随分と前の記憶。
僕は施設の中にいて、毎日薬をうたれて実験されていた。
聖剣のため、聖剣のため。
大人はみんなそう言う。
聖剣の適合者になるため、彼等はそういう。
でも駄目だった。
一人一人殺される。
廃棄処分。大人はそう言った。
悔しかった、痛かった、辛かった。
誰も助からなかった。
血塗られた部屋をみて震えが止まらなかった。
少し前までみんなが笑っていた場所が、今では壁一面に血の跡がある。
吐いた。胃の中には何も無かったのに、それでも嘔吐した。
吐いて吐いて吐いて……喉から血が出るほど吐いて。
疑問に思った。
なんでこんな辛い思いをしないといけないんだろう。
なんで僕達がこんな目に合わないといけないんだろう。
僕らに聖剣の適性がなかったからこんな目にあったの?
だったら僕は聖剣が嫌いだ。
憎んでると言ってもいい。でも聖剣が悪い訳じゃないってことも分かってる。
──空から光が落ちてくる。
とても大きな力。
聖剣なんて比じゃないこの武器は。
施設を破壊すると同時に僕の前に降りてきた。
周りはここに建物があったなんて誰も信じないほど吹き飛んだ。
こんな場所残らない方がいい。
目の前にある武器を手に取る。
聖剣と違って適性がないから弾かれることは無い。
しっかりと掴むことが出来た。
強く握る。そして大きな力が僕に流れ込む。
それと同時にこの槍の名前が僕の頭に流れ込んできた。
──
この日、家族を失った代わりに僕に力が手に入った。
ーーーーー
僕には家族がいない。
いや、正確には少し違う。い
教会の非道な実験によって皆が死んだ。
聖剣エクスカリバーの為だなんて馬鹿げた理由で出来ないと判断されると殺された。
そして困ったことに僕は生き残ってしまった。
家族のいないこの世界で、頼ることができないこの世界で。
僕は生き残ってしまった。
「……これからどうしたものか……」
手には黄金に光り輝く聖槍があり、それだけで目立ってしまう。
どうにかならないのか? と思うとロンゴミニアドはそれに察したのか、僕の体の中に入っていった。
決して刺された訳では無い。波紋のようなものが体の表面に現れ、中に入っていったのだ。
目立つ槍は何とかなった。
だが、どうするのが正しいのか……それを教えてくれた家族はもう居ない。
──タちドまるな
心の中で何かが呟いた気がする。
それは聖槍なのか、はたまた死んだ家族の誰かなのか……。
それは今となっては分からない。
ただ……。
「そうだね、立ち止まっちゃ駄目だ。歩き続けよう」
槍に選ばれた。
そんな使命感は微塵もない。
ただ、死んでいった家族の分まで。少しでも長く生き延びて、僕達は無価値なんかじゃなかったと証明したい。
それで教会の奴らに「ざまーみろ」って言ってやりたいな。
そんなことを思いながら北へと向かった。
特に北に向かった意味は無い。
ただ、直感で動いた。
それこそナニカに導かれた……そう思えるほど僕の足取りは軽かった。
ーーーーー
旅? を続ける数日、僕は世界の広さを肌で感じた。
歩いても歩いても果てが来ない大地、そして通じない言語。変わった味のする食べ物に飲み物。見たことの無い果実とあげればキリがない。
ただ一つ確信めいたものがある。
──楽しい。
世界は広い。
僕の知った世界はとても狭い。
そう思わせるほど、僕は何も知らなかった。
小さく閉鎖的な部屋だけが僕の世界だった。
できれば皆も連れてきたかったな……。
…………ダメだな湿っぽくなってしまった。
美味しいものを食べて笑顔になろう。
でも、僕の幸せは長くは続かなかった。
「お前が
逃げた。
もしかしたら胸の中にある聖槍を使えば一掃できるのかもしれない。
でも、それに頼ったらいけない気がした。
なんでかは分からない。
逃げた。
全速力で。
狭い部屋でしか生活してこなかったからか、直ぐに息切れしてしまう。
それでも懸命に走った。
捕まればあの日々に戻る。
そう思うと家族の亡骸が脳裏に浮かぶ。
「ハァハァ…………」
肺が悲鳴をあげている。
足ももう動かないと小刻みに震えて力が入らない。
森に倒れるように寝転んだ。
殆ど気絶だったと思う。酸欠になってあまり働かなくなった頭でそう考えながら意識を手放した。
暫くして起きると僕は意識を失う前にいた茂みにいた。
どうやら教会の人は上手くまけたようだ。
あの教会の人が前の人達と同じように酷いことをする人じゃないのかもしれない。
……でも、あの制服を見ると思ってしまう。
僕の家族のようになってしまうのでは無いのかと。
前途多難。
こういう時のことを言うのだろうか。
一人で生活するのは楽しいが、それ以上に大変だな。
うつ伏せの状態から仰向けになり、曇天を仰ぐ。
楽しい日々であると同時に、僕の日常はこういう物になる。初めてその事に気付いた。
「楽しくて大変だ……」
ぽつりと呟く僕の声に誰も反応することはなく、その嘆きは虚空に消えた。
そっと胸を撫でる。そこには何も無い、だが少しだけ暖かいものが感じられるような気がした。
「走ろう」
誰の手も届かない場所がいい。
小さな山の上にでも行こう、そうすれば体力も鍛えられそうだ。
目指すは山の上。
登山を趣味にするのもいいかもしれない。
あの施設から初めてでて世界の広さを知った。
川は綺麗だし、山は大きい。
そんな当たり前のことを僕は知らなかった。
だから山に登ってみたい。高いところから、世界を見渡してみたい。
そんなありふれた感情に任せて僕は山に望んだ。
雪山はとても寒い。
足が冷たくなって、空気が薄くて……。
とても寒い。
体の芯まで固まりそうだ。
「お前さんやい、こんな所でどうした?」
こんな寒い雪山でもお爺さんは普通の格好をして立っている。
どうやら僕は相当体が弱いみたいだな、
「ちょっとこの山を登ってみたくてね」
「その格好でか? 見たとこお前さん、体を鍛えてるってわけじゃ──ッ! ……ふむ、なるほど」
お爺さんは少しだけ目を見開いたような仕草をして、髭をとくように触る。
「なるほどのぉ、まだ染っておらぬようじゃし。これも巡り合わせかのぉ」
「お爺さん?」
少しお爺さんは長考し始めたみたいなので、先に進みたい。
とりあえずボロボロでカチカチの体を使って前へと歩き出した。
「まぁもう少しゆっくりしていけ。老人の会話に付き合ってくれ」
「……は、はぁ」
気の抜けた返事になった自覚はある。
なんて元気な爺さんなのだろうか。
「お前さん、山に登りたいじゃったな?」
「え!? ……まぁうん、そうだね」
「なら儂に着いてこい。何せこの山は儂のナワバリじゃからな」
もしかしてこの爺さんは凄い登山家なのかもしれない。
そう思い僕は爺さんの後を歩いた。
…………
……
……
爺さんの足取りは早い。
世の爺さんはみんなこれくらい歩くのが早いのだろう。僕はまだまだだな。もっと世界を見てみたい。そのためには歩くことが大事になる。
「ほれ、もう少し早く歩くぞい」
「……りよー……かい」
だいぶ疲れた。
凍死するかも知れないくらい体が冷たい。そしてそれと同じくらい体が熱い。
何か得体の知れないものが体から出たがっている。そんな気がするほど体が熱い。
時には幅1mもない氷の幅を渡ったり、傾斜がほぼ垂直な場所を登ったりと。そんな何度も死線を掻い潜ってやっと辿り着いた。
「到着じゃ。どうじゃ? 気持ちよかろう?」
何日間歩いていたのかは分からない。
それでも丁度雲も見えなくなり太陽の光が体を照らしてくれている。
「……ああ、とても綺麗だ」
目を奪われる。
初めて高所から見た世界は、また違った見え方をしていた。
真っ白な雲が見下ろす形で見える。
どこから来たか分からないほどの山脈の猛々しさ。
それを全て見下す僕が立つ頂上。
感動。
その言葉以外に僕の体にうち震えるものを表す言葉はないだろう。
「見事。良くぞ着いてきた、才能ある少年よ。名を聞こう」
「……名前は……ない」
「ない? お前さん、どこの出だ?」
「教会の実験から逃げてきた。だからよく分からない」
名前も本当はある。
だが既に死んだ、そう処理されたはずだ。
だから僕には名前が無い。
そしてどこの出? という問にも答えられない。
「ふむふむ。なるほどのぉ」
「あ、別に辛くないし気にしてないよ」
「バカタレ、名前が無ければ不便かろう。特別に儂が名前を付けてやろう」
「いやいや、僕は別にそういうのは」
「──ロン。それで良かろう?」
「だから話聞けよ。…………はぁ、まぁいいや」
少し強引でアグレッシブなじいさんから名前を貰った。
必要な時に適当に考えるつもりだったけど、貰ったならいいや。
「名誉な事じゃぞ、儂から名を貰えるなど」
「名誉って、お爺さん実は偉い人だったの?」
「む? 知らんと着いてきておったのか? ならば名乗ろうか、儂は北欧の主神オーディンと呼ばれる神じゃ」
どうやら僕の目の前にいるお爺さんは、登山をしすぎて頭がおかしくなった残念なお爺さんらしい。
オーディン、変なお爺さんと勘違いされるの巻