IS-草薙之剣-   作:バイル77

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第9話 海、青春、嵐の前

 IS学園 放課後 生徒会室。

 

 先の水着の買出しから数日がたった。

IS学園1年生達の間では目前に迫った臨海学校ばかりが話題に上がっており、そわそわとした雰囲気が生徒達の間に目に見えてただよっていた。

そんな中、生徒会室ではさまざまな部活やイベント毎の予算案に目を通す楯無がいた。

またすでに臨海学校の準備を終えた簪や本音も生徒会室のソファに座っており、少し離れた給湯所では虚が彼女達用の飲み物を用意している。

 

 

「……」

 

 

 どこか呆けたようにも見える彼女の様子であるが、手元の書類を確認してから承認印をポンポンと押していく。

手元には紅茶が注がれたティーカップがおかれており、紅茶の爽やかな甘い香りが届いている。

一度手を止めた彼女は角砂糖を投入していきながら、先日の記憶を思い出していた。

 

 ただの水着の買出しだったはずなのに、何事もなかったとは言え一夜をともに過ごすことになった。

楯無も年頃の少女であり、その衝撃は心に刻まれるのには十分だった。

 

 

「……はぁ」

 

 

 合計6個目の角砂糖を紅茶の中にポチャンと落とした後、口に運ぶ。

6個もの砂糖を投入した紅茶は紅茶自体の味などわからないほど甘ったるくなっているのだが、今の彼女の思考は別の事柄に捕らえられている。そのため味にも碌に意識が回っていないのだ。

ジト目でその様子を眺めていた妹の簪が同じようにため息をついた後、口を開いた。

 

 

「……お姉ちゃん、剣と何もなかったんだ」

 

「うぶっ!?」

 

 

 突然の最愛の妹からの口撃。

いつもはある程度ならば余裕を持って受け止めることができるが、今の彼女にそれはヘヴィであった。

突然の出来事に飲みかけていた紅茶が気管につまり、ゲホゲホと彼女はむせる。

手元の書類に紅茶の雫が飛ばなかったのは幸運だっただろう。

 

 

「かっ、簪ちゃんっ!? いきなり何をいって……っ!?」

 

「だってお姉ちゃん、剣のこと、好き(・・)でしょ?」

 

「――っ!!」

 

 

 ヒュッと息を飲む音が室内に響く。

それは妹の発言に思わず楯無が息を飲んだ音だった。

簪の横に座っていた本音がわぁっと小さく声をもらしたが今の楯無には届いていない。

 

 

「そっ、それは、アイツは草薙家の当主だからね。更識としてもいい関係を築けているとは思うけ……」

 

男の子として(・・・・・・)、剣のこと、好きでしょ。お姉ちゃんは」

 

「――っ!!!」

 

 

 間髪いれずの簪の第二撃。

今度こそすぐに彼女の言葉に返す事もできずに、パクパクと小さく口を開けたり閉じたりしている始末。

そんな様子を不憫に思ったのか、簪と本音分の飲み物を用意し終えた虚が楯無の元にティーポッドをもって歩み寄る。

 

 

「お嬢様、いい加減に認めるべきですよ」

 

「……へ?」

 

 

 素っ頓狂な声を上げて見上げる己の主に、苦笑しながら虚が告げた。

 

 

「正直にいいますと、バレバレでしたよ」

 

「小さいころから知ってる」

 

「たっちゃんかいちょー、つるぎんと喋ってる時すごく楽しそうだもんね」

 

 

 己の侍女、妹、侍女の妹からの追撃。

その言葉に室内を見回すと全員が、わかっているかさっさと認めろと言いたいように苦笑している。

 

 

「……」

 

 

 最初に意識しはじめたのは、いつ頃だっただろう。

己が背負おうと決めていた周囲からの重圧を破壊してくれた事がきっかけなのだろうか。

 

 

――まだまだ未熟だった己に手を差し伸べてくれた光景は、今でもはっきりと思い出すことができるのだから。

 

 

「……そうよっ、好きっ、よっ! 認めますっ、み~と~め~ま~す~っ!!」

 

 

 数秒間黙った後、観念したかのように赤面した彼女はそう告げた。

その様子に虚達はほっと笑みを浮かべる。

そしてすぐにため息をこぼすのは虚だった。

 

 

「ようやくですか。しかし私が気を利かせて一室にしたというのに、お嬢様はまさか何もせずに帰ってくるとは正直言って絶句しましたね」

 

「ちょっ、あれ、手違いとかじゃなくてわざとだったの!?」

 

「はい。剣はあれでかなり鈍い……というかお嬢様をはじめとした私たちの事を【家族】として認識しています。なので既成事実を作ってしまって意識を向けれさせればと思ったのですが……はぁ」

 

「何で私を見てため息つくのよぉ!!」

 

 

 思わずドンっと机をたたいてしまった楯無の言葉が生徒会室に空しく響いた後、衝撃でこぼれた紅茶によって書類が台無しになったことで異なる悲鳴が轟くことになったのは別の話であった。

 

 


 

 

「海っ! 見えたぁっ!」

 

 

 暗いトンネルを抜けた先で、クラスメイトの1人が叫ぶ。

臨海学校初日、天候は幸いなことに快晴。

陽光を反射させてキラキラと輝く海面は心地よさそうな潮風で揺らいでおり、それを見たからにはいやがおうでも盛り上がると言うものだ。

 

 

「やっぱ海見るとテンションあがるな」

 

「そうだな」

 

 

 男性搭乗者同士隣に座っており、一夏が窓側であり剣が通路側だ。

ふと、一夏が何かに気づいたのか海から目線を話して、剣のほうに向く。

 

 

「そういえばさ、ヒメも泳ぐつもりなのか?」

 

 

 ヒメの存在を認知している者の数は少ない。

そのためか一夏は声量を落としてくれていた。

 

 

(あったぼうよぉっ!!)

 

「……っ、あぁ。水着買って泳ぐ気満々だからどこかで入れ替わらないとな」

 

 

 頭の中に大音量で響くヒメの同意の声に、剣は顔をしかめながら返答する。

 

 

「そっか。大変なら言ってくれよ、手伝うからさ」

 

「助かる」

 

 

 彼が引っ張りだこになるのは目の見えているのだが、その厚意が剣には嬉しかった。

 

 

(して、気づいてますかな、剣? さっきから2人、こちらに視線を送ってきている方々がいるのに)

 

(当たり前だろ)

 

 

 返答した剣が軽く首を動かすのに合わせて、見破られないように後方を確認する。

ぶすっとした表情で剣に視線を送っていたのは後方の席に座っているシャルロットとラウラだった。

 

 二人とも一夏に好意を抱いている少女であり、隣り合って座っている。

バスの並び順は当日発表で合ったため、ある程度期待していてからのこの現実だ。

むくれても仕方ないだろう。

 

 

(適当に埋め合わせすれば大丈夫だろ)

 

(まね。こればっかりは運だしねー)

 

 

 ふぅと一息ついてから、剣はヒメに別の事を確認する。

 

 

(それよりもだ。尾行は特にされてないみたいだな)

 

(そうだね。休憩したときにハイパーセンサーだけ使って確認したけど、特にないね)

 

(何もない事に越した事はないけどな)

 

 

 休憩時に【都牟刈】を用いた周辺の策敵を行ったが尾行の形跡等は見当たらなかった。

 

 

「そういえばさ、剣って泳ぐの得意だったりするのか?」

 

「別に特段得意なわけじゃない」

 

「もしかして、泳げないとか?」

 

「いや、普通に泳げる。カナヅチじゃないから安心しろ」

 

 

 笑みを浮かべた一夏に苦笑しながら答えると、運転席後方の席に座っていた千冬が立ち上がって振り向く。

 

 

「そろそろ目的地に着く。全員席に座って手荷物を確認しろ」

 

 

 彼女の指示で私語にあふれていたバス内がピタッと無言の空間に変わる。

まさに彼女の指導力が発揮された場面であろう。

 

 言葉通りそれからほどなくしてバスは目的地である旅館に到着した。

旅館前にはIS学園一向を歓迎するかのように従業員達が集まっている。

バスから降りたIS学園一年生達もそれにならうかのように整列する。

 

 

「ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。従業員の皆さんの仕事を増やさないよう、全員注意するように」

 

「「「よろしくお願いします!」」」

 

 

 千冬の言葉の後、女将であろう着物姿の女性がお辞儀をした。

 

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

(うへぇ、わっかぁ……三十半ばくらい?)

 

(ヒメ、失礼だぞ)

 

(だって気になるじゃーん)

 

 

 ヒメが女将を見ながら意識の中で呟いたように、彼女の容姿は非常に若々しく見える。

だがその若々しさの中にも大人の女性としての余裕のような魅力も感じさせていた。

 

 

「あら、そちらの二人が例の?」

 

「はい。今年は男子生徒が二人いるせいで浴場分けが難しくなってしまい申し訳ありません」

 

 

 剣と一夏の二人に気づいた女将に千冬がそういって頭を下げた。

 

 

「いえいえ。二人ともいい男の子じゃないですか。しっかりとしていそうな感じを受けますよ」

 

「そういっていただけると、教師として嬉しい限りです」

 

「草薙剣です。三日間よろしくお願いします」

 

「織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

「ご丁寧にどうも。清洲景子です。三日間ですが、当旅館を満喫していってくださいね」

 

 

 剣と一夏のお辞儀に、景子も丁寧なお辞儀で返す。

 

 

「それでは皆さん、お部屋の方に案内いたします。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになってますから、そちらをご利用してくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に聞いてくださいまし」

 

 

 女子一同は、はーいと返事をした後景子達従業員についていき、己の部屋へと向かっていく。

剣と一夏もそれにならって着替えなどを入れたバッグを背負って歩き出す。

 

 

(剣、海だよ、海ー!!)

 

(落ち着けよ、ちゃんと替わってやるから。初日は終日自由行動らしいから時間は十分にあるだろ)

 

 

 従業員の男性について行きながら意識の中ではしゃいでいるもう一人の己に苦笑を浮かべる。

そんなときであった。背後に見知った気配が近づいている事に気づいたのだ。

振り返るとそこには布仏本音がいた。

 

 

「つるぎーん、おりむー。二人とも部屋どこ~? 遊びに行くから教えて~?」

 

「いや、俺達も知らないんだ」

 

「実は廊下で寝たりしてな……冗談だよ」

 

「織斑、お前はこっちだ。ついて来い」

 

 

 一夏が滑るような冗談を言って頭をかいていると、彼を呼ぶ声が聞こえた。

 

 

「おっと、千冬姉がお呼びだ……部屋わかったら知らせるよ、のほほんさん、剣」

 

「うん、絶対だよ~」

 

 

 そういって千冬に呼ばれた彼は、彼女の後についていく。

残った剣はどうするかと思案していると、彼にも呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「草薙君、いたいた。草薙君の部屋はこっちですよ~」

 

 

 その声を発したのは、真耶であった。

呼ばれている事に気づいたのは本音も同じであったため、視線が合う。

 

 

「部屋がわかったら教えるよ、また後でな」

 

「うん。部屋わかったらかんちゃんと一緒に遊びに行くね~」

 

 

 彼女の言葉に片手を挙げて答えると、剣は真耶の後についてく。

目的の部屋につくまでに、ざっと旅館内を見回すが十分に一流の高級旅館というのが剣とヒメの感想だ。

IS学園の一年生全員を収容できる規模の旅館というのも十分誇るべき点であり、清掃も十分に行き届いている。

歴史ある木造建築特有の落ち着く香りとともに、快適な温度に調整されている室温も気が休まる点だろう。

 

 

「ここです」

 

 

 辺りを観察していた剣だったが、前を歩く真耶の声で視線を前方に向ける。

そこには【教員室2】と書かれた紙が張られたドアが存在していた。

 

 

「あー、もしかして……」

 

「はい」

 

 

 剣の態度で察したのか、真耶がうなずく。

 

 

「最初は織斑君と同室で進めていたんですが、それだと絶対に就寝時間を無視する皆さんが押しかけるでしょうということで、結果、私と同じ部屋になりました。織斑君は、織斑先生と同室です。教員と一緒ならば、皆さんも羽目をはずしすぎないと思いますから」

 

「成程。ご迷惑をおかけして申し訳ないです」

 

「草薙君が謝る事じゃないですよっ! それに草薙君にはもう1つの人格と言う事情がありますからね。それじゃあ入りましょうか」

 

 

 彼女と共に部屋に入り、室内を見回す。

間取りは二人部屋としてはかなり広く、窓際は一面が窓になっており海がしっかりと見渡せる。

日が昇っている現在の風景でも十分美しく、このまま見ているのもありかと剣に思わせるだけの魅力があった。

泳ぎに行きたいヒメの抗議が意識の中に響いたのは言うまでもない。

 

 

「大浴場も使えますが、草薙君と織斑君は時間交代制ですので、二人で確認してくださいね」

 

 

 真耶の説明に剣が頷く。

そして軽く手を上げてから、口を開いた。

 

 

「……就寝の際なんですが、一応ヒメに替わった方がいいですか?」

 

「大丈夫ですよ。私は草薙君を信じてますから」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 視線を外さずにそういった彼女に剣は頭を下げた。

 

 

「さて荷物も置きましたし、今日一日は自由時間ですので、草薙君も海に行ったらどうですか?」

 

 

 パンっと軽く手を合わせた彼女の言葉で、己の荷物にある水着が脳裏にイメージされた。

 

 

「……そうですね、せっかくなので泳ぎに行きます」

 

「それがいいですよ。私も織斑先生との確認が終わった後向かいますので……ただくれぐれも、羽目を外し過ぎないように!」

 

 

 ピッと指を立てて言う彼女に、剣は笑みを浮かべて頷いた。

 

 


 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 剣は更衣室に向かう途中で、偶然一夏と出くわしていた。

それはいいのだが、通路に隣接する中庭には明らかに場違いなものが突き刺さっているのだ。

 

 

(兎の耳だよな?)

 

(うん。私にもそう見えるから幻覚じゃないよ……いや、また幻術なのかっ!?)

 

 

 途中で何やら面白そうに困惑した表情を浮かべたヒメを無視して、視線を中庭に向ける。

 

 

「ウサミミ、だよな」

 

「あぁ、俺にもそう見える」

 

 

 二人の視線の先には、ウサミミが生えているのだ。

正確には埋まっているといって言いだろう。ご丁寧にも【引っ張ってください】と張り紙までしてあった。

 

 

「……よし、抜くか」

 

(抜くのぉっ!?)

 

 

 意識の中でヒメが剣の替わりにツッこんだ。

彼女がそうしなければ剣が同じようにしただろう。

 

 

「普通に考えて怪しいとは思わないのか、お前」

 

「ん~、まぁ、確かにそうなんだけど。俺が考えているとおりなら、多分大丈夫だと思う……よっと」

 

 

 両方の耳をまとめて掴んだ一夏はぐっと構えた後、勢いよく引っ張りあげた。

すぽっと地面から抜けたウサミミだったが、それだけしか地面には埋まっていなかったようで思いっきり引っ張りあげた一夏は体勢を崩した。

 

 

「大丈夫か」

 

 

 体勢を崩して尻餅を付きかけた一夏を、剣が支えあげる。

サンキュっと小さな声で言った一夏が離れると、彼は手の中にあるウサミミを見て首かしげていた。

 

 

「あっれぇ? おっかしいなぁ……」

 

「あら、剣さんに一夏さん。二人そろって何をしていますの?」

 

 

 首をかしげる一夏、それを見て呆れている剣の背後からセシリアが歩み寄りながら尋ねる。

 

 

「いや、【束さん】がここに――」

 

「ッ!!」

 

 

 一夏がそういった瞬間、剣は上空から迫る【気配】と【高音】に気づいた。

それが高速で飛行する物体が空気を裂く高音と判断した剣は、即座に一夏の服を引っ張り脇に抱えて廊下まで数mを一息に飛び上がる。

飛び上がった先で一夏を後方に放り投げると共に、待機形態である【都牟刈】の【短刀】を引き抜いて構える。

あだっと変な声を上げている一夏には悪いが、気にしている状況ではない。

 

 剣によって一夏が廊下に放り出されたのとほぼ同時だった。

派手な落着音が共に振動が3人を襲う。

振動は立っていられないこともない程度だったのは、剣の予想に反していたがそれでも何かが落ちてきたことには違いがなかった。

 

 

「……人参、だと?」

 

 

 土煙が晴れクリアになると共に、剣の視界に飛び込んできたのはそのとおり【人参】であった。

どこかの絵本に出てきそうなほどデフォルメされたそれがパカッと割れる。

その中から出てきたのは、女性であった。

童話【不思議の国のアリス】で主人公の【アリス】が着ているような青と白のワンピースを身につけており、紫色の髪を風に靡かせながら登場した彼女は、そのまま一夏の手にあったウサミミをとって頭に装着してから満面の笑みで叫んだ。

 

 

「あっはっはっはっ!! 引っ掛かったね、いっくんっ!!」

 

「やっぱり束さんだった。お久しぶりです」

 

(……彼女が篠ノ之束、か)

 

 

 IS学園での【仕事】が始まる前に、楯無からもらった情報の中には、当然彼女の情報も含まれていた。

目の前に現れたのはISの産みの親にして、世界中が血眼で捜している稀代の天才、【篠ノ之束】なのだから。

 

 

(【草薙】としては言いたい事が山ほどあるが、とりあえずは様子見だな)

 

(そうだね)

 

 

 彼が言うように、篠ノ之束には【草薙剣】として確認したい事が山ほど存在している。

だが、場所とタイミングが悪い。あくまで一般人である、一夏の目の前だ。何かがあってはまずい。

そのため、剣は剣は短刀を鞘にしまうことにした。

 

 

「うんうん。ほんっとうにひっさしぶりっ! ところでいっくん、箒ちゃんはどこかな? もしかしてトイレ?」

 

「あー、多分着替えに行ってるんだと思います」

 

「成程っ! まぁ、私が開発したこの箒ちゃん探知機ですぐに見つかるよ。じゃあね、いっくん。また後でねー!」

 

 

 スタコラサッサと走り去る束だったが、一瞬だけ剣に視線を移したのを彼は見落とさなかった。

そして声として出力していないが唇を動かしていたことにも。

 

 

(……【初めまして、草薙剣君】か)

 

 

 ヒメとは違い読唇術を習得している剣には、彼女の唇の動きからそう読み取れた。

篠ノ之束は親しい人間以外を認識しない。楯無から共有された資料にはそう記載されていた。

当然ながら、剣は篠ノ之束とは初対面だ。親しい間柄と言うわけではない。

ならなぜ、自分は彼女に【認識】されているのか。

 

 

(……どうやら興味の対象にはなってるみたいだな)

 

(そうだろうね。剣は二人目だし、彼女としても興味の対象にはなるでしょ)

 

(……とりあえずは、様子見、だな)

 

(うん。彼女が来ている事は、織斑先生に報告しておこうね)

 

(あぁ)

 

 


 

 

「……眩しいな」

 

 

 燦々と降り注ぐ日光に、ビーチパラソルの下で目を細めた剣はそうつぶやいた。

日光を反射する白い砂浜があるおかげで、海の方向を向いているとパラソルの下でも眩しいのだ。

こんなことならばサングラスを持ってくるべきだったと舌打ちしながら辺りを見回すと、すでに波打ち際ではしゃぐクラスメイト達が目に入る。

 

 同年代の少女と比較するとIS学園は、いわゆる美少女と呼ばれる少女達が圧倒的に多い。

そんな彼女達なら己の格好に気を使うのは当然である。

そのため水着にも当然気合を入れており、中にはかなりきわどい代物を身につけている少女も目に留まる。

 

 

(うえへへ……皆気合入れてますねぇ……っ!)

 

 

 意識の中でそう告げるもう一人の己に目を伏せてため息を付く。

 

 

(……ヒメ、お前、変な事は考えるなよ?)

 

(うん、あくまで皆綺麗だねって言う感想だからね? っと、そう言えばさ、織斑先生に篠ノ之束を任せちゃったけど、いいのかな?)

 

(織斑先生が自分に一任しろって言ったからな。まぁ、生徒としてはそれに従うしかないだろ)

 

 

 更衣室で水着に着替えた後、剣は千冬に束の事を報告していた。

その際、千冬は一瞬だけものすごくめんどくさそうな表情をした後、自分に一任しろと提案してきたのだ。

草薙家頭首としては、彼女に聞く事はあるが今はIS学園の生徒でもある。

千冬は己の草薙家としての事情にも気づいているはずだが、余計な混乱は起こしたくないのだろう。

そのため、彼女の指示に従うことにしたのだ。

もっとも篠ノ之束が妙な事をしだした場合は、それ相応の対応を起こす気ではいるのだが。

 

 

「あ、草薙さんだっ!」

 

「うぇっ、嘘っ、もういるのっ!? ねぇ、変じゃないよね、清香ぁ~っ!」

 

「うんうん、大丈夫大丈夫。何度も選びなおしたじゃない」

 

 

 ヒメとそんな事を意識の中で話していると、更衣室から出てきた女子の一同に声をかけられた。

彼女達は一組のクラスメイトであり皆、露出度の高い水着を身に着けている。

だがどれも彼女達に似合っており可愛らしい印象の方が強いと、剣は感じた。

 

 

「あぁ、似合ってる」

 

 

 そう剣が答えるとボッと顔を赤くした一名が波打ち際に駆け出して行く。

友人の突然の行動にもう一人もその後を追って駆け出して行った。

 

 

「あらら……草薙さんも水着似合ってますね。てか筋肉凄いですねぇ」

 

 

 クラスメイトの一人、相川清香が隣に座りながらそう告げた。

剣の水着は白と水色のラッシュガードタイプのものであり、身体のラインがより鮮明になるタイプのものだ。

生半可な鍛え方はしていないと剣も自負しており、そのおかげか隆起自体は少ないが非常に逞しい身体つきとなっている。

 

 

「トレーニングはいつもしてるからな、そのおかげだ」

 

「なるほどぉ。あっ、突然ですけど、腕触ってもいいですか?」

 

 

 なぜか目を煌かせて言う清香に剣は苦笑しながら頷く。

了承を確認した彼女は剣の右腕、二の腕部分に指を当てる。

くすぐったい感触が奔るがそれは耐える事にした。

 

 

「うわぁ、筋肉すご……っ! やっぱり男の子は違うんですね」

 

 

 そう言って遠慮気味に触れていた彼女は興味津々と言った感じで少し力を入れて感触を楽しむ。

 

 

「お~い、清香~! 何してんの~? 泳ご~?」

 

 

 感触を楽しみだして数秒経って、清香を呼ぶ声が海の方から聞こえた。

その声と共に彼女はハッと指を離した。

 

 

「あっ、あはは、友達に呼ばれちゃったので行って来ますねっ!」

 

 

 そそくさと彼女は立ち上がって砂浜を駆け出して行く。

 

 

(う~ん、成程筋肉フェチってやつかぁ?)

 

(お前は何を言ってるんだ)

 

(いや~、趣味は人それぞれだなって)

 

 

 ヒメとそんな事を話していると、背後に気配を二つ感じた。

 

 

「あれ、剣は泳がないのか?」

 

「せっかくの海なら、泳いだほうがいいと思うわよ?」

 

 

 振り返るとトランクス型の水着を身に付けた一夏と、その彼に肩車されているスポーツビキニ姿の鈴がいた。

二人合わせて2mを超えるその姿は剣から見ても十分目立っていた。

 

 

「もう少ししたら泳ぐさ」

 

 

 すっと目を薄くした剣は普段と変らぬ声色でそう返答する。

 

 

「この体勢にツッコミはないのか?」

 

「聞いて欲しいのか?」

 

「ズバリ監視塔よ!」

 

 

 少し胸を張った鈴のせいでバランスを崩しかけた一夏は、何とか彼女に気づかれないようにリカバリーを完了した。

 

 

「そうか。人の役に立てるな」

 

「えぇ……」

 

「そら一夏、海よ、レッツGO-!」

 

「わたっ、分かったよっ、んじゃ、後でな剣~」

 

 

 どうやらかなりハイになっている鈴の様子にため息を付きながらもまんざらではない表情で一夏が走り出していく。

そのまま海に向かうようであり、二人に手を振って返事をする。

 

 

(凄く嬉しそうだね、鈴)

 

(そうだな)

 

(あの積極性をどうしてアタックで使えないかなぁ)

 

 

 内心ヒメの言葉に同意していると再び背後に気配を感じる。

振り返るとそこには青いビキニにパレオを巻いたセシリアが立っていた。

日差しを防ぐためかつば広の白い帽子を被っている。

 

 彼女自体モデルとしての仕事もしているためか、その姿は様になっていると言っていい。

 

 

「日本の夏は湿気がきついと思っていましたが、真夏日となると違うのですね」

 

「日ノ本の夏は高温多湿の猛暑だからな。イギリスとは湿度が違うからそう感じるんだろう」

 

「剣さんは泳がないのですか?」

 

「もう少ししたら泳ごうかなって思ってる」

 

「成程。それでしたらお願いしたい事がありますの」

 

 

 そう言って彼女は剣が座り込んでいたシートの隣に座る。

手に持ったバッグから何やらいろいろと小瓶を取り出していた。

 

 

「サンオイル、塗っていただけますか?」

 

「……は?」

 

(ぴょおおおおおっ!!??)

 

 

 セシリアの提案に剣は一瞬思考が完全に停止し、ヒメはなぜか奇声をあげた。

だが草薙家当主として幼いころから教育された経験は伊達ではない。

不測の事態でもコンマ数秒で思考を正常に戻すことに成功していた。

 

 

「前は自分で塗れるのですが、後ろはどうも苦手で」

 

「男の俺に、頼むものか、それ?」

 

「剣さんの事は信頼していますから。だめです?」

 

 

 そう言われても誰か適任がいるだろと返答しようとした剣だったが、周りを見回すと察した女生徒達がどうぞどうぞとジェスチャーをとっている。

その全員が顔で、お前がやれ、と言っているのが容易に読み取れた。

 

 

「……わかったよ」

 

「ありがとうございます。持つべきものは、友人ですわね」

 

 

 可愛らしくそう言ってシートに寝転がるためにセシリアは反転する。

パレオはすでに外し、背中に手を当ててビキニの紐を緩め解く。

シュルリと解いた衣擦れの音がやけに生々しく剣の耳に残った。

 

 

(つ~る~ぎ~く~んっ、おいしいシチュエーションだねぇっ!!)

 

(黙ってろ)

 

(い~い~な~っ、私もオイル塗ってあげたいなぁ~っ!!)

 

(お前菓子後で捨てるぞ?)

 

 

 ヒメの煽り散らす言葉を横に受け流していると、準備完了したセシリアはシートに横になる。

金を糸状に紡ぎ出したかのような美しい金髪は、しっとりと汗をかいている彼女の肌に吸い付いており、形の整った乳房は彼女自身の体重でムニュリと潰れて背後からでも見る事ができた。

 

 

(刺激、強いな)

 

 

 トクトクとサンオイルを己の手に垂らしていく。

 

 

(確か手で温めるんだよな)

 

 

 以前楯無から聞いた無駄知識としてサンオイルなどを塗る際にはある程度手で温めないといけないことを思い出す。

手に溜めたオイルを手でこする事で温めていく。

だが、加減がわからない。

 

 

(……これくらいでいいか)

 

 

 数十回ほど手をこすり合わせたオイルは十分に温まっており、問題はなさそうと思える。

 

 

「それじゃ、塗るぞ?」

 

「はい」

 

 

 陶器を思わせる綺麗な肌に己の指を当てる。

男性とは異なる女性特有の柔らかい肌の感触を指先に感じる

サンオイルが指と手の動きで白い肌に広がっていく様は、妙な色気を醸し出している。

余計な雑念を何とかしようと剣は無表情で手つきを早めていく。

 

 

(……剣さんには少々悪い事をしてしまいましたね)

 

 

 背中全体にオイルを広げていく感触を楽しみながら、セシリアは数日前の事を思い出す。

 それは己の上官への定時報告の際の事だった。

 

 

「以上がわたくしからの報告になります」

 

 

 モニターに映る端正な顔に大きな傷のある金髪の男性佐官、エーカー少佐はセシリアの言葉に頷いて答える。

 

 

『オルコット君の活躍は確かに。しかし、草薙家の嫡男を模擬戦とは言え完封。すでに同時制御も習得しているとなると上司として私も鼻が高い』

 

「お上手な事を。それにしても少佐は剣さんの事をご存知で?」

 

 

 エーカー少佐の口から出た言葉がセシリアには気になった。

 

 

『あぁ。と言っても私も友人である上官から小耳に挟んだ程度だが。日本の草薙家と更識家は、【護国の剣と盾】と呼ばれているらしい』

 

「……護国の剣」

 

 

 以前、クラス代表戦の襲撃の際に剣が己の事を【護国の剣】と言っていた事が脳裏に甦る。

 

 

『日本にとってその二家は護国の生命線と、上官も言っていたよ。まぁ、立場的には軍人である私とそう違いはないだろう』

 

「……成程」

 

『ただあまり深くは考えないことだ。少なくともオルコット君は彼の事を友人と思っているのだろう?』

 

「はい」

 

『ならばいずれ彼の方から話してくれることもだろう。君の報告を聞いていると、悪いやつではなさそうだ』

 

「分かりました」

 

 

 エーカー少佐の笑みにつられて、セシリアも笑みを浮かべた。

 

 

(いつか、自分から話してくれることを楽しみにしてますわ)

 

 

 ヒメという女性人格を持っている以外にも秘密があった。

だが彼はすでに自分にとっては大切な友人の一人だ。

サンオイルはそれを確かめるためのものであり、セシリアもはっきりと確信が持てた。

 

 さてそんなこんなでオイル塗りも終わろうとしており、すでにセシリアの背中全体にオイルは広がっていた。

 

 

「セシリア、これでどうだ?」

 

「んっ、そうですね。前の方はわたくしがやりますので」

 

「あっ、当たり前だろっ」

 

 

 手で胸を隠して起き上がるセシリアに剣は視線を外した。

内心クスっと笑ったセシリアだったが、すばやくビキニを身に付ける。

それを確認した剣は、肩越しで彼女に小瓶を手渡した。

 

 

「ありがとうございました。剣さん」

 

「あぁ。まぁ、これっきりにしてくれると助かる」

 

「ふふ、どうでしょうね?」

 

 

 彼女の返答にため息つきながら手で返答した剣は、立ち上がってパラソルの影の下から日光あふれる砂浜へと歩みだす。

 

 

「泳ぎに行くのですか?」

 

「あぁ」

 

(頭も冷やしたいもんねぇ?)

 

 

 ヒメの言葉を無視して波打ち際まで歩き、己の【足首】までを濡らした水の冷たさを楽しむ。

手に付いたオイルを流すかのようにバシャバシャと数度海水に手を付ける。

 

 

「……そういえば試してなかったな」

 

 

 視界に入った己の足首を眺めると同時にある事を思い出した。

それは楯無から伝えられたとある【技】の情報。

 

 

「軸足と身体を捻る事で……軌道を変える、だったな」

 

 

 両脚に力を入れると共に、脚の筋肉が隆起する。

前傾の体勢に変ると同時に砂浜を蹴り上げて跳躍。

その際に軸足である右脚と身体を捻ると言う要素を足してみる。

 

 跳躍距離は5m程であり本気を出せばまだ伸びるが、あくまで確認のための跳躍だ。その必要はない。

そして結果は身体を捻った事で、ただ回転しただけの跳躍ということのみ。

 

 

「……そう易々とできはしないか」

 

 

 苦笑しながら、今はやめようと肩をすくめる。

そして泳ぐために海に入ろうとした時だった。

 

 

「あ、つるぎーん!!」

 

「本音、はしゃぎすぎ」

 

 

 バチャバチャと水音を立てながらこちらに向かってくる二人が視界に入る。

 

 

「簪に、本音……か?」

 

(わーお、ほんちゃん凄いなぁ)

 

 

 思わず剣が絶句してしまったのは、視界に入った本音の姿にあった。

彼女は形容するならば、狐の着ぐるみと思われる格好だったからだ。

隣の簪が黒のフリルビキニを身に着けているのがギャップを際立てていた。

 

 

「暑くないか、それ?」

 

「私も言ったんだけど……お気に入りみたいだから」

 

 

 日差しが眩しいのか、手で日光をさえぎりながら簪が苦笑している。

簪の身に着けているフリルビキニはパレオなどと比べると露出度は高い。

だがどちらかと言うと可愛らしいタイプのものであるため、彼女の雰囲気ともよくあっている。

黒色と言うのは剣としては意外だったが。

 

 

「簪。似合ってるな、水着」

 

「ありがとう。白か黒か迷ったんだけど、久しぶりの海だからちょっとだけ、奮発した」

 

 

 少し照れたように頬を染めた彼女に頬が緩みかけた、そのときだった。

己の顔面へ日光によって煌く飛沫がまっすぐと向かってきている事に気づいた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 反射的に股関節から一気に脱力。

普通に屈むより滑らかかつ速い動きで、顔面に迫っていた飛沫の回避に成功した。

隣にいた簪は、その様子に目を見開いて驚いていた。

 

 屈んだ剣はすぐに立ち上がり己に向かってきた飛沫の正体を把握する。

己に向かってきた飛沫の正体、それは――

 

 

「つるぎん、お仕事じゃないんだからー」

 

 

 本音が両手で海水をこちらに向けて飛ばしてきていたのだった。

いつのまにか彼女は腰くらいまで海水に浸かっていた。

 

 

「だからって、いきなりは酷いだろ」

 

「えへへー。ほらっ、かんちゃんも遊ぼう? それーっ!」

 

「わっ、本音っ」

 

 

 バシャバシャと本音が両手を動かすと共に飛沫は太陽の光を反射させながら、剣と簪に降り注ぐ。

流石にその全てを避ける事はできないし、する気もない。これは遊びなのだから。

頭上から降り注ぐしょっぱい水が口に入ってしまったが、不思議と嫌ではなかった。

まぁ、友人のいきなりの攻撃には多少カチンときていたが。

 

 

「なら、容赦しないからな」

 

「剣、手伝う」

 

 

 剣と簪も本音と同じ深さまで歩を進め、さっと手を構える。

二人は笑みを浮かべているが、その色は黒い。

 

 

「二対一だけどいいよね、本音? 答えは聞いてないけどっ」

 

「わぁぁっ、かんちゃん、それは反則ーっ!!」

 

 

 簪と剣が二人がかりでばしゃばしゃと水を本音に飛ばし、防戦もできずに本音は笑いながら海面に倒れこんだ。

彼女が倒れた際の飛沫も夏の日差しによってまばゆく輝いていた。

 

 それから数十分程経って。

水かけ遊びを終えた剣は、波打ち際から少し離れ波に揺られながら快晴の青空を眺めていた。

じりじりと照らす太陽に身体が焼かれるのを感じながらもそれが夏の風物詩。久々の感覚を楽しんでいた時だった。

 

 

(つーるーぎーぃーっ! いい加減替われーっ!!)

 

 

 意識の中で不満げな声が響いた。

 

 

(ヒメ、分かってる。分かってるから叫ぶな)

 

 

 顔をしかめながらも、浮かびながらもう一人の己に返答する。

浮いていた体勢を立ち泳ぎに変え、そのまま浜へと向かって行く。

 

 

(分かってるならよーしっ。ふふふ、私も泳ぐぞーっ!)

 

(はいはい)

 

 

 波打ち際まで泳ぎ進み、そのまま浜へとあがる。

トントンと頭を軽くたたいて耳に入った海水を取り除きつつ、剣は別館へと向かう。

 

 それからまた十分ほど経っただろうか。

まだまだ遊び足らない者達は海ではしゃぎ、遊びつかれた女子達はビーチパラソルの下で寝転がり身体を焼いていたりと各々が夏を楽しんでいる。

 

 

「ひゃっほーい、海だー!」

 

 

 鈴の音の様な声が浜辺に響き、ドタドタとすさまじいスピードで浜を横切って海に飛び込んだ少女がいた。

波打ち際から一気に身体全体が浸かる深さまでの跳躍したため、かなりの水飛沫が上がる。

 

 

「ぷはぁっ、きもちぃぃっ!」

 

 

 海面から顔をあげた真紅の髪の少女は、視界を照らす太陽の光に目を細めながらも笑顔を浮かべる。

そして再び波打ち際まで泳ぎ、浜へとあがる。

 

 

「あ、ひーちゃんだっ!」

 

「ヒメ? あ、本当だ」

 

 

 その少女に気づいたのは本音と簪だった。

剣との水かけ遊びの後二人は浅瀬で泳いでいたのだが、休憩のために波打ち際で砂の城を作り始めていたのだ。

二人の姿に気づいた少女――ヒメは視線を移しながら口を開いた。

 

 

「やっと剣が替わってくれたんだーっ! 奥に引っ込むからこの後全部遊んでいいって言質取ったのだぁっ!!」

 

「成程。まぁ、あんまり大騒ぎしないほうがいいと思うけど」

 

「何故にホワイ?」

 

 

 かなりテンションが高いヒメだったが、簪の言葉に首を傾げる。

 

 

「ヒメの身体は剣据え置きなんだから、天鳥船並の大ジャンプなんてすると絶対目立つ。さっきはたまたま皆に見られてなかったからよかったけど」

 

「あっ……あははは」

 

 

 簪の言葉に素っ頓狂な声をあげたヒメは、ごまかすように頭をかく。

簪の言うとおり、ヒメは女性人格であるが、その身体は【草薙剣】そのもの。

背が縮み女性の身体に変わっているが、身体能力はそのものはさほど変わっていないのだ。

流石に背が縮んでいるためリーチなどの問題もあるが、草薙家の体術である【天鳥船】も問題なく使用できると言えばその異常さは理解できるだろう。

 

 

「だから、あまりはしゃぎすぎないこと。大丈夫?」

 

「はーい」

 

 

 今、剣は意識の奥に引っ込んでいるため状況を理解できていない。

そのため簪が彼女に確認をとり、ヒメもそれに了解して手をあげて返す。

ヒメの態度に簪も薄く笑みを浮かべて、頷いた。

 

 

「んじゃぁ、とりあえず遊泳区域ぎりぎりまで行ってみよーっ!!」

 

「おーっ、がんばれ、ひーちゃんっ!」

 

 

 ぐわんぐわんと右腕を動かすたびに、豊満な二つの果実はぶるんぶるんと揺れながら存在を主張している。

零れそうになっているが、それはしっかりとサイズが合っているビキニタイプの水着が防いでいた。

いまさらだが簪は彼女の水着に目が行った後、はっきりと目を見開いて絵に描いたように二度見した。

 

 

「……ヒメ。ごめん、最後にちょっといい?」

 

「うん?」

 

 

 再び海へと歩みを進めていたヒメが、簪の言葉で脚を止める。

 

 

「もしかしてその水着、お姉ちゃんが選んだりした?」

 

「うん」

 

 

 ヒメが力強く頷き、簪は額に手を当ててため息を付いた。

ヒメが身に付けているビキニだが、彼女自体のスタイルが良い為似合っていることには似合っている。

だがその【布】が問題なのだ。

具体的にはかなり濃い【紫の布地】に【水色の水玉模様】のビキニだった。

 

 

(……少し古い少年誌のアダルト写真みたい)

 

 

 それが簪の感想だったが、決して口にはださなかった。

 

 

「たっちゃんもセンス良いよねぇっ!」

 

「……うん。自慢の姉です。ごめん、もう大丈夫」

 

 

 なぜか敬語交じりにそういった簪に少しだけ首を傾げたヒメだったが、海への誘惑には勝てずにくるりと反転して海へと駆け出して行った。

 

 

「……お姉ちゃんと今度水着一緒に買いに行かないと」

 

 

 どこか遠い笑みを浮かべた簪は、真夏の水平線の先に視線を飛ばした。

 

 

「へっくし」

 

 

 どこかで最愛の姉がくしゃみをしたとかしなかったとか。

 


 

 真夏の太陽は水平線に沈み、湿気を含んだ熱帯夜の空気が蔓延するその日の夜。

【教員室2】と書かれた紙が張られた部屋は、冷房で十分冷やされており夜も快適にすごせるだろう。

 

 部屋の中には浴衣に着替えた剣、真耶、簪、本音、セシリアの5人がいた。

全員がすでに風呂で今日の疲れを落とし、夕食を終えた後だ。

ぐるりと円形に囲んで各々の手の中にある【カード】を確認しており、円の中央には4枚のカードが裏向きで重ねられていた。

 

 

「5」

 

 

 剣が手札のカード一枚を裏向きにして場に出す。

表情はニュートラル。数秒部屋はエアコンが吐き出す冷たい空気の音のみが支配した。

 

 

「次は私ですね。6」

 

 

 真耶がカードを剣と同じように裏向きにして場に出す。

その瞬間だった。

 

 

「ダウト、ですわ」

 

 

 カードで口元が隠れていたが、にやっと笑いながらセシリアが言った。

彼女の言葉で真耶ははっきりと分かる程にビクンと肩を揺らす。

 

 

「えっ、ええ~っ!?」

 

「確認しますね」

 

 

 真耶が出したカードを剣がめくる。

彼女が出したカードは【ハートの2】。

6ではなかった。

 

 

「6は私が全て持っていますので」

 

「山田先生。どうぞ」

 

 

 ニコッと微笑んで剣は合計5枚のカードを彼女に手渡す。

真耶はがっくりと肩を落として5枚のカードを手札に加えた。

 

 

「……ざっとみると、山田先生が最下位ですね」

 

「うっ」

 

 

 剣の言葉に真耶が変な声をあげたが、現在の手札の数はまさに真耶がダントツで多い。

その次に本音が多く、次に剣。二番目に枚数が少ないのがセシリアで、最も枚数が少ないのは簪であった。

 

 

「簪さん。カード関係はかなりやりこんでいらっしゃいますねっ」

 

「セシリアも、かなり強い。でも負けないから」

 

「かんちゃんにトランプで勝った事ないよねぇ。つるぎん」

 

「そうだな。まぁ、俺は最下位じゃなきゃいいけど」

 

「皆さん強すぎですよーっ!」

 

 

 先ほどから剣達は部屋に遊びにきた簪達と共にトランプを用いて遊んでいた。

【ダウト】の前は【ポーカー】であったが、簪は見事1位に輝いていた。

恐ろしい事にセシリアが出した【ハートのストレートフラッシュ】を、【スペードのロイヤルストレートフラッシュ】で打ち破った事には剣はもはや脱帽するしかなかったのだが。

 

 

(いいなー。私もやりたい、剣ー)

 

(はいはい。このゲーム終わった後に交替してやるから)

 

 

 その言葉に歓喜の声をあげるもう一人の己に内心苦笑しながら、剣は次のカードに手をかけた。

 

 さて楽しい時間は、あっという間に過ぎるもの。

ダウトが終わり次は七並べ、ポーカーでの再戦など楽しい時間をすごしたが、現在は消灯時間の20分前。

そうなると教師の真耶は指示を出すことしかできない。

 

 

「皆さん、楽しかったですがもうすぐで消灯時間なので、部屋に戻ってくださいね」

 

 

 真耶の言葉で一同はトランプを片付け始める。

そんな中、剣は己のバッグからこぼれていた臨海学校の予定表に目が留まった。

 

 

「明日は朝から晩までISの装備試験だったな」

 

 

 剣の言うとおり、二日目は丸一日ISの各種装備試験とデータ取りとなっている。

剣の【都牟刈】も新しい装備がジャックから【新装備】が届いておりそのマニュアルスペックは確認済みであった。

 

 

「都牟刈も専用機だから、専用装備あるんだよね?」

 

 

 剣の言葉を拾ったのは、トランプを片付け終えた簪であった。

 

 

「あぁ。都牟刈用の【射撃】用装備だ。内蔵の【玉祖命】はガトリングだろ? だから狙いづらくて、ジャックさんがその改善装備として用意してくれたんだ」

 

「成程」

 

「簪、本音。もしよかったら空いた時間で整備手伝ってくれるとものすごい助かる」

 

「私は元々そのつもりだけど、かんちゃんはー?」

 

 

 本音も片付けを終え、話に参加してくる。

視線を彼女に送るが簪は微妙な顔で口を開く。

 

 

「私の打鉄弐式も専用の高機動装備の運用試験があるから……ちょっと厳しいかも、ごめん」

 

「無理はしなくてもいいさ。一応ジャックさんから使い方は習ってあるしな。それにしても弐式の専用装備か」

 

「うん。高機動専用オートクチュール【光圧推進スラスター 飛燕(ひえん)】。一応私も開発からずっと一緒だったから思い入れもある」 

 

「【光圧推進】?」

 

 

 聞きなれない単語だったため、剣が問う。

 

 

「レーザー推進システムの応用で、荷電粒子を推進の為の光圧に変換するの。簡単に言うと、装備している間は【紅い光の翼】が出て、現状の高機動ISの中でも頭ひとつ抜けられる……はずの装備」

 

「……専門用語が多いな」

 

 

 すでにIS学園での生活を続けて数ヶ月経っているが、それでも聞きなれない専門用語に剣は苦笑する。

簪も今全てを説明する気はないようで、明日楽しみにしてて、と小声で言った。

さて、そんなこんなで片付けも完了し簪達は各々の部屋へと戻る。

残ったのは剣と真耶のみであった。

 

 

「草薙君はもう歯磨きは終わりましたか?」

 

「はい」

 

「それでは電気消しますね」

 

 

 パチンと部屋の照明が落とされ、窓からの月明かりが静かに部屋を照らす以外は暗闇が部屋を満たした。

十分もすると真耶の静かな寝息が聞こえてきた。

窓側で仰向けになりながら月明かりを眺めていた剣も、目を閉じて意識を手放す。

 

 それから静かな時間が1時間程度続いただろうか。

突如頭に響いた振動で、剣の意識は即座に覚醒した。

 

 

(っ、仕事用の携帯かっ)

 

 

 枕元においてあった私用携帯とは異なる【草薙剣】としての携帯が着信を受け振動しているのだ。

声を出すわけにはいかないため、通話ボタンだけ押して放置する。

 

 これに着信があると言うことは――

 

 

(お仕事だね。しかもかなり緊急性の高いやつ)

 

(あぁ)

 

 

 ヒメも睡眠から目覚めており、剣はすぐに机の上にあったメモ帳を取って書置きを残す。

すぐに書き終えた剣は私服をバッグから引っ張り出して、音を立てずに迅速に着替える。

 

 

(失礼します、山田先生)

 

 

 着替えを終えた剣は静かに寝息を立てている真耶へ、音を立てないように小さく礼をした後、部屋から出て行く。

それから5分、花月荘の外に出た剣は携帯の通話ボタンを押して放置していた携帯を耳に当てる。

 

 

「剣です。今外に出ました」

 

『剣、聞こえますか』

 

 

 聞き覚えのある女性の声が耳に届く。

その声は、【布仏虚】のものだった。

 

 

「虚か」

 

『えぇ。緊急の要件です。今花月荘の外ですね?』

 

「あぁ」

 

『分かりました。そのまま建物の裏を目指してください。そこで説明があります』

 

「誰かいるのか?」

 

『行けばわかります。それでは後ほど』

 

 

 通話が切れた携帯を懐にしまう。

花月荘の裏、そこで誰かと合流しろとの事。

彼女の事であるため、心配はせずにまずは合流のために駆け出す。

 

 数十秒後には建物の裏に回りこんだ。

給水用のポンプや大型ボイラーなどが配置されており死角が多く、加えて今が深夜であるため傍から見ればほぼ何も見えないに等しい。

そんなところに人の気配があった。

 

 

(……ん?)

 

 

 目の前の暗闇、5mほど先に人影を捉えてすっと身構える。

だが、その気配は見知ったものだった。

構えを解くと共に、人影は歩み寄り月明かりに照らされた正体を捉えた。

 

 

「はぁい、剣」

 

 

 月明かりに照らされて現れたのは、【更識楯無】だった。

私服姿の剣とは異なり、彼女はIS学園の制服を着ていた。

 

 

「虚が言っていたのはたっちゃんなのか?」

 

「えぇ。さてそんなことよりこれから飛ぶわよ。ISを展開して」

 

「……分かった」

 

 

 ふざけるような態度はない彼女に従い、剣はIS【都牟刈】を展開。

楯無もIS【霧纒の淑女】を展開して宙に浮かび上がる。

そのまま二機は夜空に向かって飛行していく。

 

 3分ほど飛行を続け、すでに花月荘からはかなり離れている。

横並びになった都牟刈から霧纏の淑女へプライベートチャネルが開かれた。

 

 

『たっちゃん、そろそろ今回の仕事について説明してくれないか?』

 

『えぇ、そろそろいいでしょう。今回のお仕事だけど、はい、これ』

 

 

 楯無の言葉と共にとあるISの機体情報が空間投影ディスプレイに開かれた。

 

 

『内容はアメリカとイスラエルで共同開発されていた【第三世代型】の軍用IS【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】の迎撃作戦、いえ正確には、その破壊作戦よ』

 

 

 楯無の言葉通り、ディスプレイに映る機体は全身が銀色のISであった。

 




次回予告

「第10話 福音破壊作戦」


「海上自衛隊、【ホワイトストーム隊】隊長の三等海佐、御影翔子だ。今作戦ではよろしく頼む、草薙に更識のお二人方」

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