アライさんマンション・二次創作   作:たつおか

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【 老化と退行の階・1 】

  

 最初の異変は倦怠感を伴った体の重さからだった。

 

 そのうちに息が切れ、自身の心音が外に漏れだしているのではないかと思えるほどに動悸を意識した時、ようやく俺は肉体の不調に気付いたのだ。

 

 視界は薄絹一枚を垂らしたかのよう白く霞み、遠景への焦点も震えるかの如くに定まらない。

 ついに眩暈を覚えては、目頭へ手甲を近づけるに至り……俺は自身の身に起きたことを知るのだった。

 

 そこにあったものは古木よろしくに痩せて乾いた皮膚──そしてその上に浮き上がる根の如きに浮き上がった血管を見やり、

 

「ろ……老化、している!?」

 

 俺も気付く。

 反射的に両頬を抑えるように手の平を這わせれば、頬には肉の削げた下顎骨の硬さとそして、湯葉でも摘み上げたかのような弛んだ皮膚の感触が感じられた。

 

 今現在、探索の為に歩を進めるこの階は、歩むほどに俺を老化させる怪異を孕んでいるように思えた。

 探索前のネズミボトルに変化が現れなかったのは、一見ではネズミの内面に起きている老化を観て取れなかったからである。

 そして当然の如くに俺の意識は、

 

「──お、おい! 大丈夫か!?」

 

 隣の相棒へと向かう。

 今日もまた、俺は彼女と共にマンションの探索へと挑んでいたのだ。

 ならば相棒もまた俺と同じ怪異に見舞われていることだろう。

 

 人とは寿命の異なる『フレンズ』とあっては、彼女の肉体にどれほどの老化が進んでしまっているものか見当もつかない。

 まずは目視にてそれを確認しようと振り向く俺ではあったが──その隣に相棒の姿を発見することは叶わなかった。

 

「ど、どういうことだ……!?」

 

 なおさらに混乱した。

 傍から見たならば、老齢の男が一人見知らぬ場所に取り残されては狼狽えるばかりの無様な光景であろう。

 しかし、ふと視線を下ろしたそこに相棒の姿を見つけた俺の狼狽はさらに哀れなものとなった。

 

 見下ろすそこにあったもの……そこに居た相棒は、

 

『ハハハ♪』

 

 縮んでいた。

 元は俺の胸元ぐらいまでしかなかった身の丈は、今や膝頭に届くかというほどにまでなってしまっている。

 

 それを目の当たりにし、最初は老いのあまりにそこまで縮小してしまったかと驚愕したが、観察するにつけ、それが俺とは真逆となる現象ゆえのものだと分かった。

 相棒は……──

 

「こ、子供……お前は、若返っているのか?」

『ハハ、ハハハハ♪』

 

 驚愕に目を剥く俺とは対称的に、相棒はその愛くるしい眼(まなこ)を目一杯に開いては星空のような煌きで俺を見上げていた。

 

 この怪異の厄介なところは、身に着けている装備品もまた対象の退化に合わせて縮小するところに在る。

 もし肉体の変化に追従できずに荷物なり衣服なりを落としていればもっと早い段階で気付けただろうに。

 

 しかしながら問題はこの後だ。

 とりあえずは立ち止まり、一体どうしたものか考えあぐねていると、

 

『ん! んー!』

 

 足元の相棒が声を上げた。なにやら訴えかけるような響きだ。

 それに気付いて見下ろせば、まっすぐにこちらを見た幼子の相棒が仰ぐかのように両腕を広げている。

 しばししてそれが抱き上げることを要求しているものだと気付き、俺も反射的に彼女を抱きかかえた。

 

 そうして俺と相棒の視線が同じ高さになる。

 改めて互いの顔を観察していると、相棒は何度も小首をかしげては俺の老いた顔を覗き込み、さらに直接手で触れてはと不思議そうに観察を続けるのであった。

 

 しばしそうして俺の顔を弄ぶと、仏頂面だった相棒に満面の笑顔が浮かぶ。

 それが何を意味するか尋ねるよりも先に、

 

『ハハハ……ちゅき♡』

 

 相棒は俺の顔を取り込むように抱きしめると何度もキスをするのだった。

 

「こらこら、悪ふざけをするんじゃあない。緊急事態なんだぞ?」

 

 言い諭しながら窘める俺ではあったが──あながち悪い気もしなかった。

 幼児化に伴って顔に丸みを帯びた相棒は、このまま彼女を養いたいと思えてしまうほどに愛らしい。

 きっと自分に子供……否、今の年齢差を考えるなら『孫』が出来たらこんな気分なのだろうかと考え、

 

──俺と相棒の子供? ……人とフレンズなんだぞ。

 

 そんなことにも気づいてその一時、心は重く沈む。

 

「──っと、そんなことを考えている場合ではないな」

 

 しばしして俺は我に返る。……というか敢えてその考えを頭から振り払った。

 

「いつまでもこうしてはいられないな。どうしたらいいと思う?」

『ハハハハ♪ いって、いって! あるいてー!』

 

 尋ねる相棒はといえば視線が高くなっていることに興奮して、さらに歩くことを俺へと要求する。

 幼児化の変化は肉体のみに留まらず、その精神性すらをも退行させているようだ。

 

 ともあれこのまま此処に留まり続けている訳にもいかず、はたまたしかしこれ以上進んでしまうのもまた危険と判断した俺は──来た道を戻る選択をした。

 

 果たして俺の肉体年齢は今、いくつほどのものであろうか?

 老化した肉体に加え、腕に相棒を抱かえているとあってはただ単純に歩くという行為でさえもが重労働だった。

 

「……幸いだったのは、二人が同時に若返りをしなかったことか」

『ハハハ?』

 

 二人が二人して幼児化し正常な判断力を失っていたら、と考えるとゾッとする思いだ。

 混乱のあまりに、あるいは幼き衝動に突き動かされるがまま前進し続けていたら、俺達はやがて赤ん坊に近い状態にまで退行をさせられただろう。

 この階に今の怪異以外の異常が無いとも言い切れない。そんな無防備な状態でいれば、いずれはこの階で人知れずに死んでいた。

 片側が生存していれば仮眠室や複製階といった蘇生の方法も望めるが、全滅とあっては全てが終わる。

 

 そんな不幸中の幸いを慰みに歩き続けていると、やがて気分が晴れやかになっていくのを俺は感じた。

 具体的には肉体の不調が改善されつつある。

 疲労感が薄まり、肉体には血行が隅々に行き渡るような充実感が蘇りつつあった。

 同時に、

 

「……んん? お前、デカくなってないか?」

『ハハ?』

 

 腕の中で抱える相棒は徐々に肥大化を始め、いつしかこの階へ到達した時と変わらぬまでに成長を遂げていた。

 抱えているのも辛くなり相棒を下ろすと、俺は肩口に手を被せては関節を回して肉体の回復を確認する。

 

 元の状態に近い年齢にまで成長した相棒と比例して、俺は若返りを果たしていた。

 年齢的にどの程度のものかは分からないが、どうやら従来のものに近い歳にまで戻った実感はある。

 

『ハハハ、じーさんじゃなくなった』

「やかましい。しかし……まだ問題はあるぞ」

 

 からかってくる相棒に鼻を鳴らすと、俺は改めてエレベーターまでの残りを窺う。

 エレベーターまではまだ10メートルほどの距離が残っている。問題はこの先も俺達の老化や退行が起きるのかということであった。

 

 現地点での俺は、ほぼ元の年齢にまで戻っているといっていい。一方でまだ少し幼い相棒は、おそらくはエレベーターに戻る頃に従来の年齢へと戻れるのだろう。

 しかしこの先も戻るほどに若返り続けるのだとしたら、俺はあとどれほど退行してしまうものなのだろうか?

 

 先の相棒を鑑みるに、肉体の退行と共に精神もまた幼児化を果たしてしまうのは明白だ。そうなるとエレベーターへ辿り着く頃には、俺も正常な判断力などは保っていられないことになる。

 この場合もっとも恐れるべき事態は……

 

「よく聞いてくれ。エレベーターに着いたら、そのまま仮眠室に行って俺を探してほしい。すぐにだ」

『何をそんなに急ぐ?』

「肉体の幼児化は、このマンションにとって『状態異常』とカウントしてもらえない惧れがある」

 

 そこにあった。

 子供に変わろうとも俺は『俺』であるという事実──それが『常態』とこのマンションに見なされた時、仮眠室にバックアップされている俺も『子供』の状態に戻されてしまう可能性がある。

 そうなると今の『大人』の俺は消滅することとなり、その状態になってしまってはもはや、複製階であっても元の自分は取り戻せまい。

 

 それを説明する俺を前に、相棒は理解しているのか否か、退屈気に首を左右に傾げ続けるばかり。

 

「ともあれ、この階を抜けたら仮眠室で俺を起こす。いいな?」

『ハハ、まあ任せろ』

「お前だけが頼りなんだから、本当に頼んだぞ……?」

 

 一抹の不安を覚えつつも覚悟を決め、

 

「……──じゃあ、いくか」

『おう! ハハハハ!』

 

俺達は再びエレベーターへの帰路を辿るのであった。

 

 

 

 

 

【 続 】

 




  
『老化と退行の階・2』https://syosetu.org/novel/216576/12.html
に続きます。
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