楽しんでいただけたら幸いです。
1993年5月9日
どうやら俺は転生したらしい。あまりの事態に頭がついていかないので、考えを整理するために日記をつけることにした。
もっとも、今の俺は赤ん坊。当然、文字は書けないので、当分は脳内ダイアリーだが……
転生、前世ではこのジャンルの作品が好きで読み漁っていたが、まさか自分が体験するとは夢にも思わなかった。
神にも会ってないし、トラックにも轢かれてない。普通に床に就いたはずなのに、目が覚めたら赤ん坊になっていた。
しかも、ただの転生じゃない。俺が生まれ落ちたのは異世界、正確には赤松健先生による漫画『魔法先生ネギま!』の世界だ。
何故ここが『魔法先生ネギま!』の世界と分かるかって? 理由は簡単。今、俺を抱き上げている男にある。イタズラ小僧のような無邪気さを残す、人好きのする笑みをたずさえた赤毛の陽キャイケメン。そう、ナギ・スプリングフィールドが俺の父親だったのだ。
一瞬、ネギ憑依モノかと思って焦ったが、自意識が覚醒した時、ネギと思しき赤子が隣のベッドで寝かされていた。ちょうど、彼は母であるアリカ・アナルキア・エンテオフュシアの乳にしゃぶりついている。
「ネギよ、あまり飲みすぎるでないぞ」
むせてもなお母乳をせがむネギを母が優しくたしなめた。
ネギはネギでちゃんと存在してくれていて正直ホッとしている。俺みたいな小市民は、憑依では依り代となる原作キャラへの申し訳なさが勝ってしまい、せっかくの異世界を満足に楽しめない。
メタ的な表現だが、どうやら俺はオリキャラとして転生したらしい。これで、心置きなく前世でもファンだった『魔法先生ネギま!』の世界を満喫できるというものだ。
「ハハハ、ネギの奴食い意地はりすぎだろ。それに比べてハルカはガキのくせに、ずっと仏頂面だな。そこんとこ、アリカそっくりだ」
そう言って俺の頬を指でつついた父が、母に睨まれて居竦まされている。「ハルカ」それが今生の俺の名前だ。
まぁ、しかめっ面なのは転生者なのだから仕方がない。
原作開始前のどこまでも暖かい日常の一コマ。ただ一点、気になることがある。両親のネギに向ける眼差しは慈愛に満ちている。
しかし、俺を見る目にはどこか翳りがあるのだ。もちろん愛情も感じる。ただ、そこに潜む隠しきれない憂いの色。
原作知識がある俺は、「大戦の英雄」と「災厄の魔女」の息子の存在が政治的なタブーだとは知っている。だが、それはネギとて同じではないのか?
ネギと俺を分ける何か。それが今の俺には分からないでいた。
1993年11月12日
転生してから、半年あまりがすぎた。最初は戸惑っていたが、今ではベィビーライフにもそれなりに順応している。
この数カ月でいくつか分かったことがある。一つが、俺とネギは双子の兄弟で、俺のほうが先に生まれたこと。それを聞いて将来、
「なんだよ、ちっちぇえな」
とか言ってネギの前に立ちはだかってみたい衝動にかられたのは秘密だ。
それは冗談として、ネギや両親の見てくれから容姿端麗な未来は約束されている。遺伝的に魔法の才能も申し分ないだろう。
せっかく恵まれた転生を果たしたのだ。前世で憧れるだけだった、ゲームやアニメ・漫画の主人公達のように「格好良く」生きてみたい。
中でもペルソナシリーズ。特にやりこんだ3のキタロー、4の番長、5のJOKERは思い入れが深い。彼らを目指して人生をロールプレイするのも悪くないだろう。
喋り方もそれっぽくして、
「どうでもいい」
「そっとしておこう」
「ショータイムだ」
…… 日常会話で使えんな。
ともかく、彼らのようにクールな態度の内に熱い思いを秘めた「
次に、俺達が住んでいるのが、原作で魔族の襲撃を受けることになる村落であること。度々、家を訪ねてくるスタン老や幼いネカネの存在。乳母車で外出した際に見た村の景色から、まーず間違いないだろう。
分かっていたことだが、この魔族の襲撃は所謂一つの死亡フラグだ。並みの魔法使いでは歯が立たない魔族の大群。
原作通りの時期であれば俺は三歳、特典ありの神様転生者ならばともかく、俺では命を失う危険もある。よしんば命は助かっても、原作終了までヘルマンに石化されたまま、ということもあるだろう。
みんなを見捨ててネギと一緒に行動する手もあるが、それでは「格好悪い」…… はたしてどうするか。
今から頭の痛い問題だ。
1993年12月23日
ここ数日、
フード姿の変態イケメン、アルビレオ・イマ。咥え煙草とスーツが様になるイケオジ、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ。穏やかな雰囲気と端正さを併せ持つサムライマスター、近衛詠春。筋肉ダルマのバグ野郎、ジャック・ラカン。
どいつもこいつも人の顔を見るなり、
「あなたにはこの先、過酷な運命が待ちうけるでしょう。友人の息子に思うことではありませんが、あなたがどのような物語を紡ぐのか…… ぜひ、私のコレクションに加えたいものです」
とか、
「よお、坊主。嬢ちゃんじゃないが、お前も数奇な星の元に生まれたもんだ。だが、まぁ、お前なら乗り越えられるさ。なんたって、ナギとアリカの息子だからな」
とか、
「ハルカ君、木乃香をも凌駕する呪力を持つ君には、どんな未来が待ち受けるのか、私にも分かりません。ですが、私も出来る限り力になるつもりです。だから、どうか折れないでください」
とか、辛気臭いことばかり言いやがる。
ああそれと筋肉ダルマなら、俺を数十メートル上空に放り投げた後、
「どーだ、ぼうず。俺様のスペシャルな高い高いは! おっ、これでも泣き出さないたぁ、いい度胸だな、オイ! って、こえーな。アリカそっくりの目で睨むんじゃねーよ」
なんて言ってたら、母のビンタで見えなくなるほどブッ飛ばされてたな。
もっとも数分後には、
「いや~効いた効いた。しかし、
よく分からんことを言いながら、ピンピンして戻ってきたけど…… 原作通りの呆れた頑丈さだよ。
彼らは以前から度々顔を見せていたが、最近のペースは異常と言っていい。彼らが来ると、決まって俺とネギはスタン老に預けられ、数時間後に皆沈痛な面持ちで帰っていく。以前まではなかった傾向だ。
数日前、父が長期間家を空けたことがあった。帰ってきてから、時々父の様子がおかしい。何かに苦しんでいるように見えることがある。
それ以来、夜な夜な母となにやら話し込んでいる。俺の知らないところで物語が動いている。なんとも、もどかしい日々が続いた。
思い出したことがある、原作開始時点でネギは九歳。そして、父は十年前に造物主をその身に宿し封印されている。原作通りであれば、今のような家族の時間は過ごせていないはずだった。
何故、原作ブレイクが発生したのかは謎だが、やはり歴史は収束する定めなのか。事態は着実に原作の流れに引き寄せられている気がする。
原作で父は最終巻で復活していた。しかし、母がどうなったのか終ぞ語られることはなかった。
もしかしたら、続編の「UQ HOLDER! 」で明かされたのかもしれないが、あいにくそちらは手つかずだ。完結してから漫画を読む趣向がこんなところで仇となるとは……
出来ることならば、母を助けたい。共に過ごした時間は一年にも満たないが、惜しみなく愛情を注いでくれた大切な家族だ。
だが、時は待ってはくれない。どうやら、約束の日は近いようだ。両親は旅支度をし、紅い翼の面々が家に集結している。
思えば、昨日はずっと家族四人で過ごしていた。
二人は別れを惜しむようにネギに言葉をかけると、ネギをスタン老に預け、俺を…… 俺を…… あれ? 俺は?
「さて、行くか麻帆良へ」
父は俺を抱きかかえたまま言った。
えっ!? 俺も行くの!?
今回のMVPはゼクト。
彼が造物主の支配に抗い続けた結果、約半年のモラトリアムが生まれ、原作から分岐した平行世界が舞台。