本話から、修行パートです。
残酷な描写タグは、修行相手がチャチャゼロだからです。
1997年7月3日
基礎となる体づくりが一段落し、今日からチャチャゼロとの模擬戦をすることになった。
ルールは簡単。チャチャゼロの攻撃から、咸卦法なしの状態で一分間逃げ切ること。もちろん、チャチャゼロは俺のレベルに合わせて手加減してくれるし、万が一に備えて俺は分身体を使う。
この修行は、戦いの基本となる回避の技術を学ぶためのものだ
しかし、俺は回避技術の習得以上に、修行を通して『殺し』を感じられるようになることを第一の目標にしていた。『殺し』とは、生前好きだったライトノベル「灼眼のシャナ」に出てきた概念だ。
作品のヒロインシャナによると、戦いの場でうまく立ち回るのに必要なのは、『殺し』を感じることただ一つなのだという。
『殺し』を感じられるようになれば、相手の『殺し』を避けることも、その隙間に自分の『殺し』を入れることも自在になるらしい。
劇中の修行法は至ってシンプルで、見て慣れるというもの。シャナは主人公に、自分が繰り出す様々な『殺し』を見て感覚を磨き感触になれていくため、決して目を瞑るなと要求していた。
俺は『殺し』の感覚を掴むため、
「チャチャゼロ、エヴァが君にかけた制限は忘れてもらって構わない。君が知る限りのあらゆる方法で、手加減無しに、俺を殺しに来て欲しい」
と、チャチャゼロに願い出た。
「ケケケ、言ウジャネーカ。後悔シテモ、知ラネーゼ」
チャチャゼロの声を聞いた刹那、俺の首が飛んだ。
ある程度予想はしていたが、分身体が破壊されると、経験は確かに本体にフィードバックされるが、分身体の作成に利用した「咸卦の気」は還元されない。そのくせ、痛みはちゃんと本体に還ってきやがる。
これは失敗したかもしれない、俺は割と本気で後悔した。
1997年7月4日
昨日は七体の影分身が破壊されたところで、俺が限界となり、そこで修行は中止となった。
ほとんど何もできずにやられてしまったが、それでも目だけは絶対に閉じなかったことだけは褒めてやってもいいだろう。
一分、それだけの時間が、果てしなく遠く感じる。
正直、痛いしキツイし無力さを突き付けられるし、辞めてしまいのは山々だが、自分から言い出したことを、辛いからやっぱり無しにするなんて「格好悪い」。
それに分かっていたはずだ。楽して強くなる方法なんて、どこにも無いって。
何よりも、
そんな俺が諦めることなど、「何も持てなかった」あの日の俺が許さない。
チャチャゼロに修行の再開を頼みに行く。
「ナンダ、マダ続ケルノカ。案外、根性アンジャネーカ」
当り前だ。そう、当たり前なんだ。だって、俺の目標はエヴァを守れるほど強い男になること。そのためなら、こんなことでへこたれてはいられない。どんな痛みでも耐えきってみせる。
「オ前ガ、御主人ヲ? 大キク出タモンダナ、ケケケケ」
やっば、声に出していたのか俺!?
でも、それでいい。これで後には退けなくなった。必ず、この修行を完遂してやる。
十六体目の分身体が破壊されたところで、一時中断となった。
1997年7月5日
今日もほぼ何もできずに、チャチャゼロに刻まれ続けた。痛みにも多少は慣れてきたおかげで、今日の修行は分身体が二十四体やられるまで、続けることができた。
たとえ小さくても、昨日よりは一歩前進だ。
その甲斐あってか、何となくではあるが『殺し』というのが見えてきた。
うまく言葉にはできないが、チャチャゼロが攻撃に移る一瞬、空気感というか、雰囲気というか、常に纏っている殺気とは別の何かが揺らぐんだよ。それも、彼女がどこを狙うか、どんな攻撃をしてくるかで少しずつ違っている。
まぁ、分かったところで避けられなければ意味はないんだが……
修行を始めて改めて思い知らされた。俺に足りないものは沢山ある。パワー・防御力・技術・経験・戦略、そして何よりも速さが足りない!!
そういえば、「ネギま!」の世界には瞬動術ってのがあったはずだ。明日に備えて、練習しておくか。
たしか、足先に「気」を集中させて、大地を蹴り、大地を掴む感覚だったか。
とりあえず、原作のシーンを思い出してやってみたら、できちゃったよ。スゴイなこれ。一瞬で七~八メートルくらい移動したぞ。これなら、初撃は躱せるはずだ。
「咸卦法」は使用禁止だが、「気」を使っちゃダメとは言われていない。試せるものは、何でもやってみるさ。
1997年7月6日
今日も今日とて、チャチャゼロに稽古をつけてもらいに行く。
「懲リナイ奴ダナ、オ前エモ」
当然だ。まず決める。そしてやり通す。それが何かを成す時の唯一の方法だと、前世で見たアニメキャラも言っていた。
さぁ、来い、チャチャゼロ。今日こそ、一撃くらいは避けてみせる。
チャチャゼロの中に『殺し』が見えた瞬間、俺も瞬動術を発動させる。俺は目にもとまらぬ速さで、チャチャゼロ目がけて突っ込んでいき―― あっ、マズッた。瞬動使うことに意識をとられすぎて、練習そのままに、前方に踏み込んでしまった。
結局、切られて終わった。
今回ので、俺がチャチャゼロから感じていたのは『殺し』で間違いないと確信を持てた。次は方向を間違えない。
定位置につき、仕切り直しだ。チャチャゼロをよく観察し、『殺し』が生まれる刹那を捉える。
(今だ!)
瞬動で右に大きく跳ぶ。砂埃を上げながら着地。見れば、先ほどまで俺がいた場所で、チャチャゼロが振った鉈が空を切っている。
「面白レージャネーカ」
こちらを見た。すぐに次の攻撃が来る。しかし、一度目の瞬動の勢いが強過ぎたのか、体勢が不安定だ。それでも、何もしないよりはマシだろう。
俺は二度目の瞬動で、なんとか回避に成功するが、バランスを崩して転んでしまう。そして、起き上がる間もなく、目の前にはチャチャゼロが…… 終わったか。
でも、これで「五秒」は持ちこたえた。
今日の反省点は、瞬動の際に力みすぎていたことだ。その無駄な力のせいで、安定感のある着地ができず、次の動きへ繋げられなかった。
エヴァの書斎で調べて分かったのだが、瞬動の基本は「入り」と「掴み」であるそうだ。地面を掴んだり、離したりするのが基本動作なら、重要なのは「土踏まず」だろう。あとは、接地の瞬間に体幹を支える足の指の動きか。
こればっかりは、一朝一夕とはいかないかもしれないが、物は試しだ。日常生活の所作を手ではなく、足を使って行ってみよう。
エヴァに行儀が悪いと怒られた、無念。
1997年7月7日
二十五体の分身体と一緒に、夕飯の後、自室に籠ってひたすら足でけん玉やら、ジャグリングやら、あやとりやら、曲芸じみた訓練を行った成果がでた。
昨日とは、瞬動の精度が段違いだ。連続で瞬動してもバランスを保ったままだし、着地の時には砂埃もほとんど出ない。
修行の中で、瞬動術の使いどころもようやくだが分かってきた。
今日の成果は「十五秒」。上達が感じられるとやはり嬉しい。ただ、瞬動の直線的な軌道だけだと動きが読まれやすく、限界が感じられる。
明日は虚空瞬動も試してみるか、足先で掴むのが地面から空気に変わるだけだし、できるはずだ。多分……
1997年7月8日
「オイ、行クゾ。今日モ、修行ヤルンダロ? 」
今日は、チャチャゼロが俺を呼びに来た。珍しいこともあるものだ。
昨日、修行の後で、俺の中に一つの疑問が浮かんだ。チャチャゼロの攻撃を避けるために、わざわざ、何メートルも移動する必要があるのだろうか?
そう考えた俺は、ステップの要領で超高速短距離連続瞬動を編み出した。これ、普通の瞬動が両足で行う「入り」と「掴み」を片足でやらなければならない。だから、技の難易度は瞬動はもとより虚空瞬動の比じゃないくらい高い。でもまぁアレだ。そこは影分身の俺達が一晩でやってくれました。
「多重影分身の術」と「別荘」の組み合わせは、やっぱり凶悪だな。こんな無理・無茶・無謀がまかり通るんだから。
それと、この技の名前は「
せっかく、チャチャゼロから御指名が入ったんだ。この新技で一分の大台に乗ってみせる!
えっ、結果はどうなったかって? もたせたぜ「三十秒」…… 先は長いな。
1997年7月12日
日記をつけるのも久しぶりだ。ここ数日は、とてもじゃないがそんな気力はなかった。
一体、どれだけの分身体が犠牲になっただろうか。
その度に襲い来る痛みを無駄にしないためにも、最後の一瞬までしっかりと目を見開き、チャチャゼロから生まれる『殺し』を体に刻みこんできた。
当初は、開始から数秒足らずで分身体を消滅させられていたが、次第に十五秒、三十秒と伸びていき、ついに今日――
― 四十五秒経過 ―
チャチャゼロが二振りのダガ―によって放つ、衝撃波を伴った斬撃の嵐を、瞬動を使い、後方へ跳んで躱す。
俺の回避行動の終点、「掴み」の瞬間を狙い澄ましたかのように大剣が投的された。瞬動の弱みである、僅かな切り返しのタイムラグ。それを狙ったのだろうが、響転を併用すればその弱点も消える。
―五十秒経過―
チャチャゼロから『殺し』の気配が途切れる。今なら俺の『殺し』を差し込めそうだ。上手くいけば、あと十秒チャチャゼロを拘束できるかもしれない。
そう思って、反撃に転じようとした俺を、猛烈な悪寒が襲う。チャチャゼロに殺され続けた俺だからこそ気付いた、微かな違和感。
その正体が分からぬまま、本能に従って虚空瞬動で上空へと逃れる。
一拍遅れて、チャチャゼロを中心にして編まれたクモの巣状の糸の結界が跳ね上がった。
やはり罠か。危なかった。もし釣られていたら、今頃は細切れだ。
―五十五秒経過―
チャチャゼロが無数のナイフを召喚。それが無軌道な刃の雨となって襲い来る。俺は即座に『殺し』の気配が薄いルートを割り出し、魔力でレールを敷くと、その上を滑るようにして殺意の網を抜ける。
本日初公開の「BLEACH」式歩法「
目の前には刺さっているのは、先ほど投げられた大剣! それを、即座に飛来したチャチャゼロが鋭く横に一閃する。
(敢えて逃げ道を残して俺を誘導したのか!?)
それを腰を沈みこませて回避。遠心力を乗せて、続けざまに振われる逆風の剣撃は、全身のバネを駆使して上体を大きく反らすことでやり過ごした。切っ先が前髪を掠める。
(瞬動で一旦、距離をとるか? いや、ダメだ。チャチャゼロは既に懐に潜り込んでいる。この距離では、一歩の踏み込みが命取りだ )
俺はチャチャゼロが生み出す『殺し』に感覚を研ぎ澄ませる。伊達に何百回とこの身に刃を受けてはいない。『殺し』の気配を見極めて、全てをいなし、反らし、受け流す。
大振りの後、一瞬の隙をつき、特殊なステップを織り交ぜた「
―六十秒経過―
長かった。本当に長かった。だがこれで、一分間の課題達成だ。俺が安堵して大きく息をついたその時、重い衝撃とともに、胸元を刃が突き破った。
「御主人ハ一分デ合格ダト言ッテタガ、一分デ終ワリトハ言ッテネーゼ」
そういや、そうだった…… 煙を立てて、影分身が消滅。課題達成の嬉しさと、散り際の痛みが本体へと同時に流れこんだ。
「マサカ、本当ニヤリ遂ゲルトハナ。大シタモンダ。誇ッテイイゼ、実際」
これは、認められたのだろうか。チャチャゼロはエヴァが未だ弱かった頃から数百年もの間、共に戦場に立ってきたエヴァの相棒だ。
そんな彼女のお眼鏡にかなったのならば、夢へとまた一歩前進できたことになる。
「デモ、スグニ気ヲ抜イテ、ヤラレテルヨージャ、マダマダ、ダケドナ」
おっしゃるとおり。今のでやっと、最強の俺になるためのスタートラインに立てたにすぎない。カウンターも合わせられるようになりたいし、依然として課題は山積みだ。
でも、それが嫌じゃない。だって、課題の分だけ強くなる余地があるということだから。
「チャチャゼロ。これからも、俺の修行に付き合ってくれるか? 」
「勿論ダ。コレデモ俺ハ、オ前ノコト、気ニ入ッテンダゼ」
互いに拳を合わせる。修行を通して、チャチャゼロともだいぶ打ち解けることができたような気がする。本当はもっと穏当な方法で仲良くなりたかったのだが、こんな関係も悪くない。
チャチャゼロの会話は難しいし、戦闘描写は少ないしで、今回は難産でした。
もう一話、修行回が続きます。