ヤンデレに癒されたい...
「最後に質問があれば受け付けますが、何かありますか?」
個人面接も終盤に差し掛かり、挽回の機会が訪れた。ここまでのビハインドは惨憺たるものであった。
僕は大人の真顔が怖い。思い起こせば僕の人生は怒られ続けられてきた。両親からは厳格な躾を受け、粗相をすれば折檻を食らった。また成績も芳しくなくいつも教師から冷たい視線を浴びてきた。そのためか面接官の無表情による面接は苦手だった。
今日もまたそうした面接官に萎縮してしまい、ちぐはぐな答えや詰まることが多かった。早く時間が進まないかと神に祈った。
僕は手を挙げた。
「で、では...まだ結果は分かりませんが御社に入る上で身につけておくべきことがあれば教えてください」
この質問はキャリアセンターから教えてもらった無難な質問の一つである。ここまでの面接で結果は絶望的であるが、勇気を振り絞り投げかけた。
面接官は顔色一つ変えず答えた。
「まずは健康に気をつかうことですね。健康でなければ始まりませんし、それと...」
面接官はふと僕を見据え、
「『明るく』、『元気で』生活を送ることが求められますね。そんな回答でよろしかったですか?他に質問は?」
やけに明るく・元気を強調し答えた。あっけに取られた僕は反応が遅れた。
「....あ、はい。ありがとうございます。特にはないです..」
「では、これで個人面接を終わります。結果は1週間以内に連絡致しますので。本日は弊社にお越しいただきありがとうございました。」
「いえ、こちらこそ本日は貴重なお時間を頂きましてまことにありがとうございました。」
「それでは失礼します。」
お辞儀をし、面接会場を出た。
地下鉄がやってくるのを待つ。昼下がりのこの時間でも混み合っていた。地下特有の生温い風が頬を撫でる。
僕は放心状態だった。面接を終えた解放感というより、人格否定をされた絶望感に満ちていた。先ほどの面接官の言葉は間違いなく僕への当てつけだった。僕はみてくれはどう見ても文化会系で、事実中学の頃は生物部、高校の頃は帰宅部だった。肩幅はしっかりしている...わけもなく面立ちにも覇気はない。
就活業界には運動部神話というものがある。体育会系の学生はバイタリティに溢れていて、前向きで会社でもバリバリ働く印象が強く東証一部上場企業に内定を貰う就活生には運動部出身者が多いという都市伝説である。
僕も最初は第一印象だけで社員を選ぶなんてないと思っていた。しかし、蓋を開けてみれば二次、三次と進む男子学生は爽やかな体育会系の学生ばかりだった。だが、グルディス(※1)を通じて彼らと接してみると何故選考に残っているのか不可解でならない。学生時代は部活とアルバイトしかしていないというアベレージスチューデント(平凡な学生)のはずなのに..
僕は大学でボランティアサークルに所属していた。ボランティアは就活に有利だと聞いたが、企業の関心ごとは何のアルバイトしていただとかそんなことばかりである。ガクチカ(※2)を話したところで関心を持ってもらえず、既に4社ほどお祈り(※3)されている。
抜け殻となり果てている体を動かし、電車に乗り込む。電車の揺れに抵抗することなく柳のようにゆらゆら揺れる。人は無気力になるとつり革に吊られるんだな。体が重力に屈し、つり革がなければ崩れているような状態だった。
『ご乗車ありがとうございました。まもなく新菰野、新菰野です...Thankyoufor...』
気がつけば最寄り駅に着いていた。僕の自宅は駅から歩いて数分のところにある。改札を抜け、地上に出る。それと同時に再び面接の記憶がフラッシュバックする。面接の失敗が脳内再生される。
「....っう......うう....」
自宅であるアパートが見えるところまで来た時には涙が溢れていた。その涙は自分の不甲斐なさから来ていた。涙を拭い、部屋の扉を開けた。
「あ、お帰り♡.....どうしたの?大丈夫?」
扉の向こうには腰まである長い黒髪ロング、華奢な身体には大きいスウェットを着た女の子が出迎えをしてくれていた。
僕の彼女-産屋敷かおり(うぶやしきかおり)だ。
「根暗陰キャは就活しちゃダメなのかな...」
「そんなことないよ..ほらギュッ」
かおりは僕の頭に腕を回し、豊満な胸を押し付けた。僕はこんな変態的プレイに母性を感じていた。
前述の通り僕は両親から愛情を注がれて育ったわけではなかった。そのせいか母性や愛情欲求が普通の男よりも欠乏していた。
「大丈夫。その会社とは縁がなかっただけだよ。よしよし..」
かおりは子どもをあやすような優しい声で僕の頭を撫でる。少しずつ心傷が癒える心地がした。
「でももう4社目だし、やっぱり僕なんて...」
「ほら、こんなところに立ってないでお部屋に行きましょ」
かおりは僕の手を引き、リビングに誘う。
「はい着替え♡着替えたらお昼寝しましょ?疲れたでしょ?」
「うんっ...」
リクルートスーツから部屋着に着替え、ベッドに潜る。ベッドには既にかおりがおり、隣に寝転ぶと背中にかおりの腕が回され、抱きつく姿勢となった。
いつも昼寝の際には今日起きた出来事を伝えるのが通例だった今日も面接が上手くいかなかったことを吐露した。かおりは「うんうん」と相づちを打ってしっかりと話を聞いてくれる。話していくうちに僕の中にあった毒素が次第に抜けていった。
「そんなことがあったんだね...大丈夫。自分を追い詰めないで?そんな圧迫面接をする会社なんかに入らなくたっていいんだよ。悪くない。何も悪くないんだよ...」
密着した状態で慰めの言葉を囁いてくれる。男として情けないが、それが彼女との関係だった。
彼女との出会いは高校時代に遡る。友人とボードゲームで遊んだときに誰かがただやってもつまらないから負けたやつが産屋敷かおりに告白しようと持ちかけた。僕たちはそれに応じ、僕は下位ながら最下位を免れた。
安堵と同時に惜しい事をしたという後悔があった。天文学的確率だが、もし告白が上手く行ってしまったらどうしようと。産屋敷は僕の初恋の人だった。それを罰ゲームの扱いにされるのは嫌だった。
気がつけば僕は告白を嫌がる友人に「僕が産屋敷と告白してもいいか?」と言っていた。そして、その次の日僕はかおりを呼び出し告白をした。
「はい…私なんかでよければ」
産屋敷の受諾の返事に僕は舞い上がるような気持ちになった。それから同じ大学に進学し、今は彼女と同棲している。彼女の父は貿易会社の社長らしく、かおりはそこの会社役員を大学生の頃から任されているため就活を行っていない。
3月の解禁から連敗記録を重ねる僕を優しく励ましてくれるのは彼女だけだ。僕はかおりに抱きかかえられたまま眠りについた。
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「寝ちゃったのかな?」
今日も彼は企業選考上手くいかなかったみたい。私はお父さんにお願いしようか?という話を何度かしたが、「ううん。そこまで迷惑はかけられないよ」と自力で企業を探すと断り続けていた。
君は私が同情でお父さんの会社の斡旋をしてると思ってるんだろうけど、本当はそうじゃない。私が入って欲しいの…
だって、君が企業に入って働くようになったら他の女と仲良さそうに話したりするだろう。そんなの考えるだけでいや。選考で他の女と同じ空気を吸っているだけでも許しがたいのに…
私の目の届く所にいて?私の支配下にいて?他の女に目移りなんて許さない…
就活なんて上手くいかなければいいのに…お祈りされても面接官に強く当たられても私がいつだって慰めてあげる。そして、いつか自力で企業を選ぶことを諦めて一緒の会社に入ろうね?君だけの『特別待遇』をしてあげるから…ふふっ♡
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目が覚める。気がつけば窓の外は暗くなっていた。ベッドにはかおりは居らず、キッチンに立っていた。
「あ、起きたんだね♡もうすぐご飯にするから机の上をキレイにしておいてくれるかな?今日はまだ寒いからシチューにしてみたよ」
「うん」
今日の夕食はシチューとクロワッサン、サラダだった。クロワッサンを小さくちぎり、シチューを染みさせ食べるのもよいし交互に食べるのもおいしい。
明日も頑張れそうなくらいに心が温まった。
「僕、明日こそ頑張るよ…それでかおりを養えるような男になるから」
「……うん!頑張ってね。辛いことがあったらまたギューってしてあげるからね。ご飯食べ終わったら一緒にお風呂、入ろうね♡」
就活負け組だけど、彼女のためにもうちょっと頑張ってみようと思った。
※1:グループディスカッションの略。大手企業で多くの学生を選考する手段として用いられる。
※2:「学生時代に力を入れたこと」の略。主に面接で聞かれ、多くの学生はバイトを話すため就職コーディネーターはバイトの話を推奨しない傾向にある。
※3:企業からの落選通知の通称。企業から今後の就職活動が上手くいくことを祈られるため名付けられた。
閲覧ありがとうございました。
私も文化系なので風当たりが強いです…「僕」と違う点はヤンデレ彼女がいないところ、ヤンデレ彼女がいる時点で勝ち組だろ!
初の固有名詞がない主人公で挑みました。あーでも、摂氏0℃もはじめは山城に名前無かったなぁ。しかし、今回は名前をつける予定一切ないです。