攻略から帰宅すると、見知らぬ娘が玄関ドアに背を預け眠っていた。
「知り合いか?」と尋ねる俺に、相棒は依然として娘を凝視したまま首を左右に振る。
初見で相棒の交友関係を疑ったのは、この娘の容姿というか雰囲気にそこはかとない「フレンズ感」……さらに具体的には「オオカワウソ感」を覚えたからであった。
髪色は金髪のセミロング──襟足に緩やかな縮毛が見られるが、肩口あたりまでの髪型を見るならば、その形は相棒……オオカワウソの髪型(それ)と酷似していた。
しかしながら仔細を観察するに、フレンズ最大の特徴である側頭部からの耳介が伸びておらず、また服装もひざ下あたりまでのカーゴパンツにブーツとベストといったいで立ちから、人間の攻略勢であることが確認できた。
とはいえ、そんな容姿からの憶測をたくましくしたところで何の解決にもならない。
見た目こそはヒトでもこの娘が新たな怪異の一部である可能性だってある。故にどう対処したらいいものか考えあぐねる俺をよそに……
『……ハハハ。おい、起きろ』
「あ、おい……!」
娘を観察していた相棒がやおら、何の警戒感も無しに娘へと触れてしまった。
屈みこみ、両肩に手を置いて娘の首が揺れて後頭部をスチールドアにぶつける勢いでその体を揺する相棒はどこか嬉しそうだ。
しばししてそんな激しい呼び覚ましに……
「んう…………ん? あれ?」
娘が覚醒した。
寝ぼけ眼に周囲を見渡すその緩やかな反応とは裏腹に、俺は緊張を張り巡らせる。しかし娘は相も変わらずに寝ぼけ続け、やがては大きなあくびを一つしたかと思うと、
「ん? あなた達……だれ?」
そんなことを聞いてきた。それこそはこっちの台詞だ。
目が開くと娘への印象はまた変わったものとなる。
二重瞼に加え、全体のアイラインが丸みを帯びた大きな瞳は初見の時よりもずっと幼い印象を抱かせる。事実、歳の頃もまだ10代ではないかと思われた。
唐突な展開に戸惑いを覚えつつも先名乗りに自己紹介をする俺達ではあったが、そんな俺と相棒の名を聞いた瞬間──娘の眼が見開かれた。
まさに目を皿にするとばかりに俺達を凝視するその表情には、まるで初めて世界を確認する赤子のような大仰さがある。
無表情にも近いそんな驚きのそれを湛えていた娘の表情はしかし、やがては感情と思考が追い付いてくるにつれて弛緩し徐々に解け始める。
やがて新たにそこへ満ちてきた表情は……
「……あ………アハ……アハハハ! アハハハハハ! 嘘、そんなのって! アハハハハハ!」
気がふれたかと疑いたくなるばかりの、爆発するかのごとき笑いであった。
「お、おい……」
体を折り曲げ、文字通りに腹を抱えて笑うその尋常ならざる様子に声を掛ける俺を再び確認するや、
「噓でしょお? あなた、ケビン? 毛がある! アハハハハハ!」
しまいにはブレイクダンスよろしくに笑い転げるに至ってはもう、俺もただ見守る他ない。
しかしその中においても、
『ハハハ! おかしいか? ハハハハ!』
同じくに見守る相棒だけは動じない。むしろそんな娘の奇行を楽しんでいるような向きすらある。
しばしそうして笑い転げていた娘ではあったが、ようやくに呼吸を整えると大きくため息をついては再び俺達の前に立った。
「取り乱しちゃってごめんなさい。あなた達がその……知り合いにすごく似てたものだから、つい思い出しちゃって」
「知り合い……か。それはともかく君は何者だ? この家の前に居たってことは、俺達に用があるのかい?」
落ち着いたことを見計らい、俺はようやくそのことを尋ねることが出来た。
一方の娘もまた、今度は友好的に落ち着いた笑みを口元へほころばせると、
「ごめんなさい、自己紹介が遅れちゃったね。アタシはバサラ、あなた達と同じこのマンションの攻略勢よ」
その娘・バサラはそう名乗りを上げ、俺の前に右手を差し出すのであった。
それを前に握手に応えようとする俺を押し分けて前に出たのは、
『バサラ? いい名前だな。かっこいい!』
誰でもない相棒だった。
バサラの右手を両手で包み込むと、後は大きく前後させて彼女の手を裏表から擦ってやる。
「うん、アタシもこの名前好き♪ ママの名前に由来してるんだ」
かたやバサラもそんな相棒の振る舞いに動じることも無い。
一方の俺はそんな二人の、厳密にいうなら相棒の行動に驚きを禁じ得ずにはいられなかった。
相棒が……フレンズが「握手に応じる」という行動についてだ。
基本的に、相棒に「握手」という挨拶の習慣は無い。
それこそは野生動物特有の自己防衛と警戒心の顕れであり、右手の一部分とはいえ見ず知らずの他者に身を預けることへの危うさを警戒するからであるのだが──こと今のバサラに対しては、その態度があまりに寛容だった。
今の行動も「握手」というよりは、バサラに触れたいがゆえ、本能的に差し出される右手に飛びついた感がある。
──むしろこの娘は警戒すべきなんじゃないか? こちらの警戒心を解いて侵食してくる部類の怪異なのかもしれない……
そんな思案に暮れていた俺ではあったが、ふと顔を上げるとそこにもう相棒とバサラの姿は無かった。
どこに消えたものかと視線を巡らせると……
『上がれ、上がれ♪』
「おじゃましまーす」
すでに玄関ドアを開け放ち、相棒がバサラを我が家に招き入れているところであった。
「お、おい……!」
そのあまりに相棒らしからぬ不用心に呆れる……というよりは強く驚いて俺も後に続く。
怪異を疑ったその矢先であるというのに、すでに家の中に招き入れてしまうとは。
急ぎ二人の後を追うと、俺はリビングの中央で見上げるように部屋全体を見渡しているバサラに追いついた。
「へぇー……二人で暮らしてた時はこんな感じだったんだ……」
まぶしいものでも見つめるような笑みを湛えては部屋部屋を見て回るバサラの表情には、得も言えぬ懐旧然とした色が浮かんでいる。
慈愛に満ちた眼差しで、両手をついたリビングテーブルを撫でる彼女の姿に、ついには俺も何か言うことが出来なくなっていた。
不思議なことにこの時なぜか俺は……彼女バサラがこの場所に帰ってきてくれたような感覚に囚われていた。
もはや相棒用同様にこの娘を心から受け入れてしまっている自分に驚きを禁じ得なかったが、同時それは久しく忘れていた心の安寧もまたもたらせてくれているのだった。
「まあ……ゆっくりしていくといい。いま、お茶を入れるよ」
「ありがとうパ……ケビン。アタシも手伝うわ」
二人並んで台所に立つ。水道を捻りケトルに水を溜める俺の傍らで、バサラは人数分のティーカップを慣れた手つきで準備する。
「バサラはこのマンションに住んでいるのか?」
その手慣れた様子にふとそんな疑問を口にする。
「そうよ、生まれた時からね。もう17年になるわ」
「そんなに? じゃあ俺達なんかよりもずっと先輩だな。ご両親もここにいるのかい?」
「……パパはもう、居ないわ。……ママも」
急須に茶葉を入れていたバサラの手が止まった。
視線をそこに注いだままの表情はどこか固く険しい。
やがてやおら俺に向き直ったかと思うと、
「ケビン、約束して」
突如としてそう言いバサラは俺の手を取った。
「この先、独立したエレベーターのコントロールパネルに触れる機会があるかもしれない。だけど、それには触れないで。特に……ソワカは絶対に近づけさせちゃダメ」
言いながらまっすぐに見つめてくる険しい視線には、ともすれば威嚇とすら思わせる迫力があった。
しかしながらその瞳を介してこちらに注がれているものはけっして敵意などではなく、それはむしろ俺達を心から気遣う愛情であることもまた察することが出来た。
「バサラ……君は、何者なんだ?」
そんなすがるようなバサラの視線を受け止めながら、俺は尋ねる。
そしてそれに対し、彼女もまた思い詰めたように唇を開きかけたその時──
『ハハハ! 風呂沸いた! 入ろうバサラ!』
突如として掛けられる相棒の声に俺達は揃って背を伸ばし離れる。
振り向けば小走りに走ってきた相棒が飛び掛かるようにしてバサラを抱きしめる。
『一緒に入ろう! な?』
「お風呂入るの? いいよ♪ それじゃ洗ってあげるね」
一方でバサラの顔からもあの思い詰めた影は消えていた。
元の天真爛漫な笑顔を咲き綻ばせては彼女もまた相棒に抱きついてくるくると回っている。
そんな二人を前にしかし、俺は思案に暮れる。
──バサラは何を伝えようとしてたんだ……? エレベーターのコントロールパネルだって?
そしてその一瞬、俺の脳裏にとある映像が思い出される。
それこそは過去に『異形』として知られた一匹のフレンズ──はぐれのオオカワウソの姿であった。
かの存在はオオカワウソを専門に付け回す殺し屋で、俺と相棒は苦戦の末にそれの駆逐に成功していた。そんな異形が背に背負っていた物こそが、まさにバサラの話にあった『独立コントロールパネル』それであったのではないか。
──それならばもう心配はない。アレはあの時、異形もろともに破壊したからな……ならばもう杞憂なんじゃないか?
そう考えても、なぜか気持ちは晴れなかった。
俗にいう『嫌な予感』を強く感じてはその一時、気分を暗澹とさせた俺であったがそんな思いもすぐに忘れてしまうこととなる。
ふと腕組みしていた両腕の左右に、何者かの手が掛けられた。
見れば左に相棒、そして右にバサラである。
何事かと思い顔を上げれば……──
『いっしょに入ろう♡』
二人はそう言って、そっくりの笑顔を向けてくるのだった。
「……は、はあ? まさか風呂のこと言ってるのか?」
「そのまさかだよ、ケビン。ほら、早く♪」
『脱げ脱げ! もう脱いじゃえ! ハハハハ♡』
強く左右それぞれの両手を引いてくる二人に引きずられながら俺は風呂場へと誘導される。
冗談ではないと当然の抗議をする俺にもしかし、二人は有無を言わさずに俺の衣服を剥ぎ取ってしまった。
それに慌て、辛うじて股間をタオルで覆うと、戸惑っている俺をよそにバサラと相棒の二人もまたそれぞれに服と毛皮とを脱ぎ去ってしまうのだった。
『いくぞー!』
「おおー!」
かくして三人で風呂に入るも、
『もっと! もっと詰めろぉ!』
「い、いたた! どうして全員で入る必要があるッ? このバスタブに3人は無理だ!」
「ソワカ、もうちょっと身を寄せて! ここの隙間に足が入ればギリいける!」
もともと正方形に近い大きさのバランス釜とあっては、俺とソワカの二人であっても狭い……にも拘らず、そこへ3人で無理矢理に入り込もうとする光景は滑稽の一語に尽きた。
その後は交代でバスタブに浸かりながら互いの体を流し合い、そして最後にはもう一度、
『詰めろぉー!』
「だから無理だって言ってるだろ!」
「さっきと同じ形になれれば行けるよケビン!」
再度3人同時の入浴にチャレンジして、俺達の壮絶な入浴は終わる。
ともあれしかし、笑いの絶えない何とも楽しい瞬間でもあった。
その後は簡単な食事を摂り、食後に団らんしているとバサラはそのまま眠ってしまった。
ソファー上に隣だって座っていた相棒の膝の上に頭を預ける形となったバサラの髪を、相棒は幾度となく撫でては毛づくろいした。
やがて、
『……なあ、こいつも群れに入れよう。3人で暮らそう』
依然としてバサラに視線を落としたまま相棒は唐突にそう言った。
それを受け俺も表面上は戸惑った風を装うが、その本心では彼女がここに留まってくれることを願っていた。
ついさっき知り合ったばかりの娘だというのに、すでに俺達にはバサラを迎え入れることに対しての違和感や戸惑いというものがまったく無くなっていた。
それどころか、長らく離れていた誰かがようやく帰ってきてくれたかのような安堵すら覚えているほどだ。
「決めるのは彼女本人だが、俺も構わないよ。でも……もしOKされたら、今以上に騒がしくなるな」
『ハハ、ハハハハ! そしてもっと楽しくなる!』
期せずして視線が合うと、俺達は揃って笑っていた。
いつまでも、この瞬間が続くことを願った。
【 続 】