参加型企画による個人別のSSとなります。
本SSは『ブレイクフリー(ID:276867)』さんのキャラクターである、
『 ギンコ 』の設定を元に執筆させて戴きました。
『5月バザール参加者』https://syosetu.org/novel/216576/14.html
と併せてお読みになると、より楽しめると思います。
その時の詳細は、意識して思い出すことは叶わない──
しかし日常のふとした瞬間に、白昼夢の如くに脳裏へそれが回想される瞬間がギンコにはあった。
何の前置きも無く、それは始まる──
場所は何処か研究所だ。
薄暗がりの中、様々な計器やモニターの青白い光に照らされた男女達──一様に白衣へ袖を通した姿から、その光景はさながら幽霊達の集会のようにも見えた。
しかしながらそこに垣間見える研究員達の表情はそのどれもが鬼気迫る──あるいは焦燥に駆られていて、その光景にギンコは此処こそが地獄なのではないかとさえ思った。
各々が互いに怒号を交わし合っていた。
ある者は尋常ならざる手の動きでキーボードを叩き、またある者は通信機や携帯電話の類を肩と頬の間に挟んではこれまた独立型の端末機を忙しなく操作して、部屋と外部との入退室を繰り返している。
通常ではあり得ないほどの時間と情報とを凝縮したその空間はやがて、深淵なる時空の牢へと化しては件の罪深き男女達を永遠の名のもとに閉じ込めることとなる。
その瞬間、全てが光の中に消えた。やがて目覚めると──ギンコは今バザールの只中に居た。
『──やはり、記憶は完全ではないのね』
思わぬフラッシュバックに呟いては後ろ頭を掻く。
超大型サンドスター加速器のエネルギー暴発による事故──それこそがこの世界に自分を飛ばしてしまった原因であった。
事故の理由はひどく簡単なものである。
加速器の中、超電導加速においてサンドスタービームを加速する際に発生する原子エネルギーが、制御の予想を上回り臨界を引き起こしたのであった。
従来の純ニオブを用いた低速イオンや亜元子粒子によるエネルギーの暴発であれば、被害は3㎞四方の敷地を消失させる極めて小規模なビックバンの再現か、はたまたマイクロブラックホールの出現『程度』で済むはずだった。
しかしながらこの時、加速器内にて超電導加速をされていたものはサンドスターであり──結果としてそれの暴発は、極めて深刻な『時空』の破壊を果たしたのである。
とはいえ、それら済んでしまったことへの追想はもはや詮無いことである。
嘆いたからと言ってあの悲劇が無かったことにはならないし、後悔に苛まれるほどの役割を自分が担っていたとも思えない。
そもそもこれが自分の記憶であるのかも定かではないのだ。
フレンズである自分があの研究所において何らかの役割を果たしていたとは考えづらい。ならば『自分』とは何者かと掘り下げた時──ギンコは己のことを何ひとつ思い出せなかった。
そしてそれはこの世界において、ギンコが何一つ持っていないということも意味した。
類まれなる知識と知能などは、彼女の価値観に照らし合わせるのならば何の用も、そして意味も成さない。
それらはたとえ失ってしまったとしても、この世界において再び学び得られる類のものであったからだ。
そんな空手の自分だからこそ、執念や意思といったメンタル的な部分は日を増すごとに強くなった。
そして斯様なギンコがこの世界における目標──さらには生きるための活力としたものこそが元の世界への帰還と、そして恩人達への恩返しであった。
ここで言う恩人とは二種類ある。
一つは言わずもがな、このマンションの住人達だ。
当時の右も左もわからなかったギンコへ住居の提供を始め、この世界の生き方や常識を教えてくれた仲間達には感謝をしてもし尽せない。
いつか元世界への帰還方法が分かっても、そんな仲間達への恩返しに納得がいくまでは帰るまいと決めていた。
そしてもう一人──ギンコにはどうしても礼を言わねばならない相手が居る。
それはヒトではなくフレンズであった。
しかしどの動物のフレンズであったかは分からない。
この世界へと顕現するひとつ前、ギンコは『じごくちほー』なる別次元へと放り込まれた。
転生させられたばかりでまだ前後不覚であったギンコを、そのフレンズは実に親身になって救ってくれた。
最後にもそのフレンズは己の半身を代償にそこからの生還を果たすわけだが、その際においても彼女は自分を見捨てずに連れ帰ってくれた。
あの救済が無ければ自分は生きて今日の陽を拝むことは叶わなかったであろうし、あるいは無限とも思えるあの次元の中を今もなおさ迷い歩いていたのやもしれぬ。
まさに恩人だ。
しかし困ったことに、ギンコにはその時のフレンズを探し出す手段を何一つとして持ってはいなかった。
先に述べた酩酊に近い状態の邂逅であったが故、彼女の見た目も、「そしてどのような会話を交わしたのかすらもギンコは覚えていない。
ただ一つ、そのフレンズの声だけは憶えていた。
それは今も脳裏に焼き付いている。否、忘れてしまわうことが無いよう、あの時の記憶は常に思い出せる限り脳内で繰り返している。
共にじごくちほーを抜けたことを考えるに、彼女もまたこの世界に居るはずなのだ。そしてその可能性が一番高い場所こそが、このマンションであると当たりも付けていた。
エスキモーの格言に、『狼を待つには、居そうな場所に行くのではなく、居た場所に行け』という言葉がある。
それはギンコの人探しにおいても通じることだ。
おそらくは彼の人もギンコ同様に、帰還してすぐはこのマンションに辿り着いたはずである。ならば、この場所に留まり続けながら彼女を探すことこそがもっとも合理的な行動であるとギンコは心得た。
そして今日のバザールこそは、まさにその恩人を探し出すのに絶好の場であるのだ。
──マンションの住人はもとより、このイベントには内外から人が集まる。だとしたら、あのフレンズがここに居る可能性は格段に高まる。
今日こそは──と、決意を固める。
しばしししてギンコは、
『ボス、店番をお願い。この新アイテムをフィリアに届けてくるわ』
回想がてら手の中でいじり続けていた『温度感知機能付き赤外線スコープ』の調整を終えると、やおらギンコは自身のスペースから立ち上がった。
『わかったよ ギンコ いつ 戻ってくるんだい?』
「戻る……か」
ボスの何気ない問いかけに、つい先ほどまで過去の自分顧みていたギンコはそれに皮肉を感じたような気がして思わず口元に笑みを漏らした。
「戻れる時になったら、いつでも──よ」
そしてそう言い残しては歩き出し、バザールの人混みへギンコは身を投じる。
濁流のようなうねりに晒される感触を、何故かギンコは懐かしく感じた。
【 続 】