う。

 その願いが、刀に伝わったのかどうかは分からないが、やがて刃先は鯉口に収まり、審神者はゆっくり、ゆっくりと刀身を収めていく。

 本丸の庭に、鍔鳴りの音が響いた、全ては消えた。亡骸も、まだらになった地面もない、それらが全て、空虚なものであったことを、ようやく審神者の頭が理解したその時、彼の中で緊張の糸が切れ、足から力が抜ける。

 倒れそうになった審神者とその刀を支えたのは、鶯丸だった。

「よく堪えた」

 何とか審神者の足が地面を掴むように彼を支えながら、鶯丸は言う。

「さすが俺達の主だ」

 審神者がその声に安心して足が地面をつかむより先に、本丸の庭に声が響いた。

「友成!」

 古備前の部屋の障子が勢い良く開かれ、寝衣のまま刀を持った大包平が現れる。

「こんな真夜中に騒がしいぞ」

 何とか審神者を立たせた後に、鶯丸が鬱陶しそうに大包平に答える。

 大包平は鶯丸と審神者を視界に捉えた後、ぐるりと庭を見渡して、敵が居ないことを確認してから、柄から手を離す。

「殺気があったが」

「なに、主と手合わせの談義をしていただけだ、少しばかり熱が入ってしまったが」

 同じ刀の付喪神である大包平からすれば、当然違和感のある説明だったが、敵がいるわけでもなく、何かが荒らされているわけでもない、「明日も早いぞ」と、鶯丸をたしなめてから、彼は再び部屋に戻った。

 そのすぐ後、縁側を静かにかける音とともに「主さま」と声がする。平野藤四郎だった。

「ご無事ですか!?」

 彼もまた、大包平と同じように殺気を感じて居たのだろう、もしかすれば、この本丸にいる刀剣男士全員が、それを感じていたのかもしれない。

「歩けるか」と、鶯丸は審神者に問う。

 審神者は、何度か土を踏み鳴らして、それに頷く。

 ふふ、と鶯丸は笑った。

「疲れた、俺はもう寝ることにする」

 

 

 

 

「すまなかった」

 平野と共に部屋に戻った審神者は、彼の前に手をついて謝っていた。

「主さま!」と、慌てる平野に、更に続ける。

「これまでの非礼を、許して欲しい」

 審神者は、自らが持つべきであった覚悟が、ここまでのものとは考えても居なかった。そして、自分がそうするように指示している刀剣男士たちが、その一振り一振りに、あれほどの感情のうねりをのせている事に、改めて敬意を払っていた。加えて、悪意はなかったとはいえ、その覚悟を軽んじるような行為をしたことを恥じていたのだ。

「謝るのは僕の方です」と、平野が声をうるませながら言う。

「僕の主達の中には、今の主さまのように、覚悟を持ち合わせていない者も当然いました。仕方がありません、僕の主は、平和な人生の中にあったことが多かったのですから」

 どうか、と重ねて言われ、審神者はようやく頭を上げる、そこには俯く平野があった。

「ですが、僕はそれに何も思いませんでした。付喪神としての意識はあれど、彼等に干渉するすべもなく、平和な時代が悪いとも思っていませんでした。しかし、人の体を得て、人の声を得て、主さまを得て、僕は少し利己的になっていたのかもしれません。主さまに、僕達の理想を重ね、人はそれぞれ違うことが見えていませんでした」

「僕は」と、平野が続けようとするのを、審神者が遮る。

「違う、平野が今日それを言ってくれたことによって、俺は、少なくとも今日に至るまで、俺が持つべきであったものを持っていなかったことを知った。人は学ぶ、考える、努める。だから、俺が平野達の理想のようにあろうとすることは当然なんだ、刀に刀の矜持があるように、人には人の矜持がある」

 しばらく、彼等は言葉を交わさなかった。何を語ることが相手を救い、何を語ることが相手を貶めるのか、その判断ができずにいた。

 だが、お互いに、それを苦しいとは思わなかった。そのどちらもが、どちらをも気遣っていることは理解できていたし、価値観の違う刀と人間が、何とかお互いを理解し合おうとしていることもわかっていた。

 だから彼等は、それ以上それを追求しなかった。やがてどちらかが、寝ることを提案し、どちらかがそれに従った。

 

 

 

 

 明朝だった。僅かに明るくなった本丸内の道場に、その刀を持った審神者が居た。

 彼はゆっくりと鞘からそれを抜き、大きく息をしながら、大きく構える。

 審神者は大きくそれを振り下ろす、そして低く構え直すと、今度はそれを空に向かって突いた。

 ぶるりと体を震わせながら、彼はそれを鞘に収める。大きく息を吐いて、彼は「よし」と言った。

 

 

 

 

「おはよー」

 本丸の廊下、その日の朝餉を任されていた刀剣男士の一人であった加州清光は、朝早くに審神者とすれ違った。審神者の初期刀でもあった加州は、挨拶もくだけたものだったし、それで十分だった。

「おはよう」

 いつもはそれにくだけた挨拶を返すはずの審神者は、あまり表情を崩さずにそう答えた。それは決して加州への感情が変わったことが理由ではない、緊張から解き放たれてすぐに、軽いノリに合わせることが出来るほど、彼が器用ではなかったのだ。

 自らの不自然な対応に気付くこともなく廊下を歩く審神者の背中を、加州は首をひねりながら眺めていたが、やがて、審神者の左手に昨日見たあの刃物が握られていることに気づくと、「ふうん」と、意味ありげに鼻を鳴らし、小さく笑みを作りながら、茶化すように叫んだ。

「浮気者!」

 それに気づいた審神者は加州に振り返り、ようやく笑顔を見せながら左腕を上げて、自らの手に握られている『刀』を、嬉しげに誇示するのだった。

 




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