参加型企画による個人別のSSとなります。
本SSは『白ピンク(ID:286600)』さんのキャラクターである、
『 フィリア・ホワイト 』の設定を元に執筆させて戴きました。
『5月バザール参加者』https://syosetu.org/novel/216576/14.html
と併せてお読みになると、より楽しめると思います。
『好き』と『上手い』は似て非なるものだ──その点でフィリア・ホワイトは昔から『上手い』女であった。
幼少の砌に受けた習い事は皆、卒なくこなしたし、学業においても常に成績は上位をキープした。
長じてからもその器用さが買われ、さらに目鼻立ち良く機転が利くとあってフィリアは、国の誉れも高き諜報機関のエージェントとして大成するに至る。
その後も彼女が成した任務は数知れず、それにより多大な貢献をフィリアは国に齎せた。
やがてその名は内外に知れ渡るほどとなり、ついにはその集大成ともいうべき任務にフィリアは遣わされる。
それこそは日本における某マンションの調査及び探索──
『怪異』なるその超常現象は、歴としてそこに存在していた。
噂や、自然現象の多角的な解釈などという眉唾なものではなく、そこに存在しうる『第三者の精神を蝕む無意識』や『一つ目の大海獣』、『蘇生した死者を複製する装置』などは、紛うかたなき現実のものとしてそこに存在していた。
しかしそれを聞かされても、その時のフィリアの心が動くことは無かった。
創作めいたそれら事象を侮蔑したわけでもなければ、額面通りに受け取って慄いたわけでもない。
フィリアには、どんな任務にも大差がないのだ。
相手が仮想敵国の参謀長官であろうと、日本のマンションの地下駐車場に巣食う一つ目の大烏賊であろうとも、命ぜられれば任務をこなす──フィリアにとってはそれだけのことである。
すなわちそれは機械だ。
任務に対し感情が生じない。それもそのはずで、彼女は『失敗』をしない。ただ『上手く』あろうとし、事実成功する。
遊び飽きたゲームのような任務と人生に、いつしかフィリアの感情は死んでいった。
心底フィリアは、何事かを『好き』になったことは無かった。
そんな彼女の人生初の挫折──否、人生の転機はこのマンションにおける一番最初の任務で起きた。
失敗した。命からがら逃げ伸びた。
その事実を目の当たりにしフィリアは考えた。客観的に原因を分析するうちに恐ろしくなり、ついで慚愧の念に駆られた。
再度の挑戦を決意しては準備を整え、そして再戦の果て──フィリアの任務は成功した。
今まで失敗知らずであったフィリアのこの成功体験は得も言えぬ充実感と快感を齎し、そして同時に恐怖も含めたこのマンションでの任務を心から『楽しい』と気付けた時──フィリアはハマった。
以来フィリアは生活の場もまたこのマンションに移し、日々の任務に明け暮れる充実した毎日を送っている。
今回のバザールなどはその最たるものだった。
フィリアには今現在、任務とは別に個人的な興味から解明を目指している怪異がある。
それこそがこのバザールである。
そもそもこのイベントは1階のエントランスホールで行われているはずだが、日頃のそこはといえば数メートル四方が精々の面積である。
それが今はどうであろう──現在、自分が居るスペースから望む会場の遠景の中に行き止まりの端が見えない。その規模たるや毎年大きさを増しているように思えてならなかった。
「少し歩いてこようかしら? ギンコも来そうにないしね」
やがては出店の為に借りた自分のスペースに留まっていられなくなりフィリアはバザールへと繰り出す。
まず最初に向かおうと決めていたのはテティのスイーツ店だ。
時間は午前11時半──朝食を抜いていることから空腹を覚えていたフィリアはまず、彼のスイーツ店でミニパイでもつまもうかと軽い気持ちで訪れた。
が、しかし──
「ミニパイ6個、お持ち帰りのお客様―! お待たせしました! 続いてアイスのお客様はどちらですか!? ──あ、すいません! タルト、出来てます! 5月〇日までの賞味期限となっております! シールを貼っておきますのでご確認ください!」
テティのスペースは既に詰めかける客達で飽和状態となっていた。
その中央で、おそらくは人生で初になるであろう客入りを体験しているテティにはこちらの来訪に気付く様子すらない。
「あ~……! ついにこの店も知られたかぁ。……これからは買いづらくなるわねぇ」
友人の盛況ぶりを素直に喜べないのは今後、彼の作るスイーツを気軽に楽しめなくなるが故だ。
おそらく今日の客達は、今後もテティのスイーツが忘れらず足繁くに彼の店へ通うこととなるだろう。そうなると、テティ一人が作る数の限られた菓子などは今後自分に回らなくなってくる可能性が出てくる。
「いえ、間違いなくそうなるわね。──しょうがない。ラーメンでも行こうかしら」
去り際、心の中でテティにエールを一つ送りフィリアは次なる目的地──ハカウソのスペースへと足を向ける。
歩きながら、もしかしたら彼女のスペースにおいてもラーメンにありつけないのではないかと一抹の不安を抱くフィリアの目に、件のハカウソのスペースが入った。
調理場を兼ねた屋台カウンターと、さらには4人掛けのテーブルがふたつのスペース──想像通りにそこもまた盛況した様子で、席からあぶれた客達が周辺の壁に背を預けたり、はたまたしゃがみこんではハカウソのラーメンを愉しんでいる。
──あら~……立ち食いはつらいわね……
その様子に暗澹とするも、まさにフィリアを待ち受けていたが如くに屋台カウンターの客が席を立つ。
それを見定めるや、らしくも無く駆け出しては入れ替わりに座り込むフィリア。
普段には無い自分の、あまりのその大人げなさに我ながら笑いがこみ上げるが──コレもまたバザールの面白い所だ。普段では気付けない自分の発見がある。
「こんにちは、忙しそうね。大丈夫かしら?」
『キャハハ、フィリアさぁん、いらっしゃぁい! 問題無いよ。何食べたい?』
席に着くと同時に、テーブルから空のどんぶりを下げるハカウソと目が合い、二人は示し合わせたかのよう微笑み合う。
「じゃあ、チャーシューメンを一ついただこうかしら。それにしてもすごい混みようね!」
『ホントだよ~、バイトが欲しいね。勘定と運ぶのだけでもさあ』
「こういう時、一人って大変よね……」
肩越しに背後を窺えば、此処のラーメンを目的とした客達がさらに集まりつつあった。このタイミングで席に滑り込めたのは本当に幸運だったようだ。
料理を待つ最中、フィリアは働くハカウソを見て過ごす。
一瞬として立ち止まることなく、流れるよう作業をこなしていくハカウソの姿には、まるで野生動物を観察するような面白さがある。
両手を使い調理をする従来の動きに加え、怪異と化した半身も尻から伸びる三本の尻尾を駆使させて実に滑らかにハカウソの動きをサポートしている。
ハカウソに憑りついた怪異は彼女を食らうどころか、むしろいかにして彼女をサポートするかに苦心しているように見えた。
こうなると『怪異』というものが分からなくなる。
ハカウソに纏わりついている『憑依』系の怪異は、生者の肉体に憑りついて侵食し、やがてはそれを自分の一部にしようとする。
しかしハカウソの怪異は獲り込んだまでは良かったものの、結局は宿主を助けるためにハカウソへ隷属する関係となってしまった。
全てが全てそういう訳ではないのだろうが、そう考えた時、怪異もまたこのマンションの『か弱き存在』であるのかもしれないとフィリアは思い、ふと切なくなってしまうのだった。
と、そんなセンチメンタルを打ち破るように──
『はいよ! チャーシューメンおまちぃ!』
目の前に美味の湯気をこれ以上に無く立ち上がらせた珠玉のチャーシューメンが重量感と共に置かれる。
それに我へ返ると、今しがたまで頭の中を巡っていた様々な考えは微塵も無く振り払われてしまった。
「ありがとう♪」
結局のところどんな不幸も幸福も、空腹には勝てない──ならば、いかなる時も食を忘れずにいることこそが、自分らしさを維持する秘訣なのだ。
自分にとってのそれは『摂取』することであり、ハカウソには『創作と供給』なのであった──と、フィリアは強引に話を纏めて割り箸を割る。
『テティさぁんも忙しいのかねぇ?』
ラーメンを差し出した手を下げる傍らにハカウソもふと尋ねる。
「あっちもあっちで大変そうよ? 私も今日は諦めたわ」
一方でフィリアもまた食べ始めながらに応える。
しかし会話らしい会話を交わしたのはそれが最後であった。
魚介出汁をメインにしたスープながら、海産系特有の生臭さなどは微塵も感じられない。むしろ味付けは耳の下が収縮して痺れるほどに濃厚だというのに、後味は何処までも爽やかで一向に食べる者を飽きさせない。
そこに漬されるちぢれ麺──絡まる出汁の旨味、そして噛みしめるほどに感じる玉子と小麦の豊潤な香りと歯ごたえの混然一体に、食する者は忘我の域へと導かれる。
気付けば今日もまた──フィリアはスープの一滴まで残すことなく、ハカウソのラーメンを完食した。
──毎回、おつゆは残そうって思うんだけどな……
食後の些細な罪悪感はしかし、すぐに満腹の充実感に取って代わられて消えた。
「──……ふぅ、ご馳走様。それじゃ頑張ってね。今夜また会いましょう?」
あまり長居をしては迷惑だろうと思いつつも、夜にまた会えることを約束してフィリアは勘定を済ませる。
『はぁいよ♡ ありがとうございましたー!』
一方で釣銭を返すハカウソもまた満面の笑顔でそれを返す。
そうしてフィリアが席を立つと、つい先ほど自分がそうしたように空席はすぐに何者かが座って埋まる。
数歩歩いて首だけ振り返らせると、依然として踊るように働くハカウソの姿が遠くに伺えた。
満足感の中に僅かに混じる不思議な罪悪感と寂寥感に後ろ髪を引かれながらも、やがてはそれも振り切り再び前を向くフィリアの視界に、
『ギンコさ~ん♡ ギンコさん♡ ギンコさんッ♡ ギンコさぁ~ん♡♡ どこか遊びに行こうよ~』
「だからバザールにいるじゃない! って白衣の下に手を入れない!」
前方から歩いてくるギンコと、そしてその片腕を体全体で抱きしめては股座に挟み込むギンギツネのフレンズの姿が目に入った。
今にもギンコの頬へ触れんばかりに鼻先を近づけているギンギツネの表情たるや、すっかり上気しては半閉じの瞼も重く蕩けた様子……有り体に言えば『発情』しているであろう様子が如実にうかがえた。
「何やってるのあなた達?」
そんな彼女からのアプローチへ必死の抵抗を続けているギンコへとフィリアは呆れた様子で声を掛ける。
『わたしはまともよ! おかしくなっちゃってるのはこの子だけ!』
それに対して必死の形相で答えてくるギンコ。
『アーサーが変なサプリ飲ませたせいでこんな風になっちゃってるのよ! ──って耳を噛まないの!』
『へへへ~……たーのしー♡』
「それはご愁傷様。それでどうするつもりなの? やっぱりお持ち帰り?」
『バカ言わないで! キタキツネを見つけて彼女に返すわよ。面倒見切れないったらありゃしない……』
『え~? わたし、ギンコでもい~よ~♡』
『わたしが良くないの! ……じゃあそういう訳だから行くわ。もしキタキツネ見つけたら連絡ちょうだい』
ギンコが引き摺っているのか、それともギンギツネに手繰り寄せられているものか、会話もそこそこに二人は人混みの中に消えていく。
彼女も大変な子守りを押し付けられたものだ──と思いつつ、結局は頼んでいた『温度感知機能付き赤外線スコープ』も受け取れなかったことを思い出してフィリアは鼻を鳴らす。
「まあ、今夜『あら家(アラヤ)』に来るでしょうし、その時に色々聞こうかしら。……それにしても」
と、フィリアは思いにふける。
アーサーの名前が出たことでふと、彼のスペースを訪れてみようかと思い立った。……というよりは単に、食後にコーヒーが飲みたくなっただけではあるのだが。
「ともあれ、訪ねてみましょ。まだスペースに居ててくれればいいんだけど……」
先ほどギンコ達が歩いてきた方向へと歩を進めるとやがて、
「さぁーさぁー、お立合い! バザール名物の美味しいコーヒーだ! 責任は取れないけど、とにかく元気になれるサプリもあるよぉー! ヒヒッ!」
まだ人垣も開けないその向こうから、アーサーの常軌を逸した声が響いてくる。
一際、人ごみが過密になっている中を押し分け進んだその先に──取り囲む一般参加勢へ手当たり次第に紙コップを渡してはコーヒーを注いで回るアーサーの姿が見えた。
ようやく前面へと抜けだしたフィリアに対してもアーサーは気付くことなく紙コップを握らせる。そしてその中へ傾けたサーバーからコーヒーを注ごうとした瞬間、
「ん? んん~? こりゃ、フィリアじゃないかあ!」
アーサーも気付く。
「こんにちは。あなたの店も盛況してるようじゃない」
一方でフィリアも微笑む。
「ヒヒヒ! 儲かってなんかいるもんかい! み~んなタダ飲みだよ!」
「お金貰ってるんじゃないの、これ?」
「ボランティア、ボランティア! ヒヒ! しょうがない人達だよ!」
言いながらフィリアのカップにもコーヒーを注いでくれるアーサーもしかし、その充実した様子からはまんざらでもなさそうだ。
そもそもが自分のコーヒーを誰かに飲ませたいと欲求しているアーサーにとっては、狂人扱いされることなく、純粋に自分のコーヒーを求められる今の瞬間はそれなりに幸せなのかもしれない。
「そういえばフレンズの子に変な薬飲ませたんですって? ギンコがぼやいてたわよ」
「薬ぃ? ──あぁ、僕の特性コーヒーサプリ『キリマンジャロ』のことだね! ヒトやフレンズを『自由』にしてくれる素晴らしいサプリだよアレは!」
「自由になれればいいってもんじゃないでしょ。あの二人に本当に何かあったらどうするのよ?」
「いいんじゃないの?」
コーヒーをすすりながら訪ねてくるフィリアに、アーサーもさもあっけらかんとした様子で応える。
「あのギンギツネのフレンズはギンコのことが好きなのに素直になれていなかったからね。僕のサプリはその背中を『少し』だけ押してあげるだけだよ。あとはあの子次第だね。ヒヒ!」
『少し』の部分を強調してくるアーサーにしかし、フィリアは先のギンギツネを思い出す。
興奮のあまりに開き切った瞳孔を眼球の中で痙攣させながら『そのこと』にしか考えられなくなっていた様子からは、『少し背を押す』どころか『スペースシャトルに括り付けて宇宙に打ち出す』くらいの認識の違いがあるように思えた。
「フィリアも正直に生きた方がいいよ!? それがこのマンションで楽しく過ごすコツさー!」
「そこらへんは釈迦に説法よ、アーサー。言われるまでも無く楽しんでるわ……今日はあなたのコーヒーもあるから、なお最高よ?」
「ヒヒ、ヒヒヒ! 嬉しいこと言ってくれるね、ヒヒ!」
しばしそうして会話を楽しんでいると、客の一人からコーヒーを求められてアーサーも向かう。
そして再びアーサーは、求める客達に取り囲まれながら給仕に没頭した。
留まり続けて彼の行為を妨げるのは不粋と察し、フィリアも一歩アーサーのスペースから退く。
「今夜ハカウソの店で会いましょう、アーサー」
去り際、聞こえているはものかそれでもフィリアは給仕に勤しむアーサーに一声かけるとスぺースから抜け出すのであった。
しばし歩いて、緩衝帯ともいうべき人混みの途切れた空間を見つけると、フィリアはそこの壁面の一角に背を預け、改めてバザーの様子を見渡した。
とはいえ、そこからうかがえるものは左右に行き交う人の流ればかりで、各店の営みなどはほとんど伺えない。
それでもそんなバザールの様子を伺いながらコーヒーを飲むこの瞬間に、フィリアはこれ以上にない癒しもまた覚えていた。
同時にまた、今回のバザールが終わることもまた実感する。
──あと、何回楽しめるのかしらね……
ふとそんなことを思った。
それこそは、いつしか自分がこの場所を去る時のことを考えたものだった。
それが怪異による身の破滅か、あるいは時期的にここを退かざるを得ない瞬間を迎えてしまうか──それはフィリアにも分からない。
それでもしかし、望むならば前者であっても良いかとフィリアは思う。
このマンションの一部となって未来永劫、ここを訪れるヒトやフレンズ達を見守るという妄想──それを思う時フィリアは自分が既に、このマンションの怪異になってしまったのではないかと思うことがある。
その時にも今のように、意識とも概念ともつかない薄まり切った自我で、ヒトやフレンズの激流の如き営みを傍観しながら幸せを、あるいは憐憫を感じているものなのだろうか?
もしそうであるのだとしたら、このマンションの一部になることもまた悪くは無いと思えた。
「私は、怪異……私は、このマンション………私のお腹の中で、今日もみんなはバザールを愉しんでくれてる」
冗談紛れに呟いてみると、まんざらでもない気分になった。
その後もフィリアは飽くことなく、壁の一角からこのバザールを──愛すべきマンションの住人達を見守り続けるのだった。
【 続 】