吹き抜ける風に、全国から集まる者達は緊張を高まらせ、それを紛らわすかのように手を擦りあわせる。
受験とは、一部を除けば例えどんなに余裕があろうとも緊張はするもので……それは受ける本人ではなく、親側ということもある。
「受験票は持ったか? 筆記用具と何かあったときの予備の金は──―」
「親父……」
「ふふ……炎司さんったら」
朝からあっちへそわそわ、こっちへそわそわ。娘の受験に無駄に落ち着きがない親がここにも一人。
大柄な男の背の向こう。リビングから顔を除かせた赤と白を半分に分けた色の髪の少年が、呆れたような声を漏らす。
その隣には、腰まで伸びた綺麗な白髪を持つ色白の女性が、頬に手をあてながら微笑む。
「何を言っている! 本当なら冷華についていきたいところなんだ! ……なんだが……朝から仕事が立て込んでてな……事務所に向かわねぱならん……」
悔しそうに肩を落とす大柄な男。No2ヒーローである彼に、娘の受験を理由に休むことはできない。
そんな父に、靴を履き終えた冷華と呼ばれた少女は、母親譲りの長く美しい白髪を踊らせ、父の方にくるりと振り向く。
「ふふ。大丈夫よお父様。絶対受かってみせるから、安心していて」
これもまた母親にどことなく似た、目を惹き付けるような微笑みをもって父親に声をかける。そのまま「いってきます」の声と共に、背を向け歩いて行った。
◇◇◇
「今日は俺のライヴにようこそー!!! エヴィバディセイヘイ!!!」
実技試験説明担当プレゼント・マイクのテンションとは裏腹に、会場は静まり返る……はずだった。それもそのはず、一万人以上が集まるこの場で返事ができるほど神経の図太い人はなかなかいないだろう。
「Yokoso-!!! ……?」
……根本からの馬鹿か、もしくは、極度の天然なら話は別だが。
「オオッ!? 熱いリアクション、サンキューな!」
一人だけ大きな返事をした冷華に、自然と受験者の視線が集まる。だが、当の本人はそれを意に介すことなく、配られたプリントを眺めていた。
雄英高校ヒーロー科の試験は、筆記試験と実技試験の二つを行う。
既に終えた筆記試験で、学業を怠らない冷華が躓くはずもなく、これから始まる実技試験に向けた説明に集中していた。
内容は十分間の模擬市街地演習。三種のロボヴィランを倒す、または行動不能にして、ポイントを稼いでいく方式のようだ。
眼鏡をかけた少年が質問をするついでに、他受験者への注意をしていた。なかなか神経の図太い人は意外と近くにもいたらしい。
それによると、三種のロボヴィランとは別に、倒しても利益のないお邪魔虫がいるとのこと。
「有り難う御座います! 失礼致しました!」
眼鏡をかけた少年は質問を済ませ、席につく。
「俺からは以上だ!! 最後にリスナーへ我が校の校訓をプレゼントしよう」
身振り手振りを交え、一万人超の受験者に伝える。
「かの英雄ナポレオン=ボナパルトは言った! 『真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者』と! ……Plus Ultra!! それでは皆、良い受難を!」
説明を終えると、プレゼント・マイクは去っていった。
Plus Ultra──かつて冷華の父、何十年も二番手に居続けるヒーローが嫌い
けれど今はどう思っているのだろうか。
──きっと、目をそらしながら、少し不機嫌になって……。
冷華はそこまで考え、頬が自然と緩むのを感じた。
◇◇◇
冷華が敷地内移動用のバスから降りると、目の前には広大な市街地が広がっていた。後からも何台かバスが止まり、ぞろぞろと受験者が降りてくる。
ヒーロー科に受かるには三十六人のみ通ることの許される狭き門を通り抜けねばならない。プレゼント・マイクが説明に使った会場内にいるだけでもざっと数千人。倍率三百倍と言われているので、恐らく一万人を越える受験者が今日この学校に集まっているのだろう。
冷華がふと辺りを見渡すと、会場前は既に人で埋めつくされていた。この人数に狭い市街地への入り口。本来ならできるだけ前に陣取りたいところだが、それも今からではできそうにない。
千人は集まっているであろう受験者たちは、各々の個性に合わせた服に着替えている。冷華もそのうちの一人なのだが……気合の入りが他の受験者を遥かに凌駕していた。冷華自身のではなく、父親の気合がだが。
親馬鹿なのかプロヒーローとしての娘への贈り物なのか。入学後、雄英専属のサポート会社にコスチュームを用意してもらえる『被服控除』というシステムがあるにも関わらず、エンデヴァーこと冷華の父轟炎司は、自身の事務所と提携しているサポート会社に自ら足を運びコスチュームを作り上げてしまったのだ。
ただ、さすがNo.2ヒーローがプロデュースしたコスチュームと言うべきか。その性能は折り紙つき……のはずだが、そのコスチュームの性能について父が熱く語るのを(物理的にも熱かったらしい)話半分に聞いていたため、冷華はその性能をあまり理解できていないでいる。
軍服を模した純白のコスチュームで、丈は膝裏まであり、胸にある十字を象った銀細工がキラリと輝き、その存在感を際立たせていた。
女子の中では長身に分類され、同年代と比べてグラマラスな体型の冷華が着るととても映える。
冷華本人と言うより、主に衣装から自然と放たれる強者のオーラに、近くにいる人は無意識に視線を向けた。
──中には彼女のスタイルの良さに劣情の目を向ける輩もいるようだが。
市街地演習の説明時に一人だけ元気良く返事したのは、他を油断させる為のブラフなのか、それとも身なりを整えただけのただの馬鹿なのか。
冷華のニコニコと笑みを絶やさない表情とコスチュームのギャップが不気味で、受験者たちは更に困惑する。
彼らがそんなことを考える中、それは突然やって来た。
『ハイ、スタートー!』
やはり。と言うべきか。
それにいち早く反応したのは、他ならぬ彼女だった。
足元から生成した氷柱によって空中に躍り出た彼女は、最初の標的を視界に捕らえる。
(1Pが3体に2Pが1体……ね)
他の受験者が呆ける中、入口を無視して空中から市街地に進入。着地と同時に周辺に溜まっていた仮想敵をまとめて氷の中に閉じ込めた彼女から、極大の冷気が漏れ始めた。
『どうしたあ!? 実戦じゃカウントなんざねえんだよ!! 走れ走れぇ!!』
賽は投げられてんぞ!!? と、プレゼント・マイクの声と共に、鞭に打たれたかのように受験者は一斉に市街地へと雪崩れ込んだ。
「ふふっ。お父様と焦凍にいい報告ができるように頑張らなきゃ」
純白のコスチュームと髪を冷気に躍らせ、小さくガッツポーズをした冷華から漏れた息は既に白く染まり、後に続く受験者との距離を突き放すかのように市街地の奥へと進んで行った。
◇◇◇
視界に入った仮想ヴィランを氷柱に閉じ込める。ただそれだけの簡単な行為。
身体から冷気を放つたびに周囲の空気は冷え、体温が下がり、感情が冷え思考が冴え渡る。
体温が下がろうと関係ない。寧ろそれを糧にするかのように冷華は市街地を駆け抜ける。
試験開始前に見せていた、周囲の人を魅了する優し気な微笑みは何処へ行ったのか。彼女の眼は鋭く、視界の端に僅かに映った仮想ヴィランさえ寸分狂わず氷柱と化す。1Pも2Pも3Pも関係ない。
その烈火の如くヴィランを掃討する姿は、何処かNo.2ヒーローを想起させた。
「(これで75P……大分数が減ってきたわね……)」
仮想ヴィランの数は有限。次から次へと湧いて出てくるのではなく、あらかじめ市街地に設置してあるもので全てだ。
体内に冷気が貯まり、冷華の周囲の気温も下がり続ける。
「(試験も終盤……まだ見えていない
冷華が路地裏に見えた1Pを氷柱に閉じ込めたそのとき、それはついに現れた。
冷華はそれを目視した瞬間目を見開き……彼一切の躊躇なく飛び出した。
◇◇◇
突然の轟音。受験者の視線が集まった先には、周囲のビルを破壊しながら進む、聳え立つ山のような大きさの仮想ヴィランの姿があった。
プレゼント・マイク曰く、会場を所狭しと暴れまわるギミック。だがその実態は、受験者の想像を遥かに上回る大きさだった。
突如現れた圧倒的な脅威。利益がないとわかっていれば、起こす行動は逃げの一択。
しかし、0Pヴィランから逃げるように散っていく皆をよそに、逆に向っていく者が一人。
極寒の冷気を纏う彼女が走れば、身も凍る猛吹雪のような風が後を追い。
彼女がその手を軽く振るえば、目標は瞬く間に氷柱と化す。
──目指すのには理由がある。
『あなた……焦凍はまだ子供なんですよ!』
温厚だったはずの母が出した怒声。
自分の為に、実の息子を使う父。
怯える弟。
体温が下がり、それに伴い冷静になる彼女の思考をもってしても、
──だって、決めたから。
十年前、私たちの家族が
何があっても屈しない。
どんな脅威からも逃げない。
泣いている子供がいたら、やさしく手を差し伸べる。
そんなヒーローになる、と。
そう、きっと今のエンデヴァーなら──お父様なら。
どんな脅威を目の前にしても、今の彼女と同じような不敵な笑みを浮かべながら言うのだろう。『俺に任せろ』と。
0Pヴィランまであと三十メートルほどまで接近した冷華は、周囲に他の受験生がいないことを確認した後──無造作に右手を振り上げた。
◇◇◇
試験会場を揺らしていた轟音が突如消えた。
不思議に思った受験者たちが、轟音の発生源である0Pヴィランに視線を向けると。
「な……なんだよアレ……」
「嘘……だろ……」
周囲から聞こえる唖然とした声。
試験時間が残りわずかなことも忘れ、ただ立ちつくす。
そこには、付近のビルごと氷柱に閉じ込められた0Pヴィランの姿があった。
『終~了~!!!!』
プレゼント・マイクが発した試験終了の合図が全会場に響き渡る。
この会場の凍てついた空気が解けることは、ついぞなかった。
お久しぶりです。
個性:ニブルヘイム←自らの個性『ヘルフレイム』に倣って父が命名。焦凍も若干気に入ってる
[今わかっていること]
・氷柱を生み出したり、冷気を放ったりする
・身体に冷気が貯まっても寒さによるデメリットはない
・体温が下がるにつれて冷静になり、心も冷え、性格が冷酷になる
デメリットのない理由、一般受験の理由など、他は物語中に出します。
五等分の花嫁のSSを再開する前に前から書きたかったものを書いてみました。
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