アライさんマンション・二次創作   作:たつおか

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『老化と退行の階・1』https://syosetu.org/novel/216576/11.html
の続きとなります。
 


【 老化と退行の階・2 】

 エレベーターまでの数歩を辿るごとに俺は手の様子を確認する。

 

 手の甲の変化は特に著しい。若返りの弊害から、節くれ立った拳骨のシワは徐々に浅くなって丸みが増していく。

 手の変化でさえそうなのだから、顔つきなどはもっと如実に変貌していることだろう。

 

 そんな心の焦りを読んだかの如く、

 

『ハハハ! 同じ背になった。ハハハハ!』

 

 突然の声に気付いて振り向けば、同じ目線になった相棒が好奇の視線を向けていた。

 さらには、

 

『止まれ! ちょっと止まれ!』

 

 歩みを止められてはしげしげと全身を観察される。

 以前は俺の胸元ほどだった相棒と同じ身長ということは、今の俺は十代も前半ぐらいというところだろうか? そんな容姿の俺が相棒には面白くて仕様がないようだ。

 やがて何を考えたのか、相棒は正面から俺を抱きしめた。

 

「な、何してんだよ!?」

『いいから……ちょっとじっとしてろ……』

 

 幾度となく抱きしめる腕の位置を変えては、俺の体のサイズを測るように相棒は抱き直し続ける。

 一方の俺はというと妙な感覚に囚われていた。

 

 体の芯がむず痒いというか……ありていに言うならば『欲情』していた。

 フレンズとはいえ、おおよそ同年代程度の体つきである相棒からの抱擁は、俺の青臭い情欲を刺激するには充分であった。

 

──くそ……いい匂いがする……!

 

 もはや抵抗も無く、僅かに鼻孔をくすぐってくる彼女の髪の残り香に忘我していると、突如として相棒の顔が目の前に現れた。

 それに驚く俺を、小首をかしげながら観察するうち、口角を大きく吊り上げて満面の笑みを浮かべる相棒。

 その笑顔の意味を問う間もなく身を寄せてきたかと思うと──相棒は俺の唇を奪うのだった。

 

「ん!? んッ!? んん~ッ!?」

『んーッ……ん♡ ん♡』

 

 突然のそれに慌てふためく俺とは対称的に、今のキスを味わうかのような相棒の仕草は何とも余裕に満ちている。

 

「な、なにすんだよ!」

 

 どうにか抱擁を振り切って声を大きくする俺を前に、

 

『ハハハ♪ 雰囲気違うな。新鮮だな。ハハハハ』

 

 上目に見つめて笑みを返す相棒からは、なおも貪り足りないといった様子が見て取れる。

 

「そういうことするのはよせよ!」

『あぁ! もうちょっと触らせろってー』

 

 照れ隠しに憤慨して歩き出す俺を追いながら、相棒はなおも尻や背中を触るコミュニケーションを続ける。

 

 でも、それの相手をするのにも限界が来た。

 なんだか頭が上手く回らなくなってきた。

 

「はぁはぁ……」

 

 手もどんどん小さくなってる。

 こわい……。このまま消えるんじゃ?

 

 すこし歩いたらこわくてもう歩けなくなった。

 

 あいぼうの顔がみたい。

 抱きつきたい。

 泣きたい。

 あいぼうはどこ?

 

『ありゃ? ずいぶん縮んだな?』

「あうう……ソワカ~」

 

 あいぼうをみつけて嬉しくなった。

 だきついたらだっこしてくれた。

 あんしんしてないた。

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

 

 エレベーターまでの残り数メートルを、アタシはトチを抱いて戻った。

 子どもになったのが不安なんだろうけど、子どものトチはすごく可愛い。

 

 エレベーターに乗ってからもしばらく顔を見たり頭の匂いを嗅いだ。

 

「ねえ、ソワカぁ。早くいこう? いこうよぉ……」

 

 トチがべそをかきながら言って来る。

 可愛い。食べてやりたい。

 あんまり可愛かったからキスしてやった。顔中を舐めてやる。

 

「いやあぁ……!」

 

 でもトチはそうされるのが嫌いなみたい。 

 

『ハハ、どこに行きたい?』

「あのね、えっと……ソワカ、しってるでしょ? さっきいったでしょ?」

 

 どこに行きたいのか尋ねるとトチは泣きそうになりながら言って来る。

 そういや大人だった時に『仮眠室』に連れて行けって言ってたっけ。

 仕方ない。連れて行こう。

 

 トチを抱きながらエレベーターを動かそうとすると、

 

「ぼくやる!」

 

 トチが手を伸ばした。

 

「ばんごうおしえて。ぼくがおす!」

 

 エレベーターのパネルが好きらしい。

 

『ハハハ! じゃあアタシはレバーとダイヤルな。お前はボタン押せ』

「いいよ! どこおすの?」

 

 二人でエレベーターを操作する。すごく楽しい♪

 エレベーターが動くと、体が重くなる感じにトチが声を上げた。

 

『トチ、エレベーター好き?』

「すき!」

『アタシとどっちが好き?』

 

 そう聞くと操作盤とアタシをキョロキョロ見た。

 それからアタシを見て、

 

「………ソワカぁ」

 

 言ってから照れた。

 

『おまえ──ッッ♡♡!!』

「あうぅ、いたいー!」

 

 可愛すぎて思いきり抱き締めた。

 痛がらせて可哀相だけど、このまま抱き潰したくなる。

 

 可愛い……本当に可愛い……このまま連れて帰りたい。

 明日も明後日も、一年後だってずっと一緒に居たい。

 このトチはアタシだけのモノだ。

 

 気が付くとエレベーターが止まってドアが開いた。

 

「あいたよ? ここなの? いこう?」

 

 仮眠室に着いた。ここでトチを起こせばいいはずだけど……でも、それだとこのトチが消える。

 

 ちょっと前に、なぜアタシがマンションに潜るのかを聞かれたことがあった。

 よく分からなかったから『楽しいから』って答えたけど、アタシは探し物をしていたのかもしれない。

 アタシが本当に欲しかったもの……

 

「ソワカ? いかないの?」

 

 この子を手に入れる為にアタシは今日まで生きてきたんじゃないか?

 そうだとしたら、今アタシは欲しいものを手に入れたんだ。

 

『……なあトチ。トチは、アタシのこと好きか?』

「すきだよ? どうして?」

『じゃあこれからずっとアタシと暮らす? アタシがトチのお母さんになるよ』

「いいよ。ぼくもソワカが好き」

『いいんだね? ……いつまでも一緒なんだよ?』

「いいよ。ずっといっしょ」

『…………』

「ソワカ?」

 

 

 アタシは、決断した。

 

 

 

■  ■  ■  ■

 

 

 

 遠くからの声に揺り起こされて俺は目覚めた。

 

 目覚めてすぐ目の前には板張りの低い天井──否、これは多段ベットの底板を見上げているのだ。

 僅かに首を傾けて脇を見やると、そこには上段のベッドへと昇る梯子とそして──茫然自失とした相棒の姿があった。

 

「ん……? なんだ? どこだ此処は?」

 

 依然として頭の中から眠気の靄が晴れないことから、ついマヌケな質問をしてしまいながら俺も覚醒していく。

 

「そうか……『仮眠室』か。何かあったんだな、俺は」

 

 ようやくそのことに気付くと、俺は一気に脱力して起き上がる気力も沸かなかった。

 ともあれ起こしてくれたというのなら、事の始終は相棒が知っていることだろう。後ほど詳細を聞けばいい。

 

 しかしながら………相棒は依然として一言も発することは無かった。

 

 もう一度視線を向ければ、彼女は先ほどと全く変わらぬ姿勢と虚ろな表情で、ただベッドのシーツ一点を凝視している。

 それにつられて視線を巡らせれば、ちょうど腹の上にあたるそこには何かが置かれていたのか小さな窪みが窺えた。

 

 さらには僅かな温もりもまたそこに残っていることと併せるに、『何か』がこの上に乗っていたであろうことが予想できた。

 窪みの大きさから察するに小動物か、あるいは子供か……。そしてそれが今、消えてしまっていることこそが、俺がここで目覚めたことの理由であるのだろうか。

 

 それについて尋ねるよりも先に、

 

『ハハ…………消えちゃったぁ』

 

 相棒が口を開く。

 依然として表情の変わらぬ様子からは、俺へ話しかけたというよりは独り言ちたという風だ。

 

 すっかり意気消沈したその様子に、俺も何か慰めの言葉など掛けたものかと考えあぐねた次の瞬間──突如として相棒は、倒れ込むようにして仰臥する俺の上に覆いかぶさった。

 首に両腕を回し力強く抱きついてくるのだが、

 

「お、おい………?」

 

 すがりつくようなその仕草にはいつも明るさや軽率さなどは微塵も感じられない。

 密着するあまりに表情こそは伺えないが、それでも小刻みに体を震わせるその様子からは、おそらく啜り泣いているのではないかと思われた。

 やがて相棒は──おそらくは今日の出来事の本質であろう一言を呟いた。

 

 

『………………子供が欲しい』

 

 

 あまりの唐突な物言いに──終ぞ俺は今日の出来事を追求することが出来なくなって……ただ、相棒の背に手を添えた。

 

 仮眠室のベッドでしばしそうして相棒の髪の香りをかいでいると、脳裏には不思議な光景がよみがえる。

 

 それはマンションの中を相棒の腕に抱かれて探索する光景だった。

 

 腕の中から見上げる子供の俺に微笑みかけてくれる相棒は──

 

 

 どこまでも優しくて、そして暖かかった。

 

 

 

 

【 終 】

 

 

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