IS-草薙之剣-   作:バイル77

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第11話 草薙之剣 VS 八尺瓊勾玉

 その日の朝は間違いなく、山田真耶にとって【最悪の朝】候補筆頭となるものだった。

いつもの起床時間は大体6時前後と早めだが、今朝はゆっくりと7時半まで寝ていられた。それ自体はよかった。

しかし目を覚ましてみれば同室で寝ているはずの剣の姿が見えないではないか。

 

 

「えっ、えっ、草薙君っ!?」

 

 

 少し寝ぼけ眼な彼女だったが、どたばたと室内のどこを探しても見当たらない彼の姿に一気に意識が覚醒した。

そんな時、テーブルの上に一枚の書置きが置かれている事に気が付く。

 

 そこにはこう記されていた。

 

 

 ――仕事のため、夜の間は離れます。朝には戻れると思います。ご迷惑とご心配をおかけしてすいません。

 

 

 そう記されていた書置きを読み終えるが、当然安心などはできない。

だが、【仕事】と書かれている事がとある事を思い出させた。

 

 

「……やはり織斑先生が言っていた様に……草薙君は、草薙家の……暗部、なんですね」

 

 

 入学試験で己との試合でみせた体術や、無人機乱入事件の際の彼の行動について彼女は千冬に話を持ちかけていた。

その際に剣については情報共有がされており、現生徒会長である更識楯無の【更識家】と双璧をなす、護国の剣【草薙家】の人間であると知ったのだった。

IS学園の教員とはいえ、日本で普通に暮らし常識的な価値観を身につけている彼女からしてみれば剣や楯無のような存在はまるで漫画の中のものとも思える位の非日常のものだった。

だがその情報は彼の行動に説得力をもたらすには十分なものであったの事には変わらない。

 

 

「っ、とりあえず、報告しないと」

 

 

 がばっと立ち上がった真耶は、寝巻きのまま自室を駆け足で飛び出していった。

 

 それから数時間後、正午近く。

IS学園の生徒達は各々、二日目の予定であるISの各種装備試験とデータ取りに勤しんでいる。

 

 日光を反射させて煌く青い海、その上空を【紅い光の翼】が舞う。

1機のISが装備した【機械翼】から紅い粒子が零れ、まるで空に舞う羽のようにも見えた。

既存のISの中でも桁違いの超高速機動を行っているのは、簪の【打鉄・弐式】だ。

 

 

『……っ!!』

 

 

 機械翼を翻すと共に、AMBACを行う。

だが普段の彼女のそれとは違って、今回はどこかたどたどしかった。

その理由は彼女が一番よくわかってはいるのだが。

 

 

『……ふぅ』

 

 

 AMBACを終えた彼女は、海上で静止して滞空しながら息をつく。

現在の【打鉄・弐式】は機体全長程の大型機械翼であるオートクチュール【飛燕】を装備していた。

また飛燕装備時には、通常時はむき出しになっている両手を覆うようにマニピュレータが装備されており、右腕部分のマニピュレータを解除して汗を拭う。

打鉄・弐式本体の機動を停止すると共に、大型機械翼から溢れていた光の翼も消えていく。

 

 

(やっぱりまだ……慣れない。速過ぎて、身体が追いつかない)

 

 

 汗を拭ってもじわりと額ににじむのは暑さだけではなく、それだけの負荷が身体にかかっていることに起因していた。

そんな簪の目の前に空間投影ディスプレイが展開された。

そこに映るのは幼馴染の顔であった。

 

 

『かんちゃーん。機体状況見てるけど、どんな感じ?』

 

『速度は満足いくんだけど、やっぱりまだ身体のほうが慣れてない』

 

『単純な速度だけなら発表されてるISの中でもトップレベルだからね。戦闘機動にそれ使うとなると慣らさないと、身体壊れちゃうよ』

 

『わかってる。後は【掌部ビーム砲 飛鳥】の試射だけして一旦戻るから。整備のほう、準備お願い』

 

『りょうかーい』

 

 

 本音のその回答と共に、空間投影ディスプレイが閉じる。

それと同時に、打鉄・弐式のハイパーセンサーが上空を移動しているISを検知した。

 

 

『……あれは、篠ノ之さん?』

 

 

 打鉄・弐式によって視覚補正が入ることでくっきりと映像を視認できる彼女の姿。

彼女は紅色のISを身に着けて高速機動を行っているようであった。

だが、彼女は専用機を持っていなかったはず。

 

 

(打鉄じゃない……まさか、専用機?)

 

 

 簪がこちらを見ていることに、当の箒は気づいてはいなかった。

なぜなら自身が纏うIS【紅椿(あかつばき)】の性能に戦慄していたからだ。

 

 

(打鉄とは文字通り、次元が違うっ。私の思ったとおりに動くこの機体が、まるで己の身体の半身にも思えてしまう……っ!)

 

 

 己の姉から受け取った、自分だけの専用機。

彼女いわく、唯一の【第四世代】であるという、この機体。

少し前の箒ならば、この機体を受け取っただけで、自分に力があると過信してしまっただろう。

 

 だが、今の彼女は違った。

己の犯した罪。

【友人】を傷つけてしまったことで、【力】の使い方を考える機会を得たのだ。

 

 

(この力、大切な人達を守るために使ってみせる……っ!!)

 

 

 空中でのインメルマンターンを成功させた箒。

そんな彼女を浜辺で一瞬不思議そうに眺めた後、まぁいいかと頷く束。

 

 そのまま機体の習熟を高めるためにさらなるマニューバに移ろうとしたときだった。

 

 

『各機、聞こえるか。こちら織斑だ』

 

 

 箒の眼前、そしてその様子を眺めていた簪の眼前にも、空間投影ディスプレイが表示された。

 

 

『専用機持ち全員にこの通信はマルチで飛ばしている。IS学園教員は特殊任務活動に入る。各員ISのテストは中止して、旅館に集合すること』

 

 

 普段よりも語気が強めな千冬の声色。

それだけでただ事ではないことが起こり始めていることに、簪も箒も気づき始めていた。

 

 


 

 

「では、現状の説明を始める」

 

 

 それから数十分後、旅館の一番奥の宴会用の大座敷・風花には、専用機持ち達と教師陣が集められていた。

その中には、昨晩の作戦から戻った剣と楯無の姿もあった。

千冬と楯無が視線を合わせて、楯無が頷く。

 

 

「はじめましての人は、はじめまして。IS学園生徒会長の更識楯無よ。挨拶はここまで、ここからは私が」

 

 

 簡単な挨拶の後、彼女は続ける。

 

 

「昨夜、アメリカとイスラエルで共同開発されていた【第三世代型】の軍用IS【銀の福音】が突如暴走。その迎撃作戦が自衛隊協力の下秘密裏に行われました」

 

 

 彼女の操作によって昨夜の迎撃作戦の顛末、戦闘記録が表示されていく。

 

 

「しかし、その作戦はとあるテロリストの介入により失敗。自衛隊の皆さんにも多大な被害が出る結果となってしまいました」

 

 

 戦闘記録に、ISに搭乗した少女【八坂焔】が映る。

ギリッと剣は歯を噛み締めるが、それは誰にも聞こえていなかった。

 

 

「テロリストの少女から銀の福音の現在位置のデータを入手しています。また現在このポイントで福音が停止している事を衛星での監視で確認できています」

 

 

 銀の福音の現在位置は本土近くの海上であること、シフトアップ前のデータとセカンドシフト後の予測値が別枠の空間投影ディスプレイに投影される。

 

 

「今回の特殊任務活動。それは暴走状態にある【銀の福音】の迎撃です。この第二次迎撃作戦に皆さんの協力を求めます」

 

 

 彼女の説明の後、シンッと部屋が静まり返る。

だが、すぐにその静寂は破られる事となった。

 

 

「この機体は現在は停止しているとの事ですが、最高速度は音速を超える……と言うことは、アプローチは高機動パッケージを装備してのアプローチ、ということでよろしいですか?」

 

 

 口火を切ったのはセシリアであった。

国家を守ると言う今回の作戦の意味を人一倍理解できるのは、彼女の心には祖国への愛国心があるからだろう。

 

 

「えぇ、高機動パッケージを装備してのアプローチになるわ。パッケージがない機体については、機体に乗せる事でフィールドまで運ぶ事が可能ね」

 

「承知しました」

 

「と、なるとあたし達は誰かに乗せてもらう必要があるって事ね。まぁ、攻撃力特化パッケージならあるから火力は任せてほしいけど」

 

 

 鈴の言葉にシャルロットとラウラが頷く。

 

 

「そうね。この中で高機動パッケージや機動力特化オートクチュールがあるのは……」

 

「お姉ちゃん、弐式の【飛燕】なら1人くらい問題ない、から」

 

 

 すっと静かに手を上げた簪に、楯無の視線が向く。

すぐに言いずらそうな表情で目線をそらした彼女だが、ぐっと言葉を呑み込んだ。

 

 

「……ええ。なら私や簪ちゃん達の機体に乗ってもらおうかしら」

 

「えーっと、簪だっけ? 任せていいのね?」

 

「……うん」

 

「おっけ、なら任せるわ」

 

 

 鈴の言葉に静かに頷いた簪。

その表情を読み取った鈴も笑みを浮かべて返事を返した。

 

 

「……私達はどうなのだろうか?」

 

 

 アプローチの手段がほぼ決まったときに、一夏の隣の箒がつぶやく。

己の機体の性能が高い事は、初搭乗時にしっかりと記憶している。

だが高機動パッケージがない己に何ができるのか、そう考えた瞬間だった。

 

 

「妹が困っているのならば人知れず現れ助ける者……っ、人、それを【姉】というっ!!」

 

「っ、誰っ!?」

 

 

 真耶の困惑の声の後、とうっと掛け声と共にそれは現れた。

童話【不思議の国のアリス】で主人公の【アリス】が着ているような青と白のワンピースに紫色の髪を持つ女性。

ISの開発者である天災【篠ノ之束】であった。

 

 

「紅椿のスペックデータを見てみて! 高機動パッケージなんかなくても紅椿は超高速戦闘ができるんだよ!」

 

 

 彼女の言葉を裏付けるように周囲にスペックデータが表示されているディスプレイが表示された。

 

 

「紅椿の【展開装甲(てんかいそうこう)】をちょちょいと調整して……っと、これでスピードはばっちりっ!」

 

「……束、勝手に入り込むんじゃあない」

 

「あだっ、あだだっ!? ちーちゃんいきなりアイアンクローはっ、ぬぉぉぉっ!?」

 

 

 問答無用の千冬のアイアンクローによってもだえる束。

小さな声でいくつか彼女とやり取りして動かなくなった束を、部屋の隅に放り投げた千冬がため息混じりに口を開く。

 

 

「篠ノ之、やつが機体の調整をやると言っている。調整後のお前の機体に織斑を乗せる。いいな?」

 

「えっ、はっ、はいっ!?」

 

 

 全員が突然のIS開発者の登場とそのペースに巻き込まれて困惑していたが、流れが元に戻った事を感じ取った。

そんな中、一夏が口を開いた。

 

 

「あの、大体の作戦は分かったんですけど……テロリストっているんですよね? さっきの映像にも合った黒い機体に乗った女の子だったけど……」

 

「……テロリストの排除は俺がやる」

 

 

 一夏の疑問に最も早く反応したのは、楯無の隣で今まで黙っていた剣だった。

 

 

「前の作戦の最後に奴は言った……自分もそこにいると、な」

 

「一人でやるつもり?」

 

「あぁ、その通りだ、凰。奴は直接俺を指定してきた」

 

「でも相手はテロリストなんだろっ? だったら誰かが援護に……っ」

 

「必要ない」

 

 

 一夏の言葉を拒絶するように強い語気で剣が断る。

それにむっとしたのか鈴は表情をしかめるが、剣はかまわず続ける。

 

 

「一次作戦を失敗した身でいえることじゃないのは分かっている。だけど、これだけは言わせてほしい」

 

「剣っ、アナタ……っ」

 

「たっちゃん、ごめん、言わせてほしい。これだけは譲れないんだ」

 

 

 すうっと一息ついた後続ける。

 

 

「……後は俺や楯無に任せて皆は戻ってくれないか?」

 

 

 彼の言葉に室内は言葉を失った。

 

 

(……やっぱり、アナタはそういうわよね)

 

(……剣)

 

 

 例外は、【彼】という存在をよく知っている【楯無】と【簪】のみだった。

 

 

「何言って……っ!?」

 

 

 一夏が困惑の声を出した、その瞬間。まさに瞬き一つの刹那。

一夏達の眼前に、生身の剣が振るう【無名】の刃が突きつけられていた。

皮一枚、後数mmで刃は首に到達するだろう。

 

 IS用実体剣である【無名】は重量50kgは下らぬ重量だ。

本来なら生身でIS用武装を使っている剣に驚くところだが、今は違う。

剣から溢れる殺気、冷たい目からは微塵も慈悲の色は見えず圧倒されたのだ。

その殺気にシャルロットは冷や汗を流し、鈴とラウラは思わず構えてしまう。

 

 だがセシリアは覚えがあった。

 

 

(これは、無人機襲撃の際と同じ……っ!!)

 

 

 そう、無人機襲撃の際に直に感じた殺気。

上官から【草薙剣】と言う存在についてある程度話を聞いているセシリアだから、分かる。

今の彼は【護国の剣】として自分達の目の前にいるのだ、と。

 

 

「……こんな風に、理不尽な死が君達を襲うかもしれない。ISは完璧かもしれないが、相手もISで武装したテロリストと暴走した軍用IS。慈悲なんてものはないんだ」

 

 

 刃を突きつけたまま、剣が続ける。

 

 

「今聞いた事を忘れて戻る事もできる、いや、俺個人としてはここで引き返してほしい、一夏、箒。お前達は日ノ本の民なんだ。代表候補生の皆もそうだ。有事の際には軍にも協力する立場の君達でも、今は日ノ本で暮らす民。非日常へ無理に首を突っ込む事はない」

 

「……剣」

 

「……だがそれでも、理不尽な死が襲うかもしれない現実を前に、これでもお前達は、皆は、力を貸してくれるのか?」

 

 

 剣の言葉にしばし沈黙が支配する。

数十秒たった後、一夏が口を開いた。

 

 

「あぁ。俺は力を貸したい。いや、手伝わさせてくれ」

 

「……何故だ?」

 

「俺達は、友達だろ?」

 

 

 一夏の笑みを浮かべた言葉。

それに剣は目を見開いて驚いたがすぐに冷酷な目を再び向ける。

 

 

「……俺は護国の剣【草薙之剣】。日ノ本へ降りかかる火の粉を払う存在だ。俺はもうこの手で何人もの命を奪っている殺人者だ。そんな人間でも、友達、だと、言えるのか?」

 

 

 剣の告白に今度は一夏が目を見開いて驚く。

だが、少し考えた後しっかりと頷いた彼が答えた。

 

 

「やっぱり剣はいろいろと背負ってたんだな。なんとなく分かってたんだ、けど、中々言い出せなかった」

 

「分かっているなら――」

 

「だからこそ今なら言える。それを全部1人で背負うなよ」

 

「っ」

 

 

 一夏の変わらない言葉に、再び剣は驚愕した。

 

 

「護国とか、守る理由とかお前がいろいろ背負ってるのは分かったよ。けどさ、それでも俺は、お前の事友達だと思うんだ。そりゃ短い付き合いだけど……お前がいい奴だってのは分かってる。何度も助けてくれたじゃないか。それに友達を助けるのに理由が要るのか? いらないよな?」

 

「……私も一夏に賛成だ。剣、理不尽な死は確かに恐ろしい。だが私達全員で協力すれば乗り越えられるはずだ、違うか?」

 

 

 一夏の隣でそう告げた箒の言葉に迷いはない。

そしてセシリアや鈴、シャルロットにラウラにも視線を向けるが全員が同じように迷いなく頷いていた。

 

 

「……分かった。分かったよ」

 

 

 観念したように、剣は無名の刃を量子変換して解除する。

 

 

「草薙剣として、皆に感謝を。皆の力を、日ノ本を守るために力を貸してほしい」

 

 

 剣は笑みを浮かべた後に深く礼をする。

 

 

(……ふーん。箒ちゃんがなんかしっかりしてるのが気になるけど、まぁいいや。んであれが草薙之剣……【やーちゃん】の標的、か)

 

 

 アイアンクローで倒れていた束だったが、いつの間にか回復して寝転がり微笑を浮かべてその様子を眺めていた。

 

 

 その後、作戦の詳細が決定された。

作戦海域はIS学園の教員達と自衛隊によって封鎖が行われる事となっている。

 

 【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】は、高機動パッケージ装着ISとそのISに登場したメンバーで相対。

一撃必殺の【零落白夜】と超広範囲指定型空間拘束結界【沈む床(セックヴァベック)】による強襲プランである【プランA】と、プランA失敗時に各ISによる一斉攻撃によって目標を戦闘不能状態まで追い詰める【プランB】が決定された。

 

 テロリストである【八坂焔】については【草薙剣】が相対し、撃破ないしは、上記作戦完了までの時間稼ぎを行う事となった。

 


 

 旅館での会議から数時間後。

各員がISの調整作業に追われており、剣も己のISである【都牟刈】と、楯無のISである【霧纏の乙女】の整備作業を手伝っていた。

もっともこの二機については高機動パッケージの接続自体は前回の作戦で完了しており、破損部分の装甲の付け替えだけなのであまり時間は必要ない。

紅椿は移動式の束の専用ラボである【吾輩は猫である(名前はまだ無い)】で、彼女が直々にセッティングしているとの事だ。

 

 作戦は本日の夕刻18:00から行われる。

開始までは後3時間ほど残っていた。

 

 

「ふぅ」

 

 

 作業が一段楽した楯無は額に輝く汗を拭って、近くにおいてあったドリンクボトルに手を伸ばす。

そして同じく休憩をしていた剣に視線を向けた。

 

 

「……皆、頼もしいわね」

 

「そうだな」

 

 

 先ほどの会議の様子を思い出しつつ告げる楯無に、剣は頷いて答えた。

 

 

「まぁ、私としては、簪ちゃんには来てほしくはなかったんだけどね」

 

「それ、簪が納得しないの分かってるだろ?」

 

 

 そうね、と肩をすくめながら楯無が返す。

実際、作戦会議終了後に簪へ遠まわしに後方でのバックアップを依頼した彼女であったが、直々にNoを返された直後であった。

もちろん、彼女の気持ちを尊重して行動するのが姉である己。

戦闘ではフォローもするし、されるであろうが、彼女を命に代えても守る覚悟は当然ある。

 

 

「たっちゃん、1つ聞いてほしい事があるんだ」

 

「いいけど……何を?」

 

 

 呷っていたドリンクを置いた楯無を見た後、剣は続ける。

 

 

「俺さ、草薙剣としての戦う理由に加えて、1つ戦う理由ができたんだ」

 

 

 楯無が頷いて続きを促す。

 

 

「日ノ本に迫る災厄を払う草薙剣(・・・)としてだけじゃなく、俺は俺自身(・・・)として、大切な友人達を守るために戦う、そう決めたよ」

 

 

 剣の心中にある【草薙剣】としての戦う理由は変わらない。

だが称号としてではなく、【自分自身】の戦う理由に新たに一つ理由が加わった。

それが【友人達】を守る為に戦う事であった。

 

 決意を新たに朗らかに微笑む彼の顔に、とくんと心臓が鳴るのは気のせいでは無いだろう。

 

 

「そっ、そうね。いいんじゃあないかしら」

 

 

 わずかに赤面した顔を隠すように顔をそむけるが、幸運か不運か、剣はそれに気づいてはいなかった。

――そして静かに佇むIS【都牟刈】の中で【何か】が脈動した事には、誰も気づく事はなかった。

 

 

 そして作戦結構時刻である夕刻18:00

全てのISの整備と点検を完了し、高機動パッケージを装備した皆が海岸から飛び立っていく。

 

 高機動パッケージ【天之常立神(あめのとこたちのかみ)】を装備した都牟刈、ブルー・ティアーズ専用の高機動パッケージ【ストライク・ガンナー】、超高機動用オートクチュール【飛燕】を装備した打鉄・弐式に、超高速機動用の調整を施された紅椿。

編隊を組んで高速飛行を続けるISの一群は、このような非常事態ではなければ壮観だろう。

だが現在は非常事態であり、作戦行動中。

そのような浮ついた考えを持つものはこの中には誰もいなかった。

 

 そして高速飛行を続けてしばらくが経った。

目標のポイント、接敵まで残り数十秒。

 

 

『そろそろだな。たっちゃん』

 

『えぇ。気をつけてね』

 

『あぁ。たっちゃんもな』

 

 

 プライベートチャネルで短くそう返答した剣は、高機動パッケージである【天之常立神(あめのとこたちのかみ)】のスラスターを翻して、編隊から外れる。

当然、編隊飛行を続けていた周囲はその行動に気づくが楯無は首を振る。

 

 

『私達の目標はあくまでも【銀の福音】、そして剣の目標は【テロリストの排除】。余所見はしちゃだめ。そういう作戦でしょ?』

 

『っ、でもやっぱり……っ』

 

 

 紅椿の背中に乗りかかるように搭乗している一夏が反論しようとするが、楯無の表情をみて口をつぐんだ。

 

 

『心配しないで、アイツは大丈夫よ』

 

 

 相手を想いながらも、信じているからこそ己は己の成す事を実行するという決意。

全幅の信頼を置いているからこそできる、楯無の飾らない笑顔に一夏は口をつぐんだのだ。

 

 

『さぁっ、指定ポイントまで残り40秒、皆っ、支度はできてるっ!?』

 

 

 彼女のその言葉に一夏達を含めた全員が頷いた。

 

 


 

 

『……いるんだろ、八坂焔』

 

 

 夕焼けが海面を紅に染める中、展開した実体剣【無名】を静かに構えながら剣が呟いた。

すると、茜色の空の一部がノイズの様に歪み、そこから【黒色】が現れた。

人が搭乗するそれは、昨日の福音迎撃作戦を失敗に導いた宿敵のIS、そしてその顔に浮かべるのは狂喜の笑顔。

 

 

『気配に気づいてくれるか』

 

『殺気を消しもせずによく言う』

 

 

 背後に現れた八坂を一瞥した剣だが、八坂は首を横に振る。

 

 

(おれ)のIS【ツクヨミ】のナノマシンによるステルス迷彩は、軍で使用されているようなものとはレベルが違うんでな。素直な賞賛だ、受け取っておけ』

 

 

 八坂が纏うIS【ツクヨミ】のマニピュレータを覆うように伸びる黒の鋭爪が、夕焼けの紅い光を反射させて毒々しく煌いている。

まるで、獲物を求める獣の牙のように。目の前の少女から溢れる殺気を象っているかのように。

 

 

『さぁ、これ以上は(おれ)も我慢できそうにないんでな。そろそろ始めさせてもらうとしよう』

 

『……っ』

 

 

 前傾の姿勢で爪を構える八坂に、剣は無言で八相の構えをとる。

その後一瞬だけ、静寂が空域を支配した。

夕焼けの光が二人を包み込み、静かな波の音まで互いの耳に届いている。

 

 だが、それはほんの一瞬。

互いの機体のスラスターが光の粒子を噴出して、神速の領域まで加速させる。

 

 

『草薙ぃぃぃっ!!!』

 

『八坂ぁぁぁっ!!!』

 

 

 鈍く重い金属音が響き、空気が爆ぜた。

【ツクヨミ】の漆黒の右爪と【都牟刈】の鈍色の刃がぶつかり合った音と衝撃波だ。

機体のパワーはほぼ互角であり、火花を散らしながら鍔迫り合いの形に持ち込む両者であったが、八坂が先に動きを取った。

 

 ツクヨミの【爪】は両マニピュレータに装備されており、都牟刈との鍔迫り合いに使用しているのは右マニピュレータの爪のみだ。

つまり左腕はフリーの状態である。当然手が空いているのならば攻撃に移るのみ。

 

 だが、それは剣も知ったことである。

無名の刃は、ツクヨミの爪と爪の間で受け止められているため、ある程度動かすことも可能であった。

剣は鍔迫り合いのまま無名の刃を上方向に弾く。当然、その衝撃は八坂側にも伝わり、爪を装備した右マニピュレータを弾くことに成功し、無名の刃を爪の間から抜き出して防御に移ることができた。

 

 金属音と衝撃波が空域に再び木霊する。

顔面を狙ったツクヨミの左マニピュレータの爪を、今度はマニピュレータ毎受け止めて右脚部スラスターを点火。

受け止められた八坂も、反撃に移ろうとした剣に合わせて、同じくスラスターを点火させた右脚部から蹴りを繰り出す。

 

 三度(みたび)、衝撃が響き、両機は互いの蹴りの衝撃で弾き飛ばされるが、すぐさまお互いにAMBACによって姿勢制御を成功させた。

開幕の一連の攻防で互いに理解した事、それは互いの力量が伯仲していることだ。

機体性能差もほぼ存在しない、まったくの互角と言っても過言ではない状況。

 

 AMBACを終えた剣は高機動に移っていたが、同じくAMBACを終えた八坂は己のマニピュレータを見つめた後、大きくその美しい顔に歪んだ弧を浮かべていく。

 

 

『クックックッ、ハハハっ、アーッハッハッハ!! いいっ、これだっ、これを待っていたんだ、(おれ)はっ!!』

 

 

 狂喜の声を上げる彼女に向かって、剣は都牟刈の【玉祖命(たまのおやのみこと)】を展開。

有無を言わさずにトリガーを入れシリンダーが回転、光弾が吐き出されていく。

 

 

『はぁっ!!』

 

 

 ボウッとまるで黒い霧のような物が、八坂の気合の咆哮と共に【ツクヨミ】の周囲に溢れた。

黒い霧はツクヨミの腕部や脚部のスラスター噴射口に併設されている別の噴射口から溢れ出ているようだ。

 

八坂はその霧の中で笑みを浮かべたまま回避行動に移らず、玉祖命の光弾が黒い霧に着弾すると同時に弾け飛んだ。

 

 

(うっそぉ、何アレっ!?)

 

『悪いがエネルギー兵器は(おれ)には通じない』

 

 

 連続で迫る光弾全てが黒い霧にはじかれて、本体であるツクヨミには届いていない。

 

 

(都牟刈のセンサーに反応が出た。あれは可視化できるほどに濃密なナノマシン集合体で、それ自体がエネルギーを纏っているようだ)

 

 

 都牟刈のハイパーセンサーでは、ツクヨミの周囲には異常な程に強烈なエネルギー反応が検知されていた。

そこから剣は答えを予測していく。

 

 

(あー、つまりどういう事?)

 

(あれ自体がエネルギーを反射・拡散させる役割をしているんだろう。【チャフ・ナノマシン】とでも言うべきか?)

 

(ネーミングセンスには突っ込まないからねっ)

 

『さぁ、いくぞ、草薙ぃっ!!』

 

 

 高機動を続けている都牟刈に向かって、ツクヨミが瞬時加速を用いて加速。

一気に間合いを詰め、右の爪を振りかぶっていた。

 

 

『っ!!』

 

 

 その軌道は【直線】、剣に取ってはカウンターを与える事は容易なタイミングでも合った。

しかし、迎撃に用いた無名の刃は虚空を切る。

 

 

(っ!?)

 

 

 反撃の瞬間、剣は八坂が何をしたのかを視界に捉えていた。

 

 彼女は無名の刃が命中する瞬間、先ほどの黒い霧を固めた【足場】を左脚部に作り上げてそれを蹴り上げて軌道を変化させていたのだ。

己の使う【天磐船(あめのいわふね)】、そして天鳥船(あめのとりふね)とまったく同じ動き。

理解した瞬間(とき)には、相手の反応は己の頭上へと移っておりその顔に浮かぶのは狂喜の弧。

 

 

『砕けろっ!』

 

 

――  八坂流掌術 肆式【爪櫛(つまくし)】 ――

 

 

 加速した状態で頭部を薙ぐように振り下ろされた鋭爪。

反撃直後の剣には回避が困難なタイミングであった。

 

 響き渡る金属音と、飛散する欠片と紅い雫。

 

 

『……何?』

 

 

 完璧に捉えた一撃であった。

己の放った【八坂の技】に狂いはなかった。

だが己の爪が与えた破壊は、剣の頭部にあったヘッドホンタイプのヘッドモジュールが砕け、額からの僅かな出血だけ。

シールドエネルギーの減少もあったが小さなものであった。

その理由は再び鍔迫り合いの形になった相手によるものであった。

 

 剣は無名の刃で、ツクヨミの鋭爪の一撃を防ぐことに成功していたのだ。

被害を最小限に抑えられたのはなぜか。

確かに【剣】には難しいタイミングではあった、だが彼には心強いもう1人の【自分】が存在している。

 

 

(あっぶな~っ、反応間に合ってよかったっ!)

 

 

 八坂の攻撃が命中する寸前、攻撃に反応できたヒメが咄嗟に腕を動かして防御に成功していたのだ。

それを理解した剣はすぐさま己の腕に力を込め、都牟刈はモジュールをフル回転させて出力を上げていく。

 

 

(ヒメ、感謝するっ!)

 

 

 出力を上げた都牟刈が握る無名の刃に両マニピュレータを当てて、押し上げる。

刃は鋭爪を滑るように流れていき、そのまま機体のスラスターを点火して、刃はツクヨミのマニピュレータを流れきって、八坂の頭部へと振り切られる。

 

 

『ちぃっ!?』

 

 

 刃が頭部に命中する瞬間に都牟刈の腕部を蹴り上げる。

その衝撃のせいで刃の流れがぶれ、ツクヨミ頭部のヘッドギアが切断されて弾け飛ぶ。

蹴り上げると同時にスラスターによって加速していた事で、再び両者は互いの間合いの外に出ることとなった。

 

 

『……いい反応だ。ますます楽しくなってきた』

 

 

 ヘッドギアが切断と共に弾け飛んだ影響か、左頬を切っていた事に気づいた八坂は、垂れてきた液体を舌でなめ取る。

対する剣は額から出血しているが、都牟刈の生態保護によって出血は最小限に抑えられており視界を遮られる事もない事を確認していた。

 

 

(実力伯仲、面倒だね)

 

(……あぁ、何か切欠がいるな。押し切るだけの切欠が……っ)

 

(何か、ありそうだね、剣?)

 

(……今まで一度も成功していないが、確実に奴の意表を突ける【技】があるといったら、お前ならどうする?)

 

 

 その言葉に、ヒメは少し考えるそぶりを取った後ニッと薄く微笑む。

 

 

(分の悪い賭けは嫌いじゃないよ……ってか私は剣なんだから、ノる事承知だよね?)

 

(そうだな。それならマキシマムベットといってみようか)

 

 

 身体を前傾に傾け目標までの距離を測る。

互いの距離は10m、ISでは一瞬で詰める事ができる距離であるが、【足場】は先ほどのやり取りで出来ている。

 

 都牟刈は瞬時加速を発動。

爆発的な推進力を得た都牟刈がツクヨミへと迫る。

ツクヨミへの軌道上には、すでに【天磐船】を設置しており、その足場を蹴り飛ぶ【天鳥船】でさらに加速していた。

そして剣は大きく腕を反る様な構えを取って空中を跳躍していた。

 

 

(この構えは、草薙流の壱式、【大蛇裂(おろちさき)】か……っ!!)

 

 

 剣と無人機が交戦した情報を得ている八坂にとっては、その構えで何を繰り出してくるかは想像がついた。

天鳥船を使用している剣術は直線的な動きになりやすい。それは彼女もよく理解していた。

直線軌道ならば反撃は容易い、そこまで考えていた。

 

 しかし、その予想は裏切られる事となる。

蹴り飛んだ剣の軌道は天鳥船のそれとは異なり、【曲線】軌道を描いていることに気づいたのだった。

しかもそれは己がもっとも得意とする体術と同じであった。

 

 

(っ、この動きは、まさかっ!?)

 

 

 だが気づきを得たのは、振りぬいた刃が己の腹部に届く一瞬前であった。

咄嗟に右マニピュレータを前面に出して、逆銅から胴打ちの軌道に変化して迫る刃の盾にする。

 

 

『ぐぅっ!?』

 

 

 金属が砕ける高い音と、衝撃が八坂を襲う。

盾にした右マニピュレータは半ばまで刃が届いており、そのままさらに奥へと食い込んで行く。

しかし、食い込んだマニピュレータをパージすることで、ツクヨミは都牟刈の刃から逃れて後退する事に成功していた。

だが八坂も無傷というわけにはいかなかったか、生身の右腕には無名の刃が付けたと思わしき傷があり、紅い雫は止まることなく垂れていた。

機体もシールドエネルギーが大きく減少していた。

 

 

『……黄泉比良坂(よもつひらさか)。まさか貴様が使えるとはな』

 

楯無(かのじょ)に見せびらかした結果だ。右腕、いただいたぞ』

 

(技ってこれのことたんだねっ。そういえば昨日砂浜でもやってたし!)

 

 

 昨日の砂浜での剣の行動を思いだしたヒメは納得が行ったようにうなずいていた。

 

 

(今まで成功した事はなかったが、土壇場で成功した……言うならば【裏式】か)

 

(【裏式】? あー、大蛇裂から繋げたから……なら【裏式 大蛇断(おろちだち)】ってのはどうかな?)

 

(……まぁ、それでいいか)

 

 

 ヒメのセンスもどうなんだと剣は思ったが、優先度があるため意識を切り替える。

 

 

『右腕? こんなもの負傷のうちにはいらん。それに……』

 

 

 切り裂かれたISスーツを破り、そのまま新たに右マニピュレータが量子展開される。

 

 

『腕はまだある。まだまだ楽しめるぞ、草薙ぃ』

 

 

 感覚を確かめるように、新たに展開された右マニピュレータを操作する。

それに内心、舌打して剣は再び刃を構える。

 

 

(ダメージあったけど、また拮抗状態か……しつこいなぁっ!)

 

(腕にダメージを与えた、このまま押し切るっ!!)

 

 

 剣がヒメの言葉を否定して、そのまま押し切ろうと動き出す。

その瞬間、二人の意識は唐突にブラックアウトした。

 

 


 

 

 どこまでも透き通る蒼い空、深緑の木々が並び立つ山々のなかにある、古い神社。

そこは荘厳な鳥居と狛犬の石造が立てられており、木々が風に揺れて葉が擦れる音が聞こえるほどの静寂に満ちていた。

 

 その参道に、IS学園の制服姿の剣は立ちつくしていた。

 

 

「っ!? ここは!?」

 

 

 意識が戻った瞬間に警戒の為に、前かがみになって辺りを見回す。

すると己の背後に、同じようにIS学園の制服姿の紅い髪の少女が倒れている事に気づく。

だがその少女は己の意識の内にいるはずのものだ、実体を持って現れるはずがない。

 

 

「ヒメっ……なのか……!?」

 

 

 さまざまな疑問が胸中を駆け巡るが、まずは彼女であるかを確かめる。

ヒメの下に駆け寄って、肩を揺らす。

少女の柔らかい感触が手に伝わるので、確かに実体を持っているのだろう。

 

 

「……うん、むにゃ?」

 

「起きろ、ヒメ」

 

「あれぇ、剣……っ、ここはっ!?」

 

 

 一瞬寝ぼけたような反応をしていたヒメだったが、すぐに意識を覚醒させて辺りを見回す。

 

 

「わからない。おそらくここは神社、だとは思う」

 

「何で神社に……って、あれっ、身体があるっ!?」

 

 

 両手で顔や胸をぺちぺちと触って感触を確かめるヒメに苦笑する剣だったが、彼にも現状はよくわからない。

 

 

「少し周りを見たいと思う。立てるか?」

 

「うん。とりあえずはこの奥、かな?」

 

 

 ヒメの視線が参道の奥へと続いて行く。

剣もそれにうなづいて答え、2人は辺りに警戒しながら静かに先へ進んで行く。

 

 目覚めた場所から歩いて数十秒ほど経ち、2人の目の前には拝殿が姿を現していた。

だが2人の視線は拝殿には向いていなかった。

なぜならば、拝殿の前の広場に1人の【女性】がいたからだ。

 

 白く輝く銀色の髪、紅と白の巫女服を優雅に翻しながら、一定のリズムに則って舞う女性。

大きく身体を揺らして円の動きを表現しているがその軌跡には乱れがなく、ピタリと静止した後に両手に持つ扇を開いて身体を反るようにした彼女の動きは、まるで今にも飛び立ちそうな【白鳥】のようにも見えた。

広場全体を使った激しくも流麗な舞に剣もヒメも目を奪われていた。

 

 

「剣、あれって……?」

 

「あれは【神楽舞】だな」

 

「【神楽舞】?」

 

「神からの恵みに対する感謝と祈りを奉納する舞の事だ。祭祀に合わせて色々とあるが……見た事ないな、彼女の舞は」

 

 

 舞を少し眺めた後、剣は彼女に向かって歩みを進める。

舞っている女性も、接近する剣とヒメに気づいたのか動作を止めた。

 

 

「ようやく、お会いすることができました……剣様、ヒメ様」

 

 

 女性の静かだが感極まった様な声。

初対面であるはずの女性が、何故己とヒメの名を知っているのか。

その疑問の答えは、女性の口から放たれた。

 

 

「私の名前は【都牟刈】、剣様が纏う【刃】です」

 

「都牟刈って……まさか、アナタはっ」

 

「君はISの【コア人格】ということかっ」

 

 

 はい、と都牟刈は2人に向かって頭を下げる。

 

 

「ここは私の空間。八坂焔と交戦中の2人の意識を少しの間、呼び出させてもらっています」

 

「なるほど、身体があるんじゃなくて意識を引っ張ってきてるから私が実体あるように見えるんだね」

 

 

 そうなります、とヒメに向かって微笑む都牟刈。

 

 

「都牟刈、何故俺達を呼びこんだのか、教えてくれないか?」

 

「はい、剣様」

 

 

 都牟刈は剣の目の前に歩み寄ると、すっと肩膝をつく。

そして両手を剣に差し出すように開くと、掌から光球が現れて辺りを照らす。

まるで太陽のように強く、だが優しい光を放つその光球は彼女の手を離れて宙に浮かんでいる。

 

 

「八坂焔から、災厄から日ノ本を守るための力。それを今の私は手に入れております」

 

「これが、そうなのか?」

 

「はい。現在は起動不能状態にある【戦闘特化オートクチュール】、その力は強大故に八坂を確実に屠れるでしょう。しかしその前に確かめなければならない事があるため、独断で起動不能状態にしておいた事をお許しください」

 

「確かめたい事?」

 

「剣様、貴方様の戦う理由を、もう1度確かめさせてください。貴方は何のために、力を手に入れるのですか?」

 

 

 光球から溢れる光に照らされる、都牟刈の真剣な表情に剣は1度口を閉じる。

己の戦う理由、それはすでに決まっているものだ。

そして、先の一夏達との会話で新たに心に灯った理由も。

 

 

「俺の戦う理由。それは日ノ本を守る草薙剣として、災厄を払う事……今までは(・・・・)それだけだった。だが今はもう1つある」

 

「もう1つ……とは?」

 

「それは、俺の大切な友人達を守るために戦う事だ。だから都牟刈、お前が得た力を俺にくれ」

 

 

 剣のその言葉に都牟刈は静かに笑みを浮かべてうなずく。

 

 

「……貴方ならば、強大な力に溺れることなく使いこなしてくれるでしょう。剣様、お手をその光球へ」

 

 

 都牟刈の指示に従って剣は光球へ手を伸ばす。

燃えるような熱さを想像していたが、掌にじんわりと優しい暖かさが広がっていくような感覚を、剣は感じていた。

 

 

「剣様、貴方に託します。貴方の守りたいものを守る力。私が掴んだ新たな力を」

 

 

 剣が手を伸ばした光球の輝きがいっそう強くなり、辺りを照らし出す。

光量のせいでヒメは目を瞑りかけながらも、都牟刈の言葉を確かに聞いた。

 

 

「戦闘特化オートクチュール【十種神宝(とくさのかんだから)】、その全てを剣様、貴方様の力へ」

 

 

 その言葉が耳に届いた瞬間、剣とヒメの意識は光に飲まれて途絶えた。

 

 


 

 

『腕はまだある。まだまだ楽しめるぞ、草薙ぃ』

 

 

 感覚を確かめるように、新たに展開された右マニピュレータを操作する。

先ほどまでの静かな神社ではなく、戦場と化した夕焼けの海上が剣の視界に映る。

 

 

(戻ってきた、のかっ)

 

(ホント、意識だけ持ってかれてたってことだね)

 

 

 八坂が新たな右マニピュレータを展開した直後から、時間としては1秒も経っていないだろう。

だが先ほどの体験は決して夢ではない。

なぜならば、都牟刈の空間投影ディスプレイ上に新しいコンソールが表示されているからだ。

 

 

『……まだまだ楽しめるか。悪いが、そうはいかない』

 

『……何だと?』

 

 

 剣が微笑を浮かべながら言った言葉に、八坂がピクリと反応する。

瞬間、都牟刈の背後に翡翠色の光柱が出現した。

 

 

『っ!?』

 

 

 辺りの紅色を塗りつぶすような美しい翡翠の色はすぐに収まる。

しかし、光が収まった都牟刈の背後には八坂の見た事ない大型の非固定浮遊部位が展開されていた。

 

 銅剣に九つの宝玉が施された車輪が組み合わさったような【紋章型のモジュール】

通常は袴の様に折りたたまれている腰部ウィングスラスターは全開で開かれ、そこから絶えず翡翠の粒子が辺りに散布されていた。

すでにこの【オートクチュール】をどのように使えばいいか、展開と同時に意識に流れ込んできた使用方法を全て頭に叩き込んだ剣が告げる。

 

 

『お前はここで処理する』

 

 

 彼の言葉にまるで心臓を鷲掴みにされたような寒気を背後から感じた八坂は、瞬間ツクヨミを上方へと加速させた。

コンマ数秒以下、先ほどまで己がいた空間を高速で射出された【何か】が薙いだ。

 

 

(っ、今のは……ワイヤーかっ!? だがどこからっ!?)

 

 

 高速で射出された鉤爪付きのワイヤーが背後から襲ってきたのだ。

それだけならば八坂にとっては大した脅威にはならない。

問題なのは剣は射撃体勢と取っていないことと、突然背後から襲われたことだ。

だがその答えはすぐに判明する事となる。

 

 

(空間から、ワイヤーが射出されているだとっ!?)

 

 

 そう、背後の何もない空間からワイヤーが延びていたのだ。

正確にはワイヤーが射出されている空間は少しだけ歪んでいるのだが、誤差の範囲だろう。

 

 

『【蛇比礼(おろちのひれ)】、逃げられはしない』

 

 

 射出され延びていた鉤爪付きワイヤーである【蛇比礼(おろちのひれ)】は、高速で巻き戻され再び空間の歪みの中へと戻っていく。

すると数瞬もしないうちに、今度は八坂の上方の空間が歪み、再び【蛇比礼(おろちのひれ)】が射出されてきたではないか。

 

 

(っ、そうかっ、これはっ、奴の機体の【天磐船】から射出されているのかっ!)

 

 

 上方から迫り来る【蛇比礼】のまるで大蛇の牙を彷彿とさせる鉤爪を紙一重で回避に成功した八坂の予想は的中していた。

 

 

 【蛇比礼(おろちのひれ)

それは戦闘特化オートクチュール【十種神宝(とくさのかんだから)】のに装備されている武装の1つであり、捕縛用のワイヤーである。

もちろんただのワイヤーではなく、その【真価】は【天磐船】と組み合わさった時に発揮される。

都牟刈の代表的な武装である天磐船は、空間に不可視の力場を作り出してそれを足場、使い方を変えれば1つの武器としても使用が出来る。

だがこの【蛇比礼(おろちのひれ)】はその力場を【全方位展開済みの砲口】として使用ができるのだ。

 

 戦闘が長引きすでに周囲の空間には天磐船が無数に配置されており、その全てを把握しているのは都牟刈を操作している剣のみ。

全方位から突如としてワイヤーが襲ってくるのは、脅威としかいいようがない。

 

 そしてそれは【蛇比礼】だけではないのだ。

 

上方から迫る【蛇比礼】を回避しきった八坂のツクヨミだったが、突如左マニピュレータに巻きついた【別のワイヤー】によってガクンと体勢を崩した。

 

 

『なっ、別のっ!?』

 

『【蜂比礼(はちのひれ)】。言ったはずだ、逃げられはしないとな』

 

 

 鉤爪型の【蛇比礼】ではなく、フック型の先端を持つ【蜂比礼(はちのひれ)】がツクヨミの左マニピュレータを簀巻きの状態にして縛り上げている。

特性は【蛇比礼】と同じく、天磐船から射出できる捕縛用ワイヤーだ。

そして体勢を崩したツクヨミの右マニピュレータへ、【蛇比礼】のワイヤーが絡み付く。

パージして逃れようにも、生身の腕部分まで拘束されているのでパージが不可能な状態である。

 

 

『っ、【払闇(はいやみ)】っ!!』

 

 

 彼女の音声コールと共に、ツクヨミの背部にある翼のような非固定浮遊部位に大型のエネルギー砲が2門展開される。

両手を押さえつけられても、【払闇】の砲口は翼と連動して自由に動かせるため射角は取れている。

 

 1秒未満の時間でエネルギーチャージを終えた【払闇】の砲口から、紫色のエネルギーの濁流が都牟刈に発射された。

一瞬で到達し、都牟刈を飲み込む紫の光。

 

 だが都牟刈に着弾する瞬間、その光は【何か】に当たったように都牟刈には届かず、いつの間にか夜の闇が訪れ始めている空へと消えてく。

【払闇】の照射が終了すると、砲撃を防いだ【何か】が僅かに残った夕焼けの光を反射させながら視界に現れた。

 

 

『かっ、鏡……っ!?』

 

 

 そう、いつの間にか払闇と都牟刈の射線の間には2つの【鏡】のようなモジュールが展開され、浮遊していたのだ。

 

 

『【沖津鏡(おきつかがみ) 】、【辺津鏡(へつかがみ)】。貴様の攻撃は、もう届かない』

 

(イエースッ、私が操作できるのって初めてじゃない!?)

 

 

 脳裏に届くヒメの言葉にフッと小さく笑みを浮かべる。

 

 【沖津鏡(おきつかがみ) 】、【辺津鏡(へつかがみ)

この2つも先のワイヤーと同じく【十種神宝】に装備されている武装である。

主な用途は、エネルギー兵器を反射させる【鏡面装甲盾】であり、操作は剣のみではなくヒメに役割を分担できるのだ。

 

 

『まだだぁっ!!』

 

 

 捕らえられたツクヨミは【払闇】のエネルギー出力を落として連射しているが、その全てが2つの鏡よって反射され、夜空へと消える。

そんなツクヨミを尻目に、都牟刈は最後の一撃のためにさらなる【武装】を展開していた。

 

 都牟刈の目の前に粒子が集まり、4つの【玉】を形作っていく。

やがて実体となった4つの翡翠色の【宝玉】。

 

 【生玉(いくたま)】【死返玉(まかるかへしのたま)】【足玉(たるたま)】【道返玉(ちかへしのたま)

それぞれの宝玉の名前が都牟刈のコンソールに表示されており、剣は4つの玉へ無名の刃を向ける。

 

 そしてそのうちの1つを両断する。

両断すると共に、都牟刈の背部にある戦闘特化オートクチュール【十種神宝(とくさのかんだから)】の象徴。

剣と車輪が組み合わさったような【紋章型のモジュール】の宝玉が力を示すかのように光り輝いていく。

右回りで順に点灯していき、4つ目の【道返玉(ちかへしのたま)】を両断すると、全ての宝玉が力強く輝きだした。

コンソールで宝玉が全て点灯していることを確認した、剣の目の前には音声認識の解除画面が空間投影ディスプレイとして表示された。

 

 

「剣様、貴方に託します。貴方の守りたいものを守る力。私が掴んだ新たな力を」

 

 

 先ほど会話したIS【都牟刈】のコア人格の笑顔が浮かぶ。

 

 

 ――戦闘特化オートクチュール【十種神宝(とくさのかんだから)】の解除コード。

 

 

(音声認識か)

 

 

 ――元となった神典から何を己が紡げばいいか、分かっている。

 

 

一二三四五六七八九十(ひとふたみよいつむななやここのたり)

 

 

 それは祝詞(のりと)

 

 

布留部 由良由良止 布留部(ふるべ ゆらゆらと ふるべ)

 

 

 それは魂を震わせ、討つべき者を討つ為の力を与える言葉。

元となった神典では、死者すら甦らせる事のできる浄化の力。

それを目の前の日ノ本の脅威を討ち払うための力へと変える。

 

 

 目の前に量子展開された剣の柄を掴み上げる。

 

 

八握剣(やつかのつるぎ)、起動』

 

 

 顕現した柄を引き抜くと、刀身から光の粒子があふれた。

同時に周囲を圧倒的な光が照らす。

夕刻の紅い景色を一瞬で純白へと変えたのは顕現した光の刃。

 

 

 ――それこそが【八握剣(やつかのつるぎ)】だった。

 

 

(なんだ、あの馬鹿げた武装はっ!?)

 

 

 先ほどまで戦闘でみせていた余裕はすでに存在していない。

ハイパーセンサーが捉えたデータが非常識でしかないためだ。

顕現した【八握剣(やつかのつるぎ)】の全長は【約150m】と己の機体が伝えていた。

そしてそこから計測されるエネルギー総量も、桁外れのものであった。

 

 

(全長150mのビームサーベルだとぉっ!?)

 

『これで、終わりだ』

 

 

 こちらを凝視する剣の言葉に、サッと血の気が引き冷や汗があふれ出す。

【光の柱】とも形容できる巨大な【光の刃】が、通常の斬撃と同じ速度で振られるのだからそれは当然だろう。

加えて、自分は【蛇比礼(おろちのひれ)】と【蜂比礼(はちのひれ)】によって変わらず捕縛され続けている。

 

 ――つまりは、回避不能。

 

 

『うぉぉぉぉっ!!!!』

 

 

 横薙ぎに振られた【八握剣】が、八坂の雄叫び毎、ツクヨミを飲み込んだ。

 

 

『がぁぁぁっ!!!!』

 

 

 ツクヨミのハイパーセンサーが機体周囲の高エネルギー反応にアラートを出し続けている。

元々装甲は薄い機体のため、あっという間に装甲は融解を開始。

それに伴い【絶対防御】が発動し、機体のエネルギーが急激に低下していく。

八握剣に飲み込まれる瞬間に、機体周辺へ咄嗟に展開していたナノマシン集合体も、あまりの威力に焼け落ちて威力を拡散させることもできていない。

 

 

(まだだっ!! まだ終わらんっ!!!)

 

 

 光の中でツクヨミは生き残るための策に打って出る。

機体各部の放出口から、最大出力でナノマシン集合体を放出し続ける。

当然、ほぼすべてのナノマシンが焼ききれるが、焼ききれる前に周囲のエネルギーを拡散、減少させることに成功。

 

 

(意地を見せろ、ツクヨミィッ!!)

 

 

 ツクヨミが八握剣に飲み込まれてから僅か1秒未満。

たったそれだけの時間が、八坂には永遠のようにも感じられた。

高熱が美しい顔や身体を焼き、痛みを感じない部位は存在しない。

 

 そんなとき、目の前が光から闇へと変わる。

闇の正体、それは【夜空】。つまりは八握剣に耐え切ったのだ。

機体のエネルギーはすでに【具現維持限界(リミット・ダウン)】寸前である。

だが、耐え切ってみせた。

 

 

(これからだっ!!)

 

 

 ニィッと笑みを浮かべた八坂の視界の先に、それはいた(・・・・)

丁度月を背にして己の獲物である【無名】を構える【草薙之剣】――都牟刈が。

 

 

(本命はっ、こっちかっ、草薙ぃっ!!)

 

 

 月光を浴びながら加速する都牟刈はすでに最大戦速まで加速しており、無名の峰に左マニピュレータを添えた構え。

 

 

――  草薙流剣術 弐式【天叢雲(あめのむらくも)】 ――

 

 

天叢雲(あめのむらくも)

 それは天鳥船から加速して放つ、草薙流が誇る神速の一本突き。

 

 まるで流星のように見えた突きを、八坂は避けられなかった。

 

 

 ――紅い雫が夜空へ舞い、戦いが終わる。

 

 

 八坂の胸を深々と貫き、貫通した無名の刃。

それが【草薙之剣】と【八尺瓊勾玉】の戦いの【勝敗】を示していた。

 

 

「……(おれ)の負け、か」

 

『……俺の、俺たちの勝ちだ』

 

 

 刃を食らう寸前にエネルギーが尽きたのか、八坂を守る【ツクヨミ】は消滅しており、彼女はほぼ生身で無名の刃を受けていた。

ごぼごぼと血液が泡立つ音が彼女の口から聞こえる。

 

 間違いなく【致命傷】であった。

 

 

「……文句はない。楽しい一時だった」

 

 

 ずるっと彼女の身体が刀身から離れて、紅い軌跡を残して落下していく。

そのまま落下を続け、小さな落下音と共に僅かな飛沫を上げて彼女の姿は見えなくなった。

 

 

『……はぁっ、ふぅっ』

 

 

 大きく息をついた剣の顔には滝の様に汗が流れており、それを拭う為に両マニピュレータを解除して息を整えていく。

 

 

(……終わったね)

 

『あぁ。何とか……勝てた』

 

 

 汗を拭って息を整える剣は、機体の状態を確認する。

都牟刈のエネルギーはすでに2割を割っており、【具現維持限界(リミット・ダウン)】も目前といったところだ。

しかも全身の装甲が【八握剣】のエネルギーのせいで融解しており、軋みをあげている。

このまま【銀の福音】と戦闘している楯無達の援護に行くのは厳しいだろう。

 

 

『……さて、たっちゃん達はどうかな』

 

 

 展開し続けていた【十種神宝】を格納した剣は、いつのまにか空を照らしていた月を見ながらつぶやいた。

 

 




更新が遅くなって申し訳ありません。
東京受胎を生き残り、稲作をして、不思議なダンジョンへ旅立ち、エオルゼアを守って帰ってきました。


次回予告

「第12話 嵐は去り、朝が来る」


「おはようございます」

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