漫画家を目指す青年、舟城悠然と偶然町で会う露伴は、彼から取材に行った村のお土産だと言ってガムを一つ貰う。そんなことはすっかり忘れていた2週間後、また町で会った舟城悠然は、見違えるほど痩せ細っていた。異変を感じた露伴がスタンドで確認した所、舟城が体験した恐ろしい2週間が書かれていた。

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〇〇中毒、と言う言葉がこの世にはたくさんある。ゲーム中毒、活字中毒、アルコール中毒、言い出したらきりがない。特にSNS中毒なんて言葉は今の世の中を表す言葉だろう。かく言う僕も、「露伴先生って漫画中毒ですよね」なんて言われることもあるが、まあそれはいい。要するにだ、今の世の中、本人が『気づいているかいないか』はともかく、誰でも一つは中毒と言えるものを持っているって事だ。今回の話はそんな『奇妙な話』だ。


『花神村』

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現在、週刊少年ジャンプで大人気連載中の『ピンクダークの少年』、その新しい展開のネタを探して町を当てもなく歩く。一見、何の生産性も無いような行動だが、意外とこういう所から新しいネタが見つかることもあることを僕は経験で知っていた。思い思いに町を歩く人々の喧騒、空を羽ばたく鳥の泣き声、眩く照り付ける太陽の日差し、こう言った生きたエネルギーに囲まれてこそ、いいアイデアは浮かんでくるのだ。これは良いアイデアが出るかもしれないなと珍しく機嫌が良くなっていた時だった。

 

「あれ?、露伴先生?露伴先生じゃないっすか!?」

 

後ろから何とも知性が感じられない声が聞こえる。自分の中の何かが急激に下がっていくのを感じる。振り返るのもめんどくさいので、無視をする。

 

「ちょ、ちょっと!、露伴センセー!?、聞こえてないっすか!?」

 

それでもなお声をかけて来る。露伴は渋々振り向く。

 

「聞こえてるよ。何か用でもあるのか?」

 

僕の前に立っているこの男、舟城悠然は同業者である。いや、同業者という言葉は不適切だったかもしれない。正確には、漫画家を目指している男だ。年齢は二十歳。身長175センチほど、綺麗にまとめた髪型で筋肉質な身体をしており、常に笑顔を浮かべてるやつで、ぱっと見では漫画家を目指しているなんてわからないだろう。週刊少年ジャンプで連載することを夢みて、毎日読切の執筆をしていると言う。以前、この町で偶然すれ違い、僕が岸辺露伴だと気づくと一方的に話しかけてきてから、こうやって町で会うと話しかけてくるようになってしまった。

 

「いやー、こんなところで会うなんてやっぱり俺たち気が合いますね!露伴センセーもネタ出しっすか?、あ!俺また読切書いてみたんすよ!!ちょっと感想もらえないっすかね!」

 

正直に言うと、僕はこいつが嫌いだ。人の話を聞かずに自分のことばかりベラベラと話してくる。あのアホの億泰やクソッタレの仗助を思い出し、イライラしてくる。

 

「あ!そうそう、俺昨日取材から帰ってきたんすけど、これ!良かったらどうぞ!」

 

そういって悠然は、肩にかけていたカバンからガムを取り出し、露伴に渡してくる。

 

「ン?なんだこれは・・・、ガムか?」

 

これまでも露伴は漫画のリアリティ追求のため、様々なガムを噛んできた。しかし、悠然が渡してきたガムは、これまでのどれとも違う、何とも言えない色の包み紙に包まれたものだった。

 

「俺!ちょっと次の読切のためにS県の山奥の花神村って所に取材に行ってきたんすよ。知ってます?露伴センセー」

 

聞いたこともないが、ここで知らないと言って下に見られるのも癪だ。

 

「ああ、花神村ね、もちろん知ってるさ。当然だろ?」

 

「さっすが露伴センセーっすね!そこで・・・、あ!すんません露伴センセー、俺ちょっと用事あるんすよね・・・」

 

なぜ僕がもっと話したがっていると思っているのかは不思議だが、これはちょうど良い。ここで切ってしまおう。

 

「そうかそうか、それはとても残念だが、用事があるんじゃあしょうがないな。では、僕は行くとするよ」

 

「すいません露伴センセー、また!俺の読切読んでくださいね!!」

 

全く面倒くさいやつだ。次は絶対に無視しよう。そう思いながらまた歩き出そうとすると、右手に握っていたガムの存在を思い出す。

 

「ム・・・・・・」

 

気にならないといえば嘘になるが、今はガムを噛む気分ではない。カバンに入れておこう。

 

「さて、とんだ邪魔が入ったが、ネタ出しの続きをしようか・・」

 

家に帰る頃には、良いネタが思いついた嬉しさから、貰ったガムの存在はすっかり忘れていた。

 

✒️

2週間後、僕は編集との打ち合わせをするため、駅に向かって歩いていた。

 

「・・・・・・・ン?あれは・・、舟城悠然じゃないか・・・何やってんだ、あいつ・・?」

 

違和感を感じた、確かに視線の先で歩いているあの男は、2週間前に話しかけてきたあの舟城悠然のはずだ。だが、何かがおかしい。

 

「あいつ・・・、あんなに細かったか・・?」

 

僕の記憶では、舟城悠然という男はもっとこう、がっしりとした体格だったはずだ。背筋も伸びており、自分への自信に溢れた男だったと記憶している。あいつの性格は嫌いだったが、あいつの持つエネルギー、作品に対する情熱は僕は一定の敬意を示していた。だが、今のあいつからはエネルギーが感じられない。体は痩せており、髪もボサボサ、服もよく見たらあの時のまんまじゃないのか?打ち合わせには遅れられないが、それでもあの尋常じゃない様子は異常だ。僕は舟城に近づいていき、さっきまでは気づかなかったことに気づく。何か、食べている・・・?

 

「お、おい。何してるんだ・・?」

 

こちらに気づき、ゆっくりと顔を向ける。

 

露伴は驚きのあまり、声を出す。

 

「なっ!!!」

 

舟城の顔は、見違えるほど変わっていた。強いエネルギーを宿していた目は半分閉じており、目の下には大きなクマができている。頰もこけており、何かをひたすらに噛んでいる。

 

「お、おい!、何があった!どうなっているんだ!?」

 

舟城は力ない声で答える。

 

「あ・・・、露伴センセー・・、クチャ、どーしたん、クチャ、すかー、そんなに、クチャ、慌ててー」

 

舟城はひたすらに何かを噛んでいる

 

「お前・・・、何を噛んでいるんだ・・・?」

 

「あれ、クチャ、何で露伴、クチャ、センセー、クチャ、何で、クチャ、ガム噛んで、クチャ、ないんすかー」

 

「ガム・・・?、・・・もしかしてあの時のガムを言っているのか・・?」

 

「イヒヒヒ、このガム、クチャ、スッゲーうまいんすよー、クチャ、おれぇ、クチャ、これから・・、あの村にまた貰いに行くんすよ・・」

 

どう見ても普通ではない。そう確信した露伴は、右手を舟城の方へ向け、小さく呟く

 

「何があったか見てやる。『天国への扉(ヘブンズドアー)』」

 

空中に少年の絵が浮かび上がるとともに、舟城の顔が本のようにパラパラとめくれていく。

 

「なになに・・、『舟城悠然、2000年生まれ、身長174.8センチ、体重70キロ、趣味ランニング、筋トレ、漫画のネタを探すこと』、こんなことはいい、問題はあのガムのことだ」

 

読み進めていく

 

『5月18日、ネットの掲示板で面白い情報を得た。何でもS県の山奥に不思議な村があるらしい。これは次の読切のネタになるかもしれない、早速明日取材に行こう』

 

『5月19日、 幸運なことに今日は全国で快晴らしい。絶好の取材日和だ。電車で最寄り駅まで行くが、最寄り駅と言うにはあまりにも遠い。しょうがない、ここからは歩いて行こう。』

 

『5月20日、 やっと着いた。山奥とは聞いていたが、まさかこんなに山奥にあるとは思わなかった。が、村に着くと疲れが吹き飛んだ。辺り一面に真っ赤な花畑が広がっていた。なんて綺麗な花畑なんだ。こんなに綺麗な花は見たことがない。何という花なんだろう』

 

「花・・・・?」

 

読み進める

 

『村の人々と挨拶を交わす。俺のことを歓迎してくれるらしい。何でもこの村は花神村と言って、自給自足の生活をしているそうだ。最初に見た花畑のことを聞くと、詳しく教えてくれた。あの花は『如月花(せんけつか)』と言うらしい。世界でこの村にしか咲かない珍しい花のようだ。どうやって育てているのか聞いた所、それは教えてくれなかった。まあ仕方ない。その代わりと言って、如月花を使った料理を振る舞ってくれた。花の料理なんて食べたことなかったが、これが美味しい。いや、美味しすぎる。こんな料理は食べたことがないと言うと、村の人たちは喜んでもっと食べさせてくれた。』

 

「如月花なんて花聞いたことがないぞ・・、こいつ、なにを食べたんだ・・・」

 

『5月21日、 昨日の夜の記憶がない。まあ大方酔っ払って寝てしまったんだろう。村の人々にそろそろ帰ることを伝えると、お土産としてガムをくれた。これは何だと尋ねると、あの花を練り込んだガムだと教えてくれた。これは嬉しい。これで帰った後もあの味を楽しめる』

 

『5月22日、 町で露伴先生に会う。そうだ、露伴先生にも一つガムをあげよう。一つ減るのは残念だが、きっと喜んでくれるに違いない。あんなおいしい花は他にないのだから』

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

読み進める

 

『5月25日、 体が変だ。ガムを食べていないと全身に悪寒が走り、頭が割れるように痛い。あの味を知ってから、他の食べ物なんてゴミにしか思えない』

 

『5月29日、 症状が悪化している。もうこのガム以外見たくもない。ああ、噛んでる間だけが全身の痛みが引いていく。』

 

『6月2日、 まずい、ガムがあと一つしかない。クソ、クソクソクソ、これがなければ俺は生きていけない。』

 

『6月5日、 もう限界だ、味もほとんどなくなった、体が重くて仕方ないが、もう一度あの村へ行こう。金なんていくらでも払う。』

 

「こいつがおかしくなったのはそのガムが原因か」

 

露伴は考える。別にこいつのことは好きじゃないし、こうなったのは自業自得とも言える。だが・・

 

「・・・こんなやつでも僕の漫画を大好きだと言ってくれた。こいつは僕のファンだ。このままほっとく訳にはいかない」

 

汚いがしょうがない。舟城の口からガムを取り出し、持っていたティッシュで包む。そして、舟城にこう書き込む。

 

「花神村に関する記憶を全て忘れる。・・と」

 

これで良い、こいつはここ2週間の記憶が無くなるだろうが、自分で何とかしてもらおう。

 

開いていたページが閉じていき、舟城が目を覚ます。

 

「・・・・・・あれ?、露伴センセー、なにやってんすか?て、あれ?俺何やってんだ?」

 

「別に何でもないよ。それより、僕はこれから打ち合わせがあるんだ。もう行く」

 

「あ!ちょちょっと待ってくださいよ!ってん?、体に力が入らねぇ」

 

「病院に行った方が良いかもな。まあ、そこまでは僕は面倒は見ない」

 

「なんか良くわかんねぇけど、また俺の読切読んでくださいよ、センセー!!」

 

「・・・・気が向いたらな」

 

 




✒️
あれから数ヶ月後にわかったことだが、あの村で栽培されていた『如月花』は、『潜血花』と読むらしく、肥料として人の血が使われていたそうだ。もちろん花神村の住人は逮捕され、今ではもう廃村となったそうだが。おそらく、舟城のようにやってきた人間を客として招き入れ、あの花を食わして一種の中毒状態にし、またやってこさせ、定期的に血を抜いていたんだろう。あのままでは舟城も危なかった。しかし・・

「露伴センセー!俺、また読切書いたんすよ!読んでください!!」

「ええいうるさい!!わざわざ家まで来やがって!僕は忙しいんだ!そんな暇はない!!」

全く、厄介な奴に懐かれてしまった・・・



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