IS-草薙之剣-   作:バイル77

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第12話 嵐は去り、朝が来る

 編隊飛行を続けている楯無たち福音担当組から、剣が別れて数十秒後。

超音速飛行を続けていた皆の機体が、前方に強力なエネルギー反応を検知した。

 

 超高度センサーによって加速した皆の意識はそれを確かに捉えていた。

光の翼が折り重なって空中に存在する【白い繭】

静かにその繭が開かれて、中から顕現した天使――【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】。

 

 

『Laaaaaaaaaaaッ!!!』

 

 

 天使のような荘厳な姿発せられる、咆哮を上げる竜を思わせる機械音声。

周囲の空気が激しく振動し、熱風を周囲に吹き荒れさせながら【竜】が戦場に羽ばたく。

 

 

 超音速飛行を続けていた一夏達の【銀の福音】迎撃組は、一撃必殺の【零落白夜】と超広範囲指定型空間拘束結界【沈む床(セックヴァベック)】による強襲プランである【プランA】に移行していた。

戦闘空域に到達すると同時に、高機動パッケージを装備した機体から飛び降りるように離脱し、そのまま戦闘機動に移る。

 

 作戦の要である二人もそれは同じで。

一夏は【紅椿】から飛び降り獲物である【雪片弐型】を構え、楯無は高機動パッケージを格納しすでに【麗しきクリースナヤ】を接続した高出力状態だ。

紅椿を纏う箒は、機体最大の特徴である【展開装甲】を使用して作戦の切札である【白式】を守るための盾として一夏の傍らにいた。

 

 

『敵戦力照合を開始します。戦闘データあり、戦力予測値を修正。空間拘束攻撃に留意、迎撃行動に移ります』

 

(……ホント、昨夜の作戦で止められなかったのは痛いわね。私のこと、しっかりと学習してるみたい)

 

 

 銀の福音が最も己を警戒しているのを楯無は肌で感じ取っていた。

作戦の性質上、勝負は短い時間で決まる。

戦闘機動に移った【銀の福音】を【霧纏の淑女】の超広範囲指定型空間拘束結界【沈む床(セックヴァベック)】が完璧に捉える僅か数十秒。

こちらの切札である【沈む床】を明かしている状態だ。ただそのまま放つだけでは当たらない可能性を無視できないため正確な結界範囲構築までは楯無は動けない。

それに必要な時間はおよそ15秒程かかる旨をあらかじめ皆に伝えていた。

 

 戦場の圧、銀の福音が放つプレッシャーに、己の傍に箒や楯無がいることも一瞬だけ忘却してしまった一夏が、己の頬を垂れた冷や汗をぬぐう。

 

 

(……びびるなっ)

 

 

 白式のマニピュレータ越しに己の指に力を入れ、下がりかけた戦意を奮い立たせる。

彼の緊張も当然だ。命のやり取りを行っているのだから。

だが時間は待ってはくれない。状況は常に動いているのだから。

 

 代表候補生達は戦闘空域に到着して高機動パッケージを装備した機体から離脱したものと、そうでないものに分かれる。

後者が該当するのは2機。そこには楯無も含まれているが、彼女はすでに高機動パッケージを格納して己の役割のために別の装備に換装していた。

 

 

(でも今回の私達(・・)は一味も二味も違うわよ?)

 

 

 唯一残った高機動機体へ、楯無の視線が向く。

【紅い光の翼】を翻しながら最も速く【銀の福音】へ攻撃を仕掛けた機体、それは――

 

 

『そこっ!!』

 

 

 更識簪が駆る【打鉄弐式】。纏うオートクチュールである【飛燕】を装備したその機体の名は【打鉄弐式・飛燕】とでもいうべきか。

通常状態の打鉄弐式には装備されないマニピュレータに高エネルギー反応が収束していく。

人体でいえば【(てのひら)】の部分、そこから放たれるのは翡翠色の閃光だった。

 

 

『Laaaaッ!!』

 

 

 打鉄弐式・飛燕の掌部から放たれたビームを、銀の福音は翼のようなスラスターを翻して回避してみせた。

 

 

(っ、そうかっ、【掌部ビーム砲 飛鳥】はエネルギー兵器っ、銀の福音は完全な暴走状態。人間が乗っていないから狙い読みやすいの……っ!?)

 

 

 心中で思わず簪は舌打ちをする。

光速とまではいかずとも電速よりも速い粒子ビームを回避するには、射線を完全に読み切ることが必要不可欠である。

通常のISが装備する銃火器も回避には当然射線を読み切る必要がある。

 

 だがオートクチュール【飛燕】のメイン武装である【掌部ビーム砲 飛鳥】はビーム兵器、いわゆるエネルギー兵器である。

そのため発射の際には一瞬だけエネルギー反応が検知される。

現在の銀の福音は正規搭乗者である【ナターシャ・ファイルス】は意識を失っており、機体が暴走している状態だ。

つまりは搭乗者の肉眼での目視ではなく、ハイパーセンサーで周囲を視ているのだ。当然、エネルギー反応は容易く検知されてしまう。

もちろん現在の彼女がこの装備に熟達していないのも、易々と回避された重要なファクターではあるのだが。

 

 

(慣れてないのもあるっ、でもこうも簡単に避けられるなんて……けどっ!)

 

 

 すかさず両マニピュレータからビームを放つ打鉄弐式・飛燕。

高出力の二条の光が銀の福音に向かうが、それらをすべてを避けてみせる。

 

 

『Laaaaaッ!!』

 

 

 お返しと言わんばかりに福音の背部から【光の翼】が展開され、広がる。

紅い光の翼と対をなすような白い光の翼から零れ落ちる光の羽。

それらすべてが光の弾丸となる代物だが、敵意が宿っていなければ虜にされてしまうほどに美しい。

 

 コンマ数秒、それだけの時間で羽は光速に近い速度をもって打鉄弐式・飛燕を襲う。

だがそうはならなかった。

 

 簪は1人ではないのだ。

瞬間、銀の福音の光の翼とは異なる【蒼い閃光】が、空域を切り裂いた。

 

 

『Laーッ!?』

 

 

 蒼い閃光は光の翼から零れ落ちた光の弾丸に直撃し、行き場のないエネルギーが膨張して爆発を引き起こした。

銀の福音本体へのダメージはそれほどでもなく、エネルギー消費も【実戦仕様(アンリミット)】と暴走状態である彼女にとってはさして問題ではない。

 

 すぐさまAMBACとスラスター制御によって姿勢制御を行いつつ、先ほど己を狙撃(・・)した閃光に対応するための状況分析に移る。

高感度センサーからもたらされる分析結果は、打鉄弐式・飛燕や楯無達の遥か後方の海面近く、2kmは離れたポイントから放たれたものであると表示されていた。

 

 

『ギリギリ、といったところでしたわね』

 

 

 そう言ってすぐさま回避行動に移るセシリアの駆る【ブルー・ティアーズ】

実戦仕様(アンリミット)】状態での超精密射撃をこの土壇場で成功させて、簪を救ったのは彼女だった。

己が乗せてきた者たちと別れたセシリアは、機体の高機動パッケージである【ストライク・ガンナー】を装備したまま狙撃役として一同から離れた後方にいたのだ。

 

 居場所の割れた狙撃手を放置するほど、福音は温い相手ではない。

先ほどの狙撃のお返しとばかりに、福音の光の翼から強烈な閃光が放たれた。

その光は、先の自衛隊との共同作戦の際に護衛艦【ひえい】を航行不能に陥らせた砲撃。

実戦仕様(アンリミット)】状態のISとはいえ、直撃を受けたらただでは済まないことは明白であった。

 

 

『っ!!』

 

 

 セシリアの回避行動も速かったのだが、それ以上にブルー・ティアーズの回避機動を完全に読み切った砲撃だった。

しかしIS戦闘の基本である高速機動戦で狙撃手を1人だけにするほど、楯無達は無能ではない。

セシリアに直撃するはずだった閃光は、彼女の眼前に展開された巨壁とエネルギーシールドによって弾かれる。

 

 

『【ガーデン・カーテン】なら、あの砲撃でも十分受けきれるよ、防御は任せて』

 

『えぇ、シャルロットさん。お願いいたしますわ。狙撃は私がっ!』

 

 

 2枚の実体シールドと、同数のエネルギーシールドを組み合わせたリヴァイブ専用防御パッケージ【ガーデン・カーテン】

その防御性能を発揮すれば、福音の超高威力の砲撃も防ぐことは十分可能であった。

 

 シャルロットに守られる形で、セシリアは【ストライク・ガンナー】用装備である大型BTレーザーライフル【スターダスト・シューター】を構え再びトリガーを引く。

【ストライク・ガンナー】による強襲という選択肢を捨てたのは、運動性能で自機を上回る【打鉄弐式・飛燕】がいるからだが、それに加えて彼女が他のメンバーを信頼している証であった。

自分が狙撃主として福音を狙い撃つことで、囮を担当しているメンバーの選択肢を増やし福音の注意をこちらに向けることができる。

 

 

『遠距離からのエネルギー反応を検知。狙撃に留意。迎撃を続行』

 

 

 再度飛来した狙撃の一撃の回避に成功した銀の福音。

彼女の機械音声に感情は含まれていない。

だがその音声を拾ったものたちは全員が、どこか苛立ちを感じているかのようにも聞こえた。

 

 福音が迎撃行動として【銀の鐘(シルバー・ベル)】とともに光の翼を広げ、閃光を放つ。

一夏、箒、楯無の3機はあまり離れないようにしつつも、回避行動をとる。

どうしても避けきれないと判断した光弾は、霧纏の淑女のアクア・ヴェールがすべて防いでいた。

実弾よりも圧倒的な速度で迫る光弾全てを正確に認識し、適切な防御行動をとれる彼女の技量は流石、国家代表といえるだろう。

 

 

『これくらいっ!』

 

 

 主に囮・陽動の役割を務める簪の打鉄弐式・飛燕も、光弾全てを踊るように回避してみせた。

 

 

(お姉ちゃんが福音を確実に止められるようにしてみせるっ)

 

 

 己の姉である楯無が福音を確実(・・)に止めるための結界を張るにはどうしても時間と【隙】が必要になる。

それを作り出すのは己の役目であると、簪の心の中の戦意という名の炎はいつもよりも燃え盛っていた。

 

 

『弐式・飛燕ならこういう戦い方もできるっ!』

 

 

 両マニピュレータを突き出してビームを放つと同時に、背部の光の翼に干渉しない位置に八連装ミサイルポッド【山嵐】が展開させる。

通常時よりも小さい球形のコンソールが展開され、彼女の視線と連動しピピッと電子音を立てて高速で目標のロックを完了させた。

メインのロックオン個所は機体と一体化した一対の機械翼(ウィングバインダー)。スラスターであり、射撃武装である【銀の鐘(シルバー・ベル)】だ。

 

 

『【山嵐】っ、いっけぇっ!!』

 

 

 炸裂音と共に背部から発射された6発のミサイル、それぞれがさらに小型の8発のミサイルを備えた武装ポッドであり、最大同時発射数である48発のミサイルが発射された。

発射された48発のミサイル群は、空中を縫うような複雑な軌道を描き、福音へと迫る。

 

 

『Laaッ!!』

 

 

 しかし福音にとってはミサイルなど、そもそもの武装の初速が違うのだから迎撃が容易い存在でしかない。

だがそれは簪も知ってのことであり、【山嵐】を使用したのは別の目的(・・・・)があるのだ。

 

 次の瞬間、山嵐のミサイルの1つを【閃光】が貫いた。

貫いた閃光の正体は、後方で狙撃を行うセシリアの【スターダスト・シューター】の一撃。

ミサイルの爆破は周囲のミサイルを巻き込んで巨大な爆発へと変化していく。

当然、あたりには爆発によって生じた【煙】と、それによってセンサーの反応が覆われる(・・・・)という結果が残った。

 

 

『La……ッ!?』

 

 

 己を包み込んだ煙幕によってミサイル攻撃の意図に気づいた福音だったが、まずは己の生存を優先した。

高速で迫る動体反応を辛うじて検知できたため、すかさずスラスターを噴かす。

だが福音の回避した方向とは逆方向から、挟み込むかのように同じような反応が迫ってきていた。

 

 福音に迫る動体反応、それは翡翠色の光を纏って飛ぶ【ブーメラン】であった。

ブーメランが纏う翡翠色の光はビームであり、オートクチュール【飛燕】の機械翼部分に装備された攻撃端末【月鷹(げつおう)

本来は高機動格闘専用の武装であるのだが、遠距離攻撃性能を持たせるためにブーメラン型に設計された代物だ。

 

 

『Laaaッ!!!』

 

 

 ミサイルによる目晦ましと同時に簪が投擲したブーメランを、福音は身をよじることで機械翼で上方へ弾き飛ばすことに成功した。

同時に周囲360°に向かって無差別に【銀の鐘(シルバー・ベル)】から光弾を放ち、一時的に塞がれたセンサーを補って見せた。

 

 

『くぅっ!』

 

 

 煙幕を突き破るように放たれた光弾に、簪は思わず苦悶の声を上げる。

回避には辛うじて成功するが、完全回避はできずにいくつか機体に着弾し、エネルギーが減少してしまう。

せっかくミサイルで構築した煙幕も、今の反撃でほぼ散ってしまっていた。

 

 

『Laaaaaaaッ!!!』

 

 

 勝利を確信したかのように、福音が体勢を立て直しつつ方向を上げる。

しかし、簪は静かに小さく笑みを浮かべていた。

 

 それは追い詰められて浮かべた達観の笑みではなく、思いついた作戦が自身の思惑通りに進んでこぼれた勝利の笑みだった。

 

 

 瞬間、赤い炎を纏った衝撃波(・・・・・・・・・・)に福音は押しつぶされて下方に弾き飛ばされた。

 

 

『よっしゃーっ!!命中ーっ!!』

 

 

 開かれたままのオープン・チャネルから響くのは、中国代表候補生の鈴の歓喜の叫び。

煙幕の晴れた夜空に浮かぶIS【甲龍】は、空域に到着するやいなや機体のステルスモードを起動。銀の福音や一夏達の丁度頭上の位置に待機していたのだ。

全てはこの場面のために、だ。

 

 現在の【甲龍】には機能増幅パッケージである【崩山】が装備されているおり、機体の最大の特徴である衝撃砲は増幅され、熱殻拡散衝撃砲とも言えるものに変化していた。

その直撃を受けた福音の各部装甲は弾き飛ばされるなどの大きなダメージを受けていた。

 

 

『Gaッ、Gaa……ッ!!』

 

 

 熱殻拡散衝撃砲の連射とあまりの濃度のゆえに弾雨とも比喩できる弾幕に晒されては、現状トップクラスの機動力を持つ福音も唯々下方へと弾き飛ばされていく。

そして間髪入れず、オープン・チャネルから届く氷のように冷たい声があった。

 

 

『パンツァー・カノニーア展開完了。受けるがいいっ!』

 

 

 熱殻拡散衝撃砲によって弾き飛ばされた銀の福音に向かい、大質量の電磁加速弾が直撃した。

 

 

『Gaッ!?』

 

 

 それを発射したのは、上空にいる鈴よりもさらに上の高度で機体右肩から展開された大型レール砲【パンツァー・カノニーア】を下方に向けたラウラの【シュヴァルツェア・レーゲン】だった。

パンツァー・カノニーアは大型のレール砲であるため、重力下による運用は難しい。

だが高度(・・)位置(・・)を取ってしまえば、あとは重力によって砲身は勝手に下方を向くのだ。

加えて、搭乗者であるラウラの高い戦闘スキルがあれば、福音といえども姿勢を崩した状態では回避などできるはずがなかった。

 

 追撃で飛来した電磁加速した弾丸が、福音の象徴である機械翼を根元から一本叩き折った甲高い音が戦場に響く。

それと同時に、陽動係であった簪が叫んだ。

 

 

『お姉ちゃんっ!! 今っ!!』

 

 

 その叫びにこたえるように、【麗しきクリースナヤ】によって身にまとう赤のアクア・ヴェール(ドレス)を翻した楯無が福音に手を向ける。

瞬間、福音のマニピュレータと全身に向けて急激なエネルギーが収束し、そのまま拘束状態に移行。

福音の四肢すべてが完全に拘束され、ダメージを負った姿勢で完全に拘束された福音。

 

 

『周囲の空間に高エネルギー反応っ、空間拘束を検知。脱出行動を開始。エラー、エラー、エラー……ッ!!』

 

 

 抑揚のない機械音声のはずだが、焦りの色が見えるのは気のせいではなかった。

 

 

『一夏君っ!! 今よっ!!』

 

 

 彼女の叫びに、一夏は己の機体の能力を起動させることで答える。

待機している間に、覚悟はすでに決めていた。

 

 

『うぉぉぉぉっ!!』

 

 

 己の得物である【雪片弐型】を上段に構えたまま、瞬時加速を発動させる。

いつの間にか夜空となっていた空域を、白き光がまるで流星のように突っ切って行く。

 

 数秒もかからず、結界によって拘束された銀の福音の間合いに潜り込んで、刃を振り下ろす。

一夏を含めたこの場にいる皆、最も技量が高く経験も多い楯無でさえ、作戦の成功を確信していた。

だが、【雪片弐型】が福音に命中する瞬間だった。

 

 ――空域を燃やすような、山吹色の光があふれだしたのは。

 

 

――単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー) 貴女のための翼(Alis ex misericordia) Awakening――

 

 

 今までとは異なる福音背部の空間から延びた、山吹色(サンライトイエロー)の【光の翼】。

その圧倒的なまでの光量は、零落白夜の白の光とぶつかり合って拮抗していた。

 

 

『なっ、何だってっ!?』

 

 

 驚愕の声は、拮抗状態を作り出した一人である一夏の口からもれた。

それは当然のことであった。

対IS戦闘では最強の矛といっても過言ではない【零落白夜】に拮抗できる装備など、彼の常識には存在しないのだから。

それはこの場全員も同じであり、誰もが想像だにしえない光景に声を失っている。

 

 

『キュアアアアアアアアアアッ!!!!』

 

 

 山吹色の光の中で、福音の雄たけびが響く。

雄々しく咆哮を上げる銀の福音だったが、とある【変化】が起こっていた。

 

 それは機体を構築するフレームや装甲部分が少しずつ、本当に少しずつではあるが【粒子】となって、零落白夜と拮抗している光の翼に溶けていく光景だった。

意識を失ったまま搭乗を続けている操縦者である【ナターシャ・ファイルス】を守っているスーツ部分の崩壊はほぼないが、それ以外はほとんどが崩壊を開始している。

山吹色の光の翼は、まるで操縦者を守るかのように、包み込むかのように展開されていた。

 

 

『搭乗者の保護、保護、保護を優先。攻撃レベルをAに再設定。敵機確認、殲滅、排除、開始』

 

(機体が少しずつ崩れていっているのにおかまいなしかっ!? くっそぉっ!!)

 

 

 歯ぎしりとともに、グンッと白式の機体が押される感覚を受けた。

それが意味することは、零落白夜を全開で起動している己が力負けしているということだ。

 

 そして福音本体を拘束している霧纏の淑女にも変化が起こっていた。

コンソールに溢れるように表示されるアラートメッセージ。

その内容は、拘束している福音が空間拘束結界【沈む床】から抜け出そうとしている警告表示だった。

 

 

(【沈む床】の拘束をエネルギーを放出で抜け出そうっていうのっ!? 出力がダンチすぎて、もう何秒も持たないっ!?)

 

 

 国家代表として数多のISとの交戦経験を持つ彼女であったが、己の【単一仕様能力】が力負けすることなどなかった。

それだけ、目の前の銀の福音から溢れるエネルギー総量は常識外のものであったのだ。

 

 

(己の身を犠牲にして、零落白夜を上回る力を得ているってことなのっ!?)

 

 

 ――永遠とも思えるほどの数秒の拮抗の後山吹色の光が、白の光を押し切った。

同時に、【沈む床】の空間拘束も弾け飛ぶ。

 

 

『きゃぁっ!?』

 

『っ、一夏君っ、避けなさいっ!!』

 

 

 銀の福音から溢れ出すエネルギーの濁流に弾き飛ばされた、簪と楯無。

AMBACで咄嗟に姿勢制御をおこなった楯無が叫ぶ。

 

 

『一夏ぁっ!!』

 

 

 最も近くにいた箒の紅椿がスラスターを吹かせる。

だがいくら第4世代機とはいえ、光の速度に追いつけるはずもなく。

 

 銀の福音から延びて鋭利な刃となった、光の翼に白式は切り裂かれ弾き飛ばされた。

 

 

『一夏あぁぁぁっ!!!』

 

 

 箒は、己の叫びとともにスローモーションのようにも見えるその絶望的な光景を目に焼き付けていた。

白式の胸部装甲は溶断されたように切り裂かれ、吐血している。

それは内臓まで損傷している証拠であった。

 

 視界が元に戻ると同時に、紅椿は弾き飛ばされた白式に追いつき抱え上げる。

 

 

『一夏っ、一夏っ、しっかりしろっ、目をっ、目を開けてくれっ!!』

 

 

 涙があふれ止まらなかった。

ここが戦場であることも、今の箒の思考からは完全に消えている。

ぐったりと己の手の中で力なく倒れている一夏。

 

 すうっと全身から力が抜けていく。

まるで自分が自分でなくなる(・・・・・・・・・・)かのような感覚を、彼女は感じていた。

 

 

(……目を覚ましてみれば、こんなことになっているとはね)

 

 

 少女の声。

それは紅椿の上方にISもなく浮かぶ少女の口から発せられたものだった。

年齢は十代前半。

顔はどういうわけか【篠ノ之箒】と全く同じものであったが、刃のように研がれた冷たい眼差しをしていた。

突如として現れた少女だったが、その存在に気づけた者はこの空域には存在しなかった。

ISのハイパーセンサーでも、彼女の存在は捉えられるものではなかったからだ。

 

 

(あんな模造品に手も足も出ないのがオリジナル……ね)

 

 

 ニィッと口角を歪ませた少女はゆっくりと高度を下げて、今や箒の真後ろに浮いている状態だ。

 

 

(あとは私が出ればいいだけのこと……?)

 

 

 ゆっくりと箒の頭部に右手を伸ばした少女であったが、何かに気づいて首をかしげる。

その視線は、意識を失って箒に抱えられている一夏に向けられる。

 

 倒れている一夏に添えられる二つの腕。

二つとも女性のものであるが、1つは幼い少女のものであり、もう1つは成人女性のものであった。

 

 

(……ふぅん。貴方達(・・・)がやるのならばいいわ。今回は任せてあげる)

 

 

 そういった少女は、箒に伸ばしていた手を降ろす。

同時に、ゆっくりとまるで霞のように姿がぼやけていく。

 

 

(どうせ、オリジナルは私に勝てないから……いつか貴方達を倒してでも、そいつは篠ノ之箒(ワタシ)のものになるのだから)

 

 

 少女はその言葉を最後に消失し、ほぼ同時に爆発的な白い光が白式から溢れ出した。

そして白の閃光の中から、数秒前の白式とは異なる姿の機体が現れたのだった。

 

 

『……一夏?』

 

『おう。心配かけたな』

 

 

 先ほど己の腕の中で気を失っていた彼からは想像できないほどの、力強さを感じる言葉。

そう軽口を言って紅椿の前に出た白式、否、【第二形態移行(セカンド・シフト)】を果たした【白式・雪羅】は、右腕に【雪片弐型】を、左腕には新兵器【雪羅】を構えて目標へと飛翔する。

 

 当然、銀の福音も迎撃行動に移る。

すでに機体の5割が光の粒子として還元されているが、溢れる光の翼の出力は最大出力を維持したままであった。

 

 

『キュアアアアアアアアアアッ!!!!』

 

『……なんとなくだけど、お前に負けられない理由があるってのは、わかる。けどな、負けられないのはこっちも同じなんだよぉっ!!』

 

 

 両腕の武器に【零落白夜】の刃とクロー刃が現れる。

最大出力の両武器が、山吹色の光の翼とぶつかり合い周囲には溢れ出したエネルギーがスパークとして放出されていく。

 

 先ほどの拮抗状態の再現、いや、今度は白式・雪羅のほうが優勢であった。

だが、押し切れるほどの力の差はない。

それは銀の福音の執念。機体を還元して力を得る能力が想定以上の効果を上げているのであった。

 

 その姿をじっと見つめていたのは、箒であった。

 

 

(……一夏)

 

 

 力強い背中。

その姿が、箒の心を躍動させる。熱が全身を駆け巡っていく。

やがてその【熱】は、大切な者達を守るために得た力、【紅椿】へと流れ込んでいく。

 

 

(私は、私も、一夏の、皆を守りたいっ)

 

 

 強く、願った。

 そして、その願いに応じるかのように、紅椿の【展開装甲】から赤い光と混じり合った黄金の粒子が溢れ出した。

 

 

『これは……?』

 

 

 目の前に展開された空間投影ディスプレイに、その詳細が記載されていた。

 

 

――【単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)】 絢爛舞踏(けんらんぶとう) Awakening――

 

 

(っ、これならばっ!!)

 

 

 瞬時に、その詳細を頭に叩き込んだ箒は己を加速させ、一夏の元へと駆け寄る。

そして雪羅のクローを展開している左腕へ、己の右腕をそっと触れさせる。

 

 

『箒っ』

 

『一夏っ、私の、私の力を使ってくれっ!!』

 

 

 その瞬間、まるで電流のような衝撃と熱が一夏の身体を駆け巡った。

そしてその熱は、白式にも流れ込む。

 

 

『これはっ、エネルギーが、回復したっ!?』

 

『これが、紅椿の力だっ、一夏っ、決めろぉっ!!』

 

 

 【絢爛舞踏】の力を受け取った【零落白夜】が黄金色の光を放ち始めると同時に、優勢状態から少しずつ刃を押し込んでいく。

 

 そしてそのまま、黄金色の【零落白夜】は山吹色の光の翼を完全に切り裂くことに成功したのだった。

当然、福音は完全な無防備だ。

 

 

『うおぉぉぉぉっ!!』

 

 

 大型四機のスラスターによる爆発的な推進力を得て、ついに雪片弐型の刃は福音の胴体に突き刺さった。

瞬間、嵐のように吹き荒れていた山吹色の光は霧散するように消えていく。

 

 

『……Mo……m……』

 

 

 己の能力でボロボロなりつつも機動を続けていた銀のISは、最後にそう機械音声で小さく声を漏らして機能を停止した。

そしてアーマーを失い、ISスーツの身になった搭乗者がそのまま海へと落下していく。

 

 

『っ、しま……っ!?』

 

『大丈夫よ』

 

 

 焦りの声を漏らした一夏へ、繋がったままの通信から聞こえる声は答える。

福音のエネルギーによってダメージを受けていた楯無が、海へと落下していく搭乗者をキャッチしていた。

 

 

『あっ、ありがとうございます』

 

 

 一夏の言葉に軽くウィンクして答える楯無だったが、直後に別の方角に視線を移す。

それは先ほど別れた相棒のいる方角だ。

 

 

『……お姉ちゃん』

 

『簪ちゃん、この人と皆を任せるわね。私は……』

 

 

 そういった瞬間だった。

視線を向けた方角の夜空を照らす、【翡翠色】の光柱が立ち上ったのは。

 

 

『っ、敵っ!?』

 

『まだなんかあるのっ!?』

 

 

 流石に疲労の色を隠せずにいた代表候補生たちが驚愕の声を上げる。

だが、楯無は違った。

その光の柱を見た後、彼女は安心したかのように笑みを浮かべたのだ。

 

 

『……大丈夫よ、皆。あれは剣だから』

 

 

 超高感度センサーがもたらす情報と、事前に聞いていた【装備】のことを思い出した楯無は大きく息をついたのだった。

 

 

 その後、八坂焔を撃墜した剣の元へと楯無は向かい、行動不能に近い状態であった都牟刈を回収。

 長かったかのようで、短時間の作戦となった第2次福音破壊作戦はこうして終了したのであった。

 

 


 

 

「……はぁ、しみるなぁ」

 

 

 作戦完了後旅館へと戻った剣は、大浴場の露天風呂にいた。

 

 命のかかる作戦に従事したのだ。

彼でなくとも疲労はたまっており帰還した一夏達はすでに自室でぐっすりと眠っている。

 

 そんな中、旅館の女将のご厚意で浴場を貸切状態として使用できると聞いた彼は、疲れを癒すために風呂を使うことに決めたのだ。

加えて今の時刻は消灯時間ギリギリであり、女子生徒達が来る心配もないためゆっくりと羽を伸ばすことができる。

 

 

「……」

 

 

 白濁した湯に肩まで使って両足を伸ばして夜空を見上げる。

意識の中にいるヒメも疲れたのかすでに眠っているので、ゆっくりと星空を眺めることもできた。

 

 

「……八坂、焔か」

 

 

 沈めていた右腕を上げてその掌を眺めると、その手で殺めた少女の顔が浮かんでくる。

己や楯無と同じ護国三家の1つである【八尺瓊】の血を継ぎ、己の衝動のために日ノ本を仇なすもの。

 

 

「……どんなことがあっても、日ノ本に仇なす者は許されない」

 

 

 ぐっと握りしめた拳を降ろして湯の中に沈める。

 

 

(仕留めた感覚はあった……なのに、何だ。なぜ俺はこだわる?)

 

 

 都牟刈越しに、彼女の命の炎が消えていくことはわかっていた。

だというのに、何故か彼女のことが剣の心の奥底にこびりついた汚れのように残っていたのだった。

 


 

「紅椿の稼働率は絢爛舞踏を含めて……ありゃ、85%ぉ? 束さんの想定よりも40%以上も高いとか、箒ちゃんも成長したもんだねぇ」

 

 

 しみじみといった風に語る女性、篠ノ之束は岬の柵に腰を掛けた状態で足をぶらぶらと揺らす。

 

 目の前に浮かぶ空間投影ディスプレイは4つ。

目の前の画面データは【紅椿】、そしてその隣には【白式・雪羅】のデータだ。

そして右下画面に浮かぶデータ、戦闘映像とともに映されているのは【都牟刈】のデータ。

最後の左下に映されているのは、都牟刈が撃墜した【ツクヨミ】のデータ。

 

 

「……候補はこんな感じか。いいね」

 

 

 ふっと右手を振るうと、展開されていた空間投影ディスプレイが消える。

 

 

「【21グラムの候補(・・・・・・・・)】。成長が楽しみだねぇ」

 

 

 んっん~と背を伸ばした彼女は次の瞬間、はじめからそこにいなかったかのように、消えたのだった。

 


 

 様々が出来事があった臨海学校2日目の夜。

すでに深夜、都会と違う夜空の星々が輝く中、静かな波音を立てる砂浜に1つの影があった。

 

 それは人影であり、星明りに照らされて現れたのは少女であった。

月明かりに照らされた銀の髪、漆黒の夜空と同じ色のゴシックドレス。

どこかの絵物語から出てきたかのような美少女は、確かに現実に存在しており彼女の歩みとともに砂浜には足跡が刻まれていく。

不思議なことに彼女は両目を閉じているのに、足跡はまるで周囲を完全に認識できているかのようにハッキリとしたものだった。

 

 そんな彼女の歩みが、止まった。

前方に何かが打ち上げられている。

 

 季節は初夏、この地域は海亀の産卵地域としてもそこそこ有名であった。

前方にいるのは、海亀かもしれない。

 

 もぞり、と何かが蠢く。

それはズリズリと砂浜を掴み上げるかのようにして手を伸ばし、地を這いながら少しずつ波打ち際から砂の上を目指して進んでいた。

 

 それは()であった。

 

 

「予測の通り、ここで間違いありませんでしたね」

 

 

 銀髪の少女の口から溢れた、ソプラノのような美しく高い声。

その声色には少しの安堵の色が見える。

 

 地を這いながら進んでいた人物も、彼女の存在に気づいたように進みを止めた。

今までのうつ伏せから、あおむけに体位を変えて大きく深呼吸しているようであった。

 

 

「おはようございます」

 

「……あ……じゃ……ない……グ……ロエ……」

 

 

 まるで声帯を潰れたような掠れ切った声。

だが、それでも間違いなく女性のものと言い切れるだけの高さを感じる。

 

 そんな女性の様子に、少女――【クロエ・クロニクル】は、僅かな笑みを浮かべていた。




エオルゼアから帰還しました。
更新に時間がかかってしまい申し訳ありませんでした。
これからはある程度の期間で更新したいと思います。

次回予告

「第13話 あなたと私の心の距離」


「私にいい考えがあります」

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