参加型企画による個人別のSSとなります。
本SSは『影響を受ける人(ID:126193)』さんのキャラクターである、
『 半怪異(はんかいい)オオカワウソ 』の設定を元に執筆させて戴きました。
『5月バザール参加者』https://syosetu.org/novel/216576/14.html
と併せてお読みになると、より楽しめると思います。
幸福とは、いかなる状態の時を言い表したことなのだろう──オオカワウソでなくなったあの日以来、考えるようになったことである。
午前10時にバザールが開催されて以降、ハカウソが用意した屋台のカウンター3席と4人掛けのテーブル席のふたつは瞬く間に客で埋まった。
それだけにとどまらず、ラーメンだけを受け取っては地にしゃがみこんで喫食する者や壁に背を預けて立ち食いする者と、彼女の店の周囲は瞬く間にヒトやフレンズ達で埋め尽くされる。
この状況はさして珍しいものでもない。
バザールの開催と同時に、『まずは腹ごしらえを済ませてから回ろう』と思う第一陣がハカウソのスペースに殺到する。
その波が去ると次は、従来通りに『昼時に飯を食おう』と思う第二陣が押しかけ、さらには午後4時の終了間際に再び、『せっかくバザールに来たのだから』と少し早い夕食がてらに訪れる第三陣に見舞われると、彼女は開始から終了間際までの数時間を息つく間もなく忙殺されるのだ。
「──ラーメン一つ、麺硬めで」
「チャーシューメン大盛りね」
『ラーメンふたつ。一つはチャーシュー抜いてください』
「味噌ラーメンと塩と、醤油ふたつ。一万円で大丈夫ですか?」
『ハハハハ、元ボトル! 只にしろ! ハハハ!』
『──はい、ラーメン一つ硬メありがとございます! チャーシューメン大盛り、毎度! ラーメンふたつチャーシュー抜き、合計で900円になります! 味噌1、塩1、醤油2、一万円大丈夫です、2千円になります! ──金払え~! チャーシュー一枚おまけしてやるから!』
調理場を兼ねた屋台カウンターの湯気の向こうで、舞うかのごとくに麺の湯切りをし、タレを盛ってスープで割り、チャーシューメンのトッピングを添えて客に渡すと同時に勘定も済ませる──ハカウソは八面六臂の鬼神の如くに店を回していく。
席数やスペースのキャパシティに対し客は常に15人前後が1ローテーションとなって押しかけるも、それにハカウソが遅れを取ることは無い。
この日の為の仕込みに充分な段取りを以て挑んでいることは然ることながら、これだけの客を同時に回せるカラクリにはハカウソの怪異化した肉体も大きな役割を果たしていた。
怪異化した左半身背面には、3本の尻尾が伸びている。それらが触手の如くに立ちまわってはそれぞれに役割を果たすのだ。
ある尻尾は湯切りをし、ある一本はスープを割り、さらにもう一本はどんぶりにまとわりついて伸縮しては完成したラーメンを客の元に届ける。……提供の際に尻尾の先端がスープに浸かってしまうのはご愛嬌だ。
それでもしかしハカウソのバザールは終始、接客と調理に忙殺されることとなる。
怪異に憑りつかれて以降、成長を伴った肉体の変化と同時に体力もまた増強された。それにより日々の商売はもとより、今日のようなバザールの鉄火場においてもハカウソが疲労に倒れてしまうことは無い。
それでもしかし、接客と調理のキャパシティを越えた16人目が現れると僅かに提供のタイミングが遅れることにハカウソは歯噛みした。
──体力は持つけど……やっぱりバイト欲しいなあ。
ふとそんなことを考える。
しかしそんな思考も一瞬のことで、すぐに次なる注文が耳に入ると、脳は労働以外の雑念を押し流していく。
思いついては忘れ、ふいにまた考えてはそして忘れる──脳細胞はフルに回転しながらも意識から雑念は削がれ、思考は限り無くクリアになっていく。
そんな時に決まって思い起こされる問いこそが──
──幸せってなんなんだろう……?
その問いであった。
オオカワウソであった頃はそんなことは微塵も考えなかった。
あの頃はただひたすら『楽しく』はあったが、それは『幸福』とはベクトルが違うように思えた。
元より深く考え込むような性質ではなかったが、それでも今のような無我の境地に立てることなどは一度として無なかったように思う。
『醤油ラーメンを一つお願いしたいのだ! それから塩ラーメンをお土産なのだ!』
『はい、醤油1まいどー! お土産に塩1、ありがとうございまーす! 900円になりまーす!』
それまでの自分(オオカワウソ)という根幹を変えてしまった理由は、やはりこの身に巣食う怪異の影響に他ならないように思う。
そもそも我が身に抱えるコレがどのような怪異(モノ)なのか見当もつかない。しかし、ハカウソの意識の表層に現れては来ないものの、複数の意思や思考がこの怪異を通じて己の中に渦巻いているのは感じていた。
今の接客を鑑みればそれが窺える。
複数の注文や勘定、喫食している客数の把握や、はたまた別個の生き物の如くに働く3本の尻尾たちの動きなどは、明らかに自分以外の意思が肉体と記憶のカバーをしてくれているからに他ならない。
「こんにちは、忙しそうね。大丈夫かしら?」
『キャハハ、フィリアさぁん、いらっしゃぁい! 問題無いよ。何食べたい?』
「じゃあ、チャーシューメンを一ついただこうかしら。それにしてもすごい混みようね!」
『ホントだよ~、バイトが欲しいね。勘定と運ぶのだけでもさあ』
「こういう時、一人って大変よね……」
自分と、そして自分の中の他人とを根こそぎ使っての労働は得も言えぬ充実感を与えてくれる。多忙の極みとあっては、本来なら苦痛であるはずの疲労が全て『喜び』となって脳内に変換された。
今この瞬間は『苦しみ』こそが『喜び』なのだ──そう考えた時に『幸福とは何か?』とハカウソは思わずにいられない。
『はいよ! チャーシューメンおまちぃ! テティさぁんも忙しいのかねぇ?』
「ありがとう♪ あっちもあっちで大変そうよ? 私も今日は諦めたわ」
楽であること、満腹であることがオオカワウソ時代の『幸福』に対する価値観であった。しかし今は食事も休憩も取らずに働き続けることが『楽しい』というのだから、もう何が何やら分からない。
それでも今この瞬間この場所で、好きな人たちを相手に好きなことをしているハカウソは誰よりも幸福であった。
──これでいいじゃないか……上等さあ!
そう思った時、怪異である半身が大きく脈打った。
まるで今のハカウソに呼応してくれるが如くに、そして励ましてくれるが如くに。
──ありがとうね、お前達も。これからもうちを支えておくれな……!
「──……ふぅ、ご馳走様。それじゃ頑張ってね。今夜また会いましょう?」
スープの最後の一滴までを飲み干すと、フィリアは席を立った。
『はぁいよ♡』
彼女から手渡しで代金を受け取り、釣り銭を渡すとフィリアの励ましにハカウソも大きく頷く。
過去の自分(オオカワウソ)達、そして今の自分を支えてくれている内なる怪異達、そして自分を受け入れてくれた客と友人達──そんな今日の幸福を支えてくれる全てに万感の想いを込め、
『ありがとうございましたー!』
ハカウソは今日までの人生で一番の笑顔を咲かせるのであった。
【 続 】