都牟刈と霧纏の淑女が花月荘から飛び立ち数十分。
二機は海上を飛行し続け、やがて一隻の護衛艦に着艦していた。
その艦船の名は、【こんごう型護衛艦 ひえい】。
海上自衛隊が保有するイージス護衛艦であり、今夜は夜の海を哨戒中だった。
「初めまして。草薙剣です」
「改めまして。更識楯無です」
「【ひえい】艦長、一等海佐の石動荘吉だ。よろしく頼む」
ひえいの艦橋では案内された剣と楯無が、艦長である往年の男性自衛官【石動荘吉】と握手していた。
手のひらに刻まれた傷と顔のしわが物語る経験は、彼が長い間自衛官として日本の海を守っている証拠であった。
「当代の草薙剣と更識楯無が揃うとなると、やはり上からの報告は間違いないということか」
「はい。艦橋のディスプレイをお借りしてもよろしいですか?」
「かまわないが、少しだけ待ってくれないか? もう一人召集が掛かっているんだ」
「失礼します」
石動の言葉と同時に艦橋に入ってくる女性がいた。
紺色のショートボブにツリ目の碧眼、その印象は凛としているが少々近寄りがたい雰囲気も感じる。
彼女の白い隊服には三等海佐の階級章がつけられていた。
「石動艦長。機体の方はもう準備ができています」
「うむ。紹介しよう、御影翔子三等海佐だ」
石動の言葉で剣と楯無に、彼女が振り返った。
まずは楯無、その次に剣と視線を移したが、彼に視線を移した一瞬だけ値踏みするかのような目つきになった。
その変化を剣は見逃さなかった。
「紹介に預かった御影だ。今回の作戦ではよろしく頼む」
敬礼した後、一歩前に出た彼女は剣に右手を差し出す。
「こちらこそ、よろしくお願いしま――っ」
握手を剣が受けた瞬間、御影は彼の右手を己の方向に引く。
引いた腕を掴む事に成功した彼女は、そのまま握った腕を捻るように回転させる。
その動きは、合気道で言う【腕捻り】の動きそのものであった。
だが、その所作を完遂させることはできなかった。
突如として、己の視界が反転して艦橋の床に倒れこむ事になったのだ。
無意識の内に掴んでいたはずの剣の右腕を放した事に気づいたときには、己の首元に鈍色の刃と共に組み伏せられていた。
「っ!?」
「いきなりですね」
短刀を首に突きつけているのは、己が技をかけるはずの剣。
御影が床に倒れたのは単純な理由だ。
技がかかりきるよりも速く、剣が彼女の両脚を払った事で倒れこんだのである。
そしてそのままIS【都牟刈】の待機形態である短刀を突きつけたのだ。
「……成程な」
事態を飲み込んだ御影は観念したかのように両手をあげて苦笑した。
それを確認した剣も、短刀を彼女の首から離す。
「俺の事、気に入らないならすいません。でも今は非常事態ですから……」
「いや、こちらこそ値踏みなんて真似をしてすまなかった。君の力を見たかったんだが、予想以上のようだね」
御影が立ち上がりながらそう言うと、改めて敬礼して剣と楯無に向かい合う。
「海上自衛隊、【ホワイトストーム隊】隊長の三等海佐、御影翔子だ。今作戦ではよろしく頼む、草薙に更識のお二人方」
先の挨拶とは違った溌剌とした挨拶に、剣と楯無も少し呆気に取られた後笑みを浮かべた。
一部始終を見ていた石動もほっと息を付いた後、ごほんと咳払いで艦橋の注目を集める。
「さて、挨拶も終わったところだ。ブリーフィングをしたい。楯無君、頼めるか?」
「はい。石動一佐」
楯無が胸元から取り出したデバイスを艦橋のデバイスに組み合わせると、空間投影ディスプレイで海域図が表示される。
海域図の中央が現在の【ひえい】の座標であり、北方に赤い点線が点滅して表示されていた。
「赤い点線が【銀の福音】の進行ルートと予想されます。次に機体のデータを」
楯無がディスプレイを操作すると、海域図の横にISの詳細データが表示された。
艦橋の人間全員が入念にデータを確認し、一文字も逃さずに頭に叩き込んでいく。
「対象の機体は高機動と攻撃能力両方に秀でています。オールレンジ攻撃も可能。そのため、アプローチは高機動用パッケージを装備したIS3機のスリーマンセルが適切だと思います。当然、
「ISの【
御影の言葉にうなずき、剣は【腰の短刀】を鞘ごと、楯無は懐から【根付が付いた扇子】を取り出して手渡す。
受け取った御影は部下に指示して
「超音速飛行を続けているとなると、超高感度ハイパーセンサーが必要になるな」
「はい。超高感度ハイパーセンサーについてですが、私と楯無君は問題無いと思いますが……剣君、使った事は?」
「ありません。ただ存在していることは知っています」
「高速機動戦闘に調整されたセンサーを使うと、簡単に言えば世界がスローモーションに見えるの。ただ手取り教えている時間はなから、接敵中に慣れてもらうわ。いいわよね、剣?」
楯無の言葉に剣が頷く。
だが気になる事があったため、すっと手をあげた。
「たっちゃん、高機動用パッケージだけど、都牟刈用のパッケージなんてあったか?」
それは高機動用パッケージの件だ。
都牟刈用の高機動用パッケージが存在しているとは、ジャックから聞いていない。
「えぇ、その事なんだけど……」
楯無が答えようとした瞬間だった。
艦橋の重い扉が勢いよく開かれ、見知った人物が入室してきたのだ。
その人物は、剣も楯無もよく知った男性だった。
「ふふっ。徹夜明けだったんだけど日本の一大事に【都牟刈】が必要なら、奇跡を見せてやろうじゃないか……ごふっ」
艦橋に現れたのは、IS【都牟刈】の開発主任であるジャックこと、【ジョン・ヌル・ドウズ】だった。
目の下に盛大に隈を作っている彼は咳き込みながらも胸を張っている。
「私が彼と、いくつかの専用装備を先にここに運び込んでおいたのよ」
ツカツカと艦橋のディスプレイまで歩み寄った彼がデバイスを差し込む。
すると、別窓でディスプレイが展開された。
それは都牟刈が使用する【高機動パッケージ】の詳細データだった。
都牟刈の背部を覆うようなブースターと形容できる大型モジュールだが、元々あるスラスターには干渉しない設計である。
また非固定浮遊部位が2つ追加されており、変則的な体術【天鳥船】にも対応していると表示されていた。
「その名も【
「……また無理したんだな、ジャックさん」
「でもそのおかげでアナタもこの作戦に参加できるのだから、棚から牡丹餅よ。それに高機動パッケージだけじゃなくて他の装備を用意してくれているのだから、彼にはお礼を言いましょう。終わった後にね」
「分かってる」
ふらついて自衛官に支えられているジャックを見ながら、剣と楯無は小声でそんな事を言っていた。
「さてこれで銀の福音には接敵できるが、その後は? 楯無君」
「はい。対銀の福音戦ですが、私の【霧纏の淑女】の【単一使用能力】【
ディスプレイにデータが表示される。
【
これはミステリアス・レイディの単一使用能力であり、超広範囲指定型空間拘束結界である。
拘束力はラウラのIS【シュヴァルツァ・レーゲン】の【AIC】を上回っている。
いわゆる【切札】の1枚であり、今回の作戦の肝だ。
そして【ミストルテインの槍】
これはアクア・ナノマシンを一点に集中、攻性形成することで一撃の威力を高める【霧纏の淑女】の大技だ。
通常時では連発は不可能だが、【麗しきクリースナヤ】を使えば連発も可能だ。
「高機動用パッケージからの切り替えの隙は、俺が稼ぐよ」
「えぇ。アナタの【天鳥船】と、御影さん、バックアップは任せても?」
「あぁ。狙った目標は外さないさ」
「【
楯無の言葉に、御影がフッと笑う。
ディスプレイに目を通すと、彼女の乗機であるIS【打鉄・
基本的には打鉄そのものなのだが、装甲のカラーリングが白と蒼色に統一されている。
また近接武装の数は護身用のナイフ程度であり、拡張領域に登録されている武装のほとんどが射撃武装なのが特徴であった。
「火力、戦術共に万全か」
「はい。第3世代機のISでも十分行動不能にできます」
石動が頷きながら、ディスプレイを操作する。
するとそこにはとある女性の姿が映る。そこに映るのは鮮やかな金髪が眩しい美女であった。
「この女性が【銀の福音】操縦者の【ナターシャ・ファイルス】。作戦に問題は無いと考えているが最悪の場合、彼女の命が失われる結果にもなりうる。皆、その覚悟は?」
石動の言葉に、剣を含んだ全員が頷き敬礼する。
「よし。銀の福音が上陸する前にケリを付けるぞ」
全員の表情を確認した石動は、返礼して告げる。
「すまんが、皆の命をくれ」
こうして【福音破壊作戦】が開始されるのだった。
それから20分程度たっただろうか。
こんごう型護衛艦【ひえい】の甲板から3つの光が高速で射出され、そのまま速度を上昇させていく。
その3つの光は都牟刈を含んだ、IS3機である。
先行するのは【霧纏の淑女】、その次に御影が駆るIS【打鉄・蒼狼】、そしてIS大型の高機動パッケージ【
それぞれの高機動パッケージから齎される爆発的な加速力で一気に雲を突きぬけ、ものの数秒で高度500mに到達した。
雲を抜けたためより月明かりが鮮明に輝く夜空が視界にはいるが、3機はそのまま直進して行く。
(高機動パッケージなんて使ったこと無かったけど、意外と何とかなるもんだね)
雲を千切りながら先行して行く2機を追っていると、頭の中でもう一人の自分の声が聞こえた。
(ジャックさんや日出の皆さんの腕が良いって事だ)
(そうだねぇ。しっかしまさか射撃用装備って聞かされてたのに、【戦闘特化オートクチュール】だったのは驚いたね)
(何でも製作中にピンと思いついたらしい。ただ今回の作戦で
そう、都牟刈専用の高機動パッケージ【
これにはジャックも困惑していた。
なぜならばシミュレーション上やテスト起動は問題なく済ませており、量子変換後に発覚した不具合であるからだ。
(ジャックさん達の事は信頼してる。時間が無いならこのままでもいい。やり遂げてみせる)
(起動しないなら仕方ないもんね。まずは目の前の問題を片付けようっ!)
ヒメの言葉に頷く剣だったが、プライベートチャネルが開いた事で意識を現実に向ける。
超高度センサーによって拡張された感覚には多少困惑したがすでに慣れ始めており、広がった感覚はすでに通常と変わらないものとなっている。
厚い雲に突っ込み機体が水滴を纏って、凄まじい速度で後方に流れていく。
『接敵まで残り10秒っ、接敵と同時に高機動パッケージをパージしますっ、援護をっ!!』
3機の中で最も先行している楯無からの通信。
その言葉に剣と御影の表情が強張った――その瞬間だった。
雲の中に光が瞬いたのだ。
それは決して【雷】などではなく、機体に向かってくる閃光であった。
『っ!?』
咄嗟に完全な回避に成功したのは楯無のみ。
剣と御影は回避行動には移れたが、閃光を避けきれず機体に被弾。
シールドエネルギーが減少すると共に、装甲の一部が融解していた。
『取られたっ、先手をっ!』
回避行動を終えて3機はそれぞれ雲の中から飛び出た。
ハイパーセンサーが捉えたのは、先ほどのブリーフィングで確認した機械の天使とも形容できる【目標】のISだった。
機体と一体化した一対の
『敵機確認、巡航モードから迎撃モードへの移行を開始。移行完了。【
オープン・チャネルから聞こえる抑揚のない機械音声。
人間のそれと違う声色から感じるのは、無慈悲な機械の冷たさのみであった。
装甲の一部が展開され、そこから光の羽が舞う。
いや、正確には羽などという美しいものではない。放たれたのは【光の弾丸】であった。
(弾幕がっ、厚いっ!!)
瞬時加速で横方向に加速しながら、心中で舌打をする。
都牟刈の左腕はすでに展開されており【
御影の打鉄・蒼狼も両マニピュレータに握られた【アサルトライフル
だが、その全てを銀の福音は踊るようにかつ、数ミリの精度で回避していく。
元々精度が期待できない【
(あの翼が急加速の要因だね)
(あぁ。玉祖命じゃダメージは期待出来ないな。アイツが回避不可能な攻撃をする必要がある)
光弾を回避しつつ、楯無に視線を向ける。
彼女もこちらに視線を向けていたことをハイパーセンサーを通して、感じ取る。
(お願い。時間を稼いで)
(了解。任せて)
長年共にいた事二人だからこそできる
そこからの二人の行動は早かった。
高速機動を続けながら玉祖命での反撃を止め、大型実体剣【無名】を展開して構える。
楯無は多少の被弾を受けつつも、高機動パッケージをパージして専用パッケージ【麗しきクリースナヤ】の展開に移った。
当然、その行動は銀の福音も感知しており、彼女へ【銀の鐘】の砲口を向けた。
(時間かせげる?)
(問題ないさ。
ヒメの言葉にそう返した剣は、無名の刃を虚空へと振り下ろす。
銀の福音と都牟刈の距離は数十メートル程ある。
そんな距離で近距離武装である剣を振り下ろしても、当然届くわけがない。
だが、突如として銀の福音を【衝撃】が襲った。
『La――ッ!?』
無機質な機械音声に、困惑の色が混ざった気がしたのは気のせいではないだろう。
『【
剣がさらに無名を右斬上げで振りぬく。
瞬間、再び銀の福音は何かにぶつかったかのように後退する。
【
それは都牟刈の第3世代武装である【
VTシステム暴走事件が起こった際、簪に見せていた【天磐船】の力場を使った【飛ぶ拳圧】の応用だ。
前方に【天磐船】の【力場】をあらかじめ作っておき、斬撃の瞬間に【無名】の刃を【力場】で覆う。
そして干渉しあった力場は刃状となり射出され、銀の福音に命中したのだ。
(成程ね、これがかんちゃんに言ってた応用の飛ぶ斬撃ね)
(あぁ。それにこの斬撃は
(そうだね。私としては剣の命名センスが凄く気になるところだけどっ!)
高機動を行いつつ、次々と無名の刃を振り回すことで見えない刃が銀の福音に襲い掛かる。
命中しても少量のシールドエネルギーが減るだけ、大きな威力は持っている攻撃ではない。
だが【銀の鐘】発射の瞬間を的確に狙っている一撃であるため、どうしても射線がぶれる事になる。
発射された光弾は、剣や楯無、回避行動を行いつつ射撃を続けている御影には正確に着弾していない。
『私を忘れてもらっては困るなっ、銀の福音っ!!』
そしてここにいるのは剣と楯無だけではない。
相対的上方へと回避行動を続けながら移動していた御影の【打鉄・蒼狼】は【アサルトライフル 焔備】と共に、背部に大型のミサイルランチャーを展開していた。
『全弾発射っ!!』
御影がトリガーを引くと、ランチャー内部に装填されていた【マイクロミサイル】が次々と発射されていく。
空を縫うように飛翔するミサイルの航跡は、ある種の芸術の様にも見えた。
銀の福音は迎撃行動として【銀の鐘】の光弾をばら撒き後退するが、打鉄・蒼狼はさらに追加で4つのランチャーを展開、即座にトリガーを引いていた。
まるで意思を持ったようにも見えるミサイルの雨、銀の福音は迎撃行動を継続しながらも必然的に剣と御影に注力することとなっていた。
『敵戦力が予測値を大幅超過。面制圧を開始します』
業を煮やしたのか、銀の福音は【銀の鐘】の全砲口を展開。
圧倒的、とも言える光の雨。
咄嗟に回避行動に移ろうとした剣と御影だったが、光弾の方が速い。
しかし、光弾は剣と御影に命中する事はなかった。
なぜならば――すでに十分な時間は稼げているのだから。
閃光と爆音。
光弾と、剣達の間で突如として【爆発】が発生したのだ。
発生した爆発の衝撃波と、周囲に舞う【アクア・ナノマシン】によって光弾は完全に無効化され、【赤いドレスを纏った淑女】が宙を舞う。
『お待たせ』
専用パッケージ【麗しきクリースナヤ】の接続を完了した【霧纏の淑女】。
パッケージ接続によって高出力モードに移行した彼女のISが纏う【アクア・ヴェール】によって赤色のドレスのようにも見えたのだ。
『……着替えは済んだみたいだな』
『えぇ。前に着た赤いドレスに似てるでしょ?』
『あぁ、とてもよく似合ってる』
剣が軽口を飛ばし、楯無は笑顔でそれに答える。
銀の福音が後退しつつ【銀の鐘】による砲撃を行おうとした瞬間、機体の各所が周囲の空間に
『La――ッ、La――ッ!?』
明らかに困惑した態度を見せる銀の福音だが、ついには両手足、そして特徴的な
『空間拘束を検知。脱出行動に移ります。脱出行動に移ります。脱出行動に移ります』
『【
単一使用能力に捕らえた銀の福音がなんとか脱出しようともがいているのを尻目に、【蒼流旋】を構えた霧纏の淑女。
するとアクア・ナノマシンがランスを中心に集中し、大渦を巻く槍へと姿を変えていく。
特殊ナノマシンで超高周波振動の水を螺旋状に纏ったランス【
『さぁ、これで終わりよっ!!』
完全に銀の福音は王手をかけられた状況であった。
剣も、楯無も、御影も、何もミスは犯してはない。
だが、この状況を俯瞰して眺めている存在に気づくことができなかったことは、彼等のミスともいえるだろう。
しかし気づかないのも無理はない。なぜならばその存在は【ハイパーセンサー】で感知できていないのだから。
『成程。確かにアイツの言うとおり
その声は鈴の音のように高い、少女の声。
『ナノマシン強制起動。特殊コード【Evolution】、実行』
誰にも知られず夜空に浮かぶ少女は確かにそう呟いた。
銀の福音の眼前に迫る槍。
誰もが命中を確信した、その瞬間だった。
『La――ッ!!!!』
その咆哮と共に、霧纏の淑女は銀の福音から弾き飛ばされていた。
『っ!? 何が……っ!?』
咄嗟にAMBACで体勢を立て直した楯無だったが、目の前で起こった変化に思わず絶句してしまった。
眼前には銀の福音が存在していたはずだというのに、そこには【光の球】が存在していたのだ。
その中心には、依然【
この現象を認知しているのは、楯無と御影のみであった。
『っ、まずいっ!? このタイミングでっ!!』
『【
【
それはISとパイロットの経験とシンクロ率の上昇から起こる現象だ。
必ずしも全てのISに起こるものではなく、現象自体の発生率も極々稀なものである。
そんな事象がまさかこのタイミングで、銀の福音に発生するなど誰も可能性として考慮するはずがなかった。
『キュアアアアアアッ!!!』
依然、機体は拘束されたままである。
しかし、咆哮と共に福音の背部から【光の翼】が展開され、広がったのだ。
その光景は先ほどよりも、神話の天使に近く幻想的だろう。こちらに向ける【殺意】さえなければ、だが。
瞬間、光の翼が瞬き、周囲が一瞬昼のように明るくなったと錯覚する程の光量で照らされた。
刹那ハイパーセンサーに警告が奔る。それは前方からの異常なほど膨大なエネルギーを検知した警告であった。
『『っ!!』』
警告の瞬間、瞬時加速によって都牟刈と霧纏の淑女は下方に加速する事で、【被弾】を回避する事に成功した。
それは単に
『きゃあぁっ!?』
御影の悲鳴が耳に届く。
光に包まれた彼女の打鉄・蒼狼は数十メートル後方に弾き飛ばされていた。
圧倒的な光。
その正体は、銀の福音の光の翼から放たれたエネルギー砲であったのだ。
そして被害は、御影だけではなかった。
『っ、こちら護衛艦ひえいっ、被弾したっ!! そちらの戦闘はモニターしているが先ほどの光は一体なんだっ!?』
数キロ後方に待機しているはずの護衛艦ひえいの石動からの通信が届いたのだ。
『銀の福音からの砲撃ですっ! そちらの被害はっ!?』
『死者は出ていないが負傷者が出ているっ、くそっ、化物がっ!! こちらは航行不可能だっ!』
『銀の福音は依然拘束中ですっ、剣っ、御影さんをっ!!』
『分かってるっ!!』
楯無が光の翼からのエネルギー弾を避けつつ、剣に指示を飛ばす。
すでに弾き飛ばされた御影の元に飛翔していた都牟刈は、AMBACを終えて体勢を立て直した御影を支え、状況を確認していた。
『御影さんっ、大丈夫ですかっ!?』
『っ、あぁ。すまない。だがこちらは絶対防御が発動してしまってエネルギー切れ寸前だ。くそっ、なんて威力のエネルギー砲だ……っ!!』
打鉄・蒼狼のエネルギーはすでに【
胸部装甲を始め、各種の装甲は融解している箇所が見受けられ、御影も滝のような汗に呼吸は荒い。
ここはIS学園のアリーナではなく死が隣り合わせの戦場であり、ひえいへの後退も難しい状況だ。
そんな中で彼女を放置することはできないだろう。
『都牟刈で保護しますっ、ISを解除してこっちにっ!!』
『っ、すまない剣君っ』
『たっちゃん、早く決めろぉっ!!』
『分かってるわよぉっ!!』
プライベート・チャネルから届く剣の叫びに返答する楯無だったが、彼女ほどの技量があっても完全回避は難しい距離と攻撃密度であった。
だが現在の高出力状態の霧纏の淑女ならば、致命的なダメージを受ける事もなかった。
雨のような弾幕を被弾覚悟で縫うように接近していく。
『こんのぉっ!!』
『La――GaGaッ!?』
ついに蒼流旋が、銀の福音に命中し渦巻くアクア・ナノマシンが銀の福音を蹂躙していく。
銀の福音の胸部装甲は、アクア・ナノマシンの超振動ではじけ飛び、凄まじい勢いでシールドエネルギーが減少。
被弾した衝撃によるせいか、光の翼の発生が弱くなり目に見えて勢いをなくして縮小していった。
『このまま、突き破るっ!!』
続けざまの連撃に移るために軽く後退した楯無。
予想外の出来事は発生したが、全員が勝利を確信した瞬間であった。
オープン・チャネルで少女の声が聞こえたのだ。
『そうは問屋が降ろさん』
ISのマニピュレータから伸びる巨大な爪が御影の右胸を貫き、鮮血が夜空に舞う。
「がっ!?」
『御影さんっ!?』
御影は【打鉄・蒼狼】の展開を解除して剣に身を預ける瞬間だったため、ハタハタと剣の顔に降り注ぐ。
『
都牟刈の目の前に突如現れた、赤髪の少女が搭乗する黒を基調としたIS。
鎧と言うよりは優雅なドレスのようにも見え、黒水晶の様な意匠のパーツが存在している。
背部には翼のような非固定浮遊部位があり、そこから絶えず【紫の粒子】が放出されている。
そしてもっとも特徴的なのは両マニピュレータから伸びた鋭利な大型の【爪】だ。
爪だけで1m以上の長さがあり、月光に煌くそれは触れたもの全てを貫くと想起させるだけの威圧感があった。
『あっ、アナタは八坂焔っ!?』
『久しいな、更識楯無。そして……こうして会うのは初めてだな、草薙剣。会いたかったぞ、ククっ』
右爪で御影を突き刺したまま、八坂は芝居がかった礼を剣にする。
当然、御影の身体も動くためか突き刺さった右胸からの出血がより酷くなる。
意識はすでにないようだが吐血もしていた。
『アナタはっ!!』
『っ!!』
当然、剣と楯無も迎撃の為に獲物を構えようとするが、八坂は御影の身体を抱きしめるかのように拘束して眼前にさらす。
『動くなと、言ったはずだ。それにここでお前達と争うつもりはない。取引だ』
爪が胸から引き抜かれたため、おびただしい出血になるかと思われたが出血はそこまでの勢いはなかった。
おそらくは八坂のISによる搭乗者保護機能を御影にも適用しているのだろうと、剣は判断する。
だが、彼女の命が八坂の手の中にあることには変わりない。
『取引ですって……っ!?』
『あぁ。こいつとあの護衛艦の乗員の命と、【銀の福音】を交換してもらう』
だらりと垂れる御影の身体。
出血は酷くないとは言え、右胸を貫かれているのだ。
すぐに応急処置をしなければ危うい事は間違いない。
『それに、福音を倒す機会もくれてやろう。この取引に応じるのならば、福音をあるポイントで待機させておく。明日、いやもう今日か。今日の夕刻、そこにIS学園の連中と共に来い。それが条件だ』
『何故、IS学園を……っ!?』
『さぁな。だが
肩をすくめて八坂はそう言って続ける。
『よし、更識楯無。まずは高出力状態を解除してもらおうか。言っておくがアクア・ナノマシンは
『……っ』
苦虫を噛み潰したような表情になった楯無は、八坂の指示に従って【麗しきクリースナヤ】の展開を解除する。
高出力状態で赤色となっていたアクア・ヴェールも通常色へと変化し、得物であるランスも投棄した。
同時に銀の福音を押さえつけていた【
『草薙剣、貴様も武装解除しろ』
『……』
八坂の言葉は耳に届いている。
だが剣は無名を背部にはマウントせず構えたままであり、その瞳はどこか虚ろだ。
(――状況を整理しろ。御影と【ひえい】を犠牲にする事で八坂焔と銀の福音を処理して、日ノ本を救う。それが【草薙剣】が成す事)
「……ぃっ!!」
(――奴が銀の福音を操っているのは確定事項。残存エネルギー確認。問題なし。最優先で処理する)
「つ……ぎぃっ!!」
(――更識楯無へ状況を共有すれば、こちらが有利になる。取引を盾に油断している今ならば――)
『
その言葉が耳に届いた瞬間、虚ろだった思考は一気に覚醒する。
ノイズ交じりだったが、接触回線によって楯無が叫んだ【名】は彼にとっては【特別】なものだったからだ。
『だめっ、御影さんと自衛隊の皆さんを犠牲にする事なんて考えないでっ! 彼女達も日ノ本の命なのよっ!!』
『……だがっ、奴が素直に条件を守るとはっ!!』
『安心しろ。そらっ』
八坂は口角を歪にゆがめて剣に語りかけた後、盾にしていた御影を放り投げる。
剣は咄嗟に無名を投棄して、彼女を受け止め、すぐさま機体の搭乗者保護を機能させる。
荒い呼吸だが、確かにまだ息がある。
『これでこちらは条件を守ったわけだ。銀の福音は回収させてもらう』
御影の血に塗れたマニピュレータを、
爪の先から淡い紫の光が現れたかと思うと、その光は高速で放たれ銀の福音の胸部に命中。
すると銀の福音はシフトアップ前とは比べ物にならない速度で上昇してしていき、数秒足らずでセンサーの範囲外へと姿を消した。
『っ、しまっ!?』
『大方、そいつを犠牲にして
ククっと笑う八坂から通信が2機に送られる。
それは座標のデータであり、現座標とはかなり離れているが本土近くの海域であった。
『そのポイントで銀の福音を待機させておく。データは学園の連中にもくれてやれ。そうすれば成功確率は上がるだろうからな』
そう語る八坂と彼女のISの姿がまるで霞のように消えていく。
ISのハイパーセンサーでも目の前の機体の反応が途切れ途切れになっているのが分かった。
『あぁ、後
その言葉を最後に、八坂のISの反応は完全に消失し、視界からも消えた。
『……っ!!』
ギリギリと歯を食いしばりながら、胸のうちからあふれる激情を押さえ込む。
できることならば大声でこの感情を吐き出したい。だがそれは許されない。
まだ己には成す事があるのだから。
マニピュレータを解除した少女の手が、すっと己の胸に触れた事で顔を上げた。
『私も同じ気持ちよ。だけどまずは、御影さんとひえいの皆さんの命が最優先よ』
『……あぁ。分かってる』
『まだ日ノ本を守るチャンスは残ってるわ。それに賭けましょう』
頷きあった二人は、福音の攻撃によって自力航行が不可能になっているひえいへと向かう。
その後、医療用ナノマシンによる応急処置が間に合ったおかげで、重傷であったが御影翔子は一命を取りとめた。
ひえいについては、砲撃による負傷者が出たものの乗員全員が命には別状がなく、脱出もスムーズに行われた事で無事であった。
艦体に付いては上層部に報告した後、回収されると言うのが艦長である石動の言であった。
――だが自衛隊の協力の下行われた福音破壊作戦については、失敗となったのだった。
次回予告
「第11話 草薙之剣 VS 八尺瓊勾玉」
『草薙ぃぃぃっ!!!』
『八坂ぁぁぁっ!!!』